×××アレルギー
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「………………ぇくしっ!」

 

              ※

 

「…………あー、くそ」

 またこの季節がやってきたか……。

 翔太は見るからにうんざりと大きく肩を落とした。

「あーあー、どしたの翔太? 急にくしゃみなんかして……風邪?」

 彼の数少ない女友達の愛が、半分以上おちゃらけて、でも少しばかりの心配を混ぜ合わせて尋ねる。

 キラキラと輝いているような新学年の空気の中で、翔太は一人気だるそうに、机に突っ伏しながらつぶやいた。

「あー、お前はじらないんだっけ。

 ……おれさ、毎年ごうなんだよ、ごの時期」

 あからさまな鼻声。そして季節は春先。

 簡単に導き出せる答えに、愛はなるほどと合点した。

「あ、なぁんだ。

 ふぅん…………へえぇ。翔太がねぇ……ニヒヒ」

「……?」

 一人納得して目を細める愛。そんな彼女の笑い方に不穏な何かを感じとっても、今の翔太にはそれを追及するだけの気力がなかった。

 

 ひょろ長い体型に、それなりに整った容姿。しかし面白みのないドライで無愛想な性格が災いして、翔太は女子からは敬遠されがちだ。だから愛との関係も、どちらかといえばさっぱりした、男友達としてのそれである。

 ゆえに愛がこのような、ある種とてつもなくくだらないように見える行動に出たとしても、さして驚くほどのことではなかった。

「くっくっく……登校してきたときが、あんたの最後だ」

 翔太の机をそ知らぬ顔で盗み見ながら、朝一番に仕掛けたトラップの発動を、今か今かと待ち受ける。

 そしてついに。その時は来た。

「ん?……うわっ!……ぅえ、何だこれ?」

 机の中から出した途端舞い上がる、黄色味がかった粉。翔太の手には二種類の枝が握られていて、もうもうと花粉を撒き散らしていた。この季節の風物詩、花粉症の二大元凶、スギとヒノキに相違ない。

「どうだ! さぁ、存分にのた打ち回るがいい……!」

 してやったりと意地悪く唇をニタつかせる犯人。しかし結果は想像から完全に外れていた。

「なんだよくっそ……ったく、きぶんわりぃな」

 標的は気分を害した以外は何事もなかったように、あっさり窓から二本の枝を放り捨てた。

「……え?」

 思いもかけず不発に終わったイタズラに、愛はきょとんと呆けてしまう。

 翔太は狙われていることを想像すらせず、今日持参した箱ティッシュでのんきに鼻をかんでいた。その姿はどうしたって何かのアレルギー症状にしか見えない。

「……ふん、見てなさいよ」

 最初とは違った動機が、愛の中で炎となって燃え盛り始めていた。

 

 ――あっけなく、燃え尽きた。

 

 わざわざアレルギー性鼻炎について勉強までしたのに、肝心のアタックはどれも散々な空振りに終わった。ハンノキ、シラカバ、イネ、さらに時期は違うがブタクサ、ヨモギ、カナムグラとどうにかこうにかかき集めてみたというのに、その苦労に対して翔太は全くの無反応。それどころか徐々に快方に向かってさえいる。

 最後の砦と試したハウスダスト+ダニ攻撃も失敗に終わると、愛はしまいにゃ逆切れして、たった今埃を被らされた翔太の胸倉をひっつかんだのである。

 被害者の怒りなど霞むほどに愛は激昂、鬼気迫る顔で翔太を問い詰めた。

「いったいぜんたい、何がアレルギーの原因なのよ?」

 その一言でやっと、頭の回転が鈍っていた翔太も、この頃起こっていた珍事の原因に気づく。

「最近のイタズラは全部お前か……」

 呆れて嘆息を漏らすが、愛はその程度ではひるまない。

「し・つ・も・ん・に・こ・た・え・な・さ・い!」

 この迫力には翔太も全面降伏、白旗の代わりに両手を振って、答えを素直に白状した。

 

 

「ハぁあ? 一目惚れあれるぎぃい?」

 

 

 彼女の反応は、彼の予想通りだった。

「あんた、この期に及んで、まだふざけてんの?」

 ぎりりと絞まった胸元に慌て、翔太は首を振って否定した。

「嘘じゃない。嘘みたいだけどマジなんだよ。

 いいか、医者の説明によるとだな、一目惚れってのは体内で爆発が起きたようなもんらしい。身体ん中でどばどばいろんなもんが分泌されて、それ以外の時とは明らかに違うんだとさ。

 ほら、よく恋をするときれいになるとか言うだろ? あれは実際にそうなんだってな、女性ホルモンの分泌がどうとか……。で、その変化によって体から分泌される何かが、オレのアレルギーを起こす源らしいんだ」

「……あー。それで花粉症の時期と被るのねぇ」

「あ? 何でかわかんの?」

「そりゃね。翔太の顔だけ見て惚れて、その後面白みのない性格に幻滅して離れてくのが、ちょうどそれくらいの期間じゃん」

「……」

 悔しいが、思いっきり図星である。

「はぁ」

 翔太は憂鬱に深いため息をついた。

「このままじゃ一生彼女ができそうにないぜ……」

「そーだねぇ。一目惚れしてもらっても、熱が醒めるまで近づけないんじゃねぇ」

「結局、一目惚れじゃなくて、でも一緒にずっといてくれる人がいれば問題ないんだけどな」

 

「つまり、私とか?」

 愛にしてみれば、半分以上冗談で出た言葉だったが。

 

「ああ、なるほど。そりゃいいな」

 翔太が名案に気づいた、というように無邪気な顔をしてこっちを向いて笑うものだから、愛は思わず不覚を取った。ついつい意識して、顔を赤くしてしまう。

 

 一方翔太はそれに反応して、

「は、は、は……っくしっ!」

 くしゃみを一発、愛の顔めがけて発射した。

 

説明
やっぱり今回も短編です。
舞台は学校。登場人物二人は、高校生くらいをイメージしています。
まるで男同士みたいな、さっぱりとふざけあう男女二人組の、ちょっとだけファンタジーな病気を巡る一幕です。
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コメント
コメントありがとうございます。始めてもらったので、少々舞い上がりぎみですw(馬骨)
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