真・恋姫†無双〜江東の花嫁達〜(九)
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(九)

 

 姜維は夢を見ていた。

 

 幼い頃の自分と母親、それに風の三人で仲良く暮らしていた夢。

 

 父親は彼女が生まれてすぐに戦で死んでしまい悲しい気持ちはあったが、母親と風がいてくれるだけでそれが癒されていた。

 

 三人で話していると、風が、次に母親がいなくなっていた。

 

「母様!お姉ちゃん!」

 

 小さな姜維は必死になって二人を探すがどこにもいない。

 

 そして気が付けば戦の中にいた。

 

 目の前で一人の女性が幾本の槍で身体を貫かれ地に崩れ落ちていく。

 

「はは……さま……?」

 

 それが自分の母親だとわかると近くに行くがすでに死んでいた。

 

「母様!母様!」

 

 泣きじゃくりながら冷たくなっていく母親の身体を揺する。

 

 そこへ風がやってきた。

 

「お姉ちゃん?」

 

 いつものように眠たそう表情をして風は姜維を見下ろす。

 

「お姉ちゃん、母様が……母様が……」

 

 風にすがりつく姜維だがその瞬間、手には剣を持ちその先は風の身体を貫いていた。

 

 手を伝ってくる感触。

 

 剣から滴り落ちる鮮血。

 

 風は瞼を閉じそのまま剣の根元まで落ちていく。

 

「い、い、い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 自分の大好きな二人が死んでしまうことは耐えられなかった。

 

 心が壊れていく。

 

 身体の震えが止まらない。

 

 涙が枯れることなく濡らしていく。

 

 そして闇に包まれていく。

 

「…………」

 

 誰かの声がする。

 

(助けて……母様……お姉ちゃん……)

 

「……ちゃん、大丈夫ですか?」

 

 その声で闇の世界に光りが差し込んできた。

 

 朦朧とする意識がゆっくりと視界に風を映し出していく。

 

 身体中が汗で濡れているのが感じられる。

 

 濡れた夜着は火照った身体を冷やしていく。

 

「伯約ちゃん、大丈夫ですか?」

 

 姜維は自分が今どのような状況かを思い出していく。

 

 久しぶりの再会だということで風が強引に姜維と寝台を共にすると言ったため、それを断ることなく姜維は受け入れた。

 

 内心では姉のように慕っている風と眠れるだけに夢も幸せなものになると思っていたが、それだけはいつもと変わらない悪夢そのものだった。

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「随分とうなされていたみたいですが、大丈夫ですか?」

 

 風は安心できるようにと姜維の髪を撫でる。

 

 呼吸が落ち着いてきてようやく風を見ることができた姜維だが、夢の中で自分が彼女を殺してしまった罪悪感が表情を硬くさせていた。

 

「大丈夫ですよ。風は生きています」

 

 まるでどんな夢を見たか知っているかのような風に姜維は小さく頷いた。

 

 まだ夜明け前のために天幕の中も薄暗かった。

 

「伯約ちゃんとこうして一緒に寝るのも久しぶりなのですが、風としては一つ残念です」

 

「残念……?」

 

「伯約ちゃんが風よりも成長しているということです」

 

 本当に残念そうに風は姜維の胸元を見る。

 

 さすがに恥ずかしいと思ったのか少しはだけた胸元を隠し顔を紅くする。

 

「ふむふむ。お兄さん好みかもしれませんね」

 

 とても少女が言う言葉とは思えないことを平気な顔で言う風。

 

「て、程様……」

 

「なんですか?」

 

「程様からして北郷さんはどんな人なのですか?」

 

 おやおやといった感じで風は目を細める。

 

(あのお兄さんには世の女の子を虜にする何かがあるのでしょうか?)

 

 そう思いつつも自分も一刀に惹かれているのは確かだった。

 

「そうですね。一言で言えば女たらしですね」

 

「おんなたらし?」

 

 それがどういう意味なのかまで姜維は分からなかった。

 

「まぁお兄さんの名誉を守るのであれば、優しい人ということですよ」

 

「やさしい……」

 

 姜維の一刀に対する第一印象はあまりいいものでもなかった。

 

 風の言うとおり優男ではあるが頼りになるようには思えなかった。

 

 黙っている姜維に何かと話しかけてくるので彼女としては少々困っていたが、唯一つ、笑顔を見せる時だけ、不思議と安心できた。

 

「もしかして伯約ちゃんはお兄さんが気に入りましたか?」

 

「えっ?」

 

 あまりにも唐突に聞かれたため驚く姜維だが、そうなのかどうなのか分からなかった。

 

「あのお兄さんはただ優しいだけではないですよ。そうですね、簡単に言えば人の痛みを自分の痛みとして感じるというべきでしょうか」

 

「人の痛みを自分の痛み?」

 

 よく分からない姜維。

 

 そんな彼女を優しく見る風。

 

「きっと伯約ちゃんの心を救ってくれますよ」

 

「私の……こころ?」

 

 今の自分は復讐だけが生きている実感を与えてくれる。

 

 それなのに救うとはどういうことなのだろうか。

 

 考えていると風に抱きしめられた。

 

「伯約ちゃん。泣きたくなったらお兄さんの胸で泣くのですよ。そうしたらきっと……」

 

 それだけ言うとまだ眠たかったのか風は瞼を閉じて眠ってしまった。

 

 一人残された姜維は風が何を言いたかったのかを考えた。

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 同時刻。

 

 冀城城内の一室に雪蓮は一人、寝台の上で膝を抱えて自分の左手の薬指にはめられている指輪を眺めていた。

 

 城内の何処を探しても見つからず、報告で風と二人で五胡の陣に向かったと聞いた時、ため息を漏らしてしまった。

 

 結婚してから二ヶ月。

 

 一緒にいるのが当たり前だと思っていただけに一人で眠りにつくことができなかった雪蓮。

 

 華琳は夜遅くまで軍議を開いて対策を練っていたので、雪蓮は一人で酒を飲んでいた。

 

 酒の味がするはずなのにただの水のように感じ、途中から飲まなくなった。

 

 一睡もせずただ一刀がはめてくれた二人が夫婦である証を飽きることなく見続けていた。

 

 いくら一刀の願いだとしても自分の身体の隅々まで染み付いた彼の香りを感じるたびに寂しさと喪失感に襲われていた。

 

「一刀の馬鹿……」

 

 戻ってきたら容赦をするつもりはない。

 

 嫌だと言っても離すものか。

 

 誰かに見られようともかまわない。

 

 一刀を自分の身体に刻み込むように彼の身体にも自分を刻み込む。

 

 淫らな一匹の獣になってでも彼を愛したい。

 

 そして愛されたい。

 

 そうすることで一人にさせた罰を償わせる。

 

 雪蓮にとってこれほど自分が一刀に依存しているのかと思い知らされた。

 

「いくら策だかといってもやりすぎよ」

 

 実は雪蓮だけが一刀と風の策を知っていた。

 

 後日、そのことを一刀が聞いた時、

 

「女の勘」

 

 とあっさりと答えられた。

 

 彼らのしていることは一歩間違えれば死ぬことになる。

 

 それだけは絶対に避けなければならないが、だからといって華琳達に教えるわけにはいかない気がしたため黙っていた。

 

「私はあなたがいない世の中なんかもう興味なんかないんだから死んだらダメよ」

 

 母の求めていた理想が現実になり、ようやく解放された雪蓮にとって次の理想は一刀と末永く幸せに暮らすこと。

 

 彼との幸せを乱す者には容赦など必要ない。

 

「早く戻ってきてよ……。そうして私を抱きしめて」

 

 一人で過ごす夜はもはや彼女にとって何の価値もない。

 

 愛する人の温もりがあってこそ夜に価値がある。

 

 だから今は我慢する。

 

 後日の楽しみの為に。

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 そしてもう一人、悩んでいる少女がいた。

 

 一通りの軍議を終えてそれぞれ休息のために出て行った部屋の中で一人、椅子に座っている華琳。

 

 書置きもなく突然姿を消した風と一刀のことを気にしていた。

 

 なぜ風があのようなことをいって自分から罷免されるようなことをした挙句、一刀を巻き込んだのか。

 

 その真意が華琳にはわからなかった。

 

 ただ、ここにくる途中、風から気になる一言を言われていた。

 

「風は生きる意味を探したいです」

 

 それがどういう意味なのかその時はまったく気にする事でもなかった。

 

 今になってそれが行方不明と繋がっているのかと思うとただならぬ事だった。

 

「まったくあの子は……」

 

 普段から何を考えているのか分からないだけに、その行動すらわからないことだらけだった。

 

 意外だったのは一刀までもがそれに付き合うとは思わなかった。

 

「雪蓮もあんなに簡単に手放すなんて何かあるわね」

 

 いろんなところからつなぎ合わせていくと何かがあることが見えてくる。

 

 だがそれが何なのかまではさすがの乱世の奸雄も見えてこない。

 

「それにしても」

 

 机の上に広げた地図の上に今の自分達と五胡の配置駒を見て気になることがあった。

 

 報告を聞くときはただ五胡がこれまで以上に強力なのだということだけを考えていたが冷静になればまるで自分達がここに来ることを知っているかのようにまっすぐ進んでいる。

 

「まさかとは思うけど」

 

 一つの線が出来上がった。

 

 風が冀城を勧めた理由と五胡の進撃ルート。

 

(内通している?)

 

 それならば自分に対する非礼も納得できる。

 

 信じられないことだがそれが真実であれば風がいった言葉も意味を持つことになる。

 

(私のところにいては生きる意味を見つけられないの?)

 

 華琳は自分とはそれほどの価値しか彼女にはなかったのかと思ったが、風にとって誰よりも彼女を敬愛し本気で裏切る気持ちなどどこにもなかった。

 

 だが今の風はそれ以上に自分の罪の重さが勝っていた。

 

 それを清算するために敬愛する主君を危険な目に合わせている。

 

 華琳がそれを知ればどう思うか。

 

「この戦いが終わって生き残っていたらあの子の自由にさせるべきかしら」

 

 自分の意思で去る者を止めることは華琳でも不可能だった。

 

 そこにふと一刀が思い浮かんだ。

 

「一刀ならどうするかしら」

 

 自分では考えられない事をする一刀なら風がしたいことを理解できるだろうか。

 

 いや理解しているからこそ一緒に行動をしているのではないのだろうか。

 

「天の御遣いに任せるしかないわね」

 

 これほど自分が無力に思えたのは華琳にとって初めてであり、どこか新鮮なものを感じていた。

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 雪蓮や華琳が気にしている一刀は?徳こと舞香と二人で夜明け前の散歩をしていた。

 

「それで話ってなに?」

 

 重要な話があると言って舞香に呼び出された一刀。

 

「ひとつ頼まれてほしいの」

 

「俺に?」

 

「そうよ。ただし他言無用でお願いね」

 

 そう言って空を見上げる舞香。

 

「もし北郷殿の器の中にまだ余裕があるのであればあの子を加えて欲しいの」

 

「加えるって?」

 

 あの子というのは一刀も姜維のことだとすぐわかったが、器とはどういうことなのか分からなかった。

 

「五胡の王もあの子のことを気に入っているし、実の娘のように接していたわ。でも、孤独さは消えなかった」

 

 笑顔を見ることすら稀になってしまい、このままでは姜維の心は蝕まれるだけになってしまう。

 

 そして舞香自身ではそれを止めることも消すこともできないと実感していた。

 

「天の御遣いであるあなたならあの子の本来の姿を取り戻させてくれる。そう信じているからこそ、助けてあげて欲しい」

 

 風だけではなく舞香も姜維を憎しみという闇から救い出したいと思っていた。

 

「乱世を終わらせた天の御遣い。あなたは自分の力で終わらせたわけではないと言うけれど、そんなことはないわ」

 

 振り返る舞香はゆっくりと一刀に近寄っていき、そっと抱きしめた。

 

「姜維をお願い。あの子を一人にさせないで」

 

「舞香さん?」

 

「北郷殿、もし私が死ぬようなことがあればあなたがあの子の手を取ってほしい。それを約束してくれるのであれば私はなんでもする」

 

 不吉なことを言う舞香に一刀はどう答えたらいいのかわからなかった。

 

 だが、唯一つだけ言えることがあった。

 

「舞香さんが死んでしまうときっと姜維さんだって悲しむよ?」

 

「それはないだろう」

 

「どうして?」

 

 まだ一日と経っていないためはっきりとはいえない一刀は思っていた。

 

「どうしてかな」

 

 そう言って一刀から離れた舞香は寂しさを感じさせた。

 

「とにかくだ。私との約束は守ってもらえるかしら?」

 

「あ、ああ」

 

 曖昧な返事をする一刀だが舞香はそれで十分だった。

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 そして陽が完全に空に上る頃、魏蜀連合軍と五胡は激突した。

 

 元々の数が少ないため圧倒的に不利を承知で戦いに出た華琳は矢継ぎ早に指令を送っていた。

 

 秋蘭の部隊を中央に置き、右翼には霞、左翼には翠の率いる蜀軍、後詰に凪達を配して華琳は雪蓮と稟と共に本軍を率いていた。

 

 五胡の前衛十万を相手に秋蘭の兵五千、霞の三千、翠の二万は辛うじて戦線を支えていた。

 

「今のところはなんとかなっているけれど、これからどうしたらいいかしら?」

 

 消耗戦をされては絶対数において不利は免れないため、ある程度戦っては引くを繰り返すしかなかった。

 

 しかし、それを見抜いてか五胡の軍は左右からもそれぞれ三万ずつを投入してきた。

 

 こうなっては下手に引けばそのまま敵を招いてしまうため、引くに引けない状態になっていた。

 

 それが辛うじてもっているのは三将の目覚しい働きがあってこそだった。

 

「ねぇ華琳」

 

「なに?」

 

「私にも少し兵を貸してもらえない?」

 

 不敵な笑みを浮かべる雪蓮に華琳は呆れるように見返す。

 

「そのまま一刀の所に駆け込むの?」

 

「違うわよ。少し貴女の気を楽にしてあげるっていっているのよ」

 

 この状況下でどう楽にするのか興味を覚えた華琳は雪蓮に精兵の騎兵五百を貸すことにした。

 

「とりあえずは一度戦線を立て直したいわ」

 

「いいわよ」

 

 それだけを言い残して雪蓮は騎兵を率いて混戦状態の前線に突き進んでいく。

 

 万を超える味方の数でも多いと思うが視線の先ある五胡の兵数は予想以上に多かった。

 

 だが、雪蓮にとってはどうでもいいことだった。

 

 的確に大軍の隙間を見つけて突撃していき、部隊を率いている将を見つけては一撃のもとに斬り伏せていく。

 

「さすがは小覇王だな」

 

 秋蘭は僅かな兵で敵を翻弄していく雪蓮に感心していた。

 

「夏侯淵、援護するぞ」

 

 翠も雪蓮の動きに合わせるように突き進んでいく。

 

「仕方ない」

 

 矢を放ちながら二人を追いかける秋蘭。

 

「いくでいくでいくで〜〜〜〜〜!」

 

 右翼の霞の部隊も縦横に兵を動かしていく。

 

「夏侯淵、馬超、それに霞。三人は一旦後退しなさい」

 

「しかし今引けば敵を華琳様の元に連れて行くことになる」

 

「私がどうにかしてあげるわ。だから言うことを聞きなさい」

 

 話しながら五胡の兵を一人、また一人と斬り捨てていく。

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「わかった。馬超!霞!一旦後退する」

 

「……ちっ」

 

「ほいほい」

 

 納得いかなかったがこのまま戦っても自滅を待つだけだと感じ取った二人は兵をまとめながら後退していく。

 

「雪蓮殿も下がられよ」

 

「人の心配をする暇があればさっさと戻りなさい」

 

 余裕のある笑みを浮かべながら突き進んでいく。

 

 わずか五百の騎兵が数万の五胡の軍を翻弄していく間に夏侯淵も部隊を下がらせて再編成を行った。

 

「腑抜けているかと思ったけどその逆ね」

 

 華琳は夏侯淵達の報告を受けて雪蓮の強さが今だ失われていないことに対して笑みを浮かべた。

 

「しかしたった五百ではそう長くはもちません」

 

 稟の指摘どおり、雪蓮達は囲まれていた。

 

 すぐに援軍をといいかけた時、華琳はそれを止めさせた。

 

「稟、たしかに戦において数は必須条件よ。でも見なさい」

 

 五胡の大軍に囲まれようが雪蓮は止まらなかった。

 

 それに付き従う騎兵も雪蓮の影響を受けてかまさに一騎当千の勢いで五胡の軍を蹴散らしている。

 

(一刀、あなたはとんでもない女を妻にしたわね)

 

 戦姫のごとく戦い続ける雪蓮。

 

「秋蘭、霞、再編成が終わったらすぐに雪蓮の援護に向かいなさい」

 

「「ハッ(ほいさ)」」

 

 戻ってきたばかりの二人はすぐにそれぞれの部隊の再編成を続ける。

 

「馬超、貴女には敵の右翼を攻撃してもらうわ」

 

「は?なんでだよ。まとまった方がいいだろう?」

 

 少ない数をさらに少なくするとはどういうことだと馬超は文句を言う。

 

「貴女の率いている二万を有効活用するためよ。そうしないと負けるわよ?」

 

 脅しでも何でもない、事実を華琳は翠に叩きつける。

 

「わかったよ。言うとおりにすればいいんだろう」

 

 今だ華琳に敵対心を見せる翠だが、相手が王であるかぎりその命令には従わなければならない。

 

「稟。凪達に左翼から攻撃するように伝えなさい」

 

「凪達をですか?」

 

 後詰として一万の兵を率いている凪、真桜、沙和。

 

「しかし馬超の言うようにそれではただの兵力分散では?」

 

 残っているのは二千の城の守備隊と本隊一万。

 

 対する五胡はまだ四十万を残している。

 

「それでいいのよ。だから早く伝えなさい」

 

「は、はい」

 

 稟は慌てて馬を後ろに飛ばしていく。

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「まったく無茶しすぎだよ……」

 

 伝令からもたらされた報告を聞いた一刀は雪蓮の無謀ともいえる突撃に呆れていた。

 

「それだけにお兄さんのことで頭にきているのでしょうね」

 

 一刀と一緒に馬に乗っている風は彼の前に悠然と座っていた。

 

「絶対にあとで怒られるよな……」

 

 雪蓮が怒ればちょっとやそっとでは収まらないことを蓮華達よりも分かり始めてきているだけに一刀は先が思いやられていた。

 

「そこはお兄さんが自ら生贄になるしかないですよ」

 

 あくまでも自分は関係ないといった感じで話す風に援護を期待していた一刀は遺書でも書くべきかと本気で思った。

 

「北郷殿」

 

 そこへ舞香が白馬に乗ってきた。

 

「さすがに楽には勝たせてもらえないようね」

 

「そうだな」

 

 しかもたった五百で一時的に前線を支えていたなんて聞けば舞香の言うことは正しかった。

 

「私も前線に出る」

 

「え?」

 

「どうも嫌な予感がしてね。あの子のことを頼むわね」

 

 それだけを言い残して舞香は白馬を飛ばして前線に向かっていった。

 

 その後姿を見送る一刀に風は不思議そうに見上げた。

 

「お兄さん?」

 

「うん?どうかしたか?」

 

「いえ、なんだか?徳を心配しているように見えたのですよ」

 

 風のその言葉に一刀はわずかに表情を硬くした。

 

 開戦前に舞香から聞かされたことが一刀の脳裏に刻み込まれていたために、彼女が前線にでることが不安でたまらなかった。

 

「なぁ風ならこの状況をうまく使えないか?」

 

「風がですか?」

 

 今のところ客将として扱われているため、動かせる兵力はないが状況を把握する事はできていた。

 

「おそらく華琳様は無茶な策をとると思いますよ」

 

「無茶な策?」

 

 あの華琳ならばするかもしれないと一刀は思ったが、それでもそれが成功するとはとても今の状況では思えない。

 

「たぶん、もうすぐそれがあらわれると思いますよ」

 

 まるで華琳が何を考えどうするかを知っているかのように風はのんびりと答える。

 

「程様、北郷さん」

 

 今度は姜維が槍を背負って二人のところにやってきた。

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「どうかしましたか、伯約ちゃん?」

 

「?徳さんが前線に出て行ったみたいですが、大丈夫なのでしょうか?」

 

 今の彼女には舞香の存在は必要なだけに心配していた。

 

 それを感じ取った一刀は本当に姜維を救えるのだろうかと自問した。

 

「大丈夫だと思いますよ。風が見る限り、?徳さんほどの武勇であれば何も問題ないと思いますよ」

 

 安心させるように風が言うとそれを信じるかのように安堵の表情を浮かべる姜維。

 

「それよりも伯約ちゃんに問題です」

 

「問題……ですか?」

 

「このままではおそらく前衛は突破されてしまいます。さてどうしたらいいのでしょう?」

 

 クイズ番組のような質問の仕方をする風に姜維は考え込む。

 

 そしてそう時間をかけることなく答えた。

 

「増援ですか?」

 

「そうですね。おそらく敵は恐ろしいほどの勢いでくると思いますので親衛隊以外をすべて投入するべきですね」

 

 つまり親衛隊五千を除くすべての兵力を前線に向かわせる。

 

 そんなことになれば四十九万五千対四万数千というあきらかに一方的な戦いになってしまう。

 

 だが、華琳達が少数でも別働隊を動かせば親衛隊だけの本隊は危険に晒されることになる。

 

「分かりました。程様がそう言うのならば間違いないはずです」

 

 すぐさま親衛隊以外の兵力を全て投入することをそれぞれの部隊長に伝令を出していく姜維。

 

「これで母様の仇がとれます」

 

 三年という時間は少女をあまりにも悲しく孤独にさせてしまっていた。

 

 それを風は自分のように心を痛め、苦しみ、本当なら泣いてもいいはずなのにそれすらできなかった。

 

 泣けが全てが変わるわけではないことを知っていた。

 

 怒りをぶつければ気が晴れるわけではないことを知っていた。

 

 憎しみに身を委ね仇を討てば報われるとは思えないことを知っていた。

 

 だからこそ風はここにいた。

 

「伯約ちゃん」

 

「なんですか?」

 

 もうすぐ仇がとれると思っている姜維の表情は暗い笑みが浮かんでいた。

 

「もし仇を討てたらその後はどうするのですか?」

 

 仇を討つだけにここまできた姜維にとってその後に何が待っているのか風は知りたかった。

 

「その後に伯約ちゃんは何をしたいのですか?」

 

 その質問に姜維は答えようとしたが、何も出てこなかった。

 

 出てくるはずがなかった。

 

 復讐こそが全ての姜維にとってその後のことなど何も考えていなかった。

 

「私は……」

 

 初めて気づいた自分の未来。

 

 そこには何もなかった。

 

「風はそんな伯約ちゃんが哀れなのですよ」

 

 復讐以外に何もない姜維にとって風の言葉は痛みを伴った。

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 それから五胡は全軍を上げて魏蜀連合軍を取り囲んでいく。

 

 圧倒的な兵力差だが秋蘭、霞、翠達は巧みに兵を動かしながら華琳の命令どおりに動いていた。

 

 華琳も親衛隊三千を率いて雪蓮と合流を果たし、五胡の中央を強行突破しようとしていた。

 

 そこへ舞香の部隊が立ちはだかった。

 

「我こそは?徳令明!これより先はご遠慮願おう」

 

 そう言って愛用の槍を構えて華琳達に向かっていく。

 

 華琳は絶に手を伸ばそうとしたがそれより早く、雪蓮が舞香に攻撃を仕掛けた。

 

 馬上から飛び上がり、上空から剣を構えて舞香に向かっていく。

 

 繰り出された剣を槍で受け止め、力任せになぎ払うと雪蓮は自分の馬の上に立った。

 

「へぇ〜。五胡にも貴女みたいなのがいるのね」

 

「貴女こそなかなかの腕前ね」

 

 二人は笑みを浮かべる。

 

「華琳!ここは私が何とかしてあげるから貴女は先を目指しなさい」

 

「そうさせてもらうわ」

 

 それだけ答えると絶に伸ばした手を手綱に戻して全速力で二人の横を通り過ぎていく。

 

「この先にも幾万の五胡の兵士がいるのになんて無茶なことするのかしら」

 

 雪蓮を見据えながら冷笑する舞香。

 

「同感ね。でも、予定通りよ」

 

 そう言って今度は正面から剣を振りかざしていく。

 

 上からくる剣だが槍で受け止めた瞬間、刃は胴体に向かって突き出されていた。

 

「やるわね」

 

 舞香は槍を回転させて剣を弾き、その勢いを失うことなく雪蓮に突き刺す。

 

 だが雪蓮は寸前のところで身体を逸らして避けた。

 

「貴女、何者?」

 

 態勢を整えなおした二人はさらに刃を交わす。

 

「そういえば名乗ってなかったわね」

 

 嬉しそうに剣を振り回す雪蓮、

 

「我は北郷一刀の妻、北郷雪蓮よ」

 

「北郷……?」

 

 なるほどと舞香は納得した。

 

(北郷殿の妃は確か江東の小覇王。ならば上手くいくかもしれない)

 

 自分の思い描いたとおりに戦が動いていることに満足する舞香は槍を握りなおして雪蓮を見据える。

 

 一刀は自分と約束したことを守ってくれるという確信がもてた。

 

「北郷雪蓮殿。あなたの欲する御方は本隊にいるわ」

 

「そう」

 

「だからといってここを通すわけにはいかないわ」

 

 さっきよりも槍を繰り出す速度が上がっていたが雪蓮は剣で軽く受け流す。

 

「私の望みが叶うまでしばしお相手願おう」

 

「いいわよ」

 

 そう言って二人は再び刃を交えていく。

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 雪蓮と舞香が激闘を繰り広げている間にも強引な中央突破を果たした華琳だが、彼女に付き従うものは一千足らずだった。

 

「曹操!」

 

 そこへ数百の騎兵を伴って翠が現れた。

 

「遅いわよ」

 

「煩い。ここまで来るのにどれだけ苦労したかしらないくせに偉そうに……」

 

 翠は華琳の姿を見て最後まで文句をいえなかった。

 

 華琳の愛馬である絶影はいたるところ紅く染まっていただけではなく、華琳自身も同じぐらい紅く染まっていた。

 

「遊んでいるほど余裕はないわ。さっさと本隊を叩くわよ」

 

「あ、ああ」

 

 二人の兵力合わせて千五百。

 

 だが親衛隊として五胡はまだ五千残っていた。

 

「でもよくこんな危ない策考えたな?」

 

 こちらの全戦力をぶつけることで五胡にも全戦力を動かせる。

 

 華琳がとった策はまさに総力戦そのものだった。

 

 ただし、あくまでも五胡が現状維持のままでいたらこの策は失敗に終わっていたが、五胡は風の策によって全力をぶつけてしまった。

 

「これしか考えられなかったわ。それと馬超」

 

「なんだよ?」

 

「貴女の母上をこの戦いが終われば戻すわ」

 

「えっ?」

 

 突然の母親の返還に驚く翠。

 

「傷も癒えたし娘が心配だからって言っていたわよ」

 

 ひどくおかしく華琳が笑うと翠は顔を紅くする。

 

 だが、今ので翠の中にあったわだかまりが消えていった。

 

「その為にも生き残りなさい」

 

「当然だ」

 

 翠はこれ以上ないぐらい笑った。

 

 自分の母親がようやく戻ってくる。

 

 再会するまで死ぬわけにもいかない。

 

「錦馬超、ここに推参!邪魔をする奴はすべてこの銀閃のさびにしてやるぞ!」

 

 愛馬を飛ばして親衛隊に突撃していく翠をやれやれといった感じで見送る華琳も絶を手にして最後の壁を突破するために速度を速める。

 

 五胡の親衛隊もそれに気づき迎え撃つ。

 

 そして華琳、翠、姜維の運命の時がやってきた。

 

「どけ〜〜〜〜〜!」

 

 錦馬超の咆哮が戦場にこだました。

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(座談)

 

水無月:五胡編もいよいよ次回で終わりです。

 

冥琳 :随分と難しい話になったわね。

 

穏  :読んでくださっている皆さんも難しかったと思いますよ〜。

 

水無月:その辺は凄く反省しています。(><)

 

祭  :しかも江東の事に関してはニ、三行とはの・・・・・・。

 

水無月:この五胡編が終わればシリアスなお話も少しは落ち着きますよ。だからこの五胡編は最後までシリアスで行かせてください(><)

 

祭  :いや、儂らのことも書いてくれると嬉しいんだが。

 

蓮華 :祭、もう少しの我慢よ。そうもう少しのね・・・・・・(フフッ)

 

思春 :書かなければ長江に沈めるまでだ。

 

水無月:だから書きますって(ノд`)グスン

 

亞莎 :本当ですね?

 

明命 :嘘ついたらダメですよ?

 

水無月:アイアイサー!(><)なのでもう少しだけ我慢してください。

 

冥琳 :そういうわけだから次回で五胡編も最終回。最後まで頑張るのよ。

 

水無月:ウッス!というわけで次回もシリアスですがよろしくお願いします(><)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小蓮 :シャオ達も出たいよね〜〜〜〜〜。

 

美以 :そうにゃ〜〜〜〜〜〜。

 

ミケ・トラ・シャム:にゃ(にゅ)〜〜〜〜〜。

説明
五胡編も残すところ二回。

いよいよ魏蜀連合軍と五胡の激突!

そして一刀と風、それに舞香は姜維を救う事が出来るのでしょうか。

難しい話ですが最後までお付き合いのほどよろしくお願いいたします(><)
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コメント
最後の3人が哀れにゃ><(ロックオン)
次回で五胡編も終わりですか。戦いの終結の先に何が待っているのか楽しみです(cyber)
まーくん様>それだけに一途なのです(^^)(minazuki)
斑鳩様>ありがとうございます(><)出来る限り早くUPしたいと思います。(minazuki)
Poussiere様>全ては運命しだいですね。(minazuki)
フィル様>ある意味最強妻かもしれません(;´▽`)(minazuki)
本郷様>気のせいです!(minazuki)
sion様>おそらく雪蓮はかなり我慢していると思いますよ。でもそれができるのも一刀いてのことですね(^^)(minazuki)
motomaru様>ありがとうございます(><)(minazuki)
nanashiの人様>燃え尽きないようにお願いします(^^)(minazuki)
だめぱんだ様♪>全ての運命がようやくひとつにまとまっていってます(><)(minazuki)
munimuni様>次が決着です(><)(minazuki)
いやはや・・・雪蓮の激デレな様はパネエなwとりあえず一刀へのお仕置きは決定ですなw依存度の高さは諸刃の剣・・・ソレを乗り越え夫婦の絆をさらに高めてくれることを祈ります・・・(まーくん)
今回も楽しませていただきました。続きが早く読みたいですね〜(斑鳩)
あはは! 一刀は姜維、?徳の二人を救えるのか!? そして、五胡との戦いの結果は?! 愉しみです^^w(Poussiere)
次回が見物だw それにしても、一刀はとんでもない人を妻にしたなと改めて思いました。(フィル)
最後で蓮華がヤンファになってたような気が・・・ 気のせいかな^^; 次回の五胡最終話気になります!!(本郷)
雪蓮が嫉妬に狂わなくてほっとしました・・・そこまでの絆があると言うことなんですねw さぁ、次は決着の場!果たしてどう魅せていただけるのかと!期待してお待ちしています!(sion)
切り方がうまいな〜。次気になってしょうがないよ。(motomaru)
さあ山場だ もりあが・・いやあえて言おう みwwなwwぎwwっwwてwwきwwたww と(nanashiの人)
姜維の心は救われるのか??徳はどうなってしまうのか?そして一刀君の命運やいかに?五胡編最終話楽しみに待ってます!(だめぱんだ♪)
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「真・恋姫無双」 「雪蓮」 「一刀」 「華琳」 「翠」 「風」 「五胡」 「舞香」 「姜維」 

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