真・恋姫†無双 外史 〜天の御遣い伝説(side呂布軍)〜 第七十四回 第五章A:御遣処刑編B・くーん、わんわんっ!
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豫州許県にある曹操の居城の一室では、夜もだいぶ更けているにもかかわらず、

 

蝋燭で照らされた薄暗い室内では、曹操軍が誇る三人の天才軍師が集まり、何やら議論を交わしていた。

 

 

 

荀ケ「今更だけど、チョコの体はいったいどうなっているの?」

 

 

 

荀ケは、潼関で瀕死の重傷を負ったはずの張?が、曹操に北郷の誘拐と高順との再戦を命じられ時の、恍惚の表情とともに、

 

怪我などどこへやらな状態で嬉々として跳び出していく様子を思い浮かべながら、げっそりした様子で尋ねた。

 

 

 

程c「さぁー、あの子は自分のことは華琳様以外にはあまり話したがらないですからねー。華琳様に聞いても、上手にかわされますし、

 

何か深い事情があるのでしょうけど、もしかしたら妖術でもかじっているんでしょうかねー」

 

 

 

対して、程cは口を開くのもおっくうな様子でペロペロキャンディを咥えながら眠たそうな様子で適当なことを言った。

 

 

 

郭嘉「不死身の張?、殺しても殺しても立ち上がり、何度でも再戦を望む異様なまでの戦闘に対する執念。よもすれば、呪いとも思える

 

ほどの狂気。袁紹軍にいたころは随分手を焼かされたものです。確かに、妖術かと考えたくもなりますが、差し詰め、春蘭様同様の戦闘

 

バカという不条理な説明が一番現実的かもしれませんね」

 

 

 

特に、官渡で袁紹軍と雌雄を決した時に、曹操軍勝利の要因の一つとして、

 

張?を寝返らせたことが挙げられるほど、張?のいう一個人の戦闘力は相当のものであった。

 

そして何より、二つ名“不死身”が表す通り、張?はどれだけ傷つけようとも倒れることはなかった。

 

それこそ妖術によって不死の体を手に入れているのではと思いたくなるほどであったが、

 

しかし、郭嘉は妖術という非現実的な力ではなく、夏候惇の様な戦闘狂特有の謎のしぶとさという、

 

これまた不条理な説明で納得しようとした。

 

つまり、郭嘉の思い描いた真相は次のようなものであった。

 

張?は本当に不死身というわけではないのだが、不死身なのではと思えるほどの体力と精神力、回復力、

 

そして悪運を兼ね備えた彼女のその行動力の源は、すべてがその異常な戦闘欲、その一言に尽きる。

 

今回潼関で高順に討ち取られたかに思えたその体も、結局は矢で針の筵状態になろうとも、

 

すべて急所を外れるという悪運の強さと、女性らしい柔肌の外見からは想像もつかないほどの鍛え抜かれた肉体、天性の回復力、

 

そして究極の戦闘欲に支えられた精神力によって、再び高順の前に立ち再戦を果たし、見事に北郷を誘拐して見せたのだ。

 

ここまでくれば、どちらが非現実的なのか分からなくなるが、要するに張?の体の真相は曹操軍の幹部であっても誰も知らないのである。

 

 

 

程c「でも、稟ちゃんも大胆な策に打って出ましたねー」

 

荀ケ「確かに、悔しいけど華琳様の性格を知っていればなかなか出せない策よね」

 

 

 

程cの眠たそうな言葉に、荀ケは悔しそうな表情をしながらも、同僚の策を褒め称えた。

 

 

 

郭嘉「華琳様は誇り高いお方ですが、己が覇道のためにとるべき誇りと曲げるべき誇りを心得ているお方です。今、御遣いは数名の護衛

 

しかつけていないのです。特に、呂布と離れているのは大きい。どの道、涼州軍を放っておくにしても、強引に潰しにかかるにしても、

 

少なくとも御遣いは押さえておくべきです。利用するにせよ殺すにせよ、野に放つべきではありません」

 

 

 

曹操の性格を鑑みれば、コソコソと敵の大将を誘拐するなどそのプライドが絶対許さないことであり、

 

下手をすれば侮辱ととられ首が飛んでもおかしくない提案であり、

 

普通であれば提案しようなどと思いもしないようなことであるのだが、

 

北郷の周りのガードが緩んでいる絶好の機会であるということ、そして何より、

 

天の御遣いという不確定要素が、今後曹操が覇道を成すうえで、必ず障害になるであろうことが容易に想定できるだけに、

 

曹操は自身のプライドではなく、覇道という利をとったのであった。

 

それほどまでに、北郷という存在が曹操にとって脅威に思えるほどの存在になっているのであった。

 

そして、3人の中で一番の古株である荀ケですら思いつかなかったそれら一連のことをすべて読み切ったうえで、

 

郭嘉は曹操に北郷誘拐を提案したのである。

 

郭嘉が眼鏡の蔓をツッと指で押し上げると、自信に満ちた鋭い瞳が、蝋燭の火に反射して光る眼鏡越しに煌めいた。

 

 

 

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【益州、成都城】

 

 

張虎に伴われ、謁見室に入ってきたのは4人の女性であった。

 

先頭を歩くのは、濃い目の桃髪を、羽を模した髪飾りでお団子にして腰のあたりまで伸ばし、

 

白とエメラルドグリーンを基調にした服が豊かな胸部によって持ち上げられ、

 

髪と同色のミニプリーツスカートと、白のニーハイブーツをはいた、どこかほわほわした印象を受ける優しい顔をした女性。

 

続いて、ブロンドのショートヘアにエメラルドグリーンの大きなリボンが付いた殷紅色の帽子をかぶり、

 

白のチュニックに帽子と同色の上着を羽織り、首元には一対の鈴、腰には帽子についているものと同じ大きなリボンを巻き、

 

青色のスカート、白のニーソックスをはいた、クリクリした瞳が見た目よりもやや幼い印象を与える小柄な少女。

 

そして、ナースキャップのような帽子にスカイブルーの長い髪を後ろで一つに束ね、胸元が大きく開き、豊満な胸が露わになっている、

 

白を基調にした丈の短い振袖を紺の帯でリボンのように巻いた、どこか曲者じみた不敵な笑みを浮かべている女性。

 

最後に、緩いウェーブのかかった紫苑のような青紫色の長い髪に、左耳付近に羽飾りをつけ、藤色を基調にしたチャイナドレスの、

 

腰のあたりまでの大きなスリットが、黒のニーハイストッキングに包まれた美しいおみ足を惜しげもなく露わにした、

 

男女問わず一層目が奪われる、零れ落ちんばかりの巨大な胸部、

 

下手をすれば小顔であるそれと同等にまで及ぶほどの凶器を持ち合わせた、大人びた雰囲気を醸し出している女性である。

 

 

 

呂布「・・・・・・・・・」

 

張遼「(劉備・・・と、あれは確か黄忠はんやっけ?)」

 

魏延「(紫苑じゃないか・・・!)」

 

厳顔「(紫苑のやつめ、一切連絡をよこさぬからどこへ行っておったかと思えば、劉備の元に落ち着いておったか)」

 

鳳統「(あわわ、朱里ちゃんと・・・メンマ好きのぱぴおんさん?)」

 

 

 

その誰もが、ここにいる誰かと何かしらの関係があるか、或は出会いを果たしている人物ばかりであった。

 

 

 

諸葛亮「お目通りのお許しをいただきまして、ありがとうございます。私は諸葛亮と申します。そして、こちらは我が主、劉備。そして、

 

こちらは黄忠と趙雲です」

 

 

 

2番目に部屋に入ってきた小柄な少女、諸葛亮が、礼を述べると共に、自己紹介をすると、他の者達の紹介をしていった。

 

 

 

諸葛亮「ところで、御遣い様のお姿が見えないのですが、御遣い様はどちらに?」

 

 

厳顔「わしは厳顔と申す。申し訳ないが、お館様は今成都にはおらぬのです。今日明日では恐らく帰らぬゆえ、一度お引き取り頂くか、

 

或はせっかく遠路はるばる来ていただいたのです。お館様抜きでも構わぬのなら、わしらで話だけでも聞きますが?」

 

 

 

北郷が不在であり、かつ、こういう時に対応をしている陳宮も一緒に不在であるため、代わりに一番年上の厳顔が皆を代表して対応した。

 

 

 

諸葛亮「そうですか・・・では、折角ですのでお話だけでもさせていただきます」

 

 

 

北郷が不在であることを聞くと、諸葛亮は顎のあたりに手を添え、俯き加減に少し考えると、やがてこのまま用を済ませる旨を伝えた。

 

 

 

諸葛亮「実は、本日成都までやって来たのには二つ理由がありまして」

 

劉備「まずは、呂布さんに会わせたい子がいるの」

 

呂布「・・・恋?」

 

 

 

すると、諸葛亮に視線で促された、桃髪のほんわかした女性、劉備が開口一番に呂布の名前を出したものだから、

 

呂布は不思議そうな表情で小首を傾げた。

 

 

 

劉備「黄忠さん」

 

黄忠「畏まりました」

 

 

 

すると、劉備に名を呼ばれた爆乳の大人びた女性、黄忠は、大事そうに持っていた籠を丁寧な所作で前に差し出した。

 

そして、籠の蓋をゆっくり開けると、中から小さに何かがひょっこりと顔を出した。

 

柔らかそうな赤茶色い毛に三角の耳、くりっとした瞳、黒の小さな鼻、

 

そして小さな舌を少し出しながら短い呼吸を繰り返しているそれは、食肉目イヌ科の哺乳類。つまり犬であった。

 

深紅のスカーフを首に巻いたその犬を見た瞬間、呂布と張遼の表情が驚きに変わった。

 

 

 

呂布「・・・セキト!」

 

張遼「何でアンタらのところにセキトがおんねん!?」

 

 

劉備「実は、下?での戦いの後、私たちが曹操さんから下?城を与えられたんだけど、その時、城の奥に隠れていたこの子をウチの関羽

 

ちゃんが見つけたの」

 

 

セキト「わんわんわんっ!」

 

 

 

セキトは元気の良い鳴き声を上げると籠から飛び出し、呂布の胸の中に飛び込んだ。

 

 

 

呂布「・・・元気だった?」

 

セキト「くーん、わんわんっ!」

 

 

 

呂布はセキトの小さな体をしっかりその豊かな胸で抱き留めると、優しく問いかけ、

 

セキトはまるで呂布が言っていることが分かっているかのように元気よく鳴き、自身が健康体であるということをアピールした。

 

 

 

張遼「保護しとってくれたんかいな?」

 

 

劉備「うん、また呂布さんたちと会えるだろうって思って、関羽ちゃんが大事に面倒を見ていたの。お城の方は、結局曹操さんに奪われ

 

ちゃったんだけどね」

 

 

呂布「・・・ありがとう」

 

 

劉備「うん、今度関羽ちゃんに会う機会があったらその時にもお礼を言ってあげてね♪あ、できればその時セキトちゃんも一緒に連れて

 

行ってくれたらありがたいかな。関羽ちゃんすごく寂しそうにしてたから、きっと喜ぶよ♪」

 

 

呂布「・・・(コクッ)」

 

 

 

呂布が再度セキトを大事そうに抱きしめると、澄んだ紅の瞳でまっすぐ劉備を見つめ、静かに、しかし大きな思いを込めて礼を述べると、

 

劉備はうれしそうにニコニコしながら、今この場にはいない関羽にも次会ったときにセキトと一緒に礼を言ったやってほしいと述べた。

 

 

 

諸葛亮「では、一つ目の目的も無事達することができたことですし、最後にもう一つ、こちらの方は是非とも御遣い様にお聞きいただき

 

たかったのですが・・・実は折り入ってご相談があるのです」

 

 

鳳統「なるほど、ここからが本題、というわけですね」

 

 

 

諸葛亮が相談があると口にしたその刹那、鳳統の目が一瞬鋭く煌めいたかと思うと、すぐに普段通り大人しい様子に戻った。

 

 

 

諸葛亮「はい、最近曹操さんの動きがかなり活発になってきているのはご存知ですよね?」

 

 

厳顔「うむ、特に袁紹を破って中原を治めて以来、帝を許に迎え入れ丞相の地位を得てからは勢いが増すばかり。最近では、南は揚州、

 

西は涼州と凄まじい勢いですな」

 

 

諸葛亮「そして、今南征に向けた準備が進んでいるという情報を得ています。近いうち、大規模な南征が行われることが予想されます。

 

恐らく、曹操軍の主力総出の激しい戦いになるでしょう。ですが、このまま曹操さんの進撃を見過ごすわけにはいきません。ここで曹操

 

さんを止められず、南を、つまり孫策軍を退けられたら、もう誰にも止められなくなってしまいます」

 

 

 

現在大陸で2番目の勢力である孫策軍を曹操軍が平らげてしまえば、

 

もはや曹操軍に対抗しうる勢力は残されておらず、事実上曹操軍の天下が訪れるというわけである。

 

 

 

鳳統「そして、孫策軍と同盟関係にある劉備軍にとって、孫策軍という大きな傘を失うのは避けたい。つまり、曹操軍を退けるために、

 

私たちと同盟しよう、ということですか?」

 

 

 

流浪をし続けている劉備軍にとって、孫策軍と同盟を組むことは、この乱世を生き残るためには必須の事であった。

 

しかし、外患から身を守ってくれる孫策軍が曹操軍に潰されたとなれば、それはつまり劉備軍にとっても好ましくない状況なのである。

 

鳳統はそれらの背景を瞬時に読み取り、そのことをあえて口に出し、セキトの話題から今回の同盟の話という、

 

一連の流れに持ち込むことで、自然な流れで北郷軍より優位な立場に持ち込んでいた劉備軍に揺さぶりをかけた。

 

鳳統の瞳は、再び鋭い軍師の煌めきを取り戻している。

 

 

 

諸葛亮「・・・さすがですね。極論はそういうことですが、正確には一時的に、ということになります」

 

魏延「一時的だと?」

 

 

諸葛亮「現在、私たちは鳳統殿の仰る通り孫策さんと同盟を組んでいて、共に曹操軍の南征に備えています。ですが、どうしても兵力の

 

差を埋めることができません。そこで、天の御遣い様に、御助力を賜りたいのですが、御遣い様もお忙しい身なのは重々承知しています。

 

ですので、曹操軍を退ける今回に限り、ということで一時的に同盟を組んでほしいのです」

 

 

 

鳳統の返しに諸葛亮もまた幼い印象の瞳から鋭い色を放ちながら自身の主張を淡々と述べた。

 

 

 

鳳統「長期の同盟だと了承しにくいですが、一時の同盟となると受けやすいのでは、ということですね」

 

諸葛亮「ご推察の通りです、鳳統殿」

 

 

 

諸葛亮と鳳統、二人の軍師の声だけが部屋の中に響き、後の者はただ固唾を呑んで聞くことしかできない。

 

 

 

鳳統「・・・みなさん、どう思います?」

 

 

 

すると鳳統はしばし俯きながら黙考していたが、やがて周りの意見も取り入れるべく、各々の考えを聞いた。

 

 

 

張遼「まぁ、曹操倒すっちゅーことやったらいくらでも協力したったらええと思うけど」

 

魏延「だが、お館抜きで話を進めるというのはよくないのではないのか?」

 

張遼「それやねんなー」

 

 

 

張遼は初め腕を組みながら肯定的な意見を出したものの、魏延のもっともな意見に難しい顔をしながら悩んでいた。

 

 

 

鳳統「・・・厳顔さんはどう思いますか?」

 

厳顔「ふむ、こればかりはさすがにわしらだけの判断ではな・・・やはりお館様のご判断を仰ぐしか―――」

 

呂布「・・・劉備を助ける」

 

 

 

しかし、厳顔が北郷に判断を仰ぐべきと言おうとしたその時、呂布が静かに劉備を助ける、つまり同盟を話を受けると宣言した。

 

 

 

呂布「・・・劉備は、セキトを助けてくれた命の恩人・・・今度は、恋たちが劉備を助ける」

 

厳顔「呂布よ、お主の気持ちも分かるが、さすがにこれはお館様抜きで話を進めるわけには・・・」

 

 

 

呂布の揺るぎない言葉と迷いなき真っ直ぐな瞳を見、厳顔はばつが悪いようにためらいながらも、

 

ここはしっかりと言うべきところと呂布を窘めようとした。

 

 

 

呂布「・・・一刀はいつも、目の前に困っている人がいたら、助けてた・・・今回も一刀がここにいたら、助けるって言う」

 

セキト「わんわんっ!」

 

 

 

しかし、呂布は考えを変えることはなく、その無表情には確固たる強い意志がにじみ出ていた。

 

そして、呂布に抱えられたセキトもまた、呂布に呼応するように二度元気よく鳴いた。

 

 

 

鳳統「・・・皆さんの考えは分かりました。でしたら、今回の件については、一応前向きに検討するということにしませんか?」

 

厳顔「よいのか?確かにお館様の性格からして、呂布の言うように首を縦に振りそうなものだが・・・」

 

 

鳳統「あくまで前向きな検討です。もちろん、正式な返答はご主人様がお戻り次第ということになります。確か初めからお話だけ聞くと

 

いうことだったはず、ですよね、諸葛亮さん?」

 

 

 

厳顔の心配に対して、鳳統はあくまで検討の方向性を示すにすぎないと説明し、それで問題ないかを諸葛亮に確認した。

 

元々、せっかく遠路はるばる来たので話だけでも聞いてくれということであり、解答までは求めていなかったはずなのである。

 

 

 

諸葛亮「はい、それで構いません」

 

劉備「ありがとうございます」

 

 

 

なので、当然諸葛亮も回答は求めていない旨を告げ、劉備は前向きに検討してくれるという北郷軍の姿勢に対して深々と頭を下げた。

 

 

 

諸葛亮「では、私たちは荊州の樊口におりますので、良いご返答をお待ちしております」

 

 

 

最後に諸葛亮が自分たちのいる場所を告げ、暇乞いを告げた。

 

 

 

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【涼州、天水、祁山】

 

 

高順「―――ッ痛・・・ひゅー・・・ひゅー・・・かずと・・・さま・・・?」

 

??「・・・しゃべるな・・・です・・・」

 

 

 

高順が目覚めたのは朝日が昇るか昇らないかといった頃合い。

 

誰かが体に触れたことによるのだが、重たい瞼を懸命に持ち上げ、その主の正体を視認すると、

 

その正体は、エメラルドグリーンの髪を赤い玉型の髪飾りで二対のおさげに結い、白を基調にした服に黒の外套、

 

黒のホットパンツに黄色と白のボーダーがらの二―ソックスをはいた小柄な少女であった。

 

体中泥と擦り傷で乱れ、トレードマークである、パンダの顔が縫い付けられた学生帽のような黒の帽子はどこかにとばされ、

 

露わになったエメラルドの髪は赤黒く染まり、片目をふさいでいた。

 

 

 

高順「・・・ねね・・・あなたの傷は・・・大丈夫なのですか・・・」

 

 

 

目の前にいる傷ついた同僚、陳宮の応急処置を受けながら高順はそのように尋ねた。

 

昨晩張?に蹴飛ばされた際の様子を見る限り、確実に骨か内臓をやられているはずなのである。

 

 

 

陳宮「・・・これが・・・大丈夫に・・・見えるですか・・・?・・・お前の手当てが、終わったら・・・さっさとねねの手当てを・・・

 

しやがれなのです・・・」

 

 

 

そして陳宮は苦痛の表情を浮かべながらぶっきらぼうに答えた。

 

誰が見ても大丈夫ではないのは明らかであり、もはや陳宮はやせ我慢などする気は端からないらしい。

 

 

 

高順「・・・すいますせん」

 

 

 

気づいたら高順は謝っていた。

 

ただそれが何に対してなのか、つまらぬことを聞いたことに対してなのか、傷を負うような油断をしたことに対してなのか、

 

北郷がさらわれたことに対してなのか、それは高順にもわからなかった。

 

 

 

高順「・・・この様子ですと、兵士の方々はやはり・・・」

 

 

 

応急処置の済んだ高順は起き上がると、血の海に溺れる仲間の兵士たちの姿を視界にとらえながら、今度は陳宮に応急処置を施していく。

 

頭の傷の他に、腹部というよりも胸部ちかくが若干腫れており、触れた時の陳宮の反応からも、どうやら骨が折れているようであった。

 

 

 

陳宮「・・・三人ほど・・・息のある兵がいたのです・・・すぐに応急措置をして・・・今は木陰で休ませているです」

 

 

 

陳宮は顔をしかめながら生存している兵士を指さした。

 

どうやら緊急性から高順よりも先に応急処置を施したようである。

 

 

 

陳宮「・・・ところで・・・一刀殿の姿が見えないのですが、やはり・・・」

 

高順「・・・はい・・・察しの通り、張?にさらわれました・・・殺されては・・・いないはずです・・・」

 

 

 

陳宮が周囲に北郷の姿を確認できないことから表情を曇らせ尋ねるが、高順は最悪の事態には至っていないはずだと告げた。

 

 

 

陳宮「・・・殺すならここで殺しているはず・・・しかしさらったということは・・・曹操に生捕れと言われたからでしょうな・・・」

 

 

 

そして、そのような高順の見解に陳宮も同意した。

 

 

 

高順「・・・しかし、まだ命の保証があるというわけではありません・・・むしろ、曹操の目の前で殺される可能性の方が高いはず・・・

 

ですから、一刻も早く追いかけないといけません・・・」

 

 

陳宮「・・・傷の回復など考えている暇はありませんな・・・すぐに許へ向かうです・・・!」

 

高順「・・・ですがねね・・・あなたはすぐに成都に戻ってこのことを皆に知らせて下さい・・・」

 

 

 

事は一刻を争う状況だと再認識した陳宮は応急処置を終えすぐさま曹操の本拠地である許に向かうべく立ち上がろうとするが、

 

しかしその時、高順が待ったをかけ、成都に事の成り行きを報告するよう告げた。

 

 

 

陳宮「・・・何を馬鹿な・・・!お前一人で行く気ですか・・・!?」

 

高順「・・・あなたがいれば足手まといなのですよ・・・私一人の方がやりやすいですし安全です・・・」

 

陳宮「・・・頭を冷やせです・・・!・・・何が安全なものですか・・・!・・・お前、?州のことを忘れたですか・・・!?」

 

 

 

当然そのようなこと良しとするわけがなく、陳宮は傷の痛みを堪えながら高順に掴み掛るような勢いで考えを改めさせようとした。

 

元呂布軍にとっては実質触れないのが暗黙の了解となっている、かつて董卓が曹操に討たれたのち、

 

長安での旧董卓一派との内部分裂を経て、失意の呂布を抱える中、?州で曹操軍と対峙した時の話を持ち出してまで。

 

 

 

高順「・・・覚えていないから厄介なのでしょう・・・?」

 

 

 

陳宮の口から出てきた思いがけない言葉に、高順は下唇をかみしめながら傷の痛みとはまた別の、

 

心の奥底を抉られたような感覚に襲われ、苦痛の表情を浮かべた。

 

『目の前が真っ赤になった』とは後に冷静さを取り戻した高順自身が語った言葉。

 

それ以外、高順は何も覚えていないのである。

 

 

 

陳宮「・・・一刀殿がさらわれたという今の状況・・・そして、その原因たる曹操の本拠へ一人で赴くともなれば・・・ななは文字通り、

 

我を忘れてあの時みたいに目を真っ赤にして暴走してしまうかもしれないのです・・・!」

 

 

 

陳宮の脳裏には、張遼ら同僚の証言で補完された情報によって、

 

高順の記憶が飛んでしまうほど我を忘れ暴走した恐ろしい光景がよぎっていた。

 

 

 

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<なな、もうやめや!!これ以上深追いしたらアカン!!>

 

 

<放してください!!恋様のことを何も知らないくせにあのように好き放題暴言を・・・アイツは・・・曹操だけは今ここで殺さないと

 

いけません!!>

 

 

<高順殿!!今だからこそ堪えるとこだぜ!!曹操の横にいた悪来ってのはヤバすぎるぜ!!心乱れた今の状態じゃ返り討ちだぜ!!>

 

 

<よっしゃ臧覇ちゃん、そっちの腕つかんで抑え込みや!!ちゃう、それ袖や!!ちゃんと腕本体掴まんと、ななは見た目以上に力ある

 

さかい、油断したら振り切られるで!!>

 

 

<ちゃん付けやめろ俺は男だぜ!!>

 

<二人ともいいかげん放しなさい!!さもないと、毒矢をぶち込みますよ!!>

 

 

<あーもう臧覇ちゃんへんなとこツッコまんでえーからっちゅーかホンマ手におえん!!こんなん初めてや!!目ぇ真っ赤で怖いし!!

 

ちょ、アカンアカン仕込み弩構えたら洒落にならへん!!ちょ、?萌ちんもこっち来て手伝ってーな!!>

 

 

<おい曹性!!公台殿を呼んで来い!!高順殿がブチ切れて目が真っ赤だぜってな!!あの人なら何か知っているかもしねぇぜ!!>

 

 

 

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陳宮「一刀殿というかけがえのない存在が危険な状態である今の状況は、恋殿が侮辱され辱められたあの時みたいに我を忘れて暴走する

 

可能性が高いのです。ですから、誰かが傍にいないといけないのです!」

 

 

 

呂布というかけがえのない存在が蔑ろにされたかつてと、北郷というかけがえのない存在が危険に晒されている現在。

 

ともに相手は曹操ということもあり、条件に類似点がある。

 

もちろん、名誉棄損と誘拐及び殺害では程度に差がありすぎるが、

 

大切な人の身か心のどちらかが傷つけられるという意味においては大きさなど関係ないだろう。

 

つまり、陳宮が危惧しているのは、この条件下で高順を一人曹操の元へ行かせたら、冷静にこっそり潜入するならまだしも、

 

仮に我を忘れ暴走した際、止めるものが傍にいないと、自ら死にに行くようなものだということであった。

 

 

 

高順「・・・しかしその怪我では―――」

 

陳宮「これでも天下無双の恋殿の傍控える軍師ですぞ?これくらいの怪我、何ともないのです」

 

 

 

高順は陳宮の主張に一応納得するものの、今でも時折痛みでビクンとする傷づいた陳宮の体を見、

 

やはり一緒に行くのは無理ではと言おうとするものの、陳宮は途中で言葉を遮り、何ともないと宣言した。

 

 

 

高順「ねね・・・・・・」

 

 

 

もちろん陳宮の言葉がやせ我慢なのは誰の目から見ても明らかであったが、

 

それでも、陳宮の瞳と言葉に宿る強い意志に高順は言い返すことができなかった。

 

 

 

陳宮「それよりも、言い争っている時間が勿体ないです!すぐにここを発ちますぞ!」

 

衛兵1「・・・なら、私たちも行かせてください!」

 

衛兵2「お館様がさらわれたのは・・・我らの失態なのです・・・!・・・是非とも!」

 

衛兵3「・・・す、少しでも・・・お役に・・・・・・」

 

 

 

すると、陳宮の言葉に呼応するように、最初に陳宮の応急処置を受けていた、

 

生き残った衛兵3人が、揃って自分たちも同行すると宣言した。

 

3人とも重症であり、中には話すことすら辛そうなものもいるにもかかわらず、

 

3人ともその意気だけは消えることのない強いものであった。

 

 

 

高順「・・・わかりました。では、あなたとあなたは一緒に同行願います。あなたの方はさすがにその怪我ではまともに動けないでしょう

 

から、連れていけませんが、その代わり、成都にこのことの報告をしてください。ただ、成都の皆さんには、曹操軍に感付かれたくない

 

のでまだ動かぬよう、一刀殿の安否を確認次第すぐ報告しに戻るので、動くのはそれからと伝えてください」

 

 

衛兵3「・・・し、しかし私も・・・」

 

高順「・・・本国への報告も立派な務めです・・・頼りにしてますよ・・・」

 

 

 

そのような陳宮と3人の強く揺るがない意志をくみ取り、高順は陳宮と2人の兵士の動向を認めることにしたが、

 

衛兵の内、1人話すのも億劫そうな重症を抱えたものだけは動向を認めず、代わりに事の仔細を成都に伝える役目を託した。

 

この辺り、ある程度情をくみ取りながらも、流れに任せて全部を全部緩い感じで許すわけではなく、

 

無理なものは無理ときちんと言えるだけの、心の余裕は高順にはまだ残されていると言えた。

 

 

 

高順「・・・あなた、名前は何というのですか?」

 

衛兵3「は・・・我が名は王平・・・字は子均と言います・・・」

 

 

 

衛兵は高順の質問に、息も絶え絶えに名乗り出た。

 

 

 

高順「・・・なるほど、あなたが王平でしたか。それならその気概も納得がいくというものです。噂は聞いていますよ。一刀様の衛兵の中

 

でも、通常衛兵になるには多くの選考を経ないといけない中、唯一、一刀様直々の御指名を受けて衛兵になったそうではありませんか。

 

いくら一刀様とはいえ、あなたが女性だからというだけで選んだということはないでしょう。つまり、それだけ一刀様のご期待を受けて

 

いるのです。今はその体を大切にして、本国への報告に務めてください」

 

 

衛兵3「・・・承知しました・・・必ずやお役目果たして見せます・・・」

 

 

 

同行を認められなかった衛兵であったが、高順の説得の言葉と、

 

本国への報告という重要な役目を託され、辛そうな表情を引き締め了解した。

 

 

 

陳宮「では・・・我らも直ちに行きますぞ・・・!」

 

 

 

王平という衛兵が成都に向かって歩き出したのを見送ると、陳宮と高順たちは曹操の本拠、許に向かって歩き始めた。

 

 

 

【第七十四回 第五章A:御遣処刑編B・くーん、わんわんっ! 終】

 

 

 

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あとがき

 

 

第七十四回終了しましたがいかがだったでしょうか?

 

さて、今回は劉備軍の成都訪問、セキトとの再会、そして同盟話というわけで、物語は大きく動いているわけでしたが、

 

果たして北郷や陳宮が不在の中、今回の劉備軍の接触をどう取扱うのか。

 

ちなみにセキトについては最初から下?で関羽に拾われ後に何らかの形で劉備軍から返されると考えていたのですが、

 

やっと再会できてよかったわけですが、今回の場合は明らかに劉備軍の下心見え見えでなんだか素直に喜べないんですよね 笑

 

そして、陳宮高順は北郷奪還のため独断で許へ、この選択が吉と出るか凶と出るか。

 

 

ちなみに衛兵が名乗り出たらまさかの有名人王平さん。

 

有名人の無名時代ってなんだか惹かれるんですよね。

 

どうでもいい裏事情を話せば、史実で初期は魏軍に帰順しちゃう王平さんがもったいないから一刀君が予め囲っていたという設定が。

 

これもまた未来人天の御遣い特権です。

 

 

それではまた次回お会いしましょう!

 

 

 

張?の不死身の真相を知るのは本人覗けば実は華琳様と麗羽様だけ

 

 

説明
みなさんどうもお久しぶりです!初めましてな方はどうも初めまして!

今回は懐かしいあの子が恋の元に戻ってきます。あの子?あの子です。


それでは我が拙稿の極み、とくと御覧あれ・・・


※第七十二回 第五章A:御遣処刑編@・御遣い殿は真正の大馬鹿者と言えます<http://www.tinami.com/view/799206>


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コメント
>Jack Tlam様  そもそも南部への進行を考えている時に色々突いている時点で曹操軍がかなり心に余裕がない事が窺えます。では西部を突くことになったきっかけは…ということなのです(sts)
>nao様  死兵ほど恐ろしくやっかいな敵はいませんしね 汗(sts)
>神木ヒカリ様  一刀君が降臨している時点で歴史はねじ曲がってますので展開は未知数です(sts)
>未奈兎様  言葉にすればするほど意味不明なチョコなのですw(sts)
大陸西部を敵に回す気か。珍しいことをする華琳もいたものだが、これも脆さか。一刀が本物の脅威になったので、内心焦っているんでしょう。殺しては被害は甚大。なら人質にするということで。そうすれば北郷軍は迂闊に動けないですからね。とはいえ、それで処刑したら結局は同じことなので、華琳もそれ以上の手は打ちにくいと思います。何がしかの奇策があるのかも?(Jack Tlam)
袁紹みたいな君主だったら凜の策でうまくいくだろうが一刀みたいな将や民に好かれてる君主にその策は愚策じゃ〜と思う^^;処断したら死兵になって特攻かけてきそうだし・・・(nao)
敵のトップを殺すことは、敵を瓦解させることもできるが、敵を死兵とする場合もある。北郷軍の場合後者になりそう。北郷軍が死兵となれば、曹操軍の被害は甚大、仮に勝っても孫策・劉備軍や馬騰軍によって滅ぼされる。そんな展開を見てみたいと思ったのは秘密です。(神木ヒカリ)
魏から徐晃と対立して蜀の頼りになる柱になった王平さんキタコレ、しかしまぁ見れば見るほど異能生存体めいた身体しとるなぁ・・・。(未奈兎)
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