女神異聞録〜恋姫伝〜 第五十二話
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                  女神異聞録〜恋姫伝〜

 

                    第五十二話

 

                   「魔王マーラ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 北の門でアマテラスを仲間に加えた一刀達。

 

一度ロッポンギに戻ってきたのだがそこで見慣れない人を見かける。

 

普通の街の人たちでも顔を覚え、一言二言は言葉を交わして忘れたというわけではない様

 

なのだから、その人物は一刀とは確かに初めて出会ったはずだ。

 

はずなのだが………その少女達は一刀についていくというのだ。

 

「なんで着いてくるんだ?」

 

「ふぅむ、昔の知り合いに雰囲気が似て居るからかのぅ」

 

目を閉じてうんうんと頷く美羽と名乗るぎりぎり成人にとどかなそうな少女とキャップを

 

被ったどこか抜けていそうな七乃と呼ばれた女性。

 

ただ、美羽はティターンやティターニアといった強力なアクマたちを、実力をもって従えて

 

いた………見た目通りの実力では無いということなのだろう。

 

ただ、一つ気になったことがある。

 

「う、む?」

 

ハンカチでゆっくりと目元を拭ってやると不思議そうな声をあげた。

 

気がついていなかったのだろうか。

 

ぽろぽろと涙が零れ、頬を伝っていた事に。

 

「泣いていた事に気がついていなかったのか?」

 

「うむぅ………そうかわらわは泣いておったのか………気がつかなんだのぅ」

 

ハンカチを受け取り、両手で顔を覆い隠す美羽。

 

「感極まったと言うわけではないのじゃが………は!?つ、着いては行くがわらわがいい

 

というまで後ろを見るでないぞ!?よいな?よいというまでわらわの顔を見るでない

 

ぞ!?絶対じゃぞ!?」

 

ばばっと背を向け、必死な声でそう捲し立てる。

 

そのせいで最初にぼそぼそと呟いていた言葉が耳に入らなかった。

 

「あ、あぁ。わかった」

 

その勢いに押され思わず了承した一刀だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 瓦礫などで一部の道がふさがれていたが仲間たちの力を借りて、悪路を越え時には空を

 

飛び銀座へとたどり着く。

 

その頃になれば美羽も涙は引っ込み、恥ずかしそうについてきていたがはにかんだ笑みを

 

浮かべ隣を歩いていた。

 

現れるアクマもモンスターも生き残る強さを持った手強いものだったが、誰も欠けること

 

なく南の門へと辿り着く。

 

「やはり四門の珠が反応しているな」

 

西でも、北でも同じ反応だったが既に結界が破壊され異なる存在がそこに異界を広げてい

 

るのだろう。

 

「確かここは………」

 

ザ………ザザ………ザ………

 

五感にノイズが走る。

 

ザザ………ザ………

 

見えるのは………

 

玉虫色の空間………三つの席。

 

ガリガリガリガリガリガリ…………

 

中央にあるのはたった一つだけ立った人の形をした駒が乗る遊戯卓。

 

席に座っているものは誰も居ない。

 

………ブツン―――――――

 

「おい?大将?」

 

「っ!?」

 

肩を揺さぶられ意識が覚醒する。

 

肩を揺すったのは雲に乗った金毛猿のアクマ、破壊神セイテンタイセイ。

 

「すまん………今俺は何をしていた?」

 

「は?何を言っているんだ?これからギンザの地下に行って、天パ(シャカ)の敵マーラぶ

 

っ倒しに行くんだろうが」

 

思い出そうとした時、鮮明に自分が何をしていたのかを思い出すことは出来る。

 

出来るのだが………そこに一刀の意思は確かにあったのか。

 

ケンレンタイショウ、テンポウゲンスイ、ゲンジョウゼンシといった有名どころはもちろん

 

さらにはキンカクドウジ、ギンカクドウジと正体そのものはあまり知られない者達と戦い

 

セイテンタイセイがシャカの下へと誘導するまで長く戦った。

 

という記憶はあるが………。

 

「(なんで俺はゲンジョウとまで矛を交えているんだ?!)」

 

本来交える必要が無さそうなものとまで戦闘をしているという思慮が抜けているともいえ

 

る状態だった。

 

思い出すことは出来る。

 

だが、その記憶は己とはかけ離れたナニカの記憶としか言いようがなかった。

 

有り得ない選択と出された結果。

 

「なんだ?何がおかしい………違う。シャカはなぜ俺にそれを託せたんだ?………」

 

そう、異界の主であるシャカからすれば、一刀は侵略してきた敵であるはずなのだ。

 

全てを倒し進めて来たものに何を頼むという。

 

『敵』を倒してほしい………確かにそう頼まれた。

 

マーラは確かに破壊を生み出す魔王であることは間違ってはいない。

 

だが、同時に『今の』、正確には先ほどのつながりが良くわからない一刀もまた同じ存在で

 

もある。

 

そして、一刀がアクマの願いを聞くという自身でその説明が出来ぬ結果。

 

「………『敵』はマーラなのか?それとも違う『別物』か?………」

 

問題視しなければならないのは………シャカにとっての『敵とは何者なのか』。

 

「とりあえずは頼まれたことをしてから本人に直接聞いた方が手っ取り早いか………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 一刀がなにやら思考の海に沈んでいる頃。

 

リンゴたち古参のメンバーは新しく一刀の仲間になった、正確にはなっていた地母神ティ

 

アマトと破壊神セイテンタイセイ、妖鬼オンギョウキ、神獣キュウビノキツネと話に花を咲

 

かせていた。

 

「ねーねー、マーラってどんな恰好なの〜?」

 

好奇心旺盛なリンゴがこれから戦う筈の敵の姿に興味を持っていた。

 

「あ〜………アレだ。ナニそのものだ」

 

セイテンタイセイ(長い為タイセイと縮められた)が言葉を濁しながら説明しようとするが

 

リンゴやアリスには通じず、何故か壷からアスモデが姿を詳しく説明し始める。

 

「簡単に言うと緑色のピーーーが戦車に乗っている」

 

「なんで詳しく説明すんの!?」

 

せっかく隠そうとしていたのをあっさりとばらされ、そこに食いつくのは鬼女のアラクネ

 

と新入りの狐だった。

 

「まぁ、どっちが大きいのかしら?」

 

「あら、それは良く比べませんと」

 

更にアマテラスが言葉を続けていく。

 

「馬並といいますしラムも比べてみやれ」

 

「ほぅ、そいつは面白い」

 

「巨人の意地も見せてやろう」

 

ラムだけに留まらずサイクロプスまでその話に乗っかるというカオスぶり。

 

「サイクロプスはこちら側だったはずなのですがね」

 

そんな空気にメタトロンは苦笑し、コウリュウとオンギョウキは笑いながら見ていた。

 

「記録は任せてください」

 

バロウズもノリノリでその光景を写すと言う。

 

「やべぇ。破壊神のオイラが常識枠とかどういう事だよ」

 

「なに、そのうち慣れます」

 

ぽんとメタトロンがタイセイの肩に手を乗せる。

 

「そういえばキュウビちゃんはなんであそこにいたの?」

 

「封神演義などで有名な妲己やインド方面での別の伝承とごっちゃになっちゃったんじゃ

 

ないかしら?こっちの方にも飛び火しちゃってるし」

 

「リンゴさん。キュウビさんはそもそも………天から遣わされて殷王朝を諌める役割を担

 

った方ですからね?」

 

「えー?でも傾国のとか言われてなかったっけ?赤おじさん」

 

「アリス。えぇ、その通りです。国を滅ぼし、最期に討たれるまでが役割だったということ

 

なのですよ。多くの物語にあるように悪の竜や魔王を討ってめでたしめでたしとする為な

 

のです」

 

「そもそも広まってた儒教じゃキュウビノキツネって瑞獣だったのよ?姿を見れば国が栄

 

えるとか死体を発見したら国が滅びるとか」

 

「あ、だから種族が神獣なんだ〜」

 

「えぇ、そうなのよ〜」

 

ぐりぐりとアリスの髪をいじる。

 

ティアマト、キュウビノキツネ、オンギョウキ、セイテンタイセイ共通点は、それぞれに人

 

という形態を持ちどちらないしはどれにでも姿を変えられる。

 

「あ、そろそろ魔羅の間に着きますよ」

 

「せめて伏字!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 扉を潜ればその中央に鎮座?するのでは3mほどのアレだった。

 

「にょほほほほ〜」

 

ソレが前面に刃をつけたチャリオットに乗って駆け回っている。

 

背面を見るに触手もあり、完備されていた。

 

「なにこの………変態仕様」

 

「ほほほ。この狂おしく愛らしいボデーが理解できぬとな?」

 

呆れ果てた一刀が左手を顔の前に持ってきてないないと振るう。

 

「むしろきもい」

 

「グロイ」

 

「変」

 

「この全身ピーーーアクマ!」

 

上から順に一刀、雪蓮、桃香、桂花からの感想。

 

「うわぁ………なのじゃ」

 

撃ち抜く気なのだろうグロックを構える美羽だが、やはりその姿に気後れしている。

 

「ほほほ。さて、人のk………人にて人に在らざる人の種よ。交渉とまいろうか」

 

その姿に似合わず朗々と語りかける言葉は戦闘の開始ではなく、交渉を持ちかける言葉だ

 

った。

 

「人の世は既に混沌としておる。天より来た者もいれば、地の牢獄より這い出たもの、果て

 

には異なる次元より飛来したもの………生き残るには力持つモノでなくては生せぬこの世

 

界。人の種よ、お前は法による秩序か、それとも力による支配か一体何を望む」

 

マーラが語る言葉はこれからの世界のあり方で、これからの歩み方をどうするのかと問う

 

てきていた。

 

「俺は………力在る者が率いるのは当然だと考えている。だが同時に弱き者を守るため法

 

による庇護もまた必要だ。それはどちらも正しいと確かに知っている」

 

一刀が出す言葉にマーラはニヤニヤと笑いながら聞いている。

 

「それ以前にな………俺は『人』にお前達はいらないと考えているよ」

 

そう締めくくりコテツと木刀を構える。

 

なのにマーラは大声を上げて笑う。

 

「にょほほほほほほほ!!」

 

その姿に一刀のみならず、他の皆も呆気にとられている。

 

一頻り笑い、それを終えたのか何故か満足げに頷くマーラ。

 

「にょほほ。面白い、実に面白い考えの貫き方よ。『人』ではそうそうこうは行かん………」

 

にやりと口角を広げ満面の笑みを浮かべ、背後の触手がウネウネと蠢き始める。

 

「天魔マーラ、または愛の神カーマ・マーラ果てには魔王マーラ・ハーピーヤス。煩悩はな

 

くならん、人は人を愛し、欲を覚え尚それを求める。より良くより便利により綺麗にと」

 

高らかに宣言しながら気は膨大に膨れ上がっていく。

 

「それを律するが秩序であり、力を求め発展させるが我ら悪魔の業。ならばそれこそ教えよ

 

う、我らが殺しそれを悔やむならば強くなれと、悟りを開かんとするならそれを何故求める

 

かと問うてやろう。我らは不滅ゆえに滅する定め………盛者必衰等と生ぬるいことは言わ

 

ぬ………人の果てまで共にそれを求めてやろう」

 

そして雨のように頭上から触手を降らせてくる。

 

「コール!ウンチョウ!サイクロプス!オンギョウキ!」

 

「来なさい!セラフ!」

 

「ザオウゴンゲンさん!お願いします!」

 

「来るのじゃティターン!」

 

降り注ぐ触手は視界の全てを蓋い、全てを砕く勢いで振り下ろされる。

 

触手の一本一本は怖れるほどではないが、それが数え切れぬ数となれば話は別。

 

しかも、火を纏い、破壊の力は放つ触手が混じり接触するタイミングをずらしてくる。

 

「にょほほほほほ!貪り食らえ、力なくば守るは通じず。力溢れれば共に守るは通じずよ。

 

死を超えて学ぶがよい。暴威を身に曝し知るがいい、力の意味を、力の果てを、更に望むが

 

いい『力』というものを」

 

マーラは触手を降らしながらまだまだ語る。

 

降って来る触手をそれぞれの武器で打ち抜き切り裂き身を守っていく間に言葉は続いてい

 

く。

 

「『全ての敵』で『全ての映し鏡』そして『道標』『遍くを倒すもの』『全てが持つ者』広が

 

る世界で『全てを持ちて持たざる者』に何を見た。我らが『敵』であり貴様の『敵』である

 

アレに何を見たのか」

 

「………俺の『敵』がお前たちの『敵』だと?笑わせるな………そんな小さなことを言って

 

なんになる」

 

「だが貴様は現にその手の平の上では無いか」

 

「今がそうで在ったとしてもその先にこそ俺の求める物がある」

 

「って、ちょっと!!お話し合いはいいけどこの攻撃何とかしなさいよ!一刀!!」

 

一刀も腕を振るっているが、緑色の雨のように降ってくる触手は攻撃を終わらせていない

 

のだ。

 

しかも雨の合間を縫って炎が飛んでくる。

 

「ちっ!」

 

武器を振るって掻き消すにもマーラ自体に近付く事が困難な状態。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ザ………

 

「さぁ、何を見る『三国の英雄』よ」

 

「(ウンチョウのことを………言ってい………るのか)」

 

左目の視界がノイズで潰される。

 

思考が間延びする。

 

映像を求めた左目には部屋が映る。

 

議題をあげるような卓。

 

三つの席。

 

赤漆の柱に漆喰と金により装飾された上品な部屋。

 

人が見えては消える。

 

席に座った女性だろうか………どこか見た覚えがある姿をしているように思える。

 

三人それぞれに容姿は違う、プロポーションも同じく違う。

 

ガリガリガリガリガリ………

 

何かを削る音が耳に鳴り響く。

 

それは断続的に口の周りにもノイズが走る。

 

言葉が聞こえない。

 

口の動きが見えない。

 

三人は腕を伸ばし、反対の手に短剣を持つ。

 

そしてその短剣で伸ばした腕の手首を傷つける。

 

当たり前のように注がれる血は見えない器のようなものに受け止められ、満たされていく。

 

三人が何かを唱えるように喋っているのだろうが、何かを削る音で聞こえない。

 

右目ではゆっくりと降って来る触手が見える。

 

身体能力がそれにあわせてあがったわけでは無い。

 

一刀の振るう腕も同様に緩慢となるが、思考そのものは延長されている。

 

ただ判断する時間は確保できた。

 

左目での視覚に死角は出来ているものの、見えている右目と延長された思考で知覚してお

 

けば対処できる。

 

「―――――――――――――?」

 

「知ったことか。お前が『』ならば『』だけだ」

 

五感を乗っ取ったのは一体何だったのか、ただ最期の問い掛けと答えに満足したのか消え

 

る気配だけが残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「コール!サモン!」

 

掛け声と共にメタトロンとコウリュウを呼び出す。

 

その瞬間に知覚出来る時間の流れは戻り、高速で降り注ぐ雨を掻い潜ってマーラに肉薄す

 

る。

 

「にょほほ!」

 

刃で床を抉りながら戦車を突撃させてくる。

 

「ゴッドハンド!」

 

メタトロンはそれに対抗するように魔力を拳に集めて戦車ごと粉砕しようと叩きつける。

 

バギギギギギィィィィッッッ!!!

 

圧力同士のぶつかり合いで空間に火花を発生させながら大きな音を撒き散らす。

 

「にょほほほ!さぁダメ押しのマララギダイン!」

 

頭頂部から噴火のように炎を降り注がせる少々卑猥な技に、コウリュウが雷を降らせて対

 

抗する。

 

「轟雷!」

 

ズガンッ!ズガンッ!と爆音を響かせ強力な炎と雷撃がせめぎあう。

 

何の為の映像だったのかはわからないが、今は目の前に存在する敵を倒す事に集中する。

 

「しっ!」

 

身を屈めたまま疾走し、足のバネを使って跳躍し両の手に持ったコテツと木刀で回転しな

 

がら切りつけていく。

 

触手を切り払いぶつ切りにして着地する寸前、ボコリと地面が盛り上がり、何本もの触手

 

が飛び出してきた。

 

「何っ!?」

 

「にょほほほ!痛かったですよ!?」

 

身を捻り避けようとするがそんな事が出来るはずもなく、肩を太ももを貫かれ空中へと釣

 

上げられる。

 

「兄者をはなせぇぇぇぇっっっ!!」

 

釣上げる触手に向かってウンチョウが突貫してくる。

 

青龍刀を振るい触手を断ち切るものの更に狙ってくる触手に足止めさせられる。

 

「誰でもいい!兄者を!」

 

バランスを崩したまま落下する一刀を掴みあげたのは、カラク。

 

「誰か回復お願い」

 

メタトロンの後ろ、オンギョウキたちの前比較的安全と思われる場所に下ろし再び飛び始

 

める。

 

「ザン!」

 

弱い衝撃波がマーラの頭にペシンと当たる。

 

「弱い物が………戦いの場に出てくるなぞ!!」

 

「アハハハハ!なら捕まえてご覧よ!喧しくあんたの上で歌ってやろうじゃない!」

 

安い挑発。

 

少しでも目を逸らさせること。

 

回復してもらうまでの拙い時間稼ぎ。

 

強さの中で彼女がもっと弱いのは事実。

 

空を飛べる、その利点を生かしただひたすらに飛び回る。

 

「マハスクカジャ!」

 

飛行経路を予測された攻撃が次々と放たれる中懸命に回避しながら更に加速していく。

 

「マハスクカジャ!」

 

急停止、旋回、急下降の三次元的な動きを駆使して触手を避けながら魔法を歌い続ける。

 

「マハスクカジャ!」

 

もう既に詰んでいることなんてわかっている、後はこの鳥篭を閉じるだけで終わる。

 

下位の妖鳥が魔王に挑むなんておこがましいにも程がある。

 

球状に編まれ始めた触手を前に最後の歌を歌う。

 

「((勇武への咆哮|今まで謡わせてくれてありがとう))」

 

球状の触手の隙間から赤い血が飛び散った。

 

 

 

 

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 カラクの血がついた触手は十に満たないほんの数本だった。

 

それを一刀はただ見ていることしか出来なかった。

 

歌われた魔法によって身体に力は漲っているのに、麻痺したように、いや実際に麻痺してい

 

るのだろう。

 

ゆえに動く事が出来ていないのだ。

 

たったの一手、ただの一手をしくじっただけで仲間が一人殺された。

 

怒りが涌いてくる。

 

一刀の心の中にどす黒い感情が蓋から湧き出るようにあまりを侵食していく。

 

視界が狭まる。

 

怒りに感情が高ぶっていく。

 

憎しみを込めて、振り下ろされる触手を見ていることしか出来なかった。

 

「くそったれ………」

 

身体に走る衝撃。

 

血に塗れる下半身。

 

唇に柔らかい感触。

 

視界に広がる栗色の髪と碧色の瞳が一刀を見ていた。

 

口の中に何かが流し込まれる。

 

口内を満たし喉に流し込まれ、そして、唇を離し微笑んでくる。

 

「ふふ、やっと助けられた」

 

満足そうに目を細め、微笑んだ。

 

「桂花っ!?」

 

肩越しに見える桂花の下半身は白い骨とどろりとした骨髄が出ていて下半身は存在してい

 

なかった。

 

そこから溢れる血は一刀の身体に注がれ赤に染めていく。

 

「今度は勝ち逃げなんて許さないんだから………」

 

そっと一刀の頬に手を添えて、ゆっくりとその手から力が抜けて落ちていく。

 

目が閉じられるとその身体は光の粒へと変わっていく。

 

ぎゅっと桂花の身体を抱きしめる。

 

一滴の水滴が一刀の服に吸い込まれたかどうかは定かでは無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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一刀の怒りはあまりを塗りつぶし、また蓋の下にその姿を潜めた。

 

ただ、無くなった訳ではない。

 

姿を潜めただけで『怒り』というボルテージそのものが勢いを失ったわけではない。

 

顔は蒼白。

 

四肢にかかる力は今までの限界を超え。

 

眼光は真っ直ぐに敵を見据えていた。

 

思考はクリアに。

 

視野狭窄に陥っていた視界は確かな動きをほぼ全て捉えていた。

 

地下に潜り込んだそれすらも。

 

今一度、己の手に『武』を持って立ち上がる。

 

四肢に穿たれた穴は塞がり、銃創の痕の様に残った。

 

「おおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!」

 

雄叫びを叫び、触手の壁を切り裂きながら突撃を突き進める。

 

青よりは緑に近い人とは違う血液が撒き散らされ床が汚れていく。

 

火炎が視界を塞ぎ、飛び込んでくるがそれを左手で捻じ曲げて弾き飛ばす。

 

「なめるな!」

 

地面から飛び出そうとする触手を踏み潰す。

 

目には光が灯る。

 

絶望や希望といった昏くも輝かしいものではない。

 

誰彼大小なりとも持っているものでもない。

 

生存に起因する欲と言う物が一刀には存在していない。

 

だからといって怨み妬み嫉みといった姦しい悪感情でもない。

 

瞳に燈ったものはただ進むという確固たる遺志だった。

 

生物では決して持つことが出来ない死んだものして残す己の遺志。

 

ただそれだけが今一刀の瞳には宿っていた。

 

怒りよりも底冷えする熱さで、希望よりも遥かに昏い輝きをもって、怨恨よりも白く何者で

 

あっても塗りつぶす感情。

 

すぅっと短く息を吸い込み、酸素を全身に張り巡らせる。

 

更に踏み込み、駆ける。

 

「にょほほほほ。まだまだですよ!」

 

触手の壁は更に厚みを持ち、火炎弾は更に苛烈に降り注いでくる。

 

点の軌跡で貫いてくる触手の雨も追加され視界は緑と赤の極彩色に染め上げられている。

 

それだけの手数を披露し、維持しながらマーラからは疲弊した声は聞こえない。

 

むしろ更に嬉々とした余裕を持った声に聞こえてくる。

 

マーラ本体の接近そのものはメタトロンとコウリュウが何とか抑えているが、一刀自身マ

 

ーラに向かっては接近しなければならない。

 

かといってマーラから接近されるわけには行かないのだ。

 

マーラから接近されたのならば、戦車に乗った勢いのまま蹂躙される。

 

言葉通りに次々と触手は降り注ぐ。

 

「なめるな!!」

 

再度同じ言葉を吐き捨てながら、頭上から、前面から、左右から伸びてくる触手を切り裂き

 

ながらも前に進む。

 

避けることが適わない攻撃の嵐の中、攻める事で凌ぎ歩を進めていく。

 

一歩一歩確かに奪った者を目指して足を進めていく。

 

「人を!なめるな!!!魔王!!!!」

 

刃物の蠢く戦車を眼前にして一刀は吼える。

 

「人になりきれぬ種が。よく辿り着く」

 

魔王の前に立つ、そんな話はいくらでもある。

 

だが、魔王の前に立てる人はほんの一握り程度だ。

 

ゲームではよく使われるクライマックスシーンだが、多くの噺では神々こそが最初に立つ

 

のだ、魔王の前に。

 

似た話でよくあるのは神々が魔王を封じるという、なぜと問えるもの。

 

魔王の前に立てるのは、挑めるといえるのは世代にせいぜい一桁。

 

英雄だとか勇者だとか大層な肩書きを持った所詮は人と変わらないもの。

 

そんな稀有とも気違いとも言える様な存在と並び立つ場所に立っていた。

 

それを成すモノを暗殺者と揶揄する物語も在るが、ただ少数でこの戦争の終結を目指す一

 

刀は眼前の魔王ですら通過点だと見ていた。

 

「通させてもらうぞ。俺の遺志を」

 

「その通す意志、理由を聞かせてもらいましょうか」

 

「望む結果をもぎ取る為に」

 

戦車についた鎌とコテツが触れ合い火花を散らすが、一刀は押し負けることなく巨大な戦

 

車をその腕一つで止めて見せた。

 

「つぇりゃぁっ!」

 

猿叫と共に右手で溜めた木刀を振りぬくと澄んだ音を響かせ戦車についた鎌が砕け散る。

 

マーラの戦車とて木偶ではない。

 

鎌も硝子ではない。

 

神代にして神と争えるだけの代物だ。

 

「掴ませて貰うぞ!その道程を!」

 

交叉させ二つの武器を振り抜けば戦車はその軌跡のままに切り裂かれた。

 

「なんという威力!?」

 

驚愕の声を上げ、目を見開き、思わずそのままに声が漏れたのだろう。

 

瞬きにも似た時間で、それは確かな隙として生じた。

 

「奥儀一閃、雲耀の太刀!」

 

一刀自身身体を縦に翻すことで下段に下ろされた木刀を、雷光に似た勢いで一筋の剣閃が

 

マーラに向かって打ち下ろされる。

 

剣閃が通った後にブシュッと魔王の血が吹き出し、マーラの下半身にある玉が一つ皮一枚

 

を残して離れた。

 

「ほほほ………そうでしたか最後の歌、あの歌の所為でここまでの威力が出ますか」

 

「仲間に俺が支えられているのなら、俺は仲間を守れなきゃならなかった」

 

「ですが、あなたの仲間は辿り着けない」

 

ごうっと火の壁が一刀と他の仲間たちを切り離す。

 

円形に燃え盛り、それは決闘場のように形づくる。

 

マーラは一刀を試す為に仲間の介入を妨害し。

 

一刀はマーラを倒す為に仲間の盾となる事を。

 

触手の雨は止んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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多くの手数を費やして全体を打ち払い、動きを止めていたそれは今一刀だけに注がれる。

 

空気が張り詰めた。

 

周りとは流れる体感時間が違う。

 

周りからみればほんの2,3秒だが二人にとっては数時間とも感じられる睨み合い。

 

「奥儀一閃」

 

「メメント」

 

影が交叉する。

 

「九重の羅刹!!」

 

「モリ!!」

 

踊るように放たれる複数に及ぶ即死の剣閃を、透き通る生気を感じられない巨大な手の平

 

が一つ一つを掴み取っては打ち消されていく。

 

二度三度と交叉するように位置を入れ替えながら爆炎と複数の剣閃、銃弾、巨大な手が互い

 

を潰しあう。

 

ぶつかり合う音とは別に獣のような咆哮と嬉声が上がる。

 

「一体どの様な戦いが行われているのだ………」

 

少なくない傷を負っていながらまだ槍を持つ星は祭に肩を借りて立ってその戦いの環の外

 

から見ていた。

 

「確かに、まるで親と子の喧嘩のようじゃ」

 

「でも、ご主人様………怒ってる」

 

方天画戟を肩に担いだ状態で立っている恋は呟いた。

 

楽しそうに声が聞こえるのはマーラの声だけで、一刀からは絞り出すような吼え声だけが

 

響いて聞こえてくる。

 

「元々マーラとは複数の意味を持ち、また同じだけの姿を持ちます………さらには世界で

 

も多くの信者のいる宗教の始祖の妨害をしたものでもありますから」

 

メタトロンがその理由を知っているのか三人に説明をしている。

 

マーラ、その名前自体に『死』というものを人称形として表したものでもある。

 

ガイア教は仏教や神道といった鬼神、破壊神、魔王といった神々をよく頼るが………魔王と

 

いう立ち位置でありながらマーラを含めた極少数の魔王はこの立ち位置に立つことは無い。

 

正確にはメシア教もガイア教も共にその極少数の存在を頼る事が出来ないのだ。

 

双方の敵でもあるために。

 

「だから楽しんでいるのでしょう。種の成長を」

 

「種?」

 

メタトロンが最後に呟いた言葉に、聞き返したのは誰なのか。

 

「それは話せません」

 

そしてそういった存在ゆえにマーラが負けるということは確定している。

 

だからこそ仲間達は見ているのだ、成長したゆえに勝つと信じているから。

 

ただ、成長の代償は決して小さくは無い。

 

二つの命が消えて軽いはずが無い。

 

「にょほほほほ」

 

ただ、ここに魔王との戦いが終わったことを意味する笑い声だけが響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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詠「詠と」

月「月の」

詠&月&へ「「「あとがきコーナー」」」

へ「約二倍のボリュームですが遅れて申し訳ありませんでした」

詠「マーラってこんなにも強いの?」

へ「裏ボスですから弱くは無い」

月「遅れた理由は何故ですか?」

へ「名前考えるのに時間がかかりました!」

詠「極少数の魔王って言うのは?」

へ「サタン、アーリマン、マーラだね。別の意味で『神に対する者』にふさわしいから」

月「もう遅れちゃダメですよ?」

へ「ハイ。キヲツケマス」

詠「なんだかよくわからないことになってるけど、更にわからなくなるのよね」

へ「カオスな世界を目指してますから」

月「そういえば他の小説で面白そうなのを読んでいたのですが………」

へ「あ〜………感想にあったアレか………」

詠「訓読みも普通に原作で使われているのよね。真名って」

へ「あとはピン音読みとかだねぇ」

月「私の読みがゲツとかガツになっちゃいます………」

へ「華もファって読むのはピン音からだしねぇ」

詠「音読みと同じ発音になってるのが多いからでしょうね」

へ「簡単に言うと中国読みという奴です。俺のヘイロンってのもピン音読みですよ、と」

月「この辺りは作者さんも感想読みながら思ってましたしね」

へ「雛とか凪とかねぇ………音読みだけになると何人変えないとダメになるんだろ」

詠「確かにそんな突っ込みを読みながらしてたわね」

へ「ずいぶんと昔の作品だけどね〜」

詠「いまさらだけど………真名自体訓読みなのよね」

へ「突っ込んじゃダメなのかもだけどね………突っ込みの返しとしてはね」

月「恋姫世界になるとオリキャラは出すんでしたっけ?」

へ「出さないけど、仲間の名前は考えておかないとダメでしょ」

詠「無双しない?」

月「強すぎる気が………」

へ「あんな世界で一周して弱い方がひどい事になると思う」

詠&月&へ「「「ではお休みの間アクマに身体を乗っ取られぬようお気をつけて」」」

詠&月&へ「「「また次回でお会いしましょう」」」

 

説明
真・女神転生世界に恋姫無双の北郷一刀君を放り込んでみたお話
人の命はとっても安い、そんな世界
グロや微エロは唐突に生えてくるもの
苦手な人は注意されたし
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