38(t)視点のおはなし その9(後編)
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天地に響く巨獣の咆哮。破滅を振り撒くその巨獣の牙が、最初の獲物を捕らえ。

128o砲の直撃を真正面から喰らい、“縦”に回転して横転するB1bis。

千切れ飛んだ履帯が、野晒しの死体の片腕の如く垂れ下がり、無残な様相を晒しておりました。

戦車にとっては決して広くは無い路地を、殊更窮屈そうに突き進む巨獣。

しかし、常識外れの「厚い皮膚」を持つその巨獣に、もはや回避は必要無く。

B1bisの仇とばかりに、V突から放たれた砲弾が虚しく弾き返され、巨獣の二噛み目。

巨砲はV突の左履帯を転輪ごと抉り取り、紙細工同然に軽々と横倒しにされて、沈黙。

瞬く間に二輌の戦友を薙ぎ倒した、鉄の巨獣。

その名は、超重戦車・マウス。

彼の国の総統閣下の、狂気と妄想が作り出した、地上最強の“鼠”で御座います。

 

隊長の西住殿が対・黒森峰決戦用に考案した秘策。

市街地の入り組んだ地形を利用し、黒森峰の戦力を攪乱・分散させ、フラッグ車を孤立化。

西住殿の姉君、まほ殿操るティーガーTとの一騎打ちに持ち込む、決死の分断作戦。

その市街地決戦を前に、しかし私達の眼前に立ちはだかったのは、黒森峰の秘蔵っ子。

恐らく戦闘が市街地に及ぶ事すら想定していたのでしょう。有ろう事か超重戦車マウスを、

予め市街地へと潜ませていたので御座います。

市街地決戦では敵フラッグ車を廃校舎に誘い込み、唯一の通路をポルシェティーガーで

蓋をする事で、決闘場の完成とする算段でありますが。

マウスの圧倒的火力を前にしては、彼の前面装甲すらもはや城壁の意味を成しません。

つまり、どちらにせよこの巨獣を仕留めなければ…私達が勝利を手にする見込みは無いので御座います。

 

巨獣・マウスの砲火は、その威力以上に、ある種の怨念に満ちている様にすら、私には感じられました。

総統閣下の暴走の産物、超重戦車マウスは、その並外れた巨砲と常軌を逸した超重装甲の代償として、

重戦車としてすら常識外れの超重量と、それに起因する足回りの脆弱性を抱える結果となりました。

彼が市街地に潜伏していたのも、黒森峰の市街地迎撃ドクトリンであると同時に、その走破性故に

不整地で隊列を組んでの行動は不可能と判断し、斯様な場所へと配置された結果なのでしょう。

生まれ持った欠陥故に、仲間と共に並び立ち戦う事すら許されぬ悲哀。

それが物言わぬ鉄の巨塊の魂すら歪ませると言う事は、似た境遇の友を持つ身としては

すぐさま理解が及びました。

マウスと同じく欠陥兵器の烙印を押された不遇の虎、ポルシェティーガーは

既にその境遇に思い至り、微かに複雑な面持ちを浮かべております。

 

建物を瓦礫に変え、地面を抉り穿つ、怨嗟の込められた砲撃。

しかし、彼の境遇に同情こそすれ、私達とて此処で敗北する訳にはいきません。

どうにかして、この巨獣を仕留めなければ。

黒森峰の本隊はこうしている間にも距離を詰め、市街地へと迫っています。

手をこまねいていれば、あっという間に此方が包囲され、殲滅は免れない。

しかし、もはや装甲と言うより城壁に等しい防御力の車体は、75mmは勿論の事、88mmすら物ともしません。

一体どうすればいい?

どうすればこの化け物に引導を渡す事が出来る?

十重に二十重に考えを巡らせながら応戦していると―確かに聞いたのです。

W号の、笑い声を。

 

W号が、笑っている。

数十年前、初めて出会った日から、今日この日まで、“軍馬”の渾名の通り只々忠実に職務を全うし、

私達の様に感情を表に表わす事の殆ど無かった、あのW号が。

彼は一頻り笑った後、困った様な可笑しい様な、どちらとも付かぬ様子で私に言ったのです。

―同情するよ―と。

ああ、成る程。

西住殿が、超重戦車の攻略法を遂に思い付いたので御座いますね。

そして恐らく、その為には私に、相当な無茶をさせる御積りで有る、と。

それは何とも…楽しみで御座いますなぁ!

 

マウスと遭遇した集合住宅跡を抜け出し、広い公道へと躍り出て待ち受ける私達。

立ちはだかる物全て、撃ち伏せ、踏み潰し、捩じ伏せる。

歪んだ自信に満ち満ちて、悠然と突き進み、私達の前に対峙する、超重戦車マウス。

「とっつげぇーきっ!」

号令と共に、矢は放たれた。五輌の勇士が一斉に突撃を敢行。

此方の動きを、破れかぶれの吶喊と受け取ったマウスは一笑に付します。

それ故に見え透いた狙いの砲撃をひらり、と躱すと、散開したW号達を置き去りに、私は独り加速。

エンジンが唸りを上げ、全速力を持って吶喊。

と言っても、当然の事ながら破れかぶれの吶喊などでは御座いません。

俯角を一杯に取った主砲と、なだらかな斜面を描く前面装甲。

そんな私の車体を以って目掛けるは…マウスの正面、その足元!

 

鋼鉄同士がぶつかり合う、凄まじい衝撃音が響き渡り。

前進中だったマウスの慣性と、全速力の私の突撃とが奇しくも噛み合い、超重戦車の車体が

私の傾斜装甲の車体へと乗り上げます。

まだ回転中のマウスの履帯が、私の装甲の表面を紅葉卸の如く摩り下ろしますが、

そんな事は構いはしません。

前進を緩める事無く、マウスの車体を更に掬い上げる事で、その巨体の重量は一気に後部へと集中。

転輪が軋み、シャフトが擦れ、履帯が食い込み。

巨獣はその自重故の負荷に依って、身動きの自由を奪われたのです。

 

ポルシェティーガーを伴ってマウスの右側面に回り込むM3。

これより前、市街地へと転進する際、渡河中にエンジン不調を起こし擱座しかけた所を

西住殿の決断により救われた彼は、今や目覚ましい成長を遂げた一年生達と共にその恩に報いるべく、

気迫に満ちた猛攻を浴びせかけます。

効く筈の無い砲弾と機銃の雨霰に、苛立ちを見せるマウスが巨砲をM3に向けますが、それこそが狙い。

砲塔を横に向けた事で、大きく開けた上面装甲を露わにした所へ、この瞬間を待っていた八九式が

速度を上げ、私の車体を踏み台にして駆けあがり、マウスの上面に乗り上げる。

マウスの上面を巧みに切り返して砲塔にぴったりと横付けを果たし、砲塔の旋回を阻止します。

忌々しげに身じろぎし、砲塔を旋回させ八九式を振り払わんと、そして私を踏み砕かんとするマウス。

八九式が中戦車を侮るなと火花を散らして履帯を空転させながら踏ん張り、

それに応える様に私も、更にマウスの足元を掬い上げます。

 

マウスの超重量に八九式も加えた全荷重が私の車体に圧し掛かり、装甲がひしゃげ、空転するトルクが

熱へと変わって内燃系を焼き焦がし、サスペンションが捩じれ曲り、

もはや異常を来していない個所を探す方が早く済む程の満身創痍。

それでも…何の…まだまだ。

その後ろを、土手を駆け上がりマウスの背後に回り込んだW号が、その後部スリットに狙いを定め。

「もうダメだぁ!」

「もう持ちこたえられない!」

頼みます!W号!!

私の叫びに応えたW号から放たれた75o徹甲弾が、スリットに撃ち込まれ、爆裂。

猛り狂う巨獣が断末魔の咆哮を上げ、激しい炎と黒煙を吹き上げ…白旗。

マウス、沈黙。

 

遂に、仕留めた。

総統閣下の狂気と妄想の産物を。

怨嗟に満ちた狂った巨獣を。

超重戦車・マウスを!

誰がこんな番狂わせを想像したでしょう!誰がこれ程のジャイアントキリングを予想したでしょう!

私達以外にこんな真似、出来る物ならやって見るが良い!!

完全に沈黙したマウスの足元から、ポルシェティーガーの牽引を補助に這い出し、今尚迫り来る

黒森峰本隊との最終決戦を控え次の行動へと移ろうと移動を始めた、その時。

私の体内で、無数の屑鉄が乱雑に撹拌される様な不吉な不協和音が鳴り響き。

偵察中だったM3が脇道から合流し駆け付けると同時に、私の中で決定的な“何か”が、終焉を迎えました。

サスペンションは伸び切り自重を支える力を失い、シャフトは正しく動力を伝達する力を失う程に捩じれ、

過熱に耐え切れ無かったエンジンが黒煙を吐き出し…沈黙。

次の瞬間、白旗。

 

嗚呼、後少しなのに。

後一歩で勝利を手にする事が出来るのに、どうやら私は此処までの様で御座います。

「はぁっ、よくやってくれたな、ここまで」

「うん…」

「我々の役目は終わりだな…」

車内に漏れ出した煙に顔を煤けさせた生徒会の皆様が車外に身を乗り出し、私に労いの言葉を下さいます。

肝心要の決戦を前に落伍してしまった私には、勿体無いお言葉。

最終決戦を前に、大洗チームの残存戦力は四輌。対して、黒森峰は十四輌。

果たして、西住殿の指揮を以ってしても、作戦を成功に導くことが出来るので有りましょうか。

一瞬たりとも脳裏を過ぎった疑問は、私の眼前に在った光景を前に、一瞬で氷解致しました。

 

その身に希望を背負い、並び立つ四輌の勇士達。

もはや言葉を交わさずとも通じ合い、託された想いに、乗員と共に背中で応える戦友達。

若き可能性と共に歩み、その成長を見届け続けた「名将」M3リー。

旧式の限界を人機一体となりて乗り越え、大和魂を体現せしめた「鉄牛」八九式中戦車。

自動車部の皆様の献身に応え、“虎”の意地を見せつけた「猛虎」ポルシェティーガー。

そして、“軍神”をその身に預かり、忠実に、しかし妥協する事無く勝利を牽引し続けた「軍馬」W号戦車。

彼等が居れば、何も案ずることは無い。

必ずや大洗に、勝利を約束してくれる。

「後は任せたよっ!」

「頼むぞっ!」

「ファイトっ!」

私からも、どうか皆様を、そして大洗の勝利を、頼みます!

 

「…はいっ!!」

西住殿がその想いに応えると、踵を返しW号の下へ。

四輌は一際大きくエンジンを吹かし、轟音を以って返答の代わりとします。

最終決戦へと向かう戦友たちの雄姿を、最後まで見届け、見送り、その姿が彼方に消え入った頃。

「河嶋、小山。ここまで付いて来てくれて、ありがとうな」

「…お礼を言うのはこちらの方です、会長」

「会長のお陰で、ここまで来ることが出来ました…あとは西住さん達を、信じましょう」

改めて互いの健闘を讃える生徒会の皆様。全てを出し切った彼女達の顔に、悔いの色は一片も有りません。

「オマエもありがとうなぁ、“ヘッツァー”」

そして、私の車体一杯に手を広げ、抱き寄せるような仕草で、愛おしそうに労いの言葉を紡ぐ角谷殿。

それに合わせる様に、河嶋殿も小山殿も、その手で私の装甲を優しく摩り、労って下さいます。

人と物。その隔たりを前に、互いに言葉を交わす事は出来ませんが。

それでも、今この瞬間だけは、彼女達と心が通じ合えたかのような、気がします。

共に戦った乙女達の慈しみと温もりをその背に感じながら、私の戦いは終わりを告げたので御座いました。

 

 

 

赤々と燃ゆる夕日に染め上げられた富士の麓。

戦車回収車に乗せられ、集結した大洗の八勇士は、皆一様に戦傷に塗れ、満身創痍の有様でした。

フラッグ車W号の盾となり、後部に88mmの直撃を浴びた三式。

マウスの巨砲を真正面から喰らい、履帯が千切れ飛んだB1bis。

同じくマウスの一撃を喰らい、転輪ごと左履帯を吹き飛ばされたV突。

エレファントとヤークトとの死闘を演じ、前にも後ろにも生傷を刻みながら、相打ちに持ち込んだM3。

重戦車軍団を相手に決死の囮役を演じ、最後は砲弾を真面に喰らい散った八九式。

フラッグ車同士の一騎打ちの門番として、堂々たる弁慶の立往生を演じて見せたポルシェティーガー。

そして、西住殿の姉君、まほ殿駆るティーガーTと、ボロボロになりながらも死闘を演じたW号。

その醜態とは裏腹に、私達は誰一人恥じ入る事無く、むしろ清々しさを以って此処に集っておりました。

 

武部殿と五十鈴殿に支えられ、W号から降車する西住殿の下へ、チームメイト全員が駆け寄り、

その健闘を口々に讃えます。

感謝の言葉を紡ぎながら、遂に堪え切れずわんわんと泣き出してしまう河嶋殿。

そんな彼女を慰めながら、自身もうっすらと涙を浮かべる小山殿。

そして、溜まりに溜まった感情を爆発させ、西住殿と情熱的な抱擁を交わす角谷殿。

喜びの感情が伝播し、チーム全体を包み込んでおりました。

やがて表彰台へと舞台を移し、一堂に会し整列したチームメイト達の中央で、

西住殿に手渡された大旗が高々と掲げられ。

 

「…優勝、大洗女子学園!!」

 

風にたなびく優勝旗と共に、大洗女子学園の優勝が告げられると同時に、

歓喜と称賛と、健闘を湛える歓声が大洗戦車道チーム全員へと捧げられ、東富士演習場に響き渡ります。

私達が、勝ち取った勝利。

私達と乙女達とで、勝ち抜いた勝利。

廃校の危機にあった、戦車道素人の弱小校が、弛まぬ努力と信じ合った友情とで築き上げた奇跡の体現。

彼女達の希望を、未来へと繋ぐ事が出来たと言う、この僥倖。

有難う御座います、河嶋桃殿。

有難う御座います、小山柚子殿。

有難う御座います、角谷杏殿。

有難う御座います、大洗学園・戦車道チーム。

斯様な奇跡の瞬間に立ち会うことが出来る私達は…まさしく果報者と言う他有りません!!

 

 

 

「陸」の大洗から商店街を抜けて、「船上」の大洗へと続く街道。

整然と一列縦隊を組み、優勝旗を旗印代わりに行進して行く、大洗女子学園・戦車道チーム一同。

奇跡の優勝から一夜が明け、「陸」の大洗町へと帰って来た私達は、地元の皆様の盛大な歓待を受け、

御厚意によって優勝記念の凱旋パレードを開催して頂ける運びと相成りました。

東富士から大洗へ帰郷するまでのたった一晩で、私含む全ての車輌をとりあえず自走可能な状態に

修復して見せた自動車部の皆様の手腕には、相変わらず頭が下がるばかりで御座います。

閑静な住宅街を通り抜け、港へと続く商店街へ入ると、そこには祝福の横断幕や手旗を掲げ、

大手を振って総出で出迎えて下さる大洗町の住人の皆様方。

チームメイトの皆様も、手すきの方々は車外へと身を乗り出し、

街道へと集まった歓迎の人だかりの声援に思い思いに応えます。

 

角谷殿もまた、声援の中で堂々と、そして晴れ晴れとした表情を浮かべておりました。

一方の河嶋殿は、重責からの解放感からか、只でさえ緩い涙腺が完全にお釈迦になってしまったのか、

今尚瞳を潤ませ泣きじゃくりハンカチが手放せない始末。

そんな二人に車外を任せ、はにかみがちな顔でしっかりと私の手綱を握り、悠然とした行進を掌る小山殿。

彼女達をその身に預かり、この栄えある舞台へとその身を連ねる事は、嘗ての大戦の最中ですら

ついぞ味わう事の叶わなかった、真に光栄なる瞬間で御座います。

彼方に見えるは、港に停泊中の大洗学園艦。その姿を瞳に浮かべ、生徒会の皆様は一様に破顔し、

自分たちが勝ち取った物の大きさを実感するので御座います。

皆様で勝ち取った優勝。

皆様で勝ち取った未来。

皆様で勝ち取った、私達の帰るべき場所。

 

私の名は38(t)戦車、改め、駆逐戦車ヘッツァー。

チェコスロバキアで生を受けながら、ドイツ軍で運用される数奇な運命に翻弄された車輌。

世界を血の紅と炎の朱に染めた先の大戦にて、全てを失った敗残の兵。

 

そして今は、第二の故郷・大洗女子学園にて、

乙女達と共に戦い、その成長を見守る役目を与えられた、幸福な戦車で御座います!

 

おわり

説明
これにて38(t)戦車のおはなしはおしまいです
ここまでお付き合いいただいてありがとうございました
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タグ
ガールズ&パンツァー

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