Aufrecht Vol.12 「十両」
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清水の夜から二日が明け、手筈を整えてくれた土方さんとともに会津屋敷を訪れることとなった。本当は行きたくなかったのだけれど、診断さえ明確になれば彼の態度も少しは柔らかくなるのかなと思い、この際だから我慢することにしたのだった。

 

着いてすぐ医務室のような所へ連れて行かれ、要求されるがままに刀を外し、諸肌脱ぎになった。その場に着座すると、藩医らしき老人が淡々と問診を始めていく。医者はニコリともしなかったけれど、丁寧に触診をしてくれたし、身体の内と外をじっくり観察し病の正体を突き止めようとしてくれた。しかし、やっていることは、その辺の町医者となんら変わりがない。わざわざ手を煩わせるまでもないと思い「労咳で間違いありません。」ときっぱり告げると、「まあ、任せなさい。」と冷静に切り返されてしまう。そういうやりとりを経た結果、下された診断はやはり「労咳」だった。脈拍を調べたり胸の音を診るよりも、問診の内容が決め手になったようだ。

 

それからさらに二日後のこと。会津方から遣いの人が訪れていた。いつもは気のいいおじさんが来るのだけど、今日は別の人が来ているみたいだ。近藤さんは東下の準備が忙しいため、儀礼上のあいさつだけを交わし、後のことは土方さんが受け合うことになった。

 

「わざわざ御足労いただきましてありがとうございます。して、本日はどのようなお話でしょうか?」

 

土方さんはよそ行きの顔になり、小慣れた感じで進めていく。なぜか私も同席させられて、足の指がむずむずしていた。こういう場は苦手だったけれど、先方から指名がかかったので顔を見せないわけにもいかない。

戸惑う私を一瞥し、遣いの人は後ろ手をこまねいた。背後に控えていた者が立ち上がり、台座のようなものを慎重な手つきで持ってくる。よく見れば三方だった。それを畳の上に据え置いて、懐からとり出した袱紗を目の前で広げていく。四方の角が畳をかすめると、十両と見受けられる小判が座の中央に乗っていた。隣にいる土方さんをこっそり窺うと、彼はこちらに見向きもせずに目の前の使者だけを見つめいてる。

 

「我が殿より慰労金を預かって参った。遠慮なく納めるように。」

 

口上を述べた後で、その三方がずいっと膝まで迫ってくる。それは、下座にいる私の前で止まった。

 

(慰労金って…まさか私に?)

 

先日屋敷を訪問した際、診察の内容は他言しないでほしいと釘を刺しておいたはずだった。それなのに、お殿様の耳にも聞こえているというのは一体どういうことだろうか。しかも、このタイミングで慰労金を出すということは、退職しても構わないというお許しが出たことを意味し、江戸へ帰るための資金に当てろという意味でもあった。

 

(事実上の戦力外通告ってやつか)

 

本来ならそれを決めるのは局長である近藤さんの役目なんだろうけど、会津が雇用主であるかぎり、その裁定に意見することは難しい。さらに、私の困惑はそれだけで終わらなかった。

お殿様もまた、病臥のときを過ごしているという。私の心配なんかをするよりも、まずはご自分の体を労ってもらいたいものだ。懸念はそれだけにとどまらず、国許が資金繰りに難渋しているという話も聞いた。会津の人たちが困っているときに、こんな大金を安易な気持ちで受けとれるはずもない。

 

(弱ったな)

 

助けを求めるように土方さんを見ると、とっておけというように視線がそれを促していた。まったくこの人は抜け目がない。

 

(こういうのって、突き返したら無礼に当たるんだっけ)

(でも、ここで受けとってしまうと、東帰するのを承諾したことになってしまう)

(辞退すれば、容保公への忠義の証になるはずだ)

 

休職を願ってはいるが、江戸へ帰るつもりはなかった。星さんを置いて、京を離れるわけにはいかないからだ。今ここで金を受けとれば、自分の身の置き所を失くしてしまう。

 

「貰う理由がありません。」

 

遣いの人を見据えながら、私はきっぱりと断りを入れた。すると、相手は目に見えて不機嫌な相を見せ、手にした扇子を力任せに突き出したのだ。

 

「突き返すとは無礼であるぞ。我が殿の気遣いなど無用と申すか。」

 

「滅相もありません。容保様のお気持ちだけ、ありがたく頂戴しておきます。ですから、どうかこの金子はお返しさせてください。」

 

「ならぬ。殿はそなたの体を案じておられるのだ。病身とあらば、これまで通りとはいかぬであろう。東帰のための路銀と致せ。」

 

(やっぱりな…)

 

こうもはっきり告げられると、やっぱり複雑な気持ちになってしまう。もうお前はいらないのだと、一気に突き放された気分になるからだ。

しょんぼりして俯いていると、膝を進めた土方さんが袱紗を畳んで引き寄せたのがわかった。

 

「御心遣い痛み入ります。沖田に代わりまして、この土方が御礼申し上げます。」

 

それまで成り行きを見守っていた土方さんは、私を差し置いて金子に手を伸ばし、そそくさと納めてしまったのだ。

 

「土方はこの者の目付といったところか。」

 

「ええ。まったくです。この者の非礼、なにとぞご容赦願います。」

 

「良い良い。清貧を己が心得としているところが、何とも武士らしく好ましいものよ。」

 

土方さんが間に入ったことで、相手は怒りの矛先を失い、なんとか肚の内に収めてくれたようだ。彼が同席してくれなかったら、私はどうやってこの場を切り抜ければいいのかわからなかったかもしれない。とにかく、こういう儀礼的なやりとりは苦手だった。

 

(はぁ…なんとかなったみたい)

 

慰労金の受け渡しが済むと、湯飲みに口をつけることなく彼らは去っていった。去るときは本当にあっけらかんとしていた。双方の間にしこりが残らなくてよかったと思う。

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「傑作だった。」

 

見送りを終えた玄関先で、土方さんは不愉快そうな貌をしている。「世間知らずなのも大概にしろよ。」そんな眸で睨まれてしまった。

 

「だって…なんて返事していいかわからないじゃないですか。これでもおつむをひねったつもりなんですけど…」

 

もっと言葉を選んでいれば、先方を怒らせなくて済んだのかもしれない。でも、そんな卓抜した話術は私にはなかった。そんなものが備わっていれば、会見に尻込みするなんてことはなかっただろう。

 

「捻ってその程度かよ。先が思いやられるな。」

 

「すみませんね。私は土方さんみたいに、何でも口で丸め込んでしまえるわけじゃないですからね。」

 

投げやりな感じで皮肉っぽく言うと、彼は苦虫を噛み潰したような貌をしていた。そういう自分の狡猾さは、十分わかっているとでも言いたげに。

 

「…まぁ、いい。これで丸く収まったんだ。今のも聞かなかったことにしといてやるよ。」

 

私たちがそんなやりとりをしている頃、屯所内は私の話で持ちきりになっていた。密命を受けたのではないか、と勘繰る者が出始めたのである。

会津の使者と会見するのは、局長である近藤さんの役目なのだが、土方さんか山南産の必ずどちらかが同席するものと決まっていた。使者が送られてくるのはそう頻繁にあることじゃなかったので、会見の内容も限られた者だけにしか告知されない非公開のものが多かったのである。そういう閉鎖的な場に同席させられたせいか、何か重要な任務を与えられなのではないかと考える者が出始めたのだ。

 

「なあ、聞いたか? 沖田先生が会津の密命を受けたんだってな。」

「やはり、腕が一流ともなると違うものだな。」

「俺も先生みたいな天才だったらなぁ。直々に指名されてみてぇもんだよ。」

 

誰かの勘違いから始まった噂が、膨らみに膨らんで一人歩きを始めてしまったのだ。

もちろん「労咳」であるということは、まだ公表されてはいない。

 

「土方さん。みんなが誤解してます。変にキラキラした目で見られるんです。居心地が悪いったらありゃしない。火消しに回ってるんですけど、みんな信じてくれないんですよ。謙遜しなくたっていいでしょって…」

 

私とすれ違うたびに、彼らは激励の言葉を添え晴れやかな顔になる。隊務ならまだしも、それ以上のことなんて頑張りようがないし、頼まれたってする気がない。降職しようとしているのを周囲は知らないから、余計に罪悪感は積み重なっていく。せめて、その根も葉もない噂だけは摘みとっておかなければと思っているのだが。

 

「必要ない。こういうのは上手く利用するもんだ。お前は運がいい。」

 

こういった状況を待ち望んでいたみたいに、土方さんはこの騒動を放ったらかしにしていた。副長の沈黙は、肯定を意味する。否定を続けたところで、誰も信じてくれないのはそのためだった。悔しいけど、最後は土方さんに泣きつくしかなかったのだ。その土方さんにも裏切られてしまった私は、一体どうしたらいいというのだろうか。

 

「土方さんにとって都合がいいというだけじゃないですか。それより、私は一体どうすりゃいいんですかね? 屯所にいられなくなっちまった。」

 

(こんな状況を強いるだなんて、土方さんはどういうつもりでいるんだろう?)

 

好奇の目にさらされ続けるのも居たたまれないし、根掘り葉掘り尋ねられて答えに戸惑うのも本音を言えばうんざりだった。そのためにありもしないことを創り出し、アリバイづくりに苦心するのも馬鹿げていると思う。

 

「別に隠れる必要なんざないだろう。堂々と引きこもってればいいんだよ。体調がいい日は外をぶらついててくれて構わねぇ。言っとくが、江戸に帰ェるなんて選択肢は間違っても持つんじゃねぇぞ。たとえ容保公が何と言おうが、それだけは俺が許さないからな。」

 

――許さない

 

それは、絆を思い出させてくれる合言葉だった。私と土方さんの間でしか通じない、思い出の中に今も生き続けている言葉だ。

 

(相手は23万石の大名ですよ?)

(まったく過保護なんだから)

 

恐れもせずに断言してしまうから、私もつい頼りがちになってしまう。もどかしさを隠しきれず、つい苦笑が洩れた。

 

「そんな怖い顔をしなくても、私は京を離れたりしませんよ。それより、山南さんの件はどうするんです? あれから話し合ったりしたんですか?」

 

「なかなか時間が合わなくてな。訪ねるといつもいないんだよ。避けられちまってんのかもしれねぇが。今まで俺が避けていた分、仕返しのつもりなんだろうけどよ。」

 

仲間外れにされて、拗ねた子どもみたいに彼は言う。

 

(先が思いやられるのは土方さんの方じゃないか)

 

この調子でいくと、山南さんは聞く耳を持たずに拒絶し続けるかもしれない。先に大人げなかったのは土方さんかもしれないが、その仕返しをする山南さんもなかなか子どもじみていると思わないか。ガキだなんだと普段からおちょくられている私としては、いい歳をした大人同士で何をやっているのかと言いたくなる。

 

「子どもの喧嘩ですか。」

 

溜息まじりに呆れ返っていると、半ば匙を投げたみたいに土方さんはあっけらかんとしている。

 

「ああ、そうかもな。俺たちァ面突き合わせれば餓鬼に戻っちまうのかもしれねぇ。しかし、忍耐にも限度ってもんがあるだろうよ。山南を待っていても埒が明かねぇから、俺は俺で本願寺を攻めるつもりだ。」

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本願寺を標的と見定める彼の目は、執念のようなものに燃えていた。こういうときの土方さんは、誰が邪魔をしようと確実に成し遂げるのだ。人は何かを達成し実現させようとするとき、行動よりも強い思い込みが未来を決定づけるという。強力なイメージが、こうあってほしいという現実を創り上げるのだ。土方さんはその手のことに誰よりも突出していたから、そういう意気込みを目のあたりにしてしまうともう何も言えなかった。

 

「……」

 

(また同じことを繰り返すのか)

 

仮に話し合いが行われたからといって、本願寺に替わる移転先なんてどこにもない。土方さんは折衷案を立てるという意味で言ったのではなく、初めから山南さんに承認させようという目論見でいるのだ。

 

「俺は間違いだとは思わない。陣取り合戦みてぇなもんだろ。もう戦は始まってんだ。面子なんざ気にしてたら、所詮烏合の衆だと見限られるのがオチじゃねぇか。俺たちは人気獲りのためにあるんじゃねえ。戦うためにあるんだ。そいつを忘れてもらっちゃ困る。」

 

(土方さんは間違ってない)

 

間違っていないからこそ、私の出る幕ではないのかもしれないと思った。変に干渉してねじれたりすれば、前向きに話し合おうとする意欲を台無しにしてしまう。

 

「土方さんは、自分の務めを果たせばいいと思います。ただ、その務めの中に、山南さんとの折衝も加えてもらいたいだけなんです。私が言いたいのはそれだけです。」

 

「解ってる…解ってるさ。」

 

土方さんは二度重ねて返事をし、どこともない場所をひたすら睨んでいた。彼にのしかかる重圧が心配だったけれど、あとはもう当事者同士に任せるより他にない。

 

「そういや、私の金子はどうなりました? まさか、猫ばばするつもりじゃ…」

 

重苦しい空気を一掃するように、私はささいな冗談を口にした。さっき戴いた金子が、土方さんの懐に入れたままになっている。

 

「阿呆。そんなわけがあるか。ったく、手のひらを返したように言いやがって。」

 

懐から掴んだ金子を、彼は私の手にしっかりと握らせた。池田屋のときはもうちょっと多く貰ったけれど、容保様から戴いたこの十両はそれよりもずっと重みがある気がする。江戸へ帰るための足しにするように言われたけれど、そういう使い方ができるかどうかもわからなかった。伏見の開戦より前に運よくカメラが見つかったとすれば、この金子は手つかずになるだろうから。

 

(すっかり忘れていたけれど、カメラも探さなくちゃいけないんだった)

 

土方さんだけじゃなく私にも言えることだけど、山積している課題のおかげで視野がどんどん狭くなっていた。漏らさず慎重に処理をしていかなければ、いずれどこかで足止めを食らうかもしれない。

 

「今のところ困ってはいないので、勘定方に預けておこうかと思っているんです。」

 

金の使い道なんて人それぞれだ。別に申告する必要もない。それなのに、なんとなく土方さんに言っておきたくなった。戴いた十両の価値は何にも代え難く、無闇に浪費したりするのを嫌うように。

ところが、私の想いの裏をかいて、土方さんは訝しむような顔つきになった。

 

「所持金の使い道まで監視したりはしねぇよ。そいつをどう使おうが、咎めたりするつもりもない。」

 

(それは深読みしすぎですよ)

 

ややげんなりして視線を逸らす。

変に誤解されるくらいなら、言わなければよかったと思った。今すぐ用立てることなんて何もないのに、なぜ私が弁明をしなければならないのか。

 

「違いますって。言っておきますけど、へそくりにするとかじゃないんですからね。」

 

「だったら、星はどうすんだ。このままずっと待たせるのか?」

 

土方さんは片眉を吊り上げて、強調するみたいに顎をくいっとしゃくって見せた。

 

(なんだ…星さんのこと気にかけてくれたのか)

 

それはまるで「所帯を持つのはいつだ」と問われているようで、自然と顔が上気してしまう。

 

「いずれはちゃんとするつもりです。でも、今はやるべきことがありますから。」

 

「あんまり悠長に構えてると、そのうち泣きを見ることになる。お前は女を知らなすぎるんだ。まめに抱いてやって、機嫌をとってやらなけりゃすぐお払い箱にされちまうぞ。」

 

(なにを言ってるんだか)

 

私はもう呆れ顔だった。花街の女の人全員がそうとは限らないのに、土方さんはまるでその道の玄人のような口ぶりでいる。太夫や舞妓からもらった恋文を添えて、わざわざ故郷に手紙を送るくらいだから、色恋にはよほど自信があるのだろう。でも、所詮は疑似恋愛だ。彼が特定の誰かを好きになったなどという話は聞いたことがない。少なくとも、京にきてからは。

 

「土方さんは、そうやって女の人に仕返しされてきたっていうのがたった今わかりました。」

 

「俺のことじゃない。あくまで里の習いだ。」

 

島原を遊び尽くした通人気取りで、彼はフンと鼻を鳴らしている。

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「皆さんのように足繁く通うのは、どうも私の性分じゃない。星さんが訪ねて来てくれるからいいんです。」

 

そう言いつつも、甲斐性がないなと自分でも思う。そろそろ逢状をかけるべきかなと考えていると、土方さんは憐れな者でも見るように眉宇を寄せていた。

 

「お前って奴は…つくづく抜けてやがる。太夫が外出できるわけがないだろう。」

 

(土方さんは早とちりをしているみたいだ)

 

襲名することは確かだけれど、お披露目が決まったという話は聞いていない。もし、決まっているならば、彼女が教えてくれるはずだから。

 

「まだ太夫になったわけじゃありませんよ。道中だってしてない。」

 

しれっとしてはねつけると、彼は一瞬にして表情を失くしてしまった。「えっ?」と心がざわめいたとき、土方さんの口から予想外の言葉を聞くことになった。

 

「おい。知らねえのかよ。道中は明日だぞ?」

 

はっきりとそう告げる傍で、土方さんの眸が嘆きの色に染まっていく。近くで爆音を聞いたみたいに、それ以来耳にはなんの音も入ってこなかった。

 

(え? …そんなの聞いてない)

 

どうして彼女は手紙をくれなかったんだろうか。一番楽しみにしていたというのに、知らせてくれないなんてあんまりじゃないか。

 

(手紙を書けないほど忙しいのかな?)

(もしかして、忘れられてるんだろうか?)

(いやいや、そんなはずはない…)

(でも、万が一土方さんの言うように心変わりでもしていたら…?)

 

頭の血がさぁっと引いていくのがわかった。

彼女が私以外の誰かと懇ろになるなんて、そんなのは絶対に認めたくなかった。

 

(確かめなくちゃ)

 

彼女の性格を考えても、何かしらの理由があるに違いないと思った。直接聞き出さなければ、その真相にはたどり着けない。仮に都合の悪い事実だったとしても、太夫としての初舞台を見逃すなんてことはできないのだ。

 

(恋人の私が応援に駆けつけなくてどうする)

(彼女の晴れ姿を、何としてでも見に行かなければ)

 

いざ決断すると気持ちが先走ってしまい、手始めに何をどうしたらいいのかわからなくなってしまう。こういうとき頼りになるのは、後にも先にも土方さんだけだった。

 

「っ! どっ、どうしよう土方さん!」

 

気が動転して思わず泣きつくと、じゃれつく子犬を遠ざけるように、土方さんは手を振り払って距離をとった。「言ったそばから、今さら何を言うか」という顔で。

 

「どうするもへったくれもあるかよ。今頃逢状が殺到してんじゃねえのか? 早くしねぇと成金どもに先を越されちまうぞ。」

 

(これは完全に煽られてるな)

 

あんまり意地の悪いことを言うもんだから、ついじとっとした目で見上げてしまった。今や彼女の人気は、京中に轟きつつある。逢状が殺到するというのも、あながち嘘ではないのだ。

 

(たとえ順番待ちになったとしても、太夫になった星さんに会いたい)

(目に焼きつけておきたいんだ)

 

「…道中、見に行ってもいいですか?」

 

上目遣いに見上げれば、ちょっと嬉しそうな土方さんと視線が絡む。

 

「そんなのはいちいち訊くなよ。」

 

明日を迎える喜びを胸に、私はそわそわしながら床に就いた。その夜は、気持ちが昂ぶって寝つけなかったのは言うまでもない。

 

そして、迎えた当日ーー

金糸銀糸が縫い込まれた豪奢な打掛をまとい、陽射しの下を悠々と歩く彼女を目撃した。遠目から見てもその姿は、大輪の花が咲き誇ったように美しく、堂々としていてとても立派だった。

 

「彼女、とうとう行ってしまったね。」

 

ポンと肩を叩かれて何気なく振り向けば、そこにはまぶしそうに目を細める山南さんが立っていた。

 

「彼女に恥ずかしいと思われないためにも、精進していかなくてはなりません。立ち合えて良かった。とても励まされました。」

 

「沖田くんという恋人を持てた彼女は、とても幸せだね。見なさい。あんなにも自信と期待に満ち溢れている。」

 

太夫を囲む行列が、私たちのそばまで迫っていた。歩みはゆっくりだけれど、内八字という型をなぞらえて一歩ずつ着実に進んでいく。爪先立ちで首を伸ばし伸ばし見守っていると、ふと視線を流した彼女と目が合う。手を伸ばしたい気持ちをぐっと抑え、祝福の気持ちを込めて声を張った。

 

「天晴れ! 吉野太夫!」

 

喜びで胸を満たし、決意を新たにする私であった。

説明
艶が〜る二次小説。本家とはだいぶ異なる設定になってます。
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