include_spiral( ); Vol.2 「鼓動」
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近藤さんたちが江戸から戻り、早くもひと月が経っていた。

山南さん不在の穴を埋めるかのように、伊東さんは入隊早々から参謀などという破格の待遇で迎えられることとなった。

 

「なにもこんな寒い時期に来なくてもよかったじゃないか。躰に障るだろう。」

 

長火鉢に手をかざしながら半分呆れたように言い、山南さんは綿入れの前をかき抱いて身を震わせている。いつからそうしていたのかはわからないけれど、灰に埋もれた銅壷には燗のついた酒ができあがっていた。

 

「私も寒いのは苦手だけれど、それにしたって山南さんのほうがよっぽど寒そうだ。」

「なんだかねぇ。国許に較べたら京の寒さなんぞどうってことはないんだろうけど…いつの間にやら、弱ってしまったのかなぁ? 寒さが骨の髄にまで凍みるんだよ。」

「奥州育ちの山南さんが言うのだから、今年の京はよっぽど寒いんですよ。そうでなくともみんな朝っぱらから、お酒ばっかり呑んでいるんですから。」

 

伊東さんたちを歓迎する宴の後も、新選組はそれが日課とばかりに呑めや唄えやを連日繰り返している。呑んでいるか斬っているかのどちらか、だ。

憂さを晴らすのならともかく、お酒で寒さが凌げるとはさすがに思わない。でも、盃に注いだそれをぐいっと呑み干した後のほっこり顔を見ていると、きっとそういうものなんだろうという気がしてくるから不思議だ。

 

「沖田くんも一献。どうだい? あったまるよ。」

「いいえ。私は結構です。」

「敬助はん。もうすぐお茶、入りますえ。」

 

私たちのやりとりを土間で聞いていた明里さんは、文机で読本を開いていた弥七くんを呼び、ちょいちょいと手招いた。

土間に降り立った弥七くんの綿入れは、仕立てたばかりと見えてあまり馴染んではいない。採寸が狂ったみたいに大きかったのか、まだ育ちきっていない彼の躰は綿入れに着られているみたいでなんだかおかしい。

それをついつい目で追いながらくすりと笑みをこぼすと、山南さんもまたそれに気づいたらしく同じように微笑んだ。

 

「それで、今日は一体どうしたんだい? もしかして、伊東さんと折り合いが悪くてはらはらさせられている?」

「はずれ。今日はそんな話をしにきたんじゃありませんよ。もっといい話。」

 

茶目っ気たっぷりに口をにんまりさせると、山南さんは俄然興味を引かれたというように食らいついてきた。

 

「いい話?」

「うん。山南さんがこの前言っていたでしょう? 子どもを持ったらどうかって。そのことを、私も真剣に考え始めているんですよ。」

 

以前の私なら恥ずかしくて言えなかったことなのに、過去と現在とでは一体なにが違うのだろう。自分ではよくわからない。でも、気負いなく堂々と口にできることがうれしかった。

 

「そうかい。確かにそれはいい話だ。それで、祝言はいつになりそうなんだ? 呼んでくれるんだろう?」

「もちろんです。でも、具体的にこの日というのはまだ決めていません。もう少し先になりそうかなぁ。ただ、夫婦になる約束はしましたよ。」

 

「子どもを持つ」と宣言したときよりも「夫婦になる約束をした」という既成事実のほうが、言っているそばから恥ずかしい思いをするのはなぜなんだろう。

初めてづくしだったからだろうか。それとも、心から好いた相手を抱いたからだろうか。

どちらにせよ、今や屯所でこの「既成事実」を知らない人間はいないのだから、今さら隠したって始まらない。

山南さんは少し意外そうな顔をしていたけれど、他の隊士のように冷やかしたり赤くなったりせずにその告白を喜んでくれた。

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「ついに沖田くんも、か。なんだか感慨深いよ。」

「ありがとうございます。山南さんにはいつもご心配をおかけしていますからね。剣以外のことはからっきし駄目な私でも、まだ知らない倖せがあるかもしれないと気づかせてくれたのが、山南さんだったから。背中を押していただいたようなものです。」

「いやぁ、滅相もない。沖田くんが自分で手繰り寄せた幸福じゃないか。私なんてなにも…」

 

お互いの賛辞を競い合っているところへ、予期せぬ客人が声を張った。

 

「ごめんください。山南先生はご在宅でいらっしゃいますか? 私は…」

 

まろやかで落ち着いた声を玄関口から拾い、私も山南さんも同時に反応して振り返った。沸騰したやかんからは湯気が膨れ上がり、土間を流れて白い大蛇のようにうねりながら視界を遮っていく。

濃い霧のように不鮮明な煙の向こう側には、背丈のある立派な成りをした武士の姿があった。相手の素性に気づいたらしい山南さんは、すくっと立ち上がって誘導するように右手を開く。

 

「これはこれは。伊東先生。お待ちしておりました。」

「文にてお報せ致しましたとおり、こうしてお邪魔させていただきました。」

 

訪問の挨拶を丁寧に述べてから、伊東さんの眼は自然と私のほうに差し向けられた。流れてきた視線がぴたりと止まったかと思うと、きれいな眉が顰められ憂いの感じられる瞳とぶつかる。

所作にも隙がないけれど、表情も言葉も計算し尽くされているような印象だ。それなのに、彼の発するエネルギーには澱みがない。たぶん、伊東さんの言動そのものには嫌みというものが映らないのだろう。肚で何を思っているかは別として。

 

「おや? 沖田さんではございませんか。出歩いていては、お躰に障りますでしょう。」

「今日は気分がよかったので、こうして山南先生とお話させていただいていたんですよ。私のような者が一日中屯所にいると、みんなが気を遣うでしょう? 息が詰まりそうになるんですよ。こうして時々羽根を伸ばさないと、治るものも治らなくなってしまいますからね。」

「そうでしたか。もしやこれは間の悪いところに来てしまったかな?」

 

伊東さんはそう言いながら、一度だけ振り返って外の様子を気にするような仕草をした。供の者でも連れているのかもしれない。

でも、それならどうして一緒に入ってこないんだろう。

私は釈然としないものを抱えながら、彼の質問に肯定も否定もせず黙っていた。

少し気まずい空気になったところで、弥七くんが盆に湯呑みを乗せて座敷まで運んでくるのが見えた。ちゃんと三つ用意して淹れてくれたみたいだけど、さすがに外の人には気づいていないらしい。

 

「間が悪いだなんて、そんなことはありませんよ。さあさ、伊東先生。お上がりになってください。なにもないところですが。」

 

山南さんの熱烈な歓迎ぶりを尻目に、そのことをちょっと妬ましいと思いながらも私は立ち上がった。

弥七くんが湯呑みを差し出そうとするのを制し、外にも客人がもう一人いるとわかるように指を差し示して教えてあげた。伊東さんが座敷に上がりかけたのと入れ違いに、私はその横をすり抜けて土間に降り立ち、高下駄をいかにもぞんざいに引っかける。

 

「私はそろそろお暇します。伊東さん。ごゆっくり。」

 

なんのこだわりもなくさらりと言い残すと、山南さんはそんな私を引き止めるために残念そうな顔になる。

 

「なんだい。せっかく来たのだから、もっとゆっくりしていったらいいじゃないか。」

「伝えたいことはしっかり伝えられたので、私は屯所に戻ります。折りを見てまたお邪魔させてください。では、失礼します。」

 

二人にお辞儀をして顔を上げると、既に座している伊東さんの目がわずかに笑っているように見えた。

それがちょっとした警戒心からなのか、それとも単なる好奇心なのかはわからない。ただひとつ言えるのは、この人の頭の中は土方さんのそれよりも桁外れに難解だということだ。

少なくとも知的レベルで渡り合える相手ではない。剣でなら、なんとかなるかもしれないけれど。

 

(伊東さんが動いてるって言ったら、土方さん苛々するだろうなぁ…)

 

憂鬱な気持ちで表に出ると、案の定、戸口を出たところに男が立っていた。

玄関から出てくる私の姿を捕えたところから、男はずっとしたたかな視線を送り続けている。

 

「篠原さんも上がらせてもらったらいいじゃないですか。そんなところにいたら、凍えてしまいますよ。」

 

そう帰りしなに言い置いて、私は屯所へと引き返していった。

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江戸からの隊士が加わってもなお、私たちは壬生村の八木邸と前川邸を屯所として借り受けている。

屯所を西本願寺の北集会所へ移すのには、もう少し手間と時間がかかりそうだ。

坊城通りに沿った前川屋敷の角を右手に折れたところで、門番をしていた二人の隊士が私の姿に気づき「あっ」という顔をした。

 

「ご苦労様です。どうかしましたか?」

 

言いながら近づいていくと、なんだか戸惑った様子で二人は顔を見合わせた。

 

「実は、藍屋の手代と名乗る男が一刻ほど前に訪ねてきたんです。先生は外出中でいつお戻りになるかわからないので、一旦お引き取り願おうとしたのですが、会うまで帰れないの一点張りでして。」

 

二人のうち年上の隊士が事のあらましを説明し始め、次いで、もう一人の口から聞かされた用件に私はちょっとうろたえてしまった。

 

「事情を聞いたらば、沖田先生を連れて帰らなあかんって話で。主人にきつく言われたらしいんですわ。なんでも、首に縄つけてでも連れて帰ってこいってな話で。」

 

(藍屋さんがそんなことを?)

 

「それはまた物騒な話ですね。」

 

あの夜以来、((星|ひかり))さんのお座敷が思うようにとれず、自然と私たちは疎遠になっていた。新造時代からの評判と吉野の名前が効いているらしく、連日と彼女は引っ張りだこなのだ。きっと、目が回るほどの忙しさなんだと思う。

躰が心配だから手紙で状況を尋ねてみようとも考えたけれど、仕事を頑張る彼女の集中力を削いでしまいかねないと思い、あえて出さずにいたのだった。

もしかすると、その遠慮のせいで彼女を悲しませたのかもしれない。藍屋さんにまで、気づかいが足りないと思われた可能性もある。

 

(でも、それが急を要することだとは思えない)

 

まったくの別件という可能性もあるが、それはそれで心配だ。

どのみち、藍屋に行かなければ解決しない話なのだろう。

 

「わかりました。会ってみましょう。」

 

手代はまだ玄関脇の小座敷で待っているらしく、呼び戻すよう頼んでから長屋門で待つことにした。

そうして見慣れた顔が現れるのに、そう時間はかからなかった。ほっと安堵したような顔で現れて、手代は「行きましょう」とだけ告げて島原の方角へと歩き出す。

 

「一体どんなお話なんでしょうね?」

「さぁ? わてはなぁんも。主人に聞いておくれやす。」

「そうですか…。」

 

ここであれこれ詮索しても仕方がない。おとなしく引き退がろうとして視線を地面にさまよわせていると、手代はそんな私を横目でちらりと見遣ってからこう付け足した。

 

「吉野姐さんのことやとわては思いますぅ。昨晩もそやし、今朝も主人はかかりっきりどした。わてら男衆も詳しくは知らんのや。堪忍したっておくれやす。」

「やはり彼女のことで呼び出されたんですね。それがわかっただけでも、着く前に心構えができるからよかった。」

 

果たして「よかった」と結論づく話なんだろうか。わざわざ呼び出されておいて、そんなはずはない。

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考えている間も足は勝手に島原を目指し、気がつけば通い慣れた藍屋の暖簾がすぐそばまで迫っていた。

くだらない用事を思いついては、もう何度となく足を運んでいる置屋なのに、初めてくぐる暖簾のように敷居の高いような思いがして緊張感が高まる。

 

「こんにちは。」

 

土間に入って真っ先に目についたのは、帳場から若衆に指示を出している番頭さんだった。彼は私の姿を認めるなり履物を脱いで上がるように言い、忙しい合間を縫って星さんたちが待っているであろう奥の間に通してくれた。

 

「沖田はんがおこしやした。」

「はばかりさんどしたな。ほんなら入ってもろうて。茶ァなら、わてが淹れるさかい。ええな。」

「へえ。」

 

室内から聴こえてきたのは、威圧感のこもった藍屋さんの声だ。腰をかがめた番頭さんは、腹に力を込めたような返事をする。どうやらこれはただごとではないらしい。

どうぞ、と促されしずしずと足を踏み入れると、そこにいたのは藍屋さんただ一人だった。怪訝に思いはしたものの、とりあえず用件を聴かないことには始まらない。

 

「急にお呼び立てしてもうて、ほんにすんまへんどしたな。」

「いいえ。それは構いませんが、星さんがどうかしたのですか?」

「あの娘にしてみれば、少ぅし難儀な話どしてな。これは、わての口からは言えんことやし、どうか本人に訊いたっておくれやす。ただ…」

 

そこまで言い置いて、藍屋さんは試すような視線を送りながら私を吟味する。一体なにを要求されるのだろうか。星さんにはとうてい釣り合わない男だと、彼はいまだに私を認めてはくれていないんだろうか。

そう思った途端に動悸が速くなった。手に嫌な汗が滲む。

 

「ただ?」

「あの娘が何を語ろうと、決して逃げたりしないと約束しておくれやす。傍で支えてやっておくれやす。わては、しとうてもできひんさかい。」

 

藍屋さんはそう神妙に告げると、最後に寂しげな表情で微笑んでいた。

彼が訴えた言葉に、心当たりがないなんて言えるはずもない。

 

傷ついたのは私や彼女だけではなく、藍屋さんも同じだったのかもしれない。

心の傷なんて較べるものではないけれど、それぞれが別の感情を抱いて過去の傷と向き合っているのだろう。

彼の傷がどの程度だったかなんて私には推し量る術もないけれど、あのとき感じた痛みがまたここに再現されるのではないかと彼なりに危惧しているのかもしれないと思った。

 

「藍屋さん。そう心配しなくても、私はもう逃げたりしません。吉野のお寺に星さんを迎えにいったときから、自分に強く誓ったんです。彼女の手を二度と離したりしないって。だから、私は何があっても受け止める覚悟です。」

 

覚悟を試される試練は、この先もいくつか現れることだろう。その度に私は、藍屋さんと交わしたこの約束を思い出すのだろう。

 

「そん言葉、わては生涯忘れたりしいひん。しかと胸に刻んでおきますよって。ほなら、さっそく会うてあげておくれやす。あんさんがいれば、あの娘も心強いはずや。」

「不肖ながら、謹んでお引き受け致します。」

「このとおり。頼んます。」

 

指を揃えて頭を垂れる藍屋さんは、その行為に星さんへの感情のすべてを託すつもりでいるのかもしれない。つまり、手放す決心がついたのだろう。親心にも似た切ない思いが込められているような気がした。

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「星さん。沖田です。失礼しますね。」

 

すすっと襖を開けて室内を窺い見ると、褥に横たわる星さんの姿があった。私が呼ばれるほど具合が悪いのだとすれば、仕事をこなすのはもちろん、起きていることすらままならないのかもしれない。

とにかくいても立ってもいられずに枕の側まで近寄ると、濡れた瞼がうっすらと開き、彼女は私の姿に気がついて弱々しく笑った。その目は赤く、泪の筋が乾ききらずに残っていた。泣き腫らしたことが容易に窺える。

 

「すぐに来られなくてすみませんでした。私にできることはありますか?」

 

蒲団から伸びてくるいたいけな手を包み、安心してもらいたくてその指に軽く口づけた。痛々しい目もとをそっと撫で、潤んでは溢れてくる瞳を見つめながら愛おしげに微笑む。彼女が苦しげに顔を歪めた途端、つつっと一筋の泪が光った。

 

「ごっ、めんなさ…総司さ…ごめ、なさ…っ、ぅう…」

 

つないだ手に覆い被さるようにして、彼女は嗚咽まじりに何かを訴えようとしていた。

 

「星さん。落ち着いてください。なにをそんなに謝ることがあるんです? ゆっくりで大丈夫です。どうか、話していただけませんか?」

 

丸まって小さくなっていく背中は、かわいそうなくらいに震えていた。私はその背中を勇気づけるように撫で、彼女が落ち着くのを辛抱強く待つつもりでいた。

何かしらの大きな困難を抱えているのだということは、彼女の態度を見るからにはっきりとしている。頑張り屋の星さんのことだから、誰にも打ち明けられずに独りで解決しようと我慢していたのかもしれない。たぶん私に迷惑がかかるのを恐れて、言えずにいたのだろう。

 

「私のことは気にしないでください。時間ならたっぷりありますからね。なんなら今日は泊まっていってもいい。」

 

少しくだけた調子で言うと、顔を上げかけた星さんが何かを言おうとして、発作に阻まれるかのように大きく顔を逸らす。その行為を恥じるよう躰を折り曲げたかと思うと、くぐもった呻き声を洩らして苦しげに息を吐く。咄嗟に掴んだ手ぬぐいはすぐさま口元に押し当てられ、ぽろぽろと泪をこぼす彼女の躰はそのまま小さく弱くなっていく。

私の思考は、ある仮説を迎えたところで完全に停止していた。視線は、彼女の握る手ぬぐいに引きつけられている。掴み損なった手が宙をかき、やがて蒲団の上に落ちて力を失った。

 

「労咳、なのですか?」

 

問う声も、どこか他人のような気持ちで力がこもらない。そんなはずはないと思いながら、どうしてそう言い切れるのかと自分を責める気持ちもせめぎ合っている。

 

労咳はうつる。近しい人間ならなおさらだ。それをわかっていたはずだ。過去の自分とは違い、今の自分にはこの時代には得られない先行した知識があるじゃないか。

なんのために未来を見てきたのか。ただ翻弄されて、行き先もわからず漂流していただけだなんて認めたくもない。ようやくこの時代に戻って来られたというのに、掴み損ねた倖せとともに私たちは二度も切り離されなければならないんだろうか。

 

もう一度、ちゃんとやり直そう。二人で倖せを見つけよう。ささやかでいいんだ。

 

(私と星さんと。二人でひとつ)

 

ただ、倖せになりたい。

たったそれだけのことなのに。どうして邪魔ばかりするんだろう。

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脱力した私の手を、冷たく細い指が絡まって引き寄せる。頬に生ぬるいものが流れ、視界はぼんやりとかすんでいた。

憂いに泣き濡れる瞳が、私を気づかうようまっすぐに見つめている。

 

「労咳なんかじゃありません。」

 

かつての彼女が言っていた科白を、頭の片隅でぼんやりと思った。予防接種を受けているから、労咳にはならないのだと。

言葉のとおりそれが真実だとすれば、彼女は一体どんな病に蝕まれているというのだろう。

 

「だったらなんでそんな…」

 

(縋るような瞳をしているんだろう?)

 

助けを求めようとして、その一歩が踏み出せないというもどかしさ。

こんなときほど頼ってほしいのに、どうして星さんは私に遠慮したりするんだろう。

私なんかじゃ頼りにならないというのだろうか。藍屋さんには素直に話せても、私にはどうしても打ち明けられないことなんだろうか。

すべてを共有しようだなんて思わないけれど、困難に直面したときこそ二人でともに悩んだり苦しんだりするべきではないだろうか。そういう喜怒哀楽を分かち合うのが、私たち二人の関係だとばかり思っていた。

でも、もしかしたらそれは、私の思い描く理想でしかなかったのかもしれない。

 

「ごめんなさい。こんなことを言えば、きっとあなたが困ると思ったんです。私だってどうしていいのかわかりません。先のことが怖くて不安で、何よりこれ以上あなたの重荷になりたくない。」

「重荷? なんのことです。」

 

逃げようとして身じろいだ肩を捕え、何かを訴えたくて必死な彼女の瞳を覗き込む。縋りつく指先が羽織の袂を掴み、嗚咽が洩れるたびに力が込められていった。

こんなにも追いつめられているというのに、どうして口を閉ざしたりするのだろう。重荷というからには私の立場を斟酌しているのかもしれないけれど、それにしたってやけに自虐的だ。見ていて、とても可哀想になる。

 

(本当は労咳なんじゃないだろうか…)

 

自分が彼女の立場だったなら、その事実を知ったときにとてもショックを受けるだろう。できることならば相手に知られたくはないし、無理と承知の上で隠し通すに違いない。逆の立場になることを思えば理解できなくもないけれど、それにしたってそういう思いやりは不要だし、残酷だと思う。自分が害をなしたという事実よりも、隠し事をされたというショックのほうがよっぽど心に傷を残しそうだ。

たとえ労咳だと告白されようが、私はこの胸で受け止めなければならない。

 

「心配しないで。たとえ私の過失からあなたに迷惑がかかっていたとしても、私は自分を責めたりしないと約束します。後ろを振り返る代わりに、お互いが倖せになれる解決の道を一緒に探しましょう。だから、本当のことを教えてください。私はあなたを愛しているんです。愛する人が苦しんでいるのを黙って見ているわけにはいかない。私にも分けてほしいんですよ。」

 

ずっと泣きどおしの彼女の頭を引き寄せて、こわばりを溶かすように背中をやさしくさすり続けた。

泪まじりのくぐもった声が、懸命に喋ろうとする彼女の口からたどたどしく紡がれていく。

 

「ほんとうに? 何を言っても構わないんですか?」

「ええ。受け止めますよ。頼りないかもしれないけど。」

「わかりました。言います。言ってもいいんでしょう?」

 

自棄を起こしたように、勢いづいた彼女の口から念を押す言葉が続く。

私はそれを抱きしめる腕の中からしっかりと受けとって、大らかに微笑んだ。

 

「遠慮なくどうぞ。」

 

それを聞き届けた途端、彼女は意を決したようにこう叫んだ。

 

「実は私、妊娠しちゃったかもしれないおんです!」

説明
艶が?る二次小説です。沖田さん主眼。公式本家とはかけ離れたストーリーになりますので、閲覧の際はご注意ください。
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艶が〜る,沖田総司,幕末,長編

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