紬が教えて あ・げ・る
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「さぁ、唯さん。怖がらないで」

「う、うん。怖くなんかないよ」

私の目の前でウサギのように震えている彼女。

うふふ……触れただけでこんなになってしまうなんて、この先大丈夫かしら?

力を入れれば折れてしまいそうな躰。

その儚さに興奮してしまう私は、悪い子。

「私に全てを委ねて下さい」

「うん。私、大丈夫だから」

怯えているのは分かりきっているのに、必死に隠そうとする彼女。

はぁ、このいじらしさが、また堪らないんですよね。

「大好きですよ、唯さん」

「あっ……」

 

ちゅっ……

 

軽く触れ合っただけの口付け。余韻を残しながら、離れていく唇。

何て素晴らしいのでしょう。

そっと呼吸するだけで肺を満たす香り。

唇へと残された彼女の感触。

「うふふ……ご馳走様です」

「えっ? あの、その、どうも……」

あらあら、唯さんは混乱しているみたいですね。

ふぅ、このまま先に進んでしまっては、無理やり奪ってしまった事になるかもしれません。

そんな事は出来ませんね。

初めてはロマンチックな雰囲気の中で、素敵な思い出にならないと……。

唯さんが元に戻るまでの間、私はちょっと回想に浸ってみることにしましょう。

 

 

     ◇

 

 

「ムギちゃん。私に女の友情を教えて下さい!」

「はい?」

ロールケーキを切り分けながら、みなさんを待っていたところへ、唯さんがどたどたと駆け込んできました。何を慌てていらっしゃるのでしょうか?

今日はどんな表情を見せてくれるのかと考える、私の素敵な時間。

それが壊されてしまったのは残念ですが、やっぱり目の前の彼女にはかないませんね。

「女の友情ですか?」

「うん、女の友情」

彼女の様子はいつもと変わりなく、全身から楽しさを溢れさせている。

「リッちゃんに聞いたら、ムギちゃんが詳しいって言われました!」

「そう……ですか」

女の友情というと、唯さんと澪さんがいつもやっているような――違いますね。

律さんが私に任せてくれたということは、"もっと先"を期待していらっしゃるからでしょう。

「お願いムギちゃん、私に女の友情を教えて!」

目の前で頭を下げていらっしゃる唯さん。

その一途な姿は私の大好きな"一生懸命な唯さん"。

心のどこかではいけないと分かりつつも、彼女の頼みを断れるはずもなく、私は頷いてしまいました。

「分かりました。私でよろしければ……いえ、私が唯さんにお教えしましょう」

「うん、ありがとう♪」

 

 

     ◇

 

 

「はぅ……」

私が回想から帰ってきても、唯さんはそのままでした。

「あの〜、唯さん大丈夫ですか?」

「はわわわ……」

大丈夫ではなさそうですね。

どうしましょう?

「ふわんって……ふわんって……」

唇の感触かしら?

確かに、ふにゃってして、暖かくて……甘かった。

キスなんてしたことありませんでしたが、甘いなんて知りませんでした。

唯さんから香る匂いに包まれて、それだけで幸せいっぱいになれる。

唯さんの息づかいを聞いているだけで、安らかな気持ちになれる。

そして、唇に触れた柔らかさは、天にも昇れそうな素敵な感触。

「うふふふ……」

唯さんを見つめているだけで、頬が熱くなってしまいます。

「ぷにゅって……ムギちゃんの唇が、唇が……」

至高の一時。私と唯さんだけの時。

いけないことだと分かっていても、もっと求めてしまう。

唯さんの唇。唯さんの声。唯さんの心。

全てを私のものにしたい。

そして、唯さんに私の全てを知って欲しい。

「親愛を深める為にも、もう少し教えて差し上げましょう」

心の奥で眠っていた気持ちに気が付いてしまった今、もう止まれません。

 

ちゅぷっ……

 

「キスには沢山の種類があります」

バードキス、リズムキス、カクテルキス……。

「挨拶を交わすための軽いキスと、親愛を深めるための深いキス」

友愛を伝えるキスと、愛情を伝えるキス。

「様々なキスがありますから、色々と教えて差し上げますね」

「うん、気持ち良かったし、他にも教えて欲しいな」

私の言葉に素直に頷く唯さん。

何て可愛いんでしょう。もぅ、食べちゃいたいです。

「はぁ、はぁ……分かりました。私が責任を持って、お教えします」

思わず荒くなってしまった息を整え、私は唯さんの唇を塞ぐ。

 

はむ……くちゅっ……

 

体に染み渡るような音。

私と唯さんの唾液が混ざり、脳を痺れさせていく水音。

「ム、ムギちゃん……」

学校、それも部室である、音楽室での密事。

誰かが来るかもしれない、誰かに見つかるかもしれない。

それなのに、私は止まれません。

「唯さん、もっと舌をだして」

おずおずと出てくる彼女の舌。

その様子が……その表情が……私の興奮を駆り立てる。

 

ぴちゃ……ぐちゅ……

 

ざらざらとした舌が私を痺れさせ、ぷるんとした唇が私の理性を削っていく。

私の熱と、唯さんの熱が混ざり、体がどんどんと火照っていく。

「はぁ……そ、そんなに吸っちゃ……」

ちゅっちゅっちゅっとリズミカルに、丁寧に唯さんの舌を吸い上げていく。その度に甘い唾液が出てきて、私の喉を潤してくれる。

美味しい。

今までに味わったどんなものよりも甘美な味。私の理性を溶かしつくす、麻薬。

口にしてしまえば逃げることは叶わず、更なる刺激を求めてしまう。

「唯さん、任せるだけでなく、唯さんからも求めて下さい」

それでも、私が一線を超えていないのは"教える"という立場の為。

彼女に愛し方を、愛を与えることの喜びを知って欲しいから。

「う、うん。私がムギちゃんにしてあげるね」

何事も一生懸命な彼女。

私を愛する時も、頑張ってくれる。

拙いながらも、私を愛してくれる。

「んっ、んちゅ……」

彼女の舌が触れた部分。そこを中心に口内が痺れてくる。

ぴりぴりと、ビリビリと気持ち良さが広がっていきます。

「んふっ。……んぁぅ」

目をあけると一生懸命、私の口内を貪る唯さんがいる。

その姿は、私の想像の中にしかいなかったはずのモノ。

その姿は、私の妄想の中でしか許されていなかったはずのモノ。

それなのに、目の前に存在している。

私だけの妄想でも、夢の中の出来事でもなく……音楽室で向かい合っている。

「んんっ!」

唯さんの可愛さに見惚れていたら、背筋に電流のようなものが走りました。

何でしょうか?

「ムギちゃん、大丈夫?」

「大丈夫ですよ。気持ち良かっただけですから……」

あれ? 私は何を言っているのでしょう?

さっきのは気持ち良かったのでしょうか?

「あはっ、そうなんだ♪ だったら、もっとしてあげるね」

嬉しそうに笑って、彼女が舌を絡めてくる。

そしうしてもたらされる快楽は、私が予想も出来なかった。

「はぅ……っん!」

私が唯さんの舌を絡めている時には、感じられなかった情熱。

私から唯さんを求めている時には、知ることが出来なかった気持ち良さ。

慈しむように、優しく私を包み込まれる。

唯さんに求めて頂くのがこんなにも気持ちが良いだなって……夢の中でも、妄想の中でも、想像出来ませんでした。

「ちゅっ♪ ムギちゃん、可愛い」

「唯さん、とても……お上手ですよ」

求めて、求められて。時が経つのも忘れて貪り合う。

唯さんだから、唯さんだからこそ、没頭してしまう。

制服の皺も、ここが音楽室である事すら忘れてしまいそうになる。

澪さんや律さんが来てしまったらどうしましょう?

どんな風に説明しようかしら――

 

 

     ◇

 

 

「その……ムギちゃん」

「はい、何ですか? 唯さん」

当初の目的からは外れ、ただ愛し合うだけの時間になってしまいましたが、これはこれで良いものですね。

「ま、また今度も教えて欲しいな」

「えっ?」

また、今度もですか?

「えーとね、その、気持ち良かったし……ムギちゃんさえ良ければなんだけど」

「気持ち良かった?」

唯さんが気持ち良かった。

唯さんは、私のキスで感じてくれたのでしょうか?

「も、勿論、感じているムギちゃんも可愛かったし、1人締めしたいし……って、違う違う。それだけじゃないの!」

か、可愛かった?

可愛かったって、この私がですか?

澪さんのような美しさは、私にはありません。

律さんのような元気は、私にはありません。

勿論、唯さんのような可愛さも、私にはありません。

それなのに可愛い!?

「う〜、失敗しちゃったぁ」

それに、1人締めにしたいって……誰が誰を1人締めにするんですか?

律さんが澪さんを?

いえいえ、そうではありませんよね?

そうなると、唯さんが私を1人締めですか?

私が唯さんを独占してしまってもよろしいのですか!?

「と、とにかく、次の時もよろしくね!」

叫ぶように別れをつけると、唯さんは走って行かれました。

咄嗟の事に、何も出来ない私は置いてきぼり。

さよならのキスも、彼女を追いかける事も出来ませんでした。

ところで、先程の唯さんの言葉……私は唯さんに好かれていると勘違いしてもよろしいのでしょうか?

愛の告白と取らせて頂いても、よろしいのでしょうか?

 

――ふぅ、今夜は眠れそうにありませんね

 

説明
けいおん! より紬×唯です

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