不思議系乙女少女と現実的乙女少女の日常 『雨の日のコンチェルト6』
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第1の異変は、空気の変化と共にやって来た。

何処までも突き抜ける程に…………純正のアクアマリンを彷彿とさせる空に、陰りが見えたのだ。それは、まだ僅かな異変。唇を僅かに乾かない程度の湿度。鼻腔を通り抜ける、先ほどまでは異質な空気。

雨の気配がする。まだ、まだまだ遠い空の向こう側に、雨の気配がする。

…………そして。

疲れた様な顔と共に、華実は座り込んだ。突然、座り込んだ。

道なき道の途中。路傍の石すら無視出来ない起伏に富んだ地面。体力の消耗は、普通の地面に比べてかなり早いだろう。だが、座り込む様な段階まで体力をすり減らすには、まだ早いと言わざるを得ない。華実に体力が無いのは分かっていたが、それでも座り込むにはまだ早い様には思えた。

それに、『座る』という体勢への移行は、むしろ貧血や立ちくらみのそれに似ていた。

「だ、大丈夫かぃ?」

 驚いて肩を叩く。すぐに返事はあったが、その声はとても苦しそうだった。

だが、数秒で収まったようで、華実は大きく深呼吸をしてヤカの手を握った。

「ごめんなさい、ちょっと地面が何処にあるか、わからなくなって」

「むぅ…………」

その状態から、それがどの様な状態なのか、という判断が付かない。あまり良い状態で無い事は確かだが。

「動けそうかぃ?」

「ありがとう…………でも、よく有る事だから。もう大丈夫よ」

 笑みを浮かべて、華実は立ち上がった。体のふらつきは無いし、意識もしっかりとしている。

なるほど、確かに良くある事なのかもしれない。これまでにも何度か、体育の授業中に立ちくらみを起こす華実を見たことがあるが、そんな感じなのかもしれない。

だが、ヤカを心配させまいとするその笑顔は、なんだか痛々しかった。

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悪い事というのは続くものだ。

それを、中学2年生にして体験してしまうのは、幸であるのか、それとも不幸であるのか。

今年の3月ごろ、両親が死んだ。

交通事故だった。

ショックが大きかったか、と問われれば、これまで生きてきた中でも最大のそれだっただろう。

しかし、実感は湧かなかったし、悲しみはそれ以上に湧かなかった。

葬儀の責任者となってくれた遠縁の親戚。葬儀に参列する人々…………父が運営する会社の部下、近所の人々等…………は一様に慰めの言葉を口にした。

俯き、呆然とし、あまり喋らない様子を見ていれば、涙は無くとも心に傷を負っているのだと判断するのは当然かもしれない。

だが、俯いていた理由は他にあった。

両親をあまり好きでは無かった、という事実に気が付いてしまったから、というのがそれだ。

幼い頃から両親は仕事が忙しく、娘の世話もおざなりに成り勝ちだった。病弱だった幼い娘を、父の親友が経営する病院へ預ける事もしばしばで、週に1度顔を見る事が出来れば良いほうだった。病院は保育園では無い、と苦笑していた病院長の顔は、未だに覚えている。

小学校に入ってからもそれは同じ。車の送り迎えが病院から小学校へと変更された以外は。送り迎えは専用のドライバーが行っていたから、両親の出る幕は無かった。だから、小学校の帰りには、家へ向かう前に取りあえず病院へ向かった。幼い時に多発していた発作は小康状態にあったが、病院長は快く迎えてくれた。

だから、父の親友である病院長の方が、どちらかと言えば父親らしかった。

だが、実際はそうでは無かったのだろう。

何故なら、自覚があったからだ。

人と上手く付き合うことの出来ないという、自分の性質に。

それが元来持ち合わせた性質なのか、それとも両親の愛に触れなかった事による情緒未発達なのか、それは判らない。だが、どちらかと言えば後者では無いかと思った。

両親への責任を僅かばかりでも想像する事で、己の欠点から眼を逸らそうという、子供っぽい八つ当たりだったのだと思う。

ともあれ、小学校の割と早い段階から、人と付き合う事にある種の疲れを覚えていたため、意識的に改善に努めた。

上辺だけの付き合い。

己の本心には、決して誰も近づけさせなかった。

嘘の笑い。

嘘の怒り。

嘘の悲しみ。

そして、嘲り。

それら全ては、恐らく全て両親への当て付けだったのだろう。誰も気が付かない本当の自分を演出する事で、誰よりも優位に立とうという、自分だけの優越感。両親は、学校での娘の評判を聞いて、恐らく安心した事だろう。

それが全て、娘の演出した嘘だとも気が付かずに。

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「大丈夫かぃ?」

 ぼ〜っとして歩いている華実を心配して、ヤカは聞いた。

華実が立ち眩みを起こしてから、ヤカは彼女の手をずっと取っていた。心配だからだ。座りこむ程度ならばまだ良いが、卒倒でもされて頭を打ったら事だ。

繋いだ手から感じる体温は意外に冷たかった。

「あ…………う、うん。大丈夫よ」

「調子が悪くなったら、すぐに言うんだよ

?」

 それを報告されたからと言って、自分に何が出来るでも無い事は重々承知していた。

心臓に異変が起こって、自分に何が出来るのか。出来るはずが無い。心臓に何かが起こるような状況とは、今まで無縁だったからそれも当然だ。そもそも、有効な手段を持って居なければ、どんな優秀な医者だろうと何も出来ないだろう。

だから、不調を報告されるという事は全くの無意味でしか無い。…………無意味だが、しないよりはマシだと、そう思ったのだった。それがどれくらいの奇跡を生んでくれるのかなど、期待はしていなかったが。

何時もは奇跡を信じている。

世界中に溢れる奇妙な現象、伝説、逸話、そして奇跡。神や天使や妖精や妖怪が存在する世界。本やテレビを媒体として発信されるそれらの話。

ヤカは、自分の部屋に飾ってある多数のヌイグルミが、自分と同等の命を持っていると、半ば以上に信じていた。そんな考え方をして、そんな部屋の中に篭っていて、恐ろしく無いのかとリコに問われた事があるが、彼らが動き出して言葉を発すれば、きっと自分は喜ぶだろう。

だが、ここで奇跡を期待するほどに無垢な乙女では無かったらしいと、ヤカは落胆した。そして、ほっとした。そこまで空気の読めない人間では無かった様だと。

紀元の始まりと共に現れた救世主は、手をかざすだけで病気を治す奇跡を用いたという。己の弟子である使徒にも、同様の力を与えたという。自分にその様な力が無い事が残念でならない。少なくとも、12人の使徒はただの人間だったはずだ。望めば手に入るなら是非欲しい能力だが、最大の信仰者である教皇でさえただの人間だ。

無宗教の自分が出来るのは、ゲームの回復呪文を唱える事だけだろう。

だから、奇跡というものは起こるものでは無く、起こすものなのだろう。奇跡を起こす力を持たなければ、奇跡は起こらないのだ。奇跡を起こす人間の側に居なければ、その恩恵を授かれ無いのだ。

そんな事は誰でも知っている。

だからこそ、誰もが奇跡を願うのだろう。願う他に方法が無いのだから、それも当然の事だ。

そして。

だからこそ、奇跡を期待してはいないが、強く願っている自分に気が付いていた。

こんなに奇跡を願ったこと等、今までに無い。

何も起こりませんように。発作が起きませんように。そんな些細な奇跡でいいから起こって欲しい。

………………と。

「ねぇ、道はあってるの?」

 華実の言葉で、現実に引き戻された。引き戻される言葉が不吉なもので無くて良かった。

頭を軽く振って、苦笑した。

まるでリコみたいな事を考えている、と。

「道の事なら心配しないでよぅ。ほら」

 天を指して、

「太陽の進行方向で、東西南北は判るからっさ」

「………………へ?」

 ヤカはそんな事を言った。

鬱蒼とした場所である。木漏れ日と言えば聞こえは良いが、その程度の光しか差し込んでこない。

「判るの?」」

「判るよぅ」

「ど、どうやって?」

「だから、太陽の進行方向から」

「あ、ああ、そう言ってたわね。…………ってそれ信じて良いの!?」

 何に驚愕しているのかはわからないが、華実は大層な大声を上げた。弱っている人間とは思えない。

なんだか以前、リコにも同じ事を言われた気がする。軽くデジャブ。

だが、ヤカにしてみれば判らない方がおかしい。太陽の動きは確かに捉え難いが、ほんの少しずつ移動してるのが分かるだろうに。

「ヤカさんって…………視力いくつなの?」

「さぁ。数字の意味が判んないから覚えてないや。飛んでる飛行機の種類が判るくらいかな…………って、なんでそんな顔するんだよぅ」

 華実は、

 

『ああ、サバンナで暮す人よりも凄いレベルですね』

 

 と思っているのだが、そんな事は知る由も無い。

「まぁまぁ、道の事は私に任せてよ。まさか、無計画に進んでるとでも思ってたの?」

「い、いえ、そんな事無いけど」

 慌てた様子で、華実はヤカと繋いでいない方の手をさり気無く後ろへ持っていった。さり気無くだが、ヤカは察した。

きっと、石を持っているのだろう。そして、それで木に目印を付けていたのだろう。迷わないように。

ヤカは笑ってしまった。情けなさと、そんな事をしてくれる嬉しさに。

 気が付いたのだろう。ヤカの不安に。きっと、顔に出ていたのだろう。考えすぎて、不安が顔に出ていたのだろう。

ヤカが考えていた内容まで把握されているとは思わないが、華実は会話をする事で不安を遠ざけようとしてくれたのだろう。

もちろん、推測なのでなんとも言えないが。

華実は会話を振った。確信を持って道を進んでいる事を確かめる意味も有ったかも知れ無いが。

華実の手に、石なんて本当は握られていない。そんな暇が無かった事はヤカが良く知っている。だって、華実の手を引っ張って歩く時に、ヤカは1度、両方の手を握ったのだから。

ヤカが不安に駆られ、思考に没頭してしまっている事を察して、気を紛らわせてくれたのだろう。そのための会話。

もう笑うしか無い。気を使わなければならない方が気を使われている。

ヤカがそれに気が付いている事は言わない。そんな事、言うだけ野暮だ。

だから、ヤカは華実の肩を抱いた。

「このまま進めば、道路に出られるよ。近くに家もあったから、そこから電話しよぅ」

「…………うん、そうね」

 奇跡は遠ざかった。

奇跡を願う心が弱くなったからだ。もちろん、今も奇跡を願ってはいるが、華実が会話を振る前ほどじゃ無い。

あの奇跡は駄目だ。

人を駄目にする奇跡だ。

頭を重くする様な奇跡なら、無い方が良い。

奇跡を願う心は遠ざかったが、奇跡は変わらない距離に居る。

それが、奇跡との正しい付き合いかたなのだろうと、なんとなく思った。

道のりはまだ遠い。

説明
華実が立ち眩みを起こして倒れそうになった。その事で、不安を覚えるヤカ。
らしく無く思いつめるヤカだったが。

当初の目標の80枚を超えてしまった…………いらん事描きすぎなんですかね。もっとすっきりさせた方がいいのかも。
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