ノーライフキングの日常 4話 領主の仕事と幼女の事情
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4.

 

朝食ののち、鍛冶ギルド長が来るまで政務を行う。

 

装飾のない政務室に、これだけは贅の尽くされた黒檀の机の上に、小山になった報告書や申請・嘆願書・見積もりがある。

 

吾輩は山の上から一件ずつ片づけていく。

 

・・・南方にある領内の鉱山の鉄鉱石掘削中に黒い油がにじみ出ているらしい。

 

報告の日付は本日の朝方だ。

 

よほど急いだのか、鉱山からの早馬でなければこの時刻に届くまい。

 

現場責任者としても、危険性の有無で作業を進めてよいかの判断ができなかったのだろう。

 

であれば、一度視察して資源なのか、毒性のあるものか精査せねばな。

 

吾輩の英知では、その黒い油は恐らくアレと予想している。

 

念のため油が発生した箇所の掘削を中断。火気厳禁としたうえで封鎖させ、別の位置の掘削を命じた命令書を書き上げる。

 

次はこれか。

 

最近、近領の治安が悪化して、流民が我が領内に流れる人員が増加したという報告があった。

 

我が領は広い土地の割に領民が少ないため、移住希望者は積極的に受け入れる体制にある。

 

安易に使う言葉ではないが、人は宝、だ。

 

現在は他領から来た貴族の三男、四男あたりを採用して人員の管理を任せている。

 

今日来る鍛冶ギルド長に下部組織の木工ギルドへ呼びかけをさせて、住居の手配をさせるか・・・。

 

資金は吾輩の懐から捻出することにする。

 

パーティの出席を5回ほど抑えれば問題なかろう。

 

・・・欠席の大義名分も立つしな。対外的には政務繁忙による欠席とすればよい。

 

そうして政務に集中すると、部屋の外、廊下を歩く気配があった。

 

この独特の歩調はまさか。

 

吾輩の政務室に涼やかな来訪の鈴音が鳴った。

 

「入れ」

 

扉が開き、怜悧な容貌をした美しい男が入室してきた。

 

「ただいま戻りました。あるじ様」

 

家宰のディードリッヒ。

 

使者を命じていたが、無事戻って何よりだ。

 

吾輩の生まれる前からアルバルト家の家宰をしているが、面立ちは若々しいため、正確な年齢が分からない。

 

分からない、というのは年齢の質問をした途端、リアナに近しい妖気を発するからだ。

 

吾輩は無用な軋轢を生む愚は犯さぬ。以降は詮索はやめにしている。

 

ディードリッヒは忠実な家臣としての懐刀であり、師でもある。その事実だけでよい。

 

能力は高く、政務の代行や家事をつかさどっている。頼もしい男だ。

 

但し、吾輩を見るまなざしに少々問題がある。

 

幼き頃は、慈愛のまなざしであると吾輩は思っていたのだが、今ではそうではないと分かっている。

 

不本意ではあるが、所謂アレだ。likeではなく、Loverの要素、アリ。

 

迂闊にこの鬼手を引けば、踏み込みたくないバラの園へ堕ちゆく恐怖。

 

今もねっとりとした視線が吾輩の顔・胸元からうつり、尻周りを這ってゆく。

 

15日のブランクは奴からくる視線の耐性を減少させており、対して、恐るべきことに奴の興奮度が増しているようにも感じられる。

 

「お。おお、大儀であったな、ディード」

 

吾輩は、袖の下の鳥肌を強くこすってから己をなだめ、何食わぬ顔で労をねぎらった。

 

「あるじ様におきましてはご機嫌お変わりなく」

 

うん、お前が入室するまでは平常のご機嫌であったよ。

 

「では報告を頼む」

 

「はっ」

 

「アスラーン領のベノム殿はなんと申されていた?」

 

「やはり、政務を理由に辞退するには限界があるかと・・・」

 

「見合いを断ってきたがそろそろ潮時か」

 

「御意。そろそろ腹をくくられるのがよいかと」

 

「独り身が気楽なのだがな・・・」

 

ベノム殿は御年802歳の叔父である。

 

以前から娘のナスターシャを嫁に、と言ってきた。

 

これまで4度の見合いの誘いがあったが、理由をつけてその日程を引き延ばしてきた。

 

気づかいはありがたいが、吾輩としては困っている。

 

何故なら、その娘がややヒト種を軽んじるような意識を持っているが故だ。

 

もし妻として迎えるなら、我が領の施政や思想にそぐわない。いずれ綻びとなり領内が荒れてしまう。

 

だが、このままというわけにもいかないだろう。

 

「仕方ない。ナスターシャ殿に会おう」

 

途端、ディードリッヒは悲しみの表情となった。

 

「あるじ様もいよいよ身を固められますか」

 

「そのつもりはないが、断るにしても吾輩自ら赴かねばベノム殿の面目も立つまい」

 

「然様でございますか」

 

ディードリッヒの表情は春の訪れのような、暖かなものに変わった。

 

・・・なぜキサマが喜ぶ。

 

 

 

 

「では、アルバルト様。私はこれで」

 

「うむ。ギルド長、後はよろしく頼む」

 

昼食を共にした後、応接室で今後の打ち合わせを終えると、鍛冶ギルド長は退室した。

 

カップに残った茶で唇を潤しつつ、別案件の政務に思考を巡らせていると、ノック音が耳に入ってきた。

 

「旦那様。よろしいでしょうか」

 

「ああ」

 

一拍ののち扉が開くと、リアナがミィナを伴い入室してきた。

 

そうか、事情を聴く予定であったな。

 

執務室には、吾輩と娘、リアナのみ。

 

吾輩はソファの着席を促したが、ミィナはそうせず、対面のソファより5歩ほど下がったところで石張りの床で正座をした。

 

幼女はその場で三つ指をつきつつぎこちなく頭をさげた。

 

「ごりょうしゅさま、おやくめをはたせずもうしわけありません」

 

おやくめ・・・。血の晩餐のことを言っているのか。

 

「わかった。そのソファに座りなさい」

 

だが、幼女はその場に伏したまま動こうとしない。

 

吾輩はリアナに彼女をソファに座らせるよう目で命じた。

 

果汁の絞ったジュースを飲ませ、落ち着いたところで事情を聴くことにした。

 

ぽつり、ぽつりとその小さな口から話を聞くうちに吾輩の目は徐々に赤く染まり、赤光を放ちだす。

 

血の晩餐に同意したのは、食うものも頼るものもなく、たまたま買い出しに出ていたリアナを見かけ、縋りついたのだそうだ。

 

リアナは土着の領民すべての顔は記憶していたので、浮浪の子供ではないとわかったそうだ。

 

「親はどうした」

 

「・・・しにました」

 

「そうか」

 

「旦那様」

 

リアナが吾輩の左手の甲にそっと手を触れた。

 

「すまぬ」

 

吾輩の瞳の色は戻ったが、憤りはいささかも減じなかった。

 

もみじのような小さな娘の手の甲には、水滴がたまっていた。

 

「ミィナ。まずは領主として親を守れなかったことを謝罪する」

 

リアナにミィナと連れ立って下がらせたのち、ディードを呼んだ。

 

 

 

娘との話の最中、現状で分かっている裏をディードリッヒに取らせた。

 

家宰とメイドは吾輩の前で畏まっている。

 

「なぜ最初に来た時、娘を追い返した」

 

「薄汚れた娘に、物乞いと取り合わなかったそうです」

 

冷たいメイドの言葉。

 

「正門詰所のものはたれか」

 

「ギザース領から最近流れてきた吸血鬼族の男です」

 

家宰は城内の人事を把握している。返事は早かった。

 

「首を刎ねよ」

 

「しかし、ギザースの領主が黙っていませんが」

 

「わが臣に連なるものに、傲慢なるものは必要ない」

 

「かしこまりました」

 

「娘の両親は魔物に殺された。当日の巡回責任者だれだ」

 

「ドゥーンダルクでございます」

 

「呼べ」

 

またたきもせず、騎士がそばに立った。

 

この騎士はわが臣で武力では最も信を置いているもの。

 

それだけに裏切られた感があった。

 

武骨な武辺ものの男は、拳を握りしめていた。

 

「どういうことだ?」

 

「・・・十分に引き付けられたところを西側より攻め入られました」

 

「侵入した者どもはどうした」

 

「すべて撃退しました」

 

吾輩は手の甲でドゥーンダルクの頬を張った。

 

重い騎士甲冑を纏った男の体は、広い応接室の壁にぶつかり崩れ落ちた。

 

「それで領民が損なわれては意味がないわ!」

 

「弁明の余地もありません」

 

大柄な男はその場で伏した。

 

「どこのものか。即調べよ。こざかしい策を弄した報いを受けさせてやる」

 

「・・・旦那様」

 

気のせいか、リアナの目が柔らかくなった印象がある。

 

「領民は領の資産だ。それを荒らされてだまっていられるか。ただそれだけだ。・・・すまなかった、ドゥーク」

 

「いえ。お怒りごもっとも。某の力が及ばず、申し訳ありませぬおやかた様」

 

娘の悲しみに満ちた目と涙が心に残った。

 

「落とし前はつける」

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久々投稿その2
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