面接を突破せよ
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夏休み。深行は泉水子とともに玉倉山を訪れた。

 

昨年同様、航空チケットなど佐和が手配してくれ、深行は恐縮しつつも厚意に甘えることにした。

 

泉水子をひとりで帰省させるのが心配だからだろうし、帰省先のない深行を気遣ってくれているのかもしれない。どちらにせよ、深行に断る理由はなかった。夏休み中泉水子の勉強をみてやれるし、何より深行が尊敬する師匠・野々村に稽古をつけてもらうのが楽しみなのだった。

 

空港から山へ向かう車中、泉水子が楽しそうに近況を報告するのを、野々村は黙々と頷きながら聞いている。

 

寡黙で実直。まさしく雪政とは正反対で、こんな人が父親だったら自分はどうなっていただろう、と考えずにはいられない。

 

そして鈴原家に到着すると、満面の笑みで迎えてくれたのは佐和だけではなかった。

 

「やあ、深行くん。久しぶりだねえ」

 

居間のテーブルでにこにこと機嫌のいい笑顔を向けてきたのは大成だった。

 

予想外のことに深行は一瞬身構えたが、持ち前のポーカーフェイスで笑顔をこしらえた。

 

「ご無沙汰しております、鈴原さん。お元気そうでなによりです。ご厄介になりまして申し訳ありませんが、よろしくお願いします」

 

頭を下げると、大成は少しの間深行をじっと見つめ、にっこりと笑った。

 

「相変わらずしっかりしているな。泉水子は迷惑をかけてないかい?」

 

「・・・いえ、そんな・・・」

 

普通のことを聞かれているだけなのに、言葉の裏を考えてしまう。

 

深行と泉水子とのことは聞いているはず。交際について、あらためて何か言うべきだろうか。

 

・・・でも、なんて?

 

表情はそのままにぐるぐる考えていると、泉水子は顔を赤らめ頬をぷうっと膨らませた。

 

「もう、お父さんたら。いつもいきなり現れるんだから。いつまでいられるの?」

 

「そうだなあ。今回はしばらくいられそうだよ」

 

しばらくって、どれくらい? 深行の目の前が暗くなる。

 

大成は愉快な人柄だが、まったく抜け目のない人物でもある。その明るいキャラクター自体は好ましく思っていたが、彼女の父親という認識で対峙すると、こんなにもプレッシャーを感じるものとは。

 

ご機嫌をとるつもりはないけれど、それから深行はなるべく泉水子とふたりきりにはならず、修行に励み、よく手伝い、機会があれば大成と時間をもつことにした。

 

言えそうな雰囲気の時に、泉水子を大事に想っていることを伝えようと思う。もちろん、彼女がいないときに。

 

「深行くん・・・。野々村さんや、お父さんとばっかり」

 

泉水子がむくれても、深行はそれどころではなかった。けじめとしてどうにか交際の許可をもらい、気持ちよく夏休みを終えたいものだった。

 

そんな生活も数日。大成にプログラミングの初歩などを質問しているうちに、その甲斐あって大成のほうから深行を呼んでいろいろ教えてくれるようになった。

 

「さすがだね、深行くん。飲み込みが実に早い」

 

「いえ、大成さんの教え方が分かりやすいからですよ。・・・あ、ここなんですけど」

 

最初は呆れかえっていた泉水子だが、もうあきらめたのか、深行と大成がパソコンを覗き込んでいるとお茶を持ってきてくれるようになった。

 

だいぶ和やかになった手ごたえを感じ、深行は泉水子が部屋から出て行ったのを見届けてから、軽く深呼吸をした。いよいよ口を開こうとしたそのとき、

 

「うーん、男の子はいいなあ。息子がいたら、こんな感じなのかな」

 

大成にぽつりと言われて、深行はドキリとした。これは、いいタイミングなのでは。

 

「あの、」

 

「泉水子が小さいころから、僕も紫子さんもあまり家にいられなかったから、本当に寂しい思いをさせてしまってね」

 

大成は画面を眺めながらしみじみと言った。

 

出鼻をくじかれたが、まずは話をきいてからと、深行はその横顔に神妙に頷いた。

 

広い庭から蝉の鳴き声に混じって野鳥のさえずりが聞こえてくる。心地よい風が室内に入り、風鈴をちりんと鳴らした。

 

「そんな僕が言うのもなんだけど、泉水子があまり泣くことがないといいと思ってるんだよ」

 

「・・・・・・はい」

 

としか言えなかった。

 

もちろん、泣かせたくなんかない。けれども、絶対に泣かせませんとは自信を持って言えない。

 

ずっと泉水子のそばにいることを求めているのは本当だけど、現在の自分はまだまだ子供で、いつだって言葉足らずで、足元もまだ固まっていないのに。都合のいい約束なんて、できるわけがなかった。

 

だけど、

 

「俺は・・・鈴原が、いつも笑っているといいと、そう思っています」

 

それだけは心から願っている。この先どんな困難が待ち受けていようとも、全力で守りたい。

 

深行は真っすぐに大成を見つめ、できるだけ真摯に言った。

 

その答えに大成は満足したようだった。途端にいつものにこにこ顔になる。

 

「うんうん。泉水子の笑顔は可愛いよねえ」

 

「・・・はい」

 

ここは大事なところで、照れている場合ではなかった。深行が正直に頷くと、大成はことさらにっこりと笑みを深めた。

 

「その可愛い娘に、もちろん深行くんは悪さなんてしないだろうね」

 

「・・・えっ?」

 

「高校生らしい、健全なつきあいをよろしく頼むよ」

 

この笑顔が逆に怖いと感じるのは、後ろめたいからだろうか。

 

そもそも『健全なつきあい』とはどの程度をさすのか。範囲が分からず、迂闊に返事ができない。目が泳いでしまわぬように細心の注意をはらいつつ、思考をフル回転させる。

 

手をつなぐ? 抱きしめる? キスは可なのか不可なのか。舌を入れるところまで進んでしまっているのだが、考えるまでもなくこれは絶対に不可決定。ましてや・・・

 

泉水子の柔らかい感触を思い出してしまい、深行は背中に冷や汗をかいた。

 

嘘はつかない。・・・つきたくない。

 

そんな深行が出した答えは、

 

「・・・善処します」

 

国会答弁のような頼りないものであった。

 

 

 

 

終わり

 

 

 

おおおお粗末さまでした。

深行くんが『影絵芝居』であゆと春っちに近づいたような小賢しい感じが少しでもお届けできていたらいいのですが(愛・笑)

 

玉倉山帰省妄想楽しいです。

名実ともに義実家になる日が早くくるといいのですが☆

紫子さんは無問題だと思うのですが(おさげ発言の雰囲気からしても)、大成さんてどうなんですかね。

2巻では深行くんの聡明さを気に入ってて頼りにしてる感じだったけど。

あんなお気楽キャラでも娘の彼氏となると複雑になるだろうな。

 

 

 

説明
高2の夏休み妄想。
『全部夏のせいにしちゃって』(http://www.tinami.com/view/869905)のおまけ的小話。かなり短いです。
いつもの妄想暴走ですので、原作のイメージを大切にされたい方はご注意ください。
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レッドデータガール

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