SAO〜帰還者の回想録〜 第2想 娘で女で母である
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SAO〜帰還者の回想録〜 第2想 娘で女で母である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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明日奈Side

 

「いやああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!?????」

「明日奈、落ち着いて! しっかりして!」

「う、あぁぁぁぁぁ……ひっ、お母、さん……和人くん、がぁ…」

「ええ、だけどまずは貴女が落ち着かなくてはだめよ。ほら、泣いたままでいいから、ゆっくりでいいの、深呼吸をして」

「うっ、ふっ……ふぅ〜、ふっ…うぅ…」

 

心が乱れていくけどお母さんが抱き締めてくれて、言われたようにゆっくりと深呼吸していく。

お陰で少し落ち着けて、でも改めて和人くんの状態を理解してしまう。

 

「わたしの、せいだ……わたしが、今日、和人くんのこと、怒って……放課後、一緒に、いなかった、から……うぅ…」

 

本当なら今日は和人くんと放課後にデートするはずだった。

だけど、偶にしてしまう些細な喧嘩が今日に限って起きてしまって、わたしがデートをしないと決めると彼はバイトに行ってしまった。

喧嘩した理由だって最近バイトの数が多い彼に構ってほしくて、数日に亘って言い続けてしまったから。

それでも折れてくれない和人くんに怒っちゃったから。

 

「そんなことない、明日奈のせいじゃないわ。悲しいと思うし辛いと思う、それも仕方のないことだわ。

 でもね、いまは泣きながらでもいいから、やらないといけないことと行かなければならない場所があるでしょう?」

 

そうだ、病院に搬送されているって聞いた。それならまずはそこに行かなくちゃ。

 

立って急いで準備をしようとした時、携帯端末の画面が目に付いた。

さっきまで0になっていた脈拍が少しずつ戻っていっている、これは…。

 

「心拍数が、戻ってきてる……心肺蘇生が、成功したの…?」

 

また少しだけど落ち着けた。

病院に搬送されたけど、インプラントされている超小型生体センサーが何かの障害で認識できなくなっただけかもしれない。

そう考えれば、少しだけど希望が出てきた…。

 

「明日奈、大丈夫?」

「うん、ありがとう、お母さん…」

「いいのよ、貴女は私の娘なんだから。それに和人くんが心配なのは私も同じだわ。

 病院は教えてもらったから、急いで準備をして向かうわよ」

「っ、分かった。でも、一度ALOに入って、ユイちゃんと直葉ちゃんと、みんなにも、伝えないと…」

「そうね……特に翠さんが家に居なかったら、直葉さんに伝えられないわ。私は車の準備もしてくるから、急いでね」

 

お母さんは準備をしに部屋を出て行った、アミュスフィアを被って急いで向かわないと。

強制ログアウトだったから、被ったらインに時間が掛からない。

 

 

―――――

 

 

「みんな!」

「アスナ、いきなり落ちて驚いたわよ。なんだったの?」

 

リズが聞いてきたけど、いまは答えている暇はない。

女性陣はみんな揃ったまま、でも男の子達やティアさんとカノンさんは居ない。

メニューを開いてフレンドリストからみんながインしているか確認して……うん、みんなインしてる。

メッセージを開いて、緊急事態の旨と至急ここに転移してくるように入力して送信。

 

「ちょっと、一体どうしたの?」

「ごめんね、いまはまだ。みんなが揃ったらすぐに話すから」

「ママ…?」

「ユイちゃん…」

 

シノのんが何事かと聞いてきたけど、これはみんな一緒に聞いた方がいい。

そんなわたしの様子を見てか、ユイちゃんは((小妖精|ピクシー))から少女の姿になった。

多分、なにかを感づいている、わたしは思わず彼女を抱き締める。

 

そこへ、入口の扉が開いて男の子達とティアさんとカノンさん、それにクラインさんとエギルさんも一緒に来た。

二分も経たずに来たのはありがたい。

 

「アスナ、一体なにがあった?」

「……只事ではなさそうだな」

「いまから話すけど、みんな落ち着いて聞いてね。話し終わったら、わたしもすぐに出ないといけないから」

 

そう言うとみんな静かになって聞く姿勢になった。

 

「キリトくんが、病院に搬送されたわ。刺し傷と切り傷で出血多量、意識不明の重体。

 あと、いまは戻ったけど……わたしの端末の方で、さっき、一度、心肺停止、に…」

「「「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」」」

 

みんなが絶句して眼を見開く。騒ぎにならないのは、まだ受け入れられないからかも。

 

「アスナ……そんな冗談、笑えないわよ…」

 

リズがみんなを代表するように言って、わたしも冗談だと言えたらよかったのにと、そう思うしかない。

 

「冗談じゃ、ないの。菊岡さんから家に電話が掛かってきて、お母さんが話を聞いて、わたしはお母さんから聞いたの。

 端末を確認したら和人くんからの留守電があって、声を聞いて、彼の心拍数が0になっていって、でも少ししたら戻って…」

 

今に至る。震えが止まらないし、また泣いてしまいそうになるのを堪えて、それでも事情を説明する。

早くみんなに伝えないといけない、和人くんの許へ急がないと。

 

「ログアウトしたら、わたしがお母さんから病院の場所を聞くからメールで伝えます。

 リーファちゃんはログアウトしたら翠さんと連絡して、場合によってはルナリオ君に送ってもらった方がいいわ。

 他のみんなも、来るのならご家族に了承をもらってからね。ユイちゃんはわたしの端末に移って、すぐにパパのところへ行くから」

「うっ、ふっ…」

 

呆然として現状に追いついていないみんなに理解も納得もしてもらう前に矢継ぎ早に指示を指示を出す。

そして、きっと一番聡いユイちゃんがやっぱり一番に理解してしまって、泣きだしてしまった。

 

「大丈夫、パパはきっと大丈夫だから。今までもなんとかなってきた、だから今回も、ね?」

「はぃ…」

 

抱き締めて落ち着かせてあげる、お母さんの気持ちが少しだけど解った。

わたしがこの娘みたいな状態だったから、お母さんは先に冷静になれたんだ。

いまはユイちゃんが居る、少なくともいまは確りしないといけない。

少し落ち着いたユイちゃんは先に姿を消して、わたしの端末に移動した。

 

「みんな、動くなら早く。わたしも病院に行かないといけないから」

 

わたしの言葉にみんながハッとして、慌てて動き出そうとするけどどうしていいのか解らない感じ。

 

だけど男の子達が動き出した。

 

「ティア、時間が時間だ。行ける連中は朝霧の車で迎えに行くぞ、いいな?」

「は、はい! すぐにお祖父様に連絡します!」

「みんなも家族に話してすぐに出られるよう準備しておいてくれ」

 

シャインさんがティアさんに言って二人はすぐに落ちた。

 

「ル、ルナくん……お兄ちゃん、が…」

「リーファ、落ち着いて一つずつ行動するっす。ボクがすぐに家に行くから、いいっすね?」

「う、うん。ま、待ってるから…」

 

パニックになる寸前のリーファちゃんをルナリオ君が落ち着かせて、彼女を先にログアウトさせると続いて落ちた。

 

「リズ、こんな状況だ。もしかしたらお前は外出させてもらえねぇかもしれないけど、その時は家で待ってろ。いいな?」

「で、でも、キリトが……それに、アスナも…」

「彼女にはお母さんが付いてくる、まぁあくまで来れない場合は、だ。急ぐぞ」

 

ハクヤ君はリズを促してから落ちた。

その時にリズがわたしの方を気遣ってか見てきて、わたしはなるべく平静を装って頷いた。

それを見たリズの方が泣きそうな顔になったけど、振り切るようにログアウトしていった。

 

「シリカももしかしたら出られないかもしれないし、気になるだろうけどその時は家に居て。

 気になるなら僕が電話でずっと話しとくから」

「うん……キリトさん、大丈夫だよね…?」

「気休めでしかないけど、キリトさんは大丈夫だよ。あの人は強い人だから」

 

ヴァル君はシリカちゃんを気に掛けながらもすぐに動いていく。

彼も落ちる時、わたしに目礼していった。その気遣いがいまは少しだけ有難い。

 

「……父さんと母さんには私から連絡を入れる。シノンはいつでも出られるように準備と戸締りを迅速に頼む」

「ええ、すぐに済ませるわ」

「……無理はするな」

「解ってる。でも、あの時とは違う……私よりもアスナよ…」

「……そうだな」

 

ハジメ君とシノのんは示し合わせるように話を済ませると二人同時に落ちていった。

最後の方は何か聞き取れなかったけど…。

 

「あたしはティア達と一緒に向かいます。また後で、クラインさん」

「おう、俺は病院が解ったらすぐに行く!」

「俺も今日は店じまいだから、すぐに向かう」

 

カノンさん、クラインさん、エギルさんの三人も急いで落ちた。

あとはすぐに来ることの出来ない二人だけ。

 

「アスナさん。オレ達も落ちて、父さんと母さんに伝えてきます」

「今日は無理だけど、早く行けるように説得してくるから!」

 

クーハ君とリンクちゃんは奈良に住んでいるから、こっちに来るとしても時間が掛かってしまう。

でも、八雲さんと葵さんなら今日は無理でも早ければ明日、遅くても明後日には来るかもしれない。

 

みんながログアウトしたし、わたしも戻って急いで準備をしよう…。

 

 

―――――

 

 

服を着替えて準備が終わったら、急いで自家用車に乗り込んだ。

お父さんは仕事でまだ帰宅してなくて、兄さんは国内だけど出張中、

だからお母さんが車を運転するのかと思ったら、運転席には橘さんが座っていた。

お母さんはあとからわたしの隣に座ってきた。

 

「橘さん、先程伝えた病院までお願いします」

「かしこまりました、奥様」

 

病院に向かい始めて、また少しだけ落ち着くことが出来たけど、それ以上に思い浮かべてしまう。

どうしてもお昼の出来事が頭を離れなくて、そういえばと思うのはわたしの去り際に見た和人くんの寂しそうな顔。

寂しかったのはわたしだけじゃない、彼も同じだったはずなのに…。

 

「明日奈、泣いてもいいのよ」

「お、母さん…?」

 

隣に座るお母さんに抱き締められた。駄目、折角しっかり出来始めていたのに、また泣いちゃう。

涙が出そうになるのを我慢していると、お母さんは優しく微笑んで話し始めた。

 

「病院に着くまでまだ時間はある。

 和人君の恋人としての姿も、ユイちゃんの母親としての姿も大事だけど、私の娘としての姿も大切にして」

 

お母さんの娘としての、わたし…。

 

「今、この場での明日奈は私の娘でしかないわ。

 病院に着いてお友達の前になったら貴女は和人君の恋人として、ユイちゃんの母親として振舞うことになる。

 だから、今の内にしっかり泣いておきなさい。あとで泣いてしまわないように、出来るだけ取り乱さないようにね」

「おかあ、さん…」

「和人君に甘えるのもいいけれど、ようやく取り戻せた貴女との絆なんだから、お母さんにも甘えて。その方がお母さんも嬉しいの」

 

小さい頃にしてくれたように、わたしを抱き締めて優しく頭を撫でてくれるお母さん。

今でも苦手な幽霊や怖い話、小さい頃は特に酷くて泣いてはよくこうしてくれた。

いつからかこうしてもらうことはなくなって、それでももう一度こうしてもらえるようになったのは、やっぱり和人くんのお陰。

 

「うぅっ、ふっ……ひっ、おかあさん……かずと、くん……うぁ、あぁ…」

 

こんなの、我慢出来ないよ…。

和人くんへの心配と思い、ユイちゃんとみんなの前での虚勢、だけどお母さんの優しさで張り詰めていた糸が切れた。

お母さんに縋りついてわたしは泣き続けた。

 

ありがとう、お母さん…。

 

 

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病院に着いたことを橘さんに知らされたことでわたしは泣き止んだ、というよりも何故か涙が自然に止まった感じがする。

多分、和人くん達が言うところのスイッチが入ったってことなのかもしれない。

 

病院に入ったら走らずに速足で受け付けに行けば、菊岡さんから連絡が入っていたみたいですぐに手術室のところに案内された。

案の定、手術室のランプが付いたままで、扉の前の椅子に菊岡さんが座っている。

わたしとお母さんに気が付いた菊岡さんは立ちあがった。

 

「すまない、アスナ君。こんなことになってしまって…」

 

本当に申し訳なく謝ってきた菊岡さんには悪いけど、この人のこういう姿は初めてだから意外に思った。

でも、菊岡さんにとって和人くんはもう立派な仕事仲間でわたし達とは違った別種の信頼関係がある。

そして和人くんには色々な因縁関係があることも知っていて、

『オーシャン・タートル』で逃げたアイツを警戒していたから余計かもしれない。

 

「菊岡さんが謝ることじゃないですよ。

 気にしないというのは無理でもせめて気負い過ぎないでください。それで、和人くんの容態は…?」

『菊岡さん、パパは…』

「僕が知っている手術室に入る前までの状態でいいなら…」

 

まだ直葉ちゃんと翠さんは来ていないけど、先に話すべきだと判断してくれたらしい。

 

「軽く説明した通りで全身に刺し傷と切り傷、幾つかはかなり深い傷もあるし僅かだけど内臓に到達しているものもあった。

 ただ、傷そのもので命を左右するよりも出血多量の方で命の危険性があって、いまは輸血をしながら手術中なんだ。

 あと、知っているかもしれないけど、一度数分の間心肺停止状態になっていた。

 病院に着くまでの間に心肺蘇生は出来て、あとはいまの通りだ」

「そう、ですか…」

『パパぁ…』

 

本当はもっと聞きたいことがあるけど、まだ直葉ちゃんも翠さんもみんなも到着してない。

 

今はただ、和人くんの無事を祈るしかない…。

 

 

 

五分も経たない内に翠さんが仕事場からみんなよりも先に駆けつけて、

状態を聞いた途端に膝から崩れ落ちて、お母さんが支えて手術室前の椅子に座らせた。

それからすぐに朝霧家の車で送られてきたみんなとバイクで来た景一君と詩乃のん、個人できた遼太郎さんとアンドリューさんも到着した。

 

菊岡さんから和人くんの手術前の容態を聞かされて、

直葉ちゃんも力が抜けたように座り込みそうになったのを刻君が支えて椅子に座らせた。

男の人達は犯人への怒りと現状への悔しさを滲ませているし、女の子達は顔を蒼褪めさせて悲痛な表情を浮かべる。

 

「菊岡さん、犯人はやっぱり……PoH、ヴァサゴ・カザルスなんですよね?」

「うん、その通りだ…。本当に、申し訳ない……警戒はしていたんだ。

 それでもここ最近はキリト君が警戒を少し緩めるようにと言ってきたから甘えてしまったんだ。時期も時期だからね…」

「……十二月も中盤でクリスマスムード真っ只中、そのあとは年末ということもあって人員の調整が厳しいというところか」

 

犯人はPoH、ヴァサゴ・カザルスで合っていた。

クリスマスや年末という忙しい時期を気遣った和人くん。

それに甘えたというのも悪いことじゃないし、

警戒するのは必要だけどこの忙しく人通りも多い時期に誰かに見つかり易いリスクを冒すようなPoHじゃない。

 

「それで、PoHの奴はどうなったんだ?」

「両腕と両脚を骨折、肋骨の数本を粉砕骨折、鼻骨骨折、全身打撲、

 そして両腕と両脚の神経をズタズタに切り裂かれているから、

 もう自力で動かすことは出来ないと診断した警察病院の医師から連絡がきたよ。

 僕も見たけど、正直なんで死んでないのか不思議に思ったよ…」

「本当に容赦しなかったんだな……いや、生かしてる以上は容赦したのか…」

 

公輝さんが尋ねて、菊岡さんから明かされたPoHの惨状にほんの少しだけ溜飲が下がった気がした。

志郎君が思わず呟いたように生かした以上は容赦してると思うけど、

同時に彼はPoHを生かして捕えるか捕えられることを願っていたから、命を懸けて本気で相対した。

和人くんもPoHも満身創痍となって。

 

「ヴァサゴ・カザルスは本当に終わりだ。

 祖国は彼を切り捨てたし、仲間や同胞は全員が死ぬか捕まるかしたし、四肢は最早使い物にならないし、

 その……男の機能というか、男としてももう駄目みたいだし…。

 まぁとにかく、彼は全ての意味で終わったよ……キリト君のSAOからの因縁全ても、ね…」

 

あぁ、和人くんは本当にやったんだ。

アメリカ人としての、軍人としての、普通の人生を送る物としての、男としての、全てにおいてのPoHを殺した。

きっと、和人くんは生き恥を晒せと思ったに違いない、本当に全部を終わらせたのね…。

でも、やっぱり引っかかる部分はある。

 

「菊岡さん。命を懸けて、本気で、全力で戦ったはずの和人くんが、どうしてここまでの重傷を負ったんですか?」

「そうっすよ。いくら相手が本職のPoHとはいえ、和人さんまで満身創痍になるはずはないっす。

 少なくとも、師匠から聞いた話では和人さんの負けはないって…」

 

刻君の言う通り、和人くんに真正面から勝てないような男が彼にあそこまで傷を負わせるなんて考えられない。

そう、真正面から、まともに戦えば…。

 

「命を懸けて本気だったとして、和人くんは全力で戦えていなかったんじゃないですか?」

「なんらかの理由で和人さんが全力を出せない状況にした? あるいは調子を崩させる何かをした?ということですか…」

 

烈弥君の思い当たる通り、和人くんは何かがあって全力が出せなかったはず。

出せたとしてもPoHを倒す時だったと思う。

わたしには思い当たる節がある、それはお母さんが菊岡さんから聞いた言葉を伝えられた時に聞いたから。

 

「その場にいたのは和人くんとPoHの二人だけだったんですか?」

 

仮にその場に和人くんの動きを鈍らせる物があったとしても、無機物なら彼は躊躇しない。

でも、その場に第三番目の人物が居たとしたら。

 

「鋭いね。そうだよ、その場には二人以外に三人目の存在の女性が居た」

「その人は?」

「意識を失っていたからこの病院に搬送されているよ、容態は腹部に強烈な一撃を受けたことによる意識消失でそれ以外に怪我はない。

 ただ、その女性を攻撃したのがキリト君であること、彼の大きな傷の一つは女性が持っていた凶器の包丁で出来たもの、

 女性の家族事情、以上の三つから話せないわけではないけれど、聞くには相応の覚悟がいる」

 

やっぱり、三人目が居た。

三つの事柄の内、最初と二番目は関連しているけど、三番目はわたしや雫さんのような良家という理由なのかもしれない。

でも、覚悟がいる話しだからきっと違う理由かもしれない。

 

全員が首を縦に頷く、なんでこうなったのか知りたいし、菊岡さんの様子からして少なくともわたし達には知る権利があるみたい。

それに今度はみんなで知るべきだと思う。

 

「皆さんの思いは伝わりました、なので話させてもらいます」

 

菊岡さん自身も覚悟を決めたかのように深く呼吸をしてから、話しだす。

 

「さすがに全員に個人情報を明かすことは出来ないから、女性のことをAさんと仮称させてもらいます。

 まず、先程も言ったようにキリト君の大きな刺し傷の一つがAさんの所持していた包丁によるものと救急車の救命士が判断し、

 警察の鑑識によって確定されました。

 このことから、AさんはPoHことヴァサゴ・カザルスの共犯者であると推測されます」

 

その女が、和人くんを傷つけた。いつもならそれだけで怒りで頭が真っ白になるのに、今はそうならない。

手に握る携帯端末にユイちゃんの姿があるからか、または周りにみんなが居るからかもしれない。

でも、そうじゃない気がして、嫌な感じもして、胸騒ぎがする。

 

男性陣が怒っているのは感じられるけど、それは違わないといけない気もする。

 

「そのAさんを無力化する為なのか、キリト君は彼女の腹部に一撃を与えて気絶させたと思われます。

 簡単な鑑定の結果ですが、キリト君の指紋が彼女の服から検出されたのでこれも間違いないかと。

 敵対行動を執ってきたらキリト君も反撃した、ということです」

 

和人くんは相手が女性でも容赦はしない、特に明確な敵意や悪意を持っていれば。

でも、そういったものに敏感な彼が素人のそれを感じ取れないなんて思えなくて、なにかがある。

 

「そして、Aさんの家族事情なんですが……先に言わせてもらうと彼女は一般的な家庭の20代、

 彼女とその家族もごく一般的な仲の良い家族です。

 ただ、今回のAさんの行動は、悪い意味で言うとキリト君の因果応報という形になってしまいました。

 それは、彼女の過去に関係があります」

 

過去、ごく最近ではなさそうだけど、SAO以前の小中学生時代の和人くんが人から恨みを買うようなことはほとんどないと思う。

あれ、それなら…。

 

「もしかして、SAO時代ですか…?」

「うん。でも、((Aさんは|・・・・))生還者じゃない」

「((Aさんは|・・・・))って、ということは家族の誰か?」

「彼女の、いや彼女が溺愛していた弟が、SAOプレイヤー((だった|・・・))」

「((だった|・・・))って、じゃあその人は…」

「ああ、既に亡くなっているよ」

 

Aさんが溺愛していた弟さんがSAOで亡くなった。

それが和人くんに関わっている、これは雲行きが怪しい。

だって、確かに和人くんはSAOで一部の人から嫌われていたけど、多くの人の命を救ったのも事実。

 

「亡くなったのは間違いないけど、事実はそうじゃない……殺されたんだ」

「「「「「え…?」」」」」

 

わたし以外の女性陣が揃って声に出て、男性陣も思わず硬直した。

このタイミングでその弟さんが殺されたと言われた、そんなはずはない。

彼が、普通のプレイヤーを殺すなんて……普通、の…?

 

「その弟が殺害されたのは○月?日。アスナ君達ならこの日付に覚えがあるよね?」

「ああ、忘れられるはずがねぇ…」

「……第一次…」

「ラフコフ…」

「討伐戦、っす…」

「そういう、ことか…」

 

菊岡さんが言った日、それは志郎君も、景一君も、烈弥君も、刻君も、公輝さんも、

そしてわたしも和人くんも参加した『第一次ラフコフ討伐戦』の日。

 

まさか、まさかまさかまさか…!

 

「討伐戦で、和人くんが……わたしの、代わりに……やった、人が…」

「うん。その第一次ラフコフ討伐戦の際、キリト君が戦闘した敵レッドプレイヤーがその弟だったんだ」

 

男の子達は先に全てを悟ったから怒りが霧散して、

遼太郎さんもアンドリューさんも雫さんも奏さんもわたしと同時に理解したみたいで呆然として、

里香達も事情を整理して理解してしまえば力が抜けたみたい。

 

本当に因果が襲い掛かったんだ。

確かに相手は((殺人者|レッド))だったけど、人であることに変わりはない。

SAO以前はきっと家族との仲が良くて、SAOに来て何かの拍子に歪んでしまった。

あのレッドにも当然家族が居て、彼を愛していた姉が凶行に及んだ。

 

「とりあえず、椅子に座ってゆっくりと整理してください。気分が悪かったらすぐに言ってください、看護師さんに伝えますから」

 

女性陣はもう立っていられないようで椅子に力無く座り込んで、男の子達も壁に背中を預けて廊下に座り込む。

 

わたしはただその場に立ち尽くして、でも和人くんの無事を祈り続けることにした。

 

 

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数時間が経っても手術室のランプは消えず、わたし達は変わらずにいた。

その時、何処かに行っていた菊岡さんが戻ってきて、わたしに耳打ちしてきた。

 

「アスナ君、被疑者であるAさんの聴取を行ってきたけど、会うかい?」

「会って、大丈夫なんですか?」

「キリト君のお母さんは会えるような精神状態じゃないし、他の人達だと自制が効かないかもしれない。

 でも、今のアスナ君なら僕は大丈夫だと思ってね」

「……解りました。会います、会わせてください」

 

その人の為にもわたしは会っておいた方が良いと、そう思った。

菊岡さんに続いてこの場を離れて、別の病室に向かう。

そこには少し憔悴した様子の女性がベッドの上で座っていた。

彼女は菊岡さんを見て顔を強張らせて、わたしに気が付くと動揺したのが解った。

わたしはベッドの傍に寄り、話しかける。

 

「わたしは貴女が刺した人の恋人です、結婚の約束もしています」

「……っ!」

「わたしや彼の家族を含めて、貴女の名前や詳しい経歴は伝えられていません。

 でも、貴女の弟さんが彼の手で亡くなったことはこの人から聞きました。

 だけど、その上で貴女には当時の詳しい出来事も、弟さんがどういう人だったのかも知ってもらいます」

「え…?」

「良いですね?菊岡さん」

「あぁ、構わないよ。僕もキリト君や他の捕まっているレッドプレイヤーから話しを聞いているけれど、別の視点というのも貴重だからね」

 

言葉を発しようとする女性を無視してわたしは菊岡さんからの許可を得て話をする。

 

弟さんが((レッドプレイヤー|殺人者))であったこと、彼女と共に和人くんを襲ったPoHという男のこと、

そのPoHが弟さんと同じPKギルドに所属して殺人を実行・扇動していたこと、主に捕獲を目的とした『第一次ラフコフ討伐戦』のこと、

その際に弟さんがさらに殺人を犯したこと、わたしが躊躇して危なくなったこと、代わりに和人くんが戦い殺してしまったこと、

その時の詳しいことは全て話した。

 

「うそ、嘘よ……だって、そんな性格じゃ、そんなことをするような弟じゃ、なかったのに…」

「確かに、SAO以前はそうだったのかもしれません。

 でも、SAOに捕えられて、自然に歪んでしまったのかもしれませんし、貴女を唆した男に弟さんも唆されたのかもしれません。

 もう、詳しいことが解る方法は少ないはずです」

 

実際、何が真実なのか判明するのは難しい。

本人はもう亡くなってしまったのだから。

 

「でも、そうなら、私……とんでも、ないこと、を…。

 あの人、弟を殺した人を、教えるから……協力しろって、言われて…信じて、こんな…。ご、ごめ…」

「わたしは貴女を許しません……でも、憎むつもりもありません」

「え…」

「わたしも貴女と同じ。きっと、彼がそうなったら何も耳に入らずに復讐すると思うから。

 それに彼も、いつかこういうことが起こるかもしれないと考えていました。

 でも、貴女がその時に確かに悪意があって罪を犯したことに変わりはありません。

 だから、ちゃんと法の元で罰を受けて、罪を償ってください。中途半端に死ぬのは許しません」

 

憎めるはずがない。

殺人者とはいえ、殺してしまった人にも家族が居るのは普通でその人を大切に思っている人達だっているはず。

わたしも一歩間違えていればそうなっていたし、和人くんも堕ちていたかもしれない。

そう思えば、許せなくても憎むことはない。

 

「で、でも、彼は……し、死にそう、で…」

 

後悔に満ちた表情の女性は本当に申し訳なさそうに、本当に悔いているのが解る。

そんな彼女の震える手を自分の両手で包み込む。

 

「彼なら大丈夫、絶対に」

「ど、どう、して…」

「きっと、わたしにしか解らないことですよ。それでも、彼は絶対に大丈夫です」

 

不思議なことに、和人くんは大丈夫だと思える。

車でたくさん泣いてからか、病院の手術室の前に着いた時か、無事を祈っていたからか、それとも最初に彼の心肺が蘇生された時か。

何時かは解らないけど、何処かで和人くんは絶対に大丈夫だと確信していた。

 

だからわたしはこの人に会って、自分が後悔しないように動いた。

それがきっと、良い方向に動く力になるかもしれないと思ったから。

 

―――ガチャン!

 

「ここにいらっしゃいましたか、桐ヶ谷さんの手術が終わりましたよ!」

「彼は!?」

 

入ってきた看護師さんの言葉に菊岡さんがすぐに聞き返す。

 

「手術は無事終了しました。一時は危なかったですが峠も越えました、もう大丈夫です」

 

その言葉に安堵してからわたしは女性に微笑みかけ、彼女は力が抜けたように泣きだした。

 

女性を看護師さんに任せて、わたし達は部屋を出る。

 

「アスナ君はやっぱりキリト君に似ているね」

 

みんなの場所に戻る途中、菊岡さんにそう言われる。

 

「ありがとうございます。でもわたしはわたしらしくするだけです。

 お母さんがわたしを娘として甘えさせてくれて、きっとお父さんも帰ってきたら甘えさせてくれます。

 それに素直に甘えることに決めたんです。

 それに和人くんの恋人として、そしてユイちゃんの母親として恥ずかしくないように、全力で精一杯動いていくって決めたんです」

「それは、強いはずだ…」

 

そんなことはない、強くあろうと頑張ってるだけだから。

頑張って、頑張って、和人くんが目を覚ましたらいっぱい褒めてもらって、たくさん甘えさせてもらう。

 

彼のことが大好きだから。

 

 

それがわたし自身の幸せだから。

 

 

To be continued……

 

 

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あとがき

 

というわけで第二想はプロローグから直接明日奈の話に繋ぎました。

 

タイトル通りの内容を上手く書けている自信はあまりないですが、

今回は明日奈が京子さんと彰三さんの娘としての姿、和人の恋人であり妻としての覇王然とした姿、

そしてユイちゃんの母親として確りしようという姿を書いてみたつもりです。

 

和人が行った断罪はPoHにとっては最も忌避したいものだと思っています。

ただ捕まるのではなく、誰かの助けが無ければ何もできないという屈辱以外の何物でもないものですからね。

 

一方で女性Aさんについては凶行こそ見過ごせないものですが完全なモブです。

アニメで和人(キリト)がラフコフ討伐戦で殺したレッドの姉という形で世の中に起こりうる出来事を書きました。

今回のようなケースは日本でこそ極稀で特殊なケースですが、

日本国外では犯罪者や殺人者に対する復讐や制裁といったケースは多数確認されています。

しかし、明日奈が正妻力を見せる為の踏み台にしかなっていないのが自分の執筆力というw

 

内容としてはハイペースでかなり滅茶苦茶ですが一話に纏めるにはこれくらいしないといけませんでした。

特に和人の視点は常に過去を見ていくものですが、他の面子は現在だったり過去の回想だったりするので一話を濃くしたりします。

 

というわけで今回も無事に投稿することが出来ました…では予告です、次回は再び和人視点。

 

剣道を辞めた幼い和人が奈良の師匠の許へ、その過程で彼は運命の出会いを果たしていたことを思い出す。

 

 

 

 

説明
和人の心拍が0になり絶望した明日奈
けれど希望があることを彼女は知っていた
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コメント
夜月様へ 誤字報告ありがとうございます(本郷 刃)
誤字発見。差した人←刺したじゃないですか?(夜月)
逃走中様へ SAOからの因縁だけでなく、こういうことも起こり得るのが人生の怖いところです……ちなみに自分は出身が奈良ですw(本郷 刃)
なるほどぉ……そういうことかぁ……和人さんがボロボロになるのある意味予想外だったけどこういうことかぁ……世の中は因果関係が色々とありますしありえなくもないですね……そういえば師匠さんの家奈良でしたね(春から奈良県民に)(逃走中)
グルメ96様へ 実際には和人自身にも他に要因があったのですがそこも本編で書くので…(本郷 刃)
レクス「人質だと思っていたが共犯だったとは。」ゼウス「どうせ「これも自分の罪だ」と思ってぶっ刺さっさたんだろうな。まったく、事実は受け入れても何も物理は受け入れなくてもいいだろうに・・・」」(グルメ96)
マシュキリエライト様へ 主人公ですからね、主人公ですからね……大事なことですw(本郷 刃)
lightcloss様へ 誤字報告ありがとうございます(本郷 刃)
ディーン様へ なんだかんだでこれまでの事件や因縁に関わってきましたからね、まぁこれにて終わりですが…(本郷 刃)
和人すごい怪我ですね(゚ω゚;A) それでも生きてるとはさす和ですね(;・∀・) 次も待ってます(`・ω・)ゞ(マシュキリエライト)
そのPoHが弟さんと同じPKKギルドであり殺人を扇動していたこと・・・K一個多くないか?あと微妙に文が変な気がする。(lightcloss)
さすがはPoHことヴァザゴですね、かつての仲間の家族すら利用するとは、まぁ、今回で完全にお片付け終わりましたね、(ディーン)
スネーク様へ 生還時の地獄のリハビリは2年越えという期間だったからでしたが今回はというと…と、これ以上はネタバレw(本郷 刃)
おお、何か1日早いw和人何とか助かりましたねぇ、はて、またSAO&ALO生還時みたいな地獄のリハビリが待っているのだろうか?(スネーク)
lightcloss様へ 我慢のし過ぎはよくないですよね、忘れていたならともかくw(本郷 刃)
うお、ちょっと前倒し投稿だ。びっくり。やっぱり待つの苦手。(lightcloss)
Haru様へ ウチの明日奈は当初こそ精神面の脆さ、それに危うさも多かったですが幾つもの危機を経て彼女もまた強くなっているのです(本郷 刃)
覇王妃もそうだけど精神強いっすねw 更新お疲れ様です(Haru)
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