義輝記 別伝 その九 前編
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【 提案 の件 】

 

? 日ノ本 畿内 飯盛山城内 にて ?

 

 

────まだ、義輝様や光秀、そして俺達が大陸に渡る前の話だ。

 

俺が仕えし足利家が、天下統一を果たし戦乱が鎮まった。 

 

戦に駆り出された人馬は共に悦び、民や百姓は安堵したのだが、戦乱で荒れた田畑や建物、人心が安定しない。 なんたって、百年近く続いた戦乱の世だ。 そう簡単に生活が楽になるわけがないのだ。

 

そんな事で、比較的に余裕がある俺が自国に近い国々を廻り、その国の当主と相談しながら、復興の手伝いを行っていた。

 

ーー

 

「………………さて、今日こそ! 一存から一本奪うぞ!」

 

ーー

 

この時は、畿内に勢力を誇る三好家へ寄宿し、政務や軍務を手伝っていた。

 

まあ、そもそも三好家は、『とある理由』で早々と足利家の傘下に加わった家なので、俺も政務や軍務で顔を見せている。 

 

だからこそ、それだけ打ち解けるのも早く、こうして親友とも言えるアイツが待つ道場に向かう。

 

─────三好家当主、三好長慶の実弟、十河一存。

 

鬼十河と云われる勇猛果敢な武人であり、その剛毅果断な性格。 長慶殿を助けて、三好家の戦闘では常に先陣を走る勇将。

 

早い話が………『脳筋』だ。

 

なんでも、南蛮神教を教える宣教師の話では、一存みたいな人物を海の向こうでは、そう呼ぶらしい。 意味は判らないが納得して、人に説明する時は、そう伝えている。 本人は……かなり嫌がっているけど。

 

まあ、一存の事はどうでもいい。

 

確かに、今日は俺が休みであり、一存に頼んで稽古を付けてくれるように頼んだのも俺である。 

 

それに、他家の者でありながら、重臣として席に置く友人を顎で使い、わざわざ道場に呼びよせた俺が、どうでもいいなど言うのは失礼だ。 

 

たが、やはり………どうでもいい話だ。

 

何故なら、俺の前方から歩いて来るのは、松永久秀殿。 

 

三好家の家宰を司る……正直苦手な御仁であり、避けたりすると後が大変。 散々皮肉混じりの言葉を俺に浴びせてくるだろう。 

 

ちなみに一存も毛嫌いしているが、姉である長慶殿にとっては懐刀でもある。 ここは、普段通りに行くしかない。

 

ーー

 

「これは颯馬殿、本日はお日柄も良く───」

 

「久秀殿も、ご健勝で何より………」

 

ーー

 

これは、建前上の挨拶。 

 

久秀殿の裏の顔は極少数の者しか知らない。 だから、普段の口調は、この様な固い挨拶になる。 

 

しかし、他に誰も居ないと判れば、久秀殿の口調は一変して変わるのだ。

 

ーー

 

「────さてと、周辺には誰も居ないようね。 ふふふ………」 

 

「………何を行うつもりですか、久秀殿?」

 

ーー

 

内政、外交、謀略等に力を発揮し、天下統一の為に様々な活躍をされた立て役者の一人。 日常に戻れば、名高き数奇者と署名であり、数多くの文化人と交流を持つ茶人でもある。 

 

しかし、裏の顔も壮絶な物で、好みの人物と見れば『玩具』と称し躾を行い、自分に絶対の忠誠を尽くすように調教を行う。 その手管は正に熟練者

で、かなり昔だが……俺も目を付けられ散々やられた口だから理解できる。

 

じゃあ、俺は調教されたのかと言えば、そうではない。 

 

一度、久秀殿を狙う暗殺者が部屋に入り込み、調教中である久秀を殺害しようとしたのだが、俺が身を挺して庇い苦境を救った事があり、それ以来は行わなくなった。 

 

諦めてくれて嬉しいのだが、何故か……会う度に笑顔を向けて俺の事を凝視するので、内心ではビクビクしている次第である。

 

ーー

 

「颯馬…………久秀と知恵比べをしない?」

 

「…………はっ?」

 

「ふふ、久秀と颯馬が知恵比べするの。 簡単な事でしょ?」

 

「久秀殿、どういう内容かは────」

 

ーー

 

辺りを見回しながら、久秀殿が何時もの口調に戻り提案をしてくる。 

 

久秀殿が問題を出して、俺は解くだけでいいのなら、喜んで受けるつもりだ。 博識な御仁であるから、さぞかし俺の興味を引く物を用意してくれるだろうと予測できる。

 

だが、余りに簡単すぎる内容を示されれば、此方は警戒の念を強まざる得ない。 俺は詳細を尋ねようとするのだが、久秀殿は一笑し俺に背を向けて歩き出す。 

 

だが、その背から聞こえる声は、俺に次の行き先を伝える。

 

ーー 

 

「………このまま道場に行き、そこで待って居る人物に尋ねれば判るわ」 

 

「……………は?」

 

「残念だけど、これ以上は教えられないの。 百聞は一見に如かずだからね。 久秀も忙しい身なので、これで失礼」

 

「…………あっ……」

 

ーー

 

そう言って、久秀殿は薄紫の髪を棚引かせて俺から立ち去った。  

 

一瞬、理解が出来なかったが、俺は急いで道場に向かう! 何故なら俺が待たせている相手も、ちょうど道場に居るんだ! 俺が道場に度々行く事を知った久秀殿が、何かしら手を打ったに違いない!

 

あそこには、十河一存が居るのだ! 

 

彼奴の事だから、大概の危機は何とかできると思うが、相手は久秀殿───どの様な搦手を使ってくるか判らない! 暗殺、毒殺、もしかしたら……もっと陰惨な手でぇ!!

 

だから、俺は道場に急いだ! 廊下に足音が響くのも構わず、道場に向かい走り続け向かっていった!   

 

 

◆◇◆

 

 

【 鬼十河 の件 】

 

? 飯盛山城内 道場 にて ?

 

 

────道場に急いで上がると、そこには……道場の真ん中で、頭を抱えた鬼が唸り声を上げて踞って居る。 

 

俺は慌てて駆け付け声を掛けた! 

 

ーー

 

「うっ、うぅうううううっ」

 

「か、一存! いったい、どうしたんだぁ!?」

 

ーー

 

くそっ! 既に久秀殿の手の者が既に……一存に手を掛けたか!

 

まさか、こんな白昼堂々仕掛けて来るとは! 

 

俺は慌てて一存の容態を確認しようとすると、一存の苦痛に満ちた顔が上がり…………俺を見ると逆に破顔して叫んだ!

 

ーー

 

「────や、やっと来てくれたか! 俺の心の友よぉおおお!!」

 

「………………」

 

ーー

 

いや、普段は馬鹿ばっかり言い合っている奴が、突然こんな事を言い出せば頭を疑うよ? 俺の姿を見て涙を流さんばかりに喜んで近付き、似合わない言葉を掛ける友『十河一存』を……ね。 

 

だけど、鬼十河の勇名馳せてる程の荒武者なんだけど、そんな一存が何に怯えて、こんな状態になっているの理解が出来ない。

 

しかも、一存は久秀殿と犬猿の仲という事は家中で有名な事実。 それなのに、久秀殿の使いみたいな真似を何でしているのか?

 

ーー

 

「久秀殿から、何か言伝てを預かっていないか?」

 

「───────そ、そうだった! 颯馬、今から案内する場所に来てくれ!」

 

「ん? 稽古は、どうするんだ?」

 

「俺が大変な目に遇おうとするのに、稽古なんて後だ! 事情は歩きながら説明する! 頼む、一生の願いだ! 俺に付いて来てくれ!!」

 

ーー

 

そう言って俺の腕を引っ張り、急いで城下町へと向かうのだった。

 

ちなみに一存からの『一生のお願い』は、俺が知り合ってから『四回目』だ。 割りと軽い願い事だろうと、独りごちた。 

 

 

★☆☆

 

? 飯盛山城内 城下町 にて ?

 

体力馬鹿の一存に小走りで連れられて来たのが、賑やかな城下町の一角。

 

人の往来も激しく、三好家の治世が行き届いている事が一目瞭然に理解できる。 足利家の城下町も賑やかだが、此処には負ける。 流石は三好家というべきだろう。 

 

一存に連れられ俺達が付いた場所は、かなりの立派な門構えの店だった。 

 

金銀の色が日の光りを受け輝き、高そうな茶器、唐物、古物が店内に所狭しと並べられていた。 値札をチラリと見たが、店先に出してある品物の値段が、俺の普段飲み食いする金の何十倍もある。 

 

そんな物が平気で店先で並べられている理由が判らない。 店先なら手を伸ばせば、簡単に盗れるだろうに。 そんな事を思っていたら、店の奥より鋭い視線を俺に見せる者が居る。

 

その店内には、俺より背丈や恰幅が遥かに良さそうな親父が、腕組みして俺達に顔を向けて嗤っている。 

 

『ぐふふふっ』って………完全に人を見下した態度じゃないか!? しかも、俺はともかく、三好家当主の実弟が此処に居るのに、その態度は何だよ!

 

店主は一笑した後に数人の店子へ命令しながら俺達、いや……俺の顔を穴を開けようとするかの如く、ジイィ……と見られていた。 

 

ーー

 

「うっし……っと、着いたな! 確か………言われた場所、此処で良い筈なんだが………(・д・ = ・д・) 」

 

「………………ゼェ、ゼェェ! ハァ、ハァ……」

 

「う〜ん? おいおい……このくらいの事で息を乱すなんて、手練が足りないぞ? 明日からは、もっと鍛練しないとな!」

 

ーー

 

城から四半刻は掛かる城下町を強引に連れて来られて、俺は息も絶え絶えで既に疲れた。 それなのに、この体力馬鹿は息一つ乱れず、俺へ自慢げに説明をするが、正直……頭に入らない。 

 

この男と長慶殿が、実の姉弟というのが信じられん。

 

それに、説明はどうした!? 

 

道を行く際に伝えると聞いたが、何も聞いていないぞ!? 困っているのなら早く説明しやがれぇ!!

 

ーー

 

「せ、説明っ! 説明し、しろっ!!」

 

「おぉぉ、すまん! すぐ説明するから! あれは昨晩の事で…………」

 

ーー

 

一存は勿体ぶりながら、その当時の様子を俺に話した。

 

★☆★

 

 

昨夜、酒が呑みたくなって城下町へ降り、酒屋に入ったんだ。 

 

城にも備蓄してあったんだが…………備蓄の量が極端に下がると姉さんがうるさいんだよ。 自分はザルなのに……い、いやっ! 何でもないっ!!

 

ーー

 

『プハァ〜! やっぱ、酒は命の水だね! 颯馬の奴も連れて来たかったけど、何やら仕事が大変そうだし……代わりに俺が呑んでやらないとな! おやじ、もう一本付けてくれ!』

 

『あいよ!』

 

ーー

 

あぁ〜〜、何杯呑んだかは……覚えてねぇよ。 

 

颯馬の分まで呑んでやるって意気込んだからな。 普段より多かっ………な、なんだよ? 颯馬の代わりに俺が楽しんでやったから、恨まれる覚えなんかない筈だぜ。 寧ろ、感謝して貰いたいな。

 

ま、まあ! いいじゃないか! その後、その後だ!

 

俺が楽しく呑み終わり、勘定して帰ろうとしたんだよ。

 

ーー

 

『………だいぶ、呑んだな。 そろそろ勘定を………あ、あれ? な、無いッ!? さ、財布が……………………!?』

 

『ご機嫌なとこ、すみませんねぇ。 そろそろ店仕舞いを……』

 

『あ、いや………す、少しだけ待ってくれ! (ま、不味いぃぃ……! 部屋の中に財布を置き忘れたぁぁぁ!!)』

 

『お客さん、こっちも商売なんで。 そろそろ勘定払って帰って貰えねぇかな? まさか………これだけ呑んで払う銭がねえ……なんて言わないわよなあ〜!?』

 

『た、頼む! 今、連れが来るから…………あっ!!』 

 

ーー

 

これは………天命だと思ったよ。 誰か来ないかと外を見ていたら居たんだ。

 

あぁ、言いたい事を判る。 俺は……嫌っているさ。 心底嫌っているよ!

 

彼奴は三好家に、姉さんに、何か企んでるじゃねえかって、今でもな! 

 

だけど、昔の偉い奴が良い事を言ったんだ。 ん? これって、公私は別々にしろって意味だったんだろう? 至極、名言じゃねえか!

 

 

この言葉────《 それはそれ、これはこれ 》って! 

 

 

だから、俺は外を通る彼奴に───────

 

ーー

 

『……………おっ、おい!』

 

『………………一存……様?』

 

『────た、頼む! 金、貸してくれっ!!』

 

ーー

 

俺は……自分の矜持より今の状況を優先させ、あの松永久秀の前に飛び出し、日頃から鍛えていた土下座を披露してやったのさ。

 

姉さん以外の前で行うなんて、初めてだが……あんなに綺麗に決まるとは思わなかったぜ。 だってよ、彼奴があんな唖然とする顔をするとは……な。

 

だか、そのお蔭で、俺は難局を逃れきる事に成功したんだ。

 

★☆★

 

ドヤ顔で語る一存を一瞥して、俺は自分の頭の中で整理した。 

 

…………ふ〜ん。 

 

部屋に財布を忘れて、危うく無銭飲食になりそうなところを、偶々近くを歩いていた久秀殿が目に付いて銭を借りたと。 

 

そして、金を貸す条件に俺を此処へ呼び寄せ、一存が案内と説明する役を引き受けた……という事か。 

 

それは、弱味を握られ久秀殿の掌で踊らされたと言うじゃないか? それに気付いていないのか、この脳筋は!

 

俺がジト目で睨んでやると、慌てて言い訳を始めた鬼十河。 

 

ーー

 

「し、仕方がなかったんだ! 彼処で鬼十河が無銭飲食したなんて噂されるば、間違いなく姉さんに説教を食らわせられるんだぜ!? 下手すれば、合わせて一週間の禁酒も! そうなれば、俺の生きて行く甲斐無しだ!!」

 

「絶対、また何かで取引されるのが判っているじゃないか。 それなら、正直に打ち明けて、長慶殿から叱られた方が良かった───」

 

「それを言うなぁ! だいたい……俺だってな! 自分の秘密を担保にまでして、妖怪へ預けるような真似した事、俺は今……猛烈に後悔してるんだ!!」

 

ーー

 

そんな折、後ろから聞き覚えがある声が……………

 

ーー

 

「…………まあ、こんな貧弱な乙女を妖怪扱いとは、実に酷い話だと思いませんか? この久秀が慈悲の心を持って代金を融通したのに………この扱いとは」

 

「「 ────えっ? 」」

 

ーー

 

それは今朝方、廊下で会話した声であるともに、たぶん………一存が金を無心した人物。

 

しかも…………恐怖は、それだけでは無い。

 

一存が一番………聞きたくなかった声が、怒りを含む低音で聞こえて来た。

 

ーー

 

「……………まったくだ。 酒を際限なく食らう弟の身を案じる姉を謀り、更に自分の窮地を救ってくれた恩人へ、感謝の言葉どころか罵るとは、実に嘆かわしい真似だな、一存?」

 

「ね、ねね、ねねぇ………姉さんっ!?」

 

「仕事で部屋に籠っていたら、町への視察も大事な仕事と、こうして久秀が誘ってくれたんだ」 

 

「久秀が……お連れしたのですわ。 幾ら政務があるとは言え、何日も部屋に籠りきりでは、お身体を害してしまいますから」

 

「ふっ………『義輝公が日ノ本から戦火を鎮め、民達が復興で汗を流し、平和を育む様子を人伝で聞いて済ますとは何事ですか! 為政者として自分の目で御確認されるべき』と……私に進言した者とは思えぬ言葉だ……」

 

「こうでも申し上げねば、長慶様は聞き入れられませんので………」

 

「全く………私には過ぎたる臣だと、つくづく思っているよ」

 

ーー

 

三好家家宰───『松永久秀』殿

 

十河一存の実姉にして、三好家当主───『三好長慶』殿

 

その二人が、俺達に視線を向けている。 俺は客将だから責任は無いに等しいのだが、一存はモロに関係者であり当事者。 

 

当然だが、顔が真っ青に変わり口から言葉が漏れる。

 

ーー

 

「だ、だから、おおお俺はぁ────」

 

「それなのに、実の弟が陰で恩人の悪口を言うなどと、なんたる情け知らずの事を! 一存、お前は罰として一ヶ月の禁酒だ。 勿論、私からの説教が付いている。 嬉しいだろう、お前が大好きな説教だからな!」

 

「あっは、はは、ははは……………」

 

ーー

 

俺は唖然として見ているだけしかない。

 

久秀殿が何か企んでいるのは理解できていたが、まさか……一存までにも仕掛けていたとは思っていなかった。 うん、鬼の目にも涙か。 一存が涙を流すのを始めて見たよ。 しかも、笑いながらとは。

 

俺は心の中で一存に向け、合掌するのが精一杯だった。

 

 

◆◇◆

 

【 誤算 の件 】

 

? 飯盛山城内 城下町 にて ?

 

 

その後、道の端っこで大勢の領民が集り人垣が出来た。

 

原因は言わずと知れず………長慶殿と一存。

 

ーー

 

「いいか、一存。 お前は鬼と異名を称される武人だ。 三好家にとっても日ノ本にとっても稀有的な存在。 私としても姉として鼻が高い。 だが、武ばかり高め、人としての道徳を蔑ろにして、皆が付いて来るのか!」

 

「……………………ごめん、姉さん」

 

「馬鹿者! ここは衆目に晒されている場所だ! こういう場所こそ目上を尊び、言葉使いを正して────」

 

ーー

 

長身を縮こませ綺麗な正座を行う一存。

 

その弟の身体を心配して、酒の飲み過ぎと害悪、そして金の貸し借りの大事さ、恩義に対する礼儀とは何なのかを、熱心に説明する長慶殿。

 

この長慶殿達の説教が、格好の見世物として人垣が出来るほど賑わっているからだ。 

 

説教を行うのなら、城に戻ってからすればいいと思うのだが、これも一存の教育だけではなく、領民に知らしめる目的も含んでいると……俺は見ている。

 

三好家の当主が理路整然と説教をかまし、勇猛名高い将へが頭を下げて平伏叩頭する姿は、実に上下関係を理解しやすい。 また、この様な稀有な話なら人の口から噂が飛び交い、三好長慶の好感度が上がる。 

 

上下関係がハッキリとしている国は、下が上を認め上が下を慈しむ。 言わば下剋上が無いために、それだけ戦乱が起こる確率が遠ざかるからだ。 それは安定した領国経営、安心できる領主との風評を呼び込める。

 

俺がそんな事を考えていたら、一存が人垣の隙間から俺の顔を判断すると、説教の最中に顔を向け、目で訴えてきた。

 

ーー

 

『颯馬、頼む! 助けてくれ!!』

 

『…………自分の尻拭いは自分でしてくれ』

 

『ま、まさか………俺が誘わなかった事を恨んで……』

 

『別に……恨んではいないよ。 酒を呑みに行くなら、一言でも俺に声を掛けてくればいいのに……なんて考えてもいないさ。 今の俺は三好家の客将だから。 口を挟むのを……憚れただけだ』

 

『後生だ! 頼む、颯馬っ!』

 

『……………だけど、そうだね。 あえて言えば……俺を誘わず一人で酒を呑みに行った、君が悪いのだよ、一存。 そう、君が……ね』

 

『そ、颯馬ぁぁぁぁぁッ!!』

 

『君の生まれの不幸を呪うがいい』

 

ーー

 

そんな言葉のやり取りを一瞬で行ったような気がするが、事実、俺には長慶殿の説教に口を挟む余裕などない。 俺は一存へ『悪いな』と片手拝みで謝ると、絶望した顔となり大人しく説教を受けていた。 

 

俺も俺で対応に忙しい身なんだ。 

 

別の大役が待って───

 

ーー

 

「ねぇ! 颯馬、聞いてるの!?」

 

「─────は、はいはい、聞いてます聞いてます! 一存の事でしょう?」

 

ーー

 

横から久秀殿から怒鳴られた。 

 

そう、俺は俺で……久秀の不満を総身で受け止めていたのだ。

 

因みに、今の久秀殿は町娘の姿に変えている。 城に住まう三好家の重臣が普段着で出て来たら、直ぐにバレて大変だからだ。 

 

特に、久秀殿に恨みを持つ者も多いゆえ、これくらいの用心は必要。 それに、普段の城中での喋りを止めて素で俺に話すため、松永久秀だと知って反応する者は居ない。 

 

一応、警戒しなければならない長慶殿や一存も、説教でそれどころではないし、領民達の目も長慶様達に釘付け。 うん、大丈夫だ。

 

ーー

 

「どう考えたって、久秀は悪くないの!」

 

「ごもっともで………」

 

「久秀の悪口を堂々と本人の前で語る、馬鹿が悪いのよ!」 

 

「…………その通りで」

 

「そもそも! 親切で貸してあげたのに、どうして要らぬ心配なんかして、わざわざ久秀を怒らすのよ! まったく……もう、信じらないっ!!」

 

「……………」

 

ーー

 

……………まさか、久秀殿の日頃の行い、とは言えず押し黙る。 

 

俺だって久秀殿が本音を語るまで、親切心で貸したとは信じてなかった。

 

だって、あの………久秀殿だぞ? 

 

乱世の梟雄なんて噂されている人から、親切心なんて言葉を言われると返答に困るんだ。 普通は『何かしら下心あるんだろう?』って、考える筈。

 

実際、色々とやってるしな。

 

───だけど、今回は違う。

 

偶然、飲み屋の側を通り掛かり一存に呼び止められた、と。

 

そして、事情を聞いて仏心(?)が動いた(??)と言って貸したそうだ。

 

一存に俺を呼ぶよう頼んだのは、俺と付き合いがいいから呼び寄せるには最適だったという事。 それに、何かしら用事を頼めば、変に貸し借りを気にしないだろうとの、久秀殿の配慮だったそうだ。

 

…………だが、待てよ?

 

これぞ久秀殿の真骨頂かも知れない。 善意で発した言葉も深読みされて、相手が勝手に自滅していく。 正に生まれついての謀将。

 

松永久秀……なんて恐ろしい娘(こ)!  

 

 

★☆☆

 

 

あれから四半刻して、俺は解放された。 

 

まあ、あれほど俺に言いたい放題しまくったんだから、機嫌が良くなってくれないと困る。 まだ、試合とやらの話も聞いていないのだし。 

 

それから俺より離れた後、何時もの久秀殿に戻ると、長慶殿へ近寄り一存の説教を止めに入る。 勘違いしないで貰いたいが、一存を心配しているんじゃなくて、ただ話が進まないからだ。  

 

ーー

 

「……………長慶様、申し訳ありません。 今は、そこまでに」 

 

「────っと、そうか。 では、今は収めておこう」

 

「…………はぁ〜、助かったぁぁぁぁぁ〜〜〜!」

 

ーー

 

久秀殿が長慶殿に申し入れると、長慶殿の説教が終わる。 

 

まるで青菜が萎(しな)びた様な顔をした一存が、今は一気に眩いばかりの笑顔で喜んでいた。 また、後で苦しむのだが、わざわざ教えてやる……ゲフン、そんな哀れな事したくないから、黙っているけど。

 

ーー

 

「先程、久秀が御相談した件を颯馬に試したいのですが」

 

「判った、ならば立会人が必要だったな。 私と一存が立会人となり見届けよう。 双方不正は一切無しだ。 もし、不正があれば、その時点で負けとする。 それでいいのだな………久秀?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

ーー

 

二人は笑顔で語り合うが、俺には何の話か判らない。 

 

ただ、予想がつくのは廊下で出会った際に言われた勝負の件。 俺は内容も聞いていないし、そもそもやるとも言っていない。

 

俺は一存に詰め寄り、その事を詰問すると……さも仕方なさそうに語る。 

 

ーー

 

「……………あちゃ〜、俺が颯馬に話す前に決まっちゃたか………」

 

「おいっ! まだ、他に隠していた事があったのか!?」

 

「隠してなんかねぇ! 姉さんに連れて行かれて説明する暇が無かっただけだ。 誰かさんが俺を助けてくれれば、話せたかもしれないのに……」

 

ーー

 

さっきの仕返しのつもりか、俺をドヤ顔で見る一存。 だか、俺は軍師だぞ? お前が行う悪足掻きに引っ掛かるほど甘くない。

 

それに謀というのは、常に二手三手先を読んで行うものなんだ。 そんな付け焼き刃など、直ぐに剥がれてしまう。

 

俺は長慶殿に、一存から説明を受けていない事情を説明した。 多少の憶測が入るが、誤差は僅かなので事実無根までは無い。 

 

ーー

 

「長慶殿、実は一存から話を未だに聞いておりません。 これでは双方に行き違いが生じ、正当な勝負にならないかと」

 

「…………なんだ……と!」 

 

「もともと、この勝負は久秀殿からの提案。 ならば、天の時、地の利、人の和は、三好家にあると言えます。 そんな中で何も知らぬ私が勝てば、三好家の威信が下がり、足利家の家名に更なる箔が付いていきましょう」

 

「……………そうだな」

 

「しかし、ここで私が負ければ、三好家に謀られたと世に広まり、耳にした義輝公が苦言を呈する事になるかと。 私としても、親好ある三好家に対して弁護したいのですが、一存殿に罪の意識が薄く、あの有り様では……」

 

「……………おっ、おいっ!」

 

「────黙れ、一存!!」

 

「は、はいっ!!」

 

ーー

 

一存の説明不足を指摘すれば、長慶殿の顔が少しづつ顔が強張り、逆に一存のドヤ顔が一瞬にして驚愕した表情に変化した。

 

そして、話が終わると、長慶殿は深々と頭を下げて謝罪する。

 

ーー 

 

「………申し訳ない、愚弟が迷惑を掛けた。 直ぐに久秀へ命じて内容を説明させよう。 そして、出来れば………この勝負を受けて欲しい」

 

「そこまで、久秀殿と俺との勝負を望むのは……どうしてですか?」

 

ーー

 

三好家当主である長慶殿が、俺如きに頭を下げるとは思わず、慌ててたじろいた。 長慶殿が清廉潔白、謹厳実直の人柄は存じていた。 

 

『あの時』義輝様に涙を流し謝罪していた出来事を、俺は今でも忘れない。

 

だからこそ、当主立合いを含めて、この無理強いしている勝負に違和感を覚えるのだ。 何故そこまで……俺と久秀殿の勝負を付けたがるのか?

 

疑問に思った俺は、長慶殿に問い掛けていた。

 

すると、ぐったりしている一存を横目で確認すると、小声で俺に説明をされた。 どうやら一存に聞かれてならない、秘密の話のようだ。

 

ーー

 

「………ここだけの話だ。 私の弟である一存は、豪放磊落な性格であり三好家の先陣を切り活躍する武人。 その事は誉れ高く、私も大いに自慢したいのだが……逆に言うと猪突猛進、頭で考えるのが苦手な奴なんだ」

 

「まあ………それは……」

 

「だから、一存と貴公が仲良くしていると聞いて驚いていたのだ。 一存は姉の私が語るのは………まあ、なんだが、軍師など頭で戦を仕切る者を嫌ってな。 命を懸ける兵達を駒扱いするのが、許せないそうだ」

 

ーー

 

確かに軍師は帷幄で謀をめぐらすのが主な職務。 一枚の紙に戦場を擬似的に俯瞰させ、数百、数千の兵を一つの駒と扱い、自軍と敵軍を捉えて策を練る者だ。 だから、必然的に兵達を『者』ではなく『物』と考える輩が多い。

 

一存が酒を呑んで酔った時、だいたい俺に絡む理由は、この兵の扱いに関する話だ。 

 

 

 

『如何に軍師は兵達に守られているのか、考えた事あるか!?』 

 

『彼奴らには、彼奴なりの幸せや安定を求めている! それに応えるのが俺達、将の務めじゃねえのかっ!!』

 

『亡くなった彼奴らの家族に、どう接すればいいか………俺は考える度に辛くなる。 だから、酒を呑んで一時的に忘れるんだ。 俺だってな……姉さんに不安を見せたくないんだ。 姉さんに頼ってはがりの情けない弟だがな』

 

 

だから、一存の言葉を胸に刻み采配を指揮する。 兵達を同じ人間と接し、決して駒など代わりのきく物では無いことを戒めた。

 

一存から見たら、他の軍師達と変わらないと辛辣に言われそうだが、俺なりの自己満足。 更なる精進を重ね一存本人から言われたい。

 

ーー

 

「だが、貴公は違う」

 

「────!」

 

ーー

 

長慶殿は俺の正面に顔を寄せて、ハッキリと語る。 

 

俺が一存の言う、一般の軍師とは違う存在だと。

 

ーー

 

「軍師として采配をしながらも、前線に出て兵を束ねて行動を起こす。 勝利を掴む確信を得るまで、何度も策を見直し自ら地形を確認する。 自慢の親友にして、素晴らしい軍師だと。 そして───」

 

「…………………」

 

「貴公が戦場で采配を振るうならば、一存が何時でも先陣に出たい。 つまり、貴公に背を任せられる軍師だと、認めているからだ」

 

「か、一存が………そんな事を……?」

 

「ああ、姉である私、三好長慶が保証しよう。 だから、貴公『天城颯馬』の知謀を私に見せてくれ。 一存が信頼する軍師の知恵、私にも直に拝見させて欲しい」

 

ーー

 

あの一存が………信じられない。

 

だが、長慶殿は一存の言葉を信じた。 

 

だからこそ、天城颯馬の実力を間近に見たいと。 三好家に仕える謀将相手に、どう戦うなのか。

 

その目で間近に確認したい………そう思っているのだ、と。

 

ーー

 

「……………わかりました。 未だに軍師として不肖の身なれど、一存の信頼に裏切らないように努める次第です」

 

「勿論、私は久秀を応援する。 久秀には、その知謀で三好家に繁栄をもたらし、数々の難題に力を貸してくれた忠臣だ。 私が勝利を信じてやらずに誰が信じるものか。 颯馬、久秀と共に悔いなき勝負を求む」

 

「…………はっ!」

 

ーー

 

俺は万感の想いを胸に懐き、久秀殿へ承諾の返事と内容を尋ねに行ったんだ。 一存や長慶殿の信頼に応えられるようにと。

 

それで……当の一存だが、そんな俺と長慶殿の会話があった事を知らず、先程の長慶殿怒りの形相を見て、泡を吹いて気絶していた。 

 

些か情けないが………これでも我が親友であり、俺の軍師としての道を定めた者の一人。 こいつの顔に泥を塗らないよう頑張ろうかと、密かに決断する。 

 

そうなれば、長慶殿の機嫌も良くなり、説教も短縮されるかも……な。

 

そんな甘い事を考えながら、俺を待つ久秀殿の側へ歩み寄った。

 

 

◆◇◆

 

【 狙い の件 】

 

 

? 飯盛山城内 城下町 にて ?

 

 

「………で?」

 

「勝負を受けますから、内容を教えて欲しい……とお願いに来たのですが。 何か、不味い事でも? 何処か可笑しな点でもあったんですか?」

 

「はぁ………あの役立たず………」

 

ーー

 

俺は久秀殿に近付き、勝負を承知した事を話、その試合の内容を尋ねる。

 

たが、俺の言葉を聞いて珍しく頬を膨らませて怒る久秀殿。 説明よりも先に文句を言いらしい。 誰って、ほら………金を貸りた鬼十河。

 

ーー

 

「颯馬と繋がりがあるから自由にして、こちらからの橋渡しを期待していたのに。 それがまさか、猪の癖して慣れぬ頭を使い、こんな事態を引き起こすんだから……あの、役立たず!」 

 

「あの貸しは、親切心からじゃなかったんですか?」

 

「ひ、久秀だって期待ぐらいするわよ。 武人を標榜する者は、総じて義理と潔さ良さを大事にするもの。 だから、その辺を考え持ち駒の一つとして、動かしたわけ。 でも、流石に……玩具とするには荷が重いわね」

 

「…………良かったな、一存。 久秀殿が敬遠するほど、お前の精神は強靱らしいぞ? 伊達に久秀殿を嫌ってはなかったんだな………」

 

ーー

 

俺は今も気絶して白眼を剥いている一存に、小声で賛辞を送る。 久秀殿より返事を聞いて納得したんだ。 

 

久秀殿が一存を毛嫌いする理由とは、あの不屈で強靭な精神を持っているから、玩具に堕とせないからだと。 だから、久秀殿は諦めたていた。

 

しかし、久秀殿は不定する。

 

ーー

 

「………長慶様の弟だから久秀の玩具仲間にしてもいいけど、あの猪の性格じゃあ何かしら失敗しそうで、信用できないわ」

 

「それは残念。 一存に久秀殿を連れ添わせれば、三好家は磐石。 おまけに彼奴の猪突猛進が激減して、長慶殿が二重の意味で喜ばれるのに……」 

 

「そもそも、武一辺倒の馬鹿は趣味じゃないのよ。 せめて、久秀と対等に会話できるぐらいの知恵者じゃないと。 久秀の好みはぐらい……ちゃんと把握しておきなさい、颯馬!」

 

「三好家の臣で無い俺が久秀殿の好みなど、知るわけないじゃないですか。 それとも………まだ、俺を玩具にする事を諦めていない、とでも?」

 

ーー

 

今の会話も当然だが一存には聞こえない。 

 

衆目の目が熱い中、長慶殿が一存の肩を掴み、意外な力強さで激しく揺さぶっている。 だが、なかなか起きない一存に業を煮やした為の行為とはいえ、あんなに頭をガクガクさせると、後で気持ち悪くなるのは確定である。

 

ーー

 

「………やっぱり……颯馬は頭の回転が早いわ。 颯馬、この勝負に負ければ、足利家の軍師を辞し三好家の臣となりなさい。 長慶様達も、颯馬だったら喜んで迎えてくれるわ。 そして、久秀も………ね」

 

「だから、この勝負を仕掛けたんですか? 長慶殿には腕試しと話を付けて、その実は俺を屈伏させ、三好家に抜けさせる。 後は……久秀の指導の元、立派な玩具の出来上がりと………」

 

ーー

 

だけど、俺が『玩具』の部分を強調していうと、口が三日月の形に変わって嗤う。 楽しそうに、嬉しそうに………嗤った。 

 

そして、暗く重苦しい感情が籠った言葉を……俺だけに聞こえる小声を用いて投げ掛けられる。 

 

ーー

 

「ふふ……判っているじゃない。 今度こそ颯馬には久秀の玩具になって貰うわ。 それに……長慶様も注目してるわよ。 三好長慶の懐刀と足利家の軍師の知恵比べなんて、面白い演し物じゃない」

 

「…………………久秀殿」

 

「あら、颯馬は久秀が勝てないと思ってるの。 確かに、颯馬は天下統一に尽力して成し遂げた。 だけど……それこそ傲慢だわ」

 

「……………」

 

「天下を統一を義輝様や颯馬が果たせたのは、久秀の献策あってこそ。 三好家と足利家、両家を救い発展させたのは、この久秀の功だと、忘れられては困るわ。 それが無くては、両家は潰れていた……どう、違うの?」

 

ーー

 

そう語り、久秀殿は俺に視線を向ける。 

 

この話が事実かと言えば、三好家に関しては事実。 足利家に対しては潰れる様な出来事はなかったが、苦戦していたのは間違いない。 

 

何故ならば、この三好家と我が足利家は……交戦していないからだ。 

 

足利家の当主が義昭様から義輝様に代替りされた時に、三好長慶殿が無条件降伏を行い、足利家へ降ったからだ。 

 

─────久秀殿の進言によって。

 

もし、三好家が降伏しなかったのなら、足利家の天下統一は数十年後の話になっていたかも知れない。

 

久秀殿が、三好家を足利家に膝を折らす策を……実行してなければ。

 

 

◆◇◆

 

【 久秀の台頭 の件 】

 

? 飯盛山城内 大広間 にて ?

 

 

畿内に足利家が擁立されて数カ月後、義輝様が現れて義昭様と代替りされた頃の話だ。

 

その事を聞き及んだ三好家では、大騒ぎとなった。

 

これは、三好家で畿内を完全掌握していたのに関わらず、義輝様が襲われ行方不明という失態。 しかも、義昭という実妹が居るのに、別の足利家の血筋を阿波より連れて、公務の代行者……『公方』を立てようと画策した為だ。

 

つまり……三好政権の確立を企てたという、謀反とも取れる内容。

 

無論、これらには理由がある。 

 

義輝様を捜索しても生死が確認できない。 では、義昭様を立てようとしても、細川父子に庇われて行方不明。 

 

しかし、そのまま公方が不在では幕府の政務が安定しない。 そのため仕方無しに別の人物を立て、政務を安定させたかったという事情だ。 

 

だが、そんな長慶殿の苦難を全国の大名達が知るよしも無い。 三好家に非難が集り大変苦労したそうだ。 それでも家中が今まで平穏だったのは、三好長慶の人柄、泰山自若した態度、忠誠心ゆえ。

 

しかし、時が経つにつれ状況は悪化。 三好家への非難から足利家に援軍と称して共闘し、三好家を討たんとする機運が持ち上がる。 

 

実質、足利家と共闘と称して、三好家の領地を少しでも掠めんと、火事泥棒紛いの行動を企んでいるのは明白。 されど、それを非難する理由を上回る『大逆人』扱いをされているので、歯噛みするしかない。

 

幾ら数カ国を領地に持つ三好家とはいえ、全国の大名が敵になれば多方面より攻められ、三好家は完全に瓦解される運命だ。 その為に、今度は長慶殿も困り、臣下を集め相談するのだが……対策が浮かばない。

 

結局、頭を付き合わせて出たのは、城を枕にして討ち死にするという覚悟を定めるしかなかった。

 

そんなおり、部屋の端より『長慶様の運が開けましたわ』と声を上げる人物が一人。 畿内大和国より臣として取り立てられて間もない、松永久秀殿。 

今まで黙っていたのは、臣としての身分が部屋の中で一番低いため、敢えて意見を言わなかった。 意見を出し尽くした時に声を挙げたと……言っていたが、多分……一番効果的な時まで口出しせずに、黙っていたんだろう。

 

それを聞いた重臣一同が、久秀殿に怒声やら非難の声を浴びせるが、久秀殿は反論を述べて黙らせたそうだ。 《窮鳥入懐の計》という奇策を説明し納得させたからだと。

 

ーー

 

『足利家の当主が正真正銘の義輝公であるならば、長慶様が直に頭を下げて臣下へ下れば円満に終わる筈。 窮地に陥った長慶様を容易く害せば、その威光、名声が堕ちる事ぐらい、足利家は存じていると確信しております』 

 

『何故なら、足利家は将軍家に連なる者とはいえ、領地、兵、味方さえも少ない身の上。 長慶様を騙し討ちにすれば、残された臣が騒ぎかと。 それに、降伏する者を害すれば、今後……足利家に降る者は後を絶つでしょう』

 

『それに、共闘を申し出た諸国は、明らかに三好家の領地を狙い自国を肥やすのが目的。 足利家に忠義立てする気などありません。 もし、忠義立てするのなら、なぜ今頃になり申し出るのか……と』 

 

『このまま行けば、三好家亡き後に足利家へ恩を着せた有象無象の小国が乱立し、更なる戦乱が起こります。 そして、義輝公が討伐をするのにも、小国を一々相手せねばならず、時が掛かかり制圧は難しくなります』

 

『ですから、足利の臣下に長慶様が自分から申し入れば、長慶様の足利家尊崇の念を日ノ本に知らせる事になり、更に他の大名家からの非難も躱せましょう。 義輝公が赦されれば、他の者がとやかく言う理由はありません』

 

『しかも、義輝公の御家は、同盟もせず単独で保つ、大海の小舟の様な国。 もし………いち早く義輝公を助け、足利家が天下統一する足掛りとなれば、三好の御家は勲功第一と賞される事になりましょう!』 

 

『猟師達(大名達)に狙われ窮地に陥った鳥(三好家)が、頭である猟師(足利家)の懐に潜り込み情(不足物件)で殺せなくさせる。 これを《窮鳥入懐の計》といい、今の現状を打破するものとして進言致します!」

 

ーー

 

その後の展開は久秀殿の予想通り。 

 

急に長慶殿から三好家の降伏を宣言されて、大国となった足利家。 そのお陰で周辺の土豪を吸収しつつ武力で西を早々と制圧、そして新兵器の鉄砲保有率を上げて、東の織田、武田、上杉、北条、伊達をことごとく降し攻略。 

俺の予想を上回る早さで、日ノ本統一を果たした。 

 

こうして、的確な情報分析を行って三好家の将来を見通し、今の三好家繁栄を導いた久秀殿は、こうして重臣の席に加わり家宰を務める事になるのだった。

 

 

◆◇◆

 

【 対決 の件 】

 

? 飯盛山城内 城下町 にて ?

 

 

俺は………当時を思い出す。 

 

あの頃、足利家に仕えていた俺も、長慶殿より久秀殿の策を聞いた時、かなり唖然とした。 

 

御家の当主とは、必ず護り切らなくてはならない大事な方だ。 もし、負け戦でもあれば、必然的に当主を逃して再起を図らせるのは、軍を司る軍師として重要かつ真っ先に行わなければならない事。

 

それを……敵の真っ直中である本城へと向かわせるなんて、考えもしなかった。 もちろん、相手の当主や重臣の性格、大名家の家風、状況判断を全て読み切り、様々な前提を踏まえて送り出した筈だ。

 

そして、一番重要なのは………そんな臣の言葉を信じ、直ぐに実行を起こした三好長慶殿との絆。 幾ら臣が絶対成功すると言っても、主君が信用するとは限らないのだ。 最悪、殺されるのは長慶殿なのだから。

 

足利家に降伏して義輝様に仕える長慶殿を見るたびに、この様な方法が俺にも出来るのかと、かなり悩んだ覚えがある。 結局は対武田戦で使用し、無事に武田家を従える事が出来たのだが。

 

あれから、どれくらいの年月が過ぎたか判らないが、俺は日ノ本を統一する手助けを行い、義輝様達が望んだ日ノ本での戦乱を終了させた。

 

だが、久秀殿も………西国、東国に従軍し、その知謀を存分に発揮させ、三好家の功績を挙げた身。 あの頃より遥かに強くなっているだろう。 

 

久秀殿が味方として動き、かなりの月日が経たので……俺としては油断してしまった。 長慶殿が誠実に働いてくれた為、警戒を薄くしてしまったのだ。 

ーー

 

「思い出したようね。 久秀を舐めていると……死ぬわよ?」

 

「………そんな事は………」

 

ーー

 

強気な姿勢を維持しようとするが、身体が強張ってきた。 久秀殿を直視するつもりが、目より背けてしまう。

 

日ノ本で五指に入る知恵者『松永久秀』………そして、負けてしまった後に訪れる調教の数々。 あの時に味わった痛み、未知なる感覚、精神的苦痛を思い出すだけで……萎縮する。

 

ーー

 

「颯馬は、対武田戦で久秀の策を利用したでしょ? 良かったわね、久秀が武田家に協力しないで静観してて。 もし、久秀が手を出していたら、日ノ本の戦………まだ続いていたわよ?」

 

「──────!?」 

 

「《窮鳥入懐の計》……あれは久秀の策よねぇ。 それなら、久秀が破ることなんて容易いわ。 だって、策を編み出した軍師は、その策の破り方も考案するのが常套。 簡単だから颯馬にも教えてあげるね………ふふふ」

 

「…………それは、まさか!?」

 

「ノコノコと敵の懐に入って来た獲物を……殺せばいいだけ。 相手を見極めて運用するのが、この策の要訣。 道義なんて煩わしい物に囚われる者が、間抜けなのよ。 戦場では、敵、味方の区別しかないでしょ?」

 

「そんな考えなど………」

 

「そう? なら………久秀が武田に居て義輝様が来れば、平気で害し当主の甘さを糾弾して攻めるわね。 義輝という駒を失い求心力が落ちた足利家で、絶望に染まる颯馬。 どう? 流言飛語で拡散させれば、瓦解すら可能ね」 

「…………………っ!」

 

ーー

 

俺の心の動揺を見抜いてか、久秀殿の執拗な言葉攻めが襲い掛かる。 

 

俺の精神を、心の折らんと欲する為に!

 

久秀殿は俺の焦りを感じってか……嗤う。 

 

ーー

 

「…………ふふふ。 だからねぇ、そんな甘い考えで久秀に対したら、いつの間にか颯馬に近しい者は壊れてしまうわよ。 だけど、今回は残念だけど……壊す必要は無いの。 本当は……邪魔だから壊しておきたいけど……」 

 

「なら、何故っ!」

 

「だって………壊したら、颯馬は久秀の玩具にならないじゃない? そんなの、つまらないもの。 同じ壊すのなら、玩具になった颯馬自身の手で掛かけた方が……久秀も楽しいし、颯馬も壊される者も納得するからよ」

 

「そんな事、誰が許すものか!」

 

「でもねぇ、これが出来れば……皆が理解するわ。 颯馬はねぇ………うふふふ。 久秀の物だって……証明できるからよ。 この松永久秀の誇る、茶器や茶道具と同じくらい価値ある、久秀の玩具だって!」

 

ーー

 

久秀殿の目が鷹や鷲の獲物を狙うような目となり、俺を見つめる。 うっすらと紅く染まる唇に、艶やかに光る桃色の舌がユックリと舐めた。 

 

俺を玩具と呼び、傀儡同然に扱う………あの時の久秀殿と同じ顔を見て、身震いを生じる。 

 

二度と受けたくない狂気の愛撫。 

 

ーー

 

「今からでも……遅くはないのよ? 足利家では無く三好家に……この久秀の傍に来なさい。 颯馬ならね、久秀がずっと愛してあげる。 その身体が五体全部が壊れても……塵に返るまで愛してあげるわ!」

 

「………久秀殿」

 

「なに? 久秀に降ると決まったの?」 

 

「………俺には、俺を信じている人達が待っているんです。 久秀殿の下へ行くなど、御免被ります!!」

 

ーー

 

だが、俺にも譲れない物がある。

 

義輝様や義昭様、長慶殿からの信頼。

 

一存からの友誼。

 

細川父子、俺と交わった数々の敵味方からの期待。

 

そして………俺を愛すると誓った一人の女性(にょしょう)の為に、俺は勝つ。 久秀殿、貴方は俺を求める術など無いのだと、絶対に判らせてやる!

 

ーー

 

「そう………久秀に逆らう気? じゃあ……いいわ、相手をしてあげる」

 

「負ける訳にも、心を折られる訳にもいきません! 俺は貴女に勝つ!」

 

ーー

 

こうして、天城颯馬と松永久秀との対決が始まった。

 

 

 

説明
颯馬と三好家の過去の出来事。 いつもの二倍の文章です。
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戦極姫

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