【小説】しあわせの魔法使いシイナ 『小さな家でティータイム』
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綾の住む「央野区」は、普通の街と少し違っています。

 

街の中央には「魔法学園」があり、街には魔法使いが住んでいます。

 

綾の家にホームステイしているシイナも、そんな魔法使いの一人です。

 

今日は土曜日。

朝、綾は庭の花壇の手入れをしていました。

 

新しく植えた花に、肥料と水をやります。

伸びてくると困る雑草は、丁寧に抜いてしまいます。

 

花壇の手入れが終わったあと、綾は庭のかたすみにある桜の木に目をやりました。

 

大きな桜の木の根元に、小さな緑のヒコバエが生えています。

 

ヒコバエとは (『彦生え』とも書きますが ) 、大きな木の根元から生える、小さな芽のことです。

 

萌木色の、高さ10センチくらいの細い茎に、小指の先ほどの小さな葉が開いています。

 

綾はしばらく前から、ここにヒコバエが生えているのに気がついていました。

 

大きな桜の木の根元に、ちょこんと生えたヒコバエを見ていると、なんだかお母さんに寄り添う小さな子供のように思えて、ほほえましい気分がしてきます。

 

綾は、しばらくだまってヒコバエを眺めていました。

 

そのあと、綾はスコップやバケツを物置に片付けて、リビングに通じるガラス戸を開け、サンダルを脱いで家へ上がろうとしました。

 

そのとき、脱ぎかけたサンダルが、綾の足からぽろりと落ちて地面に転がりました。

 

「あら、いけない」

綾は、サンダルを拾ってきちんとそろえるために、身をかがめました。

 

するとー

 

「あれ?」

普段はあまり目を向けない、地面すれすれの外壁のところに、何か見慣れないものがあることに気がついて、 綾は思わず声を出しました。

 

「これ、何だろう」

綾の視線の先には、見慣れたライトイエローの、家の外壁があります。

 

その外壁の、下から10センチくらいのところから、ぴょこんと何か小さなものが飛び出ています。

 

綾はもう一度サンダルをはいて中庭に出ると、近よってそれをまじまじと見てみました。

 

それは、家の壁と同じライトイエローの、小さくて細長い茎でした。

その茎の先っぽにくっついているものを見て、綾は驚きの声をあげてしまいました。

 

「家だわ。ちっちゃな家がついてる」

 

茎の先っぽには、一円玉くらいの小さな家が、くっついていました。

 

「いったいなにかしら?これ」

綾は不思議に思いました。

 

今まで、こんなものがあるなんて気がつきませんでした。

 

『これはもしかすると、何か魔法に関係あるものかもしれないわ』

綾はそう思いました。

 

央野区は魔法の街なので、不思議なことがよく起こるのです。

 

『シイナに聞けばわかるかも』

綾はそう思いましたが、シイナはまだ起きてきません。

 

『もうすぐお昼ごはんの時間なんだけど、いつまで寝てるのかしら?』

と思いましたが、シイナが朝寝坊するのは、いつものことなのでした。

 

「後でシイナに聞いてみようっと」

綾はひとまず、後回しにすることにしました。

 

時計を見ると、そろそろ12時になりそうなので、お昼ごはんを作ることにしました。

 

そして、お昼ごはんを作っているうちに、不思議な茎のことは、ついうっかり忘れてしまいました。

 

というのも、央野区では、いつだって不思議なことがたくさん起こるので、ついさっき起こった不思議なことも、忘れてしまうことだってあるわけです。

 

不思議なことも大事ですが、お昼ごはんを作るのだって同じくらい大事なことですものね。

 

そんなわけで、綾が不思議な茎について思い出したのは、すっかり日が暮れて、もうそろそろ寝ようかという時間でした。

 

綾は寝間着に着替えたシイナに、今朝見た奇妙な、家の壁から生えている茎について話しました。

 

「ふ〜む。それはたしかに魔法のなにかかもしれないね」

シイナは言いました。

 

二人は明日の朝、一緒に調べてみることに決めて、その日は寝ることにした。

 

そして、次の日の朝が来ました。

 

「シイナ、起きて。朝だよ」

綾は布団の中のシイナに声をかけました。

 

「う〜ん、あと10分寝かせて〜。朝ごはんを5分で食べれば、学校には間に合うから〜…むにゃむにゃ…」

シイナは寝ぼけて、口の中でもごもごとそう言いました。

 

「もう、シイナったら。今日は月曜日じゃないよ。不思議な茎について調べるって、昨日言ったじゃない」

綾はシイナの肩を軽く揺すって言いました。

 

「そうだった!」

シイナは、がばっと起き上がりました。

どうやら、目が覚めたようです。

 

二人は着替えて顔を洗うと、さっそくリビングのガラス戸を開けて、中庭に降りてみました。

 

「あ、あった。ほら」

「おお、ほんとだ」

二人の足元には、昨日と同じように小さな茎が、壁から生えています。

 

「ふ〜ん、ふむふむ、ふ〜むふむふむ」

シイナは身をかがめて、小さな茎をじっくり眺めながら、しきりに考えていました。

 

「これは、もしかすると『家のヒコバエ』かもしれないね」

しばらくして、シイナが言いました。

 

「ヒコバエ? 家にヒコバエが生えるの?」

綾が言いました。

 

「央野区は魔法の街だし、家からヒコバエが生えることもあるんじゃないかなあ」

シイナはそう言いました。

 

「なるほど」

綾はそう言って、もう一度小さな茎を見てみました。

 

たしかに、茎は家の根元から生えていますし、色も家の壁と同じレモンイエローです。

茎の先っぽに小さな家がついているのは、普通のヒコバエの先に小さな葉っぱがついているのと同じようなものかな、と綾は考えてみました。

 

見ているうちに、なんだかそうなのかもしれないな、と綾は思い始めました。

 

綾は、家のヒコバエの先についた小さな家を指でつついてみました。

 

ぷるん、と小さな茎が揺らめきます。

 

正体がわかってくると、なんだかちょっとかわいく思えてきました。

 

さて、それからいうもの、綾は家のヒコバエを見るのが毎日の楽しみの一つになりました。

 

家のヒコバエは日がたつにつれて、ぐんぐん大きくなっていきました。

 

綾が見つけたときは、わりばしくらいの長さだった茎が、一週間後には、ひざの高さまで伸びました。

先っぽについている小さな家も、500円玉くらいの大きさになりました。

(綾とシイナは、この家をミニハウスと呼ぶことにしました)

 

二週間後には、ヒコバエは綾の胸くらいの高さまで伸びました。

ミニハウスも、クッキーの箱くらいの大きさになりました。

よく見ると、ミニハウスには本物のそっくりの小さい窓や扉がついています。

 

三週間後には、ヒコバエは綾の背を越すくらいに伸びました。

ミニハウスも、段ボール箱くらいの大きさになりました。

 

四週間後には、とうとう綾の家の二階の窓に届くくらいの高さになりました。

茎も、もう太くなって、立派な幹になっています。

幹の先端には、綾の部屋くらいの大きさに育ったミニハウスが、しっかりとくっついています。

 

「大きくなったねえ」

シイナが半ば感心したような、半ば呆れたような声で言いました。

 

「こんなに大きくなるなんて思わなかったわ。見て、最初の頃は指でつまめるくらいだったミニハウスが、人が入れそうな大きさになってる」

綾が、幹の上を指差して言いました。

 

「ほんとだ〜。二人くらいなら入れそうじゃない?天井がちょっと低いけど、かがめばちょうどいいかも」

シイナが言いました。

 

綾は、『このまま大きくなったらどうなっちゃうのかしら』と、ちょっと不安な気持ちになりました。

 

そのとき、

「ねえねえ、登ってあのミニハウスに入ってみようよ、綾ちゃん!あそこでお茶を飲んだら気持ちいいんじゃないかなあ?」

と、シイナが言いました。

 

「ええ?!」

綾は驚いてシイナを見つめました。

 

シイナは、さっさと家の中に入ると、お茶の用意を始めてしまいました。

 

お盆の上に、ティーカップと受け皿、ティーポットとアールグレイの茶葉の缶、お砂糖の瓶とティースプーン、お湯のわいた電気ポットなどをのせて、シイナは中庭におりてきました。

 

「ねえ、シイナ。お茶をするのはいいけれど、どうやってミニハウスの登るの?けっこう高いよ」

綾は上を指差して言いました。

 

「あっ、そうだった」

シイナはいま気がついたふうに言いました。

 

シイナは、リビングに戻ってお盆をいったん置くと、物置からはしごを持ってきました。

 

「う〜ん、届かないなあ」

はしごはあまり大きくないので、ミニハウスまでは届きません。

 

「どうしようかな〜」

シイナは首をかしげて悩んでいます。

 

綾は、はしごが届かなくてちょっとだけ、ほっとしました。

二階に届くくらいのミニハウスに、はしごで登るのはちょっと怖いなあ、と思ったからです。

 

しばらく考えていた後、シイナは、ぱん、と手をうって言いました。

「そーだ!魔法の家に入るんだから、魔法の力を借りて登るのがいいよね!」

そうして、中庭の植木鉢が置いてある片隅へと歩いていきました。

 

シイナは並んでいる植木鉢を見わたして、一番大きな盆栽の鉢を手にとりました。

 

「綾ちゃん、ちょっとこの子を貸してね」

シイナは盆栽を持ってきて言いました。

 

「いいけど、どうするの?」

綾はシイナに聞きました。

 

シイナは、ふふふ、と笑って、盆栽の松の木に向かって語りかけました。

「松の木さん、松の木さん、ちょっと私たちを手伝ってくださいな」

そうして、指で不思議な模様を描きながら、松の木をなぞりました。

 

すると、松の木がむくむくと動きだしました。

 

「私たちをミニハウスまで連れてって!」

シイナが松の木に向かってそう言いました。

 

松の木は、とぐろを巻くようにぐるぐる回りながら上に伸びていきました。

 

シイナは、ティーセットが乗ったお盆を持ってくると、伸びた松の木の上に腰かけました。

 

「ほら、綾ちゃんも乗って!上まで連れてってくれるって」

シイナが綾に言いました。

 

綾はあわてて、シイナと同じように松の木に腰かけました。

ぐるりと巻いた松の幹が、丸い座椅子のような役目をして、意外としっかり座れます。

 

にょきにょきと伸びる松の木は、とうとうミニハウスの扉の高さまで伸びました。

 

シイナは、ミニハウスの扉をコンコン、とノックしました。

 

すると、それに応えるように、ミニハウスの扉がひとりでに開きました。

 

「入っていいみたい」

シイナは松の木からミニハウスの中へ、ひょいと飛びうつりました。

 

綾は、落っこちないようにしっかりと松の木につかまったまま、慎重に中へ入りました。

 

ミニハウスの中は、普通の部屋よりは狭くて天井も低いですが、女の子が二人入るぶんには、じゅうぶんな広さでした。

 

窓が大きいので、日の光が差し込み、明るくて快適です。

 

綾とシイナは、床に座ってティーセットを準備し始めました。

 

茶葉をティーポットに入れて、お湯を注ぎます。

しばらく待って飲みごろになったら、カップに紅茶を注ぎます。

 

かぐわしい香りが、ミニハウスの中にただよいます。

 

シイナは砂糖とミルク、綾は砂糖と薄切りレモンを入れて、ティータイムの始まりです。

 

紅茶を口に含むと、鼻の奥までよい香りが広がります。

一口目を飲み込むと、口の中と喉の奥が、おいしい味でいっぱいになります。

 

「うう〜ん、しあわせ〜♪」

シイナはあっという間に一杯目を飲みほしてしまいました。

 

「眺めもいいし、何杯でも飲めちゃう♪」

シイナはごきげんで、二杯目をカップに注ぎます。

 

「そうだね。いつもの食卓とは気分が変わって、なんだか新鮮な感じだわ」

綾も、嬉しくなってそう言いました。

 

「お菓子があったらもっと素敵かも!ちょっと取ってくるね〜」

そう言うと、シイナはあっという間に、さっきの松の木をするするとつたって、下へ降りていってしまいました。

 

「もう、シイナったら、落ち着きがないなあ」

綾は苦笑しながらシイナを見送ると、ゆっくりと一杯目の紅茶を飲み終えました。

 

そのとき、ふわり、と風が窓から入って、綾の頬やうなじをなでて、後ろの窓へと吹き抜けていきました。

 

『いい気持ち。最初はびっくりしたけど、このミニハウスが生えて、こんなふうに楽しめるなんて思わなかったな』

綾はミニハウスが自分の庭に育ったことを、嬉しく感じました。

 

「お待たせ〜!さあ、ティータイムの続きだよ〜!」

シイナがお菓子をたくさんのせたお盆を持って、ミニハウスに上がってきました。

 

「しばらくしたら晩ごはんだから、あまり食べすぎちゃだめだよ、シイナ」

と、綾は注意しましたが、

「へーき、へーき!おいしいものはいくらでも食べられるもーん♪」

シイナはどこ吹く風で、いろんなお菓子をつまみながら、紅茶をごくごく飲みます。

 

「もう、シイナったら」

そう言いながらも、おいしそうに食べたり飲んだりするシイナを見ているうちに、綾も自然に笑顔になって、ミニハウスのティータイムを楽しみます。

 

そうして、二人はミニハウスの上で、楽しいひとときを過ごしたのでした。

 

 

さて、それからも、家のヒコバエはどんどん大きくなっていきました。

 

ティータイムをした日から二週間後。

とうとうヒコバエは綾の家の塀を乗り越えて、道路まではみ出してしまいました。

 

「う〜ん、これは…まいったなあ」

シイナは、二週間前よりももっともっと大きくなったミニハウスとヒコバエの幹を見上げて、とほうにくれたようにつぶやきました。

 

「どうしよう。さすがにほうっておけないわ」

綾もどうしたらいいかわからないまま、そう言いました。

 

「このまま大きくなったら、そのうち向かいのお家の庭まで届いちゃうかも。それに、もし台風が来たときに幹が折れたりしたら、道路をふさいじゃって、大変なことになっちゃう」

シイナは、苦い顔をしながら言いました。

 

「それはとっても困るわ。どうしたらいいのかしら」

綾はだんだん不安になって、シイナに聞きました。

 

「うう〜ん、やっぱり切るしかないんじゃないかなあ?」

シイナはちょっとため息をつきながら、そう言いました。

 

「そうね、しかたないけど、そうするしかないみたいね」

綾は悲しい気分でミニハウスを見上げながら言いました。

 

ミニハウスでお茶を飲んでから、綾はとシイナは、このミニハウスとヒコバエの幹がお気に入りになっていたので、切らなければならないのは、とても残念なことでした。

 

『せっかく大きな家に成長したのに、ごめんね』

綾は心の中で、ヒコバエにおわびを言いました。

 

そして、すぐには切ろうという気になれないまま、二人はぼんやりとミニハウスを眺めていました。

 

しばらくそうしていると、二人の後ろから、

「もしもし、お嬢さんたち。ちょっとよろしいですかな」

と、声がしました。

 

綾とシイナが振り向くと、灰色でしわくちゃな髪の毛とひげをしたおじいさんが、塀の向こうに立っていました。

 

おじいさんは、濃い緑に染めた麻のローブ(丈の長い、ゆったりした着物)を着ています。

よく見ると、ローブはなかなか上等な仕立てで、細かな美しい刺繍がほどこしてあります。

 

シイナは、その刺繍が描く紋様が、魔法の図形を表しているのに気がつきました。

 

『もしかして、この人は魔法使いかな?』

シイナはそう思いました。

 

「なにかご用ですか?」

シイナは、おじいさんのところまで近づいていって話しかけました。

 

「拝見したところ、たいへん立派な家のヒコバエですな、こちらは」

おじいさんは、ミニハウスに視線を向けながら言いました。

 

「はあ、どうも」

シイナはよくわからないまま、あいまいな返事をしてしまいました。

 

「しかし、そろそろ大きく育ちすぎていろようですな」

おじいさんは、くりくりした丸い目で、ヒコバエをすみずみまでじっくり眺めながら、言いました。

 

「ええ、それでいま困ってるんです」

綾が言いました。

 

「もしよかったら、それをわたしにゆずっていただけませんかな?」

おじいさんはそう二人に言いました。

 

「え?」

「ヒコバエを?なんでですか?」

綾とシイナの二人は、おじいさんに向かって言いました。

 

「わたしはですね、家のヒコバエを集めている魔法使いなんですな」

おじいさんは、ちょっとあらたまった調子で、そう言いました。

 

「へえー」

シイナが感心したような声を出しました。

この人は魔法使いかも、というシイナの予想はどうやら当たったようです。

 

「ヒコバエを集めてどうするんですか?」

綾はおじいさんに聞きました。

 

「切ったヒコバエを広い場所に持っていって、地面に挿し木すると、そのまま根づいて、大きな家に育っていくんですな」

と、おじいさん。

 

「ははあ」

シイナはあいづちをうちながら聞きます。

 

「だから、家を建てたいと思ってる人がいたらですな、その人のところに行って、ヒコバエを土地に挿します。そうすると、そのまま成長していきますな」

おじいさんの言葉を、二人はだまって聞きます。

 

「だんだん大きく育って、人が住めるくらいの家になったら、自然に、熟した実が落ちるように、地面に落ちて根付きます。すると、その土地で立派な家になる、と、そういうわけですな」

そう言って、おじいさんは説明をし終えると、灰色のひげをなでながら目を細めました。

 

「へええ、そんなことが起こるなんて、ぜんぜん知らなかったなあ」

シイナはすっかり感心して言いました。

 

おじいさんは、家のヒコバエを集めて、家を育てることを仕事にしている魔法使いなのでした。

 

『世の中にはいろんな仕事があるんだなあ』

綾は新鮮な気持ちで、おじいさんの話を聞いていました。

 

再び、おじいさんはヒコバエを眺めました。

「うん、実にいい家のヒコバエですな」

おじいさんは感慨深そうに、そう言いました。

 

「どうですかな。このヒコバエをゆずってはいただけませんかな?」

おじいさんは、二人の方へ向きなおって言いました。

 

綾とシイナは顔を見合わせて目配しあうと、うなづきました。

「よろこんで!ぜひ、お願いします」

二人はおじいさんにそう告げました。

 

「おお、それはありがとう」

おじいさんは顔をほころばせて言いました。

 

「では、さっそく」

そう言うと、おじいさんはふところから、古ぼけたガラス瓶を取りだしました。

 

どうするのかな?と思いながら、二人はだまって見ています。

 

「ふむむ、ほい」

そう言って、おじいさんがひらりと手のひらを振るいます。

 

すると、「ぽきん」と音がして、あっけなくヒコバエが根本からもげてしまいました。

 

「それっ」

ヒコバエが地面に落っこちるより早く、おじいさんが左手のガラス瓶を目の前にかざします。

 

すると、家のヒコバエはひゅるひゅると鉛筆くらいの大きさに縮まっていき、くるくる回りながら宙を飛び、ガラス瓶の中にすぽんと収まってしまいました。

 

「ほい、ほいと」

おじいさんはガラス瓶に栓をして、ふところにしまいました。

 

あっという間の鮮やかな手並みで、綾とシイナがぽかんと見つめているうちに、事は終わってしまいました。

 

「いやいや、ありがとう、お嬢さんたち」

おじいさんはそう言ってひょいと会釈をすると、そのまま立ち去ってしまいました。

 

綾とシイナは、おじいさんの後ろ姿を見送ると、家のヒコバエが生えていた壁を見てみました。

 

すると、幹が落ちたところが、ほんのちょっとだけふくらんでいて、ヒコバエの跡が残っていました。

 

たったそれだけを残して、家のヒコバエはすっかり消えてなくなってしまったので、綾とシイナはぽかんとした気持ちでしばらく立ちすくんでいました。

 

「どうやら、まるくおさまったみたいで、とりあえずよかったかな?」

シイナが綾に言いました。

 

「そうだね。それにしても、家のヒコバエにあんな利用法があるなんて意外だったわ」

綾が言いました。

 

「どんな家になるんだろうね〜、気になる!」

シイナが言いました。

 

「そうね」

綾は、いつかヒコバエが育った家を見てみたいな、と思いました。

 

それから、二人は家の中へ戻って、晩ごはんの仕度を始めました。

 

ヒコバエがなくなった家の中は、いつもと変わらない様子ですが、なんだかちょっとだけ、昨日までと違う感じがしました。

 

そして、次の日。

綾は、朝早く起きると、いつもどおり、庭の花壇の手入れをしました。

 

そのとき、ふと、ここ二週間ほど、家のヒコバエのことに気をとられすぎて、桜の木のヒコバエを見ていなかったことを思い出しました。

 

綾は、桜の木の根元を見てみました。

 

桜のヒコバエは、二週間前と変わらず、そこにありました。

 

綾は、ほっとした気持ちになりました。

 

『家のヒコバエも、ふつうのヒコバエも、両方好きだな』

綾はそう思いました。

 

「綾ちゃん、おはよ〜。ごはんまだ〜?」

シイナがねぼけまなこで起きてきました。

 

「は〜い。いま作るから、ちょっと待ってて」

綾は、庭仕事の道具を片付けると、家の中へ入っていきました。

 

桜のヒコバエは、朝の光が作る木漏れ日の中で、静かにたたずんでいました。

 

―END―

 

説明
普通の女の子・綾と、魔法使いの女の子・シイナは仲良し同士。
何事もマイペースなシイナを心配して、綾はいつもはらはらどきどき。
でも、シイナは綾に笑顔をくれる素敵な魔法使いなんです。
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