真・恋姫†無双 〜夏氏春秋伝〜 第九十七話
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時は少し戻って、鶸と蒲公英が許昌の門前に姿を現した時とほぼ同日。

 

西涼の馬騰が成都に赴いてきた。それだけでも大きなニュースであるのに、加えてその馬騰が劉備の麾下に加わるという話まで同時に伝えられたとあって、成都の城中が浮足立っていた。

 

今すぐにでも色々と聞きたいこともあろうが、それらをぐっと堪えて将達は劉備の下、謁見の間に居並ぶ。

 

程なくして馬騰が黄忠に先導されてその場に現れた。

 

馬騰は拝手で劉備に敬意を表すと前置きも最小限に己が目的を告げた。

 

「お初にお目にかかります、劉玄徳殿。

 

 我が名は馬寿成。先々代皇帝・劉宏様のご治世の頃より西涼の守護を任されてきた者です。

 

 後ろにおりますのは我が娘の超と鉄に御座います。

 

 手前勝手で申し訳ありませんが、諸々の回りくどい挨拶が苦手でして、本題をのみ申し上げさせていただきます。

 

 本日我等が蜀国を訪ねた理由ですが、我等を玄徳殿の麾下に加えていただこうと考えたが故にごさいます」

 

「初めまして、寿成さん。あなたのことは色々と耳にしたことがあります。

 

 何でもあの文台さんとは盟友の間柄で、その突出した武が劉宏様の目に留まり、西涼の守護を任されたのだとか。

 

 それに馬一族の騎馬技術の高さは大陸中に轟いています。

 

 そんな方が私達に味方してくれる、と仰ってくれるのはとても嬉しいのですが……

 

 一体どうしてこのようなことになっているのか、その理由の方を窺ってもよろしいですか」

 

馬騰の挨拶を受けた劉備は歓迎の意を示しながらも疑問を呈する。

 

それについても仕方の無い面があった。

 

魏が再度洛陽に軍を向けて以降の魏の動きは非常に目まぐるしく且つ早く、しかも西涼のこの一件はその目まぐるしさの中で良しも悪しも全てが流れに乗って進んだのである。

 

結果、蜀に限らずいずこでも情報が間に合っていないのが現状であった。

 

例え馬騰が選んだ先が呉であったとて、状況に変わりは無かっただろう。

 

馬騰の方もその事でとやかく言うつもりなど無く、劉備の問いにはすぐに答えた。

 

「簡潔に結論だけ言わせて頂きますと、我等馬一族は魏と対立することを選びました。

 

 されど、選んだはいいが魏に対するには我等が軍はあまりに小規模。

 

 このままではただ潰されるのを待つのみと考え、近年着実に力を付けつつある劉備殿の下へと参った次第です」

 

「魏……曹操さんと……そうだったんですね……

 

 何があってそうなったのかは、聞かない方が良さそうですね」

 

「むしろ知っておいた方が良ろしいのでは?

 

 当方も話すことに吝かではありませんが」

 

「そうなのですか?では、お願いします」

 

「まあ、そうは言っても、こちらも単純なものですが。

 

 要は陛下のご意志の解釈について、我々と魏との間で意見が分かれた、というだけのことです」

 

さらっと、何でも無さげに告げられたそれは、しかし蜀の面々にとっては一種どストライクな話題であった。

 

軍師たちは思わず口を挟みたくなる衝動に駆られるも、さすがにここはグッと我慢する。

 

代わりに、劉備が皆を代弁するように口を開いた。

 

「馬騰さん、そのお話、詳しく聞かせてもらえませんか?

 

 あ、それと忘れてました。馬騰さん、楽にしてくださって構いません。

 

 私の方が若輩の身ですし、きっとこれから馬騰さんには私達一同、色々と教わることもあるでしょうから。

 

 馬超さん、馬鉄さんも、どうか」

 

「そうかい?なら遠慮なく。

 

 それで何だっけ?ああ、陛下のご意志の件だったね。

 

 なに、曹操や北郷の奴が伝えに来た陛下のお言葉に対して、あたいがちょいと疑問を持っちまったってだけだよ。

 

 いや、疑問ともまた少し違うか。

 

 陛下は北郷や曹操を心底信用しているようだ。それはきっと、連合戦の時のことやこの前のこと、諸々を経験しての結果なんだろうね。

 

 あたいに直筆の文を書いて寄越したってのも、どうにかしてあいつらの力になりたいとお考えになったんだろう」

 

「直接対峙なさっていたんですね。それでは、魏に追い出された形なのでしょうか?

 

 それに、その魏が持ってきたという文、それは本当に本物なのですか?」

 

「追い出された、か。一応自主的に出て来はしたんだが、情勢からそうせざるを得なかったんだから、そうとも言えるかもね。

 

 それと、随分と疑ってるようだから断言しておくが、あいつらの持ってきた文は本物だよ。あたいが陛下の字を見間違えることは無いよ」

 

「えっと……?あの、それじゃあ、どうして馬騰さんは――――」

 

「あたいが知りたかったのは、北郷と曹操の信用性さね。

 

 陛下が今の漢王朝に終焉を見たと言うのであれば、それは仕方の無いことだ。

 

 意固地になって張りぼての王朝の見てくれだけを整えようとするより、余程重く、苦しく、それでいて立派な決断だと思うね。

 

 だが、その陛下が後の大陸を託さんとする者を、そのままあたいや他の連中が信用出来るかっていうと、そんなことはまず無いよ。

 

 けれども、漢王朝が畳まれるのはもう止められない事実だろう。

 

 だったら、あたいらが取れる選択肢は3つだ。

 

 全てにおいて陛下に従い魏に付くか、陛下の忠臣たるを誇って大陸を治めにかかるか、はたまた真なる忠臣の義務を果たすか。

 

 何にも気付かぬ振りでひっそりと次なる王朝に恭順する道もあるにはあるが、それを選ぶを良しとする奴なんていないだろう?」

 

「聞く限りでは、馬騰さんが選ばれたのは、『真なる忠臣の義務の道』、ですか?」

 

劉備の問い掛けに馬騰は、そうだと首肯する。

 

その言葉が意味するところを詳しく知りたい、と蜀の面々の多くが思うのを察してか、馬騰はこう付け加えた。

 

「常に主の側に侍り、その意を汲んだ行動を取ることだけでは忠臣とは呼べないよ。

 

 時には主を諌め、反対する姿勢を見せなばならない。但し、これを叛意にまで持ち上げる輩はその周りが容赦なく斬捨てておかないといけないけどね。

 

 要は、主を盲目的に信じるな、ってことさ。

 

 主の進む道が間違っていないかを観察し、時には修正の為に手を出す。それが『真の忠臣』さね」

 

馬騰の言葉を聞いて痛みを受けたが如く顔を顰める者が数名。

 

それは彼女達の心に深く突き刺さったからであった。

 

魏領を抜ける際、一刀にしてやられ、十分に反省はした。

 

が、それでもまた同じことが起こった時、毅然と劉備に真実を伝えることが出来るのか。

 

今となっても、まだ疑問を抱いてしまうが故、それが突き刺さったのである。

 

その数名以外の中には、馬騰の言が全て真実であるのかに疑いを持つ者もいた。

 

馬騰が魏と接触した、との話は事実だろう。そこで嘘を吐いたところですぐにバレてしまう。それは無意味な嘘だからだ。

 

しかし、その魏と、陛下に関することで対立した、との言にはさすがに無条件で受け入れるには難しいものがあったのだ。

 

そんな視点からすれば、その後に語った”忠臣”についての持論も、尤もらしい内容で煙に巻こうとしての言に聞こえてしまう。

 

従って、この考えを持つ者達は馬騰の一挙手一投足、一言一言に集中を傾けていた。

 

そんなこんなで、蜀側の面々は各々思うところがあって黙り込む。

 

その沈黙から、もうこれ以上の質問等は来ないのだろうと考え、馬騰は挨拶を締めに掛かろうとした。

 

「まあ、そんなわけで娘共々厄介になろうと思っている。んだが。

 

 どうにも一つ、これだけは確認しておかなきゃあなんないみたいだね。

 

 劉備。あんた、今の魏に敵対することの意味、過不足なく理解しているかい?」

 

その前に、と、馬騰としては最終確認をしておきたかったのだ。

 

返答によってはとんだ無駄足を踏んだことになる。その時は今からでも呉の孫堅の下を訪ねる算段を付けなければならない。

 

「陛下は魏を心から信用している。だから……

 

 陛下のご意志に背くことになる。覚悟を決めろ、ということですか?」

 

果たして劉備の答えはギリギリ馬騰の満足いくものであったようだった。

 

「そうだね。大体その考えで合っているよ。

 

 もうちょっと言えば、今の魏に刃を向けることは、漢王朝と決別し新たな勢力として大陸を取りに行くということと同義。

 

 そういうことさね。

 

 飽くまで、自分たちの方がより陛下の望む世を作り上げられる。その信念を持てる限り、蜀にはあたいが力を貸そう」

 

ゴクリと劉備が生唾を飲み込む。手も拳を作り、ギュッと握りしめていた。

 

想定以上の事態に遭遇しても以前のように騒ぎ立てないようになったのは成長と言えるだろう。

 

こうやって覚悟を決めようとしているのか。そう思い、馬騰はそれなりに満足したらしい。

 

「とにかく、あたいらの部下も連れて来ているから、好きなように使ってくれていい。

 

 3部隊分、手土産としちゃあ上等なもんだと勝手に思っているが、どうだい?」

 

「はい、全く問題なんて無いです。

 

 先程も言いましたが、馬騰さん、馬超さん、馬鉄さん。我等蜀国はお三方を歓迎いたします。

 

 これからもよろしくお願いします」

 

「こちらこそ、だね。

 

 ああ、そうだ、忘れるところだった。

 

 あたいの真名は碧ってんだ。こいつを劉備殿に預けることで忠誠の意を示させてもらうことにするよ」

 

蜀側を促すような意図があるわけでも無く、本当に言葉通りの意味である様子が馬騰の態度からは伺える。

 

一昔前の話になると言っても、それでも馬騰という人物は孫堅と共に大陸にその名を馳せた豪傑。

 

劉備が歓迎の意を表している以上に、そんな人物が真名をポンと差し出したとあらば、どうしてなおも馬騰の言を信用出来ないなどと言えようか。

 

大陸において真名は魂と同等、命よりも重いものとされている。

 

その中でも、名のある人物のそれはより一層重みが増す。

 

それだけに、馬騰の真名には疑いも何もかもを吹き飛ばし、信用を得るのに十分なものなのであった。

 

 

 

 

 

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馬騰が無事蜀に受け入れられれば、その直後には当然の如く武官の指南役の任が早速与えられていた。

 

馬騰自身も蜀に至る前からそのつもりではあったようで、これには異論を一切挟まず、ノータイムでの即答で受諾した。

 

その一方で内政等文官仕事に関する口添えや助言については、これまたノータイムで拒否を示した。

 

曰く、『あたいは根っからの武官さ。西涼では他に誰もいないから仕方なく君主なんてやってたが、柄じゃないのさ』。

 

五胡の攻撃に絶えず晒されている西涼の地でありながらも、そこの治安が比較的良好であることは蜀の者も知っている。

 

勿論、それが領主として彼の地を治めていた馬騰あってのものだということも。

 

だからこそ、どの口が、と言いたくもなる発言であったのだが、だからと言って文官仕事までをわざわざ無理強いするわけにはいかない。

 

最終的に、いざとなったら相談にくらいは乗って欲しい、との約だけ取り付け、文官仕事は振らないこととなったのであった。

 

 

 

さて、となれば馬騰の仕事は当然、蜀の各将の武の強化。

 

誰もがかの馬騰に武を教われることに沸き立つ。が、それも初日限り、次の日以降は笑顔はそうそう見られないものとなっていた。

 

馬騰は一体何をしたのか。順を追って少し見てみたい。

 

まず初日、調練場に集った面々を前に、馬騰は早速こう言い放った。

 

「あんたら、今すぐ順番を決めな。

 

 決めたらその順番であたいと仕合だ。

 

 全員が終わったら、その後は適当に相手を見つけてまたすぐに仕合。その繰り返しでやってもらう。

 

 今日の鍛錬はそれだけだ。何か質問がありゃあ、今のうちに聞いときな。

 

 始めた後には基本的に聞かないからね」

 

どよめく面々。

 

たった今聞いたことながら、効き間違いを疑ってしまったのである。

 

ところが、それきり馬騰の説明は途絶える。つまり、これは言葉通りに受け取れということ。

 

馬騰は蜀の全武将と仕合を行った後、更に無差別組手を行うと言ってのけたのだ。

 

いくら馬騰がかつて勇名を馳せた偉大な武人であると言えども、さすがにこれには蜀の武官達のプライドに響いた。

 

「いいだろう!まずは私が出よう!」

 

劉玄徳が一の家臣と自負する関羽がまず名乗りを上げる。

 

「ちぇっ、愛紗に負けちゃったのだ。じゃあ鈴々は二番でいいのだ!」

 

寸秒の差で一番槍を掻っ攫われた形になった張飛は頬を膨らませながら二番手を宣言する。

 

そこから続々と各々が名乗りを上げ、順番が決まっていく。

 

趙雲や魏延、参入したばかりの馬超や馬休。順番を決めた者から仕合を眺めやすい場所へと散って行った。

 

その中には姜維も混ざっている。

 

この日は周囲から文官としての仕事よりも武官としての仕事を優先しろと言われてのことであった。

 

その代わり、と言うべきか、黄忠と厳顔の姿が見えない。

 

彼女達が姜維の仕事を引き受けているのである。

 

若い武官の成長は蜀の急務。それが文官たちや熟達の将の共通した見解だからであった。

 

「わ、わ、わ……私なんかじゃ無理ですよぉ……」

 

「何を言っている、杏。お主も今や立派な蜀の武将ではないか。

 

 それにお主は順番で言えば最後。仮に我々が碧殿を打ち倒せずとも、疲れ切った碧殿をお主の幸運戦術で叩きのめしてやれ」

 

周囲が馬騰との仕合に気炎を上げる中、急な展開にわたわたするばかりで付いていけなかったのが姜維であった。

 

他の武官が皆名乗りを上げた時点で姜維も自然と最後の仕合を組まれており、思わず弱音を漏らす。

 

これに、趙雲が囁くようにして話しかけていた。

 

趙雲が口にした”幸運戦術”とは、姜維の独特とも言える戦い方に蜀の武官達が付けた名称である。

 

以前にも少し話に出たかも知れないが、どうしてか姜維は仕合中にラッキーヒットが多い。しかも、それは回避においても発揮されている。

 

一度や二度程度ならばともかく、それが幾度も繰り返される内、ふと姜維が幸運を味方につけて離さないのでは無いのか、と思い出す。

 

そして、誰からともなく姜維の戦闘を”幸運戦術”と呼び始めた。

 

本人曰く、狙ってやっているわけでは無いそうなのだが、とてもそうとは思えないのであった。

 

しかし、姜維は自身の武はとても低いものだと言い続けている。

 

偶然はいくら続こうとも偶然でしか無い、と毎回のように主張しているのだ。

 

それは今回でも同じで。

 

「ですから無理ですよぉ〜……

 

 そもそも碧様と私なんかとでは自力に違いがありすぎます。仮に今回も幸運が起こったとしても、その上から押し潰されて終わりになりそうです……

 

 いえ、それ以前にそんな運なんてものが滑り込む余地すら無い一方的展開にしかならないと思いますぅ……」

 

「あ〜、それは分かるかも〜。

 

 お母さんの武ってそういう勝負の行方の推測を曖昧にする要素を超越したところにある気になっちゃうんだよね〜」

 

「そ、蒼さんっ?!」

 

「ほう?実の娘のお主から見てもそうなのか。

 

 いや、むしろ実の娘だからこそそう感じるのかも知れぬな。

 

 面白い!俄然楽しみが増えたというものだ!

 

 碧殿に我が槍術、篤とご覧に入れて進ぜよう!」

 

突如姜維の背後から現れた馬休の言葉に、姜維は驚声を上げるのみだったが、その一方で趙雲は逆に笑みを深める。

 

その瞳に宿る闘志の炎は一層メラメラと燃え上がっていた。

 

と、そんなちょっとした雑談をしている僅かの間にも、事は急速に進んでいて。

 

「っぐぁっ……ま、参った……」

 

「勝負が付いたらさっさと下がりな!ほら、次!」

 

「次は鈴々なのだ!いっくぞ〜!うりゃりゃりゃりゃりゃぁっ!!」

 

一番手に名乗りを上げた関羽が、上げていた気炎も虚しく短時間で伸されてしまい、二番手の張飛へと移る。

 

関羽との仕合を見て何かを感じたのか、最初から出し惜しみなど感じさせない、正真正銘の全力で馬騰との仕合に臨む。

 

「甘いっ!あんたはもっと先を考えなっ!

 

 ふっ!はあぁっっ!!」

 

「にゃにゃっ?!」

 

馬騰は向かってくる張飛に対し、一言と同時に一閃、二閃。

 

攻撃の手を払い、直後に己が攻撃を叩き込むことでこれまた短時間で張飛を下したのである。

 

「次!どんどん来な!」

 

馬騰は調練場の中央であたかもそこに君臨するが如く堂々と立ち、その後に続く将たちを迎え撃った。

 

その圧倒的な強さに打ち勝ちたい。それが将たちのテンションを上げていた。

 

「まるで暴風……この相手には、本当に運なんて意味の無いものなんだ……」

 

それだけに、ポツリと呟かれた姜維のこの言葉には、誰一人反応を示す者はいないのだった。

 

 

 

 

 

「あんたら、全員まだまだ全然だね。

 

 翠、蒼!あんたらもだ!まったく、だらしない!

 

 一から鍛え直しだね、こりゃ」

 

調練場の地面一杯に倒れ、広がる面々に馬騰がそう告げる。

 

当の本人は誰よりも仕合数をこなしているはずなのに、息すらほとんど乱れていない様子だった。

 

それを見せられては、誰も文句の一つも言えるはずがない。

 

「く……碧殿、我等に足りぬものを、お教えいただけないでしょうか……?」

 

青龍偃月刀を杖にしてどうにか立ち上がった関羽が、頭を下げて馬騰に教えを乞う。

 

他の者たちも皆、彼女と同じ気持ちであるようであった。

 

とは言っても、鍛錬が激しすぎたが故に、立ち上がることが出来ているのは関羽の他には張飛、趙雲、馬超の三人くらいなのであったが。

 

「そう畏まらずとも教えるよ。

 

 取り敢えず、あたいが何よりも問題だと感じたのは、あんたらの多くが基礎が安定していない点だね。

 

 そこがきっちり出来ているのは、星と翠、それからギリギリ愛紗までだよ」

 

「り、鈴々はダメなのだ?」

 

「ああ、ダメだ。鈴々、あんたはなまじ武の才が高いのが問題だったんだろうね。

 

 基礎はそこそこでもその上に重ねた武が大きいから、そこいらの奴程度じゃあ話にならなかったんだろう。

 

 だが、これからはそうはいかないよ。

 

 敵には北郷や呂布は勿論のこと、他にも大陸に名を轟かせている将が大勢いるんだ。

 

 今後こいつらを相手取るなら甘い考えは今すぐ捨てな。

 

 実力が拮抗した時、最終的に勝負を決める大きな要素の一つに、積み上げた下地の強固さは入っているんだからね」

 

「う〜……分かったのだ……」

 

たった今こてんぱんにしてやられたばかりの張飛は言い返すことも出来ずに素直に引き下がる。

 

入れ替わりに馬騰に問いを投げ掛けたのは趙雲だった。

 

「碧殿、一つよろしいでしょうか?」

 

「なんだい?言ってみな」

 

「碧殿が仰るには、我が武は基礎が出来ているとのこと。

 

 それでいて碧殿にこうもやられてしまうとは、我が武はここが限界ということですかな?」

 

「はっ!あんた自身、そんなことは欠片も思ってないんだろう?

 

 ま、あたいの言ったことを細かく思い出してみな。

 

 あたいは確かに、あんたの基礎は出来ているとは言ったが、それで十分だとは一言も言ってないよ」

 

伸ばし方が異なるだけで伸びしろはそう変わらない、と馬騰は加える。

 

それは趙雲が聞きたかったことと合致していたようで、そういうことでしたら、これからも精進致しましょう、と言って下がった。

 

「それにしても……杏、あんたの武はあたいの目から見ても不思議なもんだねぇ。

 

 何か隠してることでもあるんじゃないのかい?」

 

ふと思い出したように告げられた馬騰の言葉に、対象となった姜維は飛び上がらんばかりに驚いた。

 

「そ、そんなものはありませんっ!

 

 碧さんだけでなく皆さんがそう仰いますけど、とんだ過大評価ですよぅ……」

 

「へぇ……だとしたら、それはそれで面白いねぇ。

 

 色々とあたいでも読めないところがある分、鍛えようによっては、あんたが一番化けそうだね」

 

「へ……?えぇっっ?!」

 

一瞬何を言われたのか理解出来ずに呆け、すぐに理解してまた飛び上がる。

 

そして前に突き出した手を高速で左右に振って声にならない声で否定を繰り返した。

 

誰もその姿に対して、将らしくもっとシャンとしろ、と言えない。

 

どころか、むしろ対抗心を燃え上がらせている始末であった。

 

「とにかくだ!

 

 あんた達、明日からビシバシ鍛え上げていくよ!

 

 いいね?」

 

『は、はいっ!!』

 

 

 

二日目以降は馬騰によるさながら鬼のような鍛錬地獄が蜀の武官たちを待っていた。

 

宣言通り、馬騰は皆に基礎を一から叩き込む。

 

そこには評価されたはずの趙雲や馬超、関羽も例外は無く、むしろこれら三人の方が厳しいほどだった。

 

しかし、馬騰の受け持つ鍛錬で何が一番辛いかと言えば、それはやはり仕合の数だろう。

 

基礎の叩き込みは短時間に凝縮されたもので、これはこれで十分にきついのだが、その後に執り行う仕合三昧の鍛錬は、それ以上に過酷だった。

 

技は実践の中でこそ磨き抜かれ、完成されていく。それが馬騰の持論だったのだから、ひたすら仕合をこなすことへと繋がる。

 

武官である以上、蜀の面々も仕合が嫌というわけでは無い。それでもきついのは、偏にその数が異常なレベルであったからである。

 

一日の鍛錬中の仕合数に目標や上限、規定数などは一切設定されない。

 

『ぶっ倒れるまで仕合いな!そんで、ぶっ倒れてから2仕合だ!それが嫌なら今すぐ言いな!前線からは外すよう進言しておいてやる!』

 

馬騰が初めに言ったその言葉によってそれが確定し、誰もが逃げ道を失った。

 

何より驚くべきなのは、馬騰自身もこれに参加し、誰よりも仕合をこなしているにも関わらず、いつも最後まで調練場に立っているのは馬騰だけだったことだ。

 

馬超が時々漏らす愚痴、『母さんは化け物だから時々付いていけない時があるよ』との言には誰もが納得を示す。共感も出来た。

 

しかし、ある日に馬騰が地に伸びる面々に向かってこう言った。

 

「あんたら、このままじゃ本気で拙いよ?

 

 いいかい?呉の月蓮――孫堅はあたいと紛うことなき同格だ。

 

 魏には現状、あたいと同格はいないのかも知れない。だけどね、北郷と呂布。あれは見込みがあった。

 

 近く、追いつかれ、そして抜かれちまうかも知れない。

 

 あんたらにはこいつらと互角以上に戦えるだけの力を付けてもらわなきゃあ、てんで話にならないんだからね」

 

まさか、とは思いつつも、これまでの日々で馬騰の、特に武を見る目が非常に精確であることが分かっているだけに、皆が危機感を抱くに至ったのであった。

 

 

 

そんなわけで、蜀の若い武官の面々も遅ればせながら魏や呉の者達と同様に各人の限界に近い鍛錬を課されるようになったのである。

 

それでも誰一人として腐らずに一日とて欠かさずこれを続けているのは、劉備への忠誠心からかはたまた馬騰を見返したいという執念故か。

 

どちらにしても、蜀の武力は着々と積み上げられていた。

 

 

 

 

 

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武が充実し始め、文においても諸葛亮、?統に加えて徐庶、そして姜維が共に知恵を絞ることで一つ一つ確実に問題を潰していっていた。

 

そんな、蜀全体が順調に回っているように見えた折のことである。

 

各地に放たれていた蜀の情報収集用の部隊の一つが大きな情報を持って帰ってきた。

 

いや、当初は情報と言うよりも混乱を持ってきたと言った方が正しかったかも知れない。

 

 

 

その部隊の兵が帰還したその日の内に、突如緊急の軍議が開かれた。

 

その開始早々、前置きすら挟まずに諸葛亮が口にした内容が、以下の通りである。

 

「皆さん、北東の方面において問題が発生したみたいです。

 

 先ほど、私達が出していた情報収集の部隊の一つの兵が帰ってきました。

 

 その人が言うには、謎の部隊に不意を突かれ当該部隊はほぼ壊滅、どうにか逃げ出すことが出来た彼が急を知らせにここまで馬を走らせたそうです」

 

瞬間、ザワッと議場が沸き立つ。

 

諸葛亮に齎された情報に驚愕させられたのだ。

 

ただ、その驚愕は馬騰、馬超、馬休には波及していない。

 

逆に馬騰が諸葛亮に問うた内容に、その理由が含まれていた。

 

「朱里、一つ説明してくれ。

 

 こいつらがこれほど驚くってことは、何かしらの事前情報があんたらの中にはあったのかい?」

 

「あ……そうですね、碧さんはご存知なかったことを忘れていました。

 

 えっとですね、ここ暫くのことなのですが、蜀の北東の方面においては賊の報告が非常に少なかったんです。

 

 ただ、その理由が北東には賊が少ないとかそういうことは無く……

 

 民から集めた情報によってとある集団の存在が浮かび上がってきたんです」

 

「とある集団?それがさっきの謎の部隊ってやつなのかい?

 

 だが、それなら賊が少ない理由にはならないと思うがねぇ?」

 

馬騰が呈した疑問は、結論にはまだ早いと言われて取り置きとなる。

 

「民によれば、時折どこからともなく軍のような集団が現れて集落なんかを襲おうとしている賊を殲滅していくんだそうです。

 

 初めは我等蜀の軍かとも思っていたそうですが、身に着けているものが我等とは異なる紫を基調にした武具であったり、更には賊を討伐した後に可能な範囲で当面の部隊維持のための食糧を求めることから、蜀とは関係ないものと気が付いたそうです。

 

 周倉さんの件もありましたので、我々は今回の件もまた義賊のような集団がいるのかと考えていまして……」

 

「なるほどね。で、北東での情報収集ってのは、その義賊の情報集めの為だったのかい?」

 

「はい、それも主たる任務の一つでした。

 

 その集団による民への被害は一切報告されていませんでしたので、交渉次第では周倉さんのように軍の強化に繋がるかと思ったのですが……」

 

「問答無用で襲われたということかい?

 

 それはまた、奇妙な……いや、案外普通の事かも知れないね。

 

 あたいもそれなりに情報を集めてはいたからね、賊の実態もいくらかは把握している。

 

 各地の官軍が役に立たず、跋扈する賊共によって困窮に瀕した民が、結局はそっち側に堕ちる。

 

 そういった連中は官軍ってものに強い恨みを持っているからね、むしろ普通の賊なんかよりも厄介なことがあるそうだ。

 

 大方、その義賊紛いの連中もそんなところかね?」

 

「は、はい。私達の考えも碧さんと同様なものです。

 

 ですが、これを放置することは出来ません。今はまだ民の被害はありませんが、いつそれが出ることになるか……

 

 しかも、周辺の賊を潰して回れるほどの実力が一層厄介な案件です。

 

 それで、これが軍議の本題なのですが、将の方に賊の討伐に出向いてもらいたいのです」

 

大方の者は話を聞きながら、そう来るだろうなとは思っていた。

 

そのため、特に驚く者はいない。

 

スムーズに軍議は進行する。

 

「とは言いましても、出陣する部隊の選別は既に私達の方で行いました。

 

 皆さんにはその間、穴の空く仕事を振り分けさせていただこうと思ってお呼びしました」

 

「それと情報共有のため、だったな。それはいつものことだろう、朱里。

 

 もう本題を言ってしまってくれ。誰を向かわせることにしたのだ?」

 

「はい、それでは。

 

 最近の情勢や碧さんの報告から、今は主力を動かすべきでは無いと判断しました。

 

 ですので、今回の賊討伐は杏ちゃん、それと周倉さんにお願いしたいと思っています」

 

諸葛亮のこの宣告には少なからず驚きを表した者がいた。

 

中でも一番驚いたのは指名された当の本人の片割れである。

 

「おいおいおい。いいのかい?

 

 元とは言え、俺も賊だぜ?あっちさんに共感して、またあんたらに弓引く可能性もあるんじゃねぇのか?」

 

「確かに部隊は襲われましたが、その本質はどちらかと言えば周倉さんに近いかと思っています。

 

 ですので、上手くいけばまだ説得出来るのではないかと。

 

 これは桃香様の意志でもあります。周倉さんならばきっとやってくれる、と」

 

「えっと、その……迷惑、かな?」

 

「いやいや、御大将も納得尽くってんなら俺に文句は無ぇっすよ。

 

 きっちり働かせていただきやす」

 

そこはビシッと命令すれば良いのでは、と思う人もいるかも知れない。

 

が、ここで劉備がお願いのようになっているのにも訳がある。

 

この軍議の直前、人員決めを行っていた場にての話である。

 

賊の確実な殲滅を軸に話を進める軍師達に、劉備はふと先程の考えを投げ入れたのだ。

 

確かに可能性はあるが、それほど成功率は高くないと見え、軍師達は除外していたのだが。

 

劉備の言葉に返したのは徐庶だった。

 

「甘いですね、桃香様。本来であれば、ここは殲滅一択で話を進めることが余計な危険や火種を抱え込まないで済む策です」

 

「やっぱり、まだ甘いかな?」

 

「…………そこが桃香様の魅力なんですがね……」

 

「え?雫ちゃん、それじゃあ!」

 

「はい、桃香様の案で検討しましょう」

 

「あ、ありがとう、雫ちゃん!」

 

とまあ、こんなやり取りがあったわけで。

 

劉備もこれが我が儘であるとは理解していたからなのであった。

 

ともあれ、こうして賊討伐または説得部隊が決定されたのである。

 

 

 

 

 

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軍議の二日後には部隊の準備は整い、成都を出立した。

 

部隊の構成はほとんど全て、周倉が義賊として率いていた者達だった。

 

「久しぶりですが、よろしくお願いします、周倉さん」

 

「任せてくだせぇ!にしても、またあん頃みたいに姜維のお嬢と組んで行軍する日が来るとはねぇ」

 

「周倉さんが桃香様に私を紹介してくださったおかげですね」

 

「違ぇ無ぇ。ま、俺は俺のやるべきことをやるだけっすけどね」

 

「はい、頼りにしてます」

 

部隊を率いることとなった姜維と周倉の間でそんな会話がなされる。

 

(好都合って奴だな。これならわざわざややこしい暗号なんて使って情報絞る必要も無ぇし、書けるだけ書いて隊長に送り付けちまおう)

 

念のための警戒で表情には出さないまでも、周倉は心中でそうほくそ笑んでいたのだった。

 

説明
第九十七話の投稿です。


皆さん、明けましておめでとうごさいます。

新年早々、他国のお話からになります。

多分……4話くらい?

今年もまたお付き合いくだされば幸いです。
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コメント
>>nao様 はい、これで蜀も安定の路線です。さてさて、物語も既に中盤を越え、着々とクライマックスに向けて進んでいきますよ〜(ムカミ)
>>心は永遠の中学二年生様 し、死亡フラグ?!ボクらの周倉さんがそんなわけ……あ、確かにそんな雰囲気出してるかも……w(ムカミ)
>>Jack Tlam様 彼女や月蓮の武は年なんて微塵も感じないものですけれどねぇ。彼女たちにもしも面と向かって”年寄り”などと言った日には……(ムカミ)
>>牛乳魔人様 さて、どうなんでしょうね。本当のところは馬騰のみぞ知る、ということで(ムカミ)
>>本郷 刃様 元々は雫にやらせようかと思っていましたが、定軍山に彼女を出すと決めてからは碧にその役を変更しました。初めからこういったことを決めていたためか、少し桃香をお気楽道楽過ぎに描いてしまっていたかも知れませんね(ムカミ)
>>未奈兎様 文字通りの”血で血を洗う戦い”が繰り広げられる可能性が……おそろしや(ムカミ)
蜀も安定しそうですな〜同盟くまれたらやばくね?w(nao)
「あ、周倉さん・・・死ぬな」って思ったのは私だけではないはず(心は永遠の中学二年生)
馬騰も寄る年波で現役でいられるのもそう長くはないだろうから、敢えて蜀に参入して次なる世代を試そうとしている感はありますね。同時に、一番危うい蜀を今後のために改善しようともしているような……どっちにせよ、未来を担える者達を見定めようという目的はあるでしょうね。蒲公英や鶸が離れるのを認めたのも、その一環でしょうか。(Jack Tlam)
馬騰の蜀参入の本当の理由が「なんで陛下は私を頼ってくれず天の御使いを頼ったのか。マジ嫉妬」な感じがする…(牛乳魔人)
馬騰の参入によってようやく蜀が安定してきましたね、彼女が蜀勢を諌めることで好転したようですし(本郷 刃)
孫堅がこの母親と対峙したときの反応が今から怖い(未奈兎)
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真・恋姫†無双 一刀 魏√再編 

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