紫閃の軌跡
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〜近郊都市トリスタ トールズ士官学院第三学生寮〜

 

今日は特別実習の日。時刻はまだ日が昇らない午前三時という時間だというのに、食堂には明かりがついていた。そこにいるのは士官学院の夏服を身に纏い、真剣な表情を浮かべた二人の人物。

 

「………」

「………」

 

相対するかのように座り、彼らの手とテーブルの上に置かれたカード。そして茶髪の少年がカードを置いた時点でその膠着は敗れた。

 

「よし、勝った」

「あー、これで勝ち越されたかぁ……注文は?」

「お任せセット一つ」

「あいよ」

 

彼ら―――アスベルとルドガーが『ブレード』というゲームに興じていた。賭けの対象は『今日の朝食担当』というところであった。本来ならば管理人であるシャロンに任せるのだが、さすがに午前三時という早さで起こすのも申し訳ないと思ったからだ。彼女ならばやりかねないところは否定できないのだが。

 

それと、いつもならば午前四時起きぐらいの二人が一時間も早めた理由は双方ともに『被害を食らわない』というところだった。万が一の時は互いに起こしに行くことも算段に入れていたが、それは杞憂で終わった。で、ただのんびりするのもつまらないということでルドガーがクロウからもらったという『ブレード』で遊んでいた、ということだ。

 

「ほれ、さすがにシャロンさんが朝食作ってくれるだろうから簡単なものだが」

「小腹程度にはちょうどいいと思うぞ……少し、体動かしに行くか」

「付き合うぜ。というか、そろそろ少しでも本気だしとかんと体が鈍るな」

 

アスベルに関しては昨日夜中までリィンの稽古に付き合っていたのだが、結局いつもの習慣で軽めの鍛錬という名の魔獣退治……いや、表現的には殲滅に近いのだが。それを終えて支度してきたところで、ちょうどリィンらA班のメンバーと合流した。

 

「おはよう、アスベルにルドガー。今日も鍛錬に行っていたのか?」

「まー、そんなところだよガイウス。にしても、みんな疲れてねえか?」

「えっと、そのミリアムさんが…」

「おっはよー、みんな! って、アスベルとルドガーはどうして起きてるのさー!!」

「…誰か、このガキを何とかしてくれ」

「あー、話の流れで大体わかったからそれ以上説明しなくていいよ。お疲れ様」

「こうしていると年相応なのだがな」

「確かにそうなんですけどね」

 

13歳という年齢上というか年相応のミリアムの振る舞いにリィンらが振り回される光景が目に浮かび、アスベルとルドガーもこれには苦笑をこぼした。二人にしてみれば7年前などそれぞれ強くなるために努力していたころであり、このような無邪気さはなかったと思う。元々転生という関係で精神が成熟していたというのも要因なのかもしれないが。

 

ともあれ、全員朝食も準備も済んでいるのでA班の実習地であるレグラムに向かうこととなった。トリスタからは一応定期飛行船の便も出ているが、特別実習の関係上鉄道での移動となる。そうなるとクロスベル方面へと向かう大陸横断鉄道よりもバリアハート方面直通のクロイツェン本線から国際線―――大陸縦断鉄道エベル線へ乗り換えとなる。国境を越える関係上パスポートがらみに関してはすでに先方に対して話は通してあるので問題ない。

 

ジュライ特区へと向かうB班を見送った後、レグラムへと向かう切符を購入して改札に向かうと、先ほどB班が乗り込んだ列車から降りてきたと思しき人物―――その人物にリィンらは目を見開くこととなる。

 

「おや、これから出発か」

「あ、レクター!!」

 

帝国政府情報局の人間にして帝国政府二等書記官レクター・アランドール。もっとも、その裏に秘めている秘密は一部の人間にしか知らないが。リィンらの反応はというと、暢気そうに会話を交わすミリアムに対してアスベルやルドガーを除く面々……主にノルド高原での一件で見知ったリィン、ユーシス、エマあたりは無論のこと、セリカも出自のことがあるからか警戒をしていた。それに気づいたのか、レクターは微かに苦笑をこぼした。

 

「ま、怪しさてんこ盛りのガキンチョだが、仲良くしてやってくれ。もしもの時は遠慮せずにお仕置きしても構わんぞ」

「むー、ボクいい子だもん」

「いい子っていうのは所構わず“アレ”を出したりしないんだよ。『取り成すために』どれだけの労力を使ったと思ってるんだ…」

 

ミリアムの言葉に対して本音交じりの発言をするレクターにリィンらはあっけにとられている。その際に足元を通り過ぎた存在にアスベルはルドガーの方を見やると、彼は肩を竦めていた。あれで正体を隠す気があるのか疑わしいとは思いつつも、リィンらはレクターと別れてバリアハート行きの列車に乗り込んだ。

 

「あいつらも、ちゃんと青春してほしいもんだよなァ……さて、俺もお暇……」

「あら、どこかで見た顔かと思えば、トップクラスに見たくない面してるわね、そこの人?」

「やれやれ。もう少し殺気を抑えてほしくはあるんだが……無理な相談か」

「解りきったことを一々言うんじゃないわよ。で、態々アタシを呼び出したからにはスカウトとかじゃないんでしょう?」

 

レクターの前に姿を見せたのはサラ・バレスタインその人。その佇まいと表情から余計な話など無用だとレクターは悟りつつ、懐から一冊のファイルをサラに差し出した。無論、サラはそれが罠でないと解ったうえでそれを受け取った。

 

「連中の現時点で判明しているリストだ。おたくの生徒のおかげで判明した連中の一部もその中に入ってる。―――それと、クレアからアンタに伝言だ」

「………聞こうじゃない」

「『連中の狙いはクロスベルにあり。それと連動して帝国内で動きがあります』とのことだ」

 

すなわち、クロスベルに近い場所に行くことになるサラをはじめとした殆どのZ組のメンバーがその騒動に巻き込まれる可能性が極めて高いということを示唆している、と遊撃士を含めて長いこと培ってきた直感で察したサラはレクターの忠告に対して

 

「ま、忠告感謝するわ。とそちらの大尉さんに伝えておいてくれるかしら?」

「俺は伝言係じゃないんだよなァ……ま、確実に伝えておいてやるよ」

 

ただ、サラの心中は自分の第三の故郷ともいえる場所―――『リベール』側もその動きぐらいは察しているであろう。何せ、かの国の軍にはこの大陸で数少ない“S級正遊撃士”を務め上げていた人物がいるのだから。

 

 

〜リベール王国 レイストン要塞〜

 

一方そのころ、レイストン要塞の司令室にはカシウス・ブライト中将とアラン・リシャール特務中佐の姿があった。リシャールから手渡された書類に対して真剣な表情で目を通し、ひとまず大まかな流れを把握したところでカシウスはため息を一つ吐いた。

 

「帝国および共和国方面の動きが慌ただしくなっている中で、報告を聞くに妙に大人しいエレボニアの貴族派の動向は少し気にかかっていたが。ともあれ、ご苦労だったリシャール」

「いえ、今まで構築してきたネットワークのお蔭でもあります。しかし、水面下とはいえ大胆な行動に移してきていますね」

「ああ」

 

表沙汰になるほどの対決姿勢を一旦収めるかのように沈黙。だが、実際にはその裏で工作活動を色々行っているようであった。その動きは各分野や方面と連携できるだけの通信ネットワークを構築していたおかげで逐一報告はされるのであるが、

 

「カイエン公爵もそうだが、アルバレア家の嫡男が通商会議が控えているこの時期に“観光”という名目でレグラム自治州を訪れる。こればかりはさすがに疑っても致し方ない」

「前者に関してはアルトハイム自治州でも同様の名目で各地を訪れ、様々に問題を引き起こしていますからね……引き続き、情報収集にあたります」

「ああ、頼んだぞリシャール」

「はっ!」

 

<五大名門>においてトップクラスの影響力を持ちうるカイエン公爵家当主のリベール王国自治州への訪問。それに付随しうるであろう問題。現状は抗議を保留しているが、裏を返せば確実な証拠集めという黒い一面も持っているのは否めない。そのあたりのことはすでに宰相であるシュトレオン王子に報告はぬかりなくしてある。そして、この事実は将来的に貴族―――“エレボニア帝国”がリベールへの侵攻を画策しているのでは、という最悪のシナリオも考えられてしまう。

 

「まずは“通商会議”……その辺りのことは殿下らに任せねばなるまいが……微力ながら、俺自身も動かねばならないな」

 

そう呟いてカシウスは司令室を後にした。向かった先は……自分と家族が待つ家であった。

 

 

〜ロレント郊外 ブライト家〜

 

カシウスが家の中に入ると、レナとカリンがちょうど夕食の準備をしており、美味しそうな匂いが家の中を包み込んでいた。扉が開く音に最初に気付いたのは他でもないレナであった。

 

「ただいま帰ったぞ」

「あら、お帰りなさいあなた。今日は珍しく早いですね」

「おかえりなさい、お父さん」

「ただいま、カリン。まぁ、今日の仕事はそこまで多くなかったからな。エリスは眠っているのだろうが、あの四人は?」

「あの四人でしたらまだロレント支部にいると思いますよ」

「ふむ、まあ今は忙しい時期だから仕方はないが」

 

ただでさえ、この国に在籍しているS級遊撃士三人全員が国外にいる状況なのはカシウスとて把握していることであり、それに付随する形でA級正遊撃士の面々が忙しくも仕事に追われているのは自ら遊撃士という職をしていたことから理解していた。そうでなくとも、数日後に控えている国際会議の関係もあるのだろうが。少しするとエステルやヨシュアにレン、そしてレーヴェの四人が帰ってきて夕食と相成り、その後カシウスは書斎にヨシュア、レン、レーヴェ、カリンの四人を呼んだ。

 

「―――ということだ。彼らの実力は把握しているが、『結社』が絡んでいる以上万が一のこともある」

「成程……父さんがエステルをここに呼ばなかった理由もおおむね把握したよ」

「エステルのことだから絶対反対しそうだったしね♪」

「レンちゃん、楽しそうに言ってますけどこれは『お仕事』ですよ?」

「それはもちろん分かってるわよ、カリンお姉様」

「まぁ、元々一度故郷を失った身としては従うことに異議は無いが……あの御仁らはどうされるつもりです?」

 

レーヴェの懸念。それは他ならぬ今回の件において最も厄介という他ならないほどの『壁』。その問いかけに対してカシウスは真剣な表情を崩すことなくこう答えた。

 

「それについては心配いらない。シュトレオン殿下とクローディア殿下が一計を案じるとのことだ」

「沈黙を破る、ということですか?」

「それもあるだろうが、これ以上は俺の口からは言えん。何せ国家機密に触れる部分もあるからな」

「ふーん……まぁ、それについてはいいんだけれど、カリンお姉様はともかくとしてレンやレーヴェが万が一“そうなっちゃった”場合は問題ないのかしら?」

 

カシウスの言葉に何かしら引っ掛かりを感じつつも、レンは気になる質問をカシウスに投げかけた。カリンに関してはもともと後ろ盾があるようなものだが、元『結社』というレンとレーヴェに対する処遇は問題ないのか……とりわけ『人を殺める』ということに関しての。

 

「そこに関してはアスベルを通してアルテリア法国から両名に依頼をする形にした。お前らに加えてルドガー・ローゼスレイヴもいれば問題はないと踏んだが」

「レンとレーヴェだけでも反則クラスなのに、ルドガーを入れたらチートレベルだよね……」

「一回でも俺に勝ったお前がそれを言うとはな、ヨシュア」

「ははは……」

 

 

〜バリアハート行き 客車〜

 

時間はさかのぼって、A班の面々がクロイツェン本線バリアハート行きの列車に乗り込み、各々の席に座ったところからだ。今回の実習地―――リベール王国レグラム自治州レグラム市についての説明をラウラが話し始めた。

 

「さて、今回の実習地であるレグラム市。とはいっても、市とは名ばかりで昔ながらの風光明媚な印象を残している場所が多い」

「普通治めている国が変われば、何かしら変わるとは思いますが…」

「そうだな、私が今まで学んできた知識も大抵そのような感じであった。だが、そうならなかったのは偏にアリシア女王陛下のおかげともいうべきだろう」

 

12年前―――講和条約によってクロイツェン州南部がリベール王国領に組み込まれることとなった。無論、その中に含まれていたアルゼイド子爵領もその一つ。突然国が変わるとなればアルバレア家に近い貴族はリベールへの帰属に反対して治めていた領地を手放すものが多かったが……その中で、アルゼイド家当主であるヴィクター・S・アルゼイドは自ら率先して帰属し、周囲の貴族たちの説得を行うことで事態の収束を早期に実践せしめた。

 

「“光の剣匠”……確か現皇帝陛下の妹君を妻に迎えたと聞いたことはあるが」

「うむ。その土地を離れようとも将来は安泰だったと聞いていたが、父上もそうだが母上もその意見には反対だったそうだ。『混乱する民を捨て置いて自ら安寧の土地に暮らすのは、この土地を治めてきた先祖に顔向けできない。なにより、立場的に平民の上に立つものが逃げ出しては貴族を名乗るに値しない』とな」

「凄いですね。私の父上もここにいたら同じことを言っていそうです」

「父上も『その辺りはリューノレンスに学ばせてもらった』と言っていたな」

 

武芸にも秀で、皇族の信頼も厚い者が自ら国を変えることには周囲からの非難もあっただろう。だが、元々自由闊達なところもあってか、そこまで大きな噂となることはなかった。なにより、レグラムやその周辺の貴族たちはアルゼイド子爵の人となりを知っていたからこそ、彼に続いて帰属を決めた貴族も少なくはない。その貴族らは平民となり、農業や鉱業といった一次産業に従事しているものが多い。そして、その功績を認められる形でアルゼイド家に“侯爵”の位が与えられることとなった。

 

「話を聞くだけでも凄いな…まるで、俺の故郷の先祖みたいな人だな」

「ただ、当主という都合で今は慌ただしいと爺からの連絡で聞いている。その実習中に会えるかどうかは解らないが」

「へぇ〜、ホント凄い人だよねー。その人とセリカのお父さんのリューノレンス・ヴァンダールが戦ったらどっちが強いのかな?」

「うーん、どうでしょう。同じ系列の武器使いとはいえ、戦闘スタイル自体真逆に近いところはありますし」

 

一撃必殺かつ苛烈な破壊力を繰り出すヴァンダール流とあらゆる武術を取り込んで巧みな剣捌きを発揮するアルゼイド流。大雑把にいえば“剛”と“柔”の対決。しかも互いに達人級―――最強クラスの剣士の対決。ふと、ラウラは気になってこの中で高い練度を持ちうる人物であるアスベルのほうを向く。

 

「ん? どうかしたのか?」

「いや、ふと気になったんだが。以前ケルディックでの実習の際、父上と手合わせをしたと言っていたことを思い出してな」

「あー、あれか。ラウラのこともあるし流石に真剣はまずいと思ったから模擬用の武器で戦ってたんだが……」

 

『クラウス、感謝する。さて、続きと行こうか』

『……あの、それ思いっきり真剣ですよね!?』

 

この勝負を挑む前にヴィクターは自分の執事に宝剣『ガランシャール』を持ってこさせるように言っていたらしく、途中からは流石に死にたくはないので手持ちの武器の中から強度的に耐えうるであろう武器を使って途中から真剣での勝負となったのだ。それを知ったヴィクターの妻に二人共々説教されてしまったのだが。アスベルの持つ“八葉一刀流筆頭継承者”というのがこんな形で牙を剥いてくるだなんて誰も予想できないと思う次第だ。

 

「そりゃ災難だわ……」

「ま、過ぎたことに今更文句は言わないけどな。っと、そろそろバリアハートに着くな」

 

降って湧いたような災難のようなものとはいえ、結果的にはアスベルにとってもプラスとなったので別に文句を言うつもりはない。さて、ここからはエベル線への乗り換えとなる。以前の帝国領の時期より運行本数は多くなっているが、それでも一時間に一本程度。リィンらA班はそのまま乗り込み、一路実習地であるレグラムを目指す。

 

説明
第92話 個々の背景
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閃の軌跡 神様転生要素あり ご都合主義あり オリキャラ多数 

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