sword×cross
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「アブノーマルな紳士の皆さぁん! インモラルな淑女の皆さぁん!

 準備の方はよろしいですかぁ? 間もなく受付終了時刻となりますよぉ!

 今更説明はいりませんよねぇ? 皆さまが勝つと思う方に賭ける、それだけでございまぁす!

 次のカードは今日の目玉! 先日キルマークを増やしたばかりの我らがチャンピオンと、全く情報のない正体不明の挑戦者! 武器も流派もわっかりませ〜んが、腕に覚えがあるのか? 何か秘策があるのか? なんにせよ目が離せない注目の一戦になること間違いなし!

 さぁさぁ、受付終了まであとわずか! まだの方、ジャンジャン賭けちゃってくださいねぇ〜!」

 

 

 

 天井まで頑丈そうな金網で囲われた、直径三〇メートルほどの空間。下は地面がむき出しになっており、ところどころ液体の染みらしきものがある。

 血と汗と。他にもさまざまなヒトの体液が混ざり合ってできた汚れ。中にはまだ乾ききっておらず、触れれば指にねっとりと絡みつきそうな部分もある。

 高さ一メートルほどのコンクリート土台で固定された金網の外には無数の人、人、人。

 人種も服装も性別もバラバラだが、皆一様に眼や顔をギラつかせている。噴火直前の火口のような人々の興奮。その空気が、次の見世物が今日の目玉であることを暗に示していた。

 ここは闘技場。戦士たちが己の力量を、道楽者たちが自らの財産をかけて、一攫千金を夢見る勝負の場。

 

 

 

 不敗のチャンピオンに立ち向かう、無名の挑戦者。本来ならチャンピオンの圧倒的人気で簡単に配当率が決まってしまう組み合わせだが、一切情報のない挑戦者にひょっとしたらという好奇心を抑えきれない連中の食指が動き、結果として最近のチャンピオンの対戦カードとしては珍しく配当の選出に手間取っていた。

 そうして待たされる観客たちもがひょっとしたらという期待を抱きはじめ、挑戦者側に乗り換える輩まで出てくる始末。場内はかつてないほどの興奮で満たされていた。

 と。喧騒を切り裂いてハウリングギリギリのアナウンスが響き渡る。

 

「おっまったっせっ、いたしましたぁ! ただ今をもちまして申し込みを締め切らせていただきますぅ! それでは〜? 気になる配当率の発表でござ〜い!」

 

 ドーム型に湾曲した天井の中央に吊るされた電光掲示板。四方を向いたその画面に、『2:8』の数字がでかでかと表示された。

 会場にどよめきが走る。ここしばらく、チャンピオンの掛け率が「1」から動いたことはなかったからだ。それだけ、これから起こる一戦が波乱を含んでいる、あるいは起こることを期待している人間が多いということになる。

 

「をををををををををっっっっっ!? なんとなんとぉなぁんとも意外なコトに、チャンピオンの配当が2に上がっているぅぅぅっ? いったいどれだけの連中が期待しちゃったりしてやがってるんでしょうねぇぇぇぇぇ!?

 とか言いながらぁ、他ならぬワァ・タ・ク・シっ! もっ! 期待しちゃってる一人なんですよぉう!

 さあさあさあさあ!! 今夜のカーニヴァルでは何かが起こる! かぁもぉねぇ?

 試合開始まではあとわずか! 期待しまくりながらお待ちくださいな強欲紳士傲慢淑女の皆様ぁぁ!!!!!」

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 ざわめく群衆。うごめく気配。うねる熱気。

 止まらない、止められない、止める気なんて毛頭無い――興奮を。

 先ほどのアナウンスが沈黙してからまだ一分と経っていないというのに、すでに金網の外側の緊張感、期待感は暴発寸前の域にまで達していた。

 再びスピーカーから流れ出したハウリングヴォイスがあと五秒遅ければ、暴動になっていたかもしれない。そう思わせるほどの昂りが、この闘技場を満たしている。

 

「さてさてさてさてぇぇぇぇ。今からぶっ殺し合いをはじめますよぉぅ?

 おトイレは済ませましたかぁ?

 神様にお祈りはぁ?

 金網握ってガタガタ震わせて血飛沫浴びる準備はOK?

 まぁもう時間ですから準備のありなし無関係!

 そっ! れっ! でぇっ! わぁぁぁぁぁっっっっ!! カーニヴァルの始まりでぇぇぇぇぇっす!!!!!」

 

 スピーカーから放たれた叫びすら、群衆の耳には届かない。彼らの興味は、視線は、意識は、開始の叫びとともに開かれた闘技場への入り口に集中していた。

 チャンピオンはわかっている。問題は挑戦者の方だ。誰なのか。どんな奴なのか。賭けた金を増やしてくれる存在なのか。

 興味と期待と欲望の詰まった幾重もの視線が、二箇所に設けられた出入り口に刺さっている。

 先に姿を見せたのは、チャンピオンの方だった。肘や膝など、各所にプロテクターの着いたツナギで全身を覆い、刃渡り一メートル半はあろうかという両手持ちの大剣を、抜き身のまま片手で提げている。そのよく焼けた顔は彫りが深く、見ようによっては王侯貴族のように見えなくもない。ただし、見る人が見れば気付いただろう。いくら顔立ちが整っていても、その瞳には拭い様のない翳りが染み付いていることに。

 彼は闘技場の中央付近まで進むと、手にした大剣を砂地に突き刺した。何気ないその仕草だけで、場内の熱気が狂ったように――いや、狂って、天井知らずに上昇する。

 突き刺した剣は墓標。相手が誰だろうと、結果はこうと決まっている――そんな絶対の自信を示すジェスチャア。

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 もはや正常ではいられない、狂うことが当たり前になった空間に、ようやく主役の片割れが姿を見せた。が、待ち望んでいた挑戦者が現れたというのに、観客の興奮は下向きに変化する。挑戦者の傍に、本来そこにいるはずのないものがあったからだ。

 まだ七、八歳くらいにしか見えない少女が、チャンピオンと三メートル半ほどの距離を置いて足を止めた、着物姿の挑戦者の傍にひっついている。

 せっかく今夜の主役が顔を合わせたというのに、場の興奮は下向きの曲線を描き、代わりに疑問と困惑の波が客席に広がっていく。

 そんな空気を払ったのは、やはりというか、チャンピオンだった。

 突き立てていた大剣を引き抜き、一歩では縮められそうにない距離を軽々と踏み込み、剣先を挑戦者の喉元にぴたりと当てた。言葉にすればただそれだけのことだが、この場にいるほぼ全員が、あまりの動きの速さに何が起こったのか理解できなかった。

 数少ない例外の一人――ぴくりとも動かなかった挑戦者を見て、チャンピオンの顔に笑みが浮かぶ。

 今の一幕、もし挑戦者がほんの僅かでも動いていたら、喉を切り裂かれ鮮血の雨を降らせていたことだろう。逆に言えば、それを見抜いたからこそ微動だにせず自分に迫る刃を眺めていることが出来たということになる。

 とにかく、彼は満足だった。この程度で揺らぐようでは、自分が全力を出して戦うことなど叶わない。紙一重の見切りを涼しい顔でこなしてみせる相手なら、こちらも相応に力を出すことが出来る。つまりは、闘いに対する飢えを満たしてくれそうな相手だとわかったからだ。

 もともと彼は狙って王の地位に着いたわけではない。己が身を焦がす欲望――命の限界ギリギリの淵での鍔迫り合いと、その先で掴み取る勝利――を満たすため、表から裏へと渡り斬り合いを続けているという経緯の持ち主だった。

 そんなチャンピオンが、今、笑っている。腹を抱え、身をくの字に折り曲げて、心底楽しそうに笑っている。

 

 観客の反応は大きく二つに分かれた。

 チャンピオンの心情を理解してこれからの闘いに目をギラつかせる者と、どうして笑っているかがわからずに首を傾げる者とに。しかしそのどちらも、結局この先への期待で金網にしがみつくのだった。

 

 挑戦者は片手で同伴者を下がらせた。素直にそれに従い、出入り口へと足を向ける少女。が、ゲートをくぐる直前で足を止めて振り返った。下がりはしたものの、この場から去るつもりはないらしい。その眼は舞台の中央で対峙する二人にぴたりと据えられ、まばたきすらも惜しむように注視している。

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 少女が振り返ったのがわかったかのように、着物姿の挑戦者がゆっくりと構えた。やや腰を落とし、左手に下げていた刀――あるいは太刀かもしれない――を腰の傍へ持ち上げ、親指で鯉口を切る。右手はまだだらりと下げられたままだが、これが挑戦者にとっての臨戦態勢なのは、見ている全ての者が理解できた。

 

 誰かが、居合い……と呟く。本当に囁き程度の声だったにもかかわらず、その言葉は会場にいる全ての者の耳に届いた。

 

 いつの間にか、チャンピオンの笑い声も止んでいる。

 張り詰めた空気が作り上げた、耳が痛くなるほどの静寂。

 

 チャンピオンは今、心から楽しんでいた。さっき笑ってみせたのも誘いだったのだが、相手は挑発に乗ることなく冷静に様子見に徹した。状況に流されない意志の強さからは、自信に裏打ちされた腕前が伺える。

 構えたまま動こうとしない相手はこちらの手の内を探ることに終始していると判断し、彼は先手を取った。

 笑っている間も水平を保っていた大剣を大きく頭上に掲げ、勢い良く袈裟切りに振り下ろす。

 その速度は確かに王者と呼ばれる者に相応しいものだったが、この場に現れるレベルの人間が、あれほどわかりやすい予備動作があって避けられないはずがない。挑戦者は危なげない動きで刃の下をくぐるように斜め前――チャンピオンから見れば右前方へと身を滑らせた。

 それを目の端で捉えたチャンピオンの口元に、期待と落胆を半々で混ぜたような笑みが浮かんだ。

 大げさな予備動作は何かあると踏んで見送り、繰り出された一撃は冷静に死角へと回避した。適切な判断と、無駄のない動き。これで相手の実力が並ではないことがわかった。けれど、同時に、並を遥かに越えるというわけでもないとも思ってしまったのだった。

 だから彼は、さっさと終わらせることにした。

 空を切った大剣の勢いを利用して、左足を軸に身体を独楽のように回転させる。一度相手に背中を見せる形になるが、それもほんの一瞬。何かをさせる間なんて与えず、今度は横殴りの斬撃が相手に襲い掛かった。

 チャンピオンの袈裟切りから薙ぎ払いへの繋ぎは、自身の選んだ武器の長所と短所を正確に把握した、無駄のない完成された流れだった。もし彼が思った通り挑戦者が並の域を出ない力の持ち主であったなら、戦績に新たな星を一つ増やすだけに終わっていただろう。

 挑戦者の動きが己の予想の範囲内だったせいで、チャンピオンは相手の力を自分の予想通りだと決め付けてしまった。だから見逃したのかもしれない。大剣の下をくぐったあと、挑戦者の右手が柄にかけられていたことを。

 自分に迫る大剣をやる気のなさそうな目で見つめながら、挑戦者は右手を柄から離した。水平に振るわれた刃を、鞘に収めたままの刀で下から叩く。

 何とも言い難い、気が抜けそうな軽い音を立てて、大剣の刃が根元から折れて飛んだ。

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 場が、さっきとは別の意味で音を失う。居合わせた者の内二人を除いた誰もが、悪夢を見せられているような心地で断ち斬られた刃の行方を目で追った。

 

 再び、闘技場内に音が響く。今度のは妙に高く澄んでいた。例えるならば、鉄で出来た風鈴が鳴ったときのような音。

 

 観客が気付いたときには、チャンピオンと挑戦者の間に奇妙なオブジェが立っていた。よく見れば、それはさっきまで自分たちが見ていたモノだということに気付けただろう。が、すぐそのことに気付けたのはただ一人だけだった。

 

 沈黙に満ちた会場で、突然挑戦者が腕を上げた。掌をチャンピオンにむけて伸ばし、親指から順に指を折っていく。

 まるで、秒読みのように。

 

 それを見たチャンピオンの顔に、複雑な感情が浮かんだ。全ての色を混ぜたせいで染まった黒のような、複雑で深い色合いの顔。

 

 誰も――オープニングで狂ったようにがなり立てていたアナウンスまで――何も言えぬまま、最後の小指が折り畳まれた。同時に、鞘が放り捨てられる。

 

 と。

 闘技場の土の上で、突然大輪の真紅が咲いた。

 挑戦者が踵を返し、出入り口に向かって歩き始める。

 状況を理解しようと金網にかじりついていた観客の一人が、それに気付いてしまった。喉から絶叫が迸る。それを皮切りに、次々と悲鳴や怒号が連鎖してゆく。

 宙へ派手に散った真紅は、チャンピオンの鮮血。

 砂地に落ちた真紅の中に散らばる、元チャンピオンだったモノ。

 散らばった手足の中、悔しそうな表情だけを残した死相が妙に印象的だった。

 ……それに気付けたのは、たった一人だけだったけれど。

 全く目を逸らすことなく全てを見届けた少女に対して何事かを呟いたが、混乱に支配された場内にその言葉を聞き取れるものはいなかった。肩を叩いて促し、挑戦者は新たに血と肉で彩られた惨劇の闘技場を後にした。

 残ったのは、場を満たす狂乱と、上から三分の一ほどの所を刀で真横に貫かれた、大剣の残骸だけ。

 

 

 

 それは墓標。

 それは手向け。

 地面に突き立つ刃を水平に貫いた一口の刀。

 その形を正面から眺めたならば、確かにそれは十字に見えなくもないだろう。

 故に、こう呼ばれた。

 

 ――剣十字、と。

説明
最近あんまりにも筆が進まないので、過去作に手を加えて投稿デス。

「一撃」というお題の元、初めて戦闘描写に挑んだ作品であります。出来のほどは……皆さんの評価が出来具合かなorz



例の続きを望んでる方には大変申し訳ないですが、もうしばらく、のんびりとお待ちください(滝汗
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コメント
ご指摘ありがとうございます。以前先輩に見せたときも「ここはどうなってんの?」という指摘をあちこちに受けたので、そこを直してから投稿したのですが、まだまだ練りこみが足らなかったようで。また自分で読み直して少しずつでもいいものにしたいと思いますし、これからの参考にもさせてもらいますね。(京 司)
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