Baskervile FAN-TAIL the 16th.
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「…………ダメなの?」

受話器を持つセリファ・バンビールがしゅんとした顔で言う。

『昨夜の豪雨の影響で工事の難航が予想される。その為、今日の夕方に会う約束を果たす事は出来ないと判断した』

受話器の向こうから淡々と聞こえてくる合成音。戦闘用特殊工作兵のロボット・シャドウである。

それから二言三言言葉をかわしたセリファが、悲しそうな顔のまま受話器を置いた。

「どうしたの、セリファ」

その一部始終を見ていた姉のグライダ・バンビールが遠慮がちに声をかける。セリファはトコトコと歩いて彼女の胸にぽすんと飛び込むと、

「シャドウ。いそがしいんだって」

寂しそうな力のない、ぽつりとした声。

喜怒哀楽の表現がはっきりしているセリファといえども、ここまで悲しそうな顔をするのは稀だ。

「そうね。今ちょうどビルを建ててる最中だものね。忙しいのよ」

グライダは自分の胸に飛び込んできたセリファの頭をそっと撫でてやる。

シャドウが今働いているのは建設会社。働くといってもアルバイト扱いだが、人間を超えた正確さと勤勉さで、ロボットであるにもかかわらず、少しずつ社や街の人々に受け入れられている。

「ゆう園地、行きたかったんだけどな」

セリファはグライダの胸の中で、ぽつりと呟いた。

 

 

世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。

ここにも、朝はきちんとやってくる。

同時に、面倒な騒動までやってくる。

平穏な日は、一日としてなかった。

この広い街のどこかで、必ず誰かがはた迷惑な騒動を引き起こし、巻き込まれるのだ。

だからこそ、ここへ来れば――どんな職種であれ――仕事にあぶれることはない、とまで云われている。

 

 

セリファとの通話を切ったシャドウ。彼女達と出会ってずいぶん経つものの、あそこまで悲しそうな声を聞いたのは始めてだった。

「どうした、シャドウ。もう仕事始まるぞ」

建設会社の同僚が気軽に声をかけてくる。

入った当初はかなり差別感と違和感を以て接してきていたが、それも昔の話。今では人間の同僚達と変わらず接してくれている。

誰もいない地下都市を、たった一人で守っていたシャドウ。

神父オニックス・クーパーブラックの勧めで人間社会で暮らし始めた頃は、そこには驚きと戸惑いしかなかった。

『人間と同じ思考を持ち続ける限り、姿形は違っても、人間達は、貴方を受け入れてくれる筈です』

その神父はそう言った。そしてシャドウは、それはその通りなのだろうと思うまでになっていた。

そんな考えを抱きつつ現場に到着すると、数人の同僚がクレーン車の前で手をこまねいていた。

「何か在ったのか?」

「お、シャドウ。ちょうどいい」

困っていた表情が一転。「助かった」と言わんばかりの笑顔を浮かべている。

それから「よく聞け」と言いたそうにシャドウの腕をポンポンと叩くと、

「あったも何も、レンタルのクレーンの動きが妙でな。うまく動かないんだよ」

クレーン操作部分に乗っている作業員が必死になって操作レバーをガチャガチャいじっているが、確かにそのようであった。

クレーンを上げようとすれば旋回を始め、伸ばそうとすると今度は車のエンジンがかかってしまう。とにかくおかしいのだ。

「な? いくら何だって、こんなおかしさは変だろ?」

その同僚の言う通り、単に動かなくなるのならともかく、ここまで動き方がおかしくなる故障というのはまず有り得ない。

「了解した。スキャニングする」

シャドウに搭載された各種センサーが素早く作動し、クレーン車内部を隅々まで確認していく。

異常はすぐに見つかった。操作レバーの根元の配線が入れ代わっているだけであった。

シャドウは整備用のハッチを開き、配線を元通りに繋ぎ直す。

トラブルの原因は分かったものの、こんな『手の込んだイタズラ』を誰がしたのかは見当がつかなかった。

一瞬だけ、何かの姿が視界を掠めていたが。

 

 

昼休み。他の作業員が食事をとっている時、シャドウが上司にその話を報告すると、

「実は、他の建設会社でも『奇妙な機械の誤動作』の話があってな」

上司の話では、他の会社でも同じような事が数日前から報告されているらしい。

だがこうした建築機械というものは操作はもちろん、整備にもそれ専門の知識と技術がいる。

さらにそれらに関する「イタズラ」を、誰にも見つからずに行なっているのだから厄介だ。

昨日の警備班も不審な人影は一切見ていないし、監視カメラの映像もチェック済み。魔法が使われた形跡もないという事である。

「……グレムリン、か?」

話を聞いていた一番年輩の作業員がぽつりと呟く。割と年嵩のある作業員が「そうかもしれんな」とうなづき合う。

「なんすか。そのグレムリンってのは?」

一人の若い作業員が尋ねると、彼は「そんな事も知らんのか」と悪態をついてから、

「いたずら好きのモンスターでな。こうした機械をいじっては壊しちまう、厄介な奴等さ」

彼はポケットからタバコを取り出すと、

「しかも普通じゃ姿は見えないし足音も聞こえない。俺達の天敵みたいなもんだよ」

彼の話の間、シャドウは自身のメモリーの中から「グレムリン」に関する事を検索する。ほんの数瞬でそれら作業を終えると、

「どうやら概念的には妖精の一種とされて居る様だな。此の妖精にとり憑かれた機械は必ずトラブルに見舞われると云われている」

検索した資料の中身をかいつまんで発言するシャドウ。それを見た誰かが、

「シャドウ。お前もグレムリンにとり憑かれないように気をつけな。ロボットなんだし」

その冗談のような口調に皆が声を揃えて笑う。しかしシャドウは人間であれば真剣な眼差しで、

「確かに。今の自分に、此のグレムリンに対する『絶対』と言える防御は無い。対策を講じる必要が……」

そこでシャドウはいきなり黙ってしまった。さらにシャドウの身体から小さくガチガチガチッと何かが擦れるような金属音がしている。

「おい、シャドウ、どうした!?」

ひときわ大きく「ガチンッ!」と甲高い音がした後、

「噂をすれば影、と云う奴だ。其のグレムリンが襲って来た様だ」

シャドウの淡々とした合成音が、少しだけ不安定にかすれていた。

 

 

その頃、シャドウに助言した神父オニックス・クーパーブラックは、とりあえず来客を迎えていた。

「また来てたぜ、ビデオテープ」

無造作にビデオテープを差し出したのは、バーナム・ガラモンド。小柄な武闘家である。

「……バーナム。何度も言いますけど、窓から入ってくるのはもうやめて下さい」

クーパーは、窓の縁に腰かけた体勢でビデオテープを差し出しているバーナムを見て、大きく溜め息をついた。

「なぜいつも窓から入ってくるんですか?」

「いいじゃねーか。この方が早いし」

悪びれた様子もなくそう言い切ると、

「グライダ達も呼ぶか?」

「当たり前です。これから電話をかけてきますから、『靴を脱いで』入っていて下さい」

クーパーは再び溜め息を一つつくと、部屋の受話器を取った。

やがてバーナム、クーパー、グライダとセリファの四人が揃う。

「シャドウは今仕事中だし、コーランは朝から留守だし……」

コーラン――サイカ・S・コーランは彼女達の育ての親だ。魔界出身の魔族で、両腕両脚にも別の魔族を宿している。

魔界の警察機構にあたる((治安維持隊|ちあんいじたい))の元隊員で、現在の治安維持隊人界分所所長とは先輩後輩の間柄。結構頼まれ事をされる時が多い。

今回もその所長ナカゴ・シャーレンの頼み事で分所の方に行っているのだ。

「仕方ありません。ビデオテープを見てみましょう」

クーパーは何のラベルも貼られていないビデオテープをデッキにセットする。

すぐさま再生が始まり、黒バックの画面に稚拙なドット絵の人物が登場した。その人物が、妙にかん高く安っぽい合成音で喋り出した。

『皆さんこんにちは。お仕事の時間です』

彼等のもう一つの顔――バスカーヴィル・ファンテイルの仕事である。

メンバーである彼等にも、どこから仕事が来るのかは分からない。しかしそれでもきちんと依頼をこなせば破格の報酬が間違いなく振り込まれる。振込元は偽装されているが、支払いは確実だ。

それに、こうして仕事が来るという事は、通常兵器ではとても対処し切れない事態である。急がねばならないと彼等も真剣だ。

『今日のお仕事はグレムリン退治です』

いつの間にか機械にいたずらをして壊してしまう妖精。通常では姿が見えないので厄介ではあるが、別に彼等でなければできない任務とも言えない。

全員の頭に浮かんだ疑問を見抜いていたように、ドット絵の人物は続けた。

『グレムリンと言っても、今回の物の実体はコンピュータ・ウィルスとの融合体です。コンピュータのプログラムだけでなく、配線などで繋がれていなくてもコンピュータに侵入し、物理的に機械を破壊する事もできる厄介な代物です』

そう言うと、ドット絵の顔が肌色から青に変わり、バタンと倒れてしまう。それからふらふらと立ち上がりながら、

『現在のところ、被害はまだ少ないです。建設機械を中心に、数十台のクレーン車やミキサー車が壊されています』

顔色が青から元に戻ると、

『現在分かっているのは、個体数が少ない事。このウィルス自体に増殖能力がない事。ウィルスに感染した機械は丸一日でほとんどの機能を破壊されてしまう事。この三点です』

最後にぴしりと指を立ててそう言い切る。

『もちろん魔界の治安維持隊を通じてワクチン製作には全力を注いでいますが、完成まで近いとはいえ、いつ完成するのか断言できない状況です。だから、グレムリンに感染した機械を一時的に隔離して、被害をこれ以上拡げないようにするしか手がないのです』

あまりにも無茶苦茶な仕事内容に、全員が呆れるより他なかった。

『……ですから、感染していると思われる機械を回収して、隔離して下さい。ワクチン完成まででいいです。ワクチンが完成したら、ちゃんと届けますのでご心配なく』

「はぁ!?」

つまり、今回の仕事は「時間稼ぎ」という事である。

『それでは、諸君の健闘を祈る。ほわほわ〜』

ドット絵の人物はすーっと薄くなって消えていった。あとに残るのは真っ黒な画面のみ。

「……何なんだよ、ほわほわ〜ってのは」

バーナムがぽつりと言うが「何なんだよ」と言うべき部分が違う事をつっこむ者がいなかったので少々寂しそうだ。

「確かに言いたい事は分かりましたが、我々だけでは無理ですね。コンピュータに詳しい人がいないと」

「仕事中だけど、一応シャドウに連絡を取ってみる?」

クーパーの台詞を受けてグライダがそう言うと、部屋の電話のベルが鳴った。一番近くにいたクーパーがすっと受話器を取る。

「はい。オニックス・クーパーブラック……はい。はい。分かりました」

手短に話を終えて電話を切った。

「どうしたの?」

グライダがのんきに首をかしげて尋ねる。セリファも彼女を真似て首をかしげる。

バーナムだけは、一瞬だけ彼の顔が締まったのを見逃さず、

「何かあったのか?」

クーパーは首を少し倒して彼の問いを肯定すると、

「コーランさんからです。今すぐシャドウの仕事場に行ってほしいと。かなり切羽詰った様子でしたから、急いだ方が……」

クーパーは壁にかかっているマントと愛用の日本刀を掴むと、真っ先に部屋の外へ出る。

他のメンバーもそれにならって急ぎ足で部屋を出た。なぜかバーナムだけは窓からだったが。

 

 

シャドウがアルバイトをしている建築会社の今の現場は、クーパーの教会から割と近かった。工事中を示す大きな幕で囲まれた一画が見える。

その入り口で途方に暮れて立ちすくむ、作業着姿の男達。

「何かあったんですか?」

クーパーが男達に話しかける。彼等の一人がクーパーを見て軽く会釈すると、

「ああ、神父様。これはどうも」

「シャドウがここにいると聞いて来たのですが」

「ええ。この奥にいます。ところで……」

その男は皆を一瞥すると、

「機械、持ってらっしゃる方はいませんか?」

「機械? んなモン持ってねーよ」

バーナムが「どうでもいいや」という感じで答え、

「ボクも持っていませんが」

クーパーが静かに答える。グライダ・セリファの姉妹は首をふるふると横に振った。

「じゃ、こちらへ」

それを聞いた男は手招きして一行を案内する。その背に向かってグライダが、

「ねえ。どうして機械を持ってちゃいけないの? こういう工事現場ってそういうものなの?」

「実はこっちにも良く分からないんですよ。詳しくはシャドウの奴に聞いてみて下さい」

案内されたのは仮設の倉庫だった。普段はここに工具などをしまっているそうだ。

だが、それらしい工具は全部倉庫の外に出ている。それを不思議に感じつつも一行は倉庫内に入った。

そこで皆が見たのは、ガランとした倉庫の中に横たわるシャドウの姿。

「シャドウ!」

「シャドウ、だいじょーぶ!?」

涙を浮かべるセリファが真っ先にかけ寄り、横たわるシャドウに飛びついている。

セリファを除く一同は、何か事故でもあったのだろうかと思ったが、シャドウの外装には傷一つない。

「……来、たか」

いつもと微妙に違う、かすれた合成音。シャドウは首だけをこちらに向けると、

「自、分の、体内に、グレム、リン、と、云、うコ、ンピュー、タ・ウィ、ルスが、居る。其れを。閉じ、込めた」

それを聞いた一同は驚きを隠せなかった。今回の仕事のターゲットを、偶然とはいえシャドウが捕まえていたとは。

クーパーが今回の仕事の件を簡単に話すと、

「そうだ、ろう、な。此、のウィ、ルスは、増殖力は、無いが。かな、り、強力だ。まるで、幽霊のよ、うに移、動し、て、来る」

動作がおかしいクレーン車の様子をスキャニングしていた時、一瞬だけ小鬼のような姿を確認している。

しばらく見ないのでいなくなったのかと思いきや、その小鬼は一瞬のうちに自分の足元に寄ってきて、簡単に身体を支配したらしい。

「ウィルス、が他へ、逃げ、な、いよ、う機械、を遠ざけ、て貰っ、た。そ、して、自分の、アンチ・ウィ、ルス・プ、ログ、ラ、ムを、駆使し、て、閉じ込、めて、在る」

ロボットゆえにコンピュータが使われているシャドウ。ウィルスを始めとする外敵に対する防護策は過剰なまでに施してある。

シャドウに搭載されているアンチ・ウィルス・プログラムは、彼自身の改良を加えに加えたスペシャル・バージョン。生半可なウィルスならば一瞬で消滅させてしまうだろう。

そんな強力なプログラムをもってしても閉じ込めるのが精一杯とは。その「グレムリン」というコンピュータ・ウィルスはどれほど強力なのであろうか。

「あぶねぇ!」

いきなりブンと振り回されたシャドウの腕が、近寄ってきたバーナムを直撃しそうになる。彼はのけぞってかわし、

「いきなりなにしやがる、てめぇ!」

食ってかかろうとするバーナムをグライダが止めに入る。

「待って、バーナム! ひょっとしたらウィルスのせいで身体が思い通りに動かせないのかもしれない」

彼女の予想は正解だった。ウィルスを閉じ込めているという事は、ウィルスがシャドウの体内にある訳で、感染しているのとあまり変わらないのだ。

少しでもエネルギーをウィルス防御に回したいために寝転がっているというシャドウ。

コーランが彼等を呼び寄せたのは、万が一シャドウの身体が乗っ取られて暴走した時のためだ。

シャドウは戦闘用特殊工作兵。本来の任務は戦場で罠を仕掛けたり物を修理する事だ。

戦闘専門のロボットではないにせよ、そのパワーだけでも普通の人間を軽く凌駕しているのだ。

「分かった。もう喋るんじゃねぇ。オレ達で何とかしてやる」

バーナムがそう言うものの、彼自身何かいい手段を思いついた訳ではない。

「ところで、コーランはどうしたの? あたし達を呼びつけておいて自分がいないなんて……」

グライダが少しすねたように辺りを見回す。

倉庫のドアが開く音がし、そこには先程皆を案内した作業員が立っていた。

「あの。誰でもいいんですけど、皆さん宛に電話がかかってます。コーランさんから」

「分かりました。今行きます」

一番話を理解できそうなクーパーが代表で行く事となった。

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シャドウのいる倉庫からちょっと離れたところにある、事務所として使われている仮設住宅へ来たクーパー。作業員の案内したデスクには、受話器の外れた電話が一つ。

「はい。お電話代わりました」

『あ、クーパー。シャドウの様子はどう?』

電話の主は魔族のコーランだ。クーパーは、

「今確認しました。今はどうにか持ちこたえています。ですが、そう長くは……」

『分かったわ。今ナカゴが治安維持隊を通じて手を回してるわ。ワクチン・プログラム作成の協力者を募って、今製作の真っ最中』

治安維持隊人界分所所長であるナカゴは、一方的にシャドウを好いている。

本当ならばシャドウのそばに付いていたかったであろう事は容易に想像がつく。

しかし、コンピュータに詳しい彼女がこうしたプログラム作成の陣頭指揮をとった方が効率がいいのもまた事実である。

だがシャドウのそばでそんな作業をする訳にもいかず、現在は治安維持隊の事務所でキーボードと格闘中だそうだ。

『ナカゴの見立てだと、もう少しで何とかなりそうなのよ。そして、それをそっちに届ける時間も含めると……三十分は持ちこたえて』

「分かりました。みんなにもそう伝えます。ご武運を」

クーパーは電話を切ると、再び倉庫へ戻ろうと事務所を飛び出した。

ガシャーン!

その時、いきなり倉庫の外にけたたましい音が響いてきた。

開きっぱなしのドアから中に入ると、バーナムがグライダとセリファをかばって構えている。

クーパーが彼の視線の先を見ると……そこに立っていたのはシャドウだった!

「シャドウ!」

マントを翻して駆け寄り、隠し持っていた日本刀をすぐにも抜ける体勢にしてバーナムの隣に立つ。

「これは一体どういう事ですか!?」

「分かんないよ。いきなりシャドウがガバッて飛び起きたら、こっちに襲いかかってきて……」

さすがのグライダもいつもと違いおろおろとしている。怯えているセリファは彼女にピタリとくっついて、事のなりゆきを見守るだけだ。

尋ねはしたものの、クーパーにはおおよその見当がついていた。

いかにシャドウといえども永遠に抑え続けられる訳ではない。限界が来た一瞬の隙をついて、グレムリンに乗っ取られたのだろう。

「ここはボク達でシャドウを抑えます。皆さんは避難を!」

野次馬根性を出してやってきた作業員達に向かってクーパーが叫ぶ。

「死にたくなけりゃとっとと行け! 今のあいつは敵味方仕分ける気なんざねぇぞ」

バーナムのその言葉を聞いてこの場にいる危険を悟ったのか、扉を閉めて一目散に去っていく作業員達。

「今ナカゴさん達がワクチン・プログラムを作っています。完成まで何としても持ちこたえないと……」

クーパーはそう言いながらも「どう持ちこたえたらいいのか」考えを巡らせている最中であった。

なぜなら、戦える人間が極端に限定されるからだ。

グライダは参戦させられない。彼女の持つ炎の魔剣では威力が強すぎてシャドウをも燃やし尽くしてしまう。

もう一振りの光の聖剣の魔力も、妖精でしかもコンピュータ・ウィルスが相手というこの状況では全く役に立たない。

セリファも無理である。得意にして唯一の技・カード魔術を使いたくても、今彼女は肝心のカードを携帯していない。

自分の日本刀でもシャドウの特殊装甲を切り裂く事は至難の技であるし、それ以上に動き回る相手の関節のわずかな隙間を狙って斬る事も困難である。

かといって大技を使うと隙ができる上にこれまた威力が大きすぎる。

そう考えると、この場でまともに戦えるのは、素手での格闘に長けた武闘家のバーナムだけ。

「オレの出番だな。けど、ちっと厄介だな」

どう攻め込もうか考えあぐねているバーナムがちろと唇を舐める。

バーナムは身長一五八センチ。体重五七キロ。

シャドウは身長二〇五センチ。体重四五〇キロ。

バーナムの格闘技術であれば、体格差をものともせずに互角以上の闘い自体はできるだろう。

だが、魔法がかけられた特殊合金製の装甲に守られたシャドウにダメージを与えるには、そこそこ強力な技を使わねば無理だ。おまけにロボットであるシャドウは「疲れ」を知らない。

彼が使う、対獣魔用に編み出された「((四霊獣|しれいじゅう))龍の拳」。その技は緩急自在の上に強力ではあるものの、こういったケースにおける微妙な加減ができる程の実力は彼にはない。

「バーナム。シャドウを破壊してはいけませんよ」

得意げに構えてみせるバーナムに、クーパーは鋭く言い放つ。

「わーってるよ、んなこたぁ。けどどーすんだよ」

「とにかく時間を稼ぎます。一刻も早くワクチン・プログラムが届く事を祈りましょう」

「祈るのはてめぇの専売特許だろうが!」

バーナムはそう怒鳴り返すと同時に駆け出した。まるで申し図ったように、バーナムとシャドウは同じタイミングで間合いを詰めた。

微妙にぎこちないが、シャドウがそれでも素早く間合いを詰め、右腕に収納されているブレードをじゃきんと出してバーナムに次々と斬りつける。

バーナムはその連続攻撃を、全て紙一重でかわしていく。やがて何度目かに振り下ろされた刃の腹を、蹴り上げた足で払い落とす。

同時に振り上げた足のかかとを鋭くシャドウの胸板に叩きつけ、相手の体勢を崩す。

「目ぇ……」

間髪入れずに開いた手の指をぴしりとくっつけ、強く足を踏み込むと同時に掌でシャドウの腹を突き押した。

「……覚ましやがれっ!!」

今日何度目かの、至近距離からの気を込めた痛烈な掌打。

四霊獣龍の拳の技の一つ・((龍突|りゅうとつ))である。

相手が硬い鎧に身を固めている時に最も有効なのは、痛烈な打撃だ。鎧は無事でもその衝撃が内部に伝わり、ダメージとなる。

特に内部が機械になっているシャドウだ。いくら装甲が衝撃にも強く作られているとはいえ、中まではそうはいかない。

痛烈な技の衝撃が内部の基盤や電子配線に全く影響を与えない訳がないのだ。

シャドウは真後ろに吹き飛び、倉庫の柱に激突して派手な音を立てる。よく倉庫が壊れないかと思う程の派手さだ。

普段のシャドウならば何度も無様に吹き飛ぶ事もあるまいが、グレムリンに操られているのでは普段の動きができなくて当然か。

「……ったく。相手の動きを止めるってのはな。相手を殺すよりよっぽど難しいんだぜ」

「気」を使った技を景気よく使ったためか、バーナムの息が荒い。対するシャドウの方も左脚の動きが鈍くなっているのが分かった。

「どうやら今の攻撃で左脚を動かす配線に異常が起きたようですね」

シャドウの様子を見てクーパーがそう見当をつける。強い衝撃が一カ所に加わった事により、内部の配線がおかしくなったのだ。

しかし、これからというところでバーナムがその場でがくりと膝をついた。

「ど、どうしたの、バーナム!?」

「うるせぇ、来るんじゃねぇっ!!」

気遣って近づくグライダを鋭い声で止めるバーナム。見ると、彼の脇腹に大きく赤い染みができていた。

「バーナム、あんたそれ!?」

先程のシャドウとの攻防の際に斬られたようだ。バーナムは脇腹を押さえたまま、

「大したケガじゃねぇ。気にすんな」

向かってくるシャドウのブレードをかわしながら答えるバーナム。だがやはり痛むのだろう。明らかに動きにさっきのような切れがない。

「こうなったら……」

グライダが自分の右手に赤い剣を出現させる。触れた物総てを焼き尽くすという炎の魔剣・レーヴァテインだ。

「待って下さい、グライダさん。レーヴァテインでは威力が大き過ぎます!」

「じゃあどうしろってのよ!? このままじゃバーナムがマジでヤバイって!!」

剣を構えたままグライダが怒鳴る。

バーナムの出血は結構ひどい。さすがに失血まではいかないものの、動き回っている以上血が止まる訳もなく、危険な状態である事に変わりはない。

ガラッ。

唐突に倉庫のドアが開く音が。ここからでは逆光になって、開けた者の姿ははっきりとは分からない。

「お、おまたせしました〜」

開けた者は妙に力のない声でそう言う。それは、魔界治安維持隊人界分所所長のナカゴ・シャーレンに間違いなかった。その後ろにはコーランもいる。

「シャドウ! ワクチン・プログラムを持ってきたわ!」

コーランの声で、バーナムは一旦シャドウから離れる。

「シャドウさん。今私がお助けしますね〜」

何日も徹夜で作業していたのだろう。とろんとした目の下に濃い隈をクッキリ浮かべ、薄笑いのままポケットから何かを取り出した。

それは一発の弾丸だった。乳白色に塗装されており、しかも魔力すら発している。

「この私が徹夜で開発した、対グレムリン用の特製弾丸です。これならどんな奴だってイチコロですよ?」

そう自慢するナカゴだが、その開発には彼女の他にも何十人ものスタッフが関わっている。それこそ寝食を忘れて取り組んだスタッフ達が。

「うふふふふふ……」

虚ろな目のまま、その弾丸を自分のリボルバーに装填する。ロシアン・ルーレットでも始めるかのように左手でシリンダーを回転させながら、

「選択権を与えます。そのボディを捨ておとなしく捕まるか、逃げないでこの弾丸で抹殺されるか。二つに一つ」

徹夜続きの人間の発する冷ややかな不気味さ。焦点のはっきりしない目で笑っている。

そのナカゴの様子たるや、気持ち悪くて誰も近寄りたくない程である。

「それって、どっちを選んでもダメって事じゃない?」

そんなナカゴにグライダが冷静にツッコミを入れるが、もちろん彼女は全く聞いていない。

「あと、五……四……三……」

笑った顔のままナカゴのカウント・ダウンが始まる。銃口をシャドウに向け、引き金に指がかかる。

「……二……一……」

その時だ。シャドウの脇にうっすらとだが小柄な小鬼の姿が浮かんだ。一瞬だが泡を喰った表情を浮かべたまま、こちらに駆けてくる。

だが、駆けてくるといっても一瞬だ。おまけにナカゴはそれに気づいた様子がない。

「……ぜろ」

ナカゴは引き金を力いっぱい引いた。

ガチン!

しかし、弾丸は発射されなかった。それどころか引き金が飴細工のようにボロッと折れて壊れてしまったのだ。

「ナカゴ!?」

その光景にコーランが驚く。

シャドウの身体を抜け出たグレムリンが、今度はナカゴの銃にとり憑いたのだ。

対グレムリン用の弾丸はこれ一発。その弾丸を込めた銃が撃てないのでは意味がない。

おまけにこれは対グレムリン用といっても立派な弾丸だ。他のメンバーに向かって弾が発射されてしまったら、当たりどころによっては充分致命傷になる。

この倉庫内に緊張の糸が走った。しかし、当のナカゴは落ち着いたままだ。

「シャドウさんのガードを!」

ナカゴは今までのぼーっとした表情から一転。鋭い声で指示を出す。間髪入れずにコーランがシャドウの身体に大きな布を被せた。

「チェックメイト、です」

ナカゴはそのまま銃を床に落とすと、短く呪文を唱えた。

そこにゆらめいて現れたのは、銅色の身体をした小柄な小鬼。グレムリンに間違いない。姿が見えている事に気づいたグレムリンは逃げようとするが、ナカゴはその身体を容赦なく蹴り飛ばす。

グレムリンは姿と気配を感じさせないのが強みだ。その強みがなくなった今、恐いものではない。

グレムリンは再びシャドウの身体に逃げ込もうとするが、被せられた布の上に乗ったままで、シャドウにとり憑けない事に驚いている。

「もう逃げられませんよ。その布はあなたがとり憑けないように、ワクチンと同等の魔法をかけてありますからね」

彼女はゆっくりとした動作で背中に手を回す。上着に隠れていたホルダーからもう一丁銃を取り出すと、

「実はこっちが本物なんです」

信じられないくらい優しい笑みを浮かべるナカゴ。しかしその笑顔も一瞬で怒りに姿を変えると、

「シャドウさんにとり憑くとは、万死に値します。死になさい、永遠に」

何のためらいもなく、グレムリンに向けた銃の引き金を引いた。

グレムリンに命中すると、弾丸の中から圧縮されたプログラムが溢れ、グレムリンの体内を隅々までかけ巡る。

耳障りな悲鳴と共にグレムリンの姿は薄らぎ、そして消えていった。

 

 

「皆さん。時間稼ぎ有難うございました」

総てが終わってほっとした、安堵の表情のナカゴが、ぺこりと頭を下げる。

「バーナムさんのケガは、治安維持隊の方に申請して戴ければ、『事件解決の協力者』という扱いで保険金出せますよ。少しですけど」

ケガをしているバーナムにそう告げる。

「保険金だけかよ」

バーナムはぼそっと言うが、別に大金を期待していた訳ではない。ただのツッコミだ。

「治安維持隊といっても、お役所的な体制は人界の役所とそんなに変わらないし」

バーナムのツッコミに一応解説を入れておくコーラン。

「ところでシャドウは?」

「おねーサマ。シャドウがかちゃかちゃいってる〜」

いつの間にかくずおれているシャドウの前にセリファが膝をついて、じーっと顔を覗き込んでいた。

システム・内部の配線のチェックを急ピッチで行なっているのだ。

やがてかちゃかちゃした音が止まった。

「……済まなかった、バーナム」

いつも通りのシャドウの合成音だ。だが、どことなく申し訳なさそうだ。

「だいじょーぶなの、シャドウ?」

「全く問題が無い訳では無いが、データも配線も致命的な異常は無い」

少しぎこちない動作で立ち上がる。

「迷惑をかけてしまったな」

しかし、皆を押し退けてシャドウの前にやってきたナカゴが、

「この私が開発した、対グレムリン用の特殊弾丸で、シャドウさんにとり憑いていたグレムリンは倒しました」

えへん、と胸を張って言い切る。正確には私ではなく「私達」である。

「直ぐに物理的なメンテナンスをして、壊れた部品を交換しなければならない。急だが今日の仕事は休むしか無さそうだ」

その答えを聞いたセリファが、

「じゃあじゃあ、セリファもいっしょに行っていい?」

「……そうだな。遊園地へ行く約束を果たせない、せめてもの詫びだ」

セリファは歩きだしたシャドウの腕にしがみつくように隣に並ぶと、悠然と倉庫を出ていった。

「……あ。シャドウさ〜ん。助けたのは私の方ですよぉ」

二人の方に駆けて行こうとした時、自分の携帯が鳴る。舌打ちして電話に出ると、

『所長。またあのグレムリン被害の報告です。大至急こちらに戻って下さい』

部下からの電話に呆然となるナカゴ。どうやら寝る間も与えてくれないらしい。

「……徹夜は続くし、シャドウさんは相手にしてくれないし、散々です」

「でも、ナカゴさん達のおかげでグレムリンは倒せた訳ですし……」

「私はシャドウさんのため((だ|・))((け|・))にやったんです! それなのにぃ〜〜」

クーパーのフォローも実らず、ナカゴはがくりとうなだれた。

「おいおい。それはこっちのセリフだぜ。止めを刺すオイシイ場面をかっさらいやがって」

「あたしだって、何のために来たんだか」

グライダもバーナムに賛同してうなずいている。そんな二人の呟きが綺麗にハモった。

「得したのはセリファだけか……」

説明
「剣と魔法と科学と神秘」が混在する世界。そんな世界にいる通常の人間には対処しきれない様々な存在──猛獣・魔獣・妖魔などと闘う為に作られた秘密部隊「Baskerville FAN-TAIL」。そんな秘密部隊に所属する6人の闘いと日常とドタバタを描いたお気楽ノリの物語。
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Baskerville FAN TAIL 世界 部隊 魔法 魔獣 クリーチャー 日常 秘密 

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