「ROMANCE SCENE」
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◆CONTENT◆

 

プラチナスノウ〜KENGO〜

プラチナスノウ〜FUBUKI〜

P.S. I need you

Sweet Romance

in the rain

ドライブに行こう〜恋愛モードバージョン〜

…with you〜ソバニイテヨ〜

…with you〜アイタイキモチ〜

two

Stay With Me

LINK TO RING

ENGAGE

 

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P.S. I need you

 

――――Do you need me?

 

「あ、終わったみたい」

吹雪は顔を上げて、再生を終えた音楽プレーヤーに目を向けた。吹雪の手元には、各教科の参考書や問題集が開かれている。

「ああ。好きなの、かけていいから」

苦手な英語の問題に頭を悩ませている健吾は、そのままの姿勢で答えた。難問に没頭しているのに音楽なんて耳に入るのか疑問だったが、健吾に言わせると音楽がその他の雑音を消してくれるから集中できるらしい。吹雪は聞き終わったCDを取り出すと、収納された棚を眺めた。

「どれにしようかな?」

「好きなもの、選んでいいから」

「…でも、洋楽ばっかり聴いてるのね。たまに邦楽もあるけどさ」

「気に入ったのしか買わないから、偏るんだよ」

「ふうん…。あ、これにしよう」

吹雪は、並んでいるアルバムの中から一枚を選んでプレーヤーに入れる。

「まだ解けないの?」

苦い表情で問題に挑む健吾を、背後から覗き込んだ。どうやら英作文で手こずっているらしい。

「だから、数学以外は全部ダメなんだよ」

「受験まであと何ヶ月だと思ってるの。そのままだと、第一志望落ちるわよ」

「――――…」

「普段の授業、ちゃんと聞いてる?」

「…どのみち文法とか解らないから、同じことだ」

自分の肩越しに解きかけの問題を覗き込む吹雪に、健吾は視線を他所に向ける。

「やる気あるの?」

不甲斐ない態度に、もどかしさを隠せない。せっかく一緒に勉強しているのに、自分に頼ってこないのだ。もちろんそれは吹雪の勉強を妨げないための配慮だし、そのことは吹雪も察していた。けれど、解らない問題に時間を浪費するよりは、素直に聞いてくれたらいいのに…と思わなくもない。何のために自分がここにいるのかわからないじゃない、と内心では不満を抱いていた。

「…わかってるよ」

健吾はその問題に嫌気がさしたのか、背筋を伸ばしてため息をついた。

「基本的に文法そのものより、伝わるかどうかが重要なんだよね。こういう問題は。そういえば、前に本で読んだことがあるんだけど、どこかの大学の授業で『ラブレター』を英作文で書けって試験があったんだって」

吹雪は記憶を頼りにそのエピソードを語っていく。

「いざ書こうとすると、意外と難しいものらしいわ。ほとんどの人は技巧に走ったり、難解な言い回しで長々と書いたりしたんだけど、その中に満点をとった人はいなかったんだって。ラブレターって相手の心に響かなきゃいけないものだから」

「…それで、満点は一人もいなかったのか?」

健吾の問いかけに、吹雪は小さく笑いながら続けた。

「それがね、たった一人だけいたのよ。満点をもらえた人。しかもその人の解答用紙、最後の一行以外白紙だったから、みんな驚いたんだって」

「なんて書いてあったんだ?」

「――――P.S. I need you」

その言葉を口にした吹雪の声がいつもより深みを増しているように思えて、健吾は一瞬焦ってしまう。背中越しにそこにいる吹雪が、今どんな表情をしているのか健吾には分からない。

「シンプルな言葉のほうが心にくるよね。P.S.と付いてるだけで、前半の空白に深い意味があるように思えるから不思議。『あなたへの想いは紙面に収まらないほど大きすぎて、言葉ではとても言い尽くせない。けれど、わたしにはあなたが必要です』って解釈になるんだって。過大解釈かもしれないけど。要は、文法云々よりも自分の言いたいことを明確に示せってこと」

「ふうん…」

興味薄そうに呟く健吾に、吹雪はつまらなそうな表情を浮かべた。一向にこちらを振り返らない背中を見つめていた。ふと空虚さに襲われて、吹雪は背中合わせにもたれかかった。

「なに?」

突然、背中に預けられた体温と重みに戸惑いながら、健吾は訊ねる。

「…なんでもない」

吹雪は口元では笑みを浮かべていたが、その表情は冴えない。

「ここにいてもいい?」

行動の意図が読めず困惑している健吾に、吹雪は切実さを隠しながらささやいた。

「――――好きにすれば」

率直に「いいよ」と言うべきだったと後悔するが、健吾の性分は見抜かれている。吹雪は気に留めず、その広い背中に寄りかかった。

「じゃあ、遠慮なく」

穏やかな気持ちで温かさに浸っていた。しばらく二人とも沈黙を守っていたが、脳裏にさまざまな思考を並べた健吾が口を開いた。

「…無理して、オレの勉強に付き合ってくれなくてもいいから」

「無理なんてしてないわよ。二人で一緒に勉強したほうがはかどると思って」

「けど、そっちの試験日が先だろ。自分の勉強を最優先しろよ」

「ちゃんとやってるから、勉強は大丈夫だって」

そう答える吹雪だが、明らかに声の調子が弱くなっていく。

「だったら、なにが不安なんだよ?」

最近、妙に明るい吹雪に、健吾は違和感を持っていた。不安なときや心細いときに限って、自分をごまかして元気なふりをすることを健吾は知っている。だから近頃の彼女の微細な異変も、健吾は気にしていた。ただ無理に問いつめることもできず、タイミングを逃していた。大学受験を前に、不安にならない人間なんていない。吹雪だって例外ではないだろう。

「…ちゃんと受かるように、勉強はしてるよ。無理なんてしてない。けど、どうしてか…少し気にかかって――――もしも、推薦枠で受からなかったら…一般で受ければいいだけなんだろうけど。ちょっと考えてしまう自分がいて…」

吹雪は独り言のように呟いた。なんとなく、そういうことではないかと薄々察していた健吾は、口を挟まず黙って聞いている。

「母さんは、家のことなら心配しなくていいって言ってくれるけど…」

吹雪は天井を見上げて、小さくため息をもらした。

「やるだけのことは、ちゃんとしてるんだろ?」

「………うん」

「それなら、あとは結果が出てから考えれば?」

「そうだね」

下手な励ましや慰めが無意味なことを悟っているため、淡々とそう告げる。吹雪は安心したように、健吾の言葉に同意する。

「オレにできることや、してほしいことはあるか? さして役には立たないけど」

「なんでもいいの?」

「…オレにできる範疇のことなら」

そう言われて吹雪は少し考え込んで、ひとつのことを思いついた。

「じゃあさ、試験日の朝、電話でいいから声を聞かせてよ」

「…それでいいのか?」

「うん。それで充分」

「わかったよ」

その答えに、吹雪は嬉しそうに微笑んだ。

 

「――――おい。いつまでそこにいるつもりだよ?」

背中に引っついて離れない吹雪に、健吾は振り返りながら文句を言った。もう十五分くらいは、このままの姿勢を強いられている。さすがに健吾もしんどくなってきた。

吹雪からの返答はない。それもそのはず、吹雪は健吾に寄りかかったまま眠ってしまっていた。静かな寝息、安心しきっている寝顔。健吾は困惑した。

(…そんなに無防備に眠ってんじゃねえよ)

心の中で思わずぼやいた。吹雪があまりにも気持ちよさそうに眠っているので、健吾は身動きが取れずに弱ってしまった。仕方ないと諦めて、また問題集に目を落とす。

こんな形でも、吹雪の役に立っているのだろうか。多少でも、吹雪の不安や悩みが軽くなったのなら…それで充分だと思った。頼りにしてもらえたことが、実感としてあった。吹雪にとって自分が頼れる相手、必要な存在とされていることが、健吾にとっては嬉しかった。

(オレにとっても――――)

眠る吹雪を見守りながら、健吾は内心でそう呟いた。

 

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…with you 〜ソバニイテヨ〜

 

――――あなたに逢いたい、でも逢えない。この切なさに…気づいてよ。

 

澄み切った青空が彼方まで広がる。梅雨入り宣言から一向に雨脚のない日々が続く六月中旬。降雨量は平年を大きく下回り、巷では水不足が懸念されていた。空梅雨の割に湿気が多く、不快指数は高い。なんとなくすっきりしない天候の中、吹雪は浮かない顔で街中を歩いていた。

週末の午後。街は人々が交錯しにぎわっている。それらの群れの中に呑まれながら、吹雪は一人ウインドーショッピングをしていた。ディスプレイに飾られた商品をぼんやりと眺めていく。ふとガラスに映った自分の表情に気づいて、吹雪は大きなため息をもらした。

大学四年生のこの時期ともなると、就職活動も追い込みに入る。こんなところでショッピングしている余裕などないはずだが、幸いなことに吹雪はすでに内定を取っていた。規定日数を満たして単位を取れば、あとは卒業を待つのみ。

(あっちも大変なのはわかるけど…)

吹雪は心の中で呟く。先刻かかってきた電話が、こんなにも吹雪を落胆させている。実は今日、健吾とデートの約束をしていた。デートといっても小一時間会うだけの些細なものだが。

ここ最近、お互いに忙しくて逢う時間も取れないでいた。やっと時間の都合がついて逢えることになったのだが、直前になってキャンセル。もともとバイトの空き時間を割いてくれていたので、吹雪が文句を言える立場ではない。

忙しいのに、自分のために時間を作ってくれたことが正直嬉しくもあった。無理はしてほしくないけど、逢えないのは淋しい。そんな矛盾した心にジレンマを感じながらも、今日の約束を待ち遠しく思っていたのだが…。

電話の向こうで言葉少なに謝る健吾。言い訳もせず、申し訳なさそうに。そんな風に言われるとこちらまでつらくなって、吹雪は落胆を隠した。気にしないでと明るく電話を切った。

なにも言えない、言えるはずもない。淋しいなんて言えない。電話越しでも健吾がどんな表情をしているのか分かるから。久しぶりに逢えると弾んでいた心が、一気に曇り模様と化した。期待していた想いに比例して憂いも大きく、吹雪は憂鬱を抱えたまま一人で街をさまよっている。

健吾とは一ヶ月近く逢っていない。電話もかかってこない。健吾は電話が苦手なので、あちらからかけてくることはほとんどなかった。こちらからかけてもバイト中だと留守電になっているし、タイミングの差でつながらないことが多かった。

すれ違いが続くと、どうしても不安が募っていく。淋しくて、余計に逢いたくなってしまう。せめて声だけでも聞けたら安心できるのに。それも叶わないと、想いは行き場をなくしてしまう。

吹雪は哀愁漂う面持ちで人波に揺られていた。時間を持て余して、どう過ごしたらいいか分からない。人通りの多い街並みのざわめきに、息がつまりそうな窮屈感。一人でいる自分が味気なくて空しくて、もう帰ろうかなと踵を返す。

そのとき、時計店の前で知り合いの姿を見つけた。ディスプレイに見入っている。ちょうどだれかに話を聞いてもらいたい心境だった吹雪は、迷わずそちらへ向かった。

「なにしてるの、千尋」

背後から声をかけられて、千尋は驚いた表情。だが、すぐ気を取り直していつもの彼に戻った。

「まあ、ちょっとね。吹雪チャンこそどうしたの。健吾クンとデートじゃないの?」

千尋が訊き返すと、吹雪は不機嫌な声色で答える。

「…約束の十分前に『ゴメン』コールが入ったのよ」

「それでご機嫌斜めなの?」

「だって…」

吹雪は言葉を詰まらせた。自分の想いがわがままでしかないことを知っている。仕方がないことだと分かっている。けれど、心はそう簡単に割り切れるものじゃない。

「時間ある? ちょっとお茶でもしない?」

吹雪の誘いに千尋は腕時計を見た。予定があるらしく考え込んでいたが、少しだけならいいよと了解する。近くのカフェに落ち着くと、吹雪は堰を切ったように喋りだした。

「――――大体、バイトのし過ぎなのよ。今だって日替わりで三個のバイト、かけもちしてるし」

アイスティーで渇きを潤おすと、吹雪は勢いのままに話を続ける。

「考えてみれば、高校のときからバイト三昧で。大学入ってからも、まめにバイト入れてたし…。いつもバイトばっかり。いろいろお金がいるのはわかるけど、バイトのせいで何回もデートがお流れになったのよ。少しはこっちの気持ちも考えてほしいわ」

日頃の憂さを晴らすように訴える吹雪に、千尋は客観的な姿勢を崩さない。

「まあ、健吾クンはバイトつめ込みすぎだとは思うけど。実情的にはやっぱりお金は必要だから、仕方ないんじゃないの」

音を立ててグラスの氷をかき混ぜる吹雪は、不服そうな眼差しを向けた。

「…男同士だから、健吾の肩を持つの?」

「肩を持つとかどっちの味方とか、そういう話じゃないでしょ。ただ、吹雪チャンよりは健吾クンの気持ちはわかるから、そういう風に見えるのかもしれない。男には常に未来を見据えた行動が要求される。そういう生き物なんだ。いつでも先のことを考えて、今できる最大限の努力をしてないと、いざというとき役に立たない。女は結局守られる受身的な立場であることが多いけど、男はそうじゃない。他者に依存できない。守るべきものを守る役目と義務があるから。目先のことだけ考えていたんじゃダメなんだよ。未来を見越して必要なものを蓄えなければいけない。精神的な強さも、他人の人生を全部受け止めるだけの許容量も。もちろん、経済力のない人間に他人を扶養できるはずもないから、伴侶一人抱え込める分くらいの経済力と観念は必要だね」

率直な意見を淡々と語る千尋。それを意外に思う吹雪だが、癇に障る部分に反論する。

「まるで、女は目先のことしか考えてないみたいな言い方ね」

軽んじられた気がして、皮肉めいた口調。それを受け流し、千尋はさらりと告げた。

「…女は、男より刹那的な生き物だから」

その答えに吹雪は沈黙した。たしかに否定しきれない、そういう一面はある。

「でも…逢いたいときに逢えないのは淋しいじゃない。もう一ヶ月も逢ってないのよ。電話しても留守電になっていることが多くて、たまに話せてもすぐに話を終わらせちゃうし。疲れてるのはわかる。無理を言うつもりなんてないの。ただ、声を聞けるだけでも安心できるのに…。だんだん不安になるの。逢えない、声も聞けないじゃ、弱気にもなる。取り越し苦労だとわかっていても、嫌な妄想が浮かんできて、頭の中が混乱する。自分がイヤになるの。どうしようもなく悪い方向へ考えてしまう自分が。そんな自分に嫌気がさして、自信がなくなっていくのよ。自分の気持ちにも、健吾の気持ちにも。だから逢いたかったのに。不安を消してほしかったのに。このままでいいのって、心のどこかでささやかれると、大丈夫って言い切れない自分が…怖いの」

切迫した口調で自らの心境を説明した。千尋は、吹雪が落ち着くのを待って口を開く。

「別れたいの?」

「まさか! …でも、向こうはどう思っているかわからないじゃない。そういう可能性がゼロだとは断言できない。わたし、アイツの前では甘えたり、わがまま言ったりしてるから、そういうのにいい加減うんざりしてるのかもしれないし…」

「信用されてないんだな、健吾クン。――――ねえ、吹雪チャン。健吾クンがそれくらいのことで逃げ出すと思ってるの? そういう過小評価は失礼だよ。見損なわないでほしいな。男はそんなにキャパシティー狭くないよ。むしろ、好きな子から頼りにされて甘えられるのは嬉しいと思うけど。自分が信頼されている感じがして。…なにもかも一人で抱え込まれるよりは、ずっとマシだよ」

瞬間、苦い感情が千尋の表情を掠めたが、吹雪は気づかない。

「信じてるわよ。…ちゃんと信じてるわ」

はっきりと断言したつもりだったのに、自分が思うよりもか弱い声。吹雪はそんな自分にいら立って、しっかりした口振りで告げる。

「信じてるわ、アイツのこと。そうじゃなきゃ、こんなに長く付き合ってない。でも、どんなに信じていても、逢えないと揺らぐじゃない。そばにいないと心細くなるじゃない。二人でいるときは平気なのに…。隣にいてくれるときは、絶対的な安心感があるのに。逢えないと自信がなくなっていく。余裕がなくなっていく。淋しいから…不安で」

吹雪の話を千尋は黙って聞いていたが、不意に切り返した。

「吹雪チャン。ひょっとして、淋しいのは自分だけだと思ってる?」

その問いに、吹雪は驚きと困惑の入り混じった表情を浮かべる。

「淋しいって感情は、女にしかないとでも思ってるんじゃないの?」

どこか非難しているように聞こえる台詞に、吹雪は言葉を詰まらせた。

「個人差はあるだろうけど、男にも『淋しい』って感情はあるよ。逢えなかったら…逢いたい人に逢えなかったら、淋しいと感じるさ。ただ、それを口に出さないだけ。言えば女々しくなるから。カッコ悪いと思って言えないだけだよ」

神妙な雰囲気で千尋は語る。吹雪は考え込んでいたが、頼りない瞳で問いかけた。

「……健吾も、そう思ってると思う?」

「さあね。それは本人に訊いてみれば? オレにわかるはずない。オレは単に、一般論を言っているに過ぎないから」

「訊いてみれば…って言われても、逢えないんじゃ確かめようがないじゃない」

「本当に逢いたいと思っているなら、相手が来るのを待ってないで、自分から逢いに行けば?」

戸惑っている吹雪に、千尋は軽い調子で提案する。

「だって、アイツ忙しそうだし…もし押しかけて迷惑がられたら」

「好きな子が自分に逢いにきてくれて、怒る男はまずいないと思うけど。相手の都合ばかり考えて気を使っていたら、身動きが取れなくなるよ。たまには、自分にわがままを許してあげたら? 甘えたいときは、素直に甘えればいいんじゃないの。男としても悪い気はしないもんだし。健吾クンだって、それくらいのキャパシティーは持ってるさ」

淡々としたアドバイスにも、吹雪はまだためらいが残っていて。

「………いいのかな? 甘えても」

頼りない口調で小さく呟いた。

「それだけ強い想いがあるなら、いいと思うよ」

「――――うん」

千尋の後押しに、吹雪はぎこちなく頷く。表情はまだ完全には晴れていないが、瞳は強い意思を持っていた。もう大丈夫だろうと判断した千尋は、一度腕時計に目を落としてから残りのアイスコーヒーを飲み干した。

「オレ、バイトがあるからそろそろ行くよ」

そう言いながら席を立つ千尋に、吹雪は意外そうな顔で見上げる。

「バイトなんてしてたの?」

「ああ。大分前からしてるよ」

互いの近況は仲間内で共有しているが、そんな話は初耳だ。

「いつの間に、健吾みたいな労働人間になったの?」

「まあ、できるときにできるだけのことをしておこうってことさ」

その問いかけに、千尋は曖昧に答えを濁した。

「あ、そうだ。夏休みにみんなでどこかに出かけようって、あげはと計画してるんだけど…アンタも行くでしょ?」

「…日程次第、かな? 夏休みの半分は予定が入ってるんだ」

「なによ、予定って。最近付き合いが悪くなったわね。夏休みまでバイト三昧?」

怪訝顔の吹雪に、小さく笑みを浮かべてごまかす千尋。

「さあ…。――――あ、オレ急ぐから。じゃあね、吹雪チャン」

そう言うと颯爽とカフェを出て行った。

足早に去った千尋を見送り、しばらく思慮に浸っていた吹雪だが、一息つくと立ち上がる。その表情から、もうためらいは消えていた。

 

――――いつから、こんなに臆病になってしまっていたのだろう。

二人でいることに慣れて、慣れすぎて安心して、

そばにいてくれるのが当然のように思ってしまっていた。

だから、こんな風に逢えなくなると不安になって…あなたのいない隣が淋しい。

 

淋しさを素直に言葉にできなくて、

不安を口にするのは自分らしくない気がして、強がっていたの。

本当は逢いたいのに、逢いたくて仕方なかったのに、

正直に逢いたいと言えなくて、弱虫になっていたね。

 

ほんの少し勇気を出そう。

そしてあなたに逢いに行こう。

逢いたい気持ちは抑えられない。

我慢したって、ごまかしたって、心は嘘をつけない。

動いてしまう、心が身体を動かしていく。

心のままに行動する。

想いのままに行きたいところへ行くの。

 

わたしからあなたに逢いに行く。

わたしがあなたに逢いに行く。

…強くなろう。もっと強くなろう。

気持ちを言葉で伝えられるように、そばにいてよと言えるように。

 

恋がわたしを変えてくれた。

恋がわたしに力をくれる。

あなたへの想いが今、わたしを動かしている。

 

だから、勇気を出して行きましょう。

あなたに逢いに行きましょう。

好きな人に逢いたくて、あなたにただ逢いたくて。

そばにいてよと言いたくて…

あなたに逢いに行きましょう――――。

 

説明
小林健吾×小林吹雪の恋愛モードなストーリー。
ダウンロード版同人誌のサンプル(単一作品・全文)です。
B6判 / 078P / \100
http://www.dlsite.com/girls/work/=/product_id/RJ159194.html
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タグ
おまけの小林クン 小林健吾 小林吹雪 小林大和 小林千尋 斎藤あげは 健吾×吹雪 

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