真・恋姫†無双 〜夏氏春秋伝〜 第九十五話
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某日、許昌、快晴。

 

激しい剣戟の音を撒き散らす調練場。

 

その中心には魏の二大戦力、一刀と恋。

 

その動きにはどちらとも澱みは全く無かった。

 

一刀の攻撃に織り交ぜられる幾重ものフェイント。

 

キレもタイミングも申し分ないそれを、しかし恋は着実に見極めて捌き、隙あらば重い反撃の一撃を飛ばす。

 

この仕合を眺める一同の心中には、ただ一つの言葉が浮かんでいた。

 

即ち、『恋の完全復活』。

 

魏における武の中核は依然として健在。それは皆にとって非常に大きな励みとなった。

 

ただ、まだ確定では無い。きっちりと確定出来るのは仕合が無事に終わってからである。

 

さて、仕合の方はと言うと、いよいよ一刀がジリ貧に追い込まれ、先ほどから恋が一方的に優勢に事を運んでいる。

 

が、劣勢の中にありながらも一刀はじっくりと起死回生の一手を狙っていた。

 

「……んっ。やっ」

 

「はっ!っとと……」

 

重い一撃を一つ一つといったものから次第に重い連撃へと移っていく恋の攻撃。

 

それが出来るほどに恋が攻撃に、そして一刀が防御に専念する状態が出来上がっていた。

 

そして、その恋の連撃に一刀は時折危うげな様を見せ始めていた。

 

そんな折、一刀が恋の攻撃を捌き損ね、体勢を崩す。

 

「くっ……!」

 

「……っ」

 

ここが攻め時。恋の直感がそう明確に感じ取った。

 

それが故に、恋は”退がる”。

 

「……ふっ!すぅ……――」

 

「……させ、ないっ!」

 

恋の後退を見て、一刀は用意していたカウンターを捨てた。

 

そのまま流れるように呼吸と共に氣を練ろうとする。

 

が、その動作を恋に読まれてしまった。

 

恋は移動のベクトルを瞬時に反転し、強烈な一撃を一刀に打ち込む。

 

一刀もこれを防がんと得物をぶつけたが――――甲高い金属音と共に、一刀の刀が宙を舞った。

 

錬気のために動きの止まった状態からでは何をするにしても万全では無かったのだった。

 

「ふぅ……参った。完敗だ、恋」

 

一刀の宣言が調練場に降りた瞬時の沈黙を破る切っ掛けとなった。

 

ワッと周囲が沸いて恋を囲む。

 

皆が恋の復活を心から祝っていた。

 

ただ、そんな中でもいつもの調子を取り戻した恋は至ってマイペースだった。

 

「……んん。一刀、手加減してた」

 

周りと共に沸くでも無く、先ほどの仕合にて自身が感じたことをそのまま口にする。

 

そしてそれは皆にとってかなりの衝撃を与えるものだった。

 

「ええっ?!でもボクたちが見ていた限りでは、兄ちゃんも本気だったよ?」

 

「あ、あの!兄様!恋さんの仰ったことは本当なのですか?!」

 

季衣と流琉の二人が皆の言いたい事・聞きたい事を代弁する。

 

あはは、と笑いながら一刀はこれに答えた。

 

「別に手加減をしてた、ってわけでは無いよ。

 

 ただ、今までよく使っていた”虚”の攻撃を主体にして、見せたことの無い技を出さなかっただけだからさ」

 

一刀の言い分としてはこうである。

 

別に極端に戦術の幅を狭くしたわけでは無い。

 

相手に見えている手持ちのカードのみをもって、最大限効率よく切っていたに過ぎない。

 

通常の相手であればそれで十分事足りるところだが、単に恋が別格に足を踏み入れているだけの話なのであった。

 

「それよりも、やっぱり問題は練気の遅さ、だなぁ」

 

「あ……そう言えば今の仕合は一刀殿の練気の一瞬の隙を突かれたもの、でしたね」

 

「ああ、そうだ。俺なりの氣の運用法はようやく定まってきたから、あとは練気の速度なんだがなぁ」

 

こればかりは一朝一夕ではどうしようもない、と肩を竦めて首を振る。

 

この問題に関しては一刀と凪以外には有用な話し合いも出来ず、修練は遅々としたものになっているのであった。

 

とは言え、それでも一刀は現状恋を除く魏の誰よりも武が高い。

 

そんな一刀と文句なしのトップたる恋との本気の仕合を初めて目にすることとなった鶸と蒲公英は驚きに絶句していた。

 

「…………お二人とも母さま級だとは思っていたけど、そのお二人が仕合うとこんなに……」

 

「蒲公英、これに付いていける気が、ちょっとしないかな〜……あはは」

 

片や呆然と、片や乾いた笑いが。

 

そしてポツリと漏れる言葉。

 

「短期間で追い上げるって、ちょっと無理な気がする……」

 

「いやいや、そうでもないぞ?」

 

耳聡く聞きつけた一刀がそう鶸に語り掛けた。

 

「前にも言ったが、二人とも土台は十分だ。勿論、これからも基礎力は弛まず伸ばしていってもらうがな。

 

 が、まあ、土台さえしっかりしていればそこからの伸びは悪くないものになる。

 

 それに、何も真っ当な道だけに拘る必要は無いぞ?」

 

「真っ当じゃない道……?」

 

「そう。そこは鍛錬の目的を明確に意識しておかないとな。

 

 俺たちは何のために鍛錬をしている?

 

 戦に勝つ為だろう?決して見世物仕合やその類で武を披露するためじゃない。

 

 ならば、戦場の礼儀に従おうじゃないか。

 

 敵を打ち倒した者が全てだ。最低限の礼を残し、取り得る手段は全て用いれば良い」

 

具体例は挙げていないものの、一刀は改めて蒲公英の戦術の正当性を言っていた。

 

ただ、一刀としては本当にそれ以前の問題なのである。

 

伏兵の類の奇襲が真っ当な戦術として成り立つのであれば、一対一の戦いにおいて卑怯な戦法などは無いと考えている。

 

それが将どころか人としての尊厳すら貶めるような卑劣な手にまで達していなければ良いのだ。

 

確固たる意志を持ってこう話す一刀に、鶸も蒲公英も改めて納得を示していた。

 

と同時に、魏の将たちに食らいついていこうとする気構えも持ち直していた。

 

「あ、あの〜……」

 

ここで一刀の言葉を聞き、横合いから恐る恐る斗詩が声を掛けて来る。

 

斗詩は今の会話の一部に尋ねたい内容を見出していた。これを聞く機会を少し伺っていたのである。

 

一刀に視線で促されて、斗詩は質問を口にする。

 

「一刀さんの仰る最低限の礼とはどの程度までを基準としてらっしゃるのですか?」

 

「あ、それでしたら私も知りたいところです」

 

斗詩の問いに菖蒲が同調して声を上げた。

 

菖蒲からのこれには一刀も少し首を傾げてしまった。

 

「あれ?斗詩はまだともかく、菖蒲にも話したことは無かったっけ?」

 

「はい、私が記憶している限りでは」

 

「菖蒲どころか私たちもだぞ?なあ、姉者」

 

「うむ!折角だ、一刀、聞かせてくれ!」

 

菖蒲のみならず春蘭、秋蘭からも聞いてないと言われれば、一刀も納得するしかない。

 

思い返してみれば、”卑剣”を見せた折に、戦には手段を問わないでいるべきことを口にしたくらいであった。

 

ならばいい機会か、と一刀は自身の考えを皆に話す。

 

「まあ、そんなに難しく考えなくていいぞ?

 

 礼、なんて言ってるけど、別に様式に則って考えたり、なんてしてるわけじゃないしな。

 

 簡単に言ってしまえば、相手の人としての尊厳を穢すな、ってところだ。

 

 だから、あまりよろしくは無いんだが、線引きは個々人任せになるかな?

 

 例えば、俺は戦闘に毒を用いたり、或いは暗殺なんかは絶対に許容しない。

 

 が、不意打ちや罠の類は構わないと思っている。

 

 ただ、これはほんとに一例でしかないし、他者から卑劣と見られたくなければ自身にとってギリギリのところは実行しない方がいいかもしれないな」

 

この辺りの機微は自分と世間との間隔がどの程度合致するか、それと見極めと見切り、覚悟の問題だな、と締め括った。

 

「はいは〜い!しつも〜ん!

 

 お兄さんは武器を隠すのってどう思う?」

 

一刀の話が終わるや、元気よく蒲公英が手を挙げた。

 

その問いには一刀も即答で返す。

 

「どうも思わないな。

 

 魏にはいないが、他国には暗器を使う将もいる。彼女も恐らく相当の実力を持っているはずだ。

 

 そういったものはまた戦い方が独特になるし、鍛錬も難しいものだろう。

 

 その努力は賞賛されるべきものだし、あれはあれで立派な武術だしな。

 

 他にも、奥の手のように武器を隠し持っていたとしても、何も問題は無いだろう?

 

 最初から手の内を全て曝け出して戦うなんて、馬鹿か余程の自信家か、或いはそうしなければならない事情付きだけだ」

 

一刀の回答に蒲公英は首肯しながら、なるほどー、と呟いている。

 

その他の者も同じであった。

 

さらりと混ぜた一刀の嘘に秋蘭以外は気付いていない。

 

尤も、黒衣隊が魏のほとんどの者に対して秘されているのだから仕方の無いことなのだが。

 

さて、と一刀が手を叩いて注目を集める。

 

「他に聞きたいこととかが無ければ、そろそろ鍛錬に戻ろう。

 

 仕合う組み合わせは分かってるな?それじゃあ、開始!」

 

一刀の号令で再び調練場には幾重もの剣戟の音が響き合い始める。

 

 

 

この日はいつもよりも長くその音が響き続けていた。

 

 

 

 

 

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いつもよりも更に実入りのあった鍛錬を終えた後、一刀は街を見て歩いていた。

 

と、そこへ後ろから呼びかける声が聞こえてくる。

 

「お〜い、一刀は〜ん!」

 

駆けて来る真桜を、足を止めて一刀は待つ。

 

この真桜もまた武将の一人ではあるのだが、彼女の役目柄、戦闘に入ることはまず無い。

 

自身の発明に専念させるために与えられた”研究所”に始まり、付けられた部下の兵は皆が工兵。

 

現代で言うところの特殊工作部隊が真桜の部隊である。

 

そして、彼女達の力を最も利用しているのが他ならぬ一刀だ。

 

しかも、この一刀からの様々な制作依頼が彼女達の知的好奇心をくすぐり、発明家魂に火を点けるのだから、開発も捗ってまさに悪循環ならぬ良循環である。

 

さて、そんなこんなで、今も一刀は真桜たちにとある兵器の製作を依頼している。

 

それはかつて一度、技術的難点から開発を断念したものであったのだが。

 

「どうしたんだ、真桜?」

 

「どうしたやあらへんで!前言ってたやつ、やっと見通し立ったんや!

 

 ほれ、厳顔はんの地元にウチの部下向かわせたやつ!」

 

「え?それ、本当か?

 

 あれ以来追加報告も無かったし、てっきり失敗か進展無しだと思ってたんだが」

 

意外な報告に一刀は疑問を呈する。

 

それに対し、真桜は輝かんばかりの笑顔で答えた。

 

「件の職人を見つけたはええけど、ものっそい偏屈なおっちゃんやったらしいんやわ。

 

 けどな、そのおっちゃん、偏屈やったからこそ厳顔はんの武器作れたんやろな。なんや、大秦の方から教わった工法で製鉄しとったそうやで。

 

 んで、ウチの部下はそれ教えてもらおうとして、最近までずっと弟子入りしとったっちゅうわけや。

 

 時間掛かった理由も、おっちゃんが偏屈やったからやねんけどな」

 

「そうか、製鉄法からして変えることになったんだな」

 

正直なところ、一刀はそれが可能だとは思っていなかった。

 

勿論、大陸の製鉄法ではあまり質の良い鉄が作れないことは承知していた。

 

だが、一刀もさすがに製鉄法のいろはなど全くもって知らないのだ。

 

意外なルートを辿って除外したルートへと帰着する今回のような事態は、完全に想定外であった。

 

とは言え、これは良い意味での想定外である。

 

折角掴めたものは存分に利用させてもらおうと即座に決定した。

 

「よし、それじゃあ、新しい手法で例のアレを――――」

 

「もう試作出来てんで〜?

 

 我慢でけんとちと張り切りすぎてもうたわ」

 

「は、早いな……いや、いいことなんだが……

 

 取り敢えず、それを見せてもらえるか?」

 

「はいな。元々そのために一刀はん呼びに来たんやしな」

 

一刀は進行方向をそれまでのものから反転させると、真桜と並んで研究所へと向かう。

 

その合間に聞かされたのは、今回の試作に当たっての苦労話であった。

 

と言っても、その実態は苦労話の体を装った真桜の自慢話である。

 

研究者や発明家は現代でも大陸でも変わらず、自身の成果を誇りたいものなのだろう。

 

実際、真桜の話に耳を傾けてみれば、相当な苦労を越えて今回の試作の完成に至った様である。

 

それが真桜たちの本分だとは言え、単なる労いの言葉だけでは足りないのでは無いか、と思うほどであった。

 

何よりも一刀にそう思わせたのは、途中途中の失敗でちょくちょく怪我人も発生したと言う話。

 

大怪我を負った者はいなかったらしいことが不幸中の幸いか。

 

常から一刀が真桜に言っていた内容の一つに、新開発における負傷に気を付けること、というものがある。

 

それでもどのような作業をも手作業にせざるを得ない大陸の事情がそういった負傷を余儀なくさせているのであった。

 

そう思ったことを不意に口にするが、逆に真桜は笑ってこう言ってのけた。

 

「ウチらは自分らの仕事が元々こんなもんやって分かってやっとるんやで?

 

 むしろ、一刀はんが口酸っぱく言っとるおかげで、怪我人の数なんか少なすぎると思っとるくらいやわ」

 

要するに、真桜は気にするなと言う。

 

こういった普段接しない辺りではまだまだ一刀の中には大陸の実情と齟齬が残っているのだった。

 

 

 

 

 

真桜と連れ立って研究所に足を踏み入れれば、そこは歓喜に満ち満ちていた。

 

原因は言うまでもなく、例の試作品の完成の件。

 

長として引っ張った真桜と大本の情報を持ち込んだ一刀が二人して現れたとあって、所内は一層沸き立った。

 

「はいはい!騒ぐんはその辺にしといて、試作品を実験場に運ぶで!

 

 本ちゃんで失敗なんてせぇへんようにしぃや!」

 

真桜が号を取り、所員が大移動を開始する。

 

その内の数人が滑車付きの台に載せたブツを運んでいるのが目に入った。

 

一刀が見る限りでも、外観的には確かに完成している。ただ、それは全く当てにならないことは分かっている。

 

一度中断を決定する以前でも、外観だけは上手く作れていたからである。

 

実際に使用に耐え得るかどうか、それを今から確認する。

 

これには一刀までもワクワクしてきていた。

 

上手くいっていれば万々歳だ、と考えつつ皆の様子を後ろから見守り。

 

暫くの後、遂に諸々の準備が整ったのであった。

 

「よっしゃ!準備完了や!

 

 盛大に一発、ぶちかましたりぃ!!」

 

真桜が嬉々として号令を発し、所員が呼応してこれまた楽しそうに試験を始めようとした。

 

「え?いや、ちょっと、真桜?

 

 いいのか?的があれで?」

 

思わず口を挟む一刀に、しかし真桜は不思議そうな顔で答える。

 

「へ?なんか問題あるん?

 

 いつも通りやで、大丈夫やろ」

 

「…………まあいいか」

 

少しの逡巡の後、一刀は見送ることに決めた。

 

そうして止める者もいなくなったところで、いよいよ試験が開始される。

 

目標を定め、微調整をして。そして。

 

 

轟音。破砕音。直後に、破壊音。

 

数秒の間に巻き起こった凄まじいまでの衝撃と暴力的なまでの音の嵐がその場の空気までをも全て掻っ攫っていってしまった。

 

誰もが呆然とし、声も出せずに前方を凝視するしか出来ていない。

 

しかし、場が静寂に包まれることは無かった。

 

たった一人、一刀の拍手だけが寂しく響く。

 

「いや、凄いな。ここまで再現出来るとは正直思っていなかったよ」

 

「か、一刀はん……あのバカげた威力見ても何とも思わへんの……?」

 

「ん〜、そうだなぁ……

 

 実際に目にしたことまでは無いけど、もっと容赦ない威力の兵器の映像とかも見たことがあるし、これは十分想定の範囲内かな?」

 

「さ、さよか…………」

 

辛うじてそれだけ口に出来た真桜。

 

その心中は周囲の所員と共にただ一つの再確認事項で満たされていた。

 

(((あぁ……やっぱりこの人は正真正銘、”天の御遣い”なんだな……)))

 

 

 

 

 

魏の上層部の皆にも知っておいてもらわないと。

 

一刀がそう提言し、ものの数刻で華琳を含めて集め切った。

 

集めた場所は再び実験場で、来た者は残らず皆、正面の大穴について疑問を投げかけていた。

 

投げ掛ける先は真桜。だが、当の本人からは見れば分かるとしか返って来なかった。

 

同じく事情を知っているであろう一刀に聞こうにも、真桜の隣でその言葉に首肯していれば、同じ返答が簡単に予想出来る。

 

結局、早く来た者ほど真相を知りたいと気を揉むこととなっていた。

 

やがて一通り皆が揃うと、一刀は皆を集めた理由を改めて話し始める。

 

「皆、忙しい中、時間を作って集まってくれてありがとう。

 

 今回皆を集めた理由は、これにある」

 

言って、一刀は先の実験よりずっとセットされたままの『それ』を示す。

 

しかし、集められた誰もが、それでも何も分かることは無かった。

 

「おい、一刀、真桜!一体何だというのだ、これは?」

 

いい加減堪え切れずに春蘭が改めて問い質す。が、返ってきた答えは少し変わってはいても本質は同じであった。

 

「すぐに分かるよ、春蘭。真桜、準備の方は整っているんだったよな?」

 

「もう出来てんで〜。あとはこいつに火ぃ点けたら終まいや」

 

「よしよし。なら、早速お披露目と行こう。

 

 こいつは説明するよりも実際に目にした方が理解が早い」

 

一刀の言葉に促される形で、御前実験とでも呼ぶべきこの場に残った実験補助の所員が、先程真桜の示した縄に火種を近づけようとした。

 

「ちょっと待ちなさい」

 

と、そこで待ったを掛ける声。

 

誰何するまでもなく、その凛とした響きから華琳のものだとすぐに分かる。

 

「一刀、これだけは答えなさい。

 

 今から見せるこの筒状の物は、一体何に使用する予定なのかしら?」

 

「そうだな。後でその辺も詳しく話すとして、簡潔に言えば、戦闘用だ」

 

「つまり、兵器なのね?分かったわ。

 

 ならば、一刀がここまで期待を持たせるその兵器の力、しかと見届けるとしましょうか」

 

腕組みをし、つまらなければ容赦なく罰を与えんとばかりの華琳に、慣れていない所員は委縮してしまう。

 

これはいけない、と一刀はその所員に近づき、皆には聞こえぬように二言三言。

 

曰く、失敗時の叱責は一刀が全て引き受ける。そして、その失敗の可能性は相当に低い。

 

大陸中から集めた技師のトップ集団の力を、そして真桜の力を信じろ、と。

 

これによって、どうにか所員の方も実験に臨む心構えを取り戻した。

 

ただ、完全に不安が払拭されたわけでは無く、よく見ればその額には冷や汗が垂れている。

 

ちなみに実は真桜にも同様に冷や汗が見られた。

 

成功を信じていないわけでは無い。真桜も自身の腕には自信を持っている。

 

だが、どんなことにも”万が一”は存在する。

 

もしもそれが今起こったら……”あの威力”が自分たちに牙を?く。

 

それが頭を過ぎり、真桜にも冷や汗を噴出させるに至ったのであった。

 

それでも実験開始を宣言された今、いつまでもうだうだやってはいられない。

 

遂に所員は『南無三!』とでも叫びそうな様子で思い切って火を点けた。

 

縄に火が点き、燃え進んでいく。それがすぐに筒状の『それ』の内部まで進んでいき――――

 

再びの轟音、そして破砕音が場内に鳴り響いた。

 

正面に設置された的など、最早跡形も無い。

 

その凄まじい威力を目の当たりにして、然しもの将達も皆言葉を失ってしまっていた。

 

真桜はそんな皆を見て、やっぱりそうなるよなぁ、と小さく独り言ちる。

 

それでも、華琳はかなり早くに我を取り戻したのであった。

 

「……一刀。詳しく説明なさい」

 

言葉少なであるのはまだ衝撃が抜けきっていないことと理解が追いついていないことが両立しているのだろう。

 

華琳を皮切りに皆も次々に一刀の話を聞く態勢が整ったことを見て取ってから、一刀は簡単に説明を始めた。

 

「見ての通り、これは絶大な威力を秘めた兵器だ。名を『大砲』と言う。

 

 天の国にかつて存在したものだが、概要を伝えて真桜に開発してもらっていた。それがようやく形になったわけだな。

 

 原理は、以前皆に見せた”花火”と同じようなものだ。筒に火薬を詰め、爆発の勢いで中に詰めた物体を飛ばす。

 

 但し、こいつで飛ばすのは鉄の塊。それだけに、使用する火薬の量も桁違いだ。

 

 その威力は……今見てもらった通りだ。

 

 単純に鉄の塊を飛ばすだけだが、ものがものだけに、強い。使い勝手はちょっと悪いけどな」

 

誰もがポカンとした表情でこれを聞く。

 

簡潔に過ぎる説明ではあるが、それ故に原理はスッと理解は出来た。

 

しかし、今までとの規模の違いがありすぎることで、呆然とする度合の方が強いのであった。

 

「しかし……真桜や所員達にはちょっと悪いんだが、これは最後の最後、ここぞという時までは使わないだろうな。

 

 それに、使うにしても敵部隊に直接向けるわけにもいかない。

 

 使いどころが難しいことになりそうだが、確実に切り札にはなるだろう」

 

これには驚きをもって問う声が上がった。

 

「なんでなの、兄ちゃん?!折角真桜ちゃんがこんなすっごいの作ったのに?」

 

真っ先に声を上げたのは季衣だったが、これと同様の意見を持つ者も少なからずいるようで。

 

異なる意見を既に持っている者も皆、一刀の次なる発言に注目していた。

 

「いくつか理由はあるんだが、大きな二つを挙げておこうか。

 

 一つは大陸の価値観を壊し過ぎないため。

 

 今、大陸の戦は”人対人”と言える。一方で、俺が元居た世界では、戦争と言えば最早”兵器対兵器”、或いは”兵器対人”のようなものだった。

 

 勿論、細かく見ていけばそうではないんだろうけど、一般人からしてみればその印象は拭えない。

 

 今の大陸であまりそちらに戦の方向を傾けてしまうと、一つ一つの戦が凄惨なものに成り代わりかねないんだ。

 

 それともう一つ。今回流用している技術の関係上、この”大砲”はある国が作ろうと思えば作れる可能性が高い。

 

 これもまた、さっき言った凄惨化に繋がりかねないものだな。

 

 長い目で見た時に、魏の人的損失を抑え込むためにも、使い時を絞りに絞っておかなければならないんだ。

 

 分かったかい、季衣?」

 

「うぅ〜……む、難しいよ……もっと簡単に教えて欲しいな」

 

「もう、季衣ったら……あの、兄様。後で私が季衣に説明しておきますので……」

 

「そうだな。まだ話しておきたいことはあるし、流琉に任せるよ。頼んだ」

 

「はい、兄様」

 

やはり流琉は頭の回る方なだけあって、既に理解を示してくれていた。

 

他にも多くの者が同じようで、改めて口にせずとも一刀の伝えたいことはしっかりと伝わっていたのであった。

 

「取り敢えず、今日の所は皆にもこういったものを作った、と知っておいてもらいたかったんだ。

 

 いざ使用する時になっても、こんなものが出て来るという心構えを作っておいてもらえるように、ね。

 

 それと、華琳に許可を取れるかどうかの確認だな。

 

 これをいつかに戦に使用すること、華琳としては問題無いかな?」

 

「ええ、特に問題無いわ。真桜、よくやったわね。

 

 それにしても、これにしろ花火にしろ、その他諸々も……

 

 貴方と真桜が組むと、もう何でも出来てしまう気がしてきてしまうわね……

 

 いっそのこと、もっと強力な兵器でも作ったらどうかしら?」

 

華琳の声の調子やその表情から、それは軽い冗談であることは間違いない。

 

一刀も勿論それは察していた。なのだが、敢えてこれには真面目に答えることにしたのだった。

 

「いや、恐らくこれ以上は真桜に大きな発明を頼むことは無いだろう。

 

 細々したものは、普段の生活に役立つと思えば頼むこともあるかも知れないがな」

 

「へっ?!ちょっ、そんなんウチの方が嫌やで?!

 

 折角ウチの発明家魂に激しい火ぃ点いとんのに!

 

 そんな殺生なこと言わんと、もっと色々頼んでぇな!」

 

さすがに真桜が超反応で食い下がる。

 

真桜だけでなく、研究所に集った所員達は皆、一刀が魏に齎す数々のオーバーテクノロジーを触れることに幸せを見出しているのだ。

 

つまり、今、研究所は未曾有の事態に陥りかけていると真桜には感じられたのである。

 

だが、例えそうであっても一刀の答えは変わらない。

 

ただ、一刀も真桜に意地悪をしようとしてこう言っているわけでは無い。

 

納得してもらうためにも、そして真桜に限らず今後誰も一刀に何でもかんでも天の知識を求めに来ないよう、自論による危険性を説き始めた。

 

「悪いが、そういうわけにはいかない。

 

 この大砲にしても、開発の再開をどうするか、実は悩んだくらいだ。

 

 強大な力を有することは、確かに自らをより強く固めることにもなる。

 

 だが、同時に、自らの首を絞める結果にも繋がりかねないことでもあるんだ」

 

「んん?どういう意味なんや、それ?

 

 発明の案教えてくれへんことに、どう――――」

 

「なるほど、そういうことね」

 

首を捻った真桜の言葉に被さるように、零の声が届く。

 

他にも、風は確実に分かっていそうであった。他の軍師たちも遅れて理解が追いついた模様。

 

そんな中、零が皆に代わって確認の意味を込めた説明を行う。

 

「さっき、一刀はその”大砲”とやらのことを、『かつて存在した』と言っていたわね?

 

 それはつまり、天の国にはそれよりも遥かに進んだ兵器が存在しているという証左ね。

 

 この”大砲”でさえ、実際に戦にて運用すればどれほどの損害を与えることが出来るか。

 

 けれども、人とは欲深く、醜く、そして賢い生き物なのよ。

 

 それを考え合わせれば、明確な姿は見えずとも、一刀のいた天の国がどのようになっていったのか、想像がつくわ。

 

 きっと使った方も使われた方も、この威力に怖れを抱きながらも、すぐにでもそれ以上を求めたのでしょうね。

 

  天の国と言えど、そこに住むのは私達と同じ人間。その思考の行く末を、私ならばそう読むわね」

 

「ああ、概ねその通りと思ってもらって問題無い。

 

 正直に言おう。天の国には皆の想像も及ばないような兵器が山ほど存在している。

 

 そんな兵器のたった一発で、一体どれだけの人を虐殺してしまえるのか。

 

 例えばこの大砲、密集した敵軍にでも打ち込めば、三桁は堅いんじゃないか?

 

 だが、そんなのはただの端数にしかならないほど、天の国の兵器が使用された時の被害は甚大になるんだ。

 

 それこそ、それほど場所を選ばずとも云十、云百万を一瞬のうちに葬り去ってしまうだろう。

 

 さすがに、この大陸でそこまでのものはどうあっても作り得ない。

 

 だが、個人的な感情・考えだが、そこへと至る道筋を大幅に早めてしまうような事は極力したくないんだ。

 

 それは多くの不幸の呼び水になる可能性が高いから、な」

 

話の桁が違う。それだけはすぐに理解出来る。

 

全てを完全に理解は出来ない。だが、一刀の懸念する事項の輪郭だけは誰しもが見ることが出来た。

 

従って、真桜も口を噤むことになる。

 

さすがにこの話を聞いてもなお要求を続けるような、図太いを通り越す神経は持ち合わせていなかったのだった。

 

衝撃に次ぐ衝撃により、場には重々しい沈黙の帳が降りて来る。

 

あまりそのままにしていても良いことは無いだろうと考え、一刀はこの場を解散することにしたのだった。

 

「取り敢えず、今日の俺の用事はこれで終わりだ。

 

 一応言っておくが、皆、他言無用で頼む。ほとんど使わないとは言え、切り札であることには違い無いからな」

 

誰もが黙って頷き、そのまま流れで解散となったのだった。

 

 

 

真桜の存在。それは非常に心強いものであるが、同時に非常に危険なものでも有るのかも知れない。

 

独力で望遠鏡を作り出したその腕を、そして大陸に存在する”外史故の”オーバーテクノロジーを考えると…………

 

もしかすると、この認識は真桜に限らないのかも知れない、と一刀はふと思うのであった。

 

 

 

現代でも戦争無くして技術の発展は有り得ないとの声もある。それは事実だと一刀も思う。

 

しかし、それでも。

 

この世界、この時代にはまだこれ以上の兵器は早過ぎる。大砲がギリギリのラインだろう。

 

それが一刀が悩み、出した答えなのであった。

 

説明
第九十五話の投稿です。


蜀や呉の話はもう2,3話してからになりそうですね。
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コメント
>>marumo様 真桜さんがチートなんです。存在がw(ムカミ)
>>nao様 量産をしたらしたでその後の戦が悲惨化してしまいますが、ね。それに段々と”人”を感じられなくなって……それが最初に行き着く先が、数だけを見た心なき戦になりそうです(ムカミ)
>>h995様 馬って意外に臆病で繊細な生き物なんですよね。それでも、犬や牛と並んで古来より人間と共に生きてきた愛すべき仲間の一種ですね(ムカミ)
>>未奈兎様 使っている方がいらっしゃったんですね。実際、使用する火薬の量が今迄と桁違いになってしまいますからね。それにしても、初見(?)で弱点見抜くなんて、さすが華琳様です(ムカミ)
大砲チートや(marumo )
恋完全復活してよかった!しかし大砲できちゃったか〜量産したら敵なしだよなw(nao)
>大砲 この時代では空砲でも十分効果がありそうです。何せ鉄砲の音ですら馬が怯えて使い物になりませんから、特に対馬騰戦では存分に効果を発揮しそうです。(h995)
違う方の無双では敵の曹操が欠点見ぬいて火計仕掛けて味方が甚大な被害喰らったんだよな大筒・・・マジで使い所間違えたらひどい被害になる(未奈兎)
>>本郷 刃様 決して数だけを揃えれば勝てるわけでも無ければ、最新鋭の武具に身を包んでいれば勝てるわけでも無い。戦い方一つで大きく結果が変わってしまう。それが戦争というものの恐ろしいところなのでしょうね。(ムカミ)
>>Jack Tlam様 人に向かって、でなければ例え桃香であっても使用許可を出しそうだと考えています。ただし、その考えに至るかどうかは別として。朱里や雛里に加えて雫もいるのですから、そこは問題なさそうですけれどね(ムカミ)
>>アストラナガンXD様 まさにそうですね。対人戦で使用することは一刀が決して許すことはありません。この時代に即して考えた時の、非人道的兵器に該当しそうですね(ムカミ)
一刀の口ぶりから察するに完全に追い詰められた時の背水の陣、あるいは敵の最後の籠城の攻城兵器として用いることになりそうですね、采配次第でどうとでもなるのが戦争というのを実感しなおしました(本郷 刃)
こんな危険な兵器の運用許可を、成長して現実を見れるようになったとはいえ、あの桃香が出すとは思えません。生産は可能でしょうし、軍師的には是非欲しいところでしょうが、正面決戦を望みがちな面々が揃ってるから武将の説得も難しい。強力過ぎると使い辛いのは、人間も兵器もキャラクターも同じなので……。(Jack Tlam)
時代背景的に大砲の用途なんて攻城戦が主だろうか?対人戦で使用したら地獄絵図への道筋に発展しそうだし。(アストラナガンXD)
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真・恋姫†無双 一刀 魏√再編 

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