ゼロの使い魔 AOS 第38話 それぞれの終日
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 「たっだいまー!あー疲れた、疲れた」

 

 太陽が完全に落ちてあたりがすっかり暗くなった頃、事務所(兼才人の自宅)にロングヒルが帰ってきた。

 

 「お帰りなさい。今日はだいぶ遅かったのね」

 

 ロングヒルを出迎えるのは、エレオノール。こちらはだいぶ前に帰ってきた模様。2人ともトリスタニアに自分の部屋を借りているのだが、最近は才人の自宅に入り浸っていて帰らない。

 

 普通に『ただいま』や『お帰り』を言っているのが、もはや自然となっていたりする。

 

 ロングヒルが玄関で靴を乱暴に脱ぎ散らかして、居間に入ってくる。エレオノールがその靴をちゃんと整えながら「ちょっと、お行儀が悪いわよ」と注意する……もはや、お約束となりつつある光景だった。

 

 「あ〜…お腹へった。サイト!今日はお肉になさい、お肉をいっぱいね。もちろん、いつもの(お酒)も忘れないように」

 

 居間に入って台所にいる才人に今日の晩ごはんのリクエストを出してから、自室に戻っていく。

 

 今日の晩ごはん当番は才人だ。いや……いつもなんですけどね。最近の才人は誰かが作ったごはんを頂いた事が無かったりするわけで……才人ママは今日も家族のために愛情こめてごはんを作っているのであった。

 

 程なくして、ロングヒルが自室から戻ってくる。外行きの服から部屋着に着替えて居間でのんびりとする。

 

 「いやー!今日は良く働いたね〜!こんなに体を動かしたのは久しぶりだよ」

 

 「へえ〜、何をそんなに頑張ったのよ」

 

 「それはご飯を食べながらでも話すよ。サイトー早くお肉頂戴よー、早くしないとエレオノールを食べちゃうよ」

 

 「ちょっと!変な急かし方しないでよ。まったく……サイト、変な人がうるさいからなるべく早くお願いね」

 

 「ああ!もう出来上がるからさ、姉さんもおとなしくしていてくれよ」

 

 「えへへ〜…りょ〜かい!」

 

 ロングヒルは家の中では基本的に陽気な感じなのだが、今日は輪をかけて陽気な感じがする。何か良い事でもあったのかな?

 

 そんな居間の団欒を背にして、才人は次々と料理を用意していく。偶然ではあるが献立がお肉中心のメニューで良かった。手際よくメインディッシュの肉、サラダ、スープ、パンを食器に盛り付けていく。ここらへんは手馴れたものだった。

 

 そして、エレオノールと2人で食卓のテーブルに次々と料理を運んでいく。料理が出来ないエレオノールだったがここらへんは毎回手伝ってくれるのだ、こういうのって以外とポイント高いよなとお母さん視点で関心する才人だった。

 

 食卓にはラフな部屋着姿のロングヒルが鼻歌を歌いながら、お料理が運ばれてくるのを待っている。

 

 ラフな部屋着姿とは言っているが、上にタンクトップの下着を1枚と黒いパンティ1枚という1人ぐらしのOL並にだらしない格好だったりする。

 

 エレオノールが『お行儀が悪いわよ』って注意しないのかって?しないんだよな、だってエレオノールもほぼ同じ格好しているし……基準がいまいち分からない。才人も最初は照れていたのだが、3日もするとそれが当たり前の風景かのように気にしなくなっていた。慣れって恐ろしいよね。

 

 まあ、そんなわけで、肌色比率が高い平賀家の夕食は今日もにぎやかに行われていた。

 

 

 

 「で、今日は遅くまで働いていたみたいだけど、もしかして……」

 

 「ん、一気に半分近く地ならし出来た。あと1日あれば全て完了って所だね」

 

 「……本当に魔法を使ってやっちゃったの?」

 

 「ふふ……さすがに1日は言い過ぎたけど、本当にあっという間だったね。さすが私のゴーレムちゃんたちね」

 

 食事が終わって酒を片手に食卓から居間に移動したお姉さん2人、才人は台所で洗い物を片付けている最中で部屋には女2人だけ。寝っころがってつまみをかじるながら話している真っ最中だ。

 

 「全く……他の貴族たちにばれたら後でうるさいって言ってたのはあなたなのに。本当に大丈夫なの?」

 

 「へーき、へーき、別に絶対やっちゃいけないってわけじゃないんだから。それに自分のお屋敷を魔法で増築したりする貴族だっているにはいるんだしさ。まあ、気にしなさんな」

 

 「自分の家じゃなくて、国の事業で国の土地を使ってるんでしょ!お金がかかるとすぐ調子に乗るんだから……」

 

 今、話題に上がっているのが才人たちの進めている『新都計画』の話。才人が魔法を使って工事をすればいいんじゃないか?というつぶやきから始まった、朝の話にもどる。

 

 

 

 「そういえば、姉さんが1人で地ならしをしていたら……え〜と、100人分の3ヶ月だから……9000エキュー貰えてた計算になるね」

 

 「「えっ?」」

 

 早朝の事務所(兼才人の自宅)でロングヒルとエレオノールの声が重なった。

 

 「んじゃ、姉さん、俺は先に出るから戸締りをよろ……」

 

 「待った!まだ行くな!!」

 

 才人が先に現場に向かおう靴を履いていると、大声でロングヒルが待ったをかける。急に大声を出されて、才人とエレオノールは思わずびくっとなった。

 

 「ちょっと、いきなり大きな声を出さないでよ。びっくりするじゃな……」

 

 「土魔法を使って地ならしをすればいいんだよね。あたしにまかせなよ、サイト!サクッと1日で終わらせてきてやるよ」

 

 「はあ!?ちょっといきなり何を言い出してるのよ。さっきは反対してたじゃない」

 

 そう、魔法を使って地ならし……つまり工事をする事は『貴族の慈悲』に反するから出来ないとたしかに言っていたのだ。

 

 「『貴族の慈悲』?あたしは今は平民だよ。平民にたまたまメイジが混ざってていただけの話だろ、全く問題ないわね」

 

 「白々しいわね!お金でしょ。9000エキューの話を聞いてからコロッと意見を変えて」

 

 「そうだよ、でも別にいいでしょ。サイトも私も魔法を使って仕事を進められて助かるわけだしさ。誰も損をしない、いい話じゃないか」

 

 「なんで、あなた1人に9000エキューも払わないといけないのよ!あなたは雇う側の人間でしょうが!それにほかの貴族たちに『貴族の慈悲』を破ったのを知られたらどうするのよ!」

 

 「まあまあ、姉さんたち……ちょっと落ち着こうよ。ね」

 

 たしかに魔法を使って工事が出来るのは才人にとってはとてもありがたい、大幅に時間が短縮できるわけだし。ただ、エレオノールが言う貴族たちの決まりごとを破る事や姉さん1人に大金を払う事も無視は出来ない。

 

 しかし、ロングヒルが目の色を変えるのも無理は無い。並みの貴族の年収500エキューから1000エキューと言われている。つまり、少なく見積もっても貴族の約9倍の収入がわずか数日で手に入るかもしれないのだ。

 

 そんなこんなで朝っぱらから、玄関前での大喧嘩が始まりそうな雰囲気の平賀家だったが、その流れを変えたのは末弟の平賀才人。

 

 はたしてその方法は一体?

 

 

 

 「で、魔法を使ったって事はちゃんとごまかす算段を思いついたってことよね」

 

 「もちろん、このロングヒル様の考えにぬかりはないよ。こっちも5000エキューが懸かっているんだからね」

 

 才人は魔法を使うかどうかの言い争いを一応は収める事に成功した。もちろん色々と条件を付けたのだが。

 

 「それにしても、あなた1人に5000エキューも支払う事になるなんて……ああ、勿体無い」

 

 「こっちはサイトの条件を飲んで5000エキューで手を打ったってのにその言い草は無いんじゃないのかい、エレオノールちゃん?」

 

 才人はロングヒルの報酬を9000エキューから5000エキューに減額する事でエレオノールに譲歩するように交渉した、当然、二人とも渋ったのだが『5000でもかなりの大金だし、まだ魔法を使って仕事を出来る場面はあるからさ……ね』とロングヒルを説得し『当初の予定だと3ヶ月かかる所が数日で終わるんだし、掛かる費用も半分になるんだから』とエレオノールを説得した。

 

 「エレオノールちゃんって……はあ〜…まあいいわ。どんな手でごまかすのよ」

 

 「んふふ〜…答えは簡単さ。ごまかさないで堂々と魔法を使って工事する」

 

 夕食の時から酒をあおっているロングヒル、今日は機嫌がいいのかいつもより軽口のキレが良い。

 

 「はあ!?一体何をいってるよ。外に漏れない方法を思いつければやっていいって言ったけど、ごまかさないって……説明なさい」

 

 エレオノールは最後まで貴族の俺様ルール、『貴族の慈悲』を破る事には反対していた。彼女は貴族の特性をいやと言うほど知っている、彼らが何を考えているのかは大体想像が付いていた。

 

 「貴族って言うのはね、基本的に平民が嫌いなのよ!サイトもあなたも知っているでしょ!?」

 

 「そうだね〜…あん時は怖かったわ。本当に殺されるかと思ったもの……貴族のエレオノール様にね」

 

 「だから、あの時は悪かったわよ。それに殺そうとしたのはお父様よ!思い出した!?」

 

 「わかってるって、本気にしなさんな。冗談よ……目立っている平民のサイトは貴族様たちには癇に障るんじゃないかって……そういう事だろ?」

 

 「わかっているなら、なんで堂々とやるなんて言ってるのよ!」

 

 「グビグビ……ふぅ〜…ちょっとは落ち着きな、近所迷惑だろ。安心しな、ばれたらばれたで責任者に責任を取ってもらうだけだから。それでこの話は終了だ」

 

 ハイペースで飲んでいるロングヒルは空になったコップに酒を注ぎ足す。

 

 「責任って……サイトが責任を取るって全く問題の解決になってないじゃないの!バカじゃないの!?」

 

 ロングヒルの発言にエレオノールはさらにヒートアップし、そのまま立ち上がって大声で叫ぶ。それを見たロングヒルは1つため息をついて話を続けた。

 

 「はあ……誰がサイトに責任を取らせるって言ったんだい?んふふ〜…あたしは責任者に責任を取ってもらうって言ったのよ。おわかり?」

 

 「だから責任者って言ったら……あっ!?……そう言えば……」

 

 「そう、やっと気づいたのかい?まあ、いつも3人で仕事をしていたから無理も無いんだけどね。あたしも今日の朝まですっかり忘れていたぐらいだし」

 

 「んん?…………ちょっ!あなた!人の妹に責任を押し付けようって言うの!?」

 

 ここでおさらいしてみよう。

 

 『新都計画』とはトリスタニアの東地区における過剰人口で住居の問題や治安の悪化の解消のために新しい居住地をトリスタニアの近くに作って何とかしようと言うコンセプトで始まった。

 

 発案者は我らが平賀才人。そして、その話にロングヒルが加わり、計画の資金提供者であるヴァリエール家のパイプ役として加わったのがエレオノールだ。

 

 これだけ聞くと、発案者の才人がリーダーで責任者のように思えるが……この『新都計画』の最高責任者には才人のご主人さまであるルイズの名前があったのだ。

 

 これはヴァリエール公爵との交渉用のカードとしてロングヒルが用意したポストだったのだが、まさか、本当に責任者として『責任』を取る機会が来るとはこの時点ではロングヒルも思ってなかった。

 

 「まあね。名前ばかりとは言え、最高責任者なんだから……責任者は何かあった時に責任を取るのが仕事だよ。仮にもこんな大掛かりな計画に名前が入ってるわけだからね。まさか、自分の妹だからって無しとは言わないわよね〜?」

 

 「くっ……でっ…でも、最高責任者だからって、それをそのまま受け取るかしら?」

 

 「ん〜…受け取る?……どういう意味だい」

 

 「だってそうでしょ。あの子はまだ14歳で学生なのよ。どう考えてもお飾りだってみんな思うわよ」

 

 エレオノールの言っている事は間違ってはいない。ルイズは書類上の最高責任者というだけでなんの実権も握っていない。まさに『名前だけの責任者』なのだ。

 

 「そう、そこがいいんじゃないか!あんたさ……忘れてないかい?あの子の父親をさ……そして、14歳の世間知らずのお嬢様の知識を」

 

 「んもう……もったいぶった言い方してないで全部言いなさいよ。5000エキューが懸かってるんでしょ?」

 

 「んふふ……つまりはこういう事だよ」

 

 ロングヒルの最高責任者のルイズに円滑に責任を取ってもらう算段は以下の通り。

 

 『貴族の慈悲』が他の貴族にばれた場合、14歳で世間知らずのルイズが最高責任者として名前が上がる。

 

 当然、お飾りの責任者なのはバレバレだが、その責任を彼女の父親でありこの国でも1・2を争う大貴族『ヴァリエール公爵』まで持って行く。

 

 彼女の父親がかなりの親バカなのはあの東地区大災害での大暴れでも分かる。つまりは、娘可愛さに大事業の要職に就けたバカ親が悪いという方向に話を持って行く。

 

 ロングヒルも交渉の下準備でルイズと話す機会があり、こういう領主レベルの貴族の常識はまだ身に着けていないことは確認済みだった。

 

 後はルイズとヴァリエール公爵の責任を追及するにしても、彼らの地位を考えればお咎め無しか、もしくはかなりの時間がかかると思われる。

 

 最悪、2人が時間を稼いでいる間にゴリ押しで新都を完成させれば、後は時間が解決してくれる。

 

 これがロングヒルが書いた絵だった。

 

 「以上だ。どう?うまくいくと思うんだけどね」

 

 「……結局、ルイズが泥をかぶる事になるんじゃない。しかも、お父様まで巻き込んで……」

 

 「あはは!あの子はサイトの飼い主なんだろ?かわいいサイトのためにも頑張ってもらおうじゃないの。それにあんたの『お父様』からの個人的な罪滅ぼしも欲しかったからね〜…これであたしの分はチャラでいいよ」

 

 「わかったわよ……うまくいくか分からないけどそれで行きましょう。一応、こっちも保険だけは掛けておくから」

 

 2人の話は終わった頃には、ロングヒルが居間に持ち込んだ酒瓶がだいぶ軽くなっていた。中身のほとんどがロングヒルのお腹の中に消えていた。

 

 「姉さんたち……話は終わった?」

 

 「終わったわよ。サイトもお片づけご苦労様」

 

 台所で食器洗いを1人で黙々とこなしていた才人が居間に現れたのはちょうど話がまとまった頃だった。

 

 「うん。全部終わったから、俺もこっちでのんびりしようかな?」

 

 「そう、お疲れ様」

 

 「サイト、今日はお風呂に入るのかい?お姉さまが背中を流してあげようか?」

 

 「今日はほとんど体を動かしてなかったから別にいいかな……また次の機会に」

 

 そう言ってお風呂に入るのをキャンセルする才人。それ以前にこの国ではお風呂に1回入るだけでもかなりの手間とお金がかかるのだ。よほど体が汚れていない限りは金銭的にもお風呂には入れない。

 

 そして、そんな才人の言葉をエレオノールは聞き逃さなかった。

 

 「サイト、体を動かしてないって……今日は復興作業に行ってきたんじゃないの?」

 

 「ああ、ちょっと現場でトラブルがあってね。俺は工事現場に出れなかったんだ」

 

 「ふ〜ん……そっちはそっちで大変そうね」

 

 エレオノールはそう言ってこの話を終えた。『東地区大災害』の元凶の片割れであるエレオノールはあの日以来、現場に出向いていない。と言うよりもあまり関わりたくないのだろう。

 

 現場のトラブル……実際は現場外からの招かれざる客のせいでトラブルが起きそうだったのをなんとかしようと必死に立ち回っていたのだが。

 

 今、思い出しても大変だったな……あのトラブルの前も後も。

 

 

 

 

 

 

 東地区のメインストリートの片隅で1人の少女が泣いていた。

 

 幼い子供たちが集まっている中、才人の胸の中で泣いている少女がいた。

 

 その様子をどうしていいか解らずに子供たちは見つめている、そして、どうしていいか解らずにアンリエッタもただ見つめている。

 

 それから、どのくらいたったのだろうか。カルビナがやっと泣き止んで落ち着きを取り戻す。

 

 「……ん……サイトさん……ごめんなさい……大声をだして」

 

 「ああ、別に大丈夫だから……だれも怒ってないから」

 

 「……その……サイトさんのお洋服……汚しちゃったから……ごめんなさい」

 

 泣いていたカルビナをその胸に抱きしめていた才人の服は彼女の涙と鼻水でぐちょぐちょになっていた。

 

 「あはは、カルビナのだったら汚くないよ。なんだったら、もっと俺の服に付けてもいいんだぜ!」

 

 「え!?も・もう、サイトさんったら///……ありがと」

 

 いい感じで道化を演じた才人。カルビナはこれで大丈夫だろう。そう思ってほっと胸を撫で下ろすのだが、ここまで来て空気の読めないお方がいるとは流石の才人も思っていなかった。

 

 「ふ〜ん……ずいぶんと仲がよろしいのですね。そちらのお嬢様はサイト様の恋人か何かでしょうか?」

 

 綺麗なハッピーエンドで終わるはずの場面でいらん事を言ってくるお方……そう、我らがアンリエッタ王女である。

 

 「はい!?」

 

 「先ほどは年端もいかない幼女……失礼、少女と仲良くしていらしたのに」

 

 「……え〜と、アンリエッタ様?」

 

 「うふふ……サイト様はずいぶんと女性に対して気の多い方のようですね」

 

 「は?いや、気が多いとかそういうのじゃなくって……」

 

 先ほどまで完全に放置されていたアンリエッタがおかしな方向で絡んでくる。一体、何を考えているんだよこの人?

 

 「恋人と過ごしたい気持ちは分かりますが、私たちにもやる事がありますよね?そこは理解していますよね、サイト様?」

 

 「あ〜…そうっスね。やる事っスね」

 

 カルビナの騒動でもはや慰問とかする空気では無いのだが、このお姫様はまだやる気らしい。正直言って「はい、解散!解散!」したいのだが。

 

 「そういう訳なので、そちらのお嬢様もサイト様から離れて……」

 

 「あの、アンリエッタ様。そういうのはもう要らないのでお引取り願えませんか?」

 

 えっ…カルビナさん!?

 

 「……え、今、何と仰いました?」

 

 「ですから、アンリエッタ様がいなくてもこの街は大丈夫なのでお引取りください」

 

 「ちょっ!?カルビナさん……姫様に何を言ってんの!?」

 

 この国のお姫様に対して、実に辛らつな言葉を言い放つカルビナに慌てて思わず『さん』づけをする才人だったが彼女はそれを無視してさらに続ける。

 

 「アンリエッタ様が何をしにいらっしゃったのかは大体想像がつきました。ですが、私たちはみんな元気ですし……それに何か問題があっても『私のサイト』が何とかしてくれますから……ね?」

 

 ね?って、こっちに話を振られても……しかも、『私のサイト』って強調して言ったよね?せめて『私たちのサイト』にしてくれないかな?

 

 「…………はっ?えっと……カルビナさんでしたっけ?仰っている事が理解できませんでした。もう1度お願いできませんか」

 

 「ちっ……ですからこの街の事は私のサイトさんが全部なんとかしてくれます。アンリエッタ様のお手を煩わすほどの事はこの街にはありませんので王宮に戻られては?という事です」

 

 何だろう…他の子供たちよりも聡明な子なのは知っていたけどここまで弁が立つ子だったの?しかも、「ちっ」って言ってなかったか?こんなに攻撃的だったっけ?

 

 「……」

 

 「アンリエッタ様、本日はこのような粗末な場所に来て頂きありがとうございました。お気をつけてお帰りください」

 

 カルビナは丁寧な言葉遣いで話しているのだが、言葉の節々からキンキンに尖った『トゲ』を感じる。

 

 それは才人だけが感じ取ったわけではない。周りにいる子供たちも遠巻きに様子を伺っている大人たちも……もちろん当事者であるアンリエッタもこのプレッシャーを感じている。

 

 ……重い。カルビナのお帰りくださいの後、重い沈黙が場を支配しているようだった。これはアンリエッタが帰るまでは解除不可な呪いか何かなのか?

 

 ハッピーエンドで終わるはずの場面がなんとも後味の悪い終わり方になりそうだ。とは言え、アンリエッタが余計な事を言わないでいれば良かっただけの話か。まあ、自業自得なのかな……ん?

 

 ――― じ〜……

 

 アンリエッタの視線を感じるな……『はやく私を助けなさい』って訴えてるのか?気のせいなのか?

 

 ――― じ〜……

 

 カルビナの視線も感じるんですが……『まさか助け舟を出したりしないですよね?』って訴えてるのか?気のせいだよね……よね?

 

 女同士の喧嘩(?)には絶対に間に入るなよと父さんに言われたっけな〜…たしかどっちの味方をしても最終的に男が悪者になる事が多いからだったっけ……むしろ、なんで俺を挟んで目線をぶつけてるの?

 

 人生初のトライアングラーがこんな色気の欠片もない場面になるとは……どっちとキスするの?私?それともあの娘?みたいなラブな展開だったら良かったのに。

 

 とは言え、まだまだやる事が山ほどあるわけで……さすがに時間が勿体無いと選ぶ事にした。

 

 そして、才人が選んだのは……。

 

 

 

 

 

 

 「ずいぶん疲れた顔をしているわね。その……今日のトラブルが原因かしら?」

 

 居間でくつろいでいるエレオノールは暗い顔をしていた才人に気が付いた。

 

 今日のトライアングラーの事を思い出していたのだが、どうやら顔に出ていたらしい。

 

 「ああ……うん、そんな所かな。ホント、人間って難しいな」

 

 「人間が難しい?喧嘩でもあったの?」

 

 「あ〜…喧嘩ってわけじゃないんだけど。何て言えば良いんだろ、間違っているわけじゃないんだけど、うまく噛み合わないな〜って」

 

 そう、才人が思うに誰もが間違っていなかったはずだった。さすがにもう少し空気を読んで欲しい方は居たが彼女の考え方が間違っていたわけではなかった。

 

 「誰かのために何かしたい、何かして欲しい、やさしくされたいけど人を選びたい……よくわかんないけど難しいかなって」

 

 才人はアンリエッタ、カルビナ、アナをそれぞれ思い浮かべながらエレオノールにそうつぶやいた。

 

 「全く……サイトはまだまだ青いわね。言葉で言って伝わらなければこうすれば良いのよ…せっ!」

 「えっ……、わっ!?」

 

 そう言ってあぐらをかいて座っている才人の足の上にロングヒルがダイブしてくる。

 

 「あー!何すんのよ!?何やっているのよ!?」

 

 「ん〜…ひざまくらってやつ?」

 

 「どきなさいよ!そ・そんな事するなんて……えっと……とにかく、そこをどきなさい!」

 

 「うるさいわね〜…うらやましいなら半分あげるからさ。あんたも来なさいよ」

 

 そう言って右足のほうにスペースを作ってエレオノールに場所を空けてあげるロングヒル。

 

 「サイト〜…そんなに難しく考えなくてもいいんだよ。良いことでも悪いことでも結局の所は本人がやりたいからやるのが人間ってもんだ。もっと気楽に考えなさい、あたしみたいにね」

 

 「ひざまくらしてあげれば良かったってことかな?」

 

 「う〜ん…いや、ひざまくらはお姉ちゃんの特権だから別の手段を考えなさい」

 

 「お姉ちゃんの特権だったのかよ」

 

 「そのかわりめんどくさい事があったら気軽に相談してもいいんだからさ…家族の絆ってやつ?」

 

 「そっか…ありがと、姉さん」

 

 ロングヒルの言葉に素直にお礼を返す才人。

 

 才人とロングヒル、そしていつの間にか片方の膝の上に寝転がっているエレオノールの3人。

 

 そんな暑っ苦しい状況の中、なんか本当の家族っぽいかなと思う才人だった。

 

 

 

 

 

 

 アンリエッタはドレス姿のままベッドの上に突っ伏していた。

 

 一国の姫君としてはあまりにもはしたない姿ではあるが、それを気にする事が出来ないぐらい今日は疲れていた。

 

 「今日は本当に散々でした……はあ〜…」

 

 独り言をつぶやきながら大きなため息をつくアンリエッタ、そう、今日は彼女にとって本当に散々な1日だったのだ。

 

 スケジュールを全部無視して勝手にお城を抜け出して城下町まで出かけたのが今朝の事。

 

 そして、城下町まで来たものの本来の目的である慰問をできずにそのままお城まで戻ってきたのがちょうどお昼を過ぎた辺り。

 

 しかも、城下町では住民の子供たちにヘイト(憎悪)をばら撒いてくるというおまけ付きである。

 

 お城に帰ってきたアンリエッタを待ち構えていたのは宰相マザリーニ、午後の時間の大半をマンツーマンでお説教されるという地獄にあった。

 

 しかも、東地区で彼女が起こした事の顛末を全て知っている風で非常に詳しくネチネチと怒られる始末……おかげさまで夕食の時間まで開放されなかった。

 

 そして、夕食の時間は時間で彼女の母である王妃マリアンヌからもお説教を頂きながら夕食をいただくというなんとも豪華な晩餐になった。

 

 現在は非常に長いお説教を耐え抜いて、精神的にヘトヘトになりながら自室に帰ってきた所である。

 

 「もうこりごりです……こんな目に合うのでしたら」

 

 アンリエッタがお城を抜け出し、城下町に訪れたのは災害で疲弊しているであろう東地区の平民たちを励まそうと言う彼女なりの善意であった。

 

 「そもそもあの方があんな事を言わなければ……」

 

 彼女が慰問をするに至った原因はご存知、あの方こと平賀才人が前日に話した内容に触発されたからでもある。

 

 平民たちが貴族たちに不満を持っている、それもこの国や自分自身に大きな影響を与えるほど大きな不満があると才人は彼女に話した。

 

 そういう意味では彼女の慰問はある意味、利己的な行動ではあった。だが咎められるほどの事でも無い事は解っている。

 

 「くっ…我ながら何という失態でしょう」

 

 結果としてはヘイトを…平民たちにさらに不満を与え咎められる事になった。まさに踏んだり蹴ったりとはこの事。

 

 「あの方が私の前に現れなかったら……はっ、い、いけないわ……でも……」

 

 思わず逆恨みからの文句をつぶやきそうになったが、そこは何とか堪えた。

 才人に文句を言うのはお門違い、それは八つ当たりと言うもの。それはいけないと耐えるアンリエッタ。

 

 「あのバカのせいです……バカサイト」

 

 残念ながら耐えられませんでした……お姫様が言ってはいけない言葉をつぶやき散々の1日を終えるのであった。

 

 

 次回 第39話 再会、ルイズとアンリエッタ

 

 

 

説明
トリスタニアは今日も1日を終わる。
それぞれの事情を抱えながら今日も街は夜を迎える。
才人もロングヒルもエレオノールもそして、アンリエッタも…
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