快傑ネコシエーター32
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156、魔窟居酒屋銀猫に道雪参上

 

滝口道雪は出家する前より酒色を断っていた。

酒色に溺れて仕事で不覚を取ることを一生の恥だと思い、極端に禁欲的な生活を過ごしていた。

大和龍之介は長命山から降りてきて提灯屋の源さんの工房で寝泊まりをし、粗末な

食事で肉体の鍛錬をしている道雪に対して好感を持ち、より親しくなりたかった。

そこで、道雪が酒を飲まなくても美味しい料理で饗応したいと思い、止せば良いのに

つい銀に相談を持ちかけてしまった。

「大和さん、それはとても良いアイデアだと思いますよ、四方音ちゃんも誘って一緒に

妖子ちゃんの料理を振舞えばとても喜んでいただけると思います。」

「雅さんや源さんも呼んでみんなで親睦を深めましょう。」

当然のことながら銀の悪戯心は大きく膨らんで道雪に一服盛ることを考えていた。

滝口時次郎を名乗って居た頃より名前だけは知っていたがなぜか当時はいつもすれ違い

で直接対面して会話したことが無く、銀は黄泉音こと四方音から噂話を聞いたり、慧快

から時次郎と組んだ仕事の話を聞いただけであったので、当時から時次郎に対して強い

興味を持っていたのであった。

さて、何も知らずに道雪は大和龍之介に誘われるままに魔窟居酒屋銀猫にやって来た。

素直に好意を受け入れて饗応されることにしたのであった。

「道雪様、今日は思い切り羽目を外して宴を楽しんで下さいな。」

銀は道雪の本当の正体を心身共に見てやろうと舌なめずりをして待ち構えていた。

今日は道雪の飲み物に薬を盛りまくるつもりだった。

本命の道雪にそのことを悟られない様に大和龍之介にマタタビを盛ること控えて

企みごとを張り巡らしてその成功を目論んでいた。

雅と四方音、勘のいい源さんに気付かれないように道雪から酒席の位置を遠ざけ

企みがばれ無いように仕組んでいた。

警戒心を持っていない雅と四方音は何も知らずに歓談して盛り上がっていた。

当然のことながら食べることしか頭にない美猫はひたすら料理に舌鼓を打っていた。

源さんはかなり酔っていた上、上機嫌で雅と四方音の会話に相槌を打ったりして、

さらに大和龍之介はひたすら鈍かった、つまり、誰も道雪の危機に気付いて居なかった。

銀は早速例のアルコール度の高い酒のようなものを道雪に勧め始めた。

「道雪様、いや私は時次郎さんと呼ばれて居た頃よりとてもお会いしたかったのです。」

「黄泉音姉さんからお噂を聞いてとても気になっていたのですよ、でもあのころは一度も

顔を合わせることが無くて、お互い名前を改めてからこうやってお近づきに成れるなんて

不思議な感じがします。」

銀は正直に自分の思っていたことをそのまま伝え、用心深い道雪の警戒心を緩ませた。

道雪も銀の悪戯好きについて知らなかったのですっかり銀の勧めるままに怪しげな液体を

何度も飲み干していた。

「銀さん、実は私も全くすれ違いで顔を合わせることが無かったのが不思議な気がして

たまらなかったのですよ。」

「黄泉音様や一緒に仕事をしていた慧快様より銀さんの噂を聞いてとても興味があったんですよ。」

道雪は銀に何の疑いも持っていなかったので正直に本音を話していた。

何時しか銀と道雪は古宮慧快の思い出話に花を咲かしていた。

そんな二人の様子に気が付いた四方音は銀が何か大きな悪戯を仕組んでいるのではない

かと疑い小声で雅に話しかけた。

「雅兄様、銀姉様の様子がとても怪しいのじゃが、何か道雪様に悪戯をするつもりでは

ないかのう。」

「銀さんなら充分考えられますが、道雪さんも用心深いから簡単には引っかからないと思います。」

しかし、この日の道雪は全く用心深さの欠片も無く銀に籠絡されていた。

道雪も自分の娘のような銀に完全に心を許して怪しい液体をさらに飲み干していた。

銀は知らなかった、泥酔した道雪の姿を。

「おかしいわ、道雪様に全然薬が効かないじゃない、まさか気づかれたのでは。」

銀には道雪の記憶が既に飛んでいることが全く分からなかった。

実は、道雪は既に泥酔していたのだが普段と全く変わらない様子で銀に接していた。

鈍い大和龍之介は銀と道雪の師匠古宮慧快の思い出話に聞き入っていた。

やがて、宴も終わり皆、それぞれの我が家へと帰っていった。

銀は道雪に思い切り薬を盛りまくったのだが全く効いている様子が無いことから

自分の悪戯が道雪にばれたものと大いに後悔した。

翌日、銀はここは素直に自分の悪戯を道雪に詫びて許してもらおうと

道雪の仮住まいである源さんの工房に向かったのであった。

銀が工房に着くや否や中から源さんが飛び出してきて銀に昨日の宴の事を詰問した。

「おひぃさん、あんたは一体道雪さんに何を飲ませたんじゃ。」

「昨日、家に着くとすぐに白鼻芯に変化して土間で大の字になって大鼾をかき始めて

いつも早起きをして修行をするのが日課の道雪さんが

お日様こんなに高く昇っても一向に目を覚まさんのじゃよ。」

銀が工房の中に入ると全く無防備な道雪が満面の笑顔を浮かべて眠っていた。

昨日の銀と昔の思い出話をしたことで楽しかった古宮慧快と一緒に仕事をした時

の夢を見ているようであった。

銀は自分の悪戯が成功した事を確認したがとても心地が悪く大いに反省した。

「本当にごめんなさい、道雪様。」

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157、鬼火舞う

 

「蛍火よ、どうしてもやるのか。」

「あんた、そんなに古宮慧快が恐ろしいのかい、あたし一人でも奴を仕留めるよ。」

「何を言う、俺達は一心同体地獄の果てまで俺は付き合う覚悟だ。」

「髑髏の奴、この国を自分の手中にしたつもりになってやりたい放題やってやがる。」

蛍火と呼ばれた女は吐き捨てるように言った。

「倶利伽羅童子、あんただって蠱毒を使って髑髏を仕留めようとしていたじゃない。」

「しかし、古宮慧快の所為で蠱毒じゃ仕留めそこなったがな。」

倶利伽羅童子と呼ばれた隻眼隻手の毛むくじゃらの男は不貞腐れたように吐き捨てた。

「蠱毒使いの洋行帰りの呪術師に蠱毒を沢山作らせるはずだったがどこかへ

雲隠れしちまうし、なかなかうまいこといかねえもんだな。」

「われら鬼族を亜人として貶めるなど亜奴の驕りはどうしても許しがたい。」

「真祖などと呼ばれて有難がられているようだが吸血鬼は所詮我等鬼族の一員に

過ぎないじゃないか。」

「大陸の鬼族の頭領は腰が重くてずっと静観していてこの国で起きたことなどは

全く知らんぷりと、きっと髑髏に鼻薬でもかがされたにちげえねえや。」

「あのお方の事なかれ主義にも困ったものだよ。」

大谷行基にとって大陸の鬼族の渡来は認めがたいもので治安を理由にして厳格に拒絶した。

蛍火と倶利伽羅童子は大陸から渡来してきた鬼族であったがこの国では密入国の犯罪者

扱いで二人以外の仲間は全て殺され倶利伽羅童子も片目と片腕を失った。

二人の行基に対する復讐への思いは強く、もはや目的のために手段を選ばず一般の人間

及び亜人を幾ら犠牲にしてもかまわなかった。

切り札のつもりで使った蠱毒が古宮慧快によって退けられ、二人は焦っていた。

 

滝口時次郎は竜造寺銀と古宮慧快が呪い屋退治をした時に呪い屋の地下室で沢山の蠱毒が

作られていたという話を慧快から聞いて嫌な予感がして黄泉音に尋ねてみた。

「それだけ沢山の蠱毒をばら撒いたらどれだけ周りの者に被害が出るでしょうか。」

「呪いの対象が一つなら呪いっぱぐれの蠱毒が目標を見失ってその力が尽きるまで

周りの者が犠牲になり続けるだろうねぇ。」

「性質が悪いねぇ、よっぽどの恨みなんだろうけど周りの被害は甚大だよ。」

「では蠱毒を作るように依頼した者を退治しないと事件は解決しないのではないですか。」

「慧快さんの話じゃ以前大谷行基が蠱毒に襲われたそうだがその時はひとつだったから

慧快さんが何とか撃退したらしいが、その時に蠱毒を放った奴がまだあきらめきれず

行基を狙っていたら・・・十分考えられるねぇ。」

時次郎はあらためて詳細に呪い屋の周りを調べてみることにした。

呪い屋と呼ばれていた女の素性を調べていくうちに奇妙な男に行き着いた。

日の光を避けるためか正体を知られたくないためか全身を黒い装束でまとった

隻眼隻手の男で片足が不自由らしくいつも引きずっていたという話を聞きこんだ。

呪い屋こと呪術師の過去を知っていて裏の家業に関わっていたようだった。

「こいつらは洋行帰りどころか大陸からの密入国者じゃないのか。」

呪い屋は大陸から欧州に渡り呪術師の腕を磨いてから渡来してきたようだった。

用心深い呪い屋が助っ人に使っていたのだからの大陸時代からの付き合いだと思われ

人目についても正体を知られたくないというのは余程判りやすい形相の犯罪者であること

が想像できた。

ただ呪い屋の助っ人などプライドの高いバンパイア族であるとは考えにくかった。

「それだけの重犯罪者がデミバンパイア以外だとするとかなり絞り込まれるじゃないか。」

時次郎は倶利伽羅童子という亜人の犯罪者の指名手配書を見つけ確信を持った。

「しかし、こいつは大陸で何をやらかしたんだ、密入国以外何もしてないんじゃないか。」

指名手配書の不自然さが気になり黄泉音の元に戻った。

黄泉音は倶利伽羅童子の指名手配書をじっくりと見て時次郎の疑問に答えた。

「倶利伽羅童子は大陸の鬼族、しかも人間を食らうから、デミバンパイア以上の脅威だと

行基は考えてこんな指名手配書をばらまいたんじゃないかねぇ。」

「人間を食らうのですか、亜人もですか。」

「こいつらの悪食は大陸でも悪名が高いからねぇ、行基の慌て振りも想像できるよ。」

「でもほっておいたらこいつは何をしでかすやら。」

「そうだねぇ、行基をかなり恨んでいるよ。」

「真祖吸血鬼も元は鬼族の一員に過ぎないから大陸から渡来した行基が

権力を牛耳っているのは我慢できない上に同じ大陸の鬼族を亜人の密入国者扱い

で仲間を皆殺しにされたんじゃねぇ。」

「現に蠱毒を行基に仕掛けているしねぇ。」

「残念ながら呪いは慧快さんに打ち返れたようだし、当然返しの風を食らって

体をかなり痛めているようだから行基に乾坤一擲の復讐を仕掛けてくる可能性は

否定できないねぇ。」

「行基が報復を受けるだけなら別にかまわないが慧快さんの身に何かあったら大変だ、

あの人は義理堅いうえに無鉄砲だからなぁ。」

時次郎は慧快の人懐っこい笑顔を思い浮かべて嘆息した。

 

蛍火は夜の街で狩りを始めて、腹を満たすことにした。

人通りの多い歓楽街で人目につくような蠱惑的な衣装で優雅に舞い始めた。

やがて、夜の明かりに集まる蛾のように酒に酔った若い男たちが見物し始めていた。

蛍火は若くて肉の柔らかそうな青年を誘惑して街灯の消えた薄暗い裏道に連れ込んだ。

「ねぇ、あんたどうしてここに誘ったか分るかい。」

「姉さんが何かいいことしてくれるんだろう。」

青年は何も疑わずへらへらと笑っていた。

いつの間にか蛍火の腰に手を廻して抱いていた。

「あたしにとってはとってもいいことだけどあんたはどうかな。」

蛍火はにっと笑うと青年の体を力一杯抱きしめた。

肋骨が粉々になり青年は口から血の塊をはいて悶絶しながら絶命した。

蛍火は青年を頭からむさぼり食らうと柔らかい内臓を残して倶利伽羅童子に

与えて、食べさせ英気を養わせた。

 

「慧快さん、大陸から密入国して来た食人鬼っていう者を知っているかい。」

行基は優しい笑みを浮かべながら話しかけた。

「名前だけ知っておりましたがそのような者までこの国に入って来ているのですか。」

「真祖吸血鬼は人間の血を吸っても命までは絶対に奪わないが食人鬼は

確実に存在しているだけで人間の命を奪うのだよ、確実に退治する方法はないかなぁ、

慧快さん何か英国で耳にしていないかい。」

「デミバンパイアよりも確実に倒せます、食人鬼には厄介な魔力がありませんので

聖別された銀と鋼の刃で心臓を突き、首を刎ねれば絶命するそうで英国及び欧州では

その方法で食人鬼を仕留めるそうです。」

慧快はそれが後にとても後味の悪い仕事になるとは思ってもいなかった。

慧快は行基より正式に食人鬼退治の依頼を受けて竜造寺銀に協力を求めた。

 

「銀ねぇさん、今度の相手は大陸から密入国して来た食人鬼なんだ。」

「退治するのには聖別された銀と鋼の刃が必要なんで銀ねぇさんの霊験あらたかな太刀が

一番の武器なんだ。」

「でも、あたしなんかよりも時次郎さんのほうが腕は確かだと

黄泉音姉さんは言っていたけど、あたしの腕なんかで頼りになるのかい。」

銀は少し意地悪く慧快に答えた。

慧快はそんな銀の小さな嫉妬に気が付かずに正直に時次郎の今の得物を答えた。

「時次郎さんの太刀は隻眼のデミバンパイアに折られちまって、

今じゃ私の独鈷杵を使っているんだよ。」

「へぇ、得物を貸して戦う程の仲良しなんだ。」

銀は精一杯の皮肉を言ったつもりだったが肝心の慧快は鈍く全く気が付かなかった。

慧快は銀に食人鬼の膂力の強さはデミバンパイア以上で狒々など物の比ではないことを、

ただし、再生能力など魔力は持っておらず、注意を怠らなければ退治できると告げた。

銀は慧快が何時に無く慢心していることに気づき強い調子で諫言した。

「あんた、デミバンパイアを屠るのに日輪の十字架の力が使えるからってほとんど無策で

体当たりで戦っているのにそれ以上の膂力を持った食人鬼に勝てると思っているのかい。」

慧快は銀の強い調子に自分の慢心に気づき少し調子に乗って行基に安請け合いしたこと

を深く反省した。

「銀ねぇさん、すまない、私はどうかしていたようだ。」

慧快は魔力のない、再生能力のないことに目が行って相手が真祖吸血鬼同様の鬼族で

それだけでもかなり手強い相手であることを再確認した。

 

慧快は夜の歓楽街で蠱惑的な衣装で舞う女の噂を耳にした。

必ず、若い男の行方不明者が出ることから、詳細に銀と一緒に調査を始めてみた。

女が現れたという場所から少し離れた寂しい裏道で大量の血痕を見つけた。

「どうしたらこれだけの血液をばら撒く事が出来るのだろうか。」

「よく見ると小さな骨の欠片もまじっている。」

銀は注意深く観察しながら、

「食人鬼はここで獲物を殺して食事をしたんだろうねぇ。」

「あんた、こいつの腕力は並外れているね、成人男子を容易く捻り潰すんだからね。」

「しかもこれをやったのは女の方だよ、倶利伽羅童子の方はたぶん塒から出てきてないよ。」

「指名手配書によると隻眼隻手になる程の怪我を負わされて満足に動けないじゃないの。」

「でも、女の方の指名手配書はただ大陸からの密入国者とだけ書かれているだけで

写真、人相書き、特徴、名前すらも何もないのが腑に落ちないねえ。」

「この女、かなりの人を殺めているようだし、こちらの方が重犯罪者じゃないのかい。」

銀はこの指名手配書に不自然なところが多すぎることが気になった。

 

慧快と銀は夜の歓楽街を変装して潜入した、人の目にはただのデート中のカップルの

ようで、慧快は顔を引き攣らせ必死になって平常心を保っていた。

銀はそんな慧快が面白くてわざと胸を慧快の腕に押し付けた。

やがて夜は更けて酔客が目立つようになり始めると

どこからともなく不思議な旋律の謡が聞こえると薄絹を纏った女が扇情的に舞い始めた。

大陸の言葉で望郷の思いを謡っていた。

「なんかとても悲しい謡じゃない、魂は絶対売り渡さないって謡っているようだよ。」

銀はとても切ない気持ちになっていた。

やがて酔った若い男が吸い寄せられて行き女と一緒に街灯の消えた薄暗い裏道の方に

消えていこうとしていた。

その様子に気づいた慧快と銀は即座に戦闘態勢を取り、後を追いかけた。

何も知らない男の方は何が起こったのか全く分からなかった。

しかし気づいた時にはもう遅く、蛍火に捻り殺されていた。

「遅かったか、また犠牲者を出してしまった。」

慧快は惨状を見て悔しそうに唸った。

慧快は銀から借り受けた霊験あらたかな太刀で蛍火に対峙した。

蛍火は慧快だとは知らなかったが相手が僧侶で自分を殺すつもりであることに気づいた。

「あなたの名前は何というのでしょうか、できれば最期に教えていただけませんか、

あなたの墓にその名を刻み懇ろに弔いましょう。」

「あたしはここであんたに殺される気はない、だから名乗らないよ。」

慧快は霊験あらたかな太刀を正眼に構え一突きで心臓を抉り、首を刎ねるつもりだった。

蛍火は慧快から逃げられないことを悟り、せめて一矢報いようと太刀を受け、相討ちを

狙って機会をうかがっていた。

その時恐ろしい怒声を上げて倶利伽羅童子が慧快に襲いかかってきた。

「蛍火は殺らせはせぬぞ、例えこの倶利伽羅童子の命が尽きるとも。」

倶利伽羅童子はものすごい膂力の持ち主でデミバンパイアなど物の比ではない程

であったが残念ながら隻眼隻手で更に蠱毒の返しの風を受けて足が不自由であったため、

慧快の敵では無く、素早く死角に回り込んで心臓を抉り、首を刎ね、止めを刺した。

肩で息をしている慧快を突き飛ばして倶利伽羅童子の亡骸に抱き着き号泣する女の姿が

あった、蛍火である。

「童子、倶利伽羅童子どうしてあんたそんな体でこんな所に来たんだい。」

蛍火は涙が尽きて血涙が出るまで泣くと慧快に向かって行って胸ぐらをつかんで。

「あたしたちが一体何をしたんだい、この国に渡来したのが悪いのかい。」

蛍火は散々恨み言を慧快にぶつけてきた。

慧快はどうすることもできず、呆然として霊験あらたかな太刀を取り落した。

その機会を見逃す蛍火ではなかった。

後ろ手に隠した左手の爪を伸ばし慧快の心臓を抉り取るつもりだった。

蛍火がにっと笑って左手を慧快の胸に伸ばすや否や蛍火の左手の指が突然切り落とされた。

銀である。

銀は左手を押さえて苦痛で転げまわる蛍火の上に馬乗りになり、聖別された銀のナイフで

蛍火の心臓を抉り、さらに首を刎ね、止めを刺した。

返り血で真っ赤になった銀は未だに放心状態の慧快を正気に戻すため、思いっきり平手で

頬を張り飛ばした。

「あんた、本当に女に弱いねえ、これが鬼の空涙っていうんだ、よく覚えておきなよ。」

「銀ねぇさんすまない、銀ねぇさんがいなかったら私は確実に死んでいた。」

銀と慧快は二人の食人鬼の亡骸を荼毘に付し歓楽街の外れに塚を造って葬った。

この事件から八十年以上たった今も誰が言い始めたのか分らないがこの場所が

鬼塚と呼ばれており、鬼火の舞う姿が目撃されているという噂がある。

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158、髑髏の呟き

 

世にも奇妙な予言をする生首があるという噂を聞きつけた古宮慧快は好奇心から

どんなものか調べてみようと思い、その前に黄泉音を尋ねてみることにした。

「黄泉音様、喋る生首っていうのは一体どういう者かご存知でしょうか。」

「まさか死体に魂が宿って予言をするっていうことは邪法立川流の大頭のような

貴人の髑髏に肉付けしたつくりもののようなものなのでしょうか。」

「慧快さん邪法立川流は大検校行基殿がこの国に渡来する以前からこの国じゃ

ご法度で絶滅した流派だよ、僧侶信徒は全て殺し尽され、経文はすべて燃やされて

全く残っていないし、古刹の大寺院にその邪悪な行いが悍ましい記録として残されている

だけでその実体は本当のところ正確には伝承されていないんだよ、その辺ことだったら

慧快さんのが詳しいんじゃないの。」

「やはり百聞は一見に如かずといいますから私の古文書からの知識より

黄泉音様の実際に見聞きした話の方が重要です。」

慧快は真摯に言葉を紡いだ。

「さすがの私も立川流の僧侶や信徒にあったことはないしねぇ。」

「ただ、かなり昔あたしが駆け出しだった頃に大頭だったと言われていた古びて煤けた

真っ黒い髑髏、たぶん焼き捨てられたんだろうけど、見たことがあるよ。」

「その髑髏、余程の恨みを残していたんだろうねぇ、とても嫌な気が凝っていたよ。」

黄泉音は剣呑な表情を浮かべ軽く験治しに短い経文を唱えた。

慧快は歓楽街の外れの方に生首を携えて予言をする若い美しい女が現れることを

聞きつけ探してみることにした。

そこで慧快は竜造寺銀に相談を持ちかけた、若い女性に初心で弱いことを

嫌というほど味わった後なので尚更であった。

「とても賢明な判断だよ、あんたって若いきれいな女に弱いからね。」

銀は意地悪く揄った。

しかし、立川流のことは抜きにしても銀の好奇心はとても掻き立てられていた。

「生ける生首なんて一体どんなものなんだろうねぇ。」

「まさか辻占みたいに生首が恋の占いなんかは絶対にしないだろうしねぇ。」

「たぶん、人の生死に関わる様な吉凶などを占うのではないかと思います。」

慧快はその存在が不吉な物のように言った。

「それじゃ例えば、恨みを込めた呪の成否なんかを占うのかねぇ、薄気味悪い話だねぇ。」

銀は興味深そうに尋ねた。

「で、どうやってその生首を携えた女を見つけるんだい。」

「それにはいい考えがあるのです。」

慧快は真剣な面持ちで銀に答えた。

「私に呪いを掛けて下さい、それも本気で生半可な芝居では見破られる可能性があります。」

「冗談じゃないよ、どうしてあんたに呪いなんか掛けられるかい。」

銀は慧快に恋愛感情とは違った漠然とした好意を持っていたので、慧快の単純な提案を

思い切り断った。

「あんたは呪いというものを簡単に考えているようだけどもっとドロドロした醜い気持ち

がないと呪いなんて掛けられるものじゃないよ。」

「坊さんのあんたじゃ想像できないだろうけど男女の恋愛感情なんかが痴情の縺れから

憎しみに変わった時なんざそりゃ醜いもんだよ。」

銀は慧快よりは世間を知っていたが黄泉音に言わせればまだまだ雛っ娘であった。

慧快は銀の言うことが最もだと納得し銀と共に黄泉音に相談することにした。

「で、あたしの所に来たわけかい。」

黄泉音はこの2人が来ることは先の慧快の訪問から容易に想像ができたが、もし相手が

邪法立川流の大頭だったら2人の能力ではかなり荷が重く思えたので自分で出来うる

限りの知恵を貸すことにした。

「本気で相手をするからにはかなり覚悟がいるよ、相手は邪法立川流の生き残りかも

しれないんだからね。」

「慧快さんは大頭の悍ましい作り方は調べたのかい。」

「書物にある大頭の作られる過程を読んでいるうちに吐き気を催しました。」

「そうだろうねえ、初心な慧快さんには刺激が強すぎるからねぇ。」

黄泉音は銀に普段愛用している武器について説明を加えた。

「銀ちゃんの白鞘の霊験あらたかな太刀は元々宗門改めで使われて、邪法立川流の法具

を一刀両断できるものだし、聖別された銀と鋼のナイフは懐剣を仕立て治したものだから

武器として十分効力があるよ、使わない手はないねぇ。」

「へぇ、あたしの得物ってそんな由来があったんだ。」

銀は自分の愛用の刀がそんなに頼もしいものであることを知って感心した。

「銀ちゃん、あんたは何も知らずにその太刀を振り回していたのかい。」

黄泉音は銀が由緒正しい家柄の姫であることを忘れきっていることに嘆息した。

「まぁ、とりあえず待つことだねぇ。」

「そんな、得体のしれないものの力を借りたい奴が出てくるのをね。」

黄泉音は下手にこちらから仕掛けるより相手の出方を待つように2人に告げた。

「あたしが奴らの動きを占ってみようじゃないか、上手く行くか自信はないが、

奴らがあたしの占いに気づいて裏をかくかもしれないしねぇ。」

正直黄泉音も相手の魔力の大きさについて全く想像が付かなかった。

自身の占いの術でも最も高度なものを慎重に使ってみることにした。

黄泉音は瞑想部屋に籠ると全身の神経を研ぎ澄まし占いに没頭した。

やがて、黄泉音の想像の闇の中に黒い髑髏の姿が浮かんできた。

焼け爛れ黒く煤けた髑髏が何かを訴え、呪いの言葉、恨み言を呟いているようだった。

しかし、これ以上は黄泉音にとっても危険であると判断し占いを中止した。

占いを終えた黄泉音は慧快と銀に強く警告した。

「あの生首いや髑髏はかなりの恨みを以てこの世に悪意を吐き続けているよ。」

「あたしも身の危険を感じて占いを途中で打ち切ったくらいだよ。」

「黄泉音様、やはり邪法立川流の大頭なのですか。」

慧快は黄泉音の顔色が非常に悪く紙のように白かったので心配になって問いかけた。

「たぶん誰かが邪法立川流の技法で、しかも大陸の鬼族の髑髏に間違いはあるまい。」

「きっと、とても卑怯な不意打ちにあって焼き殺されて、首を討たれたんだよ。」

「如何してそんな因縁のある髑髏を邪法立川流の大頭にしたのか見当がつかないし、

その生首を携えて予言をする若い女っていったい何者なのか全く想像が付かないね。」

「もしやその女、狂人かもしれんぞ。」

「あの髑髏まともな神経では発狂しかねないぐらい悍ましい波動を放っておったぞ。」

「隙を見て有無を言わさず髑髏を太刀で叩き切った方がいいだろうね。」

「えっ、あたしがやるの。」

銀は黄泉音の鋭い視線に気づき素っ頓狂な声をあげた。

「大丈夫さ、慧快さんなら銀ちゃんが危険な目に合わないように命がけで守るからさ。」

黄泉音は慧快と銀の緊張の糸を解すように言った。

「私の力何ぞ高が知れています、とても自信がありません。」

「もし銀ねぇさんの身に何かあったら、取り返しが尽きません。」

慧快は真剣な表情で黄泉音に答えた。

黄泉音は念のため滝口時次郎に歓楽街の外れに出没する件の若い女の様子を

探るように頼み込んだ。

時次郎は黄泉音にかなり危険で常人では発狂しかねないことをうちわけられ、

慎重に仕事を進めることにした。

「慧快さんも豪いものを見つけてくれたなあ、しかも相棒に竜造寺銀さんを選ぶなんて

とんでもない破戒坊主だなあ。」

時次郎は自分に慧快の誘いが無かったのが少し寂しく感じられて、つい憎まれ口を呟いた。

「冗談は置いといて、黄泉音様の話だと直接人間の精神を破壊するだけの力を持っている

なんてとても厄介な相手だから、こちらの存在を気づかれないよう注意しなければ。」

さて、宵闇時になり人通りも絶えるようになったので時次郎は本性である白鼻芯に

変化して防火用の用水桶の裏に潜み様子を窺うことにした。

真夜中丑三つ時を過ぎる頃、闇の中からか細い抑揚のない女の声が聞こえてきた。

「恨み、憎しみはらします。」

「憎い相手の命の尽きる日を占います。」

「この生首を作り物と侮るなかれ、お命ご用心。」

声は若い女のそれであるがまるで何者かに操られているようだった。

やがて、一人の酔漢がその奇妙な女に絡んできた。

「お前、人の生死が占えるなんて本当かい、じゃ俺の命の尽きる日を占ってみろよ。」

女は単調な声で酔漢にはっきりと告げた。

「お前の命は今宵限りで御仕舞だ。」

「てめえ、言うに事欠いてなんて縁起の悪いことを言いやがるんだ。」

「誰がそんな嘘っぱちを信じるもんか、いい加減なことを言うとぶっ殺すぞ。」

酔漢は自分が喧嘩を売ってはいけない相手と諍いを起こしていることに気づかず

女の胸ぐらを掴んで思い切り顔面を殴った。

途端に酔漢は突然腰を抜かして尻餅をつき失禁していた。

殴られた女は何事も無く立って酔漢を見下ろしていた。

女の足元に2個の硝子玉が転がっていた、義眼だった。

生首が酔漢に地獄の底から聞こえてくるような声で話かけた。

「俺の目を見ろ。」

酔漢は口から泡を吐き発狂し散々苦しんでから絶命した。

時次郎は女の顔をこっそりと覗き見て戦慄した。

女の眼窩はぽっかりと黒い穴が開いているだけだった。

そして、抱えている生首の目は作り物の義眼ではなく生者の目だった。

時次郎の勘は生首の目と目を合わせたら自分の命も危ないと感じ、

一目散に黄泉音の下に逃げ帰った。

時次郎は自分の見たものを詳細に黄泉音に報告した。

「その生首は女の目を自分の眼窩入れて本来見えないものまで見ることができるように

なったに違いない。」

「多分、その女は生ける屍同然で生首の操り人形にされちまったんだね、可哀相に。」

「その生首を作ったのは遥か昔大陸に逃げ込んだ邪法立川流の妖術僧だね、鬼族の妖術僧の

髑髏を使ったんだね、厄介な相手だが今仕留めとかないと禍の輪が広がってしまうよ、

多分その生首の最終目的は邪法立川流の再興だね。」

「慧快さんと竜造寺銀さんだけで大丈夫でしょうか。」

時次郎は心配そうに黄泉音に尋ねた。

「時次郎さんの探索のお蔭でいい方法が思いついたよ。」

時次郎は黄泉音の楽天的な様子を見て少し安心した。

「銀ちゃん目隠し耳栓をして気配だけで正確に太刀で生首の目を潰せるかい。」

黄泉音は銀に結構無茶な要求をした。

「やらなきゃ勝てないなら何とかやってみるよ。」

銀はあまり自信がなかったが慧快の手前快諾して安心させようとした。

「慧快さんは独鈷杵を正確に投げつけて女と生首の足止めをお願いするよ。」

「隙を見て生首の舌を独鈷杵で刺し貫いて呪言封じれば、相手の力を半減できるよ。」

「女の方は既に屍同然だから早く引導を渡してやる方が供養になるよ、

下手な憐憫の情は無駄だし却って長く苦しめることになるからね。」

黄泉音は慧快がこの不幸な女に情けを掛けぬよう釘を刺した。

慧快は黄泉音の言葉に素直に頷いた。

「止めは慧快さんが生首の眼窩に独鈷杵打ち込んで完全に動きを止めてから銀ちゃんが

生首を兜割に斬れば中の不浄の髑髏は完全に滅びるよ。」

慧快と銀は時次郎が偵察した歓楽街の外れにやって来た。

「なんか嫌だねぇ、ここいら辺ってこの間食人鬼を葬った近くじゃないか。」

「もしかしたら、倶利伽羅童子とか言った連中のお仲間だったりしたら業が深いよ。」

「銀ねぇさんここに来たら矢鱈な事は言わない方がいいですよ、もし奴に聞かれたら厄介な

ことになりますよ。」

「銀ねぇさん準備はいいですか、打ち合わせた通りに動いて下さい。」

「私は生首と女を独鈷杵で釘付けにします。」

やがて闇の中からか細い抑揚のない女の声が聞こえてきた。

すぐに銀は目隠し耳栓をして妖術僧の生首の目を潰す準備に取り掛かった。

慧快は光明真言を必死で唱え呪言に備えた。

丁度新月の晩だった、辺りの明かりが全て消え、真っ暗闇だった。

しかし、妖術僧の生首は自分を害する者等いないと油断していた。

「この女も随分酷使したからな、いい加減替え時よのぅ。」

生首は一人ごちた、今や無敵で自分を退治する方法など散逸していると思っていた。

「しかしこの目は拾い物よ、これだけ俺の力になるとは。」

その時脇目も振らず駆け込んできたものがあった、銀である。

銀は悍ましい気配、妖気を感じ取り正確に妖術僧の生首に肉薄し白鞘の霊験あらたかな

太刀で生首の女から強奪した両の目を切り裂いた。

生首は突然のことに驚愕し混乱して泣き喚き次の手が打てなかった。

更に生首と女は慧快の独鈷杵を浴びるように受け動けなくなった。

女は生首との主従関係が解消されたのか文字通りの屍に戻り永遠の眠りについた。

慧快はすかさず独鈷杵で生首の舌を貫き呪言が唱謡出来ぬようにしてから眼窩に1本ずつ

独鈷杵を突き込み再生していた神経を破壊した。

銀は妖術僧の生首を唐竹割に斬り下ろした。

生首の中から焼け焦げ黒く煤けた髑髏が左右に分かれて転がりだした。

やがて新月の夜が明け、朝日が昇り強い朝の日光を浴びると力尽きるように崩れて

塵のようになって消えて無くなった。

そして、慧快は光明真言を唱え哀れな女の後生を祈った。

-4ページ-

159、封印の山へ

 

時次郎は呪い屋の一件のこともあり生首事件の追跡調査をすることにした。

まずは黄泉音に女の遺体の残留思念を調べてもらい、その正体に迫ることにした。

「可哀相な娘だねぇ、ご丁寧にも念入りに心を壊されて、まるで魂のないお人形さんだよ。」

女の遺留品も丁寧に調べてみたものの最近のごくありふれたもので出自の参考になる物は

なく、不幸な若い女の正体は全く分からなかった。

「生首の中の髑髏の方も記録が残っていない程古いものらしくて邪法立川流絶滅後の

数百年間の物らしいことしかわからないねぇ。」

慧快と銀に滅ぼされた妖術僧の生首の正体は全く見当が付かなかった。

時次郎は邪法立川流の僧侶、信徒の処刑の記録を探して詳細に調べていった。

記録は邪法立川流の絶滅する以前の数百年前の物だったがある共通点を見つけ出した。

死骸は焼かれ粉々に潰され、ある山の奥に散灰されているような記述があった。

邪法立川流の封印の山の名は巧妙に隠されているようだった。

時次郎は慧快に何か山の名を特定できないか聞いてみた。

慧快は密教の総本山を訪れ邪法立川流の宗門改めの記録を読み返してみた。

熱心に記録を調べている慧快に一人の老僧が微笑みながら近づいて話しかけた。

「今、御山でも評判の慧快さんの興味を引いているのは一体何の記録かね。」

「あっ、これは里見堅応管長猊下、大変失礼を致しました。」

里見堅応は唯一大谷行基も一目を置く密教の総本山の主であった。

慧快は平伏して額を板の間につけて、正直に調べものについて答えた。

里見堅応は慧快の素直で馬鹿正直な所を美点として尊んで可愛がっていた。

正直、里見堅応も大谷行基に何か胡散臭いところを感じて嫌っていた。

何よりも大谷行基が慧快を危険な任務に就かせているのが里見堅応は気に入らなかった。

珍しく御山に戻って調べものをしている慧快に何か助言をしようと考えていた。

慧快の話を聞いているうちに慧快が銀と共に邪法立川流の妖術僧の髑髏を使った大頭を

滅ぼしたことを知り内心驚愕したが顔には出さず微笑みながら慧快を誉め、

自分の知っている限りの邪法立川流についての知識を教えた。

「邪法立川流の妖術僧の一番厄介な所は死人返りと言って一度死んでから甦りほとんど

不死身になって鬼族同様になることで処刑後の死骸は焼いて粉々に潰さないとどんな形

でも復活して禍を残すのだ、だから当時の宗門改めは過酷であったのだよ。」

「管長猊下、邪法立川流の妖術僧の骨を封印した場所がありますか。」

慧快は邪法立川流の妖術僧の髑髏やその欠片が残されていればそれを材料に邪悪な法具と

して甦り、無辜の市民の命と引き換えに邪法立川流を復活することも可能であると考え

完全な殲滅が必要なことを里見堅応に説いたのであった。

里見堅応は慧快の身が心配であったが慧快の真摯な説得に強く心を打たれ封印の山の場所

を教えることにした。

「出羽の国の奥津山の北にある名無しの山に焼け爛れた髑髏が打ち捨てられているという

噂を聞いたことがあるがこの数百年立ち入ったものは無く、今はどうなっているやら。」

慧快は里見堅応に深く頭を下げて御礼の言葉を告げてから密教の総本山を下りた。

密教の総本山で手に入れた情報を時次郎に伝えて、共に出羽の国の封印の山を

訪れることにした。

出羽の奥津山の辺りはほとんど無人の地で地元の山に暮らす人々も寄り付かない

禁断の地であった。

実は奥津山には数百年前までは宗門改めで捕えられた邪宗門徒の処刑場があり、

悪い気が凝って、恨み憎しみ呪いの声が聞こえてくるようだった。

「ここで一体どの位の人が処刑されたものか想像が付かないです。」

慧快は嘆息して言った。

「邪法立川流の信徒でさえとても残酷な方法で処刑されたそうですから、妖術僧に

至っては再生が絶対困難な方法で処刑したそうですから、少しでも魂が残っていたら

どんな禍を齎すかと思うととても恐ろしいです。」

「慧快さん、結界がありますよ。」

時次郎は所々磨滅したり欠けたりして掘られた字が読めなくなっている、一対の石碑と

その間に張られてあったと思われる朽ちた縄の残骸を見つけた。

慧快は丹念に石碑に掘られた文字を解読してみた。

「慧快さん何が書かれているのですか。」

時次郎は尋ねた。

「この山にある物は一切持ち出しを禁ず、持ち出せば世の中に大きな災いを解き放つこと

になる、例え土塊さえも妖術僧の骨粉が混じっていれば禍の元になる。」

慧快は淡々と石碑の内容を時次郎に伝えた。

「しかし、文盲の者や命知らずの者が矢鱈に立ち入ったりしたら大変なことになる。」

「で、慧快さんどうやってこの結界の中に入って中の様子を確認しますか。」

時次郎は慧快の答えを待っていた。

「聖別した塩を撒き、道を清めて結界の中へ入り、光明真言を唱和して正気を保って

中の様子を確認しましょう、戻ってきたら結界の縄を張り直しましょう。」

慧快はこの方法で充分とは思えなかったが処刑された妖術僧の断末魔の声を封じれば

結界に中で憑依されたり、正気を失うことはないだろうと思った。

2人は慎重に封印の山の結界の中へ入って処刑場の跡地へ向かった。

結界の石碑の間を通った途端、時次郎の頭の中に悍ましい声が流れ込んできた。

必死になって光明真言を慧快と唱和してそれを打ち消して慧快と共に山道を進んだ。

時次郎の額には汗が浮かび、足は泥濘に入ったように重くなった。

ふと、慧快を見ると苦悶の表情で脂汗を浮かべ必死になって正気を保っていた。

やがて広場のような所が現れ、一段と強い妖気を放っていた。

広場の真ん中には大きな平たい石が置かれていた。

「多分ここが処刑場で、焼き殺した妖術僧の死骸を粉々に砕いたのでしょう。」

「瘴気の強さが途轍もなく大きい、常人ならこの瘴気に触れただけで発狂しますよ。」

慧快にとってもこれだけの瘴気に耐えることはかなりの苦痛であった。

「問題は死骸を焼いただけで粉砕しなかった妖術僧の髑髏で、そのままどこかに

封印しただけで放置してしまったことがあったことです。」

「不死身の邪法立川流の妖術僧の滅ぼし方としては不完全なやり方で流派が

絶滅してから時間が立って正しい方法が散逸してしまったのでしょう。」

「慧快さん、大丈夫なのかい顔色がかなりかなり悪いようだけど、

もう一度出直してきた方がいいんじゃないのかい。」

時次郎は慧快の心体を気遣った。

白鼻芯の変化で魔力に対して耐性のある時次郎よりも幾ら修業を積んでいるとはいえ人間

である慧快の方が瘴気の影響を強く受けていることは明白だった。

「ここで引き返して因縁を放置すれば、またこの前の事件の様な事が起きるかもしれない。」

「できることなら早く封印された髑髏を見つけて全て完全に粉砕しなければ。」

慧快の決心は固く時次郎には覆せなかった。

二人は封印の山を虱眼で捜索して、山の中腹に瘴気の一段と強い塚を見つけた。

「ここでしょうね。」

「そうです、ここに違いありません。」

慧快は封印されているものが逃げ出せないように二重に強い結界を張り、

中の妖術僧の髑髏が復活できぬよう完全に滅ぼす儀式の準備を始めた。

ここで夜明かしするのは危険であると判断し、日の出ているうちに終わらせることにした。

慧快と時次郎は思念を込めて光明真言を唱和した。

慧快は時次郎の身を案じて、前もって小指の先ほどの地蔵菩薩の仏像を渡しておいた。

やがて、塚の土中から三つ首で一角の幾つもの妖術僧の焼けた骸骨が融合して出来た

もはや妖怪変化と言うべき者が苦しみのた打ち回る様にして出てきた。

慧快は全ての独鈷杵を投げつけ動きを封じ、時次郎も慧快に倣い独鈷杵を投げ続けた。

慧快は錫杖で妖術僧の骸骨を砕き粉々にしていった。

錫杖を打ちつける度、妖術僧の悪意に満ちた思念が慧快の精神に攻撃を仕掛けてきて

作業を止めさせようとしてきたが慧快は耐えて妖術僧の骸骨を砕きつづけた。

流石の慧快の忍耐の限界が近づきその手が止まりそうになった時、

時次郎が錫杖を受け取り慧快の後を引き継いだ。

それから二人は交替で作業を続け日が暮れる前までに妖術僧の完全な殲滅を終えた。

結界の縄を張り直し、近辺の山に暮らす人々に封印の山に近づかぬよう説いて回った。

-5ページ-

160、美猫と銀の肝試し

 

「銀ねぇが本気で怖がる物ってあるのかなぁ。」

ふと、美猫は思い浮かんだことを銀に尋ねてみた。

「失礼なことを言うわねぇ、わたしは普通の成人女性なんだから当然普通に怖いもの

ぐらいあるのは当たり前じゃない。」

「とてもそうは思えないんだけど。」

美猫は何の考えもなく思ったままに答えた。

「○25歳の普通の成人女性もないもんだ。」

美猫は銀に聞こえないように小声でこっそり呟いた。

「美猫、今なんか失礼なことを言わなかった。」

銀の地獄耳は美猫の呟きを聞き逃さなかった。

銀は美猫に後悔させてやろうとなにか悪戯を仕掛けることにした。

「ねぇ、美猫暑気払いにみんなで肝試しをやらない。」

ちょうど季節は初夏で蒸し暑くなり始めたころだった。

参加メンバーは雅、美猫、銀、妖子、さつき、源さんと少なかった。

銀の主催と聞いて居酒屋銀猫の猫又ハーフの娘たちはビビッて皆逃げてしまった。

さつきも正直嫌だったがもし気絶したら雅が介抱してくれるかもしれないと甘い淡い期待

を以て勇気を振り絞って参加した。

鉄は仕事を理由に、吹雪は本来夜行性の狼少女だが夜は早く寝る派なので不参加だった。

撫子は父の大和龍之介が娘の夜遊びを許可しなかった。

当然娘の手前、大和龍之介も不参加だった。

四方音は占いが凶と出たので、道雪もそれに従って不参加だった。

エリカは参加すると周りの人間が危ないので敢えて呼ばなかった。

紀美は自分の歳を考え自粛した。

勘のいい高田春樹は絶対ひどい目に合うと思い不参加だった。

更に参加者にとって不幸なことは驚かし役つまりお化け役は源さんだった。

そして、波乱の夜の幕は開いた。

「さあ、皆さん納涼肝試し大会の始まりです、大いに肝と体を冷やしましょう。」

「皆さんって、参加人数が少ないですけど、銀ねぇ一体どんな誘い方をすれば

こんな参加人数になるのか教えて欲しいよ。」

いきなり、美猫が銀に毒づいた。

「驚かし役が源さんってどんな罰ゲームですか、絶対手加減無しだよ。」

さつきが不安一杯に呟いた。

肝試し会場は中央公園の北西側でこの辺は夜は特に寂しい所で打って付けの場所だった。

公園の中には慰霊碑やら御地蔵様さらに古くて文字の磨滅した小さな墓さえあった。

いわゆる心霊スポットがてんこ盛りで雰囲気抜群で何時本物が出てもおかしくなかった。

ルールは一人ずつ御地蔵様に自分の名前と願い事が書いてある赤い涎掛けを掛けてくることだった。

出発する順番は1番さつき、2番妖子、3番銀、4番美猫、ラストが雅だった。

さつきがまず出発した。

「なんで私が一番なの、まるで咬ませ犬みたいじゃない。」

ぶつぶつと不満を呟きながらさつきは歩いていると、ふと肩を軽くたたかれた。

振り向くと源さんの恐怖のお面の最終進化verが後ろに立っていた。

さつきは遠くまで聞こえるような悲鳴を上げて気絶した。

「あれ、さつきちゃん、まだ変化して驚かしてないのにどうしたのかな。」

素面の源さんだった。

源さんは肝試しに誘われたのが嬉しくて素面になって本気で驚かすつもりだった。

「あれってさつきの悲鳴だよね、源さんかなり本気モードで驚かす気なのか?」

美猫は少々不安になってきた。

2番手は妖子だった。

気絶したさつきを見つけると聡い妖子は悲鳴を上げて気絶したふりをして倒れこんだ。

「いくら私でも本気の源さんに驚かされるのは嫌だしね。」

妖子は小声で呟くと故意にリタイヤした。

「あれ、妖子ちゃん、まだ何もしてないのに気絶している、おかしいなあ。」

次が銀だったが美猫を徹底的驚かしてやろうとコースから外れて途中で待ち伏せしていた。

銀がいくら待っても戻ってこないので美猫が出発することになった。

美猫が恐る恐る歩いていると後ろから足音が聞こえ始めた。

「誰。」

振り返ると誰もいなかった。

「銀ねぇ、つまらない悪戯はやめてよ。」

しかし返事はなかった。

美猫は突然全速力で走りだした、一気にゴールまで走り抜けようという作戦だった。

途中で待ち伏せして後をつけていた銀は驚いた、これでは美猫を驚かしてやろうと作戦が

全て水の泡なので美猫に追いつこうと全速力で走った。

美猫はいくら全速力で走っても振りきれないので焦っていた、そこで美猫は急に

立ち止まって振り向いた。

「いい加減にし、ぶっ」

突然予想もしなかった美猫の行動に対応できず、ものすごい勢いで銀が激突した。

二人とも気絶して倒れてしまったので心配した源さんはスタート地点にやってきて

雅を呼び皆を介抱することにした。

「わしは折角素面で参加したが1人も驚かしていないのに皆気絶してしまったのじゃ。」

 

説明
156、魔窟居酒屋銀猫に道雪参上
157、鬼火舞う
158、髑髏の呟き
159、封印の山へ
160、美猫と銀の肝試し

あらすじ世界観は快傑ネコシエーター参照
キャラクター紹介一部エピソード裏設定は快傑ネコシエーター2参照
魔力の強弱は快傑ネコシエーター3参照
キャラクター紹介一部エピソード裏設定2は快傑ネコシエーター4参照
キャラクター紹介一部エピソード裏設定3は快傑ネコシエーター5参照
キャラクター紹介一部エピソード裏設定4は快傑ネコシエーター6参照
キャラクター紹介一部エピソード裏設定5は快傑ネコシエーター8参照
キャラクター紹介一部エピソード裏設定6は快傑ネコシエーター9参照
キャラクター紹介一部エピソード裏設定7は快傑ネコシエーター10参照
キャラクター紹介一部エピソード裏設定8は快傑ネコシエーター11参照
キャラクター紹介一部エピソード裏設定9は快傑ネコシエーター26参照
キャラクター紹介一部エピソード裏設定10は快傑ネコシエーター27参照
キャラクター紹介一部エピソード裏設定11
陰間百足:向陰金田虫
年を経た百足の変化で男性の生き血を啜るおかま虫、
無期懲役でアバルー収容所に幽閉されていたが収容所の叛乱で
脱走し自分の襲った向井日出信に成りすまして吉村鶴雄の生き血を啜り、
さらにゲイバーのおかまを狙うが道雪の作戦で雅たちに退治される。

邪道蜘蛛:後楽菜桑
推定年齢700歳位自在変化可能、邪教被れの新興宗教の教祖のふりをして
生贄の血を啜る外道で黄泉音によって法の手で裁かれ無期懲役になるが
アバルー収容所の叛乱で脱走し潜んでいたが雅の手で自由になれると聞き、
雅の伝手を探すが四方音に存在を気づかれ道雪と大和警部補の手で退治される。

相棒:藤枝半兵衛
滝口時次郎の相棒で一緒に人間を襲う化け物退治をしていた
未公認エクスタミネーター。デミバンパイアに嬲り殺しにされる。

逆神妖子の祖父、祖母、父、母:百川、玉藻、師輔、天子
百川と師輔は行基の罠でデミバンパイアに嬲り殺しにされ、
天子は黄泉音の身代わりになって行基の刺客の手に掛かる。
一族の滅亡を恐れ玉藻と妖子は山里に身を隠し苗字を変えた。

愚者:鍋附田白定
竜造寺家の財産を横領した奸物、酒に溺れ妾と自堕落な生活をして
身を持ち崩し家を取り潰され最期は蛭の化物に全身の血を吸われて死ぬ。

二代目:藤枝近兵衛
藤枝半兵衛の息子、父親同様未公認エクスタミネーターに成りたがったが
時次郎に止められる。 忠告を聞かずデミバンパイアに嬲り殺しにされる。

大陸の食人鬼の長:倶利伽羅童子
大陸から密入国して来た食人鬼。 一緒に来た食人鬼の仲間が行基の刺客に
嬲り殺しにされたことを怨み、蠱毒の呪いを行基に掛けるが慧快に打ち返され
返しの風を受ける。 蛍火を庇って慧快に倒される。

美女食人鬼:蛍火 スリーサイズ95・55・98
大陸から倶利伽羅童子と共に密入国して来た食人鬼。 
食人行為から足が付き慧快と戦うが傷の癒えない上
隻眼隻手で足の不自由な倶利伽羅童子が身代わりに成った。 
隙をついて慧快を狙うが銀に仕留められる。
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