とある不死鳥一家の四男坊 聖地巡礼シリーズ【半分の月がのぼる空】 その1
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どうも、オルトです。

今日はここ、三重県伊勢市にやってきました。

何のためにここに来たかというと、それはもちろん聖地巡礼である。

ここは俺の前世で出版されていたライトノベル、“半分の月がのぼる空”(略称:半月)の舞台となっていた場所だ。

半月は俺が高校の時に出版された小説で、はじめは表紙に描かれているヒロインのかわいい絵に「釣られクマ〜」で買ってしまったのだが、意外と深い物語を形成していることがわかり一気にファンになって最終巻まで付き合ってきた作品の一つである。

この物語は一人の男の子と一人の女の子を中心にその周囲を巻き込んで行われる、一種のボーイミーツガール。

ファンタジーでもなくSFでもない、どこにでもありふれた日常の物語。

しかし、どこにでもありふれた日常ではあるが、一歩ほど死という存在に近しい場所で行われる日常の物語。

それは、どこか青臭くも感じられるかもしれないが、それと同時に命の尊さを教えてくれる。

迷いながらも、苦しみながらも、不安に苛まれながらも、それでも一生懸命に二人で一緒に歩み続けようとする少年少女たちの青春時代を描いた物語。

半月を一巻読んで好きになってからは、バイトをして金をためて一度だけではあるが1泊2日の旅行で聖地巡礼に赴いたことがある。

かれこれ転生する5,6年くらい前、さらに転生してから20年以上も経過しているため色々と記憶も薄れてしまってはいるが、それでもやはり懐かしく良い思い出だ。

 

現在俺は物語の中でも重要なポイントとなっている場所、主人公とヒロインの思い出の場所、砲台山を登っている。

山頂には昔の戦争のおりに設置された砲台跡が残っているだけの、人によっては何の面白味もないような寂れた観光名所である。

……ちなみにだが、この砲台山は作中では竜頭山とも呼ばれているが、本来の名前は虎尾山という。

補足すると、半月では先ほど言ったように戦争の際に旧日本軍が設置した砲台跡が残っているという設定だったが、実はそれはフィクションであり山頂に砲台跡はない。

実際には戦争が終わった後に戦役記念碑が建てられ、それが今も残っているというだけだ。

俺としては、主人公たちのようにその砲台跡の上に座って景色を眺め、感慨に耽りながら半月を読みたいと思っていただけに本当に残念極まる話だ。

 

「……ふぅ、やっと着いたな」

 

その山頂に、俺は今再び足を延ばしていた。

本来ならば半人半魔である俺は空を駆けて一瞬で山頂に来ることも可能ではある。

しかし、これは俺の個人的なこだわりでしかないが、ここへ来たならば自分の足でこの足場の悪い山道を登らなければならないと思っている。

半月の主人公達もこうやってこの道を登ったのだろうかと想像を働かせながら登ると、目的地に作中に出てくる重要ポイントの砲台跡がないとしても、やはり心が躍る。

ただ登山をしているだけではないかという人もいるし、この気持ちは他の人にはわからないものかもしれないが、きっと同じ半月ファンならばこのこだわりを理解してくれると信じている。

そして今、その山頂に到着した。

やはり半人半魔である身ではこの程度の山歩きで疲れることはないが、それでも半月ファンとしては登り切った時のこの何かをやり遂げたような感覚はどこか心地いい。

そして、目の前に広がっている砲台跡を見ると、「やっぱり、来てよかったなぁ」と感動を覚える。

 

「……ん?」

 

見間違いかと目を擦りもう一度よく見る。

 

「……砲台跡?」

 

それは先ほどと変わらない光景であった。

古びて苔も生えてはいるが仰々しくそこに存在している、大きな砲台跡。

俺が前世において足を運んだ際には確かに記念碑が建てられていたはずの場所に、半月でお馴染みの砲台跡が残されていた。

 

「……どういうことやねん?」

 

思わず似非関西弁を発してしまうが関係ない。

これは前世と今生という世界の違いによるものなのだろうか?

俺はモヤモヤとした頭のまま体を動かしていた。

トコトコと砲台跡に歩み寄りその上に登ると、ちょうど枠の中央の所で胡坐をかきジッと景色を眺めた。

 

「……うん、壮観だ」

 

物珍しいものではない。ここからは伊勢市の、どこにでもありふれたような街並みが一望できるというだけ。

しかし、それでもだ。この砲台跡から半月の主人公のように伊勢市を一望することができた感動は大きい。

なんというか、心に少しずつ染み渡っていくような感動という物だろうか。

それだけで、もう悩みなんてどうでもよく感じてしまう。

 

「うん、世界が違うんだし、こういう違いもあるわな」

 

それで納得することにした。

そう、世界が違うのだ。この世界には冥界があるし天界もある。悪魔もいれば天使もいて妖怪も幽霊もそれ以外にも様々な種族が存在しているようなこの世界。

ちょっと前世と違うことを見つけたくらいで、変に考え込んでしまうのもいかがなものか。

そこは、「半月と同じ場所を見つけたぜ、ラッキー!」くらいに考えておけばいいだろう。

俺は今聖地巡礼に来ているのだ。ならば、全力でこの半月の舞台となっている伊勢市を堪能するとしよう。

 

「……うん、そろそろ昼時だし、今度はまんぷく食堂にでも行ってみるか」

 

山登りの後に色々と考え込んでいたせいか、少し小腹がすいたような気がする。

俺はピョンッと砲台跡から飛び降り、次の目的地を決めて山を下りた。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「いやぁ、なかなか美味かったなぁ」

 

半月で紹介されてから始めて来た時と同様にからあげ丼を食べたが、相も変わらずうまかった。

並のサイズなのに大盛りという、食べたい盛りの学生にとってはありがたいメニューだろう。

更にあの大盛りな量なのに、値段としては並の値段というのもまたありがたい。

 

(しばらく伊勢に泊まって、食べたいメニューを制覇するのもいいかもな)

 

転生したからと言って、食事量が前世と比べてそう変わるものでもなかったようで、からあげ丼の並と汁物を頼んだらそれで十分腹が満たされた。

しかし、俺としてはまだまだ食べてみたいメニューもいろいろある。

一度や二度来ただけでは食べたいメニューを食べ切れる自身がない。

まぁ、金銭的にはしばらくは遊んで暮らせるくらいの蓄えはあるのだから気にする必要はないだろう。

そもそも、聖地巡礼に来たというのに変に妥協して終わらせるのは、何か違うだろう。

食べたい料理がある、見てみたい場所がある、それを徒歩で半月ワールドを感じたいとなれば、それは泊まりこむしかないだろjk!

 

「さて、時間もそろそろいい頃だし、星出館に泊まることにしますかね」

 

そう言えば、気ままに歩き回っていたから宿泊の予約もしていなかった。

予約せずに直接宿に行った場合だと最悪満室で泊まれないという可能性も出てくるが、そうなれば仕方ないと諦めるとしよう。

確か半月でもそこまで深く突っ込まれた場所でもなかったはずだし、「記念に泊まれたらいいや」程度の気持ちなのだ。

そうと決まると、星出館への道のりをマップで確認する。

地図で見るとそこまで遠いようにも見えないのだが、この距離は実際に歩くと少し時間がかかるかもしれない。

 

「ま、それもいいか」

 

何せこの街を楽しみに来ているのだ。この街並みを見ながら歩くというのも、また感慨深いものがあるかもしれない。

俺は満腹で少し張った腹を擦りながらゆっくりと歩きだした。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「……ふぁ……あぁ、よく寝た」

 

星出館での朝の目覚め。

昨日は残り一部屋というところで、運良く泊まることができたのは僥倖だった。

ついでに現在予約も入っていないため数日泊まる予約を入れている。

残り一部屋ということは、もしかしたらもう少し遅ければ泊まれなかったかもしれないことを考えると、本当に運が良かったといえるだろう。

今度から泊まる場合は、事前にしっかりと予約入れるように努めるとしよう、そう心に決める。

 

「さて、今日も巡礼開始としますかね」

 

出された朝食を平らげると、少ない手荷物を確認して身に着けると宿を出る。

本日は少し曇りがかっているが、日差しが弱く涼しい風も吹いているから歩き通しになる俺としては過ごしやすい気候といえる。

……まぁ、曇っているからこそ余計に薄暗く、不気味に感じる場所もあるようだ。

 

「……ここがシャッター通りか」

 

そろそろ店開きしてもいい時間帯であるにもかかわらず、開店している店は数えるほどしかない。

ここは半月ではシャッター通りと呼ばれている、しんみち商店街。

その呼ばれている名前の通り、ほとんどの店がシャッターが下ろされている。

その店の多さから、昔はかなりの人で賑わっていたのではないかと予想できるだけに、この目の前に広がっている風景はなんとも寂しい雰囲気を醸し出している。

その薄暗さや人気の少なさも相まって、どことなく不気味さも感じられる。

半月のアニメ1話ではこの通りを歩いて、主人公は病院を抜け出し友人の家へ遊びに行っていたという。

 

「病気で入院していたっていうのに、流石は元気が有り余っている年頃ってだけあるのかねぇ」

 

人気のない商店街を見て回りながら、いろいろと忘れかけている知識を思い起こす。

主人公は確か肝炎で入院していた気がしたが、まだ肌寒い時期だというのに夜中に抜け出すとは、なんともやんちゃをしたものだ。

俺自身、そこまで大きな怪我をしたり病気で入院していたことがあるわけではないため主人公の気持ちを知ることはできないが、高校時代というと元気が有り余って落ち着いていられないような年頃なのかもしれないな。

確かに、主人公の様子を思い出す限り、病気で参っているというような描写は見られなかった。

そこまで重い症状ではなかったのかも知れないが、それでも動けるだけの元気があるのに病院でじっとしていろと言われても退屈なだけだ。

自称“動けるオタク”として興味本位もありあちこち動き回っていただけに、多少ではあるが主人公の気持ちもわかる気がする。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

シャッター通りを抜けてしばらくあるっていくと、次の目的地を見つけることができた。

“伊勢市立図書館”

半月においてはヒロインにパシらされて、主人公が本を借りてくる場所だ。

女の子にパシらされるというと、同じ男として何ともみっともなく感じる。

 

(……まぁ、美少女に弱いというのは男の性という物だろうかな)

 

そもそも半月を初めて手に取った時の理由からして、表紙のヒロインがかわいいからという不純な理由だけにあまり人のことを言えたものではない。

自動ドアを通ると本特有の匂いが香ってくる。この匂いは古い本が酸化した時の匂いであったり長い年月をかけて生まれたカビの匂いだったりする。

人によってこの匂いは好き嫌いが分かれるが、実をいうと俺はこの匂いはそれほど嫌いではない。

なんというか、図書館で本を読みながらこの匂いを意識してみると、どことなく神秘的な気持ちに浸ることができるのだ(キリッ 。

 

 

(……)

 

「……なんか、虚しい」

 

このような厨二的なことを言えば、スレのあいつらならば即反応してくれるというのに。

ここにいるのは俺のみ。ネットなんて開いていないので反応のしようもないのだがいつもの習慣とでもいう物か、ついあいつらに反応を求めてしまった。

 

(……少し、しんみりしちまったな)

 

せっかくの楽しい巡礼だというのに、気持ちを切り替えていかなければ。

俺は本棚を見て回りながら、目当ての本を探す。

 

「えぇっと、ピー、ピー、ピーターはっと……お、これか」

 

“ピーターラビット”の物語。それはヒロインが主人公に頼み借りてきてもらった本の一つ。

しかし、ピーターラビットの本は種類がいくつかありしっかりと本のタイトルを告げていないと誤った本を手に取ってしまうこともある。

半月では主人公はヒロインの子が求めていた本とは別の本を借りてきたことにより、機嫌を損ねてしまった描写もある。

 

「あぁ、所々借りられてるんだな」

 

ピーターラビットのシリーズが棚に並べられているが、所々空きが目立っている。

そこそこ古い本だというのに、借りてる人もいるのだと少し感心する。

……まぁ、古い本だろうと新しい本だろうと借りたい人が来るのが図書館なのだから、別段借りられていることに感心することでもないが。

俺はその中の一冊を手に取り、閲覧用に備え付けられている椅子に座る。

特にピーターラビットが好きというわけでもないが、やはり少し気になる。

その内容が気になるというわけではない。ただ、半月のヒロインが読んでいたものがどういう物なのか、何に関心を向けていたのかが気になるのだ。

いわゆる、半月効果という物だろうか。

半月に関わらずとも、好きになった作品の中で取り上げられていた本があったらその本が無性に読んでみたくなり、登場人物たちが食べている物があったらそれが無性に食べてみたくなってしまうという、そういうこと。

 

「……」

 

前世で来た時は限られた時間、資金で色んなところを回ってみようとして、このようにゆっくりできる時間をあまり多くとることはできなかった。

今はただ、ヒロインの子が好きだった本の一冊を読み、彼女が感じた気持ちを少しでも共感したい。

俺は静かに本をめくり、ピーターラビットの物語を読み耽る。

 

 

 

 

 

 

「……あの、すみません、そろそろ閉館なのですが」

 

本を読み始めてどれほど経っただろうか。俺は近くで聞こえた声に、顔を向ける。

そこには、少し困ったような表情を浮かべてこちらを見ている司書らしい男の人。

ふとあたりを見回すと、窓から見える外は薄暗くなっている。いつの間にか図書館の閉館時間まで時間が経過していたらしい。

 

「……あ、あぁ、すんません。すぐに片付けますんで」

 

「いえ、気にしないでください。慌てても転んで本を傷つけてしまうかもしれませんので、ゆっくりでかまいませんから」

 

そう言うと俺から離れていき、まだ途中だったらしい本棚の整理をし始める。

 

「てか、こんなに読んでたのか俺」

 

最初の本を読み終わった後、何気に面白かったし時間もあるため一気読みしようかとズラッとたくさん持ってきていたのだが、読んでいない本はもう数冊程度といったところだ。

一冊一冊のピーターラビットの本は何時間もかけて読むほど文量が多いわけではない。

何せ基本は小学生向けの絵本だ。ページ数だって大体が20〜50ページ程度の代物で、さらには誰かに借りられている本もあったため冊数としては本来よりもだいぶ少ない。

そのため、今図書館にあるピーターラビットの絵本を読み終えるのにかけた時間は大体2時間程度だっただろうか。

その程度の時間だったら、午前の10時くらいに来たはずなのでこんなに遅くまでかかることはないだろうが、絵本以外にも小説版のピーターラビットもあったのだ。

挿絵もそこそこににあったが、それ以上に文量もあり読み応えがありそうな本だった。

どうせならそれも読んでみようと読み始めてみたら、いつの間にかこんな時間になってしまったというわけだ。

とりあえず、いつまでも残っていては迷惑という物だろう。もとあった場所に本を戻して先ほどの人に軽く挨拶を済ませると図書館を出た。

外に出た瞬間、冷たい風が頬を撫でる。図書館の中が暖かい感じだったために、この風が余計冷たい。

だが温まった体を冷ましてくれるこの少し冷たい風は、俺としては嫌いではない。

深く息を吸った時に入ってくる冷たい空気も、どこか澄んでいるような気がして爽快感さえ感じる。

 

「さて、とりあえず飯だな。昼も食わずに本に熱中してたせいか腹減ったなぁ」

 

図書館を出る際に見た時計では大体7時を少し過ぎたころだった。

時間的にはもう宿で夕食の用意もできているころだろうか。

せっかく作ってくれているのに、遅くなっては申し訳ないというもの。

うす暗い伊勢市の散策というのもまた乙なものを感じるが、ここは素直に宿に戻るとしよう。

 

「……ん?」

 

……と、星出館へ向けて歩きだそうとした瞬間、俺はうっすらとだが感じ取ることができた気配に立ち止まる。

これは冥界で住んでいた時になじみ深く感じていた、悪魔が放つ魔力の気配ではない。

人間界に来て受けた依頼で、何度か感じる機会のあった……妖怪の気配。

日本に住んでいる妖怪といわれる存在は俺たち悪魔が持つ魔力と似たような力を持っている。

それは妖力と呼ばれるものだ。俺たちが魔力をエネルギー源として魔法を行使するのとなんら変わらず、妖怪たちも妖力をエネルギーとして妖術を行使する。

そして今、うっすらとだがその妖力の気配を感じ取ることが出来た。

しかも、その感じ取った気配はそこらにいる雑多妖怪の弱々しいものではない。

長い年月をかけて力を溜めてきた妖怪のような、濃い負の気配。

 

「……しかたねぇ」

 

少し考え込むと、人が周りにいないことを確認して“トンッ”と跳んだ。

 

 

 

 

説明
ある意味これを書きたいがためにこの作品を書き始めたといってもいい。
昔買った小説を久しぶりに読んだら、半月熱が再発。
昔からファンタジー好きな私ですが、ファンタジーではなくどこにでもあり得る物語な半月がなぜか異様に好きになったんですよねぇ。
賛否両論は承知の上。それでも一読していただけて、そのうえ少しでも面白いと思っていただければ幸いです。
大体全部で2,3話の構成になるかな? とりあえず休日中に上げられればあげたいと思います。
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