双子物語72話
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双子物語72話

 

【雪乃】

 

 茹だるような暑さの中、それぞれの学校で知り合った子たちと近況の話しをしたり

一緒に遊んでいる内にその集いもあっという間に終わってしまい、それ以降の残りの

休みの日もレポートの作業をしていたり、先輩のお手伝いをしていたりして

気がついたら、もう少しでまた今までの日常に戻る日付になっていた。

 

「ふぅ…」

 

 それでもしつこく暑さは残っていて私の体力を奪っていっていた。

その様子を見てた彩菜も少しだるそうにしながらも私の傍に寄ってきて大丈夫?って

聞いてきた。

 

「うん…それにしても色々あったね」

「うん〜、イベントは別荘にいったときくらいしかなかったけど、でも楽しかったよ」

 

「そうね」

「雪乃は叶ちゃんにも会えたからすごく嬉しそうだったしね!」

 

「うん…って何でそんな嫉妬するような顔してるの?」

「そりゃするよ。だって私の雪乃が取られちゃうんだから!」

 

「彩菜のじゃないけど。もう叶ちゃんのモノみたいなものだし」

「このぉ、惚気やがってぇ〜…」

 

「彩菜には春花がいるじゃない」

「それはそうだけどさぁ…」

 

「いくら彩菜のことわかっていても今の状況を許してくれるの、彼女しかいないよ。

大事にしなね」

「ふぁ〜い…」

 

 泣きそうな返事をしながらも彩菜はわかっていると思う。

何度もお互い向き合って支えあってきたのだから。普通のカップルじゃそんなの

面倒くさくてとっくに別れていると思うわ。

 

「夜遅くなってきたし、そろそろ寝ようか」

「そうね」

 

 あくびをしながら私に聞いてきた彩菜に私は頷いた。少しでも体力温存しておかないと

家にいるならともかく、外にも当然出るからなぁ。

 

 それに最近彩菜もバイトやってるし…。彩菜が自分の部屋に入っていくのを

見届けてからバイトのことを私なりに考えていると全くビジョンが見えてこなかった。

どんな仕事にしろ自分の体力が持たないような気がしてならない…。

 

 まぁ、あまりお金かけない方だから子供の頃からお小遣い貯めていたのをやりくり

しながらまずは目の前のことに集中しますか。そう自分の中で落とし所を見つけると

急に眠気が襲ってきた。

 

「ふぁ〜…ん…」

 

 やっぱり暑さやこれまでそれなりに忙しかったからなのか、私の体が休息を求めていた。

 

「よし、寝よう」

 

 私は立ち上がって台所で水をコップ一杯飲んでから自分の部屋に戻ってベッドに入り

眠りに就いたのだった。

 

***

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大学構内にある部室で私は嘉手納先輩と「先輩の書いている小説」について話をしていた。

あまり文章をまとめたり詳細部分を表現するのが得意ではない先輩にちょっとした

コツなどを教えていた。

 

 元々頭は良い方みたいで飲み込みは早いのだけど感情や場所の表現の仕方となると

色々と抜けてるところが見受けられた。

 

「これでいいかな?」

「随分よくなりましたね」

 

「よかった〜」

 

 そして嘉手納先輩が壁に掛けてある時計に目をやるとすっかり遅くなっていることに

気付いて苦笑していた。

 

「もうこんな時間か〜。やることができてくると時間ってあっという間だねぇ」

「そうですね…」

 

 私はつき合わされている側なんだけれど、先輩とこうやって過ごしている時間が

楽しくて私も一緒になって時間を忘れていたのだった。

 

 毎日ではないけれど、よくこの時間帯まで美沙先輩も残ってくれている。

そして今日も私達を見て満足そうに微笑んでいた。

 

「何か二人が一生懸命になって取り組んでる姿見てると癒されるわ〜」

「なんですか、それ〜」

 

 美沙先輩の言葉に苦笑いを浮かべながら馴染みの人がいてくれると安心できた…

のだけれど。

 

「ゆきのんはこうやってさりげなく助けてあげてるからみんなに惚れられちゃうよね」

「まったく、先輩はいつもそうやってからかって…」

「や、私も美沙くんとは同じ意見だよ。

君の紳士的な優しい態度に心奪われそうになることは何度かはあるね」

 

「ちょっ、嘉手納先輩まで!?」

 

 私の反応に二人共愉快そうに笑っていて、それが落ち着くまで私は一回だけ

溜息を吐いた。

 

「でも本当のことだよ。私は雪乃くんに彼女がいるのを知ってるからこのままで

いられるけど、事情を知らない人は積極的に行動しそうだよね。気をつけないと」

「あ、はい…気をつけます…」

 

 意識しないでやってることだからどう気をつければいいのかわからないけれど

とりあえずそう言ってこの話題を終わらそうと私は表情に出さずとも必死になっていた。

 

 それから時間は更に過ぎ、近く学園祭なるイベントが開かれる。

生徒の関係者だったり部外者でもお客みたいな感じで参加できるというものだ。

ここで先輩の創作本を手にとってもらったり、よければ買ってもらったりして

その様子を見てから将来のことを考えるのだという。

 

 親の敷いたレールに乗るのか、それともそれを断って自分のしたいことを貫くのか。

私はそういう選択に迫られたことがないからわからなかった。

 

 私は今もこれからも自分の意思を尊重して動くだけだから。それが良いとも限らないが。

そりゃ迷うこともあるだろう、しかし止まって動けなくなることが一番大変なんだ。

 

 嘉手納先輩もそれがわかってるから二つの状況に挟まれて必死にもがいている。

両親に悲しい思いをさせたくない気持ちもわかる。だからこそ私はそこについては

何も言うことができない。いや、言ってはいけないことなんだ。

 

 先輩のこれからの人生が決まることなんだから、自分の意思で決めないと…。

 

そしてイベント当日…。

 

「ということで無事原稿も終わり、本を50部くらい作ることができました。

私のワガママで手伝ってくれたみんな、ありがとう」

 

 先輩の言葉にこれまで創作しなかった人たちも貴重な経験というような反応をして

私もその様子をじっと見つめていた。

 

 今回のことで卒業したりどこかへいなくなるわけじゃないけれど、どこかみんな

しんみりとした空気になっていると。

 

「ほらっ、そんなに暗いと良い流れもつかめなくなるわよ!

私が売り場所、上の人たちに話してきて別の場所用意してもらったから」

 

 いつも思うけど、当たり前のようにそんなことできる美沙先輩を見てると

一体何者なんだろうと思うこともよくあるけど、いいとこのお嬢さんなんだろうとは

何となくわかっていた。

 

 それに先輩が言う通りこの部屋はわかりにくい場所にあるから人通りは普段から

ほとんどないと言っても過言ではない。

 

 だからすごく良いフォローをしてくれていて安心した。

美沙先輩はそうやって見逃した部分とかをさりげなく補って支えてくれるし

持ち前のカリスマ性でみんなを惹きつけてまとめてる辺り私にはできない芸当だと思った。

 

 必要なものを外に持ち出すと雲ひとつない青い空が広がっていて気持ちよかった。

そして部室にいたみんなで用意をしていると、少しずつ生徒が私達の元に集まってきた。

 

 事前に今日のことをみんなに知らせていて、始まる少し前から手が空いている人が

順番に集まって手伝ってくれることになっていた。

彩菜と春花も一番最初に駆けつけてくれた。

 

 まもなく始まる時間帯になってから嘉手納先輩の表情から緊張の色が濃く見えていた。

だからなのか、私は無意識に先輩の手を握って少しだけ力を込めると

私の顔を見て嘉手納先輩は笑顔を浮かべていた。

 

 心配するなと言っているように見えた。

 

 そしてその姿がどこか寂しそうに見えたのは気のせいだろうか…。

何か、嫌な予感がする…。

 

***

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 私の予感というのはいいものも悪いものも当たる割合が高くて、こういう時くらいは

外れてほしかったのだけど…。

 

 携帯の時計を確認したらもう終了する時間帯であって目の前にある先輩の冊子を見て

言葉を失っていた。

 

 あれだけ時間をかけて物語を紡いで直前まで見直して、出来上がった後も

全て無料にして配布していたにも関わらず、持っていってくれた人は二人ほど。

多くの冊子がそのままの形で残されていた。

 

 人通りも多いところに美沙先輩に用意してもらっていたのに…。

それほど無名の一般人の作ったものには誰も興味を示さなかったのだろう。

 

 残酷だけれど、これが現実だから仕方ない。

 

「あはは、しょうがないか。みんな、手伝ってくれてありがとうね」

 

 嘉手納先輩は無理に笑顔を作ってみんなを一人一人励ましていった。

本当は励まされなければいけない本人が周りに気を遣っているのだ。

それが余計に寂しさを抱かせる。

 

「大丈夫ですか?」

「ん、まぁ。全く傷ついてないっていったら嘘だけど。泣いて青春する年でもないからさ」

 

「先輩…」

「それにまだみんなと過ごせる日は残ってるんだ。

一日でも無駄にしないために明るくしようよ、ね。」

 

 その言葉を聞いて本当に残りが少ないんだと実感して後輩である私達の方が

寂しく感じているのかもしれない。積極的に活動しなかったサークルだったけど、

部長でもある嘉手納先輩のみんなからの好かれかたは凄かったから。

 

「今日、終わったらカラオケいくぞ!予定が空いてる子はみんなついておいで!」

 

 その言葉にサークル全員の声があがって盛り上がっていた。

無理にでも明るく振舞ってそれが本当になっていくのが表情を見てわかった。

先輩は強い人だ、本当に…憧れちゃうよ。

 

***

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 ついこの間までイベントまできて、先輩といられるのが残り半分だと思っていたら

もうすぐ卒業する季節まで近づいていた。それほど嘉手納先輩といるのが楽しかったの

だろう。

 

 そう考えていると私の携帯に一つのメールが。

叶ちゃんからだ。

 

「えっと…」

 

 どうやら私のいる大学へ行けることが確定したらしい。その喜びの文面から

私も大喜びしたいところだったけど、今まさに先輩とも離れてしまう寂しさから

何とも言えないごちゃごちゃした感情になっていた。

 

 そんな私を見たからなのか、嘉手納先輩が私の後ろから携帯を覗き込むような

形で近づいてきていた。

 

「何でしょう?」

「悪い知らせ?」

 

「とても良い知らせです」

「じゃあ、もっと喜ぼうよ」

 

 苦笑しながらそう言ってくる先輩に私もぎこちない笑みを浮かべる。

 

「雪乃くんにそんな顔されると私卒業しにくいじゃない。それと、それだったら

留年すればいいじゃないですか。とかいうのはナシだからね」

「…私、そんな頭の弱いこと言いませんよ…?」

 

「…ふふ、それもそうだね」

 

 いかん…。今まさにそういうことを一瞬過ぎってしまうほど私のメンタルは

弱っているのだろうか。大好きな叶ちゃんのことでも素直に喜べないだなんて…。

 

「それに私はね、そうやって気を遣われるよりは素直に反応してくれた方が嬉しいよ」

「先輩…」

 

「雪乃くんにはいつものようにクールでいてくれたほうがしっくりくるしな〜」

 

 小さい体で随分大きな器を持っている先輩を見て、少し涙が出そうになるのをこらえて

私は嬉しそうに笑った。今度は本当にそういう気持ちで笑えた。

 

 少し前に先輩が言ってたことじゃないけど、楽しめない時間があるのはもったいない。

そこにある時間は過ぎたらもう二度と戻らないのだから、私も切り替えるために微笑みを

作った。

 

 今日は気分転換にこの後、嘉手納先輩と彩菜たちも含めて親しい人のみを連れて

遊ぶことになった。みんなが集まるまで二人きりだった私と先輩。

 

 その時、嘉手納先輩が私の手に渡してきた。それはメモ用紙一枚だけのようだけど。

中を見ると何やら独特な数字の並びがあるのだけど、これは…。

 

「私の新しいスマホの電話番号。その下にメアドも書いておいたから」

「ありがとうございます。でも、何で新しい…?」

 

「今のは親が監視する目的もあったからね、やっぱり自由に使えるのほしいし」

「ず、随分厳しい親御さんですね…」

 

「そりゃ、それなりの家柄だからね…。まぁ、この間は残念だったけど。

まだ私は諦めてないから、自立への道」

「はい」

 

「だから、用事があったら気軽にかけておいでよ。都合がつけば助けにいくよ」

 

 こんな私でもよければって言葉を付け足した。

でも、私にとってはとても嬉しいことだった。今よりも会える回数は減るのは

間違いないけれど、ずっと会えなくなるってわけじゃないから。

 

「ありがとうございます…。大切にします…」

「うん、大切にして。あ、もうみんな来たね」

 

「そうですね」

 

 ここまでしてもらえたんだ。卒業の時が来たら私は先輩のこと悲しませないように

明るくして送り出そうと思った。

 

 そしてその日はみんなでこれまでと同じように楽しく遊んで回った。

だけど、別れの日は少しずつ迫ってきていた。

 

***

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 楽しい時間は本当に早く過ぎるものでもう先輩が私達の元から去る時が来てしまった。

卒業式が終わって植えていた桜の木が満開になっていて祝福のムード漂う中、

私は先輩に何かしてあげられただろうか、そんな気持ちがずっとどこかで残っていた。

 

「やぁやぁ、みんなおそろいで。先輩としてはこれ以上嬉しいことはないよ」

「卒業おめでとうございます、嘉手納先輩」

 

 まずは美沙先輩から言葉をかけて、嘉手納先輩の頭をなでくりまわして

髪をぐしゃぐしゃにして先輩に怒られていた。だけどどこか嬉しそうにしていた。

 

「美沙くんとはもっと早くこうして仲良くなりたかったよ。そうしたら…

君のこと好きになってたかも」

「まじですか!? 今からでも付き合いません?」

 

「ははは、軽いなぁ。でも今はダメだ。これから先色々することがあるからね」

「残念。でも機会があったら狙っちゃいますよ」

 

「そうしてくれると嬉しいよ」

 

 嬉しいんだ…。そんなツッコミの言葉は飲み込んで黙っていると嘉手納先輩は

私の方に向かってきた。

 

「雪乃くん、私は…君と出会えて本当によかったと思ってる」

「…」

 

「君がいなかったらこの本も作れなかったし、何も動けなかったよ」

「これは…」

 

 あの時、全く売れずにいた冊子…。先輩は満足そうな笑みを浮かべてそれを

私に渡してきた。

 

「少し修正しておいたから、もしよかったら読んでくれ。みんなにもあげよう」

「ありがとうございます」

 

 他の部員は嬉しそうにしていたり、複雑そうな顔をしてたりしながらも先輩との

繋がりであったことには違いないその本をみんな受け取っていた。

 

「…ありがとうございます。先輩」

「うん、そう言ってもらえてよかったよ」

 

 先輩の笑顔はどこまでも素直で真っ直ぐで眩しかった。

私のもやもやしていた部分も照らして晴らしてくれた。先輩のために心地良く卒業して

もらうために私はこれまでに見せなかった笑顔を先輩に向けた。

 

 それを見て一瞬驚くも見れてよかったとすごくいい笑顔で返された。

そして不意に先輩に抱きつかれて少し経ってから何事もなかったかのように離れて

振り返ることもなく嘉手納先輩は去っていった。

 

 この後、先輩は家のことで忙しいからとみんなと過ごせる時間が取れなく

しばらくの…長い間先輩と会うことはなかった。

 

 そして…、その日がやってきた。

 

 桜散り始めた頃、私は入り口近くの木の下で背を相手側に向けて立っていると。

 

「雪乃先輩…。お久しぶりです」

 

 愛しい人の声が聞こえて思わず手が震えてしまう。

それは、待ちに待っていたあの子だったから、嬉しすぎる気持ちからくる震えだった。

 

「おかえりなさい」

 

 振り返って私は自分なりの笑顔で相手を迎えた。

手を伸ばして相手も握ってきた。

 

「ただいま、戻りました…!」

「おかえり、叶ちゃん…」

 

 そしてそのまま手を引いて私は強く目の前にいる彼女を強く、強く抱きしめた。

時間を忘れて周りが見れなくなるくらい、ながく…ずっと…。

 

続く。

 

説明
ついに嘉手納先輩がログアウト;;
でもまたいつしか会えることでしょう(書き手の気まぐれにより)
先輩ははたして親の束縛から抜けられるのでしょうか…!

歳を取るたびに表現の難しさに悶える日々。
少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです(´・ω・`)

後から気付いたけど、嘉手納先輩と叶が入れ違えになって雪×叶のカップルを
からかう描写がいれられないじゃないかぁと思いました。
もうそこは黒田美沙先輩にがんばってもらいませう=ω=
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