戦国†恋姫 三人の天の御遣い    其ノ二十一
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戦国†恋姫  三人の天の御遣い

『聖刀・祉狼・昴の探検隊(戦国編)』

 其ノ二十一

 

 

 駿府屋形とその城下は、かつての一乗谷や金沢城と名を変えた尾山御坊、そして春日山城の様に鬼が跋扈する地上の地獄となり果てていた。

 月明かりの下で鬼が女を犯している光景が其処彼処で繰り広げられている。

 女達は元から城下に暮らしていた者、近隣の村から攫われて来た者、更に東海道をやって来た行商人などの旅人だ。

 その殆どの女は気が触れて、心を閉ざすか肉欲に囚われて鬼の為すがままとなっている。

 対して人間の男の姿は皆無で、鬼に食われたか鬼になっていた。

 そんな駿府屋形上段の間に武田信虎の姿があった。

 しかし、その信虎も駿府屋形を奪い取った頃とは姿が変貌している。

 頭に角が、口には牙が生え、肌が死人の様に浅黒い鬼になっていた。

 

「やっと集まったか。我が贄共が。」

 

 信虎は顔の左半分に割れた般若の面を着けた顔で口の端を吊り上げ嗤っている。

 身に着けているのはその割れた面のみで、全裸の信虎の周りにはやはり全裸の女が十数人倒れていた。

 その内のひとりの足を掴んで引き寄せ、己の肉棒で女陰を貫く。

 そう、信虎は単に鬼となったのでは無く、股間に男根を生やしているのだ。

 それは過去に眞琴がザビエルに無理矢理飲まされた丸薬と同じ効果による物だった。

 肉棒に貫かれたのは光璃と同い年くらいの少女で、既に心が壊れていて濁った目で悦びの声を上げて身をくねらせる。

 

「晴信!信廉!お前らも我の摩羅で狂わせてくれる!死ぬまで何匹もの鬼子を産ませてやろうぞ!信繁は我と同じ鬼になる事を許してやろう。この力を手に入れれば晴信の甘言に惑わされていたと目が覚めよう。」

 

 信虎自身も鬼の病魔に冒され記憶と思考を支配されていてた。

 勿論本人はそうと気付く事は無い。

 信虎は己の意志で鬼となったと思い込み、自らが産んだ我が子を犯す夢想を抱いていた。

 いや、信虎の狙う獲物はそれだけでは無い。

 連合に参加し、駿府屋形にやって来る全ての女が獲物だ。

 

「くっくっく。我と信繁で義輝も信長も景虎も孕ませ、鬼子を産ませてやる。我はその鬼子共を引き連れ日の本を鬼で埋め尽くすのだ。日の本の次は海を渡り大陸ぞ!地上の全てを我の物としてやろう!あーーっはっはっはっはっ!」

 

 少女を犯しながら信虎は己の野望に酔いしれた。

 その姿を部屋の隅でザビエルと白装束の男が眺めている。

 

「所詮は傀儡。私が与えた役割を自分の思惑だと信じ切っていますよ。実に滑稽ですね♪」

「はい。ザビエル様の仰る通りです。」

 

 ザビエルは蔑む嗤いを浮かべ、白装束は無表情に頷いた。

 

「さて、そろそろ北関東から奥州も動かしましょう♪西はどうなっていますか?」

「はい。九州は後わずかで占領が終了致します。四国はザビエル様のご指示通り、下級の鬼共が村を襲う程度に控えさせております。」

「ん???♪いいですねぇ♪希望を残してあげないと華?伯元くんが可哀想ですからねぇ♪その希望が潰れた時の方がより素敵な顔を見せてくれる事でしょう♪」

 

 ザビエルは己の書いた台本の通りに進む展開に満足して、更に口の端を吊り上げて嗤うのだった。

 

 

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 躑躅ヶ崎館評定の間で駿河奪還作戦の大評定が行われていた。

 詩乃と雫の両兵衛が事前に決められた作戦を発表する。

 

「この度の戦の目指す所は駿府屋形の奪還と、祉狼さまによる武田信虎殿の治療です。」

「駿府屋形の場所は北に山、南に海を有し、残る東西のいずれかから攻め寄せる事になります。通常ならば我ら連合軍はこの躑躅ヶ崎館から下山城を通り東から攻るのですが、この場合、鬼が駿府屋形を捨て西へ逃散する可能性が大きく、三河を守り、かつ祉狼さまを信虎殿の所へ確実に送り届ける為にも東軍と西軍に分けての侵攻と決定しました。」

 

 ここまで言って詩乃と雫は上段の当主陣と下段の武将達を見回し、言葉が行き届いている事を確認してから続きを語り出す。

 

「西軍には松平衆、浅井衆、足利衆、そしてゴットヴェイドー隊を含む織田衆の三分の二となります。」

「対して東軍は武田衆、長尾衆、松永衆、そして織田衆からスバル隊と森衆に務めて頂きます。あと、聖刀さまには松永衆と森衆の纏めをお願いいたします。」

 

「ええっ!?柘榴達は祉狼くんと離ればなれっすかっ!?それに祉狼くんが信虎さんを助けるって言ってたのに遠回りになっちゃうじゃないっすか!」

 

 柘榴の上げた声は予測済みなので、詩乃は落ち着いて説明する。

 

「これには敵軍の指揮をしているのが誰かを探る為の配置でもあります。」

「は?駿府屋形を乗っ取ったのは信虎さんっすけど、今は鬼が支配してるんっすから敵の親玉はザビエルっすよね?信虎さんも朝倉延子さんと同じになってるから祉狼くんが助けるって事にみんな賛成したじゃないっすか♪」

「いいえ。信虎殿が延子様と同じ目に遭っているという報告は誰も受けておりません。」

「あれ?そうだったっすか?」

「ええ、ですが私も柘榴さんの事を笑えません。眞琴さまとお市さまに指摘されるまで考えが及ばなかったのですから。」

 

 詩乃は上段の眞琴に振り向き、眞琴も頷いて語り出す。

 

「ここに居る皆はボクがザビエルに鬼の毒を飲まされた話は聞いていると思う。その時にザビエルはこう言ったんだ。ボクを牡の鬼にして市に鬼子を産ませると………」

 

 多くの者が始めて聞く話に唖然となる。

 

「………女も鬼になると牡になっちゃうんすか!?」

 

 柘榴が素っ頓狂な声で驚いたが、エーリカがすかさず説明を補足する。

 

「ポルトガルでは牝の鬼も存在していました。眞琴さまが飲まされた毒はこの日の本で開発した新しい物だとザビエルが語ったとの事。」

「エーリカの言う通りだ。あの時ザビエルは確かにそう言った。そしてその毒を信虎殿が飲まされている可能性も有るとボクは思ったんだ。」

「あのおばちゃんが鬼になっちゃうんすか!?正に鬼ばば…………牡になったんなら鬼ばばって言うのも変っすかね?」

「いや………問題はそこじゃ無いんだけど…………」

 

「判ってるっすよぉ♪要は敵の総大将がザビエルなのか信虎おばちゃんなのかで敵の出方が変わってくるって事っすよね♪だからザビエルが狙うであろう祉狼くんと、信虎おばちゃんが血眼になって襲い掛かりそうな光璃さまを東西に分けたんすよね♪」

 

 柘榴が正しく作戦の意図を理解している事に、評定の間がどよめきに包まれた。

 

「ちょ!なんなんすか!すっげーーー馬鹿にされてるっす!?」

 

 柘榴が顔を真っ赤にして怒り出したので今度は笑いに包まれた。

 そんな中で祉狼は素直に感心している。

 

「柘榴は凄いな♪俺は一度目の説明では理解出来なかったぞ♪」

 

 その言葉に柘榴はニッコニコになって大人しく座った。

 

「祉狼くんが褒めてくれたから柘榴は全て笑って許せる気分っすよぉ〜♪」

「柘榴が羨ましい。」

 

 松葉がいつも以上のジト目で柘榴を睨んでいた。

 そんな場が落ち着くのを見計らって詩乃は作戦の説明を再開する。

 

「では西軍から行軍の予定を説明いたします。西軍は必要最低限の荷を携え、一度諏訪まで戻り、そこから浜松に出ます。既に美濃岐阜城と三河岡崎城には早馬を出して補給を浜松城へ運ぶ指示が出されております。」

「出来るだけ速やかに浜松城を目指しますが…………私と詩乃が一番足を引っ張ってしまうのが心苦しいです………」

 

 苦笑する雫と詩乃に対して、評定の間は再び温かな笑いに包まれた。

 

「西軍の役目は鬼の逃げ道を塞ぐ事とザビエルの目を引き付ける事。信虎殿が鬼にされていなければこの策だけで駿府屋形を取り戻せると思います。………が、それは無いと思っていた方が良いですね。」

「ねえねえ、詩乃ちゃん。ザビエルって出てくるのかな?」

 

 今度は犬子が立ち上がった。

 

「犬子さんが言いたいのは、ザビエルが越前以降姿を見せないからですよね。ですがその考えこそがザビエルの策だと私は思います。」

「わふ?」

 

 犬子が首を傾げているので詩乃はその意味を説明する。

 

「越前で妖術まで使って我々の前に顔を見せ挑発しました。我らは当然ザビエルを警戒して越前、加賀、能登、越中、越後と戦って来ましたが、一向に姿どころか影すら見せない。次第に緊張の糸は緩み、油断をする様になる。」

 

「つまり犬子!今のお前は油断していると言う事だっ!」

ゴキッ!

「ぎゃうん!」

 

 正に油断していた犬子に、壬月が背後に立って拳骨を振り下ろした。

 

「あう??………壬月さまヒドイ???…」

 

 頭を押さえ涙目で踞る犬子に苦笑する詩乃と雫は軍議を続ける。

 

「では次に東軍ですが……」

 

 そう口にした所で廊下を慌ただしく走る音が聞こえて来た。

 

「どやぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 

 走り込んで来たのは愛菜だった。

 愛菜が騒がしいのはいつもの事だが、慌てている様子に皆が何事かと注目する。

 

「ご注進!ご注進にございますぞ!」

「愛菜、報告しなさい。」

 

 上段の美空が落ち着いて促すと、愛菜も少しだけ落ち着きを取り戻した。

 

「御大将!北条氏康殿の書状を携えた使者がやって来たのですぞ!どーーーーーーん!」

 

 美空は反射的に今更と悪態を吐きそうになったが、名月が居るので何とか堪える。

 ひとつ大きく深呼吸をしてから上段に並ぶ鞠、久遠、一葉、光璃、眞琴、葵と顔を寄せ合った。

 

「(これって越前で出した連合への参加を呼びかけた手紙の返事でしょ!駿府屋形を取り戻す直前になって一枚噛ませろって事じゃない!)」

「(元々美空が小田原まで出向いて氏康と話を着ける手筈だったではないか。手間が省けて良かったの♪)」

「(一葉さま、相手はあの氏康公。光璃は絶対に裏が有ると思う。)」

「(丁度東軍の動きを伝える所だ。その使者にも聞かせれば二度手間にならずに済むし、こちらに二心が無い事も伝わるであろう。まあ、少々脅しくらいはしておくがな♪)」

「(まぁ♪久遠お姉さまったらお人が悪いですね♪)」

「(ボクはその手の交渉事が苦手なのでお任せします………)」

「(鞠は使者の人の話をよく聞いて、氏康おばさんが何を考えてるか見極めるの。)」

 

 話は決まったと七人が頷き合うと、愛菜に使者を連れて来る様に伝えた。

 いつもの様にどんどんどやどや言いながら評定の間を出て行ったと思ったら直ぐに戻って来た。

 

 

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「相模の国、国主北条氏康殿の名代!北条氏政殿!北条氏照殿!北条氏規殿!ご入場でございますぞ!どーーーーーーん!」

 

 使者が三人だった事に驚く者。

 その三人が何者か知っており驚く者と様々だが、中でも一番驚きの声を上げたのは名月だった。

 

「お姉さまがたっ!?」

「お♪名月だー♪久しぶりだなーー♪元気だったかーー♪」

 

 氏照は物怖じしない性格なのか、はたまた空気が読めないのか、明るい笑顔で元気よく名月に向かって手を振った。

 

「三日月ちゃん。公方様の御前なのですから礼儀をわきまえてください。」

 

 厳しい言葉を淡々と告げるのは三人の中で一番年少の氏規だ。

 

「十六夜姉さま。早く中に進んで平伏。それから言上を述べてください。」

「う、うん!お姉ちゃんがんばるよ!がんばるからね!」

 

 そう返事をした氏政は緊張してガチガチで、右手と右足を同時に出すというテンプレを披露して上段の前に向かった。

 久遠はその姿にひよ子を武士に取り立て祉狼の下に付けた時の事を思い出し、優しげな微笑みを浮かべて氏政を見ていた。

 その横で眞琴は美空に小声で問い掛けている。

 

「(あの三人は全員が名月ちゃんの実姉なのですか?)」

「(ええ、そうよ。しかも氏政は嫡子。てっきり地黄八幡が来てるのかと思ってたけど、なる程、愛菜が慌てる訳だわ。)」

「(地黄八幡って、猛将と名高い北条綱成殿の事ですよね。確かにこの場に当主の名代で来るならば、その方が妥当ですね。)」

 

 美空と眞琴だけでは無く、光璃、一葉、葵も使者の姉妹の向こうに居る氏康の思惑を見定めようと挙動から一瞬も目を離そうとしない。

 下段でも詩乃、雫、幽、悠季、沙綾、一二三、湖衣の頭脳派が同じ様に注視している。

 そんな中で名月だけが不安げに三人の姉を見つめており、また更に違った目で昴と栄子が見つめて一挙手一投足を脳内に焼き付けていた。

 そんな中で上段の久遠、鞠、そして祉狼だけが北条姉妹に微笑み掛けている。

 氏政はその笑顔を見て足が止まった。

 三人の微笑が暗雲の中に差し込む陽の光に思え緊張が和らいで行くが、鞠とは顔見知りなのでこの安心感は理解できた。

 しかし、初対面の祉狼と久遠の笑顔にここまで安心感を覚える事を不思議に思う。

 そして直ぐに人としての器の大きさなのだと気が付いた。

 落ち着いた氏政は平伏、そして言上を述べる。

 

「お初にお目に掛かります。相模国主北条左京大夫の名代として罷り越しました。北条氏政、通称を十六夜と申します。」

 

「デアルカ。我が北条左京大夫に手紙を送った織田久遠信長である。十六夜はその返事を持って参ったのであろうな。」

 

 久遠は微笑みを消し、しかし穏やかな顔で十六夜に促した。

 

「はい。ですがその前に連合の皆様へ早急にお伝えしなければならない事がございます………」

 

 十六夜は評定の間を見渡し、目的の人物を見付ける。

 それはゴットヴェイドー隊に居る雪菜だった。

 雪菜も十六夜が自分を見ている事に気が付いたが、十六夜の瞳に悲しみの色が有る事に気付き不安が広がる。

 

「常陸の佐竹義重殿が鬼となり……………」

 

 それだけで評定の間に動揺が走った。

 十六夜は言葉に詰まるが意を決して続ける。

 

 

「奥州へ攻め入り奥州連合を壊滅させてしまいました………」

 

 

「十六夜ちゃんっ!」

 

 雪菜が青い顔で立ち上がった。

 

「う、嘘だべ…………と、友達……オラ達、友達だべ?……友達にそんな冗談言うなんて駄目だべさ……」

 

 雪菜は十六夜が嘘だと、冗談だと言ってくれる事を願って泣き笑いの顔でヨロヨロと十六夜に近付いて行く。

 

「十六夜ちゃん………」

「ほんとうなの…………風魔の報告で……………米沢城も焼け落ちたって…」

 

 

「いやぁあああああああああああああああああああああああっ!」

 

 

 雪菜の絶叫が広い評定の間に響き渡った。

 次の瞬間、半狂乱になった雪菜が十六夜に向かって足をもつれさせながら飛び出す。

 

「雪菜っ!」

 

 それを止めたのは祉狼だった。

 一瞬で上段から雪菜の前に移動し、正面から抱きかかえて動きを制した。

 

「いやぁああああ!いやっ!いやぁああああああ!おっかぁあああ!ねえちゃぁあああんっ!」

 

 錯乱した雪菜に見えているのは母と姉が鬼に食われている幻だと誰の目にも判った。

 

「雪菜!済まん!」

 

 祉狼は短く告げると氣を当てて雪菜の意識を刈り取った。

 崩れ落ちる雪菜の身体を受け止め祉狼は十六夜に振り返ると、十六夜が大粒の涙を流している。

 

「ごめんね…雪菜ちゃん…………ご…ごめんねぇええええ!」

 

 今度は十六夜が大声で泣き出してしまった。

 十六夜が悪い訳では無いのに大声で謝りながら泣き崩れる。

 祉狼は十六夜の優しさ感動し、上段の久遠達へ振り返った。

 

「雪菜と十六夜を別室で落ち着かせたい。悪いが話を中断させてくれ。」

「気にするな。祉狼には二人を任せる。我らはその間に今の話を協議する。」

 

「お待ちください。」

 

 使者の中で最年少の氏規が無表情とも思える冷静な態度で割り込んだ。

 

「十六夜お姉さまの事は薬師如来の化身と名高い華?伯元様にお任せするのに異存はございません。ですが、我らがお伝えすべき事はまだございますので、後はこの北条暁月氏規が引き継ぎたいと思います。」

 

 幼い見た目に反して実に堂々とした物言いに久遠も頷いた。

 祉狼がひよ子と転子を伴って雪菜と十六夜を連れ出すのを見送ってから暁月が話し出す。

 

 

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「我ら北条と佐竹が関東の覇を競い合っていたのはご存知だと思います。そんな時に名月を美空さまの養子に出し相越同盟が結ばれ、奥州では鬼に対抗する連合が組まれそちらとも母氏康は協力関係を築きました。佐竹義重殿はこれを北条の佐竹包囲網と受け取り危機感を募らせた所をザビエルに付け込まれたのでしょう。」

 

 暁月の話に少々違和感を覚えた美空が口を挟む。

 

「あの佐竹がその程度でザビエルに頼るかしら…………あ!連合に越後が加わったから!」

「そこに持って行ったのもザビエルの策だと思う。」

 

 更に光璃もこの状況に至った経緯をこれまで集めた情報から推測し、答えを導き出した様だ。

 

「相甲駿の同盟を北条が破棄したのは田楽狭間の後。ザビエルはきっとお母さんより先に氏康公に会って交渉が決裂した。氏康公はザビエルに対抗する為に先ずは関東を纏めるべきと考えた筈。一番の問題は佐竹。これまでの経緯から話し合いでの懐柔は無理だと判断し、力で従わせる道を選んだ。佐竹義重の性格を鑑みれば正しい選択だと光璃も思う。けれどその力加減が難しい。佐竹は相甲駿同盟で武田の参戦を恐れていた。だから氏康公は甲斐との同盟を破棄して佐竹を安心させた。しかしザビエルはお母さんに駿府を乗っ取らせ相駿の同盟を消滅させた。力不足となった北条は今更武田と同盟を結び直す訳にはいかず関東管領を味方に引き入れる。けど、甲斐よりも遠い越後ではまだ佐竹への驚異には弱かった。その頃に奥州で鬼が現れ始め、雪菜が鬼に対抗する奥州連合を作り上げた。これに目を着けた氏康公は雪菜と接触して同盟を結ぶ。これで佐竹が降伏するギリギリの力で打ち負かせる筈だったけど、ここで越後の内乱が起こり、機内東海連合が美空に味方した。佐竹は相越同盟から畿内東海連合も常陸に攻めてくると思った………いや、そう思う様にザビエルが吹き込んだ。対抗するには鬼の力が必要だと。もしかしたらこの時はまだ半信半疑だったかも知れない。でも、畿内東海連合は武田の旗も掲げて甲州へと移動を始めた。佐竹から見れば完全に孤立した上に幕府まで敵に回した形になってしまった。この状態でザビエルが佐竹義重になんと囁いたか、想像は簡単。『畿内東海連合が駿府屋形の相手をしている今の内に奥州を』」

 

 暁月は目を大きく開いて驚愕した。

 光璃の語った事が母の朔夜から聞かされた話と同じだったのだ。

 決して侮っていた訳ではないが、『足長』と呼ばれる光璃の情報収集能力、分析力、洞察力に打ちのめされる思いだった。

 

「で、朔夜と朧は北関東の防衛が忙しくて動けないからあなた達が来たって訳ね。」

「はい。詳しいことはこの手紙に書かれております。」

 

 暁月は懐から手紙を出して美空に手渡した。

 

「手紙の内容は知らされていませんが、私達姉妹はこちらで駿府屋形奪還に力を貸す様に言われています。」

 

 美空は受け取った手紙を開き読み始めた。

 読んでいる最中に何度か溜息を吐いて光璃の顔をチラ見して、読み終わってから久遠達に回した。

 

「経緯の部分は光璃の推測通りだな。」

「氏康と綱成の動向は美空の言った通りじゃの。」

 

 手紙にはそれ以外に返事が遅れた詫びと連合への参加の意、そして相模と伊豆に鬼が逃げて来ない様に戦えと行間からプンプン匂わせる内容が書かれていた。

 

「氏康の言いたい事は伝わったが、持って回った物言いじゃの。」

「ホント、素直に言えばいいのに。」

「美空がそれを言う…………」

「私は祉狼の前では素直だからいいのよっ!」

 

 美空と光璃がじゃれ合う横で久遠は不機嫌な顔をしていた。

 

「久遠姉さま…………」

「うむ、葵……ザビエルにしてやられたと思うとな………奴が状況に合わせて対応した策ならばまだ良い。もし最初から仕組まれていたのなら、我らは奴の掌の上で踊っているだけとなる…………」

「久遠姉さまも何か漠然とした不安を感じていらっしゃるのですね……」

「我もと言う事は葵も感じているのか。」

「それはボクも感じています、久遠お姉さま。」

「鞠もなの!何か大事な事を忘れている様な…………

 

 四人の会話が気になった一葉、美空、光璃の三人も顔を寄せて来た。

 

「お主らも感じておったか。」

「私も越前からの鬼との戦いで感じ始めたわ。越後でそれがますます強くなった。」

「それは…………鬼が弱く感じる?」

 

 光璃の言葉は上段の当主達だけでは無く、下段の武将達にも聞こえ納得顔で頷く者が殆どだった。

 

「口に出して言われると、確かにそうだな。ザビエルは、鬼の強さはこんな物だと我らを油断させている気がする。」

 

 詩乃と雫は久遠の言葉に頷いた。

 

「では、我らはそれを踏まえた上で策を練りましょう。敵は強大なれど我らはわずかな針の穴程でも穿ち入れ、そこから敵の策を切り崩してご覧に入れます。なにしろ我らは鍼を使う祉狼さまの妻なのですから♪」

 

 祉狼の妻達が笑って大きく頷いた。

 笑いが収まるのを待って、雫が東軍の説明を始める。

 

「それでは東軍の行軍ですが、先ずは下山城に本陣を置き周囲の鬼を捜索、並びに殲滅を行います。西軍の浜松城到着と時期を合わせて南下。富士川に沿って海を目指します。富士川の東西、どちらに陣を置くかは状況によりますが、我ら軍師団としては樹海を中心に富士山の周囲に鬼がどれだけ潜んでいるのか判らないので西岸に陣を置くべきと今の所思っています。」

 

「何言ってんだ、雫。そんなのオレと母で全部殺ってやんよ♪」

「うむ、西軍が浜松城に入るまで五六日といった所か。更に大井川を渡るまで三日じゃな。それだけあれば大体は片付く。」

 

「え、え〜〜〜と……………よろしくお願いします。」

 

 雫は樹海で鬼と戦うのは危険だと言おうとしたが、桐琴と小夜叉には『釈迦に説法』だと気付き、聖刀と昴に任せる事にした。

 

「今、桐琴さんからお話が出ましたので注意点を述べます。東西両軍共に渡河には細心の注意を払って下さい。川を背に鬼と対峙すれば足軽や雑兵は浮き足立つでしょう。もしもの時は将である皆様の手腕に掛かっていますのでよろしくお願い致します。」

 

 鬼との戦を重ねて来た畿内東海連合の兵とは言え、背水の陣に追い込まれれば冷静さでを失い混乱を招く。

 そんな時に兵が頼るのは自分の主である武将だ。

 兵が命を預けられると信頼を得る事こそが将にとって一番重要なのだ。

 ついでに補足しておくと、足軽と雑兵は混同される事が有るが、足軽は正式に登録された下級武士であり、雑兵とは傭兵の事である。

 八咫烏隊も雑兵だったが、昴の嫁になった事で烏と雀は足軽大将、平隊士は足軽となった訳である。

 

「東軍の湖衣さんが金神千里で西軍の位置を把握し、東軍が西軍の動きに合わせて移動します。小波さんの句伝無量が届く範囲まで来れば連絡を密に取って連携、信虎殿の位置を確認次第、全員で協力して祉狼さまが進む道を作ります!」

 

『『『応っ!!』』』

 

 雫の小さなガッツポーズに対し、評定の間が震える程の応えが返った。

 この場に残っている北条の使者の姉妹は、とても連合という寄せ集めとは思えない息の合い方に圧倒されていた。

 

「三日月、暁月。あなた達は取り敢えず私と共に来なさい。詳しい配置などは後から考えましょう。あ、三日月はまだ自己紹介してなかったね。」

 

 美空に言われて初めて気が付いた三日月こと北条氏照は元気に手を上げた。

 

「北条氏照!通称は三日月!よろしくなっ♪」

「み、三日月ちゃん!だからもっとお行儀よくしてください!」

 

 三日月は(・ω・)という顔をして首を傾げている。

 

「悪い子では無いから大目に見てあげて………」

 

 美空はこの姉妹を『名月の姉』だからという訳では無く、本心から好ましく思っていた。

 きっと美空には自分と姉の様になっては欲しくないという想いも有ったのだろう。

 

 

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 評定の間から少し離れた部屋で、祉狼は眠らせた雪菜を布団に寝かせた。

 泣き崩れていた十六夜もひよ子と転子に支えられ、腰を下ろしている。

 

「さっきは申し訳なかった。俺の名前は華?伯元。通称は祉狼だ。雪菜の良人として謝る。」

「え?……良人……………?」

 

 十六夜は涙の跡が残る目を大きく開いて驚いた。まだ祉狼と雪菜の経緯が北条まで伝わっていないのだ。

 

「正式にはまだだが、俺は既にそのつもりだ。妻の為に涙を流してくれた十六夜には感謝もしている。ありがとう。」

 

 祉狼が頭を下げるので十六夜は慌てた。

 

「ま、まって………わたしと雪菜ちゃんはお友達だから………でも…嫌われちゃったよね………」

 

「そんな事はないっ!さっきは突然で錯乱しただけだ!落ち着けば十六夜がどんな気持ちで奥州の事を伝えたか、雪菜なら必ず判ってくれる!その時にきっと後悔するだろうから………友達だと言ってくれるなら許してやって欲しい。」

 

 祉狼が雪菜の事を本気で心配しているのが伝わり、十六夜は雪菜が素敵な良人に巡り会えたのだと嬉しくなり、同時に羨ましく思った。

 

「は、はい!その時は!」

 

 十六夜の真剣な瞳に祉狼も安堵して笑顔を返した。

 

(わあぁ………素敵な笑顔だなぁ………薬師如来の化身って言われるのも納得だよぉ………)

 

 気分が落ち着くと、今度は年頃の女の子らしく祉狼と雪菜がどんな関係か気になってくる。

 

「あのぉ、祉狼さまは公方様や美空さまを正室にされている、じゃなかった!迎えられていらっしゃるのですよね?」

「話し方は畏まらないでくれた方が俺としては嬉しいな。」

「え?そ、そうですか?………(よかったぁ♪)」

「で、質問の答えは十六夜の言う通りだ。」

「あの…それじゃあ雪菜ちゃんは?」

「雪菜は…………何だったかな?」

「は?」

 

 祉狼がその辺り無頓着なのでひよ子と転子が助け船を出す。

 

「雪菜さんは側室です。祉狼さま。」

「祉狼さまにとってはみんな『奥さん』なのは判りますけど、ちゃんと覚えてくださいね。まあ、私としてはそんな祉狼さまだから嬉しいんですけど♪」

 

「え?もしかしてこちらのお二人も………」

 

「あ!ご挨拶が遅れました!私は木下藤吉郎秀吉。通称はひよ子。祉狼さまの愛妾です♪」

「私は蜂須賀小六正勝。通称は転子。私も祉狼さまの愛妾です♪十六夜さま♪」

 

「よろしくお願いします!お二人とも雪菜ちゃんとお友達なのですよね!」

「は、はい!」

「越後で会ったばかりですけど、ずっと一緒に居てたくさんお話をした仲ですから♪」

「そ、それでは私ともお友達になっていただけますかっ!?」

「ええっ!わ、私は身分が…」

「ひよ!」

 

 いつもの様にひよ子が恐縮するのを転子が制した。

 

「あの、十六夜さまは雪菜さんとお友達だとおっしゃいましたけど、私にはそれ以上、親友だと感じました。よろしければその辺りのお話をお聞かせ願いますでしょうか?」

「は、はい………私と雪菜ちゃんは奥州連合との同盟を結んだ時に出会ったんですけど、境遇が似ている事から直ぐに打ち解けて………」

 

「境遇が似ている?」

 

 祉狼の問に十六夜が自虐的な笑顔を見せる。

 

「はい………雪菜さんは伊達家当主ですけど、実権は隠居された母上の晴宗さんが握っています。私も嫡子だけどお母さんと比べれば何の取り柄もないダメな子で、きっと雪菜ちゃんと同じ様になるのは目に見えていました。そんな私達だから直ぐに仲良くなったんです。私達の代で関東と奥州を戦の無い仲の良い国にしようねって約束して、三日月ちゃんと暁月ちゃんと名月ちゃんも一緒に頑張るって言ってくれて……………なのにこんな事になっちゃって…………」

 

 十六夜はまた目に涙を浮かべて言葉に詰まってしまった。

 

「だから『ごめんなさい』なのか…………」

 

 祉狼もそれ以上は言葉が続かなかった。

 しかし、その瞳はザビエルに対する怒りと闘志に燃えている。

 

「お頭、気持ちは私達も一緒ですけど。」

「先ずは駿府屋形奪還ですよ!」

 

 ひよ子と転子に言われて祉狼は我に返った。

 

「ああ……信虎さんの救出を全力でやる!そして一刻も早く氏康さんに合流するぞっ!」

「ありがとうございます!晴宗さんと岩城親隆さんの安否は風魔忍軍に調べさせていますから、判り次第祉狼さまにお伝えします!まだ米沢城が焼け落ちたとしか聞いていませんから、きっとどこかに落ち延びていらっしゃいますよね!」

 

「それはねえだよ………」

 

 横になっている雪菜が目を覚ましていた。

 ゆっくりと上体を起こすが、その顔は僅かの間に焦燥でやつれている。

 

「雪菜………」

「雪菜ちゃん……」

「「雪菜さん………」」

「オラも武士だ…………覚悟はできてるべ…………」

 

 そうは言うが、目は焦点を結んでいない。

 肩も小刻みに震えていて無理をしているのは誰が見ても明らかだ。

 

 そんな雪菜を祉狼は抱き締め手を握った。

 

「雪菜っ!今の俺にはこうして一緒に居てやる事しか出来ないっ!今は泣いていいんだっ!縋っていいんだっ!我慢するなっ!」

 

 雪菜は苦しい程の力で抱かれたが、かえってそれが頼もしさを覚えた。

 

「う………うぅ……し、祉狼さ………うぅ…うぁあああああぁぁあああぁぁぁあああああああっ!!」

 

 雪菜は泣いた。

 悲しさをぶつける為に。

 辛い現実を受け入れる為に。

 祉狼の優しさに縋った。

 全てを委ねてただ泣き続けた。

 

 

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 東軍西軍共に行軍が始まった。

 西軍は浜松城へ、東軍は下山城を目指し、躑躅ヶ崎館と甲府の町を後にする。

 西軍は先ず諏訪を目指し、そこから南西に向かう街道へと入る。

 その道中、久遠が馬を駆って結菜の横に寄せて来た。

 今度の行軍は速さが求められるので、結菜も袴を履いて馬上の人となっている。

 

「結菜。雪菜の様子はどうだ?」

「正直に言うと躑躅ヶ崎館で休ませたかったわ………でも本人がどうしてもって言うし………」

 

 大評定の前までは雪菜には東軍に入り朔夜との交渉をしてもらう手筈になっていたが、十六夜達が来た事でそこは省けた。

 なので結菜は雪菜が憔悴していたので躑躅ヶ崎館で休んだ方が良いと言ったのだ。

 

「仕事をしている方が余計なことを考えなくていいって…………」

 

 結菜も母の利政が討たれた時に同じ思いをしているので、雪菜が悲しみを乗り越えようとしているならその手助けをするべきだと考えを変えた。

 健康面を考えても祉狼と一緒に居た方が良いので、今まで通りゴットヴェイドー隊に残る事となったのだ。

 

「デアルカ…………済まないが任せるぞ、結菜。」

「その為に居るんだもの。久遠は戦に集中してちょうだい。」

「そうしたい所だが、浜松城に着いたら今度は葵の妹の康元が待っているからな。」

「だからそっちも私がやっておくわよ。葵が鬼との戦よりも妹の嫁入りに夢中になってるみたいだから気を引き締めさせてよね。」

「我がするのか!?」

「聖刀が東軍に居る以上、久遠が言うしかないでしょ。」

 

 葵は行軍中も妹の嫁入りの事を考え、何か思いついては浜松城へ向けて早馬を何度も飛ばしていた。

 久遠が一度手紙の内容を訊いてみると祉狼と始めて対面する時の髪飾りについてだと満面の笑顔で言われて閉口したのだった。

 

「聖刀が奴の父親みたいに体が三つ有れば良かったのに…………」

 

 

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 西軍で久遠が頭を抱えている頃、東軍でも問題が発生していた。

 東軍の本陣は既に下山城へ到着して、作戦の第一段階を始めている。

 そんな下山城の庭の一角。

 

「軒猿は本陣を二重三重に警護しなさい!空と名月と愛菜を絶対に護るのよっ!」

 

 美空がいつも以上に激しい声で命令を発した。

 

「昴と栄子からっ!!」

「はっ!!」

 

 命令を受ける軒猿の棟梁は返事をしたが、忍頭巾の下で冷や汗を流している。

 何しろ相手は幼女を前にした昴と『飛び加藤』だ。

 忍び狩りを得意とする軒猿でも玉砕覚悟の人海戦術しか手段が思いつかなかった。

 

「とは言っても、軒猿は最後の壁。出来るだけ近付かない策を講じるから、もしもの時は本当に頼んだわよ。」

 

 美空にそこまで言われて棟梁は感激し、腹が据わった。

 

「ははっ!!この命に代えましてもっ!!」

 

 軒猿の棟梁が姿を消すと、美空は大きく溜息を吐いた。

 

「はぁああぁ〜〜〜〜〜…………やっぱり無理矢理にでもあの子達と祉狼の婚約を進めておけば良かった………」

「それは困る。」

 

 それは光璃の声だった。

 光璃は縁側から降りて美空の方へと歩いて来ていた。

 

「昴は大事な戦力。僅かでも気力を削がない様にするって決めた。」

「それは空と名月と愛菜を餌にするって事でしょ!本当に食べられちゃったらどうするのよっ!!」

「?………昴の嫁にすればいい。」

「それが嫌だから私が策を練ってるんでしょうがっ!!」

「なんでそんなに昴を嫌うの?」

「逆に私はあんたがあの煩悩を信用する方が信じられないわよっ!!」

「昴はお嫁さんをとても大事にしている。お嫁さん同士も仲良くなる様にちゃんと仕切れている。信用出来ない美空の方がおかしい。」

「あ、あのねぇ…………あんな小さい子ばっかり嫁にする時点でおかしいでしょ………」

「あのくらいの年齢で嫁に行くのは昔から。別に珍しくない。むしろあの歳で嫁ぐ場合は政略結婚で無理矢理だけど、昴はちゃんと両想いになってから。」

「それはあいつが言葉巧みに騙してるのよっ!」

「鞠や綾那、小夜叉が嘘を見抜けないと思う?夕霧だって嘘は見抜ける。」

「それはその…………………ああっ!もうっ!とにかく私はあの三人は祉狼の嫁になった方が幸せなのよっ!!」

「論理が破綻した。決めるのはあの三人であって美空じゃない。大体あの子達の気持ちは?」

「………………まだ聞いてない…………」

「親バカで過保護の先走り。」

 

 冷ややかな目で見る光璃に美空は顔を真っ赤にして怒るが、その通りなので何も言い返せなかった。

 

 

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 そして美空の悩みの種である昴がどこに居るかというと、スバル隊、森一家、松永衆、そして聖刀と狸狐と共に富士山周辺の鬼狩りをしているのだった。

 

「このクズ共っ!よくお聞きなさいっ!!鬼を刈って刈って刈尽くすのですっ!殺すしか能のないお前らがお天道様の下を歩けるのは鬼を刈れるからだと肝に銘じておきなさいっ!!」

 

『『『ひゃっはぁああああああああっ♪各務の姐さんっ♪最高ぉおおおおおおおおおおおおっ♪』』』

 

 祉狼から離され東軍に居る雹子が欲求不満に荒れ狂い、自ら愛刀の太平広をブン回して鬼を細切れにしていた。

 

「雹子さん荒れてるわねぇ。祉狼は『鬼兵庫』を雹子さんから消す治療をしてるって言ってた筈なんだけど…………どう見ても悪化してるわよねぇ。」

 

 雹子の戦いぶりを見て昴は引き気味だ。

 その横には駿河奪還戦の総大将である鞠が立ち、その周りを聖刀や沙綾達が固めていた。

 

「みんなが戦っているのをこうして見ているだけって、心が苦しいの………」

「それが総大将の努めというやつじゃ。味方を死地へ向かわせ、その活躍を眼に刻み、生きて帰った者を褒める。しっかりと見ておかねば褒める言葉に重みが無く、当主の資格無しと見限られるじゃろう。」

「うん!わかったの!沙綾♪」

「うむ、良い返事じゃ、鞠さまよ♪この素直さを美空さまに見習って貰いたい………それでは美空さまの個性が霞むと言うものじゃな、かか♪」

 

 沙綾が笑う横では夕霧と薫が森一家の戦いぶりに眉をひそめていた。

 

「連合最狂とは聞いていたでやがるが…………聞きしに勝るとはこの事でやがる………」

「小夜叉ちゃんと桐琴さんも笑いながら鬼の腹わたを引きずり出してるよ…………」

「桐琴も小夜叉もやっと鬼と戦えて楽しいんだよ♪この勢いで駿河の東側の鬼を殲滅してしまおう♪」

 

 相変わらず暢気な聖刀に狸狐が疑問に感じた事を訊いてみる。

 

「聖刀さま、三つ者の報告で富士山には鬼が居ないと有りましたが、これはやはり霊山である富士山自体が結界だからなのでしょう。ですが、京は五山を用いた結界が有りながら三好三人衆の鬼が二条館を襲いました。この違いをどう思われますか?」

「そうだね。今の処の推論だけど、上級の鬼ならある程度の結界は突破出来るんじゃないかな?それに京は応仁の乱から続く戦で荒れていた。結界の内側に瘴気が溜まっていて突破しやすかったのかも。白百合はどう思う?」

「うむ♪聖刀さまの仰る通りであろうよ。こうして霊峰富士を目にして清々しき空気を吸えば、京の空気が如何に澱んでいたか気付かされるわ。」

 

 木々の向こうにそびえる美しい富士山を見て白百合は一句詠えそうだったが、その足下で行われている森一家による鬼の虐殺劇が目に入って気が萎えた。

 そこへ鬼の探索に出ていた栄子が戻って来た。

 

「鞠さま。この周囲の鬼は森衆が相手にしているので最後です。和奏さま方も現在引き返して、間もなく本隊と合流いたします。」

「わかったの、栄子♪小夜叉ちゃん達の鬼の殲滅と和奏達の合流が終わったら南へ進軍するの!」

 

 鞠が元気よく右手を突き上げて号令を発した。

 

『『『おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』』』

 

 鞠に呼応して足軽達の雄叫びが上がる。

 

「鞠ちゃん。ここはもっと気合いの入るヤツをお願い♪」

「気合いが入るの?」

 

 昴に言われて鞠はちょっと首を捻ったが、直ぐに思い付いて大きく息を吸い込んだ。

 

 

「ウジ虫どもっ!準備はいいかなのっ!」

 

 

『『『サー、イエッサー♪』』』

 

「声が小さいのっ!それでもキンタマ付いているかなのっ!」

 

『『『サー♪申し訳ありません♪サーッ♪』』』

 

「今度はいい返事なのっ!その気合いでクソ鬼共を食らいつくせなのっ!ウジ虫どもっ!」

 

『『『サーッ♪イエッサーーーーーーーーーーーッ♪』』』

 

「もたもたしてるヤツは鞠が直接そのウジ虫を踏みつぶしてやるのっ!」

 

『『『うっひょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ♪♪♪』』』

 

 南近江以来鍛え上げた変態達が悦びの歓声を上げて盛り上がる。

 昴と栄子も鼻血を流し、地面をのたうち回って悦んでいた。

 当の鞠は相変わらず単語の意味を理解していなかったが。

 夕霧と薫は鞠からこんな言葉が飛び出した事に目を剥いて驚いている。

 

「鞠どのの口から…………驚きでやがる………」

「で、でも、兵の士気は上がってるからいいんじゃかなあ…………ちょっと異様だけど………」

「薫はともかく、夕霧は早う慣れておくのじゃな。さもなくば、このスバル隊に付いていけんぞ♪」

 

 沙綾はさも面白そうに笑っていた。

 

 

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 場面は再び下山城。

 その一室で北条姉妹は名月、空、愛菜と共に秋子、柘榴、松葉、貞子に守られていた。

 

「ねえ、名月ちゃん……」

「はい♪なんですの、十六夜お姉さま♪」

 

 久し振りに再会した名月は躑躅ヶ崎館からずっと上機嫌だ。

 

「雪菜ちゃん大丈夫かな?………」

「雪菜さまなら祉狼お父さまがついていらっしゃるから心配ありませんの♪」

 

「名月ぃ!ずっと気になってたんだけど、あの兄ちゃんがお父さまってどういう事だ?」

 

 三日月が不思議そうにしているのを、暁月が小さく溜息を吐いて説明する。

 

「三日月ちゃん。名月は今、美空さまの養子です。その美空さまが祉狼さまの正室になられたのですから、必然的に名月ちゃんのお父さまになるんです。」

「そっかぁ……じゃあ、三日月達とはどういう関係になるんだ?」

「それは…………親戚という事でいいと思います。」

「親戚か♪だったら三日月は兄ちゃんって呼んでいいよな♪」

「いえ、それ以前に公方様や他家御当主の旦那様なのですからせめて祉狼さまとお呼びすべきです。ねえ、十六夜姉さま。」

 

「旦那さまかぁ………私もそう呼べる日が来るかなぁ………」

 

 十六夜が心ここに在らずといった顔で呟く。

 それをこの部屋に居た全員が聞き逃さなかった。

 

「ちょ、ちょっとお待ち下さい!十六夜さま!それは十六夜さまも祉狼さまに嫁がれるという事ですかっ!?」

 

 すかさず秋子が十六夜に詰め寄る。

 

「え?………………えっ!?今、わたし、口に出してましたっ!?」

 

 十六夜は顔を両手で覆うがその手すら赤くなるくらい恥ずかしがっているのが判った。

 

「あ、あの、十六夜姉さま……あの日、躑躅ヶ崎館で何か有ったのですか!」

「え、えっとね……祉狼さまに抱きしめられたの♪」

 

 十六夜の告白に秋子達祉狼の妻は頭を殴られる様な衝撃を受けた。

 

「し、ししし、祉狼くんがスケコマシになっちゃったっす!?」

「だとすれば、それは秋子の所為。」

「秋子っ!何てことしてくれたのよぉおおおおおおおおおおっ!」

「ちょっと!なんで私の所為なんですかっ!」

 

「十六夜お姉さま。雪菜さまが、ですわよね?」

「ですね。雪菜さんは祉狼さまと婚約していると仰っていましたから、あの状況なら普通そうやって慰めます。」

「そうだよなー、あの兄ちゃんは雪菜姉ちゃんを心配してたもんなー♪」

「うん!祉狼さんって優しいんだよ♪泣き出した雪菜ちゃんを抱きしめた時は感動しちゃった♪祉狼さん格好いいんだもん♪お姉ちゃん憧れちゃったよぉ♪」

 

「その通りですぞっ!どーーーん!父上はこの日の本一の義侠人を目指す、越後きっての義侠人!樋口愛菜兼続の父上となられたお方!どやぁ♪」

「お父さまは優しさと厳しさを兼ね備えた立派なお方です。十六夜さんが憧れるのもわかりますよ♪」

 

 愛菜がここぞとばかりに大見得切って割り込み、空もちゃっかりと便乗して祉狼を自慢した。

 十六夜達は愛菜、空と知り合ってまだ数日だが、すっかり仲良くなっている。

 

「だよね、だよね♪あ?、わたしもあんな風に抱きしめられたいなあ♪」

 

 ここまで聞いて大人達はひとつの疑惑が頭を過ぎった。

 この状況は北条氏康が意図して狙った結果ではないかと。

 

「あの、十六夜さま。朔夜様は祉狼さまの事を…」

「あっ!か、母さまに何て言おう!?ゆ、許してくれるかな?三日月ちゃん!暁月ちゃん!」

「大丈夫だ、姉ちゃん!三日月も母さまに、姉ちゃんと祉狼兄ちゃんを結婚させてくれってお願いするぞ♪」

「まあ♪それでしたらわたくしもお力添えいたしますわ♪」

「わたしも!名月ちゃんのお姉さまだもの!応援します!」

「もちろん義侠人たるこの樋口愛菜兼続もどどどどどーーんと助太刀いたしますぞーー♪」

 

 盛り上がる子供達の中で、只ひとり暁月だけがあわあわしていた。

 

「す、済みません!わたし達は本当に何も聞かされてないんです………でも、その……母さまの事ですからこうなる事も狙っていたのかも知れません………」

 

 頭を下げる暁月に秋子達は苛めている様な気分になってしまう。

 

「き、気にしないで下さい……祉狼さまがそれだけ素晴らしい方だという証みたいで、私達も妻として鼻が高いですから……」

 

 秋子が引き吊った笑顔で何とかこの場を取り繕おうとした時、暁月から信じられない言葉が出て来た。

 

「でも、母さまは『孟興子度さんと仲良くね』と、送り出してくれたんですけど、まだまともにお話もしてませんし………」

 

「え゙?昴さんとですかっ!?」

 

 秋子は思わず変な所から声が出てしまう程驚いた。

 

 美空を始め、秋子達は良かれと思って十六夜達を昴から遠ざけていた。

 しかし、それは朔夜の思惑を阻んだ上に、自分達の恋敵を増やすという自らの首を絞める結果になってしまったのだ。

 

「………………柘榴ちゃん………明日、三日月さまと暁月さまを昴さんのスバル隊に案内して……」

「りょ、了解っす…………」

 

 ガックリと肩を落とす秋子に、柘榴は慰める様にしっかりと頷いた。

 

 

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 五日後。

 西軍は浜松城に到着した。

 そこで最初に出迎えたのは岐阜城で留守番をしていた半羽だった。

 

「御無事の到着、何よりでございます、久遠さま♪良人どの♪」

「うむ、半羽もこれまでの補給の手配と此度の後詰め、苦労。」

「元気そうで何よりだ、半羽♪不干と夢も元気でやっているぞ♪」

 

 半羽は夢の名前を聞いて笑顔が少し引き吊った。

 結局、半羽の思惑は叶わず昴の嫁となってしまった事を悔やんでいるのだ。

 

「有難きお言葉♪募る話はございますが、先ずは松平康元どのとご挨拶を♪早くお会いしたいと心待ちにされておいででしたぞ♪」

 

 久遠、結菜、葵、悠季から康元と祉狼の婚姻について手紙を受け取っていた半羽は、昴に一矢報いる心持ちでこの縁談に心血を注いでいた。

 浜松城の大手門をくぐれば、先に姉妹の挨拶を終えていた葵が妹の康元を連れて待ち構えていた。

 

「祉狼さま♪この子が妹の康元です♪」

 

 葵は妹の背中から優しく両肩に手を置いて紹介する。

 歳はスバル隊の幼女達と同じ位だ。

 

「は、はじめまして!((藤|ふじ))は!じゃなくって……わたくしは松平康元ともうします!葵お姉さまの妹で!つ、通称は藤ともうします!」

 

 顔を真っ赤にして懸命に自己紹介をする姿が微笑ましい。

 葵とよく似た顔立ちをしており髪の色が葵よりも濃く藤色で、通称はその髪の色を見事に表していた。

 

「はじめまして♪俺は華?伯元。通称は祉狼だ♪」

 

 祉狼はいつもの笑顔で無造作に藤の頭を撫でる。

 

「祉狼さま♪………お、お噂はたくさんお聞きしています!あの、あのっ!」

 

「藤、お話したい事が有るのは判りますが、先ずはお部屋にご案内なさい♪」

 

 葵は藤が祉狼を見て憧れ以上の感情を持った事に内心喜び、後は祉狼が藤の事を嫁と見てくれる様に手を打たねばと闘志を燃やした。

 

「ああっ!そ、そうでした!そ、それではご案内いたします!」

 

 藤の先導に祉狼がついて行くと、久遠もその後に続こうとする。

 

「久遠さまはこちらです。」

 

 そう言って半羽が久遠の行く手を阻んだ。

 

「なにっ!?もう始まっているのかっ!?」

 

 大声を出して驚く久遠に半羽は口の前に人差し指を立て、仕草で黙らせる。

 

「(僅かの時間でも二人に会話をさせ、親密度を上げるのです。結菜さまから全面的に協力せよとお下知を頂いた以上、この佐久間信盛、家臣の縁組を五十以上まとめ上げた経験を以て全身全霊を賭けて成功させましょうぞ!)」

「(夢の時は失敗しておったではないか。)」

 

 久遠の何気ない一言が半羽の仲人魂に火を点けた。

 

「(ふっふっふ。だからですぞ……………なんとしてもこの縁組、早急にまとめ上げてご覧にいれましょう!ぼやぼやしてるとまたあの昴めが横からかっ攫って行くでしょうからな。)」

「(昴は今頃駿河の東で鬼退治をしている筈だぞ?)」

「(あやつなら単身でいきなりこの浜松城に現れても不思議ではありません!)」

「(昴は妖怪……………)」

 

 久遠は否定しようとしたが、ふと昴のこれまでのして来た事を思い出した。

 

「(…みたいな者だが、和奏達やそれこそ夢がしっかり首に縄を着けているから心配いらん。それよりもな………少々困った事になっておってな…………)」

 

 話をしている内に部屋に到着してしまったので、そのまま着替えもせずに座って話を続ける。

 久遠は関東から奥州にかけて起こっている事を手紙で半羽に伝えてはいたが、雪菜の事はその手紙に書いてはいなかった。

 半羽に雪菜の事を改めて教え、躑躅ヶ崎館での出来事も漏らさず伝えた。

 

「…………それは確かに気の毒な話でございます…………判りました!この半羽が雪菜殿の事もまとめてお世話致しましょう♪」

「出来るか?」

「お任せあれ♪しかし、良人殿は嫁が増えても相変わらず女の相手が不器用じゃな。そこが良人殿の魅力ではありますが♪」

「どういう意味だ?」

「普通の男ならば躑躅ヶ崎館の段階で雪菜殿を抱いておりますぞ。エーリカが京で良人どのを慰めた様に。」

「し、祉狼は弱っている女を蕩す様なスケコマシではないわっ!」

「それも場合によりけりですぞ。むしろ今の良人殿は甲斐性無しと言われてもやむ無しですな。」

「そ、それは困る!我が蔑まれるのは耐えられるが、祉狼が侮られるなど我慢できんっ!!」

「じゃから儂にお任せあれと申しましたでしょうに。久遠さまは先ず着替えて行軍の汚れを落とされよ。儂も公方様を始め、ご挨拶する方々が大勢いらっしゃるので、ここで一先ず下がらせていただきます。」

 

 そう言って半羽は立ち上がった。

 

「本当に頼んだぞ、半羽。」

「御意に♪」

 

 久遠の念押しに半羽は笑って応え、部屋を後にした。

 

 

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 部屋に通された祉狼は藤の薦めるままに座っていた。

 

「そ、それでは祉狼さま。お茶をお淹れしますので少々お待ち下さい。」

「ああ、ありがとう♪」

 

 祉狼の笑顔に藤はまた顔を赤くして、そそくさとお茶の準備を始める。

 しかし、ふと手を止めて顔を上げた。

 

「小波。居るのでしょう?」

「はっ!藤さま、お久しぶりでございます。ご挨拶が遅くなり、誠に申し訳ございません。」

 

 小波は部屋の隅に姿を現し平伏した。

 

「そんなに畏まらないで。小波には藤の先生になってもらうんだから♪」

「わ、私が藤さまにお教えするのですか!?草の私が松平家次期御当主となられる藤さまに教えられる事など………」

「藤は葵姉さまからゴットヴェイドー隊に入る様に申しつかっています。祉狼さまの妻としてすべきこと。ゴットヴェイドー隊の仕事で判らないことを教えてね。」

「それでしたら…………この服部半蔵小波正成、惜しみなく全てをご教授いたします♪」

 

 ほっと安堵して小波は恭しく頭を下げた。

 

「あの、祉狼さま………ゴットヴェイドーの発音はこれでよろしいでしょうか……」

 

 申し訳なさそうに上目遣いで問い掛ける藤に祉狼は笑顔でサムズアップした。

 

「ああ♪完璧な発音だ♪」

「ありがとうございます♪毎日たくさん練習した甲斐がありました♪ゴットヴェイドーー!」

 

 藤が突然大きな声を出したので小波がギョッとする。

 

「こうして大きな声で言うとまだお会いしてもいない祉狼さまを感じられる気がして♪」

「ははは♪元気が有って良いぞ♪ゴォットヴェイドォーーーーーーーーーッ!!」

「はい♪ゴットヴェイドーーーーーーーー!!」

「あ、あの……ご主人さま……藤さま………」

 

 小波は叫ぶのを止めさせようと思ったが、強く言えずオロオロと両手を彷徨わせるしか出来ない。

 

「ほら♪小波もゴットヴェイドー隊なのですから一緒に♪」

「そうだぞ、小波!」

「ええっ!?わ、私もですか!?」

「「ゴォットヴェイドォーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」」

 

 期待に満ちた二人の目に小波は逆らえず観念した。

 

「…………ゴットヴェイドー……………」

「なんだ、声が小さいぞ、小波!」

「もっとお腹から声を出さなきゃ♪」

 

「ゴ、ゴットヴェイドーーーーーーーーーーーー!」

「「ゴォットヴェイドォーーーーーーーーーーーーッ♪♪」」

 

 この声は浜松城内に響き渡り、久遠の耳にも届いていた。

 

「何をやっているのだ、あいつらは……………」

 

 呆れていると城の彼方此方からも声が上がり始める。

 

「これで士気が上がるなら別に構わんか………」

 

 

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 同じ頃、東軍は富士川の下流西側まで本陣を移動していた。

 

「昴さん、鬼の姿が全く見えなくなりましたね。」

「頑張って鬼退治したからね♪………って、言いたいけど、鬼が西に向かって逃げちゃったからよね。暁月ちゃんはこの動き、どう見る?」

 

 本隊よりも先行しているスバル隊に暁月と三日月が合流して、既に四日が経過している。

 その間に二人はスバル隊、森一家、松永衆の鬼退治を間近で見て、その強さを実感していた。

 

「当然、駿府屋形で決戦をする準備だと思います。」

「普通はそう思うわよね。でもね、結論を出すのは早いわよ。」

「昴の言う通りじゃぞ、暁月どの。」

 

 沙綾が真面目な顔で暁月を見た。

 

「儂ならば引いたと見せて兵を潜ませ、油断した所を奇襲じゃな。」

「鬼にそこまでの知恵があるのでしょうか?」

「暁月ちゃんは今まで私達が退治して来た鬼しか見てないからそう思うわよね。」

「この作戦が始まってから現れたのは全て下級の鬼。言わば足軽ばかりじゃ。侍大将の様な中級の鬼や、速さに特化した鬼すらおらん。怪しいのぉ。怪しすぎて思わず笑ってしまいそうじゃ。」

 

「あの、お言葉ですが、沙綾たん。」

「沙綾たん言うなっ!」

 

 沙綾は割り込んで来た栄子を足蹴にした。

 

「この富士川流域はもちろん、伊豆と西相模一帯を私が隈無く探して、もう鬼は一匹も居なくなったのを確認したんですよ。奇襲など有り得ません。」

 

 栄子は足蹴にされて恍惚の表情を浮かべながら反論した。

 当然説得力など欠片も無い。

 

「念には念をじゃ!鬼は女を孕ませようと寄ってくるからの。お前が素っ裸になってもう一度探って来たら信じてやるわ!」

「そんな、沙綾さま…………」

 

「沙綾どの、それは流石に言い過ぎでやがるよ……」

 

 夕霧が見かねて止めに入る。

 しかし。

 

「沙綾さまが私の首に縄を付けて引っ張り回して下さるのですかっ♪」

 

「………夕霧、儂も最近になって気付いたんじゃが、此奴はこういう奴なんじゃ。手荒に扱った方が言う事を聞くぞ。」

「夕霧も何となく判ったでやがる………が、できることなら関わり合いになりたくないでやがるな………」

 

 そんな沙綾と夕霧と栄子を見て、暁月は固まっていた。

 

「あの………………色々と大変そうですね………」

「そうかしら?私は楽しいけど………まあ、直ぐに慣れるわよ♪ねえ、鞠ちゃん♪」

「うんなの♪みんなが居てくれて、鞠はとっても嬉しいの♪」

 

 笑顔の鞠に対して、暁月は疑問に思っていた事を訊いてみる。

 

「あの、鞠ちゃんは駿府屋形を取り戻したら、駿府の御屋形様になるのですよね?」

「そのつもりなの♪」

「昴さんは良人ですけど、他の皆さんはどうなるのです?それぞれ主君がいますよね?」

「そこはもう、みんなで話し合ってるの♪まず、うささんと夕霧ちゃんが今川家の家老になってくれるって♪」

 

 言われて沙綾と夕霧が笑顔で頷いた。

 

「それから昴は新しく家を起こして、遠江守を襲名する予定なの♪」

「え!?それって……」

 

 暁月が連想したのは自分の家。

 後北条と呼ばれる現在の北条家の、初代伊勢盛時宗瑞が行った下剋上の始まりと言われる国取りだった。

 

「でも、これは飽くまでも表向きのためなの。鞠達はみんな昴のお嫁さんだから普段は仲良く今みたいに身分とか気にしないですごすの♪」

「そんなことができるのでしょうか……」

「暁月ちゃんはまだ昴のことを良く知らないから信じられないと思うけど、きっと直ぐに分かるの♪」

「もう、鞠ちゃんったらそんなに褒められたら照れちゃうじゃない♪」

 

 暁月は目の前の美少女としか見えない年上の少年が気になって仕方がなかった。

 普段は沙綾や和奏の尻に敷かれている様でいて、いざ戦いとなると誰よりも素早く、しかも力強く豪快に武器を振るう。

 そうかと思うと料理も裁縫もかなりの腕前で、特にお菓子作りは小田原のどの店よりも美味しいと来ている。

 そんな人物が曾祖母と同じ様に今川家の騒乱を治めるのに尽力して国を手に入れようとしているのだ。

 しかも曾祖母宗瑞よりも平和的にである。

 暁月は昴の傍に居てもっと知りたいと思い始めていたのだった。

 

「昴さまーー♪ただいまなのですー♪」

「昴ちゃん♪暁月♪戻ったぞーー♪」

 

 そこへ綾那と三日月が陣所に戻って来た。

 

「おかえりなさい、三日月ちゃん。」

「お帰り♪綾那ちゃん、三日月ちゃん♪」

「いやーーー♪やっぱり綾那は強いなあ♪姉ちゃん全然勝てなかったぞ♪」

 

 周りから鬼が居なくなったので、三日月は綾那に稽古をつけて貰っていた。

 

「当たり前なのです。綾那は東国無双(予定)なのですから、三日月なんかに負けないですよ♪」

「あちゃー♪綾那は手厳しいなー♪」

 

 三日月の笑顔は実に清々しく、見ている者の心を和ませた。

 

「でも、三日月は少しだけ昨日より強くなっているですよ♪」

「え♪そうか♪」

「そうやって毎日少しずつ少しずつ強くなる事が大事なのです♪昨日より今日、今日より明日と強くなって行く。武の道は一日にして成らずなのですよ♪三日月は見込みが有るのです♪」

「えー♪そんな褒めるなよー♪照れるじゃんかよー♪」

 

 それは昴がついさっき鞠に言ったのと同じ言葉であり、昴や鞠、沙綾や夕霧が笑いだした。

 暁月も一緒に笑いだし、当の三日月と綾那は訳が分からず初めは不思議そうにしていたが、結局二人も一緒になって笑ったのだった。

 

 

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 スバル隊の陣所より東に一里、東軍本陣では軍議が開かれていた。

 

「薫、スバル隊の様子はどうだった?」

「みんな仲が良くてとってもいい感じだったよ♪夕霧ちゃんも気負い過ぎてなかったよ、お姉ちゃん♪」

「そう、良かった♪湖衣、西軍は?」

 

 光璃は薫に頷くと眼帯をずらして西を見ている湖衣に訊いた。

 

「はい、予定通り浜松城に到着した模様です。」

「よし。春日。」

「はっ!鬼の奇襲に対する備えは滞り無く!」

「一二三。」

「はい。吾妻衆は既に今川家の旧臣に鞠さま帰還の報を広めております。こちらと西軍に加わるべく集結を始めていると。」

 

「そんな訳でやって参りました♪」

 

 突然聞こえた部外者の声に全員が身構える。

 

「こらーーーーっ!勝手に本陣に入るななのらぁーーーーーっ!」

 

 闖入者の後から兎々が小さな体一杯に怒りを顕わにして追い掛けて来た。

 しかし、本陣の武田勢は刀の柄から手を離して驚きの表情で闖入者を見ている。

 

「貴殿は………」

 

 春日の呟きに闖入者はクスリと笑った。

 

 

-14ページ-

 

 

「鞠さま。本陣から来た使いが、直接伝える事があると言ってますけど、通してもよろしいですか?」

 

 桃子が取り次ぎでやって来ると、鞠は首を傾げた。

 

「何かあったのかな、昴?」

 

 特に問題が無い現在、定時連絡以外の使いが来るとすれば鬼の奇襲だと思うが、桃子の様子からそうでは無いと直ぐに察しがつく。

 

「う?ん、色々と考えられるけど、とにかく聞きましょう。」

「うんなの。桃子、通してあげて。」

「はい、かしこまりました。」

 

 桃子が一度陣幕を出る。

 再び戻って連れて来た人物を見て鞠は目と口を大きく開いた。

 そして直ぐに満面の笑顔に変わる。

 

 

「泰能っ♪」

 

 

 鞠の呼んだ名前に昴は今までに見せた事が無いくらいの驚きの顔をした。

 

「大変ご無沙汰にございます、鞠さま♪朝比奈弥太郎泰能、再び鞠さまの御尊顔を見られて嬉しゅうございますぞ♪」

 

 上等な着物を着た朝比奈泰能は、昴の目には麦穂くらいの年齢に見えた。

 しかし以前、鞠から聞いた話では曾祖母の今川氏親の頃から仕えた宿老だと言う。

 

「泰能ぃいいいっ!」

 

 鞠は泰能の胸に飛び込んで力一杯抱き付いた。

 そんな鞠を優しく抱き締め頭を撫でる。

 

「はっはっは♪良人殿の前で童の様になさっては呆れられ………良人殿ならば惚れ直しますか♪」

 

 泰能は昴に顔を向けて会釈する。

 

「お初にお目に掛かります。わたくし、朝比奈弥太郎泰能。通称も泰能ですので、気安く『やっちゃん』とお呼びくだされ♪」

「えーーーーと…………」

「もう、泰能。昴が困ってるの。」

「はっはっは♪いやいや、冗談でございますよ♪ですが鞠さま、あれから半年と経っておりませんが大きく……………は、なられておりませんが、何か女らしくなられましたな♪」

「そう………かなぁ♪」

 

 頬を染めてはにかむ鞠に笑顔で頷いた後、泰能は昴に顔を寄せた。

 

「昴殿。手紙に書いた事。((努々|ゆめゆめ))お忘れ無き様に。万にひとつでも鞠さまを悲しませたら、この泰能、自らの腹掻っ捌いて怨念となり、昴殿に取り憑きますからね♪」

 

 昴は真っ青な顔をしてカクカクと人形の様に何度も首を縦に振り続けた。

 

「成程のぉ。あれが駿河の『不死身の泰能』か。」

「そうでやがる………武田の情報網でも行方が掴めず死んだものと思われていたでやがりますよ………あれ?沙綾どのは泰能殿と会うのは初めてでやがりますか?」

「うむ、お互い同じだけ生きておるが、機会が無くての。」

 

「これはこれは♪『越後の怪人』琵琶島殿ではございませんか♪わたくしなど琵琶島殿に比べれば小娘でございますよ♪」

 

 突然割り込んで来た泰能に夕霧は驚きの声すら上げる事も出来ない。

 対して沙綾は落ち着き払い、不適な笑いまで浮かべてみせた。

 

「確かにの。早雲庵宗瑞殿が相模を手に入れた頃に、儂は元服したばかり、朝比奈殿は元服前であったと記憶しておるからの♪」

「うふふ♪イヤですよぉ♪歳がバレるじゃないですかあ♪

 

 沙綾と泰能の遣り取りを陣幕の陰から覗き見していた和奏達は驚きの余り顎が外れそうな程口を開けていた。

 

「(ちょ!うささんって本当にそんな歳だったのかよ!)」

「(あの泰能さんも充分怪人だと、雛は思うよ?…………)」

「(だよねだよね!あれで半羽のおばちゃんより年上だなんて信じられないわん!)」

「(うっ……確かに母上よりも若く見えるのです………)」

「(それ言うたら白百合はどないすんねん!)」

「(………小百合、聞いた事があるんですけど………田楽狭間であの泰能さんの首級をあげて報償をもらったのが居るって………)」

「(さ、小百合ちゃん!そんなコワい話聞いたら夜中に厠に行けなくなるってお姉ちゃんが言ってるよぉ………)」

「(コクコクコクコクッ!!)」

 

 恐れおののく昴の嫁達を他所に、スバル隊は朝比奈泰能を加えた事により益々化け物集団の色を強くしたのだった。

 

 

-15ページ-

 

 

「ゴットヴェイドー隊の皆さま。この度こちらにお世話になる事になりました、松平藤康元です!不慣れな者ですのでご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします!」

 

 藤は笑顔で小さな体一杯にピョコンとお辞儀をした。

 浜松城では出陣式と御振舞い、そして藤の婚礼を兼ねた宴が準備されており、藤の希望で宴の前にゴットヴェイドー隊への挨拶をしに来たのだった。

 

「久しぶりね、藤♪大きくなったわねえ♪最後に会った時はまだ久松勝元だったものね♪」

 

 面識の有る結菜が前に出る。

 尤も、現在のゴットヴェイドー隊の本隊を纏めているのは結菜なので当然なのだが。

 

「お久しぶりです、結菜さま♪こんな形でお会いできるなんて、藤は夢にも思わなかったです♪」

「ふふ♪本当ね♪あ!時間も無いし、先ずはひとりずつ挨拶をしてしまいしょう。今居るので面識が有るのは、歌夜は当然として………不干と……」

「結菜さま、私が。以前、岡崎城でご挨拶させていただきました。」

 

 小さく手を挙げたのは詩乃だ。

 葵へ上洛の事を伝えた時の話である。

 不干は藤の母、久松俊勝が久遠の家臣だった頃に、妹の夢も交えて何度も話をした仲だ。

 

「お久しぶりでございます、藤さま♪私も小波と一緒にゴットヴェイドー隊のお仕事をお教えいたしますね♪」

「常識外れの隊ですので戸惑う事ばかりだと思いますので、ご遠慮なさらずに問うてくださいませ♪」

 

 先ずは歌夜と詩乃が挨拶をする。

 それに応える藤の様子に不干は何か緊張と戸惑いが有る様に感じ、そしてその意味が判った。

 

「藤ちゃん、久しぶりだね♪ゴットヴェイドー隊は忙しいわよ♪どんどんこき使うから覚悟しときなさい♪」

 

 三河の次期国主に対しての無礼な物言いに、ひよ子と転子、蒲生三姉妹などが驚く。

 しかし、言われた藤は年相応の笑顔を見せ、誰の目にも安堵しているのが判った。

 

 久松家は尾張知多郡の国人であり、葵との縁が無ければ今でも久遠の一家臣だ。

 それが怒涛の勢いで出世し、気が付けば藤は三河の次期国主になっていた。

 葵が不幸に堪えて三河を取り戻した英雄として崇拝されているのに対し、口さがない者は藤の事を松平家に転がり込んだ尾張者と影で言っている。

 そんな状況に追い付けない心を支えたのは、姉が決めた自分の良人である祉狼の活躍だった。

 葵の手紙には、まるで神話に出てくる英雄の如き活躍が熱くしたためられており、藤は心が折れそうになった時には何度も手紙を読み返して勇気を貰っていた。

 葵はそんな藤の様子も父、大蔵からの手紙で知らされて、藤に対して申し訳ない気持ちになりゴットヴェイドー隊に入れる事を決意したのだ。

 藤はゴットヴェイドー隊が身分に囚われない特別な場所だと聞かされていたが、旧知の不干が偉くなってしまった自分にどう接するのか不安で仕方なかった。

 

 なので、不干がこの様に昔と変わらぬ態度で接してくれた事が嬉しくて堪らない。

 

「うん♪不干ちゃん♪藤はバリバリ働くよ♪」

 

 藤もこの時は以前の久松勝元に戻って返事をした。

 この後、双葉、エーリカ、美以、ひよ子、転子、雫、梅、松、竹と挨拶を交わし、最後に雪菜と向かい合う。

 

「はずめますて、オラは伊達雪菜輝宗だ。藤ちゃんは葵さんに似てめんこいなぁ♪」

 

 笑顔を見せる雪菜だが、藤はその笑顔に影が有る事に気付いた。

 そしてここに来る前に半羽から教えて貰った奥州の状況と雪菜の母と姉の事を思い出す。

 

「え、えっと………」

 

 思わず在り来りの慰めの言葉が出そうになったが、ぐっと堪えて言葉を飲み込んだ。

 

(自分の気持ちを言葉に込めるんだ!)

 

「ありがとうございます、雪菜さん♪こんな小さな藤ですけど、祉狼さまを……日の本を鬼から救おうと日々精進されている祉狼さまをわずかでも支える力になりたいです!」

 

 藤の真剣な表情に、雪菜はその言葉に込められた想いを感じ取った。

 

(藤ちゃんはオラを励ましてくれてるんだなや………んだ!今の日の本にはオラみたいに鬼の所為で悲しむ人が大勢居るでねえか!オラは伊達家の当主、伊達輝宗だ!悲しむみんなの気持ちをオラが背負ってザビエルにひと泡噴かせてやるだ!)

 

「ありがとうな、藤ちゃん♪オラ、藤ちゃんの言葉で勇気が出てきただよ♪」

 

 雪菜の笑顔から影が消え、藤はまるで春の日差しの様な笑顔だと思った。

 

「あの、雪菜さん。ひとつお願いがあるんですけど………」

「なんだべ♪オラにできることなら何でも言ってけれ♪」

 

 藤は雪菜の耳に口を寄せ囁く。

 

「(藤の初夜に雪菜さんもご一緒してもらえませんか?)」

「ひょえっ!?」

 

 思ってもいなかった『お願い』に雪菜は目を白黒させて慌てふためく。

 

「(雪菜さんも……その……まだだとお聞きしてますし、藤もひとりでは……ちょっと不安で………………ダメ…でしょうか………)」

「(ん、んな、しょ、しょしょしょ、初夜って!藤ちゃんにはまだ早いべ?)」

「(いえ!葵姉さまは大丈夫だと言ってくださいました!半羽さまにも心得を教わりました!………それでも…ひとりでは…………)」

 

 これが半羽の久遠に言っていた策だった。

 半羽は藤に雪菜の現状を教えただけだが、藤の性格からこうするだろうと読んでいたのである。

 藤は更に不安そうな上目遣いで雪菜を見上げる。

 元々保護欲の強い雪菜はこの攻撃に抗う事が出来なかった。

 

「(わ、わかっただ………オラにできることはするって言ったで、武士に二言はねえだよ……)」

 

 引き吊った笑顔を浮かべて頷く雪菜を見て、ひよ子達は会話は聞こえていなかったが大凡の見当はついた。

 

「ありがとうございますっ♪では早速結菜さまにお伝えしてまいります♪」

 

 言うが早いか藤は結菜の所へトテテと走って行ってしまった。

 

「あっ!ふ、藤ちゃん!」

 

 雪菜は手を伸ばしかけて、ふと自分の手を見た。

 あの日、母と姉の身を案じて大声で泣いた時、祉狼がずっと握っていてくれた手を。

 

(あの時の祉狼さ……とってもあったかだったなや………)

 

 

-16ページ-

 

 

 宴は躑躅ヶ崎館で催されたものより、人数が少ないので比較的に穏やかだった。

 葵は終始ニコニコと嬉しそうで、久遠が引く程のはしゃぎ振りだ。

 これは聖刀と離れている為に、藤に没頭する事で寂しさを紛らわせているのだと皆判っていて、悠季も葵が暴走し過ぎない様にやんわりと諫める場面が何度も有った。

 そんな宴も一刻が過ぎた頃に、祉狼と藤と雪菜の三人が結菜に連れられて席を外す。

 

「いいこと、祉狼。二人が無茶をしそうになったら眠らせるのよ。」

 

 藤と雪菜が湯浴みをしている間に結菜は襦袢姿の祉狼と向き合って言い含めた。

 

「判った!任せてくれ!」

 

 祉狼は自信たっぷりに答えるが、結菜は途中でこっそりと様子を見に来なければ駄目だろうと心の中で嘆息する。

 結菜が閨を後にすると数分で藤と雪菜がやって来た。

 

「「不束者ではございますが、どうか末永くお側に置いてくださいませ。」」

 

 口にするのは同じ慣例句だが、藤は恋焦がれた祉狼に情熱の全てを込めて、雪菜は漸く自覚した祉狼への思慕が込められている。

 

「こちらこそ。藤、出会ったばかりだがその想いはしっかり俺の心に届いていたぞ♪雪菜、出会いは不幸な事故だったが、俺がした事の責任を取るだけじゃない!二人共、愛しているぞ♪」

 

 面と向かって言われて嬉しいやら恥ずかしいやらで、藤と雪菜は顔を真っ赤にして軽いパニックを起こした。

 

「と、口に出して言うのはやはり照れ臭いな♪」

 

 祉狼も顔を赤くして頭を掻くのを見て、二人は数秒呆気に取られたが直ぐに吹き出し、声を出して笑う。

 祉狼も一緒になって笑い合うと互の緊張も解れていった

 

「祉狼さ♪天主教では夫婦の誓いに口づけさするってエーリカさんから聞いただ♪」

「藤も悠季から教えてもらいました♪」

 

 雪菜と藤は祉狼の左右に進み、寄り添って瞳を閉じる。

 祉狼は二人の想いに応えるべく、そっと唇を重ねた。

 

………………………………

 

………………………………………………………

 

………………………………………………………………………………………………………

 

 

 翌朝、ひよ子、転子、不干が井戸に顔を洗いに来ると、雪菜がひとりで顔を洗っていた。

 

「「雪菜さん♪おはようございます♪」」

「昨日はその………お疲れさまでした………」

 

 雪菜は声を掛けられてビクンと跳ね上がった。

 

「お、おはようさん………ひよちゃん、ころちゃん、不干ちゃん………えっと………」

 

 雪菜の様子から三人は何を気にしているか直ぐに察した。

 

「ゆ、雪菜さん。私達も同じですから気にしないでいいんですよ!」

「わ、私も初めての時に同じ様になって恥ずかしくて泣いちゃいましたから……」

「祉狼さまを愛するが故に全てを晒してしまうんですよ………」

 

 三人が苦笑いを浮かべながら雪菜を励まそうとするが、雪菜は洗った顔にまた涙を浮かべた。

 

「うわぁあああああん!オラ、自分で自分が信じられねえだよぉおおおお!あんただ恥ずかしい格好さして……………うわぁああああああああああああっ!!」

 

 ひよ子、転子、不干は顔を真っ赤にして叫ぶ雪菜が本当に仲間になった気がしていた。

 

「雪菜さん♪私なんかですね♪……」

「私の場合は………」

「私はこんな事まで………」

 

 こうしてゴットヴェイドー隊の絆が深まって行くのだった。

 

 

-17ページ-

 

 

 西軍が浜松城を出陣して三日後。

 掛川城、大井川と越えて田中城に入っていた。

 

「まさかここまで全く鬼に出くわさないとは…………」

 

 詩乃は田中城で行われる軍議の最初に呟いた。

 掛川城は遠江の城で元の城主は泰能だった。

 悠季は長久手で鞠に会うまで泰能が鞠と共に城を捨てて逃げているとは知らなかった。

 もし、知っていればその段階で掛川城に攻め込んで手に入れていたに違いない。

 しかし、鞠と再会した時は久遠の上洛の為に美濃へ向かう最中であり、浜松城を対信虎の前線基地とする様に国元へ指示を出すのが精一杯だった。

 そんな状況で浜松城から掛川城へ向かって出陣したのに、結局遠江に鬼は居なかった。

 尤も、掛川城には人も全く居なかったが。

 

「近隣の村々から情報を集めました所、最近まで掛川城には誰かが居たらしいとしか判りませんでした。そして、それはこの田中城もです。」

「恐らく信虎殿が駿府屋形を乗っ取った後にザビエルが鬼にしてしまったのでしょう。越前の時の様に幻術を使い、周りの者が城から人が出てこなくても不審に思わない様にしていたのではないでしょうか。」

 

 雫が引き継いで推論を述べた。

 

「しかし、今重要なのはそんな幻術の話では無く、城に居た鬼が何処へ行ってしまったかでしょう。」

「恐らく安倍川の向こう。駿府屋形の周囲であろうな。」

 

 久遠の推察に両兵衛が頷く。

 

「駿府屋形周辺に集められた鬼は、一乗谷以上の数になると思われます。」

「加えて中級、上級の鬼、更に鬼子の数は一乗谷の比ではないでしょう。」

 

 そんな両兵衛の警戒を、一葉が余裕の態度でフフンと笑う。

 

「例えどれ程強かろうと、固まってしまえば余の三千世界の格好の的よ♪」

 

 それを幽がヤレヤレと嘆息した。

 

「まあ、これまでの戦いでザビエルも気付いていると思われますがねぇ……」

「幽!貴様は主の見せ場をそんなに無くしたいのか!?」

「正直に申し上げますれば、公方様が直々に前線に立たれるなど有ってはならぬ事でしょう?」

「ふん!そんな常識など知らんわ!余は主様の進む道を切り開く矛であれば良い♪」

 

「一葉、ありがとう♪俺の我が儘に付き合ってくれて。」

 

「祉狼どの、一葉さまは便乗してもっと我が儘を言っているだけですのでお気になさらぬ様に。」

 

 これ以上放って置くと軍議が進まないので詩乃と雫は無理矢理今後の作戦を説明し始める。

 

「それではこの田中城から出陣した後の行軍ですが………」

 

 

-18ページ-

 

 

 そして更に二日後。

 西軍は安倍川の手前まで迫り、東軍は長尾川、巴川を越えた場所に本陣を構えた。

 

 鬼となった武田信虎は舌舐りをして駿府屋形周囲の敵を眺めていた。

 

「はははははははっ!来たぞ!来たぞ!来たぞ!獲物が自ら狩場に集まって来よったわ!もう少しじゃ!あと少しの辛抱じゃぞ!」

 

 鏑矢が上がり、陣貝が吹き鳴らされ、陣太鼓が打ち鳴らされた。

 その合図と共に駿府屋形を取り囲んでいた東西両軍が雄叫びを上げて押し寄せる。

 西軍が安倍川を半数程が渡った所で信虎が立ち上がった。

 

「今だっ!鬼共よっ!餓えを満たせっ!乾きを癒せっ!!肉欲を解放しろっ!!!犯し尽くし!喰らい尽くせっ!!」

 

 鬼が駿府屋形の城門から雪崩を打って飛び出して行く。

 そして

 

 地鳴りと共に大地が揺れ、東西両軍の中に地中から鬼が這い出した。

 

 

 

-19ページ-

 

 

あとがき

 

 

先ずは『戦国†恋姫X』の感想から

 

面白かったっ!!

 

語り出すとネタバレになるのでw

それでも雷起的に残念だった点を上げると

1・心のおっぱいが小さくなってしまったぁああああああああ(血涙)

粉雪の「ここのおっぱいは大きいんだぜ」的な台詞までカットされる徹底ぶり………おっぱいカンバーーーック!

2・エーリカのHシーン…………騎士服姿のも見たかったorz

3・貞子の出番少なっ!尺の関係も有るから仕方ないんだろうなぁ(´・ω・`)

以上の三点です。

 

先行して小説に登場させた沙綾や名月の台詞は追い追い修正しようと思っております。

 

初めて『応援者』の中に名前が載りましたヽ(*´∀`)ノ

これからも恋姫を応援していきます!!

 

 

さて、ここから今回の内容について。

 

軍を東西に分けたのは、完全に原作の影響です!

但し、原作では遠江を松平が手に入れた後になっていますが、こちらは九話で遠江攻略前としましたのでこんな違いが出ております。

 

 

今回の新キャラ

 

北条新九郎氏政 通称:十六夜

原作をプレイしてみて『祉狼より1〜2歳年下くらいかな?』と思い、急遽祉狼の嫁に変更しました。

氏政と言えばやっぱり『汁かけ飯』の逸話ですよね。何とか絡ませたいと思いますw

 

北条氏照 通称:三日月

カウントダウンイラストにもなっているのにあまり人気が上がっていない様な………。

姉と妹の人気が高すぎる所為でしょうか?

可愛いのに…………不憫だ………。

 

北条氏規 通称:暁月

くわだ一家のリーサル・ウェポン!

スバル隊では沙綾、夕霧に続く頭脳派として活躍させたいです。

暁月の兵の三崎衆はスバル隊の兵と直ぐに打ち解けそうですねw

原作では十六夜、三日月、暁月の三人が名月と会話するシーンが無かったので、こちらではもっとお話をさせたいと思います♪

 

朝比奈泰能 通称:泰能

半オリジナルキャラ

『能臣は何度でも蘇る』と久遠が言ったので蘇りましたw

通称も『諱と通称が同じ者が居る』的な事を言っていたので、思い切って同じにしました。

 

松平康元 通称:藤

祉狼初のロリ嫁w

徳川家康が富士山信仰に熱心だったという話から最初は富士にしようかと思ったのですが、一刀の馬に富士と付けてしまっていたの藤になりました。

祉狼の事を白馬の王子様の様に憧れる、夢見る女の子です。

 

 

《オリジナルキャラ&半オリジナルキャラ一覧》

 

・ 佐久間出羽介右衛門尉信盛 通称:半羽(なかわ)

・ 佐久間甚九郎信栄 通称:不干(ふえ)

・ 佐久間新十郎信実 通称:夢(ゆめ)

・ 各務兵庫介元正 通称:雹子(ひょうこ)

・ 森蘭丸

・ 森坊丸

・ 森力丸

・ 毛利新介 通称:桃子(ももこ)

・ 服部小平太 通称:小百合(さゆり)

・ 斎藤飛騨守 通称:狸狐(りこ)

・ 三宅左馬之助弥平次(明智秀満) 通称:春(はる)

・ 蒲生賢秀 通称:慶(ちか)

・ 蒲生氏春 通称:松(まつ)

・ 蒲生氏信 通称:竹(たけ)

・ 六角四郎承禎 通称:四鶴(しづる)

・ 三好右京大夫義継 通称:熊(くま)

・ 武田信虎

・ 朝比奈弥太郎泰能 通称:泰能

・ 松平康元 通称:藤(ふじ)

・ フランシスコ・デ・ザビエル

・ 白装束の男

・ 朝倉義景 通称:延子(のぶこ)

・ 孟獲(子孫) 真名:美以

・ 宝ャ

・ 真田昌輝 通称:零美

・ 伊達輝宗 通称:雪菜

・ 基信丸

・ 戸沢白雲斎(加藤段蔵・飛び加藤) 通称:栄子

 

 

Hシーンを追加したR-18版はPixivに投降してありますので、気になる方そちらも確認してみて下さい。

http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6859944

 

 

次回は遂に駿河奪還戦本番です。

朔夜、朧、姫野は登場させられるかな?

 

 

※殴って退場さんにご指摘のあった誤字の部分ですw

 

 「相模の国、国主北条氏康殿の名代!北条氏政殿!北条氏輝殿!北条氏規殿!ご入場でございますぞ!どーーーーーーん!」

 

 「結菜。雪菜の様子はどうだ?」

「正直に言うと躑躅ヶ崎館で休ませたかったわ………でも本人がどうしてもって言うし…………」¬¬¬¬¬¬¬¬¬¬¬¬¬¬¬¬¬¬¬¬¬¬¬¬¬¬¬¬¬¬

 

 

説明
これは【真・恋姫無双 三人の天の御遣い 第二章『三??†無双』】の外伝になります。
戦国†恋姫の主人公新田剣丞は登場せず、聖刀、祉狼、昴の三人がその代わりを務めます。

*ヒロイン達におねショタ補正が入っているキャラがいますのでご注意下さい。

戦国†恋姫オフィシャルサイト:登場人物ページ
http://nexton-net.jp/sengoku-koihime/03_character.html

戦国†恋姫Xオフィシャルサイト:登場人物ページ
http://baseson.nexton-net.jp/senkoi-x/character/index.html

今回は新キャラが多いです。
北条の十六夜、三日月、暁月が登場します
ですけど、朔夜、朧、姫野はもうちょっと待ってくださいませ。
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コメント
殴って退場さん>雷起の名前は一番上の段の終盤近くに載ってましたヽ(*´∀`)ノ(雷起)
神木ヒカリさん>昴が三人………幼女のみを襲う特殊な鬼として成敗されそうですねwww(雷起)
殴って退場さん>誤字を教えていただいてありがとうございます(^ω^)修正しました。あと、¬¬¬¬¬これは寝落ちでキーボードを押しっぱなししてとんでもない状態になったのを修正した筈なんです…けど……Wardの文書では表示されずに隠れていたという恐ろしいトラップなのでした……(雷起)
殴って退場さん>原作の信虎は悪役しててとてもいい味出してたので、祉狼がいかに信虎を治療するか色々と画策中です。お楽しみに♪(雷起)
殴って退場さん>スバル隊の中でまともななのは……なのは……あれ?まあ、それは置いておいて!戦国恋姫の続編では各務や泰能が出て欲しいのは勿論ですが、やっぱり蘭丸と坊丸を是非お願いしたいです!!(雷起)
匿名希望さん>十六夜はウエストが細くスタイル良すぎてロリに見えないという、幸か不幸か判断が難しいキャラでしたね。イベントCGで剣丞との身長差をもっと見せて欲しかったです。朔夜の登場も原作とはかなり変わるので、ご期待に添える様に頑張ります!(雷起)
聖刀が三人だったらの件で、逆に昴が三人だったらと想像して、大変なことになった。聖刀も祉狼もおらず昴が三人。うん、一話で完結しそう。(神木ヒカリ)
あと駿府の戦いはここの信虎がパワーアップしてるから苦戦しそうだな。あと訂正で3ページ目の氏照が氏輝に5か6ページで「 が何故か無数にw。それと雷起さんの名前どの当たりに載っていますか?(殴って退場)
今更ながらスバル隊はどう見ても変態の集まりしか思えないw。そして戦国恋姫の続編には名前だけで登場している各務や泰能とか登場したら更に面白いだろうなww。 (殴って退場)
十六夜がロリではなかったことに驚きを隠せなかった僕。普通に巨乳だったね。朔夜の登場が楽しみ。聖刀の嫁だろうけど…(匿名希望)
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