夜摩天料理始末 4
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「やーやー、我こそは天狗のおつのちゃんであるぞ、ご主人様の仇討に参上した、雑魚どもに用は無いから、命が惜しければ領主と、側近に居る狐の出来損ないみたいな、白長い顔した奴の首を渡せー!偽物出しても判るから本物だけだぞー」

 天狗声、そう呼ばれる術により、山中におどろに轟くおつのの宣戦布告に、だが城館からの返答はない。

 とはいえ、城館のそこかしこに炎が灯りだしたのを見ると、少なくとも彼女の存在を認識はしたのだろう。

「あ、無視するんだね、そういう態度はいただけないなー、せめて人の礼儀として、やだとか断るとか、はい判りましたって言うべきだと思うけどなー、そういう人の道を忘れたから、あんなご主人様闇討ちにするようなひきょーな真似が平気で出来るんだろうねー。って、なんか言ってて腹立って来たよー、おつのちゃん怒るよ、怒ると怖いってみゃーちゃんのお墨付きのおつのちゃんの怒りを見せてやるぞー、最後に五だけ数えてあげるから、その間に何かおつのちゃんに誠意を見せるのだ、見せねば怖いぞー、ひとーつふたーつみっつよっついつつー」

 

「……何やっとるんじゃ、おつの殿は」

 山を揺るがす天狗声で、普段のおしゃべりを始めた仲間の声に、仙狸は呆れたように上空を見上げた。

「らしいっちゃらしいけど……あれを降伏勧告だと捉えられる奴が何人いるかしら」

「まぁよいわ、わっちらも間に合いそうじゃしな……だが」

「ええ、暫くはあの城館に寄り付かない方が良さそうね……」

 いかにその言葉がふざけた物に聞こえようと、彼女の力は桁外れ。

 巻き添えでも食った日には、仙狸やおゆきとて、ただでは済まない。

 

「終わりー、それじゃ私、堪忍袋の緒を切るからねー」

 ふわり。

 彼女の優雅にその体を舞わせると、無数の炎が空に灯った。

 天地自然を害する事無く、ただ彼女の意に従い敵だけを焼き払う天狗の炎。

「みんな……燃えちゃえ!」

 その炎を吹き散らすように羽団扇を一閃すると、巻き起こった突風に乗って、無数の炎が眼下に降り注いだ。

 一つで城一つ位は軽々と焼き払うおつのの炎。

 だが、その炎は、城館に到達する前に、見えない壁に遮られ、空に拡がり、空しく夜気を焦がした。

「ふーん、何かあるとは思っていたけど守護結界だねー、中々に強力そうだねー。そういえば、結界が決壊なんてご主人様ってば下手な洒落言ってたっけなー……」

 無敵に等しい存在である式姫達だが、術によって、この世界に形を取っている事での不利益も無論ある。

 これだけ強力な守護の結界の護りは、術を弾くだけでなく、式姫達の直接の手出しも封じる事が出来る。

 例えばおつのがこれ以上あの城館に近寄ると、恐らく力を失って落ちる事になる。

「まー、その程度の小細工はしてるかー」

 だが、そう呟いたおつのの口元には、彼女に似ない冷たい笑みが浮かんでいた。

「でもねー浅知恵ってのは、悲惨な形で身を亡ぼす元だよー」

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 巨大な炎が空から降り注ぐ様を、領主は慄きを込めて見上げていた。

 それが、守りの結界に阻まれ、空で大きく弾けては消えていく。

 ひぃ。

 拙い笛を吹いたような掠れた音が、領主の喉から漏れたのを、おつのに狐の出来損ないと言われた男が、冷やかすように見やる。

 戦場を往来してきた御方も、術の戦いには不慣れと見えますな。

「……真に大丈夫なのであろうな?」

「ご心配なく、この守りは術を寄せ付けませぬ」

 そう答える彼にも、口ほどに余裕があるわけでもない、成程、確かに修験道の開祖という伝説を持つ大天狗の炎だ……その拡がりも熱量も途方もない。

 正直、これほどの力を持つ式姫達を敵に回す羽目になるとは思っても居なかった。

 如何に式姫と言っても、所詮は使い魔。

 主を滅ぼせば、後は何処かに消えるか、上手くいけば彼が奪って意のままにできる。

 その考えは誤りだったか。

(しくじりましたかね……)

 とはいえ、この結界はやぶれまい。

 この臆病な領主が、わが身の安全を守るために築いた堅固な城館を土台に、あのお方の力宿る殺生石の欠片を要に使って、私が秘術の限りを尽くして張った守りの力。

 術も式も、近寄るだけで、その力を奪う、今までいかなる呪詛もはねのけて来た絶対の護り。

 これを破るには、人でも使って結界を形作る城壁を破壊するなり、要の殺生石の欠片を掘り出すなどせねばならない。

 だが、彼女たちの主だったあの男は、人の兵を使うときは傭兵で済ませていたし、急に集めた程度の兵では、この城自体は破れない。

「大丈夫でございますよ」

 重ねてそう口にした男に、余裕なく頷いた領主は、集まって来た兵に向かって声を張り上げた。

「見た通り我が城は術にも落ちぬ、安心して守りに付くが良い、寄って来た者が在れば射殺せ、褒美は存分に出すぞ!」

 あの男を謀殺し、その平定してきた土地を奪う……その領主の語る野心に乗った兵達が鬨の声を上げる。

 それに満足そうに頷き、領主は館に向かった。

「殿はどちらへ?」

「わしは館に居る」

 そう言って、はた目には悠然と見えるような足取りで奥の館に向かう領主を、男は蔑むように見やった。

 確かに、館は領主が構えているべき最後の砦だが、同時にそこは……。

(腰抜けが)

 軽く舌打ちして、男は甲冑を来た武者たちが忙しく立ち回る間を、どこか空気のように縫って、奥に歩き出した。

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「おー、おつのの術が防がれたか、それじゃあたしらの出番だね」

「……そうね」

 言葉少なにそう言いながら、憂い顔のままの鈴鹿の斧が一閃するたびに、木が倒れて行く。

「やれやれ、弔い合戦ってのは湿っぽくて嫌いだよ。戦の前だってのに、全然楽しくないねぇ、全く……」

 紅葉に至っては斧を使いすらしない、無造作に手を添えては、大木を引き抜いていく。

 木が倒れ、放り出される度に、轟音と共に大地が揺らぎ、安眠を脅かされた鳥や獣が慌てて走り去る。

 さすがに城館でも異変に気が付いたか、慌ててこちらに矢を射かけてくる。

 だが、多少の月明かりがあるとはいえ、夜の闇の中では狙いも定まらず、まして向かいの山にまで届く程の強弓はめったにない。

 二人はそれには頓着せず、切り倒した木の枝を乱暴に払い出した。

「そろそろ良いかい?」

「いつでも良いに決まってるじゃありませんか……ふふ」

 その鈴鹿の笑い声には、紅葉ですが背筋が寒くなるほどの鬼気が籠もっていた。

「それじゃ始めようか」

 傍らの丸太……いや、巨大な杭と化したそれを、二人が小枝のように持ち上げ。

 

「わっしょーい!」

「我が夫(つま)を奪ったその咎、思いしれ!」

 

 それを、巨大な矢のように、城館に向かって投げつけた。

 七町はある距離を、巨木が異様な唸りと風を巻いて飛ぶ。

「そんな……」

 あり得ない光景に、城壁から矢を射かけていた兵士が逃げることも忘れて、口をあんぐり開けたまま空から目を離せない。

「ああ……あ」

 もはや言葉にならない兵士たちの声をかき消すように轟音が連鎖し、山の木霊が異様な響きとなって天地を揺るがす。

 後から後から、無造作に投げ込まれる巨大な杭が、板葺きの屋根を貫き、門を砕き、塀を穿ち、人の築いた城を無造作に破壊していく。

「……馬鹿な」

 門を守っていた侍大将が、自分たちの知る戦ではありえない光景に、茫然と立ち尽くす。

 領主の言葉通り、術から守られた事で、式姫とも戦えると気勢を上げていた部下が、今は見る影も無く逃げ惑う。

 投石器や破城槌と言った、城攻めの兵器を見た事も使った事も有るが、そんな物での破壊とこれは、余りに違い過ぎた。

「馬鹿なのは貴方の頭ですよー」

 濛々たる戦塵の中から、飄然とした声が響く。

 その人影は、律儀なのか嫌味なのか、砕けて見る影も無くなった城門をわざわざ潜って城内に入って来た。

「何奴!?」

 辛うじて残っていた松明の明かりの中、温厚そうな笑みをたたえた女性が、美しい黒髪を靡かせていた。

 身に纏う甲冑も、携えた大業物も、美しい佇まいを際立たせこそすれ、聊かも損なっていない。

 誰何を受けて、その美しい口元が苦笑の形を作る。

「戦場で間抜けな言い種ですねー」

 敵に決まってるじゃありませんか。

 その声に続いた笑い声が、なぜか彼の隣から聞こえる。

 そして、ほわりと鼻をくすぐる酒と菊の香。

 狼狽して、そちらに向けた、侍大将の首が、腕が、腰が、ねじった形のまま、ずるりずるりと、地に落ちる。

「そんな」

「ほんと、馬鹿ですね。私たちが結界に護られた場所を攻めた事が無いと思ってるんですか?」

 私たちが、あの人の下、跳梁する妖魅を相手に、どれ程、多彩で過酷な戦いを勝ち抜いてきたか。

 術も通じない、自分たちですら近寄る事もかなわない結界に立てこもる敵。

 ならば、こうして自然の力で、守護の結界さら全て破砕する……それだけの事。

「まぁ、おつのさんの力で山津波起こして、全員埋めても良かったんですけどねー」

 ぎちり……。

 彼女の手の内で、皮巻きの束が強く握られて、臨戦の音を不吉に鳴らす。

 童子切の閉ざされていた目が、薄く開き、槍や刀を手にこちらを取り囲もうとする人の群れを一撫でした。

「それだと、私たちの怒りが納まらないじゃないですか……」

説明
式姫の庭二次創作小説。
夜摩天が如何にして仲間に加わったか、という小説になっております。
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