飛将†夢想.13
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『赤兎馬』

 

赤兎馬とは、

『三国志』および『三国志演義』に登場する名馬で、一日に千里駆けることが出来たとされる。西方との交易で得た汗血馬ともいわれる。

 

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洛陽炎上から一ヶ月が経とうとした頃…

 

 

「…孫堅が?」

 

 

「はい、別れの挨拶をしておきたい、と…」

 

 

洛陽から離れた孟津港に拠点を置いていた呂布。

そこに洛陽の復興を機に友情が芽生えた孫堅が、挨拶があると訪ねてきた、と早苗が伝えてくる。

呂布は早苗の言葉を聞くと頷き、

早苗に連れてくるように目配せした。

 

暫くして呂布の前に孫堅、孫策、黄蓋が現れ拱手して挨拶をする。

呂布と隣に控える早苗もそれに応えて拱手すると、

孫堅が口を開いた。

 

 

「今日まで洛陽の復興が容易に出来たのは、貴殿の軍勢が周辺の警備をしていてくれたからだ。礼を言う」

 

 

「…洛陽を燃やした我らが、のこのこと戻って修復作業なぞ出来んからな。あれぐらいの事、容易いよ」

 

 

「呂布よ、洛陽の民はお前が思っている程お前を恨んでいない…もう、自身を許してはどうだ?」

 

 

孫堅は眉を下げて呂布を悲しく見つめる。

だが、呂布はそんな孫堅の表情を見て微笑してみせた。

 

 

「…いや、民全員がそう思っているとは限らん。この顔を見ずに済むことで幸せに暮らせるのならば、このままで良いさ」

 

 

呂布のこの言葉に孫堅は、

 

 

(これがこの男の良くも悪いところなのだろうな…)

 

 

と心で呟き、

あきらめ気味に溜息をついて苦笑する。

と、そこに今まで黙っていた孫策が口を開く。

 

 

「“泗水関の鬼神”と呼ばれた貴方も意外に人間臭いのね、他人の恨みの事なんて考えるなんて。闘争本能しかないと思ってたけど…」

 

 

「……雪蓮」

 

 

「ッ!?」

 

 

孫策の言葉を聞いていた孫堅が、圧をかけて彼女の言葉を止めさせる。

前は敵同士という立場ではあったが、

今では自身のやりたい事を他の事を考えずに没頭させてくれた恩人である呂布。

それに対して無礼だと思った孫堅が娘に対して圧をかけるのは誰から見ても必然だった。

 

だが呂布は、

 

 

「…泗水関の鬼神、か。フフ、また面白い通り名が付いたものだな。俺のお陰で泗水関が難攻不落のように聞こえるぞ…そうだ、他にお前たちは俺の事を何と噂していた?気になるな」

 

 

孫堅に向かって手を出し威圧するのを微笑しながら止めると、笑みを浮かべたまま孫策に尋ねる。

孫策は孫堅の放つ圧から解放されると、

安堵した表情を浮かべて呂布を見つめた。

 

 

「ほ、他には……曹操の兵士や劉備の所とかは“人間衝車”、“人中の呂布”とか言ってたわね」

 

 

「…人間衝車」

 

 

まさかの通り名に目を細め唖然としてしまう呂布とその隣で笑いを堪える早苗。

孫策は言葉を続ける。

 

 

「連合軍全体からはさっき言った“泗水関の鬼神”、そして……古の猛将・李広に準えて“飛将軍”と呼ばれていたわ。武将としては最高の呼び名ね、羨ましい」

 

孫策はそう言うと本当に羨ましいと訴える目で呂布を見つめた。

あの時、泗水関で戦った時にこの男を倒していれば…

という表情で。

 

と、突然、孫堅の隣にいた黄蓋が孫堅に耳打ちをする。

それを聞く孫堅は頷き、呂布に歩み寄って手を差し出した。

 

 

「本来の目的を忘れていた。呂布、そろそろ私は長らく空けていた長沙に還るとする」

 

 

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「………玉璽、か?」

 

 

呂布は手を差し出す孫堅を見て口を開く。

それに対して孫堅は差し出した手をピクンと止めてしまい、

孫策はバッと剣に手をやり、

黄蓋が孫堅を守るように前へ飛び出した。

 

ある程度の歴史の流れを知る呂布は、孫堅が玉璽を手に入れる事を分かっていたが彼女らの行動を見て、

まだ歴史は変わっていない、

と軽く落胆する。

 

そして、

 

 

「…長沙に戻るのならば荊州の劉表に気をつけろ。あれは既に袁紹辺りと手を組んで、お前の首を狙っている」

 

 

どうにか歴史を変えようと…友情が芽生えた孫堅を助けようと、荊州の劉表の事を伝えた。

歴史通りでなくても用心するに越したことはない、

呂布は“信じろ”という強い眼差しで孫堅を見た。

 

 

「………信じて良いのか?」

 

 

暫くした後、孫堅は呂布に尋ねる。

そんな孫堅に孫策が『母様…』と呂布を睨み付けたまま制止させようとするのだが、

孫堅はそれに気にせず呂布の答えを待つ。

呂布は答えた。

 

 

「…俺は玉璽に興味はない。有るのは仲間の笑顔を求める志のみ。無論、孫堅、お前たちの笑顔もだ」

 

 

微笑しながら言う呂布の表情に偽りは無かった。

そして、孫堅もその表情を見てそれを悟る。

孫堅は前に立つ黄蓋の肩をポンと軽く叩き、

孫策に下がるよう目で指示。

彼女らが後退すると改めて手を差し出す。

 

 

「ならば私も家族、そして…お前たちの笑顔を求めよう。復興の際の警備と帰路の忠告、この恩は必ず返しにいく」

 

 

「…期待しておくよ」

 

 

呂布はそう言って孫堅の手を握り、

別れを告げた。

 

孟津港の外で孫堅たちの背中を見送る呂布たち。

手をブンブン振りながら孫堅たちに向かって叫ぶ霞と五月雨に、

口元に笑みを浮かべながら見つめる早苗と陽炎。

呂布も微笑しながら腕を胸の前で組んで見送った。

 

そんな呂布に、隣にいた音々音が顔を向けて話し掛ける。

 

 

「呂布殿、洛陽の復興作業はどうしますか?孫堅殿も全てを直した訳ではなく、宮殿の方はまだ未修復。修復作業を守護騎で受け継…」

 

 

「…漢の再興に積極的だな、ねねは」

 

 

音々音の頭をぐりぐりと撫でながら言う呂布。

強い力で撫でられ、その拍子にずれた帽子を直しながら音々音は慌てて返答した。

 

 

「っい、いえ、ねねは呂布殿に忠誠を誓っているのですぞッ、それに洛陽の復興作業を勧めるのは天下万民を呂布殿の味方につける為であって…」

 

 

「…民は味方につけるものじゃあない、ついて来る来ないは決めさせろ。俺たちは民の幸せだけを築いてやれば良いんだ」

 

 

音々音の言葉に諭す様に優しく伝える呂布。

音々音は反論する言葉が出て来ず、

何時から聞いてたのか霞たちも呂布の言葉に納得して軽く頷く。

 

そして、呂布は皆に背を向けて孟津港に戻り始める。

 

 

「…洛陽の復興作業は曹操に任せる」

 

 

遠ざかっていきなが言う呂布に最初は延長の様に皆は頷いたが、

暫くしてから事の重大さに気付いて各々声を出して驚く。

 

それもそのはず、

泗水関の戦いで呂布自ら危険視した人物に洛陽を任せると言ったのだ。

 

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「何やてッ!!?」

 

 

「そ、そ、曹操にですとぉぉぉぉぉっ!!!?」

 

 

慌てて呂布を追い掛け叫ぶ霞と音々音。

それに対して呂布は歩みを止めず、

笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

 

「…今の俺たちの力では洛陽を早期に復興出来ぬ。ならば、出来る者に任せるのが民たちの為だ」

 

 

「曹操は野心大き輩と呂布殿が言っていたのですぞッ。そんな輩が洛陽を得れば『漢の都を手に入れた』と直ぐに天下に名乗りを上げ、直ぐに策謀を張り巡らし…」

 

 

「…その時はその時だろ。だが、曹操の知勇には負けぬ力、仲間が俺にはいる。そうだろう?」

 

 

「あぅ、そ、それは…」

 

 

音々音は呂布に必死に説得するのだが、

呂布の言葉を聞くと再び何も言う事が出来なくなり唸るばかりになってしまった。

 

 

「そんなに言うんだから、諦めて曹操に譲れば良いじゃない?」

 

 

そこに董卓と賈駆…月と詠が現れる。

 

詠は自身の腰に手をやって、

『何を言っても無駄よ』と音々音に向かって言う。

 

 

「詠までぇぇ…」

 

 

詠の言葉に、しゅんと拗ねる音々音。

詠はそれを横目に呂布に近寄り書簡をぶっきらぼうに渡した。

 

呂布が書簡を開き文章を確認すると、

詠は腕を組んで自慢気に口を開く。

 

 

「しっかり調べてきたわよ。そこに書かれてる通り、守備兵は城を放棄。今は民だけだって」

 

 

「…そうか、ご苦労」

 

 

「当然でしょ。あ、後、もうある程度の準備も済ませさせてるから、直ぐに行けるわ」

 

 

「…なぁなぁ呂布ちん?何のことなん?」

 

 

詠と呂布の会話が気になった霞は、

首を傾げて呂布の袖を引っ張りながら尋ねる。

 

呂布は詠から渡された書簡を丸めると、

霞の方へ顔を向け質問に答えた。

 

 

「…これから上党に向かう。皆の家に還るんだ」

 

 

呂布の言葉に、

霞は一瞬ポカーンと口を開けて驚いてしまうが直ぐに満面の笑みを浮かべ、

五月雨や音々音たちの目など気にせず呂布に抱き付いて還るべき場所に戻ることを喜んだ。

 

それから暫くして、呂布が曹操の下に使者を送る。

曹操は使者を丁重に迎え入れ、

使者の言葉を聞き直ぐに返事を返した。

 

 

「分かった、洛陽復興の件引き受けよう……安心するように伝えておきなさい」

 

 

口元に何かを含めた笑みを浮かべて。

 

それから、使者が戻ってくるなり呂布は直ぐに陣払いを行う。

詠の言っていた通り、準備は既に整っており瞬く間に全軍上党に行けるようになった。

 

そして…

 

 

「…待たせたな」

 

 

全軍が乗る船団の前に呂布が現れる。

その手には綺麗に纏められた朱椰の鎧があった。

それを見た霞は苦笑しながら呂布に言う。

 

 

「流石に墓ごと…っちゅうのは無理やわなぁ…」

 

 

「…朱椰は皆の心に生きている」

 

 

「また恥ずかしい台詞吐くなぁ、呂布ちん……まぁ、嫌いじゃぁないわ、そんな呂布ちんも」

 

 

呂布の返答に、

霞はニッと笑みを零すとその傍らに立ち、

朱椰の鎧を受け取って呂布と共に船に乗る。

 

船は孟津港を出航し、

上党に向かうのだった。

 

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次の日、平陽港にいた上党に住む漁師たちが、

此方に向かってきた船に身構えていた。

 

『董卓軍が戻ってきた』と互いの顔を見ながら叫ぶ漁師たち。

だが、だんだん近づいてくる船の旗に気が付いた漁師たちは、手に持っていた武器代わりの道具をゆっくり下ろす。

 

そして、船から降りてきた呂布たちの姿に、

漁師たちは膝から崩れ落ち涙を流した。

 

 

「おお…張遼様たちじゃ…」

 

 

「まさか、生きている内にまた会えるとは……天に感謝します」

 

 

漁師たちは泣きながら呂布たちを迎え入れると、

そのまま上党城へ向かう。

 

道中、漁師たちは呂布たちの話を聞くと、

今まであった苦労と朱椰の死に再び涙した。

 

そして、

 

 

「張遼様と呂布様じゃっ!!」

 

 

「また上党に平和が訪れるのぉ…」

 

 

呂布たちは上党城の民たちの姿を見て驚く。

城下で呂布たちを見て泣き崩れていたのは、その年老いた者たちだけで、

若い者たちの姿がそこにはなかったのだ。

 

暴力による李確の悪政。

李確配下による虐殺、徴税、強姦。

その影響は朱椰の愛した此処上党にも及んでいた。

 

 

「呂布ちん…」

 

 

「…分かっている」

 

 

それを改めて実感した呂布たちは、

上党城の復興を誓う。

 

後日、呂布は直ぐに民たちを一人ずつ城に召集。

今の城下街の状態を聞き、

それを音々音と詠ら軍師たちに書き記させた。

 

更にその間、霞、陽炎、華雄に命じて周辺の賊討伐・帰順をさせ、

治安、戦力拡大を狙う。

 

数日後、

民たち全員と話を済ませた呂布は、

フラフラになるまで音々音たちに書かせた城下街の現状を記された書簡を片手に早苗、五月雨と共に内政を開始。

 

最初は人手が足りず作業は中々進まなかったが、

霞たちの賊討伐によって治安も良くなったのか城下街の人口も増え始め、

日が経つ事に内政の速度は上がる。

 

更に詠が持ち前の外交能力を長期の聴取で弱った体を押して発揮し、

木材や石材などの物資を安く仕入れることで資金の負担を最小限に抑えた。

 

内政が落ち着いた頃、

聴取だけではなく内政にまで力を借してくれた詠に呂布が直接感謝の意を伝える。

だが、

 

 

「っ、か、勘違いしないでよね、僕が疲れた身体無理してやってるの全部月の為なんだから…」

 

 

詠は腕組みしながら、そっぽを向いてそれに応える。

音々音や五月雨がその場に居れば、

その詠の態度に飛びかかってくるところだろうが、

呂布はそれに微笑するだけで気にはしなかった。

 

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そして、

呂布たちが上党に戻って三ヶ月が過ぎる。

 

 

「報告っ」

 

 

城下街も落ち着き、

民たちが賑わい始めた頃、

玉座の間で定例会をしていた呂布たちの下に伝令が現れる。

 

 

「ん、どないしたん?」

 

 

拝跪して待機する伝令に、

玉座に座る呂布を確認してから霞が内容を尋ねた。

伝令は霞の声に反応すると、立ち上がり口を開く。

 

 

「城下街に巨大な馬が暴れており、警備兵ではどうすることも出来ず、民、兵士たちが将軍たちの助けを求めています。どうか、ご助力を…」

 

 

「…巨大な馬、だと?」

 

 

伝令の言葉に何か気になったのか、

顎に手をやって考えるように眉を細める呂布。

それが気になった早苗は呂布を見る。

 

 

「呂布殿、その巨大な馬に何か心当たりでも?」

 

 

「…ああ」

 

 

早苗の問いに呂布は彼女を見て軽く頷くと、

再び伝令の方を見直して口を開いた。

 

 

「…その馬は赤い身体をしていなかったか?燃え盛る炎の如き赤に」

 

 

「は…はっ!!誤報かと思いまして、ご報告しませんでしたが、報告では真紅の毛をした馬と。しかし、その様な馬がいるとは…」

 

 

呂布は伝令の言葉を聞いて納得したような顔をする。

 

確かに自身がこの世界に居て、

あれがこの世界に居ないはずがない。

あちらの世界で長年苦楽を共にした相棒がこの世界にも居たのだ、と。

 

それが判った呂布は気づかぬ内に笑みを浮かべていたのだろう、

ハッと気付くと周りの皆が少し驚いた顔で呂布を見ていた。

呂布は動揺を表さず、冷静に普通の顔に戻すと伝令に返事を返す。

 

 

「…それは事実だ。俺と張遼、高順、張燕、華雄が向かうと伝えよ。それまでは民への被害のみ防げ、攻撃はするな」

 

 

呂布の言葉に伝令が供手して玉座の間から出て行くと、

陽炎がニヤリと微笑しながら呂布に尋ねた。

 

 

「…私や霞、早苗に華雄を供に連れて行くとは、兵士の手が着けられぬ馬とはいえ、余りにも全力を出し過ぎはしませんか?…まぁ、これが次期妾候補を選出する為のものならば、私は修羅にもなりますが」

 

 

「な、な、な、何ですとぉッ!!!?」

 

 

「そ、それじゃ、呼ばれなかった、わ、私は妾候補にすら……ガハッ!!?」

 

 

フフッと笑う陽炎の言葉を聞いた音々音は陽炎を見たまま隣にいた詠の襟首を握ってガクガク揺さぶり、

同じく言葉を聞いていた五月雨は呂布に自分の名を呼ばれていないことに衝撃を受け吐血しながら白目で後方に倒れる。

 

そんな二人を見ながら呆れてものも言えない華雄は、

呂布に目配せするとサッサと準備しに玉座の間を出て行った。

 

 

「おいッ、お前たちそんな事があるは……はずない。うん、あるはずないんだ。いや、しかし、本当ならば…」

 

 

早苗は早苗で、最初は目を回らせ気を失いかけている詠を助ける為に音々音と五月雨の暴走を止めようとするのだが、

突然陽炎の話が気になり始め顔を赤めながら足を止めて自問自答を繰り返す始末。

 

涙を流しながら発狂する音々音。

何度も高速に揺さぶられ気絶する詠。

気絶した詠を心配してあたふたする月。

白目を向いて気絶する五月雨。

両方の頬に手をやって赤めた顔を横に振る早苗。

 

呂布と霞は目の前の光景に溜め息をつき、

ニヤニヤと微笑して音々音たちを見る陽炎に近付いて二人同時に拳を振り下ろすのだった。

 

 

 

数刻後、

呂布たちが城下街に姿を現す。

呂布たちの姿を見た兵士は直ぐに駆け寄り、

現状報告を始めた。

 

 

「ご助力感謝します。目標は今、畑地帯の方へ向かっています」

 

 

「…ご苦労。お前たちは引き続き民を守れ。後は任せろ」

 

 

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呂布はそう言って、頭を下げる兵士の肩をポンと軽く叩き仲間たちを見る。

その視線に、大変霞と早苗と華雄、そして二つの大きなコブを頭から出しながらも不敵な笑みを浮かべる陽炎は頷き、

一行は畑地帯に向かった。

 

そして、

畑地帯に着いた呂布たちは城下街を荒らした犯人を目撃する。

 

畑の上をゆっくり歩く赤い身体の馬。

その身体は通常の馬より一回りも大きく、

更にその巨大な身体から放たれる異様な気…殺気に近いものに霞たちは思わず息を呑んだ。

 

 

「…久しいな、赤兎」

 

 

そんな中、

呂布は久し振りに会えた相棒の姿に思わず笑みを浮かべるのだが、

赤兎と呼んだ赤い馬は呂布の言葉に反応して歩みを止めると、

呂布たちを見て嘶きをし、

笑みを浮かべる呂布に向かって突撃してくる。

 

霞たちは唖然としていた。

赤兎馬の初動が見えなかったことに。

そして、常人ならば骨を砕かれながら吹き飛んでいただろう赤兎馬の突進を受け止める呂布に。

 

 

「…ッ、呂布殿ッ!?」

 

 

あまりの衝撃の連続で唖然としていた彼女たちであったが、

いち早く我に戻った早苗の焦りの声に、

彼女たちは一斉に我に戻り赤兎馬を包囲して武器を構える。

 

呂布は赤兎馬の突進を受け止めた状態で霞たちのその行動を見ると、

それが彼女たちに望んでいた行動であったのか一度頷いて、

 

 

「…こいつが俺を受け入れなかった時は一斉に、本気でこいつを殺しにかかれ。俺でも駄目なら、上党が危険だ。頼んだぞ」

 

 

指示を送るなり、

大地を全力で踏みつけて赤兎馬を押し返し始めた。

 

 

(呂布ちんはあの赤い馬を服従させる気なんか!?)

 

 

呂布の言葉を聞いて汗を垂らす霞。

戦友がそこまで言う程にこの赤い馬は凄いのだろう、

霞はそう悟った。

あんなものを見せられて凄くないとは言えないのだが。

 

呂布と赤兎馬は踏ん張る足と脚で大地を削りながら、

互いに恐ろしい程の力で押し合っていた。

呂布は口許に笑みを浮かべはしているものの身体中の至る所から血管を浮かべ、

赤兎馬もブルルと嘶きながら同様に血管を浮かべ力む。

 

そして、暫く押し合っていた呂布と赤兎馬だったが、

一瞬にして展開が変わった。

 

呂布が赤兎馬の鬣を掴んで、

気合いと共に赤兎馬を文字通り『ブン』投げたのだ。

 

ブォンと空気を鳴らせながら宙を飛ぶ赤兎馬は産まれて初めて投げられたのか、

キョトンとした目で呂布を見る。

だが、その眼光を再び鋭くすると空中で態勢を整えてしまい、

追撃しようと駆けてきた呂布に向かって蹄を突き出す。

 

 

「チッ…」

 

 

呂布は自分に向かって突き出された巨大な蹄に咄嗟に走る足を止める事が出来ず、

そのまま跳躍。

しかし、それと同時に呂布は自身の行動に後悔した。

相手はあの赤兎馬であった、と。

 

赤兎馬は突き出していない前脚を軸に後ろ脚を蹴って横に旋回し跳躍した呂布の真下に入ると、

自分を飛び越して着地しようとする呂布の背中に向かって今度は前脚二本で襲いかかる。

 

呂布の背中に走る想像を絶する衝撃。

まるで衝車の一撃を喰らったような重み。

呂布は着地する事なく、前方へ吹き飛んだ。

 

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大きな音と砂埃を出しながら畑に突っ込む呂布。

だが,それを今度は赤兎馬が逃さず、

追撃する為に初動を見せずに駆ける。

 

 

「呂布ちんッ……クッ、奉先ッ、早よ起きいっ!!馬来とるで!!」

 

 

赤兎馬の追撃に動かない呂布。

それに慌てた霞は思わず一歩踏み出して叫んでしまう。

しかし、その時には既に赤兎馬の前脚は高々と動かない呂布の真上に上げられており、

数秒後それは勢いよく下ろされた。

 

 

「…分かっている」

 

 

その瞬間、

呂布は一言呟いて身体を横に回転させると、

間髪で地面にめり込む程に振り下ろされた蹄を避け、

直ぐに逆回転で再び身体を回転。

遠心力を利用して赤兎馬の胴体に蹴りをくわえる。

 

これには流石の赤兎馬も耐え難かったのか、そのまま横に倒れた。

呂布は直ぐに倒れている赤兎馬の上に跨がると、

無理やり起こして背中に乗った。

 

暫くの沈黙。

 

霞たちが見守る中、

呂布と呂布を背中に乗せる赤兎馬は何も言わず呼吸だけをし、ゆっくりと進み始める。

そして、次第にその速度は速くなり、呂布の顔にも笑みがこぼれ始めた頃、

霞たちは呂布が赤兎馬を服従させたのだと悟ると、

漸く安堵して武器を降ろす。

 

 

「…お前たちの出番はなかったな」

 

 

「本当だッ。どうせ、お前の事だ、初めからこうなる事を知っていたのだろう。まったく、時間の無駄ではないか…」

 

 

赤兎馬の首を撫でながら霞たち下へ来る呂布に、

華雄が腕を組んで顔を反らし怒りを露わにすると、

それを宥めようと早苗が肩に手をやり話し掛ける。

呂布がそのやり取りを見ていると霞が歩み寄ってきた。

 

 

「…霞」

 

 

近寄る霞の表情を確認すると、

呂布は彼女の名前を呼びながら赤兎から飛び降り、

自らも歩み寄った。

 

 

「………心配したやないか、アホ」

 

 

呂布の前に立つなり、拳で呂布の胸を突く霞。

それは呂布にとって何でもない衝撃だったが、

赤兎馬の一撃をもらった鎧にはとどめになったのだろう、

鎧の背中の部分に亀裂が走り粉々砕け散る。

 

同時に鎧が呂布から剥がれ落ちると、

呆然とする呂布と怒り露わにしていた霞に沈黙が訪れ、

暫くして両者に笑みがこぼれた。

 

 

「………まさか、まだ恋敵がいたとは…」

 

 

それを見ていた陽炎は、

溜め息をついて大地に刺していた大剣に前屈み寄りかかると、

今後の呂布捕獲計画を新たに練り始めるのだった。

 

 

 

翼州・業城

 

 

「呂布が上党に兵を集めているですって…?」

 

 

足を組んで玉座から伝令に聞き直す袁紹。

その問いに伝令が頷くと、

袁紹は左右に待機する顔良と文醜を真剣な表情で交互に見た。

 

 

「顔良さん、文醜さん。呂布とは誰ですの?」

 

 

袁紹の言葉に思わず転倒してしまう顔良と文醜。

キョトンとする袁紹を見ながら二人はヨロヨロと立ち上がり、

彼女の問い掛けに答える。

 

 

「れ、麗羽様…呂布さんは黄巾の乱の時に、この業城の城門を腕っ節だけで開けちゃった人です。超人さんです」

 

 

「最近の情報で言えば、泗水関の戦いで散々暴れた“泗水関の鬼神”、その方っスよ」

 

 

顔良と文醜は汗を垂らしながら苦笑すると、

まさかの発言をした主君に呂布の情報を伝えた。

 

当の袁紹本人は顔良と文醜から呂布の情報を聞いて暫く沈黙していると、漸くハッと思い出したように手をポンと叩いて、

 

 

「ああっーー!!!あの不男さんですの!?しかも、恐れ多くもこの、わ・た・く・しの領地を攻め取ろう兵を集めてるですって!!?」

 

 

どこから出したのか、

白の美しいお手拭布巾をガルルと噛みながら顔良と文醜に恐ろしい表情で詰め寄る。

 

顔良と文醜はそんな袁紹に思わず後退り、

両手を胸の前に出してを落ち着かせるように主君に向かって口を開いた。

 

 

「い、いやぁ、それはどうか判んないっスけど…」

 

 

「れ、麗羽様が心配なら、此方も軍備を整えましょうか…は、はは」

 

 

「当たり前でしょう、顔良さんッ。泗水関でコケにされた恨み、今晴らさずして何時晴らせるか…お二方は早急に軍備を整えて、不男さんを討ち取ってらっしゃい!!さぁ、お・は・や・くッ!!」

 

 

袁紹は顔良の言葉を聞いて頷くと、

二人に向かってバッと指を指し命令を下す。

袁紹の命令を聞いて顔良と文醜はお互いの顔を見合うと、

泗水関の戦いで暴れていた呂布の姿を思い出し、

 

 

((死んだ…))

 

 

顔を青くし自身の死を悟って、

がっくり頭を垂らすのだった。

 

 

 

『袁紹軍三万、壷関に接近』

 

この報は直ぐに呂布たちの耳に入る。

 

壷関は上党城と業城の間に位置する呂布軍の唯一の関所で、

対袁紹軍の最前線であり最終防衛線である。

つまり、此処の陥落は呂布軍の滅亡に関わるものであった。

 

呂布は直ぐに部隊を編成。

直ちに壷関に向かった。

説明
董卓を保護。丁原との約束を果たした呂布。
呂布は懐かしき地へ帰還する。

再版してます。。。
作者同一です(´`)
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コメント
殴って退場さま<<修正箇所の報告ありがとうございます( ´`;)兵力が強みの袁紹軍と対戦争向き戦闘集団の呂布軍の相性は如何に(笑)次の更新をお待ちください。(Queen@青の英雄)
どう考えても袁紹軍が呂布に蹂躙される姿しか想像できない。あと訂正で第10話が9話になっていますよ。(殴って退場)
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