FA SS ”空、飛ぶ者と駆ける者”
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 空。遥か昔から人はそこに自由と憧れを抱いてきた。進化の過程で失った翼を求める様に。大地を駆け、海を泳ぐことは出来ても、空を“飛ぶ”ことは出来ない。人がまだ1つの言語だけを話していた時代ですら天へと至る塔を建てていたのだから、その渇望は根源的なものと言って問題ないだろう。(尤も、言葉を分けた神は空にはおろか何処にも居なかったのだが)

 そして彼らもまた、少なからず空に惹かれた者達であった。

 

……………

………

 

 太平洋、ハワイ諸島。かつて観光地として有名であったその地も、今では海上、上空警備の要所となっていた。現に、世界の経済は形骸化した国家間、超集合社会であれ旧時代から永遠と続いてきた戦争経済に大きく依存している。“今のところ”終わりの見えない月面プラントとの戦闘、個人とその集合体がなす小グループ同士の、旧時代でいうところの民族紛争のようなもの。一向に火種は消える気配を見せず、人もまた言葉とは裏腹に、火を消すための水を注いでは飲み干していた。

 どちらにしろ、月から舞い降りる脅威に立ち向かう兵士達にとっては、何の関係も無い事ではある。

 

 太平洋上空の警備に就いていた、極東地域に本部を置くFA機甲大隊…グルックス隊の1人、ヴァルター・フロスはハワイに向かう空母の甲板上に置かれた愛機イーグレットのコックピットの中に居た。スクランブル発進に備えていると言うよりも、彼は好んで他人から見れば窮屈な(彼にとっては十分快適だが)コックピットに収まっている。戦場において英雄視されるほどの部隊ではあるが、裏を返せばそれだけ危険な任務に従事しているということであり、他の兵士からしてみれば身の“危険”を保証されたようなものである。Viel Gluck(ドイツ語で幸運)をもじった皮肉めいた部隊名も相まって兵士達に広まっていた。

 彼の任務は降下艇の撃墜であった。言葉だけ見ればそれほど危険とは感じられないが、“単機”での行動を許可(半ば強制であるが)されている為、本来後方援護が主である彼の機体であるのに僚機も無く出撃するのが大半である。イーグレットの元となった機体と前任者同様、アントの大群との単機戦闘で撃墜されかねないにも関わらず。

 

 補給の為真珠湾へ彼を乗せた空母が入港する。ピンポイントで飛来されない限りアント達の被害を受けることは無く、比較的安定した場所と言えるだろう。そして時を同じくして一隻の貨物船が入港した。あるFAを乗せて。

 

……………

 初めて月から巨人が舞い降りた時、私…エーリヒ・ヒンメルは母と共にその光景をテレビで観ていた。

 それから程なくして空軍のパイロットだった父の訃報が届き、私も父と同じ道を辿る様にパイロットになった。子供の頃から抱き続けてきた、青い空への憧れに、月への黒い憎しみを混ぜ合わせて。

 

 基地の窓から、戦闘機が飛び立っていくのが見える。既存の兵器の中でも戦闘機は多少ではあるがアントとの戦闘に耐えられていた。機体を大型化しながら、アントの装甲に損害が与えられる程度の兵装を装備することでアントや降下艇への攻撃を可能にした。

 尤も、戦闘機は(航空機と言うべきなのだろうか)FAパイロット訓練生の対G訓練などに使われることが多くなったが、“空を飛ぶ”という点に関しては未だFAよりも勝っている。

 一台のトラックが荷台に大きな布を被せて格納庫に入って行くのに気が付き、私は窓際のソファーから立ち上がり歩き始めた。格納庫に辿り着いたとほぼ同時に、荷台から布が取り払われ1機のFAが姿を現した。

 

 「エーリヒ少尉、丁度良かった。今届いたところだ。」

 

 整備班のおやじさん(親しみを込めた呼び方で、彼がこの基地で最古参の1人であることに由縁する)が私に気がついて声をかける。おやじさんの後ろには青と白で塗装されたクファンジャルがあった。通常のクファンジャルと違う点は、肩部のスラスターがSA-16s2…スーパースティレットUのヴァリアブル・スラスターに変更されていることだった。直立したその機体を見上げながら、私にはその青と白が空と雲の様に見えた。

 「相当ピーキーな仕様らしい。何せクファンジャルとしての機体重量は変わってないのにブースターの出力は上がっているからな。」

 推力と共に機体重量も増加させバランスを保ち操縦性を安定させたスーパースティレットUとは対照的に、パイロットにそのピーキーさを全面的に押し付ける形となったこの機体が、私の最初の機体である。

 

 「機体名はセイバー。大昔にあったアクロバット飛行隊の機体名から取ったらしい。慣らし運転といくかい?」おやじさんの言葉よりも早く、私の体は動いていた。この気難しそうな“新人”と話し合う為に。

 

……………

 

 

 何故アント達が地球への侵攻を続けるのかを考える時、何処かに存在している筈の何者かの意図ということになるが、(“人”であるかも定かではない)その者は余程人間が“好き”なのだろう。ただその者は恐らく失望している。人類全体の敵、相対的ではなく絶対的な悪が誕生したのにも関わらず、国家同士より遥かに細かくなった人々の繋がりの中で旧時代的な争いが起きていることにも、それすら利益に変える者達が居ることも、その何者かが人類に敵対するには十分な理由だろう。

ライト・ロードンが提唱したReスフィア計画が発足した当初から、表向きでは世界中の技術者、グループ、企業が集い世界科学技術推進機構の元faは完成した訳だが、ドイツのORGをはじめ各々が我先にと技術進歩の為“後ろ手”の策略が数多くあったのは想像に難くない。それもまた旧時代から染みついてきた人間の本質的な部分であり、互いのリソースを提供し交換という形で成り立っている今の超集合社会も、ある意味資本主義の元となった物々交換と言っていいのかもしれない。

 

そして、これもまた憶測でしかないが、その何者かが最も腹立たしく思っているであろうことは、“人間の楽観性”だろう。そんな事をヴァルターは空母の1室で、ベッドの上で寝そべりながら考えていた。

 地球防衛機構に所属している、していないに関わらず、優秀なFAパイロットは企業やORGからのオファー…専属パイロットへの打診を受けている。底が見えない程の強欲。グリーンカラー達は月との戦いの終わりを“望んでいない”のに対して、その戦いが終わった先のことを早くも考えている。

 

 …鬼が笑うという諺があったなと、彼は極東の島国を思い出す。

 

もしかしたら、アント達は人類を存続させる為の、Reスフィア計画とは別のアプローチなのかもしれない。旧時代から続く最大の問題、人口増加とそれに伴う諸問題を解決する為に、人類を間引いているのではないかと考える者も居た。現に、リンカーというある種の特異な者達によって人類を存続、繁栄させていくことの脆弱さを危惧したのだとしたら…どちらにしても今は答えの出ない問題を考える時間を過ごしていた彼を現実に引き戻したのは、空母を揺らす程の衝撃だった。

 

……………

………

空はいつもよりキラキラと輝いていたが、鮮やかな青空ではなかった。

 絶え間なく赤く、そして灰色になる空。あらゆる方向から襲い掛かってくる重力を耐Gスーツ越しに感じながら、私は気難しい新人に振り回されていた。おやじさんの言葉通り、恐ろしくピーキーな機体。だが、その分機体スペックは申し分ない。

 

 「そろそろ降りていたらどうだ?エーリヒ少尉。」

 

 通信からおやじさんの声が聞こえ、ゆっくりと機体の速度を落としていく。体内で血液が均等に行き渡っていくのを感じ、空が本来の美しい青色を取り戻して、私は大きく息を吐いた。

 その時、一瞬何かが太陽を遮り、巨大な黒い影が地上を覆ったような気がして、空を見上げた。頭上には黒い点が幾つも見え、刻一刻と大きさを増していく“それ”がなんなのか気が付き、基地のサイレンが鳴り響く。その音を掻き消す様に爆発が基地の至る所で巻き起こった。

 

 太陽を背にして、降下艇から無数のアント達が黒い雨のように降り注いで来る。地上への到着を援護する降下艇からの砲撃が迎撃用のミサイルや砲台を先制して撃ち抜いていき、基地は炎の海と化していく。私は急激に速度を上げ、さっき見た赤い空の様な地上へと向かう。

 

 「とにかく空へ上がれ!」戦場と化した基地から一機でも多く戦闘機やFAを出撃させようと、さまざまな人の声が聞こえる。

 

アント達よりも早く地上に降り立ち、滑走路に向かう戦闘機を気に掛けながら武器庫に辿り着く。悠長に武器を選ぶ時間は無い。MG-04マシンガンを手に取ったとほぼ同時に機体が警告音を出す。急いで武器庫から飛びのくと、武器庫の上にアントが地上に落ちてきた。この基地から出撃することはあっても、“この基地で戦う”ことは今まで無かった。

飛び立つ寸前だった一機の戦闘機が翼をもがれるようにアントに蹴飛ばされ粉々に砕け、パイロットの絶叫が通信越しに聞こえ、操縦桿を固く握りしめ絶え間なく迫り来る黒い壁に向けトリガーを引き続ける。ディスプレイに映し出された残弾数が瞬く間に減っていく。単機ではどうしようもない数の敵に、私は空へ上がろうとした。アント達に対する絶対的優位性…空を飛べるという点を生かそうとするのは当然の選択であり、また正しい選択だった。

ただ2つ、私は間違えていた。1つは背を向けたまま空へ上がろうとした事。現に私の背後に落ちてきたアントが迫っていた。だがそれは些細な間違いで、背後のアントが突如上空から撃ち抜かれる。空を見上げ目に映った深緑の機体から、空を飛ぶとはああゆうことを指すのだと知った。

 

 そして、私は今まで空を飛んでいたのではなく、空を駆けていただけだったのだと。

 

……………

………

 慌ただしく走り回る空母の乗組員を他所に、ヴァルターは自らの機体へと向かう。深緑に塗られた大鷲…イーグレットに乗り込み、乱れ飛ぶ通信を無視して発艦する。高々と彼の機体が飛翔してから程なくして、落下してきたアント達によって空母は押し潰されるようにして沈んでいった。

 降下艇をツインフォトンキャノンで撃墜しながら上昇し、悠々と地上の敵に向け照準を合わせる。アントと対峙する青いクファンジャルを見つけた彼は、背後に迫っていたアントを撃ち落とし通信で呼びかける。

 

 「そこの青いクファンジャル、こちらグルックス隊所属ヴァルター・フロス。上空から援護する。“とにかく動き回れ。”そういう機体なのだろう?」通常のクファンジャルとは違う肩部のヴァリアブル・ブースターから大体の機体コンセプトを察した彼と彼の機体に、“セイバー”を駆るエーリヒは数瞬見とれてから返答する。

 

 「エーリヒ・ヒンメル少尉です。援護感謝します。」弾切れになるまでアントの群れに向け掃射しマシンガンを投げ捨て、撃破されたFAの手元に落ちている別のマシンガンを拾いに向かう。背面飛行の様に地面スレスレを、ヴァリアブル・ブースターを背中側に向け吹かし踵の車輪を引きずりながら飛んでマシンガンを拾い上げた。

 有り余る機体スペックを体が耐えられる限界の領域まで引き出しながら、飛びかかるアント達の間を紙一重ですり抜け、エーリヒの機体を標的代わりにヴァルターが撃ち抜いていく。

 成る程、“いい機体”だと彼は、モニター越しに踊り続ける彼女の機体を見てそう思った。そしてまた彼女も、時折見える彼の機体に同じ感情を抱く。対照的ではあるが、共に“空”を飛び、駆ける機体。恐らくは、互いが持っていないモノへの憧れなのだろう。 

 

……………

………

 

味方の増援が到着する頃には大半のアントは撃破され、それと同じく基地に被害も甚大なものとなっていた。たった二機で撃退出来ただけでも十分だと私は自分に言い聞かせ、ゆっくりと空を回るイーグレットを見上げる。程なくして基地内に重機用faが次々に搬入され瓦礫の撤去を始めた。機体をしゃがませコックピットから出た私は自分の眼で彼らを見て感じる。

 

…faとは、本来こう在るべきなのだと。

 

そんな事を考えているうちに、深緑の大鷲は何処かへ飛んで行ってしまった。

 この戦闘が終わり昇進した後に知ったことだが、撃墜数の大半は私にカウントされていたらしい。私が抗議すると、上官は「彼には日常茶飯事の戦闘だっただろう。」と言って退けた。

 またこれも後になってからだが、私の機体セイバーは専ら“ブルーバード”と呼ばれることになった。それが単に幸運の象徴を捩ったものなのか、それとも皮肉なのかは、私の知るところではない

 

 

説明
FAで短いながら物語を書きたくなって始めました。文もそうですが、機体制作に関しても素人なので勘弁のほどを。

別のところで上げた作品です。良ければどうぞ。
http://www.tinami.com/view/870092

作中に登場した友人の機体です。
http://www.tinami.com/view/793582


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SS FA フレームアームズ 

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