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◆ 極彩色のダチョウ

 

「なあ、普遍的じゃない動物ってなんだろう」

「なんなんだ、いきなり」

 

 私は手の動きを止めた。

 人間にとって、もっとも普遍的な動物はおそらく犬だろう。

 動物と言われたら一番先に思い浮かべるのが、犬か猫。しかし、猫は名わき役のイメージが強い。私のかばんのなかには犬が主人公の小説が入っているが、その中にも脇役でミステリアスな黒猫が登場する。

 彼は飄々と主人公を惑わし、導き、物語をひっかきまわして楽しませてくれた。

 

「いやね。動物がキーワードなんだ。なんでもいいから、動物を使ってポスターを描けというんだよな」

「へぇ、なんの?」

「節電の。みんな見飽きてるだろうし、インパクトが大事だから、あまりありきたりでもダメだって言うんだ。そういう注文は自分でやってみてから付けてほしいよなあ」

 

 動物のポスター。

 ポップで無難なデザインの犬が、「無駄な電気の使用は控えましょう」なんて、フキダシで言っている絵を想像する。悪くはない。しかし、纏まり過ぎていてインパクトがない。

 犬は普遍的な分人気は高いが、別段注意を引くものでもない。その意味で普遍的ではダメなのだろう。

 

「ふーん。それで普遍的じゃない動物なわけか」

「そう。それさえ決まればあとは描くだけなんだよね」

「普遍的じゃないって言っても、マイナー過ぎちゃだめなんだろう?」

「いや、もういっそマイナーなほうがインパクトがあるかもしれん。これなに、ってなるだろ?」

「なるほどね。なにしろインパクト、と」

 

 頭の中で、先ほどの犬の絵を様々な動物に差し替えてみる。

 どうやら私の思いつく動物は「普遍的」なようで、特別なインパクトは生まれなかった。

 

「それじゃさ、ガチョウなんてどうよ」

「ガチョウ? なんで」

「おまえさ、ガチョウがどんなのかわかる?」

「いや、どんなやつだっけ?」

「俺も知らないんだけど、そういうものにすればいのさ。名前も何も知らないけど、おもいっきり派手にすればインパクト出るでしょ?」

「……ああ、逆に考えて?」

「そう、逆に逆に」

 

 私の心の中から、極彩色の羽をもったガチョウが飛び立つ。苦笑が漏れた。

 彼らの他愛のない会話は続いている。

 私は末席に座って、ただひたすらに壊れたラジオを直そうと躍起になっていた。

 

◆ ティッシュ・ペーパー

 

 私の国では、いきなり口の中にティッシュ・ペーパーを突っ込まれても怒ってはいけない。

 ティッシュ・ペーパーは、しばしば言葉にできない憤りの代弁として使用される。会話中、もし相手から丸めた紙を口に押し込まれるようなことがあったらば、それは「すべからく反省すべきこと」があったのだ。

 だから決して怒ってはいけない。それから、相手の許しを得るまで、自分で口の中からティッシュ・ペーパーを取り出してはならない。もし許しを得ないまま取り出してしまえば、誠意はないと自ら言っているも同じだ。

 無論であるが、あのばさばさした紙が口の中に詰まっているとなれば、満足に喋ることもできない。簡単に謝罪してしまうこともできないので、そうなってしまった場合は自分の言動を改めて振り返り、熟考のあとに表情だけで「反省」を表さなければならない。そうして相手に許してもらってから、改めて言葉での謝罪が可能となる。

 この話をすると、他国の者は笑うか「非合理的」というかのどちらかであるが、別に私は咎めるつもりも、彼らの口にティッシュ・ペーパーを突っ込んでやろうとも思わない。彼らははるか先祖の代から、使い古された言葉にも誠意は宿ると知っている。対して、私たちの国の先祖はさぞ浮気の言い訳に苦労したのだろう。目は口ほどにものを云う。

 ――本の活字から目を離すと、目の前に彼女が立っていた。

 彼女は満面の笑みを湛えていた。きっといいことがあったのだ。その瞳は朝露に瑞々しい。

 

「おはよう」

 

 彼女は少しはにかみながら、自らの長い絹のような髪をいたずらする。

 

「ああ、おはよう。いい朝だね」

 

 私も満面の笑みで挨拶をした。

 その途端、口にティッシュ・ペーパーを突っ込まれた。彼女は昼が過ぎるまで、許してはくれなかった。

 

◆ 秋雨

 

 もう秋だと思い知らされた。

 ふつふつと途切れるようにして目の前を通り過ぎてゆく雨は、秋の長雨そのもの。僕はうっかり傘を忘れて、全身に冷たいそれを受けながら背中を丸めて歩いた。

 靴が雫を跳ね上げることはない。細かく、すぐに流れてしまいそうなくせに、変に体にまとわりつく厭な雨だ。体も冷えるし、心も冷える気がする。どうしようもなく灰色に荒んだ空を見上げているだけでも憂鬱だというのに、これでは「ことさら」だ。

 髪を伝ってくる雨の滴を袖で拭おうとした。でも、袖も濡れていて、余計に不快な湿り気が顔を撫でただけだった。僕は浅く嘆息すると、通い慣れた道に雨宿りの先を探す。

 周囲には木造の建物が多く、それも多くは他人の家であって、軒下に潜り込ませてくれそうなところはほとんど見当たらない。

 脚を速めようと思った。けれども、脚はうまい具合に熱を持ってはくれなかった。秋雨が頭からつま先まで流れていって、そのどうでもいい存在を必死にアピールしているかのように鉛の重さを湛えている。気分が少し悪い。僕は必死に視線をさ迷わせた。

 しばらくしてから少し先に、軒のある建物を見つけた。古本屋だ。普段の僕ならば、少しも興味を示さない場所。今日は定休日なのか、黒く汚れが目立つくすんだシャッターが下ろされている。好都合だ。

 とたんに脚が軽くなった。もしかしたら、そんな気がしただけなのかもしれない。僕は半ば吸い込まれるようにして本屋の軒に滑り込む。

 濡れた体を猫か何かのように震わせ、何か拭うものはないかとカバンに手を突っ込んだ。普段の不精がくやまれる。僕の持ち物には、布の類が無かった。

 意識せず嘆息すると、すぐ隣の暗がりで何かが蠢く気配を感じた。誰か、他にも雨宿り客が居たのだろう。なぜか僕は、その事実に気付いて急に後ろめたさを感じるのだった。何をいまさら。

 思いがけず体を硬直させていると、ほの暗い影のもとから、白くて細い腕が、僕にむかって音もなく伸びてくる。手に握られているのはシンプルな白地のハンカチ。

 

「どうぞ、体を拭いて。風邪を引いてしまうわ」

 

 僕は声を呑み、上ずったうめき声のようなものをひとつ。それからしゃっくりのような情けない返事をすると、おずおずと差し出されたハンカチを受けとった。

 秋雨に濡れて冷えた僕の手が触れたその手は、さながら春の木漏れ日のように暖かい。

 ふっと、金木犀の香りがしたような気がした。

 

◆ 砂糖水の海

 

「砂糖水の海を知っているかい?」

「いや、知らないな」

 

 マラカイトブルーの境界線。何色も塗り重ねた青色が表す透明感と、ほの暗い水底のコントラスト。写り込む入道雲。夏の呼び声のような湿った風。

 

「触ってもまったくべたべたとしていなくてね。さらっとしているんだ」

「砂糖水なのに?」

「そう。でも、飛び込んだ後に上がってきて、乾くとアリに集られてしまうかもしれないね」

 

 眩しい砂金のような砂浜。太陽に焦らされて灼熱する凸凹の道を、黒い帯のようなアリの列が走る。彼らは海から上がった人間の、体からこぼれおちた水滴を辿って行進する。

 

「舐めるとほんのりあまじょっぱいんだ」

「砂糖水なのに?」

「そりゃ、砂糖水である前に海だからね」

「なるほど」

 

 ヒトの体は浮くのだろうか。カナヅチの身としては気になるところではある。私の体は浮き輪がないと浮かばない。

 赤と緑のドーナツみたいな浮き輪が、ゆっくりと波に揺られておきあいに流されていく。それを呆然と見送っている子ども。

 

「夏になると、ときたま大きなカブトムシが溺れているのを見かけるよ」

「カブトムシ? カタツムリはいないのかい」

「カタツムリには、砂糖水の海は濃すぎるんだ。入ったら最後、たちまち泡になっちまう」

「なるほど」

 

 夏休みの観察日記のために飼っていたカタツムリは、ティッシュ・ペーパーに沁み込ませた砂糖水がお好みだった。彼らは一緒に入れておいたコンクリート・ブロックをかじるよりも熱心に、砂糖水を欲した。

 しかし、カタツムリは砂糖水の海には入れない。そばまで行っても砂浜に体を溶かされるばかりだ。だから彼らは仕方なく、葉っぱの上から目玉を伸ばして海を眺めている。

 

「砂糖水の海が、どうして甘いか知ってるかい?」

「さあ、知らないね」

 

 一度、水を汲みに席を外す。

 戻ってくると、彼は明後日の方向に目をやりながら、優しげな表情で体をかすかに揺らしていた。

 カーテンが開いていた。ダークブルーの遮光カーテン。私は深い水底から水面まで上がってきた魚のような気分になった。砂糖水の海に住む魚は、いったいどんな姿をしているのだろう。少し興味が湧いた。

 

「それで」

 

 私は椅子に座り直し、彼に背を向けた。

 鼻歌が聞こえてくる。それが私にはさざなみの音に聞こえた。

 

「どうして、砂糖水の海は甘いのか」

「そりゃ、君。ぜんぶまるごと、ぼくの空想だからだよ」

 

 私は筆に乗せかけていた青色に強烈な赤を混ぜて、描いていた絵に大きくバッテン印を付けた。

 それから重々しく淀んだ溜息をついた。

 

「……なるほど」

 

◆ みささぎ

 

 ヒイラギの枝が鬱陶しくて、つい掴んでへし折ってしまった。

 

 手から血がにじんできた。灼熱の後に、ひりひりと耐えがたい痛痒さがやってくる。

 

 たまらなくなって手を振ると、血のしずくが一滴飛んでいって、地面に落ちた。

 

 なにもない大地に穿たれた赤黒い一点から、やがて小さな芽が生えた。

 

 小さな双葉を覗きこんだとき、風のいたずらで盛大なくしゃみが出た。

 

 自分のくしゃみに驚いて尻餅をつくと、目の前の芽がむくむくと成長し始める。

 

 呆気に取られて見ているうちに、芽は私の背丈を優に超える大木になっていった。

 

 立派な大木の枝に、キテレツな鳥がやってきて止まり木とした。

 

 根っこのあたりには、大きくグロテスクなミミズが蠢いている。

 

 うろ≠ノはリスが住みついて、上に行ったり下に行ったり忙しい。

 

 突然、大人しかった鳥がやかましく啼き始めた。

 

 あまりにうるさくていらいらするので、叫びながら思い切り木の幹を殴りつけた。

 

 するとどうだろう、大木はバリバリと音を立ててへし折れてしまったではないか。

 

 リスは逃げ遅れて、倒れてきた大木に潰されて死んでしまった。

 

 鳥はうまく逃げおおせて、足元で蠢いていたミミズをついばんで飛び上がった。

 

 鳥は別の木の枝に止まって、ミミズを器用にひと呑みにした。

 

 しかしあんまり大きくて暴れるので、鳥はミミズを喉に詰ませて死んでしまった。

 

 鳥が地面に落ちると、どこからか現れた猫がその死骸を玩び始める。

 

 猫の気まぐれで放り出された鳥は、ちかくの水たまりに落ちた。

 

 可哀想に思った私は、鳥を水の中から掬いだしてやった。

 

 私の手の血は洗われ、代わりに水たまりが赤く染まった。

 

 手のうちの鳥の死骸が前触れもなく空気に解けて蕩け、大きな風を呼んだ。

 

 私は耐えきれずに顔を手で覆い、あとじさった。

 

 なかなか風はやまず、耳なりと目眩がした。

 

 ようやく静かになったので目を開けると、血の水たまりは血の湖になっていた。

 

 頭の上を強烈に光り輝く大きな鳥が飛んでいくのを、呆然と見送った。

 

 鳥は新しい太陽に化け、世界は照らされた。

 

 血の湖は、いつしか芳醇な香りを放つワインの湖になっていた。

 

 汀では恋人たちが睦み、鬱々と並ぶ木々の闇が安らぎの夜を生みだした。

 

 人々が集い、この世の楽園が生まれた。

 

 私はその様子を目に、涙を流した。

 

 人々は絶え間なく笑っていた。

 

 私は泣いていた。

 

 

 

 私の死後、最初の大木が倒れた場所に、リスのみささぎが築かれた。

 

◆ 酒漬けの猫

 

 海とオリーブオイルの香りがする白亜の町の猫は、アルコールに強いと聞いた。

 だから僕は、海辺の町に旅行に行った時に、パスタ屋の裏に居た猫を捕まえて、ビールを浴びせるようにして飲ませてみた。

 猫はあぶくに溺れて死んでしまった。なんという可哀想なことをしてしまったのだろう。僕はそのことを思い出すたびに、今でも指が震える。

 きっとあの毛並みの良い猫は、遠い国から舶来した猫だったんだ。

 行儀が良かったし、僕が近づいていっても、寸前まで逃げないほど度胸が据わっていた。そんな立派な猫でも、あの町の出身でないばっかりに酒には弱かった。もったいない。

 もしあの猫が酒に強い猫だったら、一緒に呑み明かしたのになあ、と思う。

 僕の旅は常に孤独だ。写真を撮るにも食事をするにも、ずっとひとり。別にひとりが好きなわけじゃない。ただ、そうなってしまうだけ。

 意識もしないのに、男ひとりの旅。僕は旅行をするともだちが欲しかった。そう願い続けているにも拘わらず、いい道連れには出会えない。

 もしあの猫が僕の期待する猫だったら、いい旅行ともだちになれた気がする。

 ケージに入った猫と旅する男。鞄にはいつでも安物のウィスキーボトルが入っていて、夜には旅の思い出を語りながら、猫と酒を酌み交わす。

 酒に強い猫が、僕をただの寂しい旅人から、ちょっぴりミステリアスな旅人にしてくれる。そんなふうに考えると、僕はどうしてもあの町にもう一度行きたくなる。行ってもう一度、潮とオリーブの香りに誘われて、猫を探したいと思う。

 もちろん、失敗は繰り返さない。今度は慎重にやって見せる。それで今度こそ、酒に強い猫とともだちになるんだ。

 思い出したら止まらず、僕は思い切って進路を変更することにした。

 汽車を乗り換えるために降りた駅で、故郷の友人に電話をかける。本当は彼と会う約束をしていたのだけど、僕はどうしようもなく、あの町に行きたくなってしまったのだ。

 

「――そう。それで、急にで悪いんだけど、あの町に寄ってからそっちに帰ることにするよ。お土産を買っていこうか?」

 

『ああ、それはいいな。酒のツマミになりそうなものを頼む。……そう、そうだった。これは会ってから言おうと思ったんだが、おまえ、酒の飲み過ぎとデマには気をつけろよ』

 

◆ 待ち人

 

 グラスの水を零す。

 

 びしゃりと叩きつけられた水滴は、よく磨かれたフローリングの上でいびつな形にまとまった。

 コーヒーはすでに飲み干して、底のよどみが乾き始めている。

 店はがらんとしていて、店員は二人しかいなかった。接客とキッチンをかわるがわるこなしている男女。ハリガネみたいな男と、ちいさくて可愛らしい女。

 男が神経質そうな顔をして、せかせかとやってくる。水はまだグラスに半分残っていたが、男は何も言わずに注ぎ足して去って行った。ありがとうと言う暇もなかった。

 灰皿には、六本の吸い殻。シュガーケースに入っているのも六本。

 

 おれは七本目に火を付けて、グラスの水を零す。

 びしゃりびしゃり、と音を立てて、水滴が水たまりになった。

 接客をしている男は、おれの行為に気付いてはいないようだった。

 奥の方からミルの音が聞こえてくる。悠長な音だった。

 おれはよそ見をしながら、グラスの水を零す。

 跳ねた水滴がズボンの裾を汚した。水たまりはいまにも流れを作り出しそうだ。

 灰をふるい落とし、紫煙を吐き出す。網状に膨らんで散りながら昇って行く。男が煙の行方を嫌そうに見ていた。彼はどうやらたばこがきらいなようだ。

 

 たばこを消して、おれはグラスの水を零す。

 ついに水たまりは小さな川になった。

 たった今店に入ってきた婦人が、おれの足元の川をヒールの先で踏みつけて、怪訝な顔をした。彼女は奥の席に座っている、くたびれたスーツ姿の男の向かいに座った。

 おれは男に灰皿を取り替えてくれるように頼んだ。彼は黙って応じ、またグラス満タンに水を注いでいったが、足元の川には気付かなかった。

 

 男が去った後、おれはグラスの水を零す。

 水位が増し、行き先は二つに分かれた。細く細く分かたれた二つの川は、やがてフローリングの隙間に吸い込まれて、消えてしまった。

 

 おれはグラスを引き倒した。

 洪水のように広がった水は―― テーブルの上に突如現れた白い堰に阻まれて、ゆるゆると情けない、大きな水たまりになった。

 顔を上げると、男の代わりに接客に出てきた女が立っていた。

 突如現れた堰は、彼女がとっさに投げだした、おしぼりだったのだ。

 

「お客さん、お待ちの人は来られたんですか?」

 

 不慣れな敬語。おれは首を振る。

 

「――いや、おれは君を待ってたんだよ」

 

 八本目に火を付け、コーヒー一杯分の代金を、灰皿の横に置く。

 椅子を蹴って立ち上がった時には、足元の川はほとんど干上がってしまっていた。

 

◆ダスト

 

 私の仕事は、ただ運ばれてくる灰をダストボックスに詰め込むことだ。

 灰が運ばれてくるまで、私は椅子に座って、小屋の壁に立てかけたスコップの影をじっと見ている。地面に黒く伸びた影が円を八分の一ほど描くたびに、仕事の時間がやってくる。

 目の前に灰が詰まれると、私はスコップでもって、それを小屋の中のダストボックスに次々詰め込んでいく。すでに小屋の半分は灰がぎっしり詰め込まれたダストボックスでいっぱいだ。

 いつまでこの仕事が続くのか、考えたことはない。ただ灰を詰め込むことだけを考えた。スコップは私に向かって「愚か者め」と囁くが、それに対しての答えは、使った後はいつでも同じ場所に立てかけてやるという行為で示された。

 何年、私はこの仕事を続けただろう。ある日、最後に残ったダストボックスを開こうとしたが、開閉の為の仕掛けがうまく動かない。仕方なく手でふたを開けてみると、中にはもううんざりだというほど灰だけが詰まっていた。

 

 ――ああ、これは限界だ。もうこの仕事はできない。

 

 そう思った私は、荷車に入りきらなくなった灰を乗せて、平原にぶちまけた。ぶちまけられた灰はそのまま広がって、灰色の川になった。

 灰色の川は流れを作り、通った場所の草木を枯らした。やがて川の水は海に流れ込み、魚はみな死んだ。死んだ魚を喰った鳥が死んだ。それを喰った動物がまた死んだ。

 知恵のある者は死を免れたが、結局は喰うに困って死んだ。私の捨てた灰は、生物をみな殺した。

 海は灰色となり、空も灰色になった。何もかも灰色になった。

 私は最初から、灰色だった。

 

 

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