ゼロの使い魔 AOS 風の女神と忘れられた少年 第02話 名前
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 夢を見ていたような気がする。

 

 家族がいる風景だった。

 

 優しい母親がいた。頼りになる父親がいた。いつも見守ってくれている姉がいた。慕ってくれるもう1人の姉がいた。

 

 そして、大好きな   がいた。   は自分の事をいつも   くれる。

 

 幸せな光景が広がっている。これはおそらく夢なんだろう。こんな事は現実ではありえないのだから。

 

 だって、俺は……。

 

 

 

 「俺は……う、ぐはっ!……あっ!……くっ………」

 

 少年は目を覚ますのと同時に身体を駆け巡る激痛を感じ、思わず声を上げる。

 痛みは身体からの危険信号、これ以上無茶をすると取り返しの付かない事になるぞ少年を訴えてくる。

 

 「はあ……これは……一体?」

 

 痛みを堪えながらも考える、自分は今どうなっているのかを?

 

 「ここは……うぐっ!……木……森の中なのか……」

 

 目が霞んでよく見えない。どうやら眼球もひどく痛んでいるようだ。

 ぼやける視界の中で木と思われるシルエットが並んでいるのが見えていた。

 

 ―― ジャリ…

 

 指に意識を集中する。指先から感じる感触はおそらく土……どうやらここは屋外なのは間違いなさそうだ。

 

 (森の中で……俺は一体……何をしてるんだ……俺は……生きてるんだよな……)

 

 何故、森の中で傷だらけになっているのだろうか?

 思い出せ。目覚める前の自分に何があったのかを思い出すんだ。

 少年は必死に考えた。未だに止まない激痛が思考を邪魔してくるがそれでもがんばって思い出そうとする。

 

 「ぐっ……ううっ……」

 

 「……」

 

 「俺は一体……ゴホッ!……ゴホッ!……ぐうっ……」

 

 喉が痛い。しゃべると酷く咳き込むし口の中も水分が足りないのかヒリヒリする。

 どうやら身体の表面だけではなく内側も傷んでいるようだ。

 

 (……死んではいないみたいだけど死にそうなのは変わりないのか)

 

 目覚めてからどのくらい時間がたったのだろうか1時間?1日?

 分からない……時間の感覚が無い。

 色々と考え抜いた末、ようやく自分が置かれている状況が見えてきた。

 どうやら『瀕死』というやつらしい。

 身体もロクに動かないし、誰にも助けを求められない……詰んでいるってやつか。

 

 「……」

 

 何だろう……さっきから視線の様な物を感じる。

 ぼやける視界の中に人影は見当たらない。もしかして幻覚というやつなのだろうか。

 どっちにしろ如何にもならない状況なのは変わりない。

 そして、あがく体力も気力も彼には残っていないかった。

 

 (そっか……俺は死ぬのか……これが死ぬって事なのか)

 

 眼前には青空と黒々とした森の群れ。

 最期の光景としては悪くはない。

 この世に生を受けた者には必ず死の瞬間が平等に訪れる。

 早いか遅いかの差はあれど人は必ず死ぬ運命がある。

 そして…少年にゆっくりと運命が訪れようとしていた。

 

 (何だろう……よく思い出せないけど……大切な人たちがいたような気がする……そうだ、俺は……俺には……)

 

 身体を襲う激痛にも慣れてしまったようで痛みが気にならない。

 少年は最期の眠りに入る前に思い出した。

 自分にとって大切な人たちを……短い人生の中で惜しみない『愛』をくれた人たちの顔を思い出した。

 

 「母さん……父さん……いままでありがとう……ありがとう……」

 

 それが少年の最期の言葉だった。

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 目を開けると真っ暗な空が広がっていた。

 どうやらここは屋外らしい。つめたい風が肌に突き刺さる。

 自分が外で眠りから目を覚ました事に少年は気がついた。

 

 (えっと…なんで俺は外で寝ているんだっけ?……状況がわからない?)

 

 少年は立ち上がって辺りを見渡す。

 辺り1面が木に囲まれている。どうやらここは森のようだ。

 いや…何か様子がおかしい。

 

 (木が焦げている?…いや、ここら一帯に焦げた臭いが充満してる……なんだこれ?)

 

 そう……森の中にいるのに視界に全くと言っていいほど緑が感じられないのだ。

 夜のせいで森が黒く見えるものだと思っていたがどうやら違うらしい。

 木炭と化した木に囲まれていた。

 

 「火事でもあったのか?……いや……俺は……生きているのか……何で…」

 

 ……思い出した。

 視界を埋め尽くす炎を。身体に纏わり付いてくる火の感触を。そして……。

 

 「……風が助けてくれたのか?」

 

 ……襲い掛かる炎を吹き飛ばしていく風の中にいた女神がいた事を。

 

 ―― ガサッ…

 

 視界の外から急に物音が聞こえてきた。

 少年は驚いて後ろを振り返った。

 

 「……!?」

 

 彼の視界が捉えたのは1人の少女……いや、見覚えがある、この子は……。

 

 「……女神さま?」

 

 「……」

 

 話しかけたが反応は無い。

 初対面の人にいきなり『女神さま』などと言われても反応するわけもないのだが。

 だが少年は覚えていた。吹き荒れる風の中にいた女神の姿を。

 

 「あっ……あの…助けてくれてありがとう」

 

 「……」

 

 少女は無反応でこちらを見つめている。

 人違いなのだろうか?だが、彼が覚えている女神さまの姿そのものだっだ。

 小柄な身体、少女の身長よりも大きいであろう木の杖、神様が身につけるものとしてはビジュアル的に違和感がある赤いフレームの眼鏡。

 風の女神さまに似つかわしい水色の髪。ちなみにショートカットだ。

 そう、間違いなく少年の窮地を救ってくれた女神さまに違いない。

 

 「あれ、覚えてないのかな……昨日だったかな? 焼け死にそうな俺を助けてくれたよね?」

 

 「……」

 

 やはり無反応だ。

 女神さまとは言ったがどう見ても自分よりも年下の女の子だ。

 もしかして、こっちに怯えているのか。

 

 「え〜と…どうしよ」

 

 改めて自分の姿を確認してみようか。

 服は着ているものの至る所に穴が開いて肌が見えている。どうやらあの炎で焼けてしまったらしい。

 しかも、血の跡らしい茶色の染みが上半身にいくつかこびり付いている。

 これはどうみても不審者そのものだ。

 目の前の女神さま改め少女が怯えて無反応なのも無理は無いか。

 

 「あの……君が助けてくれたんだよね?風を出して火を消してくれて……違った?」

 

 「……」

 

 やはり少女は無反応だった。

 実をいうと死んでいて幽霊でしたってオチじゃないよな。

 いや、でも手足の感覚はたしかにあるし。

 困ったな……どうしよう。

 

 そんな感じで少年と少女の不毛な顔合わせがどれくらい続いたのだろうか。

 しばらくすると水色の髪の眼鏡っ娘は踵を返して後ろを向いた。

 そして、テクテクと歩いて離れていく。

 

 「あっ……あの?」

 

 「……」

 

 少年との距離が開いた所で急に歩みを止める。

 首だけをこっちに向けて少年を見つめている。

 

 (ええっと…これはいったい?)

 

 そのまま視線をぶつけ合ったまま固まる2人。

 水色の髪の眼鏡っ娘はまた歩きはじめた。

 少年との距離が開いていく。

 

 (もしかして付いて来いって事なのか?)

 

 少年は慌てて眼鏡っ娘の後を追う。

 その様子を確認した彼女は歩みを止めずに森の中をどんどん進んでいく。

 これは森を抜ける案内をしてくれているって事なのだろうか。

 彼女は無言で歩き続ける。

 少年は無言で彼女の後を追う。

 そして2時間ぐらいだろうか、ようやく森を抜けて広い平原にたどり着いた。

 

 「出れた……森を抜けられたのか?」

 

 「……」

 

 見渡す限りの広い平原。

 ずっと歩きっぱなしで少年はさすがに疲れていた。

 だが眼鏡っ娘のほうは平然としている。

 自分よりも小柄な女の子のほうが体力があるとは……少し恥ずかしくなった。

 

 (あれ……そういえば。 何で普通に歩けているんだ? たしか体中が動かなかったはずじゃあ……)

 

 ここまで来て、自分の身体が普通に動く事にいまさら気がついた。

 炎に囲まれた時に逃げ出そうとしても身体が傷だらけで動けなかったはず。

 

 「もう回復したのか? そういや身体があんまり痛くない……なんで? 何が起こってるんだ……」

 

 おもわず口に出してしまった。

 だがそれほど不自然な状況だった。

 絶望の淵から助けてくれた女神さまが……水色の髪の眼鏡っ娘が自分を森の外まで誘導してくれたりと理解が追いつかない状況ではある。

 そして、この混乱した状況の一番の原因は少年自身だった。

 

 「……俺は何でこんな所にいるんだ? 森の中?炎?一体何が起こったんだ?」

 

 「……」

 

 思い出せない……どうしてこんな所にいるのか、炎に焼かれそうになる前の事が一切記憶に無い。

 自分の状況を一言で表すなら記憶喪失というやつなのだろう。

 森を抜けた喜びも束の間、少年は記憶が無いという事実にふたたび絶望する。

 そして、そんな彼の様子を眼鏡っ娘は何も言わずにジッと見ている。

 

 ―― ボスッ!

 

 何か音がした。

 眼鏡っ娘の足元に何かが落ちたようだ。

 いや、彼女が自分が持っていた荷物を足元に落とした。

 その音で混乱していた少年は思考の中からこっちの世界に戻る。

 

 「あっ……落としたよ……」

 

 「……」

 

 少女は少年の言葉に反応せずに、こっちを見つめている。

 そして、杖を持ち上げてある方角のほうに指す。

 あっちに何かあるのだろうか?少年はその方角に目を向ける。

 

 「光?……遠くのほうに光が見える……あれは街なのか?」

 

 その言葉を聴いた少女は杖を下ろす。

 どうやら光の存在を気づかせるのが目的だったらしい。

 

 「あっちの方に行けば良いって事なのか?」

 

 「……」

 

 やはり少女は無反応。

 だけど彼女の目がそれでいいと言っているように見える。

 

 「あ、ありがとう。 本当にありがとう。 何回も助けてくれて」

 

 何度目のありがとうだろうか?彼女と会ってから常に助けられているような気がする。

 やっぱり女神さまなんだろうか。

 そして、少年のお礼の言葉を聞いた少女は後ろを向いて歩いていく。

 光とは反対方向だ。

 落とした荷物をそのままにして少年の方から離れていく。

 

 「あっ……荷物!…忘れ物!」

 

 「……」

 

 少女は振り返って少年を一瞬だけ見る。

 どうやら『あなたにあげる』と言っているらしい。

 意図が伝わったのを確認した少女は再び歩き出す。

 どうやら女神さまが助けてくれるのはここまでのようだ。

 自分を絶対絶命の窮地から救ってくれて、ここまで導いてくれた少女は少年にとってはまさに救世主。

 そんな彼女の後ろ姿に少年は思わず叫ばずにはいられなかった。

 

 「本当にありがとうございました!この恩は一生忘れません!」

 

 「……」

 

 相変わらずこちらからの言葉に反応が無い。

 聞こえているのか聞こえていないのか分からない。

 それでも圧倒的な感謝の気持ちを伝えずにはいられなかった。

 

 「女神さま!ありがとうございました!俺は……俺の名前は…」

 

 (あれ?そう言えば……)

 

 少年はふと気がついた。

 そう……彼女に自分の名前を伝えようとして、初めて気がついた。

 

 「俺の名前……なんて言うんだっけ?」

 

 そして、少女の姿は平原のかなたに消えていった。

 自分の名前を自分自身に忘れられた少年を1人残して。

 

 

 

 次回 ゼロの使い魔 AOS 風の女神と忘れられた少年 第03話 「街の底」

 

説明
風の女神と忘れられた少年2作目
死ぬはずだった少年の運命を変えた女神さま
そして忘れられた少年の秘密とは?
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タグ
ゼロの使い魔 異世界 風の女神と忘れられた少年 眼鏡っ娘 

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