空の魔王
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とある高貴なる家に一人の男児が生まれた。

 

その男児、生まれながらに黒の髪を持つ者。

 

黒は古より忌み嫌われる色である。

 

黒は穢れを意味し穢れとは魔に属する者、つまり魔族の象徴でもある。

 

高貴なる家の者、黒の髪を持つ男児を異端なる者とし教会に引き渡すことを決める。

 

しかし黒の髪を持つ男児、教会の者の手に渡る間際に強大な魔力を解き放った。

 

それは比類するものなき絶大なる力。

 

男児から放たれた魔力は、近くにいた様々な命を無慈悲に残酷に刈り取った。

 

高貴な家の者、教会の者、野生の生物、魔物……その区別なく。

 

魔力の気配は瞬く間に周囲に広がっていく。

 

その異常な気配に植物が、動物が、人々が、魔物や魔族すらもが恐怖に震えた。

 

その魔力を感じた者は一様にして思った。

 

「その男児は、かつて異界の勇者が討ち滅ぼした魔王の生まれ変わりなのだ」と。

 

倒れ伏す者達の中でただ一人、男児だけが動き空中に浮かんでいた。

 

赤子なれど、その双眸には深い智謀の色を漂わせている。

 

そして世界のすべてを恨んでいるかのような憎しみの色も。

 

男児はゆっくりと空に昇っていく。

 

その有り余る魔力の影響か周りに浮かんでいた様々な物も一緒に。

 

その時、心までも震えるような恐ろしい声が周囲に響き渡る。

 

「私をうち滅ぼした勇者の末裔よ、私は嘗ての恨みを忘れてはおらんぞ。嘗てのように、またこの世界を深い闇で覆い尽くしてくれる」

 

その声と共に、男児は天高く昇って行った。

 

それから時をおかず、魔王復活が各国々に知れ渡ることになった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「……いやいやいや。後半ほとんど捏造じゃねぇか」

 

暫く前に発行された号外を見て男は一人愚痴を零す。

ここは空の上。

周りは真っ白でフカフカな雲の絨毯が一面に広がっている。

上からは暖かな太陽の光が降り注ぎ男を照らしていた。

そんな昼寝にはうってつけな陽気だというのに、男の気分は最悪もいいところだった。

見た目十代後半くらいのその男、まさしく号外で話されていた男児その者である。

 

号外で合っていたところなんて黒髪で異端者認定されたところと、教会に受け渡されそうになったところと、咄嗟に魔力を放出して周りにいた奴等をふっ飛ばして空に逃げた所くらいだ。

もちろん吹っ飛ばした者は死んでなかったし、空に逃げる間際にこんなセリフを残してもいない。

それに周りの皆が死んでたなら、なぜこんな詳しく状況がわかるのかと。

おそらくあの時いた教会の人間が、あることないこと捏造して報告したのだろう。

そしておそらく男を生んだ家は、魔王などと言う最悪の存在を生んだことで、お上に消されたのだろうと予想する。

俺なんかを生んでしまったせいでこんなことになるなんてと、男はなんとも悪いことをした気がして胸の痛むことこの上ない。

まぁ、生まれたばかりでまだ情が湧くほど付き合いもなく、我が子をあっさりと異端の子として教会に渡そうとしたことから、そこまで罪悪感に苛まれることはなかったが。

 

魔王なんて認定されたのは、これを機に教会から異端の種族とされている魔族を人間の国から徹底的に追い出そうという考えもあるのかもしれない。

どういうわけかはわからないけど、本当に昔から人族と魔族は仲が悪いらしいのだ。

正直、種族間の問題など男にとっては知ったことではない。

そんなことより何よりだ。

 

「たっく、あの駄女神! 知ってて何も言わないで送り出したな!」

 

思い出すのは男が生まれる前に会った女神を名乗る女の事。

そう何を隠そうこの男は前世の記憶を持つ、いわゆる転生者というやつなのだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

男は日本に生まれた普通の一般人。

普通の学校を出て、普通の会社に入って、普通にサラリーマンをしている。

20代半ばでオタク的な趣味を持っていてそして嫁もおらず、しかしそれも別に寂しいとも思っていなかった。

自分で稼いだ金を自分の趣味に当てながら、普通に一人暮らしを満喫している平々凡々の一般男性。

それがこの男だった。

 

そんなある日のこと。

いつものように会社が終わり帰宅して、いつものように風呂上がりの一杯を楽しんで、いつものように食事して。

そしていつものようにいい気持ちで布団に入ったはずの男は……。

 

「……ここ、どこだ?」

 

目が覚めれば知らない場所に立っていた。

周り一面真っ暗な何もない空間。

そこに男は一人立っていた。

いや真っ暗で何も見えないし立ってる感触もないから、もしかしたら浮かんでいるのかもしれない。

いやいやそれこそどうでもいいことだろう。

寝たはずなのに立ってるだとか浮かんでるだとか、そんなこと以上に今の状況が何よりも不可思議だった。

自分の感覚はなくてもしかしたら夢かもと思ったけど、なんというか意識ははっきりとしていて夢を見てるような感覚ではない。

 

「……なんなんだろうなぁ、この状況」

 

「ここは貴方のいた世界ではありません」

 

「ん?」

 

頭を捻って現状を考えていると、唐突に声が聞こえてくる。

声の方を見るとそこには一人の女性が立っていた。

ただ普通の女性と違うのは今までお目に掛かったことのないような美女であることと、ギリシャ神話に出てくるような白くて薄い女神の様な衣装を着ているところ。

今まで平凡な生活をしてきた男は、そんな女性に目が釘付けになり……。

 

「……コスプレ?」

 

「違います」

 

最初に頭に浮かんだ疑問を口にした。

そしてこの即答である。

 

「私は女神です。貴方にお話があってこの場にお呼びしたのです」

 

名も知らぬ女性は自分のことを女神と言った。

なるほど確かに男もこの女性が女神のようだと思ったし、身に纏っている衣装にもマッチしているように思える。

 

「……やっぱりコスプレ?」

 

「違います」

 

またもや即答された。

 

「……もう、調子が狂うわねぇ(ボソッ)」

 

「はい?」

 

「ゴホンッ! えー、ここは貴方のいた世界ではありません。ここは狭間の世界。貴方のいた世界と私達神々のいる世界、そして様々な異世界を隔てる間の世界です」

 

「……厨二?」

 

「ち が い ま す」

 

また(ry

 

「話の途中でちゃちゃを入れないように。えー、なぜ貴方がここにいるかというと、貴方があちらの世界において死亡してしまったからです」

 

「はぁ、死亡ですか」

 

「……あまり驚いていませんね」

 

「えっと、まぁ?」

 

驚く驚かない以前の問題だろう。

なんというか実感がわかないのだ。

ここに来る前に交通事故に合ったような記憶があればまた別だろうが、生憎とこの男にそんなものはない。

男はいつものように酒を飲んで、いつものように布団に入り、いつものように眠りについた。

それでいきなり「貴方は死亡しました」などと言われても正直困ってしまう。

まだこれは夢だと言われた方が現実味はあっただろう。

……夢なのに現実味があるとはこれいかに。

 

「……まぁ、いいでしょう。それで、です!」

 

あまり要領を得ずに曖昧な返答ばかりしていた男に一つため息をついて、とりあえず続きを話すことにしたようだ。

 

「貴方が死亡した理由ですが、もうしわけありません。私達神々の失態によるものです」

 

「はぁ、失態ですか」

 

「はい。死を司る神の方なのですが、本来今日死ぬはずの方と間違えて貴方の魂を刈り取ってしまったのです」

 

「……はぁ」

 

なんとも二次創作にありがちな理由だなと思った。

そう言えば最近似たような二次創作見たから、それで夢に見ているのだろうか。

 

「……本当に動じないなぁこの人(ボソッ)。えー、それでですね? こちらが間違えてしまったお詫びということで、貴方の望みをなんでも一つだけ叶えて生まれ変わらせて上げようというわけです」

 

「望みですか」

 

話していて途中から丁寧な口調に崩れがでてきた女神(仮)に相槌を打つ。

たぶんわざとキャラ作っていたのだろう。

 

「はい。ちなみに元の世界への生まれ変わりは少々わけがあり行うことができません。そのため貴方が元いた世界とは別の世界、つまり異世界へと生まれ変わっていただこうと」

 

「異世界!」

 

異世界への生まれ変わり、異世界転生と聞いて少しテンションがあがってきた。

二次創作でもそれ系統の話は結構好きな方なのだ。

 

「……やっとそれらしい反応みせたか(ボソッ)」

 

「なにか?」

 

「いえ? 別に? それで、どんな望みがありますか?」

 

「そうですねぇ」

 

これが夢なのか現なのかはよくわからないし、正直この女神(仮)が言ってることも何処まで本当なのかいまだにわからない所はあるけど。

とりあえず言う分にはタダだ。

 

「じゃぁ、魔法チートで」

 

「……魔法チート、ですか?」

 

「はい。あ、もちろん魔法だけじゃなく魔力もめちゃくちゃつけてほしいですね」

 

魔法の才能だけあって魔力持ってません、なんてなったら大損だ。

RPGとかファンタジー物の物語で魔法使いは割と好きなのである。

 

「なるほど。つまり様々な魔法を行使でき、さらに異世界でも最高峰の魔力を持って転生したいというわけですね?」

 

「そうですね、そんな感じです」

 

「わかりました。 ……何やら一つでないような気もしますが、魔法チートという要望でしたし問題の無い範囲でしょう。その要望に沿って転生させていただきます」

 

女神(仮)がいい笑顔でそう言うのと同時に男の足元が光り出す。

どうやらこの夢か現かわからない状況もそろそろ終わりを迎えるようだ。

さて、目が覚めたらどうなってるのやら。

光が収まると……そこにはどこまでも続く深い穴が。

 

「……おい」

 

「それでは、新しい人生を思う存分御堪能ください♪」

 

「おい!」

 

ひらひらと手を振る駄女神(決定)に落下しながら吠える。

落下しながら見える駄女神はイラッとするほどにいい笑顔を浮かべていた。

苛立たしさに打ち震えていると、男の意識はどんどん消えていくのだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「……あの最後の笑顔、こういう意味だったのかよ」

 

駄女神との邂逅を思いだしてたけど、今思うとこうなることは予想してたんだろう。

最後に見せたあの笑顔、なんか意味ありげだったし。

なんか悪いことをたくらんでる時の笑顔に見えたし。

というか、人を間違いで殺しといて普通あんな笑顔できるはずがないし。

 

「ったく、嫌な役を押しつけやがって」

 

この世界で迫害される存在として人族の中に転生したら、下手すれば周りの人達に憎悪の感情を抱いてもおかしくはない。

事実、男のように赤子でありながらも知恵があり、異端者として最悪殺されてもおかしくない状況に陥らされたならばそうなっている可能性も高かっただろうと男も思えた。

おまけに転生得点でチートなんてものも貰ってるのだから、憎しみに任せて見境なしに周りを傷つけて、名実ともに魔王の名をほしいままにしていたのではないだろうか。

 

この男もすでに魔王なんて呼ばれてはいるけど、その力で暴虐の限りなど尽くしていない。

というよりそんなことをするつもりなど最初から毛頭なく、むしろ面倒事を魔法チートで潜り抜けて気楽な生活を楽しみたいと思っているくらいだ。

現におかげでこうして空の上で気ままに生活している。

そのおかげもありこの世界の人達に余り大っぴらな干渉はしていない。

故に男の悪評事態はそこまで広がっていないのが現状だ。

 

……お上からこの号外のように何らかの悪評がねつ造される可能性もあるけど。

まぁ、そうなっても男は不干渉を貫けばいいだけだ。

なにかされたからとそれを止めるために男が一々動いてしまえばそれこそ相手の思うつぼ。

悪評の元にされる人たちにはほんと申し訳ないけど、男が下手に動けばこの世界の人にとってもそれこそ男にとっても悪い方向に行きそうだし許してほしい限りだ。

 

「……動くとしても誰にも知られないようにこっそりと、だな」

 

あれからしばらく経つけど、いまだにあの駄女神から何らかのコンタクトもない。

多分あの駄女神の思惑は、転生させた存在が負の感情にまみれて周りを傷つけるところを見て面白おかしく嘲笑うことなんだろうと思う。

だが男の現在の行動はあの駄女神の思惑から外れてるだろうし、それを考えると何かしらのコンタクトがあるとは思っていたのだけど。

もしかしたらこっちの世界にそこまで大々的に介入できないのか、介入するために何かしらの条件があるのか。

……それかこの行動さえもあの駄女神の思惑のうちだったのか。

 

「……なんにしろだ。魔法と魔力に関してはありがたいけど、悪いけどそういうノリには付合いきれねぇわ」

 

確かに二次創作でそう言う作品もよく見てたけど、こちとら平々凡々の元サラリーマンだ。

だれが好き好んで悪役ムーブをするかと。

そう言うのが好きな人もいるんだろうけど、正直他人から悪意を向けられていい気がするほどMっ気があるわけでもなし。

かといってわざわざ正義の味方ムーブをするつもりもない。

そう言うのは見てるぶんには良いけど、期待の目で見られるのもそれはそれで疲れそうだ。

下手すれば重い期待に押しつぶされることもあるかもしれない。

そう言うのはほんと御免こうむる。

 

男は手の平に炎を起こして号外を燃やす。

見ていても不快になるだけだし、どうせもう読まないからあっても邪魔になるだけだ。

 

「せっかく色々と魔法が使えるんだし、第二の人生はのんびりいきたいところだな〜」

 

手を振り灰を散らすとゴロンと雲の上に転がる。

仰向けになると眼前に広がるのは雲一つない青空。

太陽の光がポカポカと気持ちいい。

男は目を閉じるとその気持ち良さに身をゆだね、ひとつ昼寝と洒落込むこととした。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

周りが真っ暗な世界。

様々な世界の間にある狭間の世界で、女神は不服そうに頬をふくらます。

顔貌が整っているためそういう仕草もまた様になっていた。

女神自身も自身の美貌は理解しているため、時々それを利用していたりする。

男にも意識して接していたのだが、あまり良い反応を見せなかったことが少し悔しく感じていた。

 

「……この男、ほんとこっちの思った通りにならないわね」

 

目の前の空間に映るのは雲の上で惰眠を貪る一人の男の映像。

大きな魔力に何でも……は出来ないが色々とできる魔法。

そんなものを要求されて与えたはいいものの、その力に溺れるでもなくなにか悪事を働くでもない。

せっかく与えた魔法も外見を20歳くらいまで成長させて、雲の上に住処を作るために使った程度で後はただただ日常を無為に過ごす日々。

ちょくちょく魔法の練習のようなことはしているようだが、一日のほとんどをダラダラと過ごしていることに変わりはない。

 

『悪いけどそういうノリには付合いきれねぇわ』

 

ポツリと男がつぶやいた言葉を拾う。

その言葉を聞き、女神は重いため息を吐く。

 

「ほんと、期待外れもいいところ」

 

死の神が間違えて関係ない人の魂を刈り取ってしまったと聞いた時は、何か面白いことになるかもとその魂を譲り受けてみたはいいものの結果はこの通り。

ただ己の力を消費して何の面白味もない男に力を与えただけ。

 

しかも今回は女神の独断である。

莫大な魔力に様々な魔法を使うことができるという規格外の力を与えることは、神と言えども個神(こじん)で行使するにはかなり力を消費するのだ。

正直、力の使い損である。

 

「……あら?」

 

何の変化もない男の観察も飽きてきて他の所の様子を見ていたところ、何やら面白そうな動きをしているところがあった。

 

「勇者召喚、ねぇ」

 

これはとある王国の一室。

魔王復活の報告から、かつてのように異界から勇者を召喚するように王が神官に命じている様子が映っていた。

 

「……ふふ。この物語はもう終わりかと思ったけれど、まだまだ続きそうね」

 

また退屈の日々が続くのかと思っていたけど、これはいい暇つぶしになりそうだとほくそ笑む。

 

「そうだ。ただ勇者が召喚されるのも味気ないし、ちょっとだけ介入しましょう!」

 

良い案だと手を叩く女神は行われる召喚の儀式に少しだけ力を送り込む。

男の考え通り、神とはいえど直接的に世界に介入はできない。

それは神の世界においての決まり事であり、それを破れば重い罰則が与えられる。

だから神々は直接的に世界へ介入することは出来ず、介入するとしても信託として間接的であったり何らかの裏道に頼るほかない。

男を転生させたのもそれだし、この勇者召喚の儀式も異世界間の力の流れに介入してるわけで世界そのものへの介入ではないから問題はない。

……黒に近いグレーではあるけれど。

 

「よし、これでOK! ……でもせっかく勇者を召喚するのに、魔王役がこれだものねぇ」

 

最初の所に映像を戻すが、男はあいも変わらず雲の上で気持ちよさそうに惰眠を貪っている。

せっかく魔王を打倒するために勇者を召喚しようとしてるのに、肝心の男に魔王らしく世界を恐怖のどん底に陥れようとする気概が微塵もない。

これでは片手落ちもいいところだ。

 

「……魔王、かぁ」

 

魔王、それは今この世界に流れる男の噂の元。

嘗てこの世界には魔王が存在していた。

それは今回女神がやったように異世界から送り込んだ人間というわけではなく、純粋にこの世界産の魔王である。

 

大昔の話ではあるが、元々魔族と人族は仲は良好であった。

しかし現状ではこの世界において魔族は忌み嫌われる存在である。

それはなぜか?

その大元は実になんてことのない理由だ。

強い魔力を持つ魔族への人間のちょっとした嫉妬、そこから始まったといっていい。

この世界の生き物は差は在れどすべからく魔力を備えて生まれてくる。

その中でも魔族は特に強い魔力を持っていた。

魔力が強ければより多くの魔法が、よりすごい魔法が使える。

そんな凄い魔法を使える魔族を「凄いなぁ」という、憧れの目で人間族が見ていた。

だがその感情は次第に勢いを増して行く。

憧れは羨望に、そしていつしか嫉妬の感情を向けるようになっていた。

それがどんどん大きくなり諍いが起こることもしばしば、そしてついには種族間で殺し合いにまで発展する事態になってしまった。

しかし強大な魔力を持つ魔族相手に人族は劣勢を強いられてしまう。

そんな時に人族が考えたのが、こことは違う世界から新しい戦力を持ってくることだった。

こことは違う理が統べる別の世界であれば、魔族に対抗できる強大な力を持った存在がいるかもしれないと思ったのだ。

 

結論を言えば大当たり。

異世界から召喚した者は強大な力を持ち、魔族の蹂躙をことごとく撥ね退けていった。

異世界に召喚される際になんらかの力が体に働いたのだろう。

召喚された者は十代半ばの子供であったにもかかわらず、その力は召喚された当時ですでに人族の鍛えられた戦士と渡り合えるほどだった。

さらに幸運なことに召喚された影響か、元は黒髪であったはずなのにこの世界では珍しくもない金髪へとその色を変えており迫害を免れる結果となった。

そしてその子供はついに魔族の王、魔王をうち滅ぼすまでに至ったのだ。

その功績を讃え、人々はその者を勇者と呼んだ。

 

「……元々は人族からの嫉妬から始まったっていうのに、哀れよねぇ」

 

悠久の時を生きて存在の格からして違う神族である女神にとっては、魔族も人族も同等の存在にしか映らない。

多少力があったからと言っても、そんなものどんぐりの背比べ程度にしか思えないのだ。

それゆえに女神は魔族側に同情した。

今回の転生も悪意があったわけではない。

暇つぶしという面が強いというのも否定はしない。

だけどそれ以上に、意図的に魔族側の存在として見られるように男を転生させたのは、魔族側に対する同情心ゆえであった。

 

「……うん。これで人族側が優勢に立たれるのもあれだし、もう少し召喚の儀式をいじくっちゃいましょうか」

 

女神は再び異世界間を移動する召喚の力に介入する。

女神からすれば魔族側に対するほんの少しの配慮。

そして召喚された者“達”からすれば最悪の行為が行われた。

 

 

 

 

 

 

とある日、とある王国で魔王に対抗するための勇者召喚の儀式が執り行われた。

召喚された勇者は過去に召喚された勇者と同様に十代半ばの若者達。

そう、“達”である。

なんと召喚されたのは20人を上回っていたのだ。

本来1人召喚するはずの儀式であるにもかかわらずこのような結果になったのは、恐らくこの世界を見守る女神の御力によるものだと人々は感謝した。

 

 

 

同日。

魔族の暮らす領域において、強大な力を持つ十代半ばくらいの黒髪の若者が5人発見された。

強大な力を持つ不審者ゆえに同じ髪の色である魔族からも警戒されていたがその数日後、その黒髪の5人は圧倒的な力で魔族のトップに立つことになる。

5人の魔王の誕生だ。

 

 

 

20を超える勇者が召喚されたこと、そして先立って生まれた魔王のほかに5人もの魔王が台頭したことにより人族と魔族の間の緊張は大いに高まっていった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「……ムグムグ……モシャモシャ」

 

大樹の幹に背を預け、男はリンゴのような果物を頬張る。

目の前に一面と広がるのはもはや見慣れた真っ白い雲の絨毯。

そう男が今背を預けている大樹は、なんと雲の上に存在していたのだ。

真っ白い雲の上に在り得ないくらい大きな木がある様は、「なにこのファンタジー?」と言いたくなるような景観だ。

 

これは真っ白い雲ばかりなのも味気ないと思い、しばらく前に男が魔法を使って作り出したのだ。

元は空に逃げる時に浮遊の魔法の力加減を間違って一緒に浮かせてしまった木々の一つでしかなかった。

それでこの木に何かの実が生っているのを見て、これを元に食用として何か果実の生る木を作ってみようと思い立ったのが最初だ。

丁度手に入れた魔法の練習もしようと考えていたため、使えそうな魔法をあれこれ使ってみることにした。

そして試行錯誤の末、この大樹が出来上がったというわけだ。

 

ここまで大きくなってしまったのは予想外だが、しかしこんなに大きな木は異世界広しといえどもこの木くらいであろうと、今では胸を張って自慢できるほどである。

この大樹は男の魔法により様々な果実が生るように改良されていた。

とにかくたくさんの種類があれば飽きないだろうといういい加減かつ大雑把な考えの元に手を加えられたことにより、最初は果物だけだったのが今では植物系は大体いけそうだ。

ついでに遊び心も加えて、その日その日で生る果実が変わるようにもしてみた。

……朝起きて枝に大根が生って揺れているのを見た時は流石に少し非常識だなと思ったが。

 

正直少しやってしまった感がぬぐえないけど、とりあえず気を取り直してせっかく作ったのだし名前でも付けようと考えた。

その日その日で生る果実が変わり、たくさんの種類が生る大樹として男はこの大樹を“千変万果の樹”と名付けた。

千変万化と掛けてみたこの名前、男は少し気に入っていた。

 

―――チチチッ

 

「……また来てるのか」

 

思わず溜め息を吐く。

見上げる大樹の枝には何羽かの鳥がとまり羽を休めていた。

この大樹を植えて果実が生りだした当初から、どこで知ったのか空を飛ぶ鳥たちが休憩しに飛んできて果実をついばんだりしているのだ。

まぁ、この木の果実は数も多くしばらくすれば再び勝手に実るから気にすることはないのだが。

 

……さて。

与えられた魔法を使い悠々自適に過ごしていた男だが、いつものんびりしてばかりいたら流石に退屈もしてくる。

何せこの世界には男が趣味で使っていたネットや漫画がないのだ。

そのため魔法で異世界から漫画でも取り寄せようかとも考えたが、どうやらそこで予想外のことが起こった。

男はどうやら召喚魔法が使えないらしいのだ。

暇つぶしに漫画でも読もうと異世界から漫画を取り寄せるために召喚魔法を使おうとしたのだが、うまく発動させることができなかった。

慣れない魔法だから失敗したのかと最初は思った。

だけど他にも色々と魔法は使ってきたが加減に失敗したことは在れども、発動させられなかったことは一度もなかった。

それは魔法チートが働いているおかげなのだろう。

とするとなぜ召喚魔法は使えなかったのだろうか。

 

魔法自体は存在していた。

使用するために必要な魔力も十分に足りていた。

魔法チートや今までの練習もあり失敗する恐れも低い。

それなのにうまく発動させることができなかった。

感覚としては発動しようとした時に何か圧力のようなものがかかり、魔法を邪魔されたような感じが一番近い気がする。

他にも色々と試してみたのだが、結論としては召喚魔法というよりも、“異世界へ干渉する魔法”を使うことができないというのが正しいように思えた。

 

「……これもあの駄女神の仕業か」

 

何が原因かと考えたが、もはや考える必要すら皆無だった。

あの駄女神が魔法チートに何らかの細工をしたのだ。

おそらくこっちの世界が嫌になって元の世界に戻ろうと考えた時に戻れないと知らされ、男を絶望させるためではないだろうか。

その絶望の心すらこの世界への憎悪へ向けろということなのだろう。

あの駄女神、とことん男をこちらの世界で暴れさせたいらしい。

 

「ま、そうそう思い通りになってやんないど!」

 

これでも社会の荒波を経験してきた身である。

ちょっとやそっとのストレスで勢い任せに周りに八つ当たりするほど軟な神経はしていない。

それに遊びがないなら自分で作ればいいのだ。

何のための魔法チートか、何のための異世界か。

やることも興味をひかれることも、考えてみれば結構出てくるものである。

 

そんなわけで遠見の魔法で下の世界の様子を観察するのが最近の男の暇つぶしになっていた。

大きな四角い鏡を作り出して遠見の魔法を使うことで、大画面の液晶テレビ的な雰囲気を醸し出すことができて中々にいいチョイスだったと少し自画自賛。

それでなにか面白いことはあるかとあちこち映像を見回していると、何やら重大な現場を目撃してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだか、大変なことになってるなぁ」

 

果物にかぶりつきながら見る映像はどこかの王国の玉座の間だろうか。

玉座に座る偉そうないかにも王様然とした男が、目の前で意味が分からなそうにしている少年少女たちを前に何か演説をしていた。

そこにいる少年少女たちは皆同じ学生服を着ていて、年代的にも高校生くらいに見える。

しかし男が目を見張ったのはその若い年代というところではない。

その少年少女たちの髪の色だ。

 

茶髪や金髪はまだわかる。

銀髪もいるところにはいるだろう。

赤髪も……まぁ、もしかしたらいるかもしれない。

だけどピンクや緑、そして青と言った髪は流石に現実的じゃないだろと男は突っ込んだ。

召喚された中に、明らかにファンタジーチックな髪色の子達がいたことに、男はなにより驚いていた。

少年少女たちが口々に話してるのを聞く限り、男と同じ日本人のはずだ。

もしくは男とは別の世界の日本人なのかもしれない。

駄女神の話だと、色々な異世界があるらしいから日本人でも少年少女たちのようにファンタジーチックな髪の子のいる日本というのもあるのだろう。

そんな子達を相手に王様が「貴君ら勇者には(云々」「魔王の再来により我が国は(云々」等と話している。

というか魔王の再来とははやりこの男の事だろうか。

別にこの国で悪事を働いた覚えはないのだが、そう思いつつ男はぼやく。

 

「……勇者召喚かぁ」

 

異世界召喚の魔法を思い浮かべてみると、それを使用するのは普通の人間ではとても難しい。

なんというか絶対的に魔力が足りていないのだ。

男クラスのチート魔力になれば「ちょっとコンビに行ってくるか」程度の労力でしかない……使えない身では何の意味もないことだが。

だというのにだ、あの国は20人以上も異世界から人を召喚した。

あの国の魔法使い達、めっちゃ頑張ったんだなぁと男は感心する。

 

 

 

そして別の所に映像を変えると、そこに映るのは男と同じように黒い髪を持った先ほどの子達と同じ年代の少年少女5人組み。

そんな少年少女は、これまた俺と同様に黒い髪を持ち角やら蝙蝠の翼やらをはやした人の姿をした者達を相手に戦っていた。

いや、戦いというかもはや蹂躙に近いかもしれない。

角やら蝙蝠の翼やらをはやした者達、“魔族”はこの世界では圧倒的な魔力と身体能力を持っているらしい。

だけど少年少女たちは魔法なんて使わずとも襲い来る魔法を難なくかいくぐり、魔族以上の身体能力を持って一気に近づいてその拳の一撃により魔族たちを打倒していた。

 

圧倒的、まさに圧倒的だった。

様子を見るに魔族側が召喚したというわけじゃないらしい。

ということは人族側が召喚した時に何らかの問題があってこの5人だけ別の場所に飛ばされたというところだろうか。

それならなんともまた二次創作的展開である。

男は野球の試合でも見るかのような観戦モードで映像を見ていた。

……というかだ。

 

「……もしかして、最悪俺ってこの子達と戦わないといかんの?」

 

全員の戦闘を見たわけではないけど、魔族と戦う少年少女たちを見るに多分皆これくらいの戦闘ができるのではないかと予想する。

なにせ異世界に転生、もしくは転移した時はなぜか力が強化されているのは二次創作的には常識だからだ。

 

さらに男がこの世界に来る前に、あの駄女神に会っているのが決定的だ。

男がこんな駄女神の意図から外れた行動をとってる以上、何らかの関与はしてくると予想している。

そして二次創作的に考えても明らかに多い勇者達の数を考えるに、あの駄女神が何か関係してると考えた方が無難だ。

男と戦わせるためか、この世界的に異端なはずの魔族側に召喚された少年少女たちと戦わせるためかはわからないが、あの駄女神が男のことをこのまま放置してくれるのだろうかという疑問も残る。

そんな様々な予想の元、最悪の場合高い戦闘力を持つ10歳近く年下の子供たちと命を懸けた戦いをするところを思い浮かべる。

 

「……いやだなぁ、めんどくさいなぁ」

 

思い浮かべた結果、結論はそれだった。

子供達と戦うのも嫌だけど、命を懸けた戦いっていうのも嫌だけど、謂れのない罪をかけられるのも嫌だけど。

それより何よりめんどくさい状況になってきたのが嫌だった。

せっかくのんびり過ごしてるのに難しく頭を働かさせる状況がすんごく嫌だった。

 

一応この世界で飛行魔法というのは一般的ではなくかなり高位の魔法に該当するし、おまけにここには認識阻害の魔法もかかっていて分かり難くしてあるからそう簡単に見つからないだろうけど……。

 

「……鳥たちに見つかってるのは、ほんとなんでだろうなぁ?」

 

チラッと男のそばに寄ってきた小鳥を見る。

男の住処に飛んでくる鳥たちのうちの一匹だ。

こいつらが初めてここに来た時に誰か他にもここを見つけるんじゃないかと思って認識阻害や結界をかけたけど、こいつらはいまだに普通にここを見つけて飛んでくる始末。

この住処は雲であるからして基本的に風任せで、世界中を流れて同じ場所にとどまることはないにもかかわらずだ。

 

一応毎度見つかるごとに別系統の認識阻害や結界を重ね掛けしてはいるのだけど、その結果は現状を見るにお察しの通り。

もうこいつらにはそう言うのが効かないんだなと半ばあきらめていたりする。

そんなことをしているうちに、そのうちの一匹であるこの小鳥が何をめずらしがったのかここに一人住む男のそばに寄ってくるようになった。

鳥の見分けなんてあまりつかないけど、男の所に無警戒によって来るのなんてこの小鳥以外にいないのだからきっと同じ小鳥なんだろう。

まぁ、特に興味があるわけでもないし別のでも何でもいいのだけど。

 

「……鳥の本能っていうやつなのかな。なんかめっさ悔しい!」

 

色んな魔法を使える男をしてこいつらの探知能力をかいくぐることはできなかった。

それが何だか無性に悔しかった。

まぁ、それが何度も続いた今となってはこいつらのさえずりも心地よく感じてきて、もはやあきらめの境地というやつだ。

 

「獣人とかもいるし、鳥系の人達にはやっぱり見つかるのかなぁ? 何とか話し合わせて黙っててもらえんものかねぇ?」

 

「チチチ? チチッ」

 

「……まぁ、とりあえず先のことは今はいいか」

 

小鳥が首をかしげるのを見て、真剣に考えるのがばからしくなってきた。

わざわざこっちから出向いて怪我をさせる気はないけど、襲ってきたら撃退するつもりの気概くらいはある。

殺し殺されるのも元日本人的に忌避する所だし、撃退すると言っても死なせるつもりはない。

仮に負けそうになったらけつまくって逃げてやればいい。

正直せっかく作った住処を誰かに明け渡すのは気に食わないけど、第一は男自身の命だ。

魔法で小型化をすることもできるから大樹を持っていくことはできるし、また別の場所で新しく住処を作ればいい。

 

「……ふぁ〜。あぁ、今日もいい天気だな」

 

見上げた空に広がるのはいつものように雲一つない青空。

ポカポカと降り注ぐ日差しに雲のふわふわ加減がまた気持ちよくて欠伸が出る。

 

「あれこれ考えてもしかたないしな。こんないい天気なんだしシェスタシェスタ、お昼寝だ〜」

 

食べ終えて芯だけになった果物を炎の魔法で灰にすると、男は雲の絨毯の上に寝そべりいつものように昼寝に入る。

そんな男をみていいベッドとでも思ったのか、男の腹の上に乗る小鳥。

少し煩わしく思うが見るとすでに小鳥は寝息を立てていた。

野生の小鳥の癖になんて図々しい奴なのだと思う。

まぁ、しかしだ。寝ているところを起こされていい気分がしないのは男も同じこと。

仕方ない、そう思い男は一つため息を吐いて目を瞑る。

 

……わずらわしく思っていた腹の重みだったが、意外と気にならないものらしい。

フカフカで気持ちのいい雲のベッドに包まれ、少ししたらいつものように夢の中。

下の世界とは違い、今日も男の平和な日々は過ぎていくのだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

―――チチッ(……ん)

 

小鳥はゆったりと上下する心地良さの中で目を覚ました。

視線の先にいるのは気持ちよさそうに眠る男、この空の楽園に住むただ一人の人間だ。

 

この大空は太古の昔より我ら翼を持つ者のテリトリー。

この雄大な大空を我が物顔で自由に飛ぶことができるのは我ら翼を持つ者の特権である。

その中でも我らスズメは姿かたちは小さいものの、この世界で最強種とされているドラゴンよりも早くにこの世に生れ大空を飛びまわっていた。

 

スズメはこの世界を統べる女神が初めに作った翼をもつ生命と言われている。

そのせいかこの世界に置いてスズメは神聖なる生物の一つにされて、人族のみならず魔族やドラゴン族からも一目置かれていた。

事実我らスズメは姿かたちは小さいものの長寿であり、人以上の知恵を持ち、なおかつ強い魔力をその身に宿している。

 

女神に最初に作られたのが本当なのか、神聖な生き物なのかなどスズメにはどうでもいいことではある。

だが神聖視されているおかげか、強い魔力を持っているおかげか、周囲から下手なちょっかいをかけられることなく、自由にのんびりとこの大空を飛行できることはとても素晴らしいことだろう。

 

いつもと変わらず気持ちの良い陽気のある日のこと。

いつものように大空の散歩を楽しんでいたところ、スズメはいつもとは違った発見をした。

それは一つの雲だった。

しかし他の雲とは違い、なんとその雲は上を歩くことができたのだ。

しかもそれだけではない。

雲の上だといのにそこには人の作った様な建物があり、さらにはこの世界のどこでも見たことのないような色とりどりの果実が実る大樹がそびえていた。

……そして雲の上で気持ちよさそうに眠る一人の男。

 

―――チチッ(興味深い)

 

スズメは男を見た時そう思った。

この男は人間でありながらも我らすら凌ぐ大きな力を持ち、いつのまにかこの楽園を築いていたようだ。

それにこの見たこともないような大樹や実る果実も実に興味深い。

日課の空中散歩の羽休めにはもってこいの場所ではないだろうか。

それからスズメは何度もこの場所に足を運ぶことにした。

日が経つとスズメの噂話を聞いて他の鳥たちもこの場所を訪れるようになっていた。

 

最初はこの楽園の主である男も我らを煩わしく思ったようで結界を作ったりしていたようだが、我らを侮ってもらっては困る。

確かにいかに強大な力を持っている我らでも単体では見つけることが難しく、突破も困難なほどに強度な結界ではある。

しかし我らの力を合わせれば居場所を特定し、我らが入り込むことができる程度の小さい穴くらいならば穿つことだってできるものだ。

毎度毎度結界の質が向上しているが、そこはもはや我々も意地だ。

我らも毎度毎度あの手この手と手法を変えて、楽園へ赴いている。

この楽園に訪れ珍しい果実を食すためならば、このくらいの難事は大したことではない。

この楽園へと来たい我らと、楽園へ来られたくない男の意地の張り合いである。

……そして、とうとう我らは意地の張り合いに勝利したのだ。

 

―――チチッ(……ふむ)

 

少し身じろぎをするがそんなもの気にも留めず男は眠り続けている。

スズメは顔を上げて大樹を見つめる。

すると大樹の方から小さな豆のようなものが数粒降って来た。

そう、この大樹はわざわざ目当ての果実の所に飛んでいかなくても念じればその果実が自分の元におりてくるのだ。

この楽園全体を見て毎度思うことだが、こんな見たことも聞いたこともないような魔法を使えるとは本当にこの男はすごい魔法使いだ。

 

豆のようなものはスズメの目の前、男の腹の上に落ちる。

それをスズメは小さなくちばしでついばむ。

再び飛び立つ前の食いだめである。

 

―――チチチッ(さて、小腹も膨れたことだしそろそろお暇するとしようか)

 

長く居てはこの男にも悪い。

居心地が良すぎていつまでも居たい気持ちになるが、あくまでも我々はこの男の住居に羽休めで来てるにすぎないのだから。

スズメが短くさえずると、枝にとまっていた鳥たちが一鳴きして一斉に飛び立った。

 

立ち上がったスズメは男を見る。

鳥たちの羽ばたきの音でも、もはや目を覚まさないほどに我らに慣れた男。

それが我らがその男に受け入れられた証のように思えて、どことなく嬉しさがこみあげてくる。

 

―――チチチッ(さようなら空の楽園の王よ。今度また寄らせてもらうよ)

 

スズメはさえずると翼をはばたかせ、先に飛び立った鳥たちと同じようにこの楽園を去って行った。

 

 

 

説明
一年ぶりの投稿です。
今回はオリジナルもの、何かオリジナルものを書くのも久しぶり……。
まぁ、投稿自体久しぶりだからそう感じるのかもですね。
とりあえずこんな風に時々投稿していく感じになりますか。
なんか私、いつまでたってもこういう異世界とかファンタジーとかっていうのが好きみたいです。

※2017/6/7 最後らへんに小鳥の視点を加えてみました
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オリジナル 魔法 異世界 転生 魔王 短編 ファンタジー 

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