花つ月に想い染め
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いつもとは少し違う自分が、鏡に映し出される。

 

左耳の上に可愛く主張するヘアアクセサリー。淡く透けた桜の小花が3つ、その先端には同色の雫型パーツが揺れている。代わり映えのしないおさげ頭も、こうしてひとつアクセントを入れるだけで、少しはあかぬけて見えるから不思議だ。

 

泉水子の背後にいる真響は、鏡越しに満足気に微笑んだ。

 

「泉水子ちゃん、かわいい。うん、これにしてよかった」

 

「どうもありがとう、真響さん。・・・似合っているかな」

 

このとても可愛らしいヘアピンは、真響からの誕生日プレゼントだった。素敵な贈り物に、泉水子の胸がいっぱいになる。だからこそ、自分に相応しいかどうか心配になってしまった。鏡の中に映る自分を睨むように見つめた。

 

この日のために買ったオフホワイトのレースワンピースとベージュのブルゾン。こちらも張りきりすぎて見えないだろうか。

 

「大丈夫。よく似合ってる。相楽の反応、こっそり見たいくらい」

 

そう言いながら、真響は泉水子の唇にグロスをぬってくれた。ヘアアクセサリーと同じ桜色が唇に宿る。

 

「そうだと、いいな」

 

泉水子は力なく答えた。期待したい気持ちはあるけれど、今までおしゃれに関して褒められたことがないからだ。むしろ気合を入れた日ほど、最初はよそよそしくなるような。

 

真響は苦笑して肩をすくめた。泉水子の髪型や着こなしをもう一度チェックすると、壁時計を見上げる。

 

「そろそろ、行ったほうがいいんじゃない?」

 

「・・・うん」

 

泉水子は少し緊張していた。これまでだって何度かデートをしているが、まだまだ慣れるものではなく、ましてや今日は誕生日なのだ。だからといって何かあるわけではないのだろうけど、なんとなく胸がドキドキしていた。

 

 

真響にお礼を言い、待ち合わせ場所である学園の門に向かった。

 

まばゆい光を手でさえぎる。3月の空は色が淡く、木々に緑が多くなってきた。桜の枝にはたくさんのつぼみが膨らんでいて、三分咲きといったところだ。満開になる桜並木を思い浮かべて、泉水子は頬をほころばせた。

 

約束の10分前、深行は片手をポケットに入れて、ケータイを操作していた。入学前の図書館は例外で、待ち合わせはたいてい彼の方が早い。

 

「おはよう、相楽くん」

 

深行はスマホから顔を上げ、泉水子をじっと見た。いつもは「ああ」だの「うん」だの返してくれるのに、その場で固まりなにも言おうとしない。泉水子は思わず髪をなでつけ、自分の服装を見降ろした。

 

(・・・やっぱり、似合っていないのかな)

 

「あの・・・私、変?」

 

頼りない声を出すと、深行は顔をそらし、泉水子の手を取った。

 

「・・・変じゃない。どこに行きたい?」

 

「ええと・・・」

 

どこでもいいよ、はだめだ。いつもお任せしてしまってるけれど、今日は泉水子の誕生日。せっかくお祝いしてくれるのだから、ちゃんと提案をしなければ。

 

むう、と考え込んでいると、深行は空いているほうの手でスマートフォンを操作した。

 

「前に予告編を見て鈴原が気になると言っていた映画がもうやっているが、どうする? 観に行くか」

 

「ううん、映画はまた今度でもいいかな。・・・私、深行くんとぶらぶらしたい」

 

何の気なしに興味を持ったことを、深行が覚えていてくれて嬉しかった。でも、2時間もじっとしているのは、もったいない気がしたのだ。泉水子の言葉に、深行は軽く目を見張った。

 

「そんなことでいいのか?」

 

泉水子が微笑んで繋がれた手に力をこめると、深行はそれ以上何も言わずに歩き出した。

 

出かけるとき、深行はいつも泉水子の歩幅に合わせてくれる。こんな些細なことが、嬉しかったり、こそばゆかったりする。

 

 

少し足を伸ばせば大きな公園があるということで、とりあえず駅に足を向けた。

 

いちいち切符を買うのではなく、今は電子マネーを利用している。初めて使用した時、泉水子はうんと感動した。機械とは相性が悪いとあきらめていたのに、今では普通の女の子と変わらず過ごせていることが嬉しい。

 

改札を通る前に深行のケータイが着信し、彼は液晶を確認して舌打ちをした。

 

「星野先輩だ。・・・どうせくだらない用だろうが、ちょっと出てくる」

 

深行が離れて電話に出ている間、泉水子は改札の脇にそれ、人の邪魔にならないように待つことにした。何かまくしたてている深行を見て、泉水子の頬が緩む。地を見せるほどメガネコンビと仲がいいのだ。

 

と、そのとき、急にふっと影が落ちた。見上げると、金髪で青い目の男子が頬を紅潮させていて、泉水子はびっくりしてたじろいだ。

 

外国人男子は満面の笑みを浮かべて、ペラペラと英語で話しかけてきた。壁に追い詰められるように迫られて、泉水子は混乱しながらも縮こまることしかできなかった。

 

ところどころで、「ジャパニーズ」や「ヤマトナデシコ」と言っているのが聞き取れた。日本の伝統でも探しているのだろうか。答えてあげたくても、泉水子の実力ではとても説明できる気がしない。

 

相槌のつもりでこくこくうなずくと、相手はいっそう顔を輝かせた。大きな手を泉水子のおさげに伸ばしてくる。

 

びくりと身を固めた瞬間、その手が横からさえぎられた。

 

「Stay away from my girl」

 

早口で言った深行の言葉を、泉水子は聞き取れなかった。語気が強く感じたのは英語だからだろうか。彼は泉水子を背中にかばうように立っているので、その表情も分からない。

 

深行は相手の返事を待つことなく、泉水子の手を引いてその場を離れた。その力強さから、機嫌を損ねていることがうかがえた。泉水子は足がもつれそうになりながらついて行くが、握られた手が少々痛かった。

 

駅のフォームに到着してから、泉水子は勇気をだして声をかけた。

 

「深行くん。あの、」

 

「お前さ。分からないのに、うかつに返事をするなよ。今度ああいうことがあったら、なんでもノーと言っておけ」

 

「だって、あのひと、観光場所を聞いていたのでしょう? もっと集中すれば言っていることが分かると思って。深行くん、教えてあげたの?」

 

深行は泉水子を見下ろし、目を細めてため息をついた。

 

「分かっていると思うが、受験に英語は必須だぞ。数学ばかりに気をとられていないで、もっと力を入れろよ」

 

いちいちごもっともで、泉水子は返す言葉もなかった。けれども、いつもの深行の様子に、呼吸が急に楽になった。怒ったのではなく呆れただけだったのだ。もっとリスニングの努力をしようと心に決めた。

 

 

5駅ほど先で電車を降り、駅前のお店でサンドイッチをテイクアウトした。泉水子の希望どおり、ぶらぶらと公園を歩く。

 

よく整備された花壇には花があふれていて、まるでお花畑のような公園だった。

 

中央には大きな池があり、可愛らしいアヒルやカモがたくさんいるのが人気なようだ。カップルや子供連れの家族が、楽しそうに写真を撮ったり餌を与えたりしている。それを見てうずうずしていると、深行がパンくずを買ってくれた。

 

カモたちは人慣れしているらしく、すーっと寄ってきて可愛かった。夢中になってあげていると、あっという間に空になってしまった。

 

それからベンチで昼食をとり、公園内を歩いて回った。山伏のこと、執行部のこと、2年生になってからのこと、いろいろなことをたくさん話した。

 

ときおり辛辣な言葉を挟まれるけれど、泉水子を思いやっての発言であることが感じられた。それでも、むっとすれば言い返すし、緊張していたことがウソみたいに楽しい時間だった。

 

 

ひとしきり歩き、それから公園に隣接するカフェに入った。

 

カウンターで深行はコーヒーを注文し、泉水子は桜色のカプチーノにした。

 

座って飲み物に口をつけると、急に心地よい疲れを認識した。けっこう歩いたことを実感しながら、春のドリンクを堪能していると、深行はおもむろに細長い小箱をテーブルの上に置いた。

 

泉水子は目を丸くして、マグカップを落としそうになった。

 

「えっ もしかして、私に?」

 

「他に誰がいるんだよ」

 

期待していなかったと言えばウソになるが、こうして一緒にいられるだけでも十分満足だった。泉水子は胸を高鳴らせて、小箱をそっと手に取った。

 

「ありがとう・・・。ありがとう、深行くん。開けてもいい?」

 

深行は泉水子を一瞥すると、頬杖をついて窓の外に目をやった。それを肯定と受け取り、泉水子は丁寧に包装紙を開けた。

 

見た瞬間に、可愛い、と言葉が出てきた。箱からストラップを取り出して、ゆっくりと目の高さまで掲げた。

 

きらきら輝く、スワロフスキークリスタルのストラップ。クローバーやお花などの小ぶりなチャームが可愛かった。泉水子はケータイを取り出し、さっそくつけてみた。

 

紫子が送ってくれた赤いケータイ。それを、深行がずっと持っていてくれた。異界でも泉水子と深行をつないでくれた大切なものだ。それだけでも特別なのに、彼からもらったストラップをつけると、よりいっそう愛おしく思えてくる。

 

「ありがとう。大事にするね」

 

泉水子は胸の前でケータイを握りしめ、溢れる気持ちを噛みしめた。

 

 

 

太陽が完全に沈む前に帰路についた。

 

春の夕暮れは優しい色。夕日が道端の花を照らすと、花に灯がついたようにあたたかい色になる。

 

見慣れた道が目の前に並ぶと、急に寂しくなった。楽しかった1日ももう終わりだ。自然と重くなる足取りを、気づかないふりをしてやり過ごす。

 

学園に戻り、寮の分岐に差し掛かったところで、泉水子は深行を見上げた。

 

「深行くん、今日はどうもありがとう。とても嬉しい誕生日だった。私、ずっと忘れない」

 

深行は「そんなこと」と言っていたけど、泉水子にとっては十分すぎるほど楽しい1日だった。精一杯感謝をこめてはにかむと、深行はつないだ手を引き、木陰へ誘導した。並木道より一段暗くなったところで、深行は木に肘をついて泉水子を閉じ込めた。背中に木が当たる。

 

「・・・深行くん?」

 

いったいどうしたのだろう。至近距離で見つめられて、心拍数が上がっていく。

 

泉水子は駅で外国人に話しかけられたことを思い出し、不思議だなと思った。追いつめられる形で見下ろされても、相手が違えばこんなにも気持ちが変わってくるなんて。

 

「大げさだな。誕生日なんて、来年も再来年も、この先ずっとあるだろう」

 

「え・・・?」

 

面白くなさげに言われて、泉水子の胸がことんと音を立てた。深行の中では、来年も再来年も当たり前に一緒に過ごしてくれるつもりなのだ。瞳の奥がじんわりと熱くなった。視界がにじんでいく。

 

深行は背を屈めて、泉水子に顔を寄せた。唇が軽く触れると、心がきゅうっと掴まれる感覚がした。

 

少し離れて瞳を合わせ、また唇が重なる。こちらは心臓の音に飲み込まれそうなほどドキドキしているのに、深行はいつも平然としているように見える。膝が少し震えて深行のシャツを掴むと、背中にすっと手を回された。

 

抱き寄せられて、深行の胸にすっぽりと顔がおさまった。頭を優しくなでられ、泉水子の口元が思わず緩む。大きく乱れた深行の鼓動に気づいたからだ。

 

ドキドキしているのは自分だけではなかったのだ。緊張よりも嬉しさのほうが大きくなり、泉水子は大好きなひとのぬくもりに、素直にすり寄った。

 

あたたかさに浸ったのもつかの間、大きな手に頬を包まれてまたキスをされる。

 

「ん、・・・んっ」

 

今度はいきなり深くて、幸福感を感じている余裕などすぐになくなってしまった。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

翌日から、泉水子はケータイを校内でも携帯するようになった。

 

校則では禁止されているが、もともと守っている生徒の方が少ないのだ。とはいえ、泉水子は使用するつもりはなかった。ただ、肌身離さず持っておきたいだけ。

 

 

昼食時はいつも深行と宗田きょうだいとテーブルを囲む。あと1週間で春休みということもあり、カフェテリア然り学園全体が浮き足立っているようだった。

 

真響と泉水子はオムライスにした。男子ふたりはカツ丼の大盛り、真夏にいたってはうどんまでつけている。いつ見てもその健啖家ぶりに感心してしまう。

 

泉水子は涼しい顔で食べ進める深行を眺め、なんとなくくすぐったい気持ちでブレザーのポケットの上からケータイに触れた。

 

「アンジェリカ、見慣れない子を連れてるね」

 

ふいに真響が言い、その視線をたどると、アンジェリカが自身と同じ金髪の男子と談笑しながらカフェテリアに入ってきたところだった。泉水子は「あっ」と声を上げた。

 

昨日駅で話しかけてきた外国人だったのだ。アンジェリカもこちらに気づき、彼を引き連れてやって来た。

 

「この春から入学する留学生です。昨日到着したから、早いけどいろいろ案内しているところよ。みなサン、仲良くしてあげてください」

 

アンジェリカがにこにこと紹介する。そういうことかと納得していると、外国人男子も泉水子に気づいたようで、驚きに顔を輝かせた。

 

ヤー!と言って泉水子の手を取りかけ・・・ピタッと止めて苦笑した。アンジェリカが意外そうに泉水子を見やる。

 

「なに? 鈴原サン、もう会っていたの?」

 

「あっ、昨日、駅で観光場所を聞か・・・」

 

「アンジェリカ。さっき高柳が探していたぞ」

 

いきなり鋭く口を挟んだ深行に、アンジェリカはきょとりと首をかしげた。

 

「今、会ったところよ。そんなこと言ってなかった」

 

留学生は泉水子を示しながらアンジェリカに話しかけた。当然泉水子は聞き取れず、アンジェリカの通訳を待った。

 

深行が慌てたように英語でなにかを言うのと、アンジェリカがにっこりうなずくのは同時だった。

 

「昨日鈴原サンを見かけて、あまりにもお人形さんみたいに可愛らしいので思わず声をかけたそうね。そうしたら、そこにいる彼氏がすぐに飛んできて『俺の女に手を出すな!』と怒られちゃったから、鈴原サンにも悪かったと言ってます」

 

「えっ」

 

日本語なのに、なにを言われたのか泉水子はすぐに理解できなかった。

 

宗田きょうだいは顔を見合わせると、同じタイミングで吹き出した。心なしかカフェテリア内が賑やかになったような気がする。

 

「ちょっと! そんなことを言ったの? 相楽」

 

「すげえ、シンコウ。映画のヒーローみたいなセリフ」

 

「言ってないっ ニュアンスがまったく違うだろっ」

 

深行が耳を赤くして抗議すると、アンジェリカは困ったように人差し指を顎にあてた。

 

「アレ? 違った? 日本語ムズカシイネー。Stay away from my girl・・・『俺の彼女から離れろ!』かな?」

 

「同じことじゃん」

 

真夏と真響がお腹を抱えて笑っている。

 

本当に深行はそんなことを言ったのだろうか。頬がこれ以上ないほどに熱い。

 

(からかわれているのかな・・・)

 

泉水子が顔を赤らめることしかできずにいると、深行はいきなりすごい勢いで丼をかきこみ、トレーを持ってガタンと席を立った。そのまま行ってしまう。

 

泉水子が頬の熱を持て余して窓の外に目をやれば、桜の花が春の光を受けて、美しく輝いていた。

 

 

 

 

 

Happy Birthday! Izumiko!

 

 

 

 

泉水子ちゃん、お誕生日おめでとう!!

深行くんを始めみんなにとても愛されている泉水子ちゃんの未来が、どうか光り輝くものでありますように!!

説明
3/21に書いた高1泉水子ちゃんのお誕生日話です。
「花つ月」は3月の異称。響きが可愛いなと思いました。
泉水子ちゃん!生まれてきてくれてありがとう!!
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