真・恋姫無双 新約・外史演義 第05話「外史演義開幕」
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 ケ艾と曹操がにらみ合い、今にも殺し合いに発展しそうなしそうな一触即発の状況。ケ艾と曹操、そして加勢に出る夏侯淵を止めに入るは北郷一刀。

 はたして、どのような決着を迎えるのだろうか。

 

 ――同時刻。

 

 陳留から少し離れた山間でも、激しい言い争いが起こっていた。

 「何で通れないのよ! 通行料だってちゃんと払ったじゃない」

 「うるさいわね。夜が明けるまでは通れないと何度言えば分かるのよ。少しは人の話を理解しなさいよ!」

 ここは山岳地帯に設けられた陳留に続く関所。怒気を含んだ大きな声が山中に響き渡るり、鎧に身を包んだ兵士とまだあどけなさが残る少女が激しく言い争っていた。ギャンギャンと喚く少女の物言いに苛立つ兵士たち。

 少女は旅芸人だった。旅の途中、陳留を目指していた彼女はこの関所に辿り着く。すんなり通れると思いきや、夜間通行禁止の令があると兵士に告げられ、通せ!無理だ!の言い争いになり現在に至る。

 少女に対して威圧的に対応するは、関所の責任者の立場にある妙齢の女兵士。先ほどから繰り返されている不毛な問答に思わず語意も強くなる。だが、少女はそれを意に返す様子も無く食い下がる。

 「夜中に通れない関所なんて聞いた事が無いもん。あんたたち、ちぃたちを田舎モノだと思って騙してるんでしょ!」

 「だ・か・ら……陳留では法令で夜間通行は禁じられていると何度も説明したでしょうが! いいから、朝まで待ちなさい!」

 全く進展の無い状況にお互いヒートアップしていく。二人のやりとりを見守っていた他の兵士たちも、騒ぎ立てる少女の近くにぞろぞろ集まってきた。

 「ちょっと、地和ちゃん。少し落ち着いて……」

 「ここで騒ぎを起こすのは良くないわ、地和姉さん。」

 兵士たちの険悪な雰囲気を察してか、これは流石にマズイ、と少女の仲間たちが必死に諫めようとするが「天和姉さんも人和も言ってやってよ。ちぃたち、ちゃんとお金を払ったじゃない」と、通行料を支払ったのにすぐに通れないことに対して怒りが収まらない様子。少女を含めた三人組の旅芸人は、気がつけば前後左右を完全包囲されていた。コレは本気でマズイ、うろたえ始める三人に最後通告だとばかりに女兵士が語気を強めて伝える。

 「この関を夜間に通ることは法令で禁じられている。たとえ帝であってもこの禁を破ることは許されない、陳留の刺史である曹操さまの言葉だ」

 「帝でもって……その曹操って何者よ」

 「この先にある陳留を治める方。そして、この関の最高責任者だ。少し前になるが、この関を夜中に通ろうとした不届き者がいてね。ソイツがどうなったか分かる?」

 禁令を破ったもの末路、含みを持たせた言葉でさらにひるむ少女たち。女兵士は畳み掛けるよう言葉を続ける。

 「あなたと同じように、通せ、通せ、と喚き散らした挙句、曹操さまの手で棒百叩きの刑に処せられたわ。あなたたちよりも身分が高い都の役人さまだったそうだけど容赦なく半殺しにね」

 悲惨な罰がある、とニヤッと笑いながら告げる兵士。その内容に意気が削がれたのか、少女は完全に沈黙してしまう。

 「さて、あんたはどうするの。 ここを通るか」

 「……だ、だってぇ! だってだって、もうお腹ペコペコだもん。早く街に入って何か食べたいよぉ」

 「もういいよ、地和ちゃん。朝になったら通れるんだから……ね」

 「そうよ、あと少しだけ我慢しましょう。それに、棒百叩きって言うのもウソじゃないみたいだから……」

 三人を取り囲む兵たちの手には色取り取りの棒。これ以上騒げばどうなるか分かるな?と言う無言の圧力が掛かり、流石に観念したのか半ベソをかきながら地面にペタリと座り込んだ。

 「……ううぅ、わかったわよ。我慢すればいいんでしょ」

 「うんうん、良い子良い子。陳留に着いたらお姉ちゃんと一緒に美味しいものいっぱい食べようね〜」

 「あの、天和姉さん。懐にもうそんな余裕は……」

 関所で起こった一触即発の騒ぎは、陳留より先に収束した。

 

 真・恋姫無双 新約・外史演義 第05話「外史演義開幕」

 

 「へえ。討論の答えが出た? それは現状の問題を解決できる良い案ということで間違いはないのかしら」

 「ああ、曹操さんとケ艾ちゃんの懸念を同時に解消できる案だと思うよ。だから三人ともさ、落ち着かない?」

 険悪な雰囲気を遮る一刀の声。対峙する三人の間に漂うに殺気と怒気の間に割り込んで両手を広げみんなに自制するよう促す。緊張した雰囲気が漂う中でのその言葉。最初に答えたのが――

 「……いいでしょう、秋蘭も下がりなさい。ケ艾も一旦引きなさい。一刀が反乱者たちを皆殺しにしないで済む方法を話してくれるそうよ」

 「ああ。だからケ艾ちゃん……気持ちは何となくは察したけどさ。俺の話を先に聞いて欲しい」

 「…………分かりました」

 曹操さんが呼びかけに応じて矛を下げ、わたしも仕方なくそれに続いた。けどれも、先ほどの言い分には納得出来ないし怒りは収まらない。

 「で、内容なんだけど。その……俺の案を聞いても絶対に怒らないって約束してくれる?」

 「内容次第ね」

 「いや、何と言うか……説明する過程で曹操さんを批難するような事も言わなきゃいけないんだけどさ。その……首を跳ね飛ばすとかしない?」

 「私に間違いなく非があると言うのであれば怒らないわよ。もっとも、早く言わなければ無条件でその首を飛ばすけど」

 「あの、北郷さん。本当に解決できる案が……」

 本当にそんな方法があるのかわたしには分からないです。曹操さんはとても非情な性格の様ですから、変に答えでもして怒りを買ってしまいそうな気がします。斬首刑や連座刑を主張する彼女を説き伏せる事ができるのでしょうか。怒りの矛先が北郷さんに向かったら、その時は……。

 「そんな、不安そうな顔しないでよ。未来から……天の国から来たアドバンテージってやつを見せてやるよ」

 「……あ」

 ポンと優しく頭を撫でる手。髪に掛かるやさしい感触から一刀の気持ちが伝わり、言葉から一刀の自信が伝わってくる。安心しろよと伝えるようにニッと笑いかけ、手を添えたまま曹操に向かい語り始める。

 「そうだな。解決案を言う前に、まずは反乱の起きた根本的な原因から説明したほうが分かりやすいかな」

 「……根本的な原因ねえ。 いいわ、話を続けて」

 「宦官たちに唆された集落が税を払わない原因は…………曹操さん。君にあると思うんだ」

 ――! 北郷さん、いくらなんでもそれはオカシイですよ。集落の人たちを皆殺しにするなんて絶対に認めませんけど、さすがにそれは違う。

 「北郷、言うに事欠いて華琳さまが原因だと! それではヤツラの身勝手な言い分と変わらないではないか」

 そう、原因は間違いなく税を納めない彼らにある。問題の出発点は間違いなくそこなのだから。

 「秋蘭、落ち着きなさい……失礼したわ。 続けて」

 「曹操さんだから税を払わないってふざけた物言いを擁護しているわけじゃあないよ。問題はもっと前。陳留に住む住人が陳留の刺史・曹孟徳より、都にいる宦官の意思に従っている現状が問題なの。ええと、つまり―― 」

 「――つまり。わたしの統治能力の低さが原因、とあなたは言いたいのかしら」

 「まあ、地方の役人と帝に近い宦官を比べるのは少し酷な話とは思うけど」

 「無理に持ち上げてくれなくてもいいわよ。たしかに一刀の言う事にも理があるわね…………いいわ、責任の一端がある事は認めましょう」

 「華琳さま、それは―― 」

 「で、解決策も当然あるんでしょう? 続けなさい」

 「話は簡単。税を払いたくないと言うのならば払わなければいい」

 そうか、払わなければいい払わなければいい…………はい? えぇぇええーーーーーーーーーー!

 

 

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 「一刀…………あなた、自分が何を言ってるか分かっているの」

 「北郷さん。それでは何の解決にもなっていませんよ!」

 俺の出した解決案に二人が勢い良く食ってかかる。税を納めさせる方法、そして、集落を救う方法の答えが『税を払いたくないと言うのならば払わなければいい』だったワケだが。この答えに二人とも驚きと怒りを隠せない様で非難めいた口調でこっちを攻め立てる。いや、まだ半分も話をしていないのだから落ち着いて聞いて欲しい。

 「待て待て、話は全部聞いてからにしてよ。つまり、漢王朝に対して税を払わないというならば払わなくていいよ。だけど、あなたは今から漢の民として認めませんよ、って流れで―― 」

 ――つまりは……。

 「理屈は分かりましたけど、それでどうやって解決するんですか!?」

 もう、せっかちさんなんだから! よほど気になるのか答えを急かすケ艾ちゃんとは対照的に黙って続きを待つ曹操さん。二人の年齢差がどれくらいあるのか知らないけど曹操さんのほうが大人でいらっしゃるみたいだ。ケ艾ちゃんのほうは年相応みたいね。さて――

 「だ〜か〜ら〜最後まで聞いてって! 早い話が国外追放しちゃおうて話だ」

 「国外追放ねえ。それはこの陳留からと言う意味? それとも、大陸からと言う意味かしら」

 「大陸のほうね。これで誰一人、血を流さないで済むでしょ」

 そう、何も殺すほどのことじゃあないんだ。三国志という時代背景を考れば悪人を斬首するという風習は理解出来なくも無い。出来なくもないけど殺人を犯したわけでもないのに即死刑というのはやりすぎ。折衷案としてはコレがベターだろう。どやぁ!

 「はあ〜……自信有り気に言っているようだけど、それでは解決にならないわよ。ケ艾の懸念は晴れるでしょうけど。斬首が大陸から追放に変わるだけの話じゃない。税を納めさせるという大前提が考慮されていないわよ」

 「いや、これで税を納めてくれるようになると思うよ」

 「あのねえ、国外追放にしておいて誰が…………っ! 一刀、あなたが考えていることって……」

 「あ、気がついたみたいだね。さすがは曹操さん―― 」

 「そんなのどうでもいいから! 続きを早く言いなさい」

 こちらの意図に気付いた様子の曹操が少しイラだった様子で続きを促してくる。察してくれたような反応に気を良くした一刀はさらに話を進める。

 「ああ、国外追放するのは一人だけだ。さしずめ、集落をまとめる村長あたりをスケープゴートにするのが一番良いかも」

 「スケープゴート?」

 「……あっ、えーと……俺の国の言葉で生け贄って意味かな」

 「そう、生け贄ねえ…………それは、他の住人たちは無罪にしろと言う意味かしら」

 「うん。悪いのは脱税を主導した村長一人で他の人たちは巻き込まれてしまったかわいそうな被害者、そういう体で。曹操さんはやっぱり不満かな」

 「当然よ。己の不埒な行いを棚上げにし、まるでわたしに非があるかのごとく罵詈雑言を浴びせた罪は重いわ。それにね、たかが一人を追放しただけでわたしのいう事を聞くようになると思えないのだけれど」

 ここで飛んできた来る異議申し立て。曹操さん的には集落全体を罰しない事に不満があるようで納得してもらえない様子。けど、まだ続きがあるのだ。

 「いやいや、誰だって自分の住んでいる土地から離れたくは無いでしょ。国外追放されるかわいそうな村長を見たら考え直すんじゃあないかな。次は自分も同じ目にあわされるんじゃあないのかって。 その、何だ、悪口を言われたのを許すかどうかは曹操さんの度量の次第だけど」

 犯罪抑止力。言い方は悪いかもしれないけど罰則の恐怖で規律を維持する法方だ。税を納めさせるには全員を国外追放にするわけにはいかないし、税を払わないという大儀名文がある以上、斬首以外の方法ならば敵対している宦官たちに醜聞を風潮されてもいくらでも正当性を主張できる。それに、何と言っても彼女は――

 「……ふ、言ってくれるじゃない。で、宦官たちが陳留にちょっかいを掛けてくる件はどうやって解決するの?」

 「ああ、それが一番簡単な話だよ。曹操さんが帝を頂いて大陸を制覇すれば良いだけの話じゃない」

 「ちょっと待て! 北郷、おぬし…………今、何と言った」

 「え? だから、大陸を制覇しちゃえばいいじゃないって話。そうすれば宦官なんて取るに足らないってじゃんって」

 ――そう、彼女はあの『曹孟徳』なのだから。三国志の最強の英雄にして激動の時代を最後まで生き抜いた魏の『曹孟徳』なのだから。徳王劉備も、南海の覇王孫策も、北中原の覇者袁紹も全て打ち破り、時の皇帝をも従わせた大英雄なのだから。宦官なんて路傍の石ころみたいなものですよ。どややあぁ!

 「……一刀。あなた、人畜無害そうな顔をしてずいぶんと大胆なことを言うじゃないの」

 いやいや、大胆ってアナタ……乱世の奸雄と呼ばれてた人に言われたくはないなぁ。

 「漢王朝に対して反旗をひるがえせ、わたしに対してそう言っているように聞こえるのだけれど」

 「いいや。漢王朝に戦いを挑むワケじゃなくって、曹操さんはあくまでも帝の臣下。んで、その立場を明確にしつつ帝を自分の勢力に取り込んで王朝を曹魏が掌握するみたいな話だった気が……たぶん」

 たしか、三国志の終盤でそんな展開になっていたはずだからこっちの曹操さんでもイケルだろう。横山先生が嘘を書いてなければだけど。

 「それは、あなたの持つ天の知識の話かしら」

 「うん。俺の世界の曹孟徳が実際に行ったとされている記録だ。中国の……大陸の歴史家たちの評価を元に書かれた漫画っていう本で俺は学んだ。他にも学校とか、あとは個人的に色々と調べたりもしたなあ」

 何にせよ目の前の曹孟徳が、あの『曹孟徳』ならこの後の展開はある程度は読める。自信満々で宦官に対しての対処案を語ったわけだ。饒舌に語るこちらと対照的に曹操さんは至って冷静。俺の言葉を思案している様子で押し黙る曹操さんだった、が急に――

 「そう、そちらの曹孟徳がねえ。ふ、ふふふ……あーっははははは! そう。それがあなたが知る曹孟徳なのね。ふふ……やるじゃないの」

 「か、華琳さま?」

 「あのー曹操さん? あれ、もしかしてダメだった」

 彼女は言葉はこちらを褒めているように聞こえるが、何故か馬鹿笑い……もとい、高笑いをあげて曹操さん以外は驚き戸惑う。あの『曹孟徳』と同じだからこそ行ける案だと思ったのだけど……え、どっちなの? 未だ笑っている様子を前に俺は不安になる。ケ艾ちゃんも困惑と不安の表情を浮かべているし……。

 「うふふ、失礼したわ。天の国のわたしに少し嫉妬しただけよ。ふ……いいでしょう。合格よ」

 「おお! 合格って事は、集落の人たちを斬首するのは無しって事だよな」

 「斬首? ああ、そう言えばそんな事も言っていたわね。ええ、村長一人を国外追放して様子を見ましょう」

 マジで! 良し来た。

 「良し! ケ艾ちゃんもこれなら納得できるんじゃないかな」

 「はい……これで集落の方たちが死なないのなら。北郷さん……ありがとございます!」

 「ええ、一刀に感謝するといいわ。……で、ケ艾。何かわたしにいう事があるんじゃあないのかしら」

 曹操さんに俺の案を採用すると言われ喜ぶのも束の間。落ち着き払った様子でケ艾ちゃんに何かわたしに無いの、と言葉を掛ける。

 「…………っ! 別に言う事などありませんけど」

 「……ケ艾。貴様は―― 」

 「こらこら。先に手を出そうとしたのはケ艾ちゃんの方でしょ。きちんと謝らないと」

 原因は分かっている。この子は集落の人たちを簡単に皆殺しにすると言われて怒った……、キレたと言うほうがより正確だろう。気持ちは分からないでも無いが、ここは謝るべき所ではあるはず。

 「北郷! 謝罪して済む問題では無いぞ! そやつは先ほど華琳さまを殺そ―― 」

 「別にかまわないわ。斬首が気に入らなかった様だけど、北郷の案でそれは無くなった。私を牙を剥く理由はもう無いはずよね」

 「…………そういう事になりますね」

 「――結構。けれど、一刀の言う様にけじめは必要じゃあないのかしら。わたしは今とても機嫌が良いの。それでお終いにしてあげると言っているのだけど……何かある?」

 「ほら、ケ艾ちゃんも。意地を張らないで……ね」

 「…………っ、その……大変失礼を致しました。ご無礼をお許しください」

 「――結構。秋蘭もこれ以上は追及しないこと。良いわね」

 「は! 華琳さまがそう仰られるならば」

 「良し良し、ちゃんと謝った。偉いぞ〜、ケ艾ちゃん」

 「……ぐす、わ、私を子ども扱いしないで下さい!」

 今日二回目の頭をナデナデをする。バツが悪いのか、もしくは照れくさい気持ちがあるのか目線を隠すように下を向くケ艾ちゃん。少し涙ぐんでいるように見えるので両方かもしれない。その姿に一刀は「あれ、ケ艾ちゃん意外と泣き虫?」と声に出さずに頭の中で呟いた。

 「さて、話を戻しましょうか。北郷一刀にケ艾士載、あなたたちには我が軍で働いてもらう」

 「軍!? いや、軍って言ってもそんなに強くないし、夏侯惇にもボロ負けしたし」

 「北郷。一言に軍と言っても、前線で戦う兵だけではないぞ。政治や戦略を支える文官、補給部隊に兵站隊管理部隊、市内を警備する警備隊とその役目は多岐にわたる」

 「秋蘭の言うとおりよ。特に最近は盗賊による被害が増加していて、人手がいくらあっても足りないくらいなの」

 俺の知っている軍隊とはイメージが少し違うなあ……まあ、そういう事なら「これからお世話になるよ。これから宜しくな」と了承の返事を返す。ケ艾ちゃんも「お役に立てるかわかりませんけど、しばらくお世話になります」とやや消極的な返事を返した。

 「ええ、しっかり働いてもらうから。あなたたちの配置は…………そうね、日を改めて指示するわ」

 こうして俺は初期の時間軸の魏から伝説の英雄(美少女)たちと共に三国志の歴史を歩むことになった。

 「では、解散!」

 

 

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 一刀とケ艾が去った執務室の中、曹操と夏侯淵が先ほどの試験を振り返る。他国の間者ではないかと疑っていた少女、ケ艾士載。未来からやってきたと語る青年、北郷一刀。彼らの肩書きは聞けば聞くほど胡散臭い。まともな為政者であればお相手するのはご遠慮したい類の人間だろう。だが目の前の少女は、主は彼らを試し、そして受け入れた。

 「北郷の言葉。あれはどのように評価するべきでしょうか。未来から来たと言う言葉はともかく、漢に弓を引けと。そして、もう一つ」

 漢王朝の臣民として、そして曹操を慕う者としてどうしても聞き逃せない言葉があった。帝を自分の勢力に取り込んで王朝を曹魏が掌握する、不敬極まりない発言だが未来の歴史に刻まれていると彼は言った。彼の言葉を主がどのように捉えているのかとても気になる。

 「本当かもしれない。狂言かもしれない。でも、どちらでも関係ないわ」

 「それは一体どういう?」

 「一刀の未来で『曹孟徳』が覇業を成しえていたのだとしても、ソレはわたしじゃないもの。狂言だとしても現状は変わらない。そう、ただの御伽ばなし。わたしじゃない『曹孟徳』のね」

 曹操は無表情のまま、そう言い切る。期待していた答えは何だったのだろうか。複雑な……それでいてホッとした気持ちに「でも―― 」なりかけた時にその声は聞こえてきた。

 「覇を唱え、大陸全土を制するこの曹孟徳の野望! 見抜いたか、予見したか……本当に知っていたか。ふふ、彼が未来を知っているのならば手元に置いておく価値はあるでしょう」

 「華琳さま、それは………………! いえ、この夏侯淵妙才どこまでも着いて行きます」

 「そう、頼りにしているわ」

 幼い頃からの付き合いがある二人。主従の関係ではあるが時に友として、時に家族として過ごした。夢を語り合った事は数あれど大陸を制覇すると彼女が直接語るのを耳にしたことは一度も無い。漢王朝への忠義を著しく欠き叛意有りとも取られかねない言葉だが、夏侯淵にとって待ち望んでいた言葉だったのかもしれない。

 「華琳さま。その決意があるのならば、今後はあのような真似は今後お控えください」

 夏侯淵の諫言と取れる言葉に「あのような真似?」と曹操は軽く考えるそぶりを見せる。

 「ケ艾のことです。間者の疑いの掛かっている者に対して、いささか無用心かと……」

 「ああ。でも、あれだけ素直に殺気をぶつけてくる間者はいないと思うけど。もしケ艾がわたしの命を狙う刺客だとしたら…………相当な無能ね」

 「しかし、間者では無いにしても華琳さまに危害を加えようとしたワケですから。危険な人物には変わりありません。ケ艾を挑発し返した時には肝を冷やしました……」

 一刀が止めに入らなかったらどうなっていたか分からない。夏侯惇戦での実力が三味線を弾いたもので無いならば彼女を殺害……もしくは制圧はできただろう。だが彼女は未知数の部分が多く、しかもあの場で見せた殺気。アレに幼い少女には不似合いなほどの凄みがあった。

 「ふふ。最近はわたしに直接に喧嘩を売ってくる命知らずがいないものだから、興奮しちゃたのよ。秋蘭は覚えているかしらね」

 「昔、ですか……?」

 「ええ。麗羽たちと一緒になって喧嘩三昧。あの頃はいろんな子たちに喧嘩を売られては買っての繰り返し。大人たちに嘘をついて驚かせたり、可愛い娘がいたら、恋人からむりやり寝取ったりと……悪童の通り名が懐かしいわね」

 「ええ、わたしや姉者も華琳さまの戦いに良くお付き合いしていましたから」

 「……思い出したら、興奮してきたわ。秋蘭、春蘭を連れてわたしの閨に来なさい」

 「――! はい、喜んで」

 閨に来なさい。その言葉で夏侯淵のクールな表情は一瞬で崩れた。主従の関係。刺史と武将、家柄による立場、そして、肉体的な交わり。スカートのしたから伸びる白く美しい御御足が否が応でも目に留まる。処女雪のように清らかな白い肌、そこから醸し出されるは芳醇な雌の香り。すぐに訪れるであろう肉欲の喜びに理性が吹っ飛びそうになる。そんな彼女の思考を遮断するかのごとく「ねえ―― 」と言葉が投げかけられた。

 「秋蘭は一刀たちの配置をどこにするのか考えてあるの?」

 いけない、わたしとしたことが、と心の中で呟いて配置をどこにするのかを考える。ケ艾……まだ疑念がのこる人物なのは間違いない。華琳さまに近くなく、彼女の特性が生かせる事は……。

 「……そうですね。現在、補給部隊の人員が不足しております。ケ艾にはそこの監査官の任を割り振ろうかと」

 「妥当な配置ね。計算も相当得意な様だし、それで良いでしょう。で、一刀の配置はどうするの」

 北郷の特性…………うむ、む?

 「北郷は…………………………………………その、雑用係くらいしか」

 「そう、妥当な配置ね」

 

 「なんじゃこりゃあああぁぁぁあああーーーーーー!」

 部屋に戻った一刀。開口一番、コーヒー好き探偵よろしく雄たけびをあげる。ケ艾が「あのぉ、鏡で顔を見たほうがいいですよ」と言うので備え付けの鏡を覗き込んだのだが、なぜかア●パンマンがいてさあ大変。いや、アン●ンマンはさすがに言い過ぎたか。それでも普段から見慣れた顔よりも1.3倍ぐらいの輪郭がそこにはあったワケで。我が顔ながら微妙に気持ち悪いです。

 「やっぱり、気が付いてなかったんですね」

 そう言えば『ところで北郷。その顔は…………いや、急ぐぞ』って。いやいや、あそこで指摘してくれよ夏侯淵先輩! ずっとこの微妙に気持ち悪い顔でみんなと話していたとは……この顔でどやぁ!とかやってたのか…………はずかちゅい。ベッドの上で恥かしローリングをしていると、そこに「……はあ。何をやってるんですか」と上から覗き込むような形でケ艾がこちらを見下ろしてくる。

 「そのままだと、また不審者扱いされますよ。治療するのでそのまま横になってください」

 「え、ケ艾ちゃんって医療の心得もあるの?」

 「心得というほど立派なものではないのですけど、昔、その手のお医者さまに教えていただいた程度のモノです」

 あれ、この時代の医学ってかなり高度な技術だって習ったような……数学も俺より全然出来たし。この子……実はスゴイ出来る子?

 「では、絶対に動かないでくださいね。手元が狂うと本当に危ないので」

 ―― キュピーンという様な効果音と共に彼女の手に細長い突起物が現れた。なにアレ? どこから出したの……いや、治療っていうから救急箱みたいが出てくると思っていたわけでして。

 「あの、ケ艾さん……その手に持っているモノはナンでしょうか? 僕には刺さったらすごーく痛いモノにみえるんですけど……」

 「鍼灸をご存知ないのですか。 正しい手順で行えば痛くないハズですから。 あ、もうしゃべらないでください。 では……」

 「………………………っ!」

 ― プスッ!プスッ!プスッ!プスッ!プスッ!プスッ!(く、くすぐったい………っ!)プスッ!プスッ! ―

 「はい、まだ動いちゃダメですよ。 ここからが本番ですから……」

 多少チクチクしたが針の感触を感じるほどではなかった。顔中に針が刺さったまま、ベッドごしにケ艾を見あげると「すうぅーーーー……」と深呼吸をする姿が。流れるような動作で両手を合わせて合掌……光? 気のせいだろうか彼女の手から光と熱を感じたような気がしたその時……!

 

 「我が身、我が鍼と一つなりいぃぃいいーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 

 「一鍼同体!全力全快!病魔覆滅ーーーーーーーーーーーーーーーーっつう!」

 

 「痛いの痛いのー、飛んでいけえええぇぇえええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 

 「…………なっ!?」

 一瞬だけの熱量。熱いと感じさせる間もなくすぐに消えた針の先の温度が妙に冷たく感じられた。生まれたはじめて体験する鍼灸は、熱く、熱く、そして(ケ艾ちゃんが)熱かったと一刀は後に語ったと言う。彼女は額に薄く浮かんだ汗を手で拭い、一刀の顔に刺さった針を一本ずつ丁寧に抜いていく。どうやらこれで終わりみたいだ。

 「……ふうっ、治療は終わりました。 明日の朝までには顔の腫れは引くと思いますから」

 「ああ。それにしても鍼灸って凄いんだな。残っていた痛みが消えた気がする……これが中国の神秘ってやつか」

 「あのぉ……それは気のせいかと思いますけど。わたしの鍼灸は見よう見真似の自己流みたいなモノですから」

 「え、そうなの。それにしちゃあ本格的だったと思うよ。特にあの掛け声なんか気合入りまくりで凄いかっこよかったし」

 「う…………あ、安静に! 今日はもう安静にするように! あの掛け声は忘れてください!」

 「――? 本当にありがとうな。でも、最後の痛いの痛いの飛んでいけー、は良かったなぁ。あんなの小さいころにお袋に言ってもらったきりだし。…………もう一回言ってくれないかな、ママ」

 「……はわわっ! だ、誰が??ですかぁーーーー!」

 

 

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 それは遥か昔の大陸の歴史の物語。さまざまな運命が巡り会い重なり合う英雄たちによる壮大な演戯。

 

 「むにゃ…………ちぃたちの歌で大陸を……取るわよぉ……」

 「あはぁ……お客さんがいっぱいだあ〜…………みんな大好き……ふにゃ」

 「ああ、姉さんたち……これ以上の無駄遣いは。ううぅー……うぅぅうう」

 ―― 物語を動かす最初の演戯者。演戯曲を唄う者たち。

 

 「月、まだ起きてたの! ここの所ずっと徹夜してるんじゃない。……もういいから後は僕にまかせて月は―― 」

 「わたしも詠ちゃんが休んでいる所を最近見ていません。わたしに休めと言うなら詠ちゃんだって……」

 「――っ! アイツらのせいで……何で月がこんな目にあわなきゃならないのよ!……っ、僕があんな話に乗ったせいで……ちくしょう!」

 ―― 絶対悪として舞台を彩る演戯者。憎まれることで主役に光を与える者たち。

 

 「何故ですの!? あんな田舎者の小娘が相国に……ありえませんわ! 四代に渡って三公を輩出した華麗なる家系……この袁紹本初を差し置いて。まったく、都の役人たちは頭がおかしいんじゃありませんの!?」

 「ちょ――っ! 麗羽さま声が大きいですよ……、宮廷の中でそんな大声を出したら聞こえてしまうではありませんかー……」

 「あらあら、何を分かりきったこと。わたくしは、聞・こ・え・る・よ・う・に言っているのですから! さあ、真直さんもご一緒に! 相国にふさわしいのは、この袁・紹・本・初に他なりませんわ! おーーーーほっほっほっほ!」

 「うう…………やはり、斗詩に変わってもらうべきでした」

 ―― 好敵手として舞台を飾る演戯者。敵として、そして味方として最高の見せ場を作りし者たち。

 

 舞台を盛り上げるさまざまな演戯者たち。そして、二枚目の幕が上がり舞台の主役たちが踊る出ようとする。

 

 「大殿! 先ほど汝南から使者が届きました。夜も更けておりますゆえ明日にと言ったのですが―― 」

 「良い。どうせ、あの小娘のことじゃ。行かんで癇癪を起されたら煩くてたまらん」

 「……癇癪。蓮華さまたちの事が無ければ……江東の虎はこんな所で」

 「さえずるな。行くぞ! 雪蓮のやつをたたき起こせ! 出陣する!」

 

 「愛紗、鈴々はおなかが空いたのだー」

 「もう少しだ。もう少しで例の方に会えるというのにここで休んでいられるか。もう少しだから頑張れ、鈴々」

 「ええー……、もう疲れたのだー…」

 

 「小蓮さま、まだ起きるてらしたのですか。こんな時間に何を?」

 「――流れ星。流れ星を探していたの」

 「流れ星ですか」

 「うん! 流れ星に願い事をすると叶うんだって。だから早くみんなで一緒に暮らせますようにって……ね」

 ――満を持して登場する花形演舞者。上手下手から続々と集まる主役たち。

 

 「徐晃殿こんな時間にどちらまで?」

 「……………………楊県の方、…………実家に帰る…………じゃあ」

 「はあ、お気をつけて……あれ? 方向が違うような気が」

 ――出番を間違える演舞者もいる。即興芝居は舞台に何をもたらすか。

 

 そして―

 

 「北郷さんは調子に乗りすぎです。そんなに??が良いなら、??直伝のきっつーいお説教してあげますよ! コラ、逃げるな!」

 「ひええぇぇえええ! ゴメンなさーーーーい」

 ――配役に無かった演舞者たち。彼らは…………一体、どんな舞台を見せてくれるのか。

 

 ココは望まれた外史(世界)なのか。ここは望まれぬ外史(世界)なのか。

 さあ。いよいよ新しい外史の本幕が開きます。

 どうか、あなたの望む世界でありますように。どうか、アナタの望む外史でありますように。

 

 

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 【人物・用語・解説】

 

 【ドキッ☆乙女(美少女)だらけの三国志(演戯)】

 恋姫無双シリーズの無印版のサブタイトルのオマージュ。発売当初はネタゲー扱いされていたが、歴史関連を上手く絡めたシナリオとネタでじわじわと人気を上げ、現在では史実介入型TS物の代名詞に。

 

 【七星餓狼】

 春蘭の愛刀。曹操が董卓を暗殺しようとした時に使ったとされる七星剣がモチーフだと思われる。なお曹操の七星剣は春蘭のように身の丈ほどの長さのある武器では無く短刀だったらしい。

 

 【……婆ちゃんが川岸で手を振っていた気がした】

 一刀くん、それは三途の川よ! この世に未練がある方は渡らないことをお勧めします。

 

 【そこは十八歳以上の意地で全ての回答欄を埋めてやった】

 この物語に登場する人物はすべて十八歳以上です。う〜ん……日本の表現の自由は素晴しい。

 

 【盲文】

 もうぶんと読む。読み書きが出来ない人の事。日本ではほとんど使われない言葉だが中国では割と一般的に使われる。差別用語として受け取られることもあるのであまり使わないほうが良いと思われる。

 

 【連座刑】

 刑罰の対象を罪人とかかわりがある人物にまで広げる今では考えられない処罰法。俗に言う、一族皆殺しと言うヤツですな。

 

 【棒百叩きの刑】

 その名の通り、棒で身体を百回打ちつける刑罰。死刑では無いが大抵の人は三十も打たれればに絶命したらしい。

 

 【どやっ!】心の中でドヤ顔をしている表現。元ネタは愛の義侠人ですぞ。どーん!

 

 【大陸の歴史家たちの評価を元に書かれた漫画っていう本】

 横山光輝先生の三国志の事です。大体の人は横山版三国志か吉川版三国志でこちらの道に入る。

 

 【御御足】

  おみあしと読む。華琳さまの御御足大好きです!華琳さまの太もも大好きです!お尻やおっぱいなど飾りですよ。

 

説明
【導入編最後のお話です】
ついに一刀の未来の知識が炸裂!……するかも。
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コメント
今回も支援&コメありがとうございます。何やら『ぼくのたどったさんごくしへんれき』で盛り上がっているようで。トマトは横山三国志(小学校時代)→恋姫シリーズ→横山(再)&吉川三国志&柴田英雄三国志→スリーキングダムと実質的に恋姫からハマったような形ですね。06話の下書きが出来ました。6日後(11月1日)ぐらいまでには投稿したいと思います。(koiwaitomato)
私はコーエーの三国志→三国志演義→吉川三国志→横山三国志という順番でした。とりあえず今後の一刀とケ艾の活躍に期待します。(mokiti1976-2010)
正史三国志→脚色加えたもの→三国志演義→脚色加えたもの→吉川英治三国志(三国志演義)→脚色を加えたもの→横山三国志(IFZ)
まぁ横山三国志は嘘だらけなわけだが(白黒)
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真・恋姫無双 新約外史演義 華淋 秋蘭 北郷一刀 ケ艾 

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