夜摩天料理始末 7
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「……む?」

 天羽々斬の手に、妙な抵抗が加わる。

 存分に抉り、引き抜こうとした刃が抜けない。

 肉や腱や筋が、まるで自らの意思で絡みつくような、不気味な力。

「これは」

 困惑する彼女の眼前で、刺し貫かれ、苦痛に仰け反っていた男が、鼻孔や口から血を滴らせた顔を上げた。

「ひははは、どうした神剣の姫よ、何かお困りかな?」

「何……!」

「何故私が動けるか、判りませんかぁ?」

 さしもの天羽々斬が僅かに狼狽えた。

 先だっての自分の言葉を揶揄されている事にも気が付かぬまま、彼女は怒声を上げる。

「貴様、式か!」

 だが、あのような複雑な受け答えをこなし、まして術まで操る式など聞いた事も無い。

「正~解~」

 にいっ、と笑う、その顔の鼻が徐々に尖り、口中の歯が鋭く尖りだす。

 おつのに出来損ないの狐面と呼ばれた顔が、徐々に狐その物になっていく。

「あのお方に頂いた殺生石は全く重宝ですよ、こうして完全に人として振舞える式まで作れるのだからねぇ」

「殺生石ですって!?」

「ええ、ほら綺麗でしょう」

 そう言いながら、それは自ら手を添えて己の胸を、めりめりと二つに割って見せた。

 本来、心臓が納まる場所で、鈍く輝く、深い深い真紅の宝石。

「……女狐に誑かされましたか」

 

 玉藻の前。

 天羽々斬にしてみれば、宿敵と言っても良い大妖狐。

 多数の陰陽師や僧、武士の犠牲の末、建御雷を始めとする神々の力を借りてだが、その本体を封じる事は叶った。

 だが、彼女は封じられる前に、自らの尾を食い千切り、己の復活に備えるべく各地に逃がした。

 それが日本全土に散らばる時、流した血が固まった物。

 それは今でも禍々しい瘴気を発し、力弱い獣や人では、近寄るだけで命を奪われるとすら言われる。

 故に名づけて、殺生石。

 大妖狐の妖気の精髄ともいうべき、その強大な力は、彼女の意を受け継ぎ、大乱を画策する者たちに力を与える。

 

「誑かされたぁ?」

 胸を戻しながら、今や完全に狐の顔になった男が嘲るように笑い、牙の生えた口の中で、長い舌がひらひらと踊る。

「違いますよぉ……私の長年の野心とあの方の目的が一致しただけ、いわば同盟って奴ですよ」

 あははははは。

 狂ったような高笑いが、山に木霊する。

「……その勘違いを、誑かされたと言うんですよ」

 そう口にしながら、天羽々斬は内心臍を噛んだ。

 こいつは式、つまり囮という事は……術者本人はすでに、別方向に逃げ出しているだろう。

 とはいえ、領主の近くに侍らせていた以上、本人も、式の動向を見て、指示を出せる範囲に居ただろう事は間違い無い。

 ならば、まだこの付近に居る筈……取り逃がすわけにはいかない。

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「ちっ!」

 相手の体から刀を抜こうとするのを諦めた天羽々斬が、束から手を離し後ろに跳ぶ。

「おやおやぁ……良いんですか、本体を置き去りにして」

 狐顔になったせいか、人の言葉を発する度に、しゅうしゅうと空気が漏れるような音が混じるのが、いちいち癇に障る。

「この姿を取って長いので、どちらかと言うと本体はこちらですよ、お気遣いなく」

 鞘を引き抜き、構える。

 今は取り敢えずここを逃れ、皆にこの事を伝えないと。

「そぉですか、そちらが本体ですかぁ」

 にまりとそれが笑う、その笑いの意味を考えるより先に、天羽々斬に何かが抱き付いてきた。

 馬鹿な!

 何の気配も無かった筈が、後ろからいきなり羽交い絞めにされて、彼女の口が驚きの形を作る。

 だが、その戦士の体は、即座に動いていた。

 右足を軽く上げ、相手の足を踏み折る勢いでその甲を踏み抜き、その反動で後頭部を相手の顔面に叩き付ける。

 ぐしゃりと、具足の鉄板さら相手の足の甲を踏み折った感触が右足から伝わってくる、だが、続いて後頭部に感じる筈の衝撃は訪れなかった。

「あぁー、あんまりそれ壊さないで下さいよ、まだ使うんですから」

「何……」

 慌てて、彼女の腕を押さえる袖の色を確かめる。

 こいつ、まさか。

「はいぃ、頭はこっちです。貴女が斬り落としたんですから、そこにある訳ないでしょぉ」

 男が右手に提げた丸いそれを掲げて見せる。

「これも式か」

「いいええ、それは本物の領主様でしたよぉ……尤もねぇ」

 どくん……と。

 その体の中で、心臓以外の何かが、強く拍動したのを、彼女は背中で感じた。

 それと同時に、彼女の腕を締め上げる力が異常に強まる。

「今は私と同じ力で動いていますけどね、ひーひひ」

 そう嘲るように笑って、それは自分の胸から、刀を引き抜いた。

「いやぁ、実に良い刀です」

 ぺろりと長い舌を刀身に這わせてから、その切っ先を天羽々斬に向けた。

「美しい姫君を貫くには、実に相応しい」

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 廷内の低いざわめきが収まらない。

 だが、夜摩天は無理からぬ事と思い、それを制する事はしなかった。

 天界行きを蹴って人界に戻りたい等と言える人間は、彼らがこの任に就いて以来初めての存在。

 恐らく、冥府の記録を始原よりひも解いても、恐らく片手で数える程度の事例しか無いのではないか。

「問題ないようなら、俺が焼かれたり、腐っちまう前に戻して貰えませんか?」

「その懸念は無用です、貴方の体は名医の手で解毒され、肉体的には生存していることが、遺体を守る式姫達にも周知されています」

「それはどうも」

 こういう事をわざわざ言うという事は、裏返せばすぐに戻して貰えるわけでは無いという事だろう。

 その事を理解した男が僅かに皮肉っぽい笑みを浮かべたのを見て、夜摩天は肩を竦めた。。

「そちらの気持ちは理解しているつもりですが、そもそもこれは法を曲げる話である事はご理解ください、」

「成程……俺が悪い訳でも無いと思いますが、申し訳ない」

 法だって、良い方に曲げるなら良い、と言いたいのは人情だが、実はそうでは無いのは男にも良く判る。

 良い方だろうが、悪い方だろうが、判断基準を恣意的に動かしていくと、最後には秩序の崩壊から集団が壊れる。

 ましてここは冥府の裁判所。

 彼一人の為に、基準を曲げた場合、その影響が甚大な事は、何となくだが判る。

(全くね……厄介な人です)

 だが、夜摩天には、この面倒な事態を打開する一つの目論見があった。

 要は、裁きを行う前に、彼が間違ってここに来てしまったために、現状に戻すという扱いをすればよいのである。

 こういった事は古くから時折ある事で、大体の所はこれで丸く収まる。

 とはいえ、現状だと、この扱いをするには一つ大きな問題がある。

 彼の閻魔帳の上での寿命が尽きた扱いになっているという部分だ。

 この状態で本格的に審理を始めてしまえば、彼を寿命の尽きた死者として扱わねばならず、法と基準に従えば天界に送らねばならない。

 故に、彼女が為すべきは、閻魔帳の改竄を証明し、彼が本来ここに居るべき存在ではない事を証す事。

 それともう一つ。

 いかに陰陽師でも冥府に入り込み、閻魔帳を直接書き換えるのは危険が大きい事から、恐らく彼に協力する、閻魔庁内に内通者が居ると見て良い。

 こちらも、炙り出し、纏めて始末をつける……。

 これらの調べを行いながらの審理など、泥縄も良い所ではあるが、この曲芸、何とかこなさねばなるまい。

(まだですか……羅刹)

 早く証人を、ここに。

説明
式姫の庭、二次創作小説です。
タイトルに偽りありな昨今ですが、一応その内リンクするはずです……
後、前回含め、若干グロ系の描写っぽい物があります、大した事無いけど一応。
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式姫 式姫の庭 夜摩天 天羽々斬 

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