かき揚げ丼 フロンティア
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かき揚げ丼

 かき揚げとは、野菜や魚介類を細かく切った具を、小麦粉の衣でまとめ、食用油で揚げた物。

 具を“かき”集め、“揚げる”ことからこう呼ばれる。

 日本料理の天ぷらの一種。

 かき揚げ丼は、かき揚げを飯の上に置き、つゆで味付けした物。

 

「……さん。南 士郎さん。よろしいですか? 」

 目の前の女性が、かき揚げ丼について説明しているようだ。

 僕は呆然としていた脳を何とか回転させ、頷いた。

 

 すごい美女だ。

 ショートボブにした茶色い髪は、染めた感じはしない。地毛なのだろう。

 大人びた切れ長の目には輝く黒曜石のきらめき。

 紺色のブレザー。白シャツに緑のスカーフ、紺の字にチェックの入ったスカート。

 穢れのない白い肌は、女子高校生の制服と合わさって、清らかな雰囲気をただよわせている。

 

 でも、どう見ても20代前半のお嬢様みたいな雰囲気だ。

 名前の後には必ず“さん”をつけよう。

 

 奇妙なことに、その顔には木でできた仮面をかぶっている。

 皮膚と木の間には、凹凸が全く見られない。

 左腕も、同じ柔らかなクリーム色の木材で作られている。

 義手なのだろうか。

 しかし、普通の人間の手のようにタブレットをつかんでいる。

 さらに奇妙なことに、背中からは羽が生えていた。

 その姿は、まるで天使だ。

 その羽も木製だった。

 

 奇妙な点と言えば、制服の胸にガムテープが張ってある。

 それに黒マジックでレミュール・ソルヴィムと書いてある。

 手作りの名札だ。

 

 僕は不思議な場所にいる。

 床は金属製。

 それが直径50メートルほどの円形に広がっている。

 壁も円形で、前後左右と上に向いた窓がある。

 立派な展望席だが、使っているのは僕たち3人だけだ。

 だが、窓から見えるのは灰色の煙。

 とても濃く、1メートル先も見えない。

 

 レミュールさんは、医者のように説明を続ける。

「脳には血液脳関門という、血液と脳の間にあり、血液からの有害物質を防ぐ門があります。

 ですが、この門をすり抜けて脳までたどり着く物質もあります。

 アルコール、カフェイン、ニコチン、抗うつ剤などです。

 あなたの場合は、夕食で飲んだ酒のアルコールと、夜中に眠気覚ましとして飲んだコーヒーのカフェインでしょう」

 緊張を感じさせない。

 本物の医者の様だ。

「アルコールにしろ、カフェインにしろ、普通の人間なら数時間で分解されててしまいます。

 ですが、異能力者の中にはこれらの物質を、脳の中でエネルギーに変換する人もいます」

 

 僕には、ちんぷんかんぷんだ。

 何か、重要な事を聞き逃している気もする。

 

「あの……」

 その時、声をかけてくる女性がいた。

 短く刈り込んだ金色の髪。

 身長は140センチほど。

 しかし体は大変鍛えられ、筋肉質。

 黒いワークキャップ。

 ひたいの部分には白い刺繍で、広がる2枚の翼が。

 黒いスーツとスラックス。

 デザインが違うが、これも制服のようだ。

 どこかの軍隊を思わせる。

 胸には同じような名札を付けている。

 サフラ・ジャマルとあった。

「異能力者について、もっと基本的なところから教えた方がいいと思います」

 その目には、僕への強い共感があった。

 

「失礼しました」

 レミュールさんは初めてしまった!と表情に浮かべ、謝った。

「異能力者とは、最もプレーンな物理では、起こらない現象を意図的に起せる人間のことです。

 あなたの世界にも概念は伝わってませんか? 超能力とか、魔法とか」

 

 それなら、わかります。

 

「そうですか。では、話をつづけます。

 今言ったように、あなたの脳には、アルコールやカフェインを異能力に変える能力があります。

 ですが、このようなことが起こったのは、今回が初めてだそうですね? 」

 

 ……はい。

 

「脳内の機能は、その時々の環境で、――熱さや寒さ、宇宙からの重力や星の並び――などで大分変わります。

 また、エネルギーだけあっても、それを特定の方向へ向けなければ何にもならない。

 その方向性を向けさせたのが、かき揚げ丼だと私は考えています」

 そして、タブレットを一度読み、話を続ける。

「あなたはアマチュア小説家だそうですね。そして、作品を書き上げるおまじないとして、かき揚げ丼をよく食べていた。

 “書き上げ“と”かき揚げ“。このダジャレにより、普段繋がらない脳細胞が繋がった。そこに異能力エネルギーが流れ――」

 

「待ってください。ちょっと記憶を整理させて……」

 ここは惑星スイッチア。

 惑星全体が宇宙戦争により荒廃して、ほぼ半世紀たった地球型惑星。

 サフラ・ジャマルさんはそこの惑星国家、チェルピェーニェ共和国連邦。略してチェ連の空軍に士官候補生で……。

 

 気が付くと、僕はタブレットをひったくっていた。

「あっ! 」

 レミュールさんの手が大きく弾かれ、叫びを上げた。

「レミュールさんに何を! 」

 サフラさんも叫ぶ。

 

 それらを無理やり意識の外へ押しやり、僕はタブレットを凝視……しようとした。

 だが、タブレットは、厚さ2センチほどのプラスチックと細かい金属の加工品は、僕の指の圧力に負け、粉々に砕け散った。

 ……何の圧力も感じなかった。

 

「レミュール! 」

 横から声をかけられた。

 

 声をかけたのは、身長2メートルはある大男。

 着ているのは紺色のブレザーに白いシャツと青いネクタイ。ブレザーと同じ色のズボン。

 レミュールさんと同じ学校の制服だ。

 胸の名札にはオルバイファスとある。

 

 だがその容姿は、高校生には見えない。

 30代半ば、男盛りの大人と言っても通用しそうだ。

 目には、どっしり構えた勇気と怒りが感じられる。

 僕には恐怖に変換される……。

 

「わたしは大丈夫です……」

 そう言ってレミュールさんは手を見せた。

 その木でできた手には傷一つなかった。

 

 様子を見て、オルバイファスさんは安心したようだ。

 そして僕に向き直り。

「ちょっと待ってろ」

 そう言って壁に向かった。

 そして、はめ込まれたキーボードを操作する。

 すると天井が、風船を膨らませるように広がり始めた。

 同時に、床がエレベーターとなって下がり始めた。

 壁のふちに床が輪っかとなって残り、内側からは柵が現れる。

 エレベーターは、たっぷり10メートルは下がって止まった。

 現れた壁も、きれいな木の板張りだった。

 

「これから変身する。離れてろ」

 これを聞いて、僕とレミュールさんは素直に従った。

 エレベーターの中心にオルバイファスさんだけが残る。

 彼の体から、光が放たれた。

 光は、数百のピストルを乱射したような音と共に、直径10メートルはあるドーム状に変わる。

 そして、まるでシャボン玉のように割れた。

 中から現れたのは、巨大な黒い巨人だ。

 巨人が機械音と共に立ち上がる。

 たくましい男性の姿をした、金属の集合体。

 身長20メートルはある巨大ロボット。

 それがオルバイファスさんの正体。

 

 その右腕も人間そっくり。

 と思ったら、手が腕に取り込まれた。

 そして、巨大な筒が飛び出した!

 明らかに大砲だ!

 彼は、左手で大砲の機関部らしき場所をいじりだした。

 ガコン! と、重い金属音と共に、なにか細長い、と言っても太さ60センチはあるものを取り出した。

『これを折ってみろ』

 先ほどより大きく、低くよく響く声。

 そして差し出された物は、明らかに大砲の玉だった!!

『レールガンだ。火薬の類は入っていない。安心して折れ』

 へえ。

 レールガンとは、2本の平行に並んだ導線に、弾丸を挟み込み、そこに電流を流すことで弾丸を発射する銃だね。

 確かにそれなら発射に火薬はいらない――。

『早く折れ』

 その一言で、僕は内臓をわしづかみされたような恐怖に襲われた。

 次の瞬間、バキバキッっと派手な音を立てて、砲弾は砕け散った。

『どうやら、興奮状態になると力を発揮するようだな。

 それはタングステン製の徹甲弾だ』

 それって、戦車の最も分厚い装甲も貫けますか?

『よく知ってるな。その力を、もっと自覚しろ』 

 

 僕が叫んだり、ひっくり返ったりせずに済んだのは、こういう驚きが他のメンバーのも合わせると何度目かになるからだ。

 

 超次元技術研究開発機構、通称・魔術学園。

 彼らの世界にも日本という国はある。

 その日本政府が、宇宙人や異世界人の協力を得て作り上げたのが、その学園だ。

 目の前にいる二人と、その仲間たちは、高等部の生徒総会議員。

 彼らは、チェ連に異世界召喚されたんだ。

 

 レミュールさんは魔法部部長。

 オルバイファスさんはテニス部の部長。

 

 ついでに言うと、僕らがいまいる場所も議員の体内だ。

 水泳部部長、ノーチアサン。

 オルバイファスさんと同じ、人間に擬態できるメカ生命体。

 今は、ホオジロザメのような精悍な姿で、全長170メートルの体を生徒会の根城として提供している。

 

 いや、それどころじゃない。

「……どうすればいいんですか? 」

 僕の心に、非常に対する根源的な感情、恐怖がわき上がる。

 たしかに僕は、主人公が異世界に召喚されて冒険する小説を書きたいと願った。

 けど、自分が来てしまうなんて!!

「僕はどうやったら帰れるんですか!? もっとかき揚げ丼を食べて、ビールを飲めばいいんですか!? 」

 

「そんなことをしても、健康を損なうだけですよ」

 レミュールさんが、僕への同情をこめて答えた。

 

「なあ。魔法なら、かけられた目的があるんじゃないか? 」

 その時、オルバイファスさんが人間の姿に戻りながら声をかけた。

「小説を書き上げるのに必要な事をさせる。それしかないだろう。それは取材だ」

 

 僕が書こうとした小説は、異世界召喚物だから、理屈は合うと思うんだけど。

 

「待ってください! 彼は異能のない世界からきたんですよ!? 」

 そう!

 レミュールさんの言うとうり、僕に異能を使うノウハウなんかない。

 それでも、オルバイファスさんは考えがあるようだ。

「彼は、自分を信じて臨んだからここにいる。それが前提なら、信じる心がなければ魔法が消えてしまうではないか。だから我も、南を信じることにする」

 

――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――

 

 その夜、ノーチアサンさんの胴体にある食堂に通された。

 まさに戦艦の中らしい。

 ならぶ長テーブルで、40人近い生徒会と士官候補生たちと、寄り添うように固まった。

 それにしても、滅亡寸前の世界にしては豪華な料理が、すし詰め状態に並んでいる。

 ……というより、飛び切り新鮮な材料を、腕によりをかけて生き生きと作ってないか?

 生の果物や刺身まである。

 

「最近、日本と小規模なポルタが開いたのよ」

 そう言ったのは、自慢げに笑う日本人の少女シェフ。

 胸に城戸 智慧と書いていた彼女の足は、ギブスで固定されており、電動車いすに乗っていた。

 以前の戦いで負傷したらしい。

 えーと、ポルタって、次元を超える門の事?

「そうよ」

 それにしては、あの二人の生徒だけ違う物を食べてるようだけど?

 味の濃そうなスープに入った、缶詰みたいじゃない?

「ああ、あの二人はタンパク質の形が地球人とは違う、異星人なのよ」

 その2人は、見た目は地球人の男女そっくりだ。

「擬態だよ。ロボットの体に、次元湾曲機能を使って入ってるんだ」

 彼らは気にするな。というように笑いかけながらそう言った。

 オルバイファスさんもいっしょなのか。

 

 テーブルの前には、申し訳程度のステージがある。

 まずは、生徒会長ユニバース・ニューマンさんのあいさつ。

 金色の髪はショートボブ。

 透き通るような青い瞳。

 そしてグラマス美女だ。

「わたしたちも、学園に帰れるめどがつきました。あなただって、きっと帰れますよ」

 こういうのを、身に余る待遇というのかな。

 

 続いて、大音響のロックが聞こえてきた。

 ギター兼ボーカルとベースの二人だけのミニコンサート。

 

 ベースは音楽部の部長、竜崎 舞。

 ショートカットの黒髪に、大きな瞳が可愛い少女だ。

 異能力のせいで言葉がしゃべれないというハンデを抱えながら、その腕前で16歳の1年生で部長に就任した才女。

 

 ギター兼ボーカルは彼らの地球の人気アイドル、真脇 達美。

 アイドルは、赤い髪に猫耳としっぽをつけた女の子の姿をしていた。

 何と真脇さんは、わき腹にエレキギター用のアンプがあり、そこにコードを差し込んでいた!

 口から流れるのは歌とギターの音色。

 もしや、これこそが猫型ロボットか!? と思ったが、事故で体を失った猫に機械の体を与えたサイボーグだった。

 彼女は生徒ではなく備品、つまり正式にはペット扱いらしい。

 まさか、ネズミの大群と闘ったり!? と思ったが、あちらの世界の猫は魔法の細かい流れが見えるらしく、教材としてらしい。

 

 ミニコンサートなのに、そこは素晴らしく別世界のようにきらびやかに見えた。

 明るい、希望に満ちた歌。

 少し勇気づけられた。

 

――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――

 

 翌日。

 

 僕に、取材を兼ねた仕事が割り振られた。

 それは、取り調べる容疑者の調書を描くこと。

 取り調べるのはサフラさんだ。

 この船には、彼女のように生徒会をサポートする士官候補生がたくさんいた。

 

 僕は、船内の留置場に通された。

 地上の警察署には警官も少なく、いても経験のない人ばかり。

 まともに機能していないらしい。

 

 テロ組織の名は『気高き敗者奴隷バンザイ団』

 何となく吹き出してしまった名前だが、彼らの過去は凄惨その物さ。

 彼らは、チェ連は宇宙に負けた国家で、無価値だと自分たちを納得させていた。

 それを理由に、より命を活躍させるため、と称して自国民を異星人マフィアへ売っていた。

 異星人マフィアが渡した怪獣を武器にする。

 

 調書を書き始めていきなり、僕の能力のすごい効果が明らかになった。

 容疑者がこれから話すことを、まだ話していないのに書いてしまえるのだ。

 

 生徒会の中には予知能力者もいるが、それとは違う。

 彼が見えるのは、もっと大きな変化らしい。

 例えば、テロリストが爆弾を持っていた場合、数日後に爆発する様子が見える。

 それに対し僕は、テロリストがどこで爆弾を製造し保管しているか、その調書をかける。

 

 テレパシーで記憶をのぞける能力者もいる。

 それでもあやふやな点があるらしい。

 相手の正しい記憶なのか、暗示などによる思い込みなのか、はっきりしないからだ。

 

 僕の場合、この調書として残るのも大きな利点だった。

 できた調書をほかの容疑者に見せたら、もう観念したのか次々に証言が集まった。

 

 

――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――

 

 さらに翌日。

 ノーチアサンさんは、灰色の雲から出て地上へ向かった。

 灰色の雲は成層圏エーロゾル。

 火山の噴火によって放たれた二酸化流黄ガスが硫酸水滴になった。つまり酸性雨の雲だ。

 この火山噴火自体、宇宙人の攻撃によるものだそうだ。

 

 僕は今、船の一番高いところ、艦橋にいる。

 数人の士官・・・・・ぽい生徒と共に、いかにも司令部、CIC(コンバット・インフォメーション・センター)な部屋にいる。

 そこで席をあてがわれている。

 サフラさんもいっしょだ。

「南さん、調書を描いていただいた時点で、あなたのお仕事は終わりです。

 これからの作戦をご覧になって、途中で帰ってしまわれても、それは喜ぶべきことです。

 これまでありがとうございました」

 

 僕も、頭を下げた。

「そうですか。こちらこそ、ありがとうございました」

 今僕が着ているのは、全身を覆う黒いプロテクター。

 しかも、機械で体力をサポートしている。

 本物のパワードスーツだ!

 それとヘルメットと、腰のポーチに入ったガスマスク。

 これらも生徒会の手作りらしい。

 

 CICには多数のモニター。元いた地球では見たことのない、立体映像まである。

 地上の様子は、そこに映されていた。

 

 雲を突き抜けると、格子状に並んだ大通りが見えた。

 大通りを挟んで近代的なビルが並んでいる。

 元は整然とした大都市だったのだろう。

 それが今は、崩れたり、焼け焦げたりしている。

 

 そのど真ん中に、生徒会は降下している。

 木を隠すなら森の中。人を隠すなら人の中。

 自動で書き上がったような調書を読んだ時、僕が思い出せたのはその一言だった。

 

 見晴らしのいい窓には、灰色の空しか見えない。

 その空を、全長30メートルの戦闘機形態に変形したオルバイファスさんが飛んでいる。

 

 3日間チェ連にいて、わかったことがある。

 彼がこの船にいる人々のリーダーのようだ。

 宇宙傭兵団ロボリューション。

 そのリーダーがオルバイファスさんの前の職業だ。

 いくつもの惑星間戦争で決定的勝利をものにし、“外敵から守るため、やむなくある星を指揮下に置いた”経験を持つ。

 でもそれは、侵略というのではあるまいか。

 

 以前本で読んだ、ヤクザの誕生物語を思い出した。

 徳川 家康が江戸にやって来た時、周りは広大な沼地だったそうだ。

 家康公は、そこへ大勢の労働者を呼び寄せた。

 当然、若くて力の強い男ばかり。

 人が多ければ、喧嘩も多くなる。

 家康公は強い人に力で押さえつける権利を与えた。

 それがヤクザの始まりだったらしい。

 

 いけない。もっと落ち着かないと。

 さっきから僕の手は、レミュールさんから教わった魔法陣の練習を反芻している。

 

 まず丸を書く。

 円熟という言葉があるように、この丸は魔法の力をためておく器。その概念だ。

 今は練習だから、手で払って消す。

 次に、“火”と書く。

 自分が火であるように、強く、強くイメージしながら。

 書かれた文字は、空中でオレンジ色の火となった。

 すぐに散ってしまう、はかない火だが。

 

 先ほどの円の中に火を書き入れると、器の中で火の概念が安定する。

 すると……あ! 円消すの忘れた!

 

 ボムっ!

 

 火は瞬く間に大きく育ち、瞬時に自動消火装置が作動した。

 天井からロボットアームが降りてきて、二酸化炭素が吹き付けられる。

 二酸化炭素が温暖化を引き起こす、温度を吸い取るって、ほんとだね。

 寒い!

 

「気を付けてください! 」

 周囲の怒声と視線も寒い。

「ごめんなさい」

 

 その時、地上を映すモニターに、光が増えた。

 レモン色で、地上からここまで、連続して登ってくる。

 それも、幾筋も。

 

「対空砲火を受けています! 」

 オペレーターの一人の声を聞いた時、手が止まった。

 あ、またうっかりだ!

 途中で手が止まると!……魔法陣は消えていった。

 

 対空砲火は激しさを増す。

 ひときわ大きく1発だけあがってくる光はミサイルだろう。

 だが、衝撃は来ない。

 音さえ聞こえない。

 

 それどころか、ノーチアサンさんはぐんぐん降下速度を上げていく。

 もしかすると、街がはっきり見えてきたから、スピードを正しく感知できるようになっただけかもしれない。

 

 街の中で、比較的無事そうに見えたビル。

 その屋上に、自動小銃や肩撃ち式対空ミサイルを持った数人の影。

 それと2つの銃身を持つ対空砲が見えた。

 いかにも古めかしい。後ろに人が座り、目で見て操作する奴だ。

 操作している男に、カメラは向いている。

 

『突入! 開始!』

 オルバイファスさんからの無線連絡。その直後、初めて艦が揺れた。

 

 その時、屋上を肌色の巨大な何かがなでた。

 手だ。しばらくかかったが、それは人間の手だと気付いた。

 気づく間に、屋上は形を失った。

 コンクリートは灰色の砂、いや、ホコリかもしれない。とにかくバラバラになって、最上階に落ちていった。

 砕け散ったのはコンクリートだけ。

 人間たちはコンクリートに埋め込まれていた鉄筋に引っかかった。

 巨大な半透明の手が、もう一度なでる。

 次は、手にした銃と、対空砲、武器が粉々になった。

 

 この能力が誰の物かは、CGで描かれた配置表を見ればわかる。

 舳先をビルに乗せた格好で止まるノーチアサンさん。

 その船尾下に、しゃがむ巨大な人影がある。

 音楽部部長、竜崎 舞。

 あのベースの女の子は、物質を構成する結合力を自在に操れる。

 それを操れば巨人にもなれるし、硬い物も灰にできる。

 

 カメラで、テロリスト達の顔がいくつも写しだされる。

 その顔は、いかにも悔しそうだ。

 

 彼らは赤い影にさらわれて、次々に見えなくなった。

 アイドルの備品、真脇 達美。

 彼女は今、背中から金属の羽とジェットエンジンを展開して飛び回っているはずだ。

 配置表では、名前と大まかな行動エリアしか表示できないスピードで。

 

 この映像はすぐ消えた。

 だが、見るべき映像はまだある。

 

 周辺の地図には、展開するチェ連軍がミドリのマークとなって描かれる。

 え〜と。どれが戦車で、どれが歩兵だっけ?

 

 ターゲットのビルから、次々に自動車が走りだした。

「これは、テレパシーで操ったテロリストですね」

 横を走られたチェ連兵士も、何もしない。

 これでテロリストは逃げる足を失った。

 

 モニターには空中で多数のドローンが撮影した物もある。

 

 一番驚いたのは、ターゲットのビルの中身が最上階から次々に明らかになり、3DのCGとして再現されていく事だ!

『これか? これは高速移動ができる能力者に、レーザーで3次元データを集めるセンサーを持たせているのだ』

 ノーチアサンさんが教えてくれた。

 

 地図のマークが複雑に動きだす。

 ビルの塀を、戦車が体当たりで壊す。

 そのままゆっくりビルへ向かい、後を追う歩兵の盾となる。

 自衛隊の10式や90式に比べると小さく、丸っこい。

 米ソ冷戦時代の、旧世代の戦車に似ていた。

 

 歩兵が持つ銃は、黒い鉄と木でできた自動小銃だ。

 そして同じことが、ほかの塀でも起こっている。

 

 彼らの頭上では、空を飛べる異能力者達が窓を破って突入する。

 レミュールさんもそこにいた。

 制服を着た、まさに高校生!

 みたいな人もいれば、ヤギに翼を付け、毛並みを緑にして二本足で立たせたような、怪人もいる。

 

 せいぜい5階建てのビルに、上からも下からも横からも踏み込んでいく。

 素人目にもテロリストに逃げ場はないように思えるよ。

 

 それと同時に、焦りというか、違和感みたいなものが心に広がってきた。

 僕の書こうとした物語は、就職が見つからず家族に理不尽にいじめられる青年が主人公だった。

 それがハローワークへ行く途中に交通事故で死んでしまい、剣と魔法のあるファンタジーの世界に行く。

 連れて行くのは、主人公をあまりに不憫に思った神様。

 モチーフは室町時代、戦国時代の日本だ。

 そこで、強力な妖術を持つようになった主人公が、悪党をバッタバッタ倒す物語だ。

 

 僕自身はそれほど悲惨な境遇じゃないけど、今現在に不満を抱き、逃げ出したいという気持ちは理解できる。

 そう思ったから、苛立ちを吹き飛ばすような爽快感ある話を目指したんだ。

 

 でも、今目の前にある世界は、僕の物語とはあまりに違う。

 それが、怖い。

 本当は、僕の意思によってここに来たわけではないんじゃないか?

 

 その時だ。

 艦内にけたたましい電子音がひびいた。

 

「緊急警報! ビル内部からです! テロリストが、次々に怪獣化していきます! 」

 オペレーター役の生徒会や士官候補生が叫びだす。

「遠ざけていたテロリストも怪獣化して、戻ってきます! 数は……22! まだ増えていきます! 」

 

 次の瞬間、ビルからそれまでの電撃やビームに変わり、巨大な毛むくじゃらの手足が突き出した。

 他にも、角や翼。機械的な大砲や建設機械のような腕も見える。

 明らかにビルの体積を超える巨大怪獣だ。

「うわっ! やられる! 」

 思わず口をついた。

『落ち着け。仲間は全員無事だ』

 ノーチアサンさんが、落ち着いた様子で説明しだす。

『自力で脱出するものも多い。それができなくともテレポーテーションで転送する能力者が控えている。その上、望む可能性を100%にする能力者もいる』

 

 ビルの爆炎が遠ざかっていく。 ノーチアサンさんは上昇を始めていた。

『私の中に入ればもう安全だ。バリアシステムは正常。捕虜たちも怪獣化していない』

 そう言われると、落ち着いてきた。

 

 爆炎が、大きく波打った。

 中から現れたのは、ワニのような大きな口。

 しかも、本物のワニよりはるかに巨大なそれは、ノーチアサンさんの舳先にかぶりついた!

 バリアシステムは火花をちらして阻む。それでも牙は離さない。

 口は、大木のような質感を持つ長い触手で支えられていた。

 触手はいかなる筋力を持つのか、ノーチアサンさんに巻き付くと、締め上げてきた!

『愚かな……』

 ノーチアサンさんはそれだけ言った。

 満艦飾よりも明るく光らせていたバリアが、その光を増した。

 それだけで、触手が信じられない圧力をうけてちぎれ飛んだ!

 ワニの口はかろうじて食らいついているが、あごは不自然な空き方をしてぶらぶら揺れている。

『しぶといな。だが火器さえ使えれば』

 灰色の船体が開いて、中から長い筒のようなものが見えた。

 それは、大砲だった。

 しかも、得体のしれないエネルギーを弾とする。

 1、2発唸りを上げると、ようやくあごは外れた。

 

 ノーチアサンさんは、そのまま上昇を続けた。

 だが下では、信じられないことが起こっていた!

 落下していく触手が、つながっていく!

 筋肉や神経だろうか?

 破片の切れ目から伸ばしあったそれが、結びつき合っていく。

 たちまち触手が復活した。

 しかも、以前より太くなっている!

 

 ビルの跡地では、爆炎が消えていく。

 消火活動の賜物ではない。

 巨大なあいつが、踏み荒らしたあとだ。

 あいつは、カオス・混沌そのものに見えた。

 さっき見た翼や腕が、なんの脈絡もなく、ある一点から伸びている。そんな感じだ。

 縦にも横にも奥行きも、100メートルを超えているかもしれない。

 

 周りには、小さな怪獣たちが近づいてきた。 

 こっちはティラノサウルスやライオンなど、まだわかりやすい姿をしていた。

 ……あれ?

 

「遠ざけていたテロリストが、戻ってきました! もうテレパシーも効きません! 進化しているのでは!? 」

 オペレーターの言うとおりだ。

 怪獣たちは、異能力にもう負けない。

 ようやく対等になった。と言わんばかりに、カオス怪獣の元へもどろうとする!  

 

「怪獣達はバリアを貼るようになりました。ノーチアサン! あなたのバリアがコピーされたのでは!? 」

 オペレーターの声に、ノーチアサンさんは初めて焦りの声を上げた。

『そんな馬鹿な! そうかんたんにコピーできるものではないぞ! 』

 船体では、ありとあらゆる兵器が起動する。

 

 地上では、内と外から生徒会とチェ連軍が挟み撃ちになっていた。

 達美ちゃんが高機動で翻弄し、両腕から光を放つ。何万度もするプラズマレールガンだ。

 舞ちゃんの物質粉砕する手が、怪獣を突く。

 でも彼女らも、他のメンバーの攻撃も、バリアの前に阻まれる!

 

 舞ちゃんは相手の足元を粉砕して、落とし穴にする戦法に切り替えた。

 その間なら、敵の攻撃も自分をすり抜ける。

 味方はなんとか戦力を集中させ、身を守っている。

 空からの支援もある。

 

 バリアを張るのにも体力がいるのだろう。

 敵の動きが鈍ってきた。

 

 だが他の地点では。

 中央のカオスにたどり着いた怪獣が、そのカオスに溶け込んでいった。

 するとカオスの、巨体の割に短い足。

 それが一気に巨大化した。

 あの巨体が、立ち上がった!

  

 その後、いっときの沈黙をおいて、オルバイファスさんから通信が入った。

『テロリストの支援者が、これまでの我々のデータを研究していたのだ』 

 船体の、ありとあらゆる兵器が起動する。

『あの怪獣たちが、中心の巨大怪獣に取り込まれることで、あらたな機能が使えるようになる。絶対に近づけるな! 』

『了解! ディミーチ! バリア・ブリーチング頼むぞ! 』

 ディミーチとは、地上にいる身長50メートルの青鬼のような宇宙人。

 擬態の説明をしてくれた、たんぱく質が地球人とは違う人だ。

 その手には、柄が身長ほどもある、巨大なハンマーが。

 そのディミーチさんが、天をにらみ、ハンマーを頭上から振り下ろした!

 持ち主の頭より大きな、打ち付ける部分から、光の塊が飛びだす。

 

 それはノーチアサンさんの後ろに近づいてきた鳥のような怪獣に命中した。

 船体からミサイルが、レーザーが、四方八方に発射される。

 鳥怪獣が、一瞬で焼き尽くされて落ちていった。

 ディミーチさんのハンマーには、バリアを無効化する機能があるんだ。

 それがバリア・ブリーチング。

 

 だが、喜んでいる場合じゃない!

 オルバイファスさんの言うとおりだ!

 また一体の怪獣が飲み込まれることで、カオスの大砲が砲塔となって動き出した。

 その砲口が、生徒会とチェ連兵の集まる場所を向く。

 それまで戦っていた怪獣たちが、一斉にその場を離れた。

 

 両者の間に、阻むものは何もない!

 もうだめだ!

 

 僕は、思わず目をつむった。

 しかし、いつまで経っても、砲弾が味方を打ちのめした。という報告は聞こえなかった。

 あまりの仕打ちに皆、茫然自失になっているのか?

 いや、違った。

 カオスの大砲の先に、あの撃ち落とされた鳥怪獣がいた。

 その焼けて飛べなくなった翼を、猿のような怪獣が肩を貸して歩いてくる。

 あの二人を慮ったのか。

 ……あんな姿になったのも、何らかの優しさのため。なのか?

 

 突然、触手の先のワニの顔が吠えた!

 街全体を揺らし、瓦礫が浮き上がるような声で!

 その声を聴いたあと、怪獣たちの行動は決まった。

 一目散にカオスに向かい、その身を合体させ始めた。

 カオスは、合体しながら首をさらに伸ばして生徒会とチェ連軍に突っ込んでいった。

 当然、無数の攻撃に晒される。

 それにも構わず押し通ると、とどめを刺さずに、今度は鳥と猿の怪獣へ向かった。

 その口の先に、見えた。くわえられたディミーチさんのハンマーが。

 不器用に歩く巨体に、次々に爆撃がくわえられる。

 その一つ一つが余波だけでビルを崩す、オルバイファスさんのビーム砲だ。

 

 それでもカオスは止まらない。

 あっという間に、残る2匹、猿と鳥の怪獣の前にたどり着いた。

 そこで一旦ハンマーを起き、二匹を飲み込んだ。

 その時、見えたんだ。

 人間に比較的似た猿の顔が、にっこり笑っているのが。

 

 カオスにめがけて、すべての攻撃が集中してきた。

 それをカオスはバリアで防ぐ。

 火花が散るその中で、カオスは形を整えているようだ。

 

「そ、そうだ」

 僕の口から、疑問が思ったまま出てきた。

「さらわれたという人たちは!? どこにいるんですか!? 」

 今は迷惑になるとかは、考えられなかった。 

 

「全て、あの怪獣の中にいます」

 意外にも、答えてくれたのは、一番硬そうなサフラさんだった。

「さらわれた、というのは正しくありません。彼らは、もともと我が国の未来に悲観していた人たちばかり。怪獣になってまで我が国を攻撃し、宇宙へ連れて行ってもらおうと考えているのです! 」

 

 巨大な爆炎が、中から丸く吹き飛ばされた。

 中で巨大な羽が羽ばたいたからだ。

 爆炎の中には、何もいない。

 もう空中にいて、こっちへ向かってくる!

 

 一目見ての感想は、きれいの一言だった。

 6本の腕と3つの顔を持つ異形でありながら、均整の取れた有名な仏像、阿修羅像のような。

 そのすがたは、燃える赤い龍か?

 ワニの様な顔と?い首はそのままだが、胴体は分厚い暑い胸板と腹筋。

 その胸板は4本の腕と2枚の翼をしっかり支えている。

 腕は毛むくじゃらの筋肉質なもの。機械のもの。カマキリのような鎌を持つもの。そして砲塔。

 翼は途中までは鳥のように羽が生えているが、先端はコウモリのように膜が貼っている。

 足はダチョウのように長く、早く走れそうだ。

 そして永い尾の先には、金属のきらめきがある3本の鉤爪。

 

 そしてディミーチさんから奪ったハンマーは、毛むくじゃらの右腕に握られていた。

 カオスの砲撃。しかも口から火を吐いてきた。

 ノーチアサンさんはそれを見越して、先に回避行動を撮っていた。

 

 激しい打ち合いを見ながら、僕らは体重が何倍にもなる遠心力に耐えねばならなかった。

 これが高G戦闘という奴か。

 おかしい。ノーチアサンさんには、重力制御装置があって、遠心力を打ち消せるのに。

 ……つまり、その分のエネルギーも砲撃に使っているのか。

 

 その時、カオスの尾が迫ってくるのが見えた。

 その鉤爪には、ディミーチさんのハンマーが握られていた。

 艦全体が、がくんと揺れた。

 ノーチアサンさんの横腹に突き刺さったカオスの尾。

 そこから炎と煙が上がっている!

 

「! 留置場を破られました! 3人の逮捕者が怪獣化! 大怪獣に同化していきます! 」

 オペレーターが言っていることが、感覚でわかる。

 船体の中で、固くて巨大なものが周りを押しのける音。

 その直後、艦が横倒しになった。

 

 この衝撃は、すぐに重力制御装置が軽減してくれた。

 窓からは、こっちに背を向けて飛ぶカオス。

 だが、飛び去るわけではなかった。

 遠ざかるのは、地上の方だ。 

「ひ、人質にされた! 」

 そうさとったとき、艦のモニターが消え、艦橋が暗くなった。

「ノーチアサンさん!? 」

 金属音はさらに激しくなる。

『バリアを使って、やつの尾の排除を試みている! 』

 

 そ、そうだ。さっき思いついた方法を!

 魔法陣を書き上げるんだ。

 “平和”を!

 だが、その魔法陣は、何も起こすことなく消えてしまった。

 

 喉の奥が、悔しさで苦しくなった。

 と同時に、叫び声が溢れた。

「どうしたんです!? 早くガスマスクをつけてください! 」

 

 サフラさんの優しさが、僕には申し訳なくてたまらなかった。

「ごめんなさい! 僕がここに来たのは、僕自身の意思じゃ無かった! 」

 涙で視界が歪む。それでも多くの顔がこっちを向いているのは見えた。

「魔法陣に、平和と書きました。でも、何も起こらない! どんな魔法陣でも書ける能力なのに! 」

 これは、一つの恐ろしい事実を示すものだ。

「きっと、何者かの陰謀だ! 僕を調子づかせるか、皆さんの信用を得たところで爆発させるような! な、なんとかしてぇ! 」

 いや、他力本願はだめだ。

 もう、スイッチアの空に飛び降りようか。

 そう考えてシートベルトを外そうと手を伸ばした。

 

 その手を、サフラさんに止められた。

「ねえ。魔法って、本人の明確なイメージがないと、発動しないんですよね」

 となりの生徒会オペレーターが、ええ。そうです。と認めてくれた。

「あなたは、何がしたいの? 」

 一瞬、あっけにとられた。

 涙で視界が歪んでるはずなのに、僕にはその一言が、天使のような微笑みを持って発せられたように思えた。

 

 なんで、あいつをやっつけて、と言わないんだろう。

 平和を望みながら、敵を全滅させようとか、歩み寄れる環境を作ろうとか、そういうイメージをしなかったのは確かだ。

 イメージを明確に作れるなら、“帰”なら確実だ。

 自分の部屋、ベッド、小説を打ち込むタブレット、パソコン、日常。

 それをイメージするだけでいい。

 僕だけ逃げだす可能性に、気づかないはずないのに。

 

「ポルタ発生! 巨大な物体がポルタアウトしてきます! 」

 オペレーターが叫んだ。

「直径、900キロメートル! 」

 気がつくと、窓の外は真っ暗だった。星も見えない。

 

 第1日目の夕食でも聴いた、ポルタという単語。

 それは、暗い宇宙に浮かぶ光の穴だった。

 時も空間を捻じ曲げ、何光年もの距離を飛び越す、次元の虫食い穴。

 ポルタとは、彼らの地球でそれを指し示す名前。

 得体のしれない、しかしすべてを焼き尽くすような光があふれ出す。

 その中から、巨大な物体が姿を現した、

 

 おもちゃのような、UFOとしか言いようのない円盤型の何かが。

 船体からは、無数の光る点が放たれている。

「ペースト星人の宇宙戦艦です! 」

 サフラさんが言った。 

 おもちゃのように、と言ったのは、地上で見たにしては細部がはっきり見えるからだ。

 地上なら空気なりで、遠くのものほど見えにくくなるから。

 音も、空気がなければ伝わらない。

 つまり、見た目道理ではない。

「直径900キロメートル! スイッチアに大噴火をさせた艦と、同一の物です! 」

 

 UFOとノーチアサンさんの間では、相変わらずカオスが翼を動かしている。

 あれ、宇宙でも使えるんだ。

 

 UFOからの光が、カオスに当たった。

 その一発でカオスの全身を押さえつける、巨大なミサイルだった。

 次々に爆発が続く。

 ミサイルは膨大な破片に変わり、ノーチアサンさんを撃ちすえた。

 僕達もシートとベルトの間で、痛いほど体が跳ねる!

 

 僕の喉から、これまでの人生で最大の音量がでた。

「早く! 早く逃げましょうよ! 」

『そうしたいが、ディミーチのハンマーが邪魔をしてバリアが貼れないのだ! 』

 そうだノーチアサンさんはバリアで尾を押し出そうとしている。

 ハンマーがある限り、船体に張るバリアも弱まるんだ。

 

 ならば!

 僕は、新たな魔法陣を書き始めた。

 まずは、“見”!

 たちまち、船内で引っかかっているハンマーを見つけた。

 これを、“移”!

 船外へ移した。

 

 船体が一瞬揺れるが、鉤爪から逃れることができた。

 同時に、照明とモニターも復活した。

「ノーチアサンさん!? 大丈夫ですか!? 」

 力強い答えが帰ってきた。

『ああ。反撃は可能だ! 』

 

 いえ、逃げましょう。そうしようぜひ逃げよう。 

 あの無敵とさえ思えたカオスが、一方的に攻撃されている。

 

 皆さん、無敵と思える力を持っていても、戦争とは恐ろしいものです。

 一端のチート小説書きを気取っていた私の愚かさをお許しください。

 

 しかし逃げ道は、さらに力強い声で阻まれた。

『その穴は、我が埋める! 』

 オルバイファスさんだ。

 ノーチアサンさんの大穴に近づくと、戦闘機形態から人形に変形する。

 さらに先程は見せなかった、背中から2門の大砲を引き出した。

 そして足から傷の中に入り、即席の砲塔となった。

 宇宙戦艦との、激しい打ち合いがはじまる。

 迫り来る砲撃が撃墜され、真空を照らした。

 

 “見”の魔法はまだ生きている。

 オルバイファスさんは胴体から、電気コードのようなものを取り出し、ノーチアサンさんのコードの差し込んだ。

『応急処置は、これで勘弁してくれ! 』

 更に腹のハッチが開くと、数人の生徒会が飛び出してきた。

 その一人は、弓を手にしたレミュールさんだ。

 きっと魔法で空気をとどめているのだろう。

 

『精密振超動波砲チーム、受領! 』

 ノーチアサンさんがいったこのチームは生徒会長、ユニバースさんを中心とした、生徒会の切り札だ。

 彼女は、どんなものでも振動させて破壊できる、超振動能力を持つ。

 振動波を調節するサイコキネシス。照準する透視能力。強力な影響を事前に調べる予知能力。皆の思考を連結するテレパシー。

 これらの能力者でチームを組む。

  

「敵は? どうなってるんです? 」

 艦橋に飛び込んできたとき、レミュールさんの第一声はそれだった。

 あの、宇宙人を頼りにしていたはずの大怪獣が、その宇宙人から攻撃されているのだから。

 今や、虫の息に違いない。

 力無く漂うだけだ。

 

『無線通信を解読してみた』

 ノーチアサンさんだ。

『どうやら、予想以上に怪獣が巨大化したため、受け入れる余裕がなくなったらしい』

 そんな! あんなに巨大な宇宙船なのに!?

「あの怪獣、見た目の大きさ以上の、力を秘めているようですね」

 レミュールさんはそう悟った。

 そして、そのきらめく瞳で僕を見つめた。

 すぐ外は戦火が舞っているのに、揺らぐことなく。

「サフラさんから話は聴きました。世界を平和にするイメージがつかめず、魔法を使えなかったようですね」

 はい、申し訳ないことです。

「いいえ。それでいいかもしれません。実は私には、力に頼れば世界は平和になると、思っていた頃がありました」

 その告白に、僕は目を丸くした。 

 もし時代が違えば、この人と悪の女帝として出会っていたかもしれないのか?

『彼女だけではない、我らのロボソリューションも、そうだった』

 オルバイファスさん……。 

「でも、世界が人間だけでできていないように、私達の力は宇宙の多様性によって阻まれました」

 そういう彼女の義手が、光を放つ。

 その左手に平から、引き出されたもの、それは一本の輝く矢だった。

「そこで悟ったのです。多様性を知り、その可能性を引き出すことが、より大きな力になると」

 矢は、僕に渡してくれた。

「それを学ぶために、高校生からやり直すことにしました」

 なぜだろう、物理的な重さは感じないのに、重い。

 心に感じる責任感みたいな重さだ。

「それで魔法陣を書きなさい。私の魔力を上乗せできます」

 

 つぎの言葉を、僕の人生で使うとは思わなかった。

「心して、使わせていただきます。それと、テロリストはこの船に収容したいのですが。当然、人間サイズで」

 その場がどよめいた。

『ならば、この下の食堂がいいだろう。その前に、全員体を固定しろ』

 ノーチアサンさんは、警告を繰り返した。

 僕らがそれに従う。開いた席に座れない人は、椅子の後ろにしがみついた。

 

 その間に、舳先がペースト星人に向いた。 

『精密超振動波砲、発射! 』

 サメの口、舳先の傾斜版は開いていた。

 その奥の格納スペースから、極彩色の光が雷のように波打って放たれた。

 怪獣映画でよく見る、あの光線は正しかったんだ!

 艦への振動に耐えながら、僕は妙な感動に打ち震えていた。

 

 やがて、振動が収まった。

 彼方では、円盤が真二つに切り裂かれ、左右に泣き別れしていく。

 ここからだとゆっくりに見えるけど、直径が900キロメートルなのを考えると、かなりのスピードで離れているに違いない。

 精密超振動波砲の余波が見える。

 砲撃を仕掛ける部分も、窓明かりも、切り口から左右対称に減ってゆく。

 やがて宇宙戦艦は、ただの灰色の塊になった。

 

 

 

  

 

 

おーい。気高き敗者奴隷バンザイ団。

 君らの気持ちは僕にもわかる気がする。

 巨大な力が手に入るあてがあるから、それで自分の未来を切り開きたかったんだろ?

 あてが外れて残念だったね。

 これからは、その力で君たちが世界を守るんだ。

 あんまり巨大な力だそうだから、一人ひとりにわけさせてもらうよ。

 人間の姿に戻る機能もつけてあげよう。

 心配いらない。ちょうどいい言葉を知ってるんだ。

 

 “変身”!

 

  ――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――

 

 

 痛っ!

 息苦しさ。それと肘から肩、それに腰への痛みを感じて、僕は起きた。

 ここは僕のベットだ。

 

 そうか! バンザイ団を無事収容できて、満足できたから帰れたんだ!

 食堂に連れて来ることができた、大勢の人たち。

 その瞳はまっすぐこっちを向いていた。

 少なくとも僕らの、違う、僕の仲間の話を聞く気にはなった。

 

 ……いや、そうじゃない。

 うつ伏せになってタブレットでネット小説を読み、寝落ちしただけだ。

 曲げたり押さえつけられたあちこちが痛い!

 寒いけど、ちょっと起きて体操しよう。

 このままだと血の巡りが悪くなりそうだ。

 

 体操をすると痛みも少し和らいだ。

 途中で、夢オチものの物語にありがちな、「夢じゃなかったんだ。夢じゃ……」な証拠を探してみたが、なかった。

 がっかりはした。

 でも、あったらあったで、あとのことが心配で仕方がなくなっただろう。

 これで安らかに眠れるんだ。

 

 ……いや、眠れない!

 よく言われる、寝る前に思いついたアイディアは起きたときに忘れてしまう。という不安が襲ってくる!

 夢を、プロットにして書いておこう。

 まあ、取材と思えばいい夢だったに違いない。

 

*新作プロット

 

 アイディアだけでチートな物語を描けばうけると思っていた作者が、異世界移転して苦労する話。

 周辺もその辺りは解っていて、サポートしてくれる。

 サポート側は宇宙の多様性を体現したチーム。

 敵はその真逆だが、下品になりすぎないように。

 全体で世界の多様性と、力を合わせることの素晴らしさを書く。

 

注意! バンザイ団の焦り、絶望感を忘れてはならない。

 

説明
 かき揚げ丼経口による魔法発生および異星スイッチアヘの転移事件

 かつての宇宙戦争での遺恨を捨てず、惑星スイッチアを襲う宇宙帝国の残党。
 それに対抗するため、スイッチア人は日本にある魔術学園高等部から、生徒総会役員を召喚した。
 そんな世界に突如トリップしてしまった青年、南 士郎。
 トリップした際に得た新たな能力は、書き上げ。
 全てを、魔法陣や未来の歴史さえ書き上げる能力!

 だが果たして、その能力は幸運だったのか?

 なろう作家の宮沢弘さんが主催されているSciFi杯というSF小説コンテストに投稿しました!
 がんばりました!
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SF ファンタジー アクション 異世界転移 異世界トリップ 宇宙 ロボット 宇宙戦艦 

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