人類には早すぎた御使いが再び恋姫入り 五十話
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明命SIDE

 

「何をしたですって!」

 

その夜、戻られた蓮華さまに昼にあった事件を概略に報告した所、案の定蓮華さまの雷が落ちました。

 

「明命、あなたの役目はへれなを守ることだったはずよ!危険の真ん中に押し入れることではないわ!」

「言い訳は致しません。申し訳ありません。どんな罰でも受けます」

 

理由がなんであれ、努めを放棄した罪は変わりません。どんな罰が与えられても受け入れるつもりでした。

 

「へれなもへれなよ!前に明命が駄目って言う時は従ってくれとお願いしたはずでしょう!どうしてあんな危険なことをしたの!」

「心配をかけてしまってごめんなさい、レンファ。ミンメイのことは私が無理やりにお願いしたのだからあまり怒らないであげてください」

「…次からは思春の方をへれなに付けるわ。思春は明命と違って融通が聞かないからこういうことはもうないでしょう」

 

蓮華さまが怒っていらっしゃるのは当然のことでした。が、私が判らないのは隣のへれな様が何故か素っ気ない顔をなさっていることでした。自力で宿まで行くと仰って、宿に戻った後もずっとこの調子で、約束してくださった通り時間をかけて髪を梳かしてはしてくださいましたけど…なんと言うのでしょう?愛情がありませんでした。

 

「それで、蓮華、今後どうしますか?」

「どうするって?」

「孤児院のことです。あのままでは彼女たちは追い出されて住める場所もなくなってしまいます」

「どうするも何も、私たちがどうにかすることではないわ。あの男たちが嘘を言っているなら話は別だけど、本当のことなら彼らの主張していることはもっとものことよ。彼らの正当な権利を訴えることをこっちが力で押しつぶしたらそれこそ問題になるわ」

「……それだけですか」

「それだけよ……。へれな、気持ちは判るわ。あなたも孤児院の出だし、天の世界でも孤児院の先生をやっていたからあの子たちにも気になるのでしょう。だけど、私は孫家の姫よ。この地位は勝手に利用してなるものではないわ。もしその土地の主人がこの江東の有力な豪族であるならば豪族たちの反感を買う可能性だってある」

 

私はここでやっとへれな様が天の世界で何をなさっていたのか知りました。そして孤児院にそんなに執着する理由が判って、帰る時にへれな様が私を振り向いた時のそのお顔が示す意味も判りました。

 

あ、これは絶対嫌われました。

 

助けることは難しい、という答えを聞いたへれな様は大きく深呼吸をしました。

 

「判りました」

「ごめんなさい、へれな。でも…」

「謝る必要はありません。レンファの立場も判ります。無理を言ってごめんなさい。もうお願いしません」

 

へれな様がそう仰った途端、私は心の奥がズキッとしました。顔が少しばかり歪んだ蓮華さまも多分同じ気分だったと思います。

 

でもへれな様が起こってらっしゃるのかと言うとそうでもありませんでした。寧ろさっきまで固かったお顔は口先が少しばかり上がっていました。でも、それが逆に怖かったです。

 

「それじゃあ、これからはコウハさんに付いて頂けるのですか」

 

思春殿は今までのお話を特に何も言わず後ろで黙って聞いていました。

 

「え、ええ…思春、明日から明命と代わってへれなの護衛に就いて頂戴」

「あの、レンファ。もしよければ今からにしてもらえません?」

 

へれな様のその頼みには流石の私も衝撃でした。これは完全に嫌われてしまいました。

 

「それは…私は別にかまわないけれど…思春?」

「私は構いません」

「それじゃあ、今から……。思春、へれなを部屋に連れて行っていいわ。そしてへれなには悪いけど今後孤児院には行かないようにしてちょうだい」

「御意」

 

思春殿は蓮華さまにお辞儀をした後、へれな様の前に行きました。

 

「そういうことだ。私が護衛に就いた以上、明命のように甘やかすことはないと思え」

「はい、宜しくお願いします。コウハさん」

「では…ところでその車椅子、押してやる必要はあるのか」

「ああ、いえ、自分で漕げます。ありがとうございます」

「では部屋に行こう。扉は開けてやる。蓮華さま、先に失礼いたします」

「え、ええ…」

「お休みなさい。レンファ、ミンメイ」

 

思春殿とへれな様は、なんというのでしょう、事務的な、大人っぽい会話を交わって、蓮華さまに挨拶した後部屋を出ていきました。

 

さて、もう私の番ですね。例えへれな様の頼みがあったにしろ、私のしたことは護衛として許されざる真似でした。蓮華さまがどんな罰を与えようとも謹んでお受けいたしま…。

 

「どうしよう…嫌われた…せっかくの友達を…でもどうしたら……」

「蓮華さま?」

「明命!さっきのへれなの顔見た!」

「え!?あ、はい、見ましたけど…」

「完全に失望した顔だったわ…私に失望した…もうどうしたら良いの?」

 

私ももちろんへれな様のあの反応には衝撃でしたけど、蓮華さまは一気に奈落に落ちたようでした。

 

「やっぱり魯粛にまたお願いして…いや、今あいつにこれ以上借り作ってあげるわけにはいかない。そもそも出来ないって言ったばかりなのに直ぐに権力振るおうとしたらそれはそれで蔑んだ目で見られるかも知らないし…へれな初めての以来ずっと穏やかだったから忘れてたけど無言の時が一番怖い…」

 

何か嫌な思いを思い返してらっしゃるようだった蓮華さまが絶望から戻って来られるまでは少し時間がかかりました。そのついでに私の処罰はなかったことになったみたいですけど…そもそもへれな様のご機嫌を損ねたのが私だと言ったら今度こそ斬首でしょうか。

 

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ヘレナSIDE

 

コウハさんと一緒に戻ったわたしは直ぐ様寝床に身を投げました。

 

「はああ…」

 

普段あの娘たちには見せないだらしない姿で大きくため息をついてストレスを発散させるわたしをコウハさんは扉の横の壁にもたせて立ったまま黙って見つめていました。

 

コウハさんとはあまり話したことがありません。見たところレンファを守るという任務にだけはとても充実した人で、三人の中では最も大人な人でした。この前はあまりレンファと仲良くするのは警戒しなさいと注意されましたしね。やっぱりちょっと嫌われてるかもしれません。昨日人形劇はちゃんと見てくれてましたけどね。

 

それにしても…

 

「ああぁもうどうしようー」

 

悪い予感が的中してレンファまで助けないって言うし。やっぱ駄々ってみた方が良かったかな。いいえ、しかしただでさえ無理してるはずなのにわたしまで無理なお願いしちゃったらレンファにどれだけ負担になるか……。

 

でも問題はまさにそれでした。あの娘たちを助けることがレンファに負担になる。レンファの江東での立場はとても曖昧で、ハクフさんが江東の支配者として戻って来られようとしているところに、レンファの行動の一つ一つがとても重要な問題でしょう。レンファが江東で問題を起こしたら、その分江東の豪族たちの孫家への反感は高まるでしょう。例えレンファの株が高いと言ったって、お姉さん想いのレンファがハクフさんに負担になることをさせようとするのは良くありませんでした。

 

でも、だからこそもっと気にする所じゃないのですか。立場が曖昧であるからこそ、レンファには何かをする方を選んで欲しかったのです。あんなこんなで『できない』ではなくて、せめてあんなこんな『してみた』けどできなかったってなって欲しかった。やってみて出来ればこの上ないことですけど、せめてあの娘に見てるだけでは居てほしくありませんでした。

 

まるで高位職の公務員みたいなものです。確かに親しい人に頼まれたからって何か政治的にやり始めたら不正の疑惑もありますし、権力乱用ですけどね。だからって知ったのに何もやらないって逆に職務遺棄じゃありません?こういう時こそ王族としてのノブレス・オブリージュを見せる所じゃないんですか。

 

……かと言って怒れる立場でもありませんけどね。レンファの立場だって判りますし…その上にわたしからしたらやっぱりレンファは子供です。孤児院周りの治安管理に無関心な警察に対して抗議するみたいには出来ません。

 

ああ、もう……。

 

「コウハさん、わたしもう寝ますね」

 

寝ます。とにかく感情が複雑な時は寝るに限ります。

 

「日が暮れたとは言ってもまだ寝る時間ではないのだが」

「ちょっと気分がアレで…今日は早く寝ます」

「蓮華さまに頼みを断られたのがそんなに気に障るのか」

「そうは言いませんけど…」

「蓮華さまは一国の姫君だ。天女とかふざけた肩書きを持たせるつもりだとは言っても、貴様の一言ならなんでも聞いてくださると思う方が厚かましいだろ」

「…どうせわたしは小市民です。為政者の立場なんて判りませんよー」

「為政者の立場か…私が知っている蓮華さまなら、こういう話を聞くと必ず割り込んでたはずだがな」

「……へ?」

 

コウハさんの言葉にわたし は少し驚いて体を起こしました。

 

「そうなのですか?」

「蓮華さまは普段頭が固いお方だ。だが法律的に正しいからと言って弱い者を力で追い払わんとする輩を黙ってみていらっしゃる方ではない」

「でも、だったらどうして」

「一つは、お前も察してる通り、蓮華さまは今雪蓮さま、伯符さまの代理として江東に来ている。蓮華さまの言動の一つ一つがすべて雪蓮さまの評価へと繋がる。そして蓮華さまは雪蓮さまが力で豪族たちに無理難題を押し付ける暴虐な方だと思わせたくないのだ。そしてもう一つの理由はお前が絡んでいるからだろ」

「わたし、ですか?」

「そうだ。お前はすでに今日危ない目にあっている。明命の腕なら心配なかっただろうと私は思うのだが、蓮華さまは今回の事件でお前が豪族やその金で動く奴らの恨みを買うことを恐れていらっしゃるのだろう」

「……」

 

やっぱり、こんな世界じゃあ自分のことを守れない民間人はそういう扱いでしょうね。増しては体も不自由ですし。

 

「不満な顔だな。光栄に思うべきことだぞ」

「気持ちは嬉しいんですけどね。私なんかより、もっと不遇な人たちのことをもっと心配して欲しいです」

「あの孤児たちのことか」

「それも含めて…それにこれからも一緒に居ることになるのに、レンファが私のことを贔屓してるように周りに見られたらレンファにあまり良くないですからね」

「…自分の身に危険が及ぶだろうという考えはまるでないのだな」

「はい?」

 

私が意味が判らずきょとんとしてるとコウハさんはため息をつきました。

 

「それで、明日からどうするつもりだ?」

「そうですね。孤児院はもう行かせてもらえないんですよね」

「蓮華さまのご命令だからな」

「それじゃあ…」

 

私は考えました。状況がどうであれ、時代がどうであれ、こういう時にすることは決まってます。レンファが駄目となると…もっと遠くて険しい道で行くしかありませんね。

 

「豪族たちを私だけで見て回りたいのですけど」

「…それに何の理由があるんだ?」

「あの孤児院の土地の主について何か判れば、その主とお話してみようと思っています。あと孤児たちを助けるための寄付もお願いできればと」

「……本当に出来ると思っているのか」

 

コウハさんは眉をひそめながら言いました。やっぱり判ってもらえないみたいでした。

 

「希望は薄いでしょうけど、今わたしに出来ることがそれぐらいしかありませんね」

「何故そこまであそこに拘るのだ。蓮華さまが仰ったとおり、お前が孤児院院長だったってだけでここまでするのは可笑しいのと思うのだが」

 

自分でも執着がすぎるというのは判っていました。普通の人なら何も出来ないなら嘆いておしまいかもしれません。だけど私は既にそうやって諦めた後後悔したことがありました。

 

「助けようとしなかった頃があったんです。黙っていれば、いつか終わるだろうって。今でも後悔しています。あの時何もしなかったことを。だから私はもう何もしないで待つことは致しません。例え周りからしたら無謀な足掻きでも私は最後まで出来ることをする大人になるって、そう誓いました。それがあの時助けなかった子たちへの私の償いです」

 

あの頃はまだわたしも子供でした。……年はともかく、考えることが子供でした。ただ我慢すれば、辛い時はその瞬間だけで過ぎて行くって。何もしない方が良い、いいえ、逆に何をすれば良いのか判りませんでした。そしたら結局他の誰かが立ち上がって、それが社長さんでした。孤児院は社長さんのおかげで救われましたけど、わたしの心のどこかではずっと苦しい記憶でした。わたしがやるべきだったって。年上だったわたしが先に何かをしているべきだったって。

 

だから。

 

「レンファの名は出来るだけ借りず、迷惑かけず話し合いますから。お願いします」

 

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次の日、少し寝不足みたいなレンファとミンメイを送った後、少し時間を置いて私はコウハさんに案内をもらってまず最初にロシュクさんの所へ行きました。

 

ですが、

 

「いらっしゃらないのですか」

「はい、最近はずっとお出かけになることが多いのでございます。恐らく孫仲謀さまのお頼み事のせいかと思っておりますが、ご存知なかったのですか」

 

多分、忙しいだろうとは思ってましたし、コウハさんも居ないだろうと言ったのですが一応一番接し易い人だったので一番にやってきたのですがそう上手くは行きませんでした。

 

「失礼しました」

 

ロシュクさんの商会を出た私たちは近くの豪族の屋敷に向かいました。コウハさんがレンファのスケジュールを憶えていたので、そことは被らないような所にしていました。

 

・・・

 

・・

 

 

「港側の森にある保育施設…ですか」

「はい、何かご存知ありませんか」

「あそこに戦争孤児たちが群れを作って住み着いていると聞いたことはありますが、詳しいことは解りませんな」

「昔豪族たちの寄付で孤児たちを守るために建てられた施設だったと聞いていたのですけど…」

「そんな良い話ではないですな。せいぜい物好きな豪族たちが周りの目を気にせず子供たちを私欲に使おうと建てた…女性の方にこんな風に言うのもアレですが、ぶっちゃけますと『飼育場』だった所ですぞ」

「『飼育場』……」

「お気持ちは察しますが、関わらない方が良いでしょう。あんな所、あなた方のような高貴な人たちが近寄って良い場所ではないですぞ」

「ですが、あのまま放っておくとあの子たちは路地で野垂れ死することになります」

「こんな世の中、死ぬ人なんてどこにでもあるものです。一々罪悪感なんて持てませんぞ」

 

・・・

 

・・

 

 

「森の孤児院ですか…ああ、ありましたね、そんな所が。もうとっくに消えているものかと」

「消えた…それはいつの話ですか」

「確かあそこを使っていた元の豪族は文台さまがまだ生きていらっしゃる時期に官軍との不正な取引がバレて逃げましたからな。その後、その豪族の財産は全て軍に没収されたはずですが…」

「それなら、その土地の権利は今建業の軍にあるのですか」

「どうでしょうか。県令も厳しい財政ですから。どの豪族にその土地を売ってしまったのかもしれませんしね。それは取引した者同士でしか判らないことでしょう」

「そうですか……。あの、実はあそこに住んでいる子供たちがあそこを追い出されても住める場所などを後援できる方々を探しているのですが」

「恐れ入りながら、孫策軍からの要請ならまだしも、それは受けることが出来ませんな。こちらの慈善家ではありませんので」

 

・・・

 

・・

 

 

「森の…ああ、あの乞食の巣窟ですか」

「…子供たちが街で物乞いをするのですか」

「そういうわけではありませんが…所詮は人の地に住み着いた連中です。実際山賊と変わりありませんって」

「生きるために必死なだけです。聞くと以前は子供たちがもっと沢山居て後援する人たちも居たらしいですけど」

「昔はどうだったか知りませんが、今じゃ主人のある土地を無断で占拠しているだけです。私たちのような商人からしますと、あんな連中、道草で死んでくれた方が残っている人たちには百倍マシなものです」

「…あの子たちが生きていこうとすることがあなた方はそんなに気に障ることなのですか」

「正直目障りではありませんか。乞食のようにぼろい姿で町をうろちょろしている連中。子供たちに限らず、そういう連中は皆国に何の役にも立たない虫同然です」

 

・・・

 

・・

 

 

「さっきの人はさすがにちょっと切れそうでした」

 

なんとか心を落ち着かせて屋敷を出た私は偶然地面に見えた石ころをぽんと蹴りながら言いました。

 

「だが我慢したおかげで、土地の買い主見つけることができたな」

 

そうでした。さっき出た処の豪族があの地を県から買った豪族の知り合いだったらしく、その人の名を聞いたらコウハさんが誰か判ったみたいでした。

 

「しかし、少しまずいな。あそこは今日蓮華さまも通われる所なのだが」

「それはいつですか」

「移動する順番としては一番最後なはずだ」

「じゃあ今から行けばレンファとぶち当たらずに会えます。急ぎましょう」

「そろそろ昼食の時間だが。少し休めばどうだ」

「さっきの人の話を聞いたら気が立って、食べ物が喉を通りそうにもありません……あれがこの世界で普通な認識なのですか?」

 

乞食になった人たちだって、自分たちが好きでなったわけではなかったはずでした。この時代だと賊に村ごと襲われて、命からがら生き伸びてきたという場合もあるはずなのに、自分たちのためにならないからって人扱いすらしない様子でした。要は金を持ってない人に用はないというわけじゃありませんか。

 

「あんな言い草は極端すぎではあるが、商人なんて皆そういうものだ。自分の利益にならないことなんてするはずもない。増してや自分に何のためにもならない貧民たちへの施しなど、考えるはずもないだろ」

「……やっぱりどの世界でも一緒なのでしょうか」

 

もちろん寄付なんてそう簡単にできることではありません。でも一度やってみたら誰にでもできることでもあります。誰かを助けるための善意を、まるで金を溝に捨てるみたいに言われるのは…悲しい気持ちでした。悲しいことに現代にもまだこういう考えがあるわけですが。

 

「そういえばお前は孤児院の運営はどうしていたんだ。こんな風に歩きまわって物乞いしていたのか」

 

私は無言で隣のコウハさんを睨みました。

 

「私から見ればそんなに変わりないのだが」

「ミンメイからもそんな言い方聞かされましたけど、民を守る軍の一員としてどうなのですか。そういう考え方って」

「勘違いはされては困る。我々も江東の民である以上守りはするが、何もせずに食って寝できる余剰な人間を量産するつもりはないからな」

「国として、先ずは生きられるようにしてあげてから義務を背負わせるべきだと思うのですが」

「機会は平等に与えるべきだろう。だがそれにまで乗らないのなら奴らを救えんゴミ以下だ。そういう話だ。流石に今回みたいな孤児院の子供たち相手にまで同じ物差しで言うつもりはないがな。だからこうしてお前に道案内してあげているのだ」

「……ありがとうございます」

 

ちょっと腑に落ちませんけど、無理を言ってるのは私の方ですし、下手したらコウハさんまで怒られて私も軟禁されますから流しましょう。

 

「それで、お前の孤児院の場合どうだったのだ?」

「まあ、他の会社やそういう目的の財団に要請したりもしましたけど、主な後援者は社長さんでしたね」

「……社長さん…確か北郷一刀というあの男のことをそう呼んでいたな」

「はい、社長さんも同じ孤児院の出でして…」

「むっ、そうだったのか」

「はい、社長さんは賢かったから一気にお金とか稼いじゃいまして…何時の間にかとても偉い人になってました。孤児院の資金は気にせず運営に勤しんでくれと言われましたけど、やっぱりちょっとつらい気持ちもありました。あの子に無理をさせているなって」

「……あの男さえも子供扱いできるのか。ある意味凄いな」

「別に子供扱いじゃないですけどね。ただ守れなかった自分が悔しいだけです」

 

私があの時もっと早く何かをしていたら…何か違ったのでしょうか。もしかすると今より状況が悪かったかもしれませんが……。

 

やっぱり私が欲張りさんなだけでしょうか。

 

「と、こうしてる場合じゃありませんね。早くあの豪族さんの所へ行ってみましょう。コウハさん、ほら、早く!」

「…承知した」

 

黄昏れてる暇なんてありませんでした。この問題、なんとしてでも何か解決策を見つけたいのですから。

 

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孤児院の土地の買い主の所に行ってみると先客が居たらしくて少し待たされたのですが、五分も待たされずに受付の人が再び戻ってきて私たちを中に案内してくれました。訳がわからないまま中に入ってみると、そこには土地を買った豪族の隣にもう一人知っている顔が見えました。

 

「ロシュクさん」

「お久しぶりです、へれな様。覚えてくださってて光栄です」

 

ロシュクさんは私のことを見てその場から立ち上がってお辞儀をしてくださいました。それを見たこの屋敷の主人、孤児院の地の飼い主の豪族の男性も慌てて立ち上がって礼をしました。私をその二人に座ったまま頭を下げました。正直ここに来るまで、レンファが居ないまま私だけだからなのか、あまり礼儀正しく接してくれる豪族さんが居なかったのでちょっと驚きました。レンファに好意的なロシュクさんの配慮でしょう。

 

「お二方がお話の途中だったみたいですけど、こんな割り込んだ形で入ってもよろしかったのでしょうか」

「心配ありません、私のお話はもうほぼ済んでいた所でしたので、それに仲謀さまの親友に当たる方を外で待たせるなど無礼は出来ません。そうでしょう、呂範さん?」

「も、もちろんでございますな…」

 

あら?リョハンさんって前に来た時もこんな方でしたっけ。確かもうちょっと豪宕な人だったと覚えているのですけど、何故か覇気がありませんね。

 

「えっと、今回私がここに来たのはレンファとは全く関係ありませんので、そんなに畏まってくださらなくても結構です」

「わ、判りました。とりあえず座ってく…い、いえ、これは失礼致しました!はは…」

 

……凄く挙動不審です。

 

「今日リョハンさんの所に訪れたのは、実はリョハンさんがとある施設の件で揉めているらしいと耳にしたからなのです」

「とある施設、とおっしゃいますと……」

「港付近にある森に建てられている保育施設だった所です」

「あ、ああ、あそこですか!あんな僻地のことをご存知でしたか」

「はい、それで先日用事があって訪れて見た所、そこに住んでいる子供たちと、リョハンさんが雇った傭兵の方々が揉めていること拝見させて頂きました」

「そ、そそそそうだったのですか。これはこれはお見苦しい所を見せてしまいました。実はあそこは代々受け継がれていた土地で、先代に訳あって軍に取り上げられたものをここ最近取り返したのですが…その間に街の乞食たちが住み着いてしまったらしく…」

「そうですか。ところでリョハンさんはあそこに直接行ってみたことはありますか」

「い、いいえ、なにと忙しいもので…」

「あそこには今二十人ほどの人たちが住んでいます。年を取った子たちも多くて十六、七才、子供だとまだ五、六才にも満たない赤ん坊同然の子たちも見受けられました。そんな子供たちが自力で頑張って住んでいる所に、リョハンさんは問答無用に出て行けと仰ったらしいですね。それに加えて先日は武力で追い出そうと…わたしが割り込んでいなければ恐らく血を流すことも戸惑わなかっただろうと見受けられます」

「い、いえ!決してそのようなことは…!」

 

リョハンさんが以前に会った豪族たちと違って態度が低かったこともあって、私も思わずちょっと嫌味が漏れてしまいました。さっきまで溜まってたストレスが漏れているみたいでした。それを聞いているリョハンさんは絶望的顔で事実を否定しました。

 

「ひゃわわ、物騒なお話ですね。例え無一文な子供たちとは言え、江東の民。孫家の方々の前で一体どんな真似をなさろうと思っていらしゃったことやら…」

 

横でロシュクさんまで追い打ちをかけてくれるとリョハンさんの顔は更に蒼白になっていきました。でも、いけませんね。このままだと私がレンファの権力に沿って脅迫していることになります。

 

「別にリョハンさんが持ってる土地を使おうとすることを咎めるわけではありません。わたしは今孫家の人やレンファの友達としてここに来ているわけではありません。私がここに居ること自体、多分レンファが知ったら怒られることでしょう。わたしの提案を断るとして、リョハンさんがレンファや孫家の恨みを買うなんてことは一切ないとわたしが保証いたしましょう」

「そ、それでは何故このお話を…それに提案と仰るのは…」

「申し上げたように、以前その施設は家族を失くした孤児たちのための保護施設であったと耳にしています。わたしはリョハンさん、そしてここに居るロシュクさんはもちろん江東の豪族の方々に、そう言った子供たちを保護し、まともに成長できるように助ける施設を再建して頂きたいと思っています。そのためにこうしてレンファとは別に、豪族の方々の所を回っているのです。その途中でリョハンさんがその地の主であると知ってここを優先して訪れたわけです」

「…私にその土地を諦めろと、そう仰るのですか」

「誰もまたその土地をリョハンさんの家系から取り上げるなんてことは致しません。その地から子供たちを追い払った後どう言った用途に使おうとしていらっしゃるかは存じませんが、そこを子供たちを育てるための施設としてまた提供してくださってはもらえないでしょうか。今回は他意のない、本当に子供たちを育てるための施設としてです」

「……」

 

……長い演説をしてみたものの、これって駄目ですね。完全に半強制していますし、成功したとしてもレンファに凄い負担かけています。

 

ここはもう一度強制じゃないと示した後、今はもう帰った方が…

 

「お言葉ですが、へれな様?この件が仲謀さまとは関係ないことを前提としてですが」

 

そんな時ロシュクさんが再び割り込んできました。

 

「はい、全く関係ありません」

「今江東にどれだけの戦争孤児が居るかご存知ですか」

「……いいえ、判りません」

「恐らく今誰もはっきりとは判っていないでしょうけど、例えがこの建業だけにしても、孤児の数は百を越えるでしょう。幸い江東は北側みたいに黄巾の乱などに被害をそれほど受けていませんし、水賊だって先代文台さまの活躍によって大手の連中はすべて掃討されたおかげで、今活動している奴らなんてミジンコ同然な連中。謂わば江東の治安は大陸の北側に比べればかなりいい方になるということです。そんな江東でさえも一つの県に百を越える孤児を抱えているのです。たかが二十名ほどの子供たちのためにここまで動かれるのは、偽善ではありませんか」

「……百の弱者を全て助ける力がないとして、一だけを助けようとするのが偽善ならば、誰も助けず平等に死んでいくのを見ることが善意なのでしょうか。一を助けることで残りの九十九も助けるための足掛かりを造っている、とは見てもらえないのでしょうか」

「今は戦乱の世の中です。親を亡くす子供なんてこれからも沢山出てきます。それだけの子供たちを助ける力なんてこの国にはないと思うのですが」

「じゃあそんな国滅んでしまってください」

「……!」

 

あ、ついムキになってしまいました。流石のロシュクさんも引いてしまっています。

 

…もう自棄です。

 

「…何のために戦ったのですか。戦って勝ち抜いて、領土広げた先に戦争孤児ばかり量産して…全部自分たちの責任なのに知らんぶりして仕方ないと見殺しにする国ならお願いしますから滅んでしまって欲しいです。最初から建たないで欲しいです。誰も好き好んで孤児になっていません。戦争、災害、盗賊、理由は様々でしょうけど、それらから民を守ることが国の仕事ではないのですか。それを乱世なんかと言って体系的に戦争孤児量産してるくせに、そんなことする金がないだの、今はそれどころじゃないだの言って見逃して一体何を成し遂げるというのか」

「それは…」

「あ、それとそれは軍閥の問題で豪族はやってないとか言う言い訳やめてもらえますか。豪族たちは戦争に何の関係もないのですか。投資と称して金や私兵も支援していませんでしたか。商売で買える相手いなきゃできないんじゃないですか。現に皆さんが稼いでは皆他所に貢いでくださってるおかげで江東の経済は崩壊寸前なんですよね?そのせいで発生した盗賊もないって言えないでしょう。そんな盗賊たちの手で一体どれだけの孤児が生まれたか想像はつきますか?」

「……」

 

…もうロシュクさんもダンマリですね。やってしまいました。

 

「…所詮助ける力もない部外者の詭弁に過ぎません。お二人のお話を邪魔をして申しわけありません。これで失礼します。ここでわたしが話したことは忘れてくださって結構です。リョハンさんも土地の件、ご自分のものですから自由にしてくださって結構ですが、どうか無駄な血を流さない方向にお願い致します」

 

私は軽く頭を下げた後、後ろのこれまた面食らった表情のコウハさんをちらっと見てせっせと車椅子を押して逃げるように屋敷を出ていってしまいました。

 

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「馬鹿ですよ。ええ、わたしが馬鹿ですよ、もう!」

 

そしてそのまま無言で宿に帰った私は、宿主さんにお願いして中国の果実酒で自棄酒をしていました。一応言っておきます普段は自棄酒なんてしませんからね。いつも子供たちが居る生活ですし。蓮華は明らかに夜になるまで帰ってこないので安心して飲んでいるのです。

 

「ほら、コウハさんも!一緒に飲んでください!」

「…勤務中なので飲酒は出来ません」

「少しは機嫌合わせてください!」

 

普段嫌いでした。寄付もいいですけど、寄付しないからってまるで人でなしみたいに言う人たち。そんな人たちが居るから寄付を嫌がる人がまだまだ居るんですよ。なのに今まさにわたしがそんなことやってしまいました。それも凄い嫌味言って来ました。まるでこの世界が不幸なのは全部お前たちのせいだみたいなこと言ってきました。ええ、もう私がゴミクズでいいですよ。

 

「で、どうするんだ。このまま諦めるのか」

 

コウハさんの言い方がなんかちょっと諦めて欲しいって口調だったから私はむっとしました。多分お酒が廻ったせいです。

 

「いえ、今日はまだ4,5人会っただけです。レンファが廬江に帰ると言うまでまだ時間がありますから、それまで頑張ります」

「今日あれだけ恥をかいたのに懲りないな」

「私のためにしてるわけじゃありませんから。…コウハさんこそ、止めないのですか」

「何故私が止めるだろうと思うのだ」

「最後のアレ、わたし明らかにレンファに良くない影響与えたと思いますけど」

「…さて、どうだろうな。私は政治には疎いのでな。お前が直接孫家の名をたてに豪族から金をせびらない限り止めるつもりはない。あと、お前が普段蓮華さまの前で聖人ぶってるのと違ってこうして乱れてるのが見ていて面白いしな」

「…コウハさん、悪趣味ですよ」

「ふふっ」

 

コウハさんは他人事みたいに笑っていましたけど、わたしはかなり絶望的でした。今日話しまわった所、代価のない寄付というものが理解される風潮でもありませんでしたし、例え援助を得るとしても肝心な孤児たちの住処の土地主が懐疑的な以上あの子たちを今後もずっとあそこで暮らせるようにすることはもう難しくなってしまいました。

 

私がちゃんと考えずにでしゃばったせいで、逆に状況を悪化させたのではないかという考えが頭をよぎると自然と顔が歪みました。それでも私は嫌でした。あの子たちみたいな孤児ができることが当たり前な国、そんな子供たちが誰にも助からないのが当たり前な国 、何故助ける必要があるのかと聞き返す国 、社会に役立たない死んでも構わない人間だと思われる国……。

 

そんな国なら滅んでもいいのではないかと思いました。

 

・・・

 

・・

 

 

 

-6ページ-

 

<没ルート>

 

 

―ヘレナ退室後崩壊したのが明命だった場合

 

・・・

 

さて、もう思い残すことはありません。蓮華さまにどんな罰を受けても、私は快くお受けします。例えお願いしたへれな様に失望した目に見られたとしても私は私に出来ることをしました。

 

「…さて、明命。あなたの処罰だけの……明命?明命、どうしたの!なんでそんなに泣いてるの!」

「泣いてなんか…いません。蓮華さま、切腹の覚悟はいつでも出来ています」

「いえ殺さないわ!?明命、しっかりして頂戴。気持ちは判るけどこんなことで挫けちゃ駄目よ!」

 

没理由:これを書いてる途中一緒に小説書く集まりの中で三島由紀夫さんの話が出てきてその後とても気分が悪くなったので削除しました。今後この話題にはもう二度と振りません…

 

<作者からの言葉>

 

韓国は寄付文化がまだまだ定着できていません。そりゃ冬場に救世軍募金(クリスマスキャトル?日本だとどういうのかよくわかりませんが)は結構皆参加しますが、定期的な募金はまだまだですし、『才能寄付』と言って壁に無償に絵を描いたりとかする労働的な寄付は無償で絵などをもらおうとする悪用事例が後を絶ちません。経済が悪化していくことに沿ってこういう寄付活動に無賃乗車していこうとする団体(時には政府機関)まで出てくる始末。そんなくせして断られると寄付しないことをまるで悪事のように言って口だけは達観です。こういうやり方をするから人に寄付しようと勧めなくなるのです。

 

愚痴失礼。

 

ここまで書いておいて言っちゃなんですが、多分ヘレナってこうやって募金活動したことってないでしょう。大体の資金は一刀が援助してくれたでしょうし、孤児院運営で金で困ったことはなかっただろうと思います。子供には優しいですが、大人と会話してるとすぐボロが出ちゃうのはそのせいかと。

 

韓国で孤児院のことを嘆くヘレナを見て、守る力もないのにでしゃばった真似をするもの知らずって感想が来たんですね。これって作者が一刀通しで昔桃香に似たようなこと言ってましたが、ヘレナはそういうキャラのつもりじゃなかったのですけどね。もちろん現代人というところもあって死の危険に関して若干疎いかもしれませんけど、あそこで助けに行こうとすること自体が間違ってるとは思ってません。

 

……そういう考え方もあるんですかね。この前シンフォギア1,2期見て、3期途中でやめたのですが、なぜ皆してそこまで会話をすることをいやがるのか、どうして立花響の考え方が異質なようにいうのか分からなかったの作者だけですか?もうそういう風潮なんですか?個人主義広がりすぎじゃないですか。

 

また愚痴りました。ごめんなさい。

 

次回でこの話は終わらせます。

 

目標は…今ため分がないので水曜日までにやってみましょう。

 

がんばれ、作者…私。

 

今回はコメ返しはパスします。ごめんなさい。

 

 

 

 

説明
韓国でヘレナさんが桃香(覚醒前)みたいって感想を聞きました。
ちょっと複雑でした。
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コメント
力が無いのに安易に約束をしてはいけない。これは一つの答えではありますが、人の情というものはそういうのではないですからね。権力者や力あるものにとって害ではあるが、孤児等にとってはお前らが悪いち言いたくもある。故に黄巾の乱を始めとした乱が起き、また権力者と孤児を生む。負の連鎖というのは断金の絆でさえ切れぬ幻の金属で出来ているんですかね。(山県阿波守景勝)
今回の話を読んで、『衣食足りて礼節を知る』って言葉が思い浮かんだんで調べて見たら、昔の中国のことわざで、その解説が今回の話に通じるものがあるな〜って思ったんですよね・・・。的外れかもしれないけど。(kazo)
今は特に辛い環境でしょうけど陰ながら応援してます、しかしまあ、確かに英雄たちが華々しい戦歴上げている中こういう犠牲者たちも確かにいるんですよね、そういう人たちからしてみれば極端な話滅んでしまえと言いたくもなるわ、でも少なくても包には話は多分通じたとは思うけどね(未奈兎)
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