Aufrecht Vol.2 クレバス
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禁門の変というのは、江戸末期における政治的クーデターとして、後の世に語り継がれるほどのインパクトを持っていた。

純粋な動機と作為的な思惑が絡み合う異常な沸騰の中、表っ面だけは徳川の権威がいまだ健在であることを知らしめる形で暫定的な決着としたのだ。

いつ爆発してもおかしくはない焼け玉が、あれほど雅やかだった天子の膝元に、不気味な色を成して転がっているような気さえする。

そう遠くないうちに幕府対反幕の戦いが激化し、辛うじて残った町屋を跡形なく焼き尽くすだろう。京の者たちはなす術もなく行き場を失い、早く混乱が過ぎ去ってほしいと祈るばかりだ。

 

その一方で、国へと引き退がった長州は、折よく待ち構えていた夷狄の砲撃に仆れ、二度目の屈辱を味わうこととなる。

攘夷の狼煙を先んじて打ち上げるのは我が藩において他にはないという自惚れが、そもそもこの凶事を招いたと言っていい。

理想に燃え口角泡を飛ばし、攘夷だなんだと馬鹿のひとつ覚えみたいに息巻いて、異国船に砲撃をした過去は帳消しにはできなかったようだ。

四カ国からなる連合艦隊の的となり、手も足も出せずに惨敗を極めたとのこと。

長州の国情を端的に表すのなら、弱り目に祟り目というのがもっともふさわしいのではないだろうか。

 

長州が絶体絶命の危機に瀕する頃、幕府はもちろんのこと諸藩ですら見て見ぬふりをしていた。

まるで、他国が侵略される様を高みの見物でもするように、長州という検体を使って異国の軍事力を計ろうとしているかのように。

いくら無鉄砲の長州といえども、皇国の一部が踏みにじられるのだから、それを黙殺すること自体、国体が揺らいでいるも同然だった。

幕府としては利かん気の子どもに罰を与えるように、親としての躾を徹底したとでも思っているらしい。

 

日本全土を席巻した攘夷という合印。

いかに高潔に映ろうとも、中身をこじ開けてみればそれは欺瞞に満ちている。

もっともらしく叫びながら幕府や朝廷に押し迫り、ただちに夷狄を打ち攘えと口で言うのは簡単だ。

国力を計ることもできないほど無知だったのか、あるいは、討幕の足掛かりとしての大義名分を欲していたのか定かではないけれど、長州は結果としてもっとも忌むべき毛唐どもの手に落ちたのだった。

これまで散々振り回されてきた幕府としては、そら見たことかというわけである。

 

歴史を振り返るまでもなく、戦で弱りきった長州ではもはや戦う気力すら残っておらず、旧式の武具など赤子の手をひねるようなものだった。それゆえに、下関はいとも簡単に蹂躙されてしまったのだ。

 

(長州に訪れる危機を告げていれば、あの人は死ななかっただろうか?)

 

堀川筋で自刃した長州人のことが、今も生々しく瞼の裏にこびりついていた。

もし、異国の砲撃を予告していれば、純粋な彼の闘志をそこへ逸らすことができたかもしれないし、自死を思いとどまる口実になり得たかもしれないと思うのだ。

 

(仮にそう忠告したとして、彼は聞く耳を持っただろうか?)

 

自分が新選組であるという事実が、むやみやたらに摩擦を生み、折衝のために歩み寄ろうという意思すらも、ことごとく粉砕してしまうような気がした。それは、結果的にいがみ合うことにしかならないという諦念に繋がってしまう。

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(やっぱり、いまさら真人間になろうだなんて不可能なんだろうか?)

 

剣をとることも捨てることも、自分の意思でどうにでもなると思っていた。

でも、そんな単純なことでは済まされないというのを、あの長州人に鋭く突きつけられたのだ。

 

自分の生き様を問い始めたのが剣であるならば、死して望みを果たすのも剣によるのかもしれない。

 

ある日、思い立ったように剣を捨てると言ったところで、誰がまともに取り合うというのだろう。

もし、丸腰で顔見知りの不逞浪士に遭遇したら、それこそ対処のしようがないだろう。もう剣は捨てのだから見逃してくれ、と命乞いしたところで、通じる相手ではないのだ。だからどうしたと云われておしまいだ。

新選組の沖田総司として知られている以上、敵勢はこれまでどおりに牙を剥いてくるに違いない。

過去に斬り捨ててきた敵の亡骸をどう清算するのか。味方が逃がしてくれたとしても、敵がそれを許すはずがないのだ。

だとすれば、私に残された道はひとつしかない。

 

迎え討つのみだ。

 

(今一度過去の自分に帰り、再び剣を構えることが私にはできるのか?)

 

おそらく、勘をとり戻せばできないことはない。ただ、感情が正面きって邪魔をするだけだ。

 

(今度の私は、なんのために剣を揮う?)

 

誠のために返り咲くのか。

労咳で朽ち果てるしかなかったもう一人の自分への餞とするつもりか。

それとも――

 

(純粋な動機でないかぎりは、どれも欺瞞になる)

 

胸の内にループする軽薄なだけのこじつけが、いっそう濁りを増して何も見えないようにしていく。

自らに責をかけて死んでいったあの男は、迷いなど微塵もうかがわせずに一心不乱で、対する私の方がよっぽど不純な気がした。

その清らかな魂を穢す行いを、直接的に犯してしまったのだ。

 

(やっぱり((不殺|ころさず))なんて、理想論でしかないのかな…)

 

それは、二律背反の狭間に足をとられた瞬間だった。

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艶が二次小説です。投稿の順番を間違えて今さら投下します。
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