Aufrecht Vol.14 「里は暮れても」
[全1ページ]

近藤さんたちが、江戸へ向けて出立した。

江戸で隊士を募集するという当初の目的には変わりないんだろうけど、「伊東先生に加盟を促したい」という近藤さんの一声で、同行する人たちの意識もだいぶ変わってしまったように思う。

平助のことは置いておくにしても、永倉さんの心情としては、「伊東さんを迎えに行くためにわざわざ江戸まで戻る」という複雑な心境であるに違いないのだ。彼は、賛成とも反対とも表明してはいないけれど。

 

それはさておき、この件に関して興味深い変化が見られた。変化という表現を用いたけれど、実際は、運命が新たな道を提示してくれたと言ってもいいのかもしれない。尾形さんが同行する予定だったらしいのだけど、土方さんが引き留めて別の隊士と入れ替わったのだ。近藤さんは連れて行きたがったみたいだけど、土方さんに拒まれて仕方なく吉村さんを連れて行ったらしい。

私としても、尾形さんが残ってくれた方が都合がいいので、土方さんの機転には感謝している。

 

(当分、土方さんが局長代理か)

 

当の本人はといえば、留守を任されたとだけあって迂闊に外出ができないでいる。さぞ苛ついているのかと思いきや、自ら道場に出向き汗を流しているというのだから驚きだ。そういう土方さんを久しぶりに見る。どうやら撃剣師範である永倉さんの代理で、隊士の指導を買って出たらしい。副長なんだから「買って出る」というのもおかしな話だけれど、共に汗を流すことで得られる一体感を狙ってのことだろう。近藤さんが帰ってくるまでに、支持率を確保しておくつもりなのだ。

 

その一方で、山南さんは相変わらず孤立を極めていた。

尾形さんの話ではなんとか話し合いの場が持たれたらしいけど、結論には至らずに各々で持ち帰り再度吟味することにしたらしい。二人きりでは話が進まないかもしれないからと、尾形さんも同席することを許されたのだそうで、彼はその一部始終を見聞きしたのだと言っていた。

 

「移転の問題は、込み入った事情がありますからね。下手に口を挟めば、厄介なことになりかねません。ですから、我々は各自やれることをやりましょう。」

 

手出し無用と釘を刺された訳だけれど、私はもう土方さんに一任すると決めていた。

 

(たぶん、道は逸れない)

 

人心を動かすのには遅すぎたのだ。というより、私にはその時間さえも与えられなかった。九条河原という半端な時間から始まって、あれよあれよと言う間に今日まできてしまったのだから。

 

(逸れないとわかっていても、道はひとつなんかじゃない)

 

回避させる方法がなかったとしても、迂回させる道は作れるはずだ。

 

(新たに道を作ればいい)

 

それこそが、私に課せられた使命だった。土方さんの説得が失敗しても、私のつくった道に山南さんを乗せてあげればいいだけだ。単なる時間稼ぎにしかならないかもしれない。それでも、可能性はずっと広がるだろう。

今から実行することが、果ては山南さんを救うのかもしれないと、浅はかな夢さえ見てしまっている。いや、そういう底の浅い夢を、必ず現実にしてやるんだという信念に私は衝き動かされていた。

 

「お忙しい中集まっていただき、ありがとうございます。」

 

試衛館時代からの仲間と副長助勤の者、監察の島田さんと勘定方の尾関さんを集め、閉めきった座敷の上座に歩を進めた。座長のようなことはしたことがなかったから、みんなの注目を浴びて首根が火照っている。

 

「どうしたんでぃ。まさか、所帯を持つってんじゃないだろうな?」

 

源さんがからかいまじりの笑みを浮かべ、次の言葉に期待の色を浮かべている。それにつられた仲間たちも、隣同士で顔を見合わせながらにわかに色めき立っていた。

 

「うーん…所帯を持つのは、もしかしたら別の人かもしれませんが…」

 

「はぁ? そりゃ一体どういうことかね?」

 

「実は、図々しいのを承知で、皆さんにお願いしたいことがありまして。」

 

「図々しい? そりゃ話の内容によるが…」

 

さっきから源さんばかりが反応し、周りは何事かと目を凝らして私を見つめている。本題に入る前に苦笑が洩れた。

 

「僭越ながら、明里さんの落籍を考えてまして。私の有金ではとても足りないので、皆さんに醵金をお願いしたく…」

 

言い終わらないうちに、勢いよく立ち上がった人がいる。松原さんだ。

 

「お気持ちは分かりますが、どうして沖田さんが立ち回る必要がありますか! 山南先生の頼みごととあらば、無碍には致しません。ですが、そのような話、ご本人から伺った試しがありません。それに、本来ならばご自身がつけるべきけじめではありませんか。我々は余計な気を回さずに、戦に向けての鍛錬に励むべきと存じますが如何か?」

 

周囲をけしかけるように睥睨し、同意を得られないと見るや彼は足早に去ってしまった。

こういった状況に出くわすと、残された方の人間は言葉を発しにくくなる。

そこへ駄目押しを重ねるように、槍遣いの谷さんが不快そうに声を唸らせた。

 

「左様。このたび局長が東下するに至ったのは、単なる帰郷ではないことくらいおぬしとて知っていよう。留守を預かる我々が、何を託されたかは明白。今一度、心に問うてみるがいい。沖田くんのしていることは、私に言わせれば怠慢だ。」

 

彼の口調はいかにも尊大だったけれど、新選組の一員としてはもっともらしい反論だった。しかし、普段から近藤さんや土方さんに取り入りたくてゴマをすっているせいか、どうにもその主張は胡散臭いように感じられる。この場にいない二人のために、谷さんの崇拝論を聞かされるなんて胸焼けもいいところだ。

 

(土方さんが聞いたら、絶対に嫌な顔をするに決まってる)

 

武田さんにしても似たようなもので、近藤さんや土方さんに媚びへつらうあまり、運営に関する権限を持たない山南さんのことを散々に見下していた。彼は銭ゲバの一面もあるので、自分以外の誰かのために身銭を切るのが嫌なのだ。この場にいないことが幸いだった。

松原さんにいたっては前の二人とは違い、山南さんを別の角度から見ているということはない。単に根が真面目なのだ。武に逸るせいで、他のことに気が回らないというのもある。融通がきかないのが彼の欠点だ。

 

(予想どおりの結果になった…)

 

すでに私の頭の中には、脱落者のリストがあった。そのリストのトップには、三人の名前が漏れなく書き連ねてある。武田さんはともかく、予想は見事に的中した。だからといって、喜んでいいものではない。

 

(元より三人分の試算は入れてなかったけど、どうにか補填するしかない)

 

二人にそっぽを向かれはしたものの、こういう事態になるだろうことも予想の範疇だった。別にこの場にいる全員の賛同がほしかったわけじゃない。善意ある金が集まれば、それだけで十分だった。

最初からそういう考えがあったおかげで、風当たりが強くてもへこたれずに済んだのだ。しかし、人情家の源さんだけが、失望したような顔色でうなだれている。

 

「お前たちの言い分も分かるがなぁ…」

 

よってたかって苛められたとでも思ったのか、源さんは気遣うような視線を投げてくるものの、堂々と擁護できないこの状況に弱っているらしい。

 

「構いません。強制ではないのだから。しかし、協力していただけるのであれば、ぜひこの沖田にお力をお貸しいただきたい。」

 

月々の手当てが貰えるからといっても、他人のために金を出すのは容易じゃないだろう。その現実をわかった上で、この気持ちが伝わればと思い平服した。頭上で侮蔑の笑いが聞こえる。

 

「貸すのは手じゃない。金だろう? だいたい沖田くんは療養中ではなかったのか? 山南さんのことに心を砕く余裕があるのなら、自分のお役目をきっちり勤め上げてからにしてもらいたい。なぁ、原田よ。」

 

むっとする私を一睨みした後で、彼は前列に首を突き出し同意を求めていた。そうされたのでは振り向かないわけにいかない原田さんは、勘弁しろとばかりに嫌な顔をしている。谷さんの肥った丸顔は、原田さんと源さんの間に挟まれていた。

 

「谷さんよ…」

 

見かねた源さんは、名前を呼んだっきり言いよどんでいる。谷さんの言い分は正当性があるだけに、言葉そのものを窘めようがなく、何も言い返せないまま押し黙ってしまった。

 

誰も何も発しない。

 

原田さんがどう応じるのか、周囲は喉を潤しながらじっと見守っている。困り果てた原田さんは、ガシガシと頭をかくばかりだ。

 

「谷さん。それは論点がズレてる。あんたの言いてぇことは分かるがよ、今は身請けの金をどうするかって話だろう? 山南さんは俺たちと違って実入りが少ねえ。とてもじゃないが、身請けなんぞできねえよ。」

 

「気の毒にな」と語尾を弱め、原田さんは畳に視線を落としている。顔を引いた谷さんは、なにがそんなにおかしいのか薄ら笑いを浮かべていた。

 

「確かにな。」

 

短く相槌を打ってから、彼は間を置かずしてこんなことをつけ足した。私を見る目がいやに挑発的なのは、おそらく意識してのことだと思う。

 

「だが、この乱世、弱き者は喰うものに喰われるだけだ。土方副長もそのようなお考えだとわしは思うが。では、これにて失礼する。」

 

この件を持ち出す前から、私は彼に煙たがられていた。そこへきて山南さんを盛り立てようとする私を、ここぞとばかりに追い落とす絶好の機会と捉えたようなのだ。

 

(あぁ嫌だ)

 

山南さんか土方さんか――

そんなのは決めようがないし、決める必要もない。一体、いつ誰がそんな考えを持ち出したのか。

 

「……」

 

旋風が通り過ぎたみたいに、部屋は静まり返っていた。山南さんを援助したくて開いた会合なのに、なぜか苦々しい余韻だけが残留している。もとの議題はあえなく削りとられ、私がいかに現世感のないお気楽者であるかを暴露されただけだった。ややもすると、新選組から孤立させようという悪意さえ感じられる。でも、これは私だけが感じる劣等感なのかもしれない。

 

(言い返せなかった…)

(私の采配が足らなかったんだろうか)

 

谷さんがいなくなってせいせいしたはずなのに、私は発すべき声をにわかには持てなかった。そこへ尾関さんの柔らかい声がふわりと立つ。

 

「山南さんにはずいぶんと助けていただいた。親切にしていただきました。恩返しができるなら、喜んで協力します。して、どのくらい不足しているのですか?」

 

「私と尾形さんとを足して40両なので、残りは260両ほど必要です。」

 

再び水を打ったように、座は静まり返ってしまった。残りの二百云々は、尾形さんが受け持つことになっている。割合的に頼みの綱である本人が、未だ姿を見せないので話がこじれようとしていた。

 

「…まさか、50両ずつ出せってんじゃねえよな? ねぇわい。そんな大金。」

 

「いえ…そういうわけじゃ…」

 

「ちまちま集めてたんじゃ、いつまで経っても身請けなんざできっこねえぞ。ぱっと集めてさっと引きとらねぇと、すぐに戦だ。始まっちまったら、身請けだの何だのとは言ってられねぇからな。」

 

ほとほと呆れ顔の源さんに続き、短気と知れた原田さんが段取りの悪さを取り上げて苛立っている。仲間から不信を買うようでは、この先は行き詰まり、分散するであろうことは想像に難くない。

 

「おっしゃることはもっともですが、私だってなにも考えてないわけじゃないんです。まだ、確定はしていないですけれど…」

 

みんなを安心させようとして口走ったことが、逆に不安を煽るような結果になってしまった。原田さんの指摘は続く。

 

「足元がふらついてるな。まぁ、沖田の気持ちもわかるがよ、俺たちも余裕があるってわけじゃねえ。俺は本気でおまさを女房にしようと思ってる。相手は堅気だし、祝言はどうするか頭を悩ませてるところだ。新八だって女房がいる。出しても10両ってとこだろうな。」

 

具体的な数字が叩き出され、その現実にハッとした。恋人や内縁の妻を持つ身では、身請けの支援に大金をはたけるわけではない。扶養家族を食べさせていかなくてはならないし、いずれ生まれてくる子どものために、できるだけ蓄えを残しておかなければならないからだ。戦が迫りつつある不安の中で、それが本心でないにせよ出し惜しみするのは当然だった。それでも旧知の山南さんのために、いくら回したいと思うのが友としての心情なのだろう。その板挟みに合い、原田さんは苛ついているのだった。

 

「そうですよね。すみません…」

 

「当然、局長や土方さんにも声はかけたんですよね?」

 

隅っこの方で黙って聞いていた斎藤さんが、なぜ自分たちがこんな話を聞かされているのだろうと不審な顔つきで疑問を投げかけた。この件を土方さんが知っているのなら、のっけから行き詰まるはずがないとでも言いたげな目をしている。

 

「土方さんはたぶん知っています。たぶんというのは、尾形さんからまた聞きしているからです。直接この話を持ちかけたことはありませんが、尾形さんの方から相談を持ちかけたとの報告を受けています。近藤先生にはまだ話をしていません。」

 

山南さんのために何ができるかを考えたときに、土方さんの手を借りずにできることといえば、醵金以外には思いつかなかった。結局は尾形さんの手を借りることになってしまったけれど、私の役割がなくなったわけではない。土方さんもまた、そういう私の心情を知ってか、直接関わることを遠慮しているのだった。

 

「近藤さんや土方さんに掛け合ってみたところで、たかが知れてると思うがな。それに、金の問題だけじゃねえ。あの人はこういうことを好まないはずだ。」

 

試衛館の頃からの付き合いもあり、原田さんは山南さんのことをよく理解していた。山南さんの言動に滲み出る清廉さというのは、なにも身内にかぎったことではなく、隊の内部にも浸透していた。その証拠に、島田さんでさえ同じようなことを言っている。

 

「確かにそうですね。自分のことは他人の手を借りずにケリをつけたがる人だ。自分の知らないところで、事が運ばれていくのを山南さんは嫌うでしょう。」

 

「そうだとしても、やはり不公平ではありませんか? 総長という立場であるのに、我々の給金と較べて格差があるなんて…」

 

尾関さんが疑問を投げかけたとき、廊下でせわしない音が鳴った。人の駆けてくる音だ。

 

「皆様っ…お待たせして、申し訳ありません。」

 

三日前から行方知れずになっていた尾形さんが、息を弾ませながら部屋に飛び込んできた。どこを訪ね歩いていたのか、横鬢が白茶け、腰の刀は柄袋がかかったままになっている。土埃をかぶった顔で、辺り構わずお辞儀をしているのがおかしい。

 

「一体どこへ行ってたんです? ちょうど例の話をしていたところですよ。とは言え、話はまだまとまってませんが。」

 

「申し訳ありません。急いでいたもので。」

 

そんなふうにお互いの首尾を確認し合っていると、わけが分からないという顔で源さんが口を挟んでくる。

 

「なんだいお前らは。こそこそしてねぇで、俺たちにも分かるように説明しな。」

 

「これは大変失礼しました。実は朗報がございまして、土方副長のご尽力により200両を借受ける手筈が整いました。」

 

(なんだって…?)

 

途方もない額を耳にし、打ちのめされたように動けなくなった。丸投げだとばかり思っていたのに、裏ではちゃっかり手を回していたというのだろうか。

 

「すげぇな。そんな大金を簡単に出してくると言やァ、鴻池しか思い浮かばねぇが…もしかしてそうか?」

 

「はい。ご察しの通りでございます。証文があるならと、快く応じてくださいました。」

 

(そうか…鴻池が…)

 

鴻池というのは、大坂の豪商だ。まだ芹沢さんがいた頃にある事件がきっかけで知り合い、今や新選組の有力な支援者となっている。軍用金という名目で資金を援助してもらったこともあるし、西国においては指折りの資産家として名前を知らない人はいない。

 

(どういう口実で借りたのか知らないけど、いつもながらやることが早いんだから)

 

注目を嫌うようにこっそり裏で手を回し、自分の成果を隠したがる。あまつさえ、私の手柄に見えるようカモフラージュするのが、土方さんの憎いところなのだ。

してやられたと思う。私は自分が恥ずかしかった。人脈と求心力と。私に足りないものを、ここぞとばかりに思い知らされたからだ。

 

「それなら、あと60両でなんとかなりますね。」

 

尾関さんは、ホッとしたように笑みを浮かべていた。この話が頓挫しなくて良かったというように、心から喜んでくれているのがわかる。

 

(あと60なら、なんとかなりそうだ)

 

一気に手の届く範囲に縮まって、早くも肩の荷が下りたような心地だった。

土方さんの働きかけがなかったら、これほど円滑に話はまとまらなかったかもしれない。

ここは、素直に感謝すべきなんだろう。

 

「出せる範囲で構いません。それに、無理はしないでください。善意のもと呼びかけている案件です。協力していただける方は、私が責任を持ってお預かりしますので。」

 

尾形さんの登場で活気づいた場は、我先にと次々声が上がっていく。最初に手を挙げたのは、源さんだ。

 

「俺ァ、女房も子どももいねェしな。まぁ、しいて言やァ甥っ子姪っ子くれェのもんだ。15出そう。」

 

「俺はさっき言ったとおり、10両だ。悪いがこれが精一杯だよ。平助ならもうちょい出せるだろうが。」

 

(十分な額ですよ)

 

養う相手がいるのだから、むしろ太っ腹なくらいだ。原田さんの言うように、独り身である平助のことだから快く協力してくれるに違いない。山南さんと同門であるというだけでも話はわかりやすいのだけど、彼は出生にちょっとした秘密を抱えていて、私たちなんかより数倍も羽振りがいいことで知られている。この場にいない永倉さんと併せても、目標額を軽く上回るだろう。

 

「女房に事情を説明しなくてはなりませんが、おそらく5両くらいはなんとかなるなるでしょう。」

 

「私も5両でお願いします。」

 

愛妻家の島田さんに続き、尾関さんも協力してくれることになった。最後に挙手をしたのは、斎藤さんだ。

 

「俺は保留にさせてください。…というより、残りいくらかを把握していないので。勘定方に聞いてきます。」

 

彼がそう言った拍子に、空気の抜けるような笑いが起こった。斎藤さんは、なぜ自分が笑われているのか謎だという顔になっている。それがますます笑いを誘うのだった。

 

彼は明石出身と言っているけれども、「宵越しの金は持たない」という江戸っ子スタイルを好んでいた。行動は決して派手ではないのだけれど、お金の使い方がえらく大胆なのだ。酒と女の人にめっぽう弱いらしく、あっという間に消えてしまうのだとか。

 

「皆さんありがとうございます。これで35両確定しました。私と尾形さんを合わせると、しめて75両…」

 

「目標額を超えましたね。」

 

顔をほころばせながら、尾形さんはとてもうれしそうだ。そのさなか、部屋の隅っこに体を寄せて、斎藤さんは首をかしげている。

 

「俺の出す意味がなくなったようで。」

 

「何をおっしゃいますか斎藤先生。そんなことはありませんよ。鴻池の借金は、いずれ返さねばならないのですから。」

 

ちゃっかりそんなことを言う尾形さんが、頼もしいやらおかしいやらで、ついに声を立てて笑ってしまった。私なんかよりも、隅々まで思考が行き届いている。

 

「そういうことなので、斎藤さんもよかったらお願いします。」

 

「わかりました。近日中になんとか…」

 

彼はしっかりと頷きを返してくれた。

 

「しかしながら、すんなり身請けできたとしても、山南先生には住まいがありません。新たに休息所を設けなければなりませんね。」

 

「そういや、近頃空き家がゴロゴロしてるって話だ。戦があるってんで、みんな怯えてどっかに行っちまったのさ。手頃な物件があるかもしんねぇよ。そいつを探してくるのは、俺たちでもできそうだな。」

 

原田さんは物件探しに熱意を見せたが、そこまで空き家が目立つのかどうかは定かではない。でも、休息所が必要なのは本当のことだった。

 

(すると、300では足りないのかも…)

 

「現時点での余剰金は、とりあえずそちらに回せばいいのでは?」

 

資金に余裕があるならば、新居に回すのも手ではある。支度金として使わなかったとしても、何かのときに立て替えが効くので余るということはないのかもしれない。

 

「そうですね。そうしましょう。」

 

わずか一日にして、この成果。驚くほど好調だ。しかるにこれも、尾形さんが補佐をしてくれたおかけだろう。私はただ呼びかけただけにすぎない。

土方さんの口利きが何より功を奏していたけれど、仲間たちの協力のおかげで身請けの交渉まで漕ぎつけることができたのだ。お金が用意できたからといっても、ここを突破しないことには明里さんを自由にすることはできない。私の正念場だった。

説明
艶が〜る二次小説です。主眼は沖田総司さんで書かせてもらっています。
総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
189 189 0
タグ
艶が〜る,沖田総司,幕末,長編

扇寿堂さんの作品一覧

PC版
MY メニュー
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。


携帯アクセス解析
(c)2018 - tinamini.com