あたしのオレの彼氏彼女の作り方
[全6ページ]
-1ページ-

水曜日、一日目

 

 

 ある日、目覚めると、男がいた。

 

 ・・・意味が分からないって? それはこっちのセリフだ。

 

 もう一度説明するなら、ある水曜日の朝、それは夏も終わりの少し肌寒い朝、いつものように自分の部屋の、自分のベッドの上で目を覚ました私が、軽くあくびをしながら、目をごしごしっとこすって目を開けたわけさ。

 そしたら、いたんだよ・・・男が。

 

 ・・・意味が分からないって? だからそれはあたしのセリフ!

 

 目を開けたら、豆電球のつきっぱなしの天井を背景に、男の顔があったわけさ。そんときゃまだ眠かったから、あんまはっきり見たわけじゃないけど、髪はロンゲってわけじゃないけど、ちょっとだらしなく前髪が目に架かってて、んで黒くて。けっこー端白?淡正?・・・っていうの? そんな顔をした男が、無表情にこっちを見てんの。

 

 ・・・ホラーかよって? ああ、あたしもそれ脳内でツッコんだ。

 まあ正直、ボーと夢と現実を右往左往してたから、あんま怖くはなかったんだけど。

 

 男が、じーっとこっちの目を見てる。あたしも、ぼぉーっと見つめ返す。人形かなってちょっと思った。アホな兄貴のイタズラかなって。んーでもこいつの目、光ってるし動いてね? 鼻ふくらまして、息してね? というか、口、動いたよ?

「おはよう。」

 

 ・・・・・・・・・??・・・・・・???

 

 ・・・!! クソヤベエッ!!

 

「ギャアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 すげえカオしてたろーな、あたし。あそこで写メ撮られてたら、自殺モンだった。

 

 ・・・すっぴんだからヤベエとか、そういうんじゃなく。

 

 とにかく慌てた。よく覚えてないけど、布団をはねのけて、でもそれが腕に絡みついたり、お尻の下になってたから上手くはねのけらんなくて、男から離れようとして、反対側に転がるんだけど、そっちはカベだったから、半周もしないうちに右目の上をガツンとぶつけて、どうしようどうしようとか思いながら、カベに体を押し付けながら身体を起こして・・・。

 

 ・・・そんときの右目の傷、全治3日くらいかかるし。カベとの摩擦で肩の皮めくれるし。ホンット・・・ありえない。

 

「いや、待て。まずは落ち着け。」

「アアアゥッ!? ゥゥー!? ぅぅー!!」

 男が口をふさいでくる。そんときが恐怖の絶頂だった。ギューっと目をつぶったまま、とにかく暴れた。

 

 ・・・そりゃ、ただ聞いてる分には、たいしたことないだろうけどさ、そんときのあたしは、ヤラれる! 死ぬ!! って頭ん中それ一色だったんだから。

 

『アヤコ〜? どうした〜?』

 兄貴の声。トントンっと階段を上がってくる音もした。あん時ほどに、兄貴がこの世に存在していたことを祝った瞬間はなかったね。

 

「ぅぅー!! ゥバッ! たすけてっ!! イヤアアップッ!?」

「くっ! ダメかっ! ・・・仕方ない!」

『アヤコ!?』

 ドンドンドン、と兄貴が駆け上がってくる。男は口をふさぐのをやめて、あたしから離れる。とにかく男から逃げようとして、ベッドから転げ落ちるあたし。

 

 ・・・笑いたければ笑えっての。でもね、あんな体験したら、二度と笑えなくなるかんね!

 

 ガラガラって開く音。

「川上! また後で説明する! 通報はしないでくれできればっ!」

 男の声が遠くなる。窓から逃げたらしい。兄貴が部屋に飛び込んでくる。

「どうしたアヤコ!?」

「い、今、今・・・!」

 言葉が出なかった。だから、窓を指差した。兄貴は、ようわからんってカンジで窓から外を見る。

「・・・ハシゴ持って走ってるヤツがいる。アイツか!?」

 いや分かんないけど。とか言ってる余裕なかった。兄貴のズボンにつかまって泣き出してしまった。気持ちゆるみまくりなあたし。

「母さん! 母さん!! ケーサツ呼んでくれっ! 110番!! くそっ・・・!」

『なあに、どうしたの?』

 

 そっからは、当然ケーサツ沙汰の大騒ぎだったけど、あたし本人はなんかずっとボーっとしていた。その日はもちろん学校休んだ。兄貴も大学休んで、ずっとあたしのそばにいた。父さんも一度会社から帰ってきたけど、兄貴がいたから、午後から仕事に戻った。

 その日、結局犯人は捕まらなかった。

 

 ・・・なんでハシゴ持って走ってるような犯人が捕まらないんだ。

 

 と、ツッコんでおきながら、原因の一つはあたしにある。あたしが、犯人の特徴とかをケーサツに言わなかったから。よく覚えてませんとか言っちゃったけど、意外と覚えてる。

 ・・・あたしは、あの男に会ったことがある。

 

 ていうか、クラスメイトだ。

 

 あたしは、竹崎高校2年、川上アヤコ。文系のD組。

 そしてあいつは、同じクラスの・・・速水ダイスケ。

 

 

                                       水曜日・おわり

-2ページ-

木曜日、2日目

 

 

 次の日からフツーに登校する。木曜は英語が3時間もあるというアホみたいな時間割だから、どうせなら今日休みたかった、などとは一瞬しか思っていない。

 学校に行くまでの道のりもそうだったけど、校内に入るとさらに気になるんだ、人の目が。

 自意識過剰なのは分かってる。けど、分かってりゃあイケルってもんでもない。どーしても、他人があたしのウワサしてる気がする。あたしのコト見てる気がする。あたしの・・・以下略。

 

 とか。そんなん気にし続けてるとか、あたしのキャラじゃない。

 

 だから、2-Dに入るとき、バカっぽく大声をはり上げた。

「はよおーっ!!」

 全員こっちを見る。あたしは朝にほんの少し弱いタイプなので、既に8割のクラスメイトが揃ってる。ていうか、全員同じ動きでこっち見るなよ、お前ら仲良すぎだし。シンクロをおススメします。

「あ〜ん? 返事ねえなあ? おっはよおーっ!!」

 クラスを一望して、笑いながらズカズカ踏み込んでいく。まあ当然、ここで返事をかえすようなバカはいなかった。教室が、元の空気に戻っていく。

「おはよっアヤコ! 元気じゃん!」

「はよ〜。」

 席を立ってこっち来たのがウッチー。自分の席で手をフラフラ振ってんのがトーちゃん。・・・別にあたしにあだ名がないわけじゃない。あるけど、マジでロクでもないから、絶賛断固却下中なだけである。

「元気でわりーかよぅ。」

 あたしは意味もなくウッチーに体当たりをしてやった。

「ったーい! アヤコそーやって犯人追い払ったんでしょお?」

 やっぱりウワサになってるよ。あたしのプライバシーはどうした?

「アヤコ、1時間目英語だけど、ノート貸す?」

 トーちゃんが机の引き出しからノートを取り出す。ピンクのバインダーのルーズリーフだから、ノートじゃないけどね。

「おっし借りたろう。と、その・・・前に・・・。」

 あいつの席どこだっけ。キョロキョロ。の、キョロキ、くらいで見つけた。窓側最後尾。いい席とってんなアイツ。

「・・・。」

 寝てんのか? 速水はほおづえをついて、目を閉じていた。てか、ほおづえついてるやつとか、地味に初めて見たかもしんない。アイツそんなキャラだっけ?

「アヤコ、どした? なんか足のない老婆が見えるとか?」

「ん、何でも。トーちゃん借りるよ、100年以内には返す。」

「利息は毎月払ってね。」

 もう1時間目が始まる。速水は昼休みか放課後に体育館ウラにでも引っ張ってやろう。悪い意味じゃなく。あ、いや、ここは悪い意味になるのか。悪いのはアイツのはずなんだけどね。

 

 うわっ! ヤベ、寝過ごした。

 地学の先生がP波よりS波が早いとか遅いとか長いとか短いとか意味不明なことを言ってたあたりから記憶がない。もうちょい厳密に言うと、兄貴が突然教室の窓から入ってきて、『アヤコー! 新聞貸してくれー! 日経が40円安いから!』とか叫びだしたような記憶があるが、これは例によってすぐ消えるアホな夢である。

 机からほっぺを引き離すと、ペリッとか音がした。口の中が気持ち悪いカンジになっているが、ヨダレは出てない。ナイス我が無意識。時計を見ると、昼休みに突入して約10分。

 アイツは・・・いる! ほおづえをついて寝てる(?)。朝のまんまかよ。と思ったら、支える腕が逆になってやがる。それがなんかウザイ。

 ウッチーとトーちゃんは・・・購買か。てか、起こしてくれてもいいんじゃないの? 

 ・・・ん? あれ、起こされたような気も・・・。

 ともかく、今は二人がいない方がいい。

 席を立ち、速水の席の真横に立つ。速水が、あたしに気付いてあたしの顔を見上げる。

 

 ・・・やっぱりコイツだ。昨日の犯人は。

 

 目の前の顔と、昨日あたしを襲った男の顔がピッタリ重なった。てか、そういうコトやるなら、フツー顔ぐらい隠さないか? とか考えるほど今のあたしは冷静だ。

「あのさ・・・。」

 言い出してから気付いた。昨日自分を襲った犯人と、一対一で話すとか、ヤバくね? うわっどこが冷静なんだよあたし! 単にまだ寝ぼけてるだけじゃん、バカにもほどがある!

「えと・・・チョイ待て。」

 うんそう、待てあたし。

 ・・・まあ教室だし、大丈夫か・・・?

「・・・ああ、分かった。」

 お前も「ああ」じゃねーよ。なんでそんな平然としてんだよ。

 

 そういや、速水って、どんなやつだっけ?

 

 正直コイツと会話した記憶がない。そういえば、いつも教室の端の方にいたような気がしないこともない。

 あらゆる学校行事の記憶の中にこいつは存在しないが、「速水ー・・・なんだ欠席か。」とか先生がつぶやいた記憶もないので、存在はしていたんだろう。

 そう思うと、記憶のトコロドコロに速水の後ろ姿または横向きの姿があると言えなくもないかもしれない気がする。

 つまるところ、あたしは速水のことを何も知らない。声も知らないかも知れない。あ、今と昨日聞いたや。

 

 と、長々思い返しといて何だけど、そんなことと昨日のことはぜんぜん関係ない。

 一応周囲に注意して、小声で訊いてみる。

「あのさ・・・昨日のアレ、速水君だよね?」

「そうだ。」

 即答。だからなんでそんなに堂々してんの。

「あれ・・・犯罪だって分かってる?」

「確かにな。だが、ああするしかなかった。」

 ・・・なんだろう、この不快感。殴っていいかな?

「えっと、犯罪だって自覚はあるんだよね? で、何をしようとしたのかな? 何でああするしかなかったのかな?」

「そうだな・・・少し長くなるが聞いて欲しい。どこから話したものか・・・。」

 好きにして下さい。

 あきれて、それ以上にイラついて沈黙するあたし。

 そして、まるで表情を変えないまま速水は語りだした。

 

 【川上、お前はラブコメを読んだ事があるか? マンガでもアニメでも何でもいい。そのラブコメの王道シチュエーションの一つに朝起きたらいきなりかわいい女の子が部屋にいて、そこからドタバタのラブコメ生活が始まるというパターンがあるんだが、オレはそれにあこがれていた。特に藤島先生の代表作(中略)だが、つい最近気付いたのだ。待っているだけではダメだ、自ら動かねばチャンスは・・・奇跡は訪れない、という事を。だから昨日、それを実践してみた。立場は逆になってしまうが、最終的に結ばれるのだからどちらでも大差は無い。つまりオレは・・・。】

 

 ・・・・・・。

 ・・・あれだな、まだ夢の中なんだ、あたしは。おーい起きろあたし。

 

 ・・・とか、現実逃避もしてられない。したけど。

 とりあえず速水の言い分は理解したくないので理解しないとして、コイツが相当、かな〜りぶっとんじゃってるやつだということは分かった。

 つまりあたしは昨日、真正の変質者に襲われたということだ。

「そっか。じゃあ放課後、ケーサツいこっか。」

「待て、今の話を聞いていたか?」

「いやあんまり。・・・あ、いい。説明しなくていいから。」

 ただただあきれるあたし。口を一直線に結んであたしを見つめる速水。

 なんだその目は。どうしろと。

 ため息。

 沈黙。

 

 がんばって会話を再開。

「で、何? あんたはどうしたいの?」

「だからオレは・・・!」

 さっきの意味不明な説明がリピートする。

「ストーップ! だからそれはいいからさ・・・!」

「アヤコーどうしたの?」

 ウッチーがメロンパンとカツサンドを手にこっちに来る。トーちゃんもいっしょだ。さすがにこれ以上は続けられないな。

「速水、あんたなんか部活とかやってる?」

「いや今はやっていない。」

「じゃあバレー部終わるまで教室で待ってなさい。いい?」

「む、分かった。」

 さっさとウッチーたちに合流する。

「お待ちどっ!」

「珍しいね、速水としゃべるなんて。」

「まあ連絡網みたいなもんよ。で、あたしのは?」

「はい、これも、あとこれ。」

 ジャムマーガリン、フレンチトースト、ガーリックトースト。組み合わせてきとー。

「それからピーチティ〜。」

 トーちゃんの手からピンクのパックを受け取る。

「トーちゃんナイス! あ、でもガーリックトーストは・・・。」

 美味しいけど、臭うんだよなあ。別にいいけどね。

 迷わずかぶりついた。

 

 

 そしてあたしは忘れた。

 思い出したのは、家に帰って夕飯食って、自分の部屋でピンクのバインダーを見たときだった。

 速水、ゴメン。

 

 

                                       木曜日・おわり

-3ページ-

金曜日、3日目、前半

 

 

 次の日。金曜は割と好きだ。体育がある。まあ、それだけ。頭使いたくない。

 朝早く登校して速水に謝る、という事も考えたが、朝起きるときの1分1秒はプライスレスなので、即却下。

 ・・・そもそも、まだあいつ何も謝ってないのに、なんであたしが先に謝らなきゃならんのか?

 速水は、普通に登校していた。ほおづえだった。お前好きだな・・・それ。

 

 昼休み。

「ゴメン、先に食べてて。」

 なんて言える人間じゃあないあたし。さすがに早弁はしないけど、目の前でよりどりのパンをほおばるウッチーを後ろ目に、かつトーちゃんのパンの一部を強奪してるような恵んでもらってるようなという日課をサボることは、あたしの謎の本能が許してくれない。だからせめて、いつもの4割増しのスピードでカレーパンetcをほおばってやる。

「うー! うっふう!」

 手を合わせて、『ごっさん!』と言ったつもり。通じる人には通じるので、今時のワカモノの学力やら品位の低下は心配しなくてよろしい。

「どしたの?」

 口が開けらんないので、速水を指差す。あ、ダメだ、進路上に他の男子がダベってる。

 急いで飲み込み、トーちゃんのコーヒー牛乳でうるおいをノドに。

「ふう・・・。ちょっとね、また、速水に用があんだわ。」

「へえ〜ラブラブ〜。」

「LOVE LOVE」

 発音がむかつく〜。コーヒー牛乳をトーちゃんの顔に押しつける。

「そういう話ならよかったんだけどねホント。じゃ。」

 席を立って、昨日と同じように速水の席の真横に立つ。

「速水。」

 速水は弁当を置いて、ゆっくりこっちを見る。てか、お前の弁当なにげにかわいいな。うまそうだし。そして食うの遅いな、まだ半分も食ってないんかい。

「川上・・・いや、アヤコか・・・。」

「なんで今言い直したの。」

「下の名前で言い合った方が、心の距離が近づく。それを思い出したからだ。」

 あたしはダイスケとか言う気ないぞ。てか、心の距離ってなんだよ。

 

 まあ、そんなコトはどうでもいい。今の発言で、ハッキリした。

 昨日落ち着いて考えた、速水に関する結論。

 

 こいつは、あたしにほれている。

 かつ、変態だ。

 

 まあほれているとまではいかなくても少なくともあたしに興味を持っているってのは客観的に間違いないと思う。どちらにしてもあたしは大変危険な状況だってコトに変わりないわけだ。

 とりあえず、無難なトコからしゃべってみる。

「昨日はゴメン。忘れてた。待ってた?」

「いや、気にするな。あの程度どうという事は無い。」

 やっぱり調子合わねー。まあ、気にするなってんだから、気にしない。

「じゃ、今度はあんたの番。」

「・・・む? 何の話だ?」

「あんたが謝る番。」

「・・・何をだ?」

 やっぱ合わない。全部説明しろと?

「昨日っ・・・じゃね、おとといのコト。許すかどうかは別として。」

「そうだな・・・怖がらせてしまったようだしな・・・。」

 ・・・思い出したらハズくなってきたじゃねーかコンチクショオ。忘れろよ。そりゃあんなコトあったらこえーだろ。そこで怖がんなかったらいったいいつ怖いという感情が活躍するんだよ。

「すまん。」

 突然立ち上がったかと思うと、腰を直角に折って頭を下げる速水、こえーってのゆっくりやって!

「あー・・・もういいよ、頭上げて、みんな見てるし。」

 コレ周りから見たら、あたしが速水をイジメてるように見えてんのかな? どこまでもあたしは悪役。

 速水は何も言わずに頭を上げた。

「んで・・・あんたさ、あたしにホレてんの?」

 ・・・ん、今あたし、すげえバカなコト言ってる?

「正確には、惚れる可能性がある、というところだな。」

 意味わからん。一発殴っていいだろうか。

「あ、そう・・・。じゃ、ハッキリ言っとくけど、あたしはあんたが大っ嫌いだから!」

 たしか、こういうコトはハッキリと言っといたほうが安全だった気がする。・・・ってあれ? コレってチカンの対処法だっけ? まあ応用できるでしょ。

「そうか・・・。」

 速水はつぶやく。

「なら問題ない。」

 断言した。

 

 ふーん。問題ないんだー。

 あれ? 問題ないの!? あたしの頭が悪いのか!?

 好きな人にフラれたら、問題ありまくりじゃないの!?

 

「アヤコ・・・知っているか、好きの反対は、嫌いではないんだ。」

 語りだしたよ。スイッチ入っちゃったよ。

「確かに、いきなり自分の部屋に現れたヒロインに一目ぼれをしてしまう主人公も少なくない。しかし、多くの場合は大騒ぎになり、時には喧嘩にまで発展してしまう場合もある。だが、これは始まりに過ぎん。」

 

 お前が何を言いたいのかは分かりたくもないが、とりあえず何だそれは?

 ・・・ハジマリ?

 

「ここから、恋のドラマ・・・ドタバタなラブコメが始まるわけだ・・・! フッ・・・フフフフフフフ・・・フハハハハハハハハハハ・・・!!」

 

 こええ。超こええ。そして、キモイ。

 ここまでヤバイやつだとは思わなかった。

 なんでこんなコトに・・・?

 ともかくこの場を離れて、マジで通報したほうがよさげだ。

「・・・あ〜、そう、そっか、その・・・よく分かった。ありがとね。じゃ、そゆことで。」

 右向け右。GO HOME あたし。

「アヤコ!」

「さいなら〜。」

「好きだっ!!」

 

 

 

 ・・・・・・・・・。

 

 

 

 待て。

 

 いや、あたしが待て。

 ここは動揺するトコじゃない。

 こいつがあたしに好意を持っているコトはさっき確認した。だから、あいつが何を言おうと別に動揺することはないんだ。

 

 

 ・・・うわっ! クラス中の視線総取りじゃん。

 声でけえよ速水! お前何してくれてんの!?

 

 ダメだ・・・ここはスルーだ。スルーしよう。

 

「まずはオレが、自分の正直な気持ちを、お前に・・・ありのまま伝えよう。」

 

 バカ! お前いいかげん黙れよ! みんな見てんじゃん!

 

「オレは、お前が・・・川上アヤコが・・・。」

 

 走った。

 全力で。

 逃げ出した。

 ぐおっ! ぶつけた、いてえよ机、腰に当たった。

 教卓倒しちゃったよ。ゴメン。なんじゃコリャ?

 

 意味分かんないいみわかんないイミワカンナイ・・・・・・

 

 意味分かんないから!!

 

 

                                       金曜日、前半おわり

-4ページ-

金曜日、3日目、後半

 

 

 昼休みはすぐに終わって、5時間目のチャイムがカーン、コーンと響いてる。

 あたしは結局グランドの裏の雑木林みたいなトコまで来てしまった。ドコだよここ。

 戻れない。

 戻れっこなかった。

 あたしは真面目とは程遠い存在であったけど、授業をサボったことはなかった。

 サボリかあ、何か微妙な罪悪感? いや違うかな、でもちょっと落ち着かないカンジ。

 ・・・いやちょっとじゃねえよ。今更サボリがどうとか、そんな問題じゃないから。

 今戻ったら、どんな空気の中で授業をうけることになるんだろう・・・。

 

「・・・バッカじゃん。」

 

 意味もなくひとりごとなんて言ってるあたしが一番のバカ決定だ。

 その辺の、表面ひび割れまくった木に寄りそって、しゃがみこむ。

 ゴロンと大の字になりたかったけど、さすがにそこまで無茶できない。

 その木はゴツゴツしてて、押し付けてる肩とか、こめかみのあたりとかチョイ痛い。さっきぶつけた腰もイタイ。

「・・・・・・。」

 いっそ全部忘れたい。

 何も考えず、何もなかったような顔で、堂々戻ってみようか? ウッチーとかに何か訊かれても、テキトーにごまかす。『美しさって罪ね』とか言えば、もうあたし最強。

 

 ・・・本当にアホなのか。あたしは。

 

 なんであいつ、あんなことしたんだろう。

  あたしが好きだと、あいつは言った。

  あたしは・・・嫌いだと言った。

  嫌いだと言ったのに、好きだと言った。

  あたしは・・・嫌い、なのかな。

  あいつは、何で、あたしを好きになったんだろう。

 

 ・・・なんで、あいつのコトばっかり考えてんだろう。

 

 

 目覚めた。足音が聞こえたから。というか、寝てたのか。

 誰?

「ハァ・・・こんな・・・ところに・・・ハァ・・・。」

 お前かよ。寝ても覚めてもお前かよ。

 目をこすると、生乾きの目やにが手に付いた。目を開ける。暗い。夜ではない。まだ夕方。くもりの薄暗い夕方。そう遠くないトコから、野球部の謎の雄叫びが聞こえる。

 体イタイ。こんなうっさいトコで、こんな体勢で寝れるなんて、あたし器用だなオイ。

 あくびをした横から、ヤツの声がかかる。

「ハァ・・・探したぞ・・・ハァ・・・心配した・・・。」

 速水。暗くてよく見えないけど、息も絶え絶え。そんなカンジ。

「心配・・・? 何の・・・。」

 あれ? 待て、なんで普通に話してんだ?

「放課後になっても戻ってこないからな・・・何か・・・あったんじゃないかと思ってな。」

 寝起きに襲われる以上にヤバイことが、そうそうあってほしくはないんだけど。

 そっか・・・そんなに寝てたんだ。

「内田たちも心配してるぞ。・・・立てるか?」

 ウッチーたち?

 ああ、そうか・・・あたしが突然飛び出しってったきりだから。心配してくれたんだ。

 差し出された手につかまって、立ち上がる。

 足がジーンとしびれてフラつくあたしを、グッと、力強く握って引き寄せる手。

 それは、何のヘンテツもない、普通の手。

 あたしよりちょっと大きな、ガサツなカンジの手。

 ・・・ちょっと湿ってる。汗かいてんのか。

「行こっか。」

 

 二人、並んで歩く。

 なーんてことはしない。少し後ろを、少し左を、死角に隠れるように黙って歩く。

 カラスが鳴く。

 鈴虫かなんかの声が辺りから響く。

 野球部の謎の掛け声が近づいて、そして遠ざかる。

「内田たちは、校舎の中を探しているはずだ。」

「ふうん。」

 考えながら寝ちゃったわけだが、その前にしばらく考えていたこともある。以下は、落ち着いてかつ冷静並びに客観的に考えた結論の一つだ。

 私は、速水ダイスケを、そんなに嫌いではない。

 

 確かに、あの事件には口から胃袋が出てくるような思いをさせられたが、特に何かをされたというワケではない、一応ね。ありえないほどへんてこなヤツではあるが、悪いヤツというわけではなさそうだ。生理的にうけつけないワケでもない。

 嫌う理由がないのに、嫌いになるのも変でしょう。

 あんな校庭のはじっこで寝てたあたしを、汗かいてまで心配して、探してくれたワケだし。

 でも・・・考えていくうちに、一つの根本的な疑問にぶち当たるわけだ。

 それを訊いていいのかどうか、さっきから考えているワケだが・・・ウジウジ悩んでるのもアホらしい。ズバッといったれ。

「あのさ、あんたなんで、あたしをすっ・・・。」

 待て。いや待つな、止まるな。そこまで来て意識するな。フツーに言えばフツーにスルーされるから!

「好きになったの?」

 よし言えた。ちょっと言葉がたりないか?

 立ち止まり、前髪を揺らしながら振り返る速水に、補足説明。

「だってさ、あたしら全然しゃべったこともなかったしさ。あと、えーと・・・。」

「だからこそ、だ。」

 追い越した背に速水の断言が覆いかぶさる。

「オレたちは、互いの事をほとんど知らない。だからこそ、お前の事をもっと知りたい。」

 なんかそれっぽいこと言ってるけど、なんか違くない?

「いやだからさ・・・なんで、あたしなの?」

「理由はいくつかあるが・・・まずは顔が及第点だった。」

 

 ・・・ん?

 なんかちょっとムカついたよ?

「スタイルも問題ないし、性格も明るく、健康的だ。まあ、内気で病弱なのもアリだがな。市内在住で家も近く、何より彼氏がいないようだった。」

 

 ・・・・・・。

 お前、ケンカ売ってんだろう。

 顔? スタイル? 外見重視かよ。

 てか、顔フツースタイルフツー性格明るい市内在住彼氏なしとか、そんなヤツ世の中にどれだけいると思ってんだよ! 彼氏いなくて悪いかよ!

 

「お前と話してると、ホンット・・・頭イタくなってくるよ・・・。」

 すべてがアホらしい。アホ度にも定額プランをつけてくれ。

 さっきまでずっと悩んでた時間、返せ。慰謝料とか取れないのかよ税込みで。

 太ももの筋肉にありったけの力を込めて、さっさか歩く。今日だけ私は競歩ランナー川上だ。

「待ってくれ。お前の怒りは理解できる。だが、オレはお前の事を知らないんだ。だから、お前の事を知りたい。知って、もっと好きになりたい!」

 競歩ランナー速水が迫る。てか競歩ランナーって何?

「それが何であたしなんだよ? 誰だっていいじゃん!」

「そうかもしれない。」

 そうなのかよっ!?

 速水、あんた本ッ当に・・・!

「だが、そうじゃないかもしれない。」

 ・・・?

 足の筋肉が緩んだ。止まると、乳酸をドッと感じた。

「運命の人は、誰だか分からない。お前が、川上アヤコが、オレの運命の人かもしれない。」

 

 どっかでカメラ回ってるんじゃないの? いつのドラマのセリフだよ。

 もうあんたの言葉なんかにいちいち動揺してらんない。

 別に動揺なんて、してない。

 

「待っているだけじゃ、運命の人には会えない。」

 あたしの肩のすぐ向こうに、一段高い肩が並んだ。物悲しい夕闇の中で、速水のマジメくさった瞳が、遠く、目に見える空よりずっと遠くを見つめる。

「だから、運命の人を探すんだ。」

 

 運命の人って、お前いくつだよ。

 そんなのいないから。人間は誰かをテキトーに好きになって、テキトーに結婚して、たまにテキトーに離婚したりするんだよ。運命の人とやらが50年後に南アフリカに生まれますとか言われたら、お前は50年待って南アフリカいくんか。

 

 あれ? でもテキトーでいいなら、速水のしてるコトってそんなに間違ってないんじゃない?

 吐いて捨てるほど、リサイクル不要なほどいるようなタイプの女の子と、テキトーに付き合う。

 別に怒るほどのことでもない。

 

 なのに・・・なんで許せないんだろう・・・。

 なんで、速水の言葉が、涼しくなったのに眠れずに何度も体をねじる夏の夜のようにじれったく、あたしの頭の中にこびりついてるんだろう・・・。

 

「今はオレのことが嫌いでも構わない。だが、必ずお前を振り向かせてみせる。」

 目だけくいっと動かして速水を見上げると、相手もこっちを見てた。

「それまで待っていてくれ、アヤコ。」

 あたしは視線を落とした。あたしには、薄暗い中での速水の視線さえ直視できなかった。

 速水はあたしを追い抜いて、校舎の中へと入っていく。

 あたしも後を追って、ウッチーたちに顔を見せてあげるべきなのに、その気力がどうしてもわかない。

 

 好きって、何だろう?

 恋ってなんだろう?

 

 

                                       金曜日、後半・終わり

-5ページ-

土曜日、4日目

 

 

 土曜の朝。

 からし少なめの白っぽい納豆を混ぜながら、ポーっと考える。

 昨日からずっと考えっぱなしなんだけど、同じトコをぐるぐる回っているだけで、一向に前に進まない。グルグルバット状態。ていうか何を考えないといけないんだっけ? よく分からない。

 だから、腐った豆を混ぜる。まぜまぜまぜまぜ。

「アヤコ、どうした? 早く食えよ。」

 兄貴が納豆とごはんを口に入れたまま話しかけてきた。糸引いてるから、箸の先につながってるから。・・・能天気だな。能天気の神様だよコイツ。神様は恋とかしたことないんでしょうかねえ。いや、別にあたしは恋をしてるワケではないが。

「ねえ、兄貴・・・。」

 言い出してから、何て訊くべきか迷った。

「何だよ。」

「・・・・・・兄貴はさ、運命の人、とか、いると思う・・・?」

「はあ?」

 即却下。まあ、さすがはあたしの兄貴。

「運命とかそういうのって、どちらかってと女の趣味じゃねえの? そりゃまあいたらいいとは思うけどな。そういうお前は?」

「・・・さあ?」

 茶色い豆を白い粒の集合体にかける直前で、まだタレを入れてなかったことに気付く。ビニールをちぎる時、少し付いてしまったタレをなめとる。

「さあってな・・・。お前、もしかして・・・・・・好きな奴でも出来たのか?」

 台拭きに指を擦り付けながらため息をつく。

「違う・・・。好きだって、言われた。」

「マジかっ! お前が!? マジでか! ハッ! マジでか!!」

 うっぜええ。

「いや、スマン。そんな目でオレを見るな。」

 別にフツーの目だよ。

「そうか、告白されたんか。まあ、今までなかったから、逆に兄として不安に思ってたところだ。」

 イナイ暦あたし+2の男が、よくそこまで言えたものだ。

「で、どうしたんだ。」

「嫌いって言った。」

「・・・お前・・・ヤバイくらいに鬼だな。怖〜・・・男殺しだよ、オレなら再起不能だよ、せめてお友達でいましょう?とか言ってやれよ。」

 さすがにコレ以上は言えない。その男は再起不能になるどころか、平然と私に愛を説き続けるであろうことを。笑い話またはコイバナで済む範囲で収めておきたい。

「人って・・・なんで人をを好きになるんだろうね・・・。」

 呟いていた。自然と。

「うわあ、相当キテルなアヤコ。」

 ・・・まあ、立場が逆なら、あたしもそうツッコんだだろうけど。

「てか、なんで断ったんだよ? 顔か? やっぱ顔で選んだのか!?」

「ノーコメント。」

 顔で選んだよ、速水が。よく分かんないけど、きゅうだいてん、だとさ。てか、女より男の方が顔で選んでない?

 今日も一日クサい息を吐きながらがんばるために、典型的日本食を胃に放り込んだ。

 

 あたしは、いい意味でも悪い意味でもバカだったから、部活をやって、全力で体を動かしてる間は、何も考えずにいられた。

 でも、部活が終わっちゃうとまた自然と考え込んでしまうわけだ。

 バイト中なら、考えずに済むかと思ったら、土曜のクセにかなりヒマだった。空気読めよ客。普段来なくていい時はバカみたいに来て小学生バリに呼び鈴連打するくせに。ヒマすぎて、どうしても考えてしまう。

 そのバイトも早上がりになって、10時ごろには家に帰ってきてしまった。

 

「ってことで、恋ってなんだよ。」

『アヤコ・・・そんなことで悩んでたの?』

 ウッチーだけに、うっちーあけてみた。・・・ゴメン、3秒前のあたしを誰か殺して下さい。

 全部ってワケにはいかないから、大まかなトコだけだけど、1年半前に買った液晶にヒビあり電池パック寿命目前のケータイ越しに話した。

「そんなこととはひでえ。」

『昨日はぽけっとダンマリ地蔵になってたのに、そんなん考えてたとかすごいね。しかも恋の哲学みたいなのをあたしに相談しちゃいますか。』

「トーちゃんには後で電話する。まずはアフォなほうから。」

 ウッチーはあたしと同類。トーちゃんは中学の頃彼氏持ち。ちなみにあたしはメールより電話派。特にトーちゃんはメール全然返さないから電話。ま、あたしが言える話じゃないか。

『ふーん・・・てかさ、考えても意味なくない? なんか答え出ない気ぃするよ?』

「いや考えちゃうし。」

『じゃあ本能だ! あたしらアフォはねえ、やっぱり本能でビビビってくるやつを好きになればいいんじゃん? 好きなやつは理由とかなしで好きっみたいな。』

 じゃあ微妙なヤツは? と言いたい以上に、言いたいことがあった。

「ウッチー好きな人いるっけ?」

『いるよ?』

「誰?」

『前も訊いたねそれ。秘密。』

「なんでそいつを好きになったの?」

『なんでって・・・覚えてないんだよねえ・・・。なんかいつの間にかっていうかさ・・・。』

「んなアフォな。」

『いやマジ。てか、そういうモンじゃない? あたしらだってさ・・・。あ、よく覚えてないのってあたしだけ?』

 なんでだっけ・・・なんかこう、消去法的っていうか、自然とそういう流れになったっていうか。確かによく覚えてない。

「あたしも覚えてないや。じゃあ縁切るか。」

『さすが鬼のアヤコ。』

「だれが鬼じゃ。・・・はあ、そっか・・・自然と、ねえ・・・。」

『そうそう。人は自然と人を好きになる! ヤバイ、これかなりの名言じゃない?』

「そうでもない。」

 鬼は伊達じゃなかった。

 

 ケータイを放り出して、やっぱりぽーっと考える。

 自然と好きになる。・・・理由とかなしに好きになるってことは、運命の人説に近い・・・のかな? いや、でも自然に好きになるのに、運命の人を探してテキトーに女の子と付き合うのはやっぱ違う気がする。

 なんだろう、このむかつくカンジ。テキトーに付き合う、それがフツー。でも、許せない。許せないんだ。好きになったなら、運命の人じゃなくて、自分を見てほしいんだ。別にその恋が実るとは限らなくても。

 ・・・たぶんあたしは、今、とても、おぞましい結論を出そうとしている。口から緑色の粘液の付いた卵を吐き出すような、ありえない気持ちの悪さ。

 

 あたしは

 愛されたい

 全身全霊で、他をかえりみることなく

 

 誰に?

 

 そこで思考を強制シャットアウト。これ以上は死ねる。

 ともかく、やるからには全力で来てほしいらしい、あたしは。例え、自分が何とも思ってない相手だったとしても。

 自分は愛さないのに、相手には愛してほしい。

 わがままプリンセス。

 ・・・だめだ、ツッコミがないと、イタすぎる。ていうか、脳内でボケてツッコむ意味がないぞあたし。

 ともかく、愛というものは難しいものだ。

 ・・・・・・・・・。

 

 バカかあたしはっ!!

 

 あたしのイライラが頂点に達した。

 あいぃ? バカか! 好きなモンは好き! 嫌いなモンは嫌い! これだけ!

 あたしが好きなら全力で愛せ! んで、そんなもんとは無関係に、あたしはあたしの好きなヤツを好きになる!

 わがまま? 鬼? それで結構! あたしはあたしのやりたいようにする!

 直感で! 本能で!

 それを、あのバカに!

 

  ドンッ!!

 

 あたしの右手が、机の引き出しに突き出していた。クソいてえ。手加減ゼロだったから、マジいてえ。

 でも、これでいいんだ。あたしはやりたいようにやった。これが、あたしの答えだ。

 泥臭い、バカ丸出しの、でも後悔なんて絶対しない、あたしの答え。

 

  ぶつけてやる。

 

 

 気がつけば、もう牛の刻ってやつだ。トーちゃんはもう寝てる。それに、もうあたしの中で答えは出た。

 ベッドにもぐりこんで丸まる。

 

 次に会うときが、あいつの命日だ。ある意味。

 

 かつてないほど、鬼は気合に満ちていた。

 

 

                             土曜日・終わり

-6ページ-

日曜日、5日目

 

 

 次の日の、10時キッカリだった。

 母さんに呼ばれて慌てて玄関へ。

「おはよう、アヤコ。今日もいい日だな。」

 ドアを開けた瞬間、シルバーなママチャリを支えて立つ速水の姿が飛び込んでくる。初めて見る速水の私服。・・・もっとがんばりましょう、ってカンジか。

「あんたね・・・そういやなんで人ん家の住所知ってんの。」

「ああ、事前にお前の帰りを尾行した。」

 すごいよ、すごく堂々としてるよ。怖いもの知らずってこいつのためにあるワードだよ多分。兄貴と会ったらどうするつもりなんだこいつは。怖いものを知らずになるより、怖がりになりたいと初めて思った。

「で? 朝っぱらから何!?」

「10時はむしろ昼に近いぞ。・・・まさか、それは寝巻きなのか?」

 あごに手を当て、目を細めてあたしをジロジロ見てくる。さっすが変態、気持ち悪いことこの上ないわ。

「ちげーから。見んな。てか、寝巻きって古いなオイ。」

「何を言う、今でも常用語だぞ。それより・・・。」

 速水はママチャリのカゴから、四角くて平べったいものを取り出して、あたしに差し出す。

「つまらないものだが。」

 その場で包みを破いた。

 ひよこまんじゅう36ヶ入り。

「どこみやげだ・・・。」

「この前は迷惑をかけてしまったようだからな。オレなりの謝罪の気持ちだ。受け取ってほしい。」

 引き返して、玄関に放置する。

「ところでアヤコ。」

「何?」

 振り返り、速水と視線を合わせた。あいかわらず、まじめな、見つめられると肩がこりそうな目をしてる。

「話は変わるんだが、サイクリングに行かないか?」

 速水が何かを付け加えるより先に、あたしの口が動いた。

 

「待ってて。」

 

 手早く準備を済ませた。まあ、相手が速水だから、コンビニ行くぐらいの準備だけど。

「アヤコ、どっか行くの? お昼は?」

「いらない。」

 と、言ってから、ヤツのことを考え、take2。

「と、思う。まあ、どっちでもいいよ。バイトの前までには戻るつもり。いってきます。」

 ドアを開けると、速水が変化なく立っていた。

 あ、変化あった。

 顔に汗が流れて日の光を反射してるし、ポカンと口を開けたままあたしを見てた。

「・・・。」

 あたしはそのままアホ丸出しの横を通り過ぎる。

「驚いた。」

 よっしゃ。

「まさかこんなに滞りなく、サイクリングに付き合ってくれるとは思ってもみなかった。」

 今まで散々驚かせてくれたからね、やられっぱなしじゃあ悔しい、てか、ムカつく。だからリベンジ一発目。あ、リベンジってなついな。

 ママチャリをはさんで速水と向き合う。

「それに・・・・・・いつもより、キレイだ。」

 真顔で言うな変態。

 ・・・こいつには恥じるという感情がないのかもしれない。

「ほら、早く行こっ!」

「お前の自転車は?」

「は? 2ケツっしょフツー。早くこいでよ。」

「む・・・そうか・・・。」

 速水がママチャリにまたがり、あたしは荷台に腰を乗せる。久々だったから、ちょっと乗り方忘れてそー。

「ふんっ! ・・・ふっ・・・ふんっ・・・!」

 ヨロヨロヨロヨロ。

 ゆっくりと、なんともおぼつかない走り方。なぜか、目薬をさす直前の、指でこじあけたまぶたを連想した。ピクピクっとしたカンジが似てない? って分かんないか。

「あんたね・・・あたしが重いとか言ったら殴って帰るよ?」

「いやっ・・・違うっ・・・! 自転車っ・・・二人っ・・・乗りっ・・・初めてっ・・・だからっ・・・なっ・・・・・・ふっ・・・!」

「ふ〜ん。そう・・・。」

 ヨロヨロヨロヨロ・・・。

 頼りない変態。

 ヨロヨロヨロヨロ・・・・・・。

 

「あのさ、やっぱあんたとは付き合えないよ。」

 荒く息をする背中に言ってやった。やわらかな風に紛れて、速水のニオイがあたしの顔にふりかかって来るような、そんな背中の近くで。

「だってさ、あんた運命の人ってのがあたしじゃなかったら、すぐあたしと別れるってことでしょ? そんなヤツとは付き合えないから。」

「フッ・・・そうかっ・・・ふんっ・・・!」

「でもさ、別に付き合わなくってもいいと思うんだけど。仲のいい、友達でよくね? 友達だったら、何があっても、ずっと友達じゃん。」

 道がゆるい下り坂になって、速水が少し落ち着いた。

「なるほど・・・友達、か。盲点だったな。」

「いや盲点でもなんでもないけどね。あんたもしかして、友達いないの?」

「・・・少なくとも、女性の友人はいないな。」

「あ、そう。じゃあやっぱり、あんたに必要なのは、友達が先でしょ。友達にだったらなってあげないこともないからさ。」

「いいのか?」

「まあ、別に、嫌いではないからね。変態だけど。」

「ん? 今のはどういう意味だ? オレが変態なのか? それともアヤコ、お前が変態なのか?」

 無言で半ば髪の毛に埋もれた、変態の耳たぶを引っ張る。ちぎれろバカ。

「アヤコ、痛いぞ。」

「こうするとあんたのバカが治ると女の直感が告げてるから仕方ない。」

「フッ・・・そうか。」

  ドシンッ!

 段差に乗り上げた瞬間、あたしたちは一瞬だけ無重力を味わい、んで、こけた。

 

「いってえ・・・。速水! あんたねっ!」

「いや・・・済まない。」

 ここんとこ、ケガしてばっか。なんかこう・・・呪われてる? コイツといるせいかも。やっぱさっさと縁切った方がいいような気がしてきた。

 再び自転車にまたがる速水。

 こける寸前に、ふと気付いたことを、無表情変態(呪い)の背中に訊いてみる。

「てかさ・・・今、笑った? 鼻で。」

「・・・・・・いや、笑っていない。」

 こいつが自然に笑ったところを見てみたい。なぜか、そう思った。

「こっち向け。」

「早く乗れ、午後からさらに暑くなるぞ。」

 回りこんでやる。忍者もビックリなくらいなめらかな動きで。

「笑ってんじゃん。ニヤけてるし。」

 速水は顔を必死に後ろに回した。あたしがそれを追うと、目にも止まらぬ速さで反対を向いた。

 アホだ。ヤバイ、なんか笑える。

 それ見てニヤニヤ笑ってるあたしもキモイよね。でもそこはスルー。

「おーしっ! 早くこぎなっさいっ! まずは服買うよ! あんたのそのショボーンなセンス、どーにかしてやんないと、友達として!」

「何!? 服? オレの服の事か?」

「そーだよ何その上着! 裏地がレインボーとかネタ衣装ですかってカンジだし! ・・・ほら、ゴーゴー!」

 背中をバシッと叩いてやると、速水はまた元の目薬走法で自転車をこぎだした。

 

 

 

 このあと、あたしと速水がどんな関係になるかは分からない。そりゃあタイトル通り彼氏彼女の関係になる可能性も残念ながらナイと否定しきれないだろうし、運命の人とやらがすぐに見つかって、もう二度と関係しない人生を歩むかもしれない。ずっと友達のままかもしれないし、すぐケンカして絶交するかもしれない。さすがに他の男とか女とかがどっかから出てきて、ラブコメか昼ドラになるのはカンベンしてほしいけど。

 

 

 恋ってなんだか、あたしには分からない。

 そんなの、分からなくったってよかった。

 

 今の、あたしたちには。

 

 

 

                             fin

 

説明
ある日、目覚めると、男がいた。

 ・・・意味が分からないって? それはこっちのセリフだ。
例によって普通の高校生、川上アヤコが遭遇した、ある事件。
そこから始まる(?)恋物語。

恋ってなんだろう?
総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
1378 1269 2
タグ
恋愛 創作 

後悔さんの作品一覧

PC版
MY メニュー
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。


携帯アクセス解析
(c)2018 - tinamini.com