二人で歩む一歩のおはなし
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晴れ渡る青空の下、二人で駆け抜ける。

いっち、にぃ。いっち、にぃ。赤い帯で結ばれた互いの脚を、掛け声を合わせ、歩幅を合わせ、息を合わせて前に進める。

後ろからは掛け合い漫才の様なやり取りをする、ちぐはぐなペアの特徴的な声。悪いけれど、この二人が相手なら負ける気はしない。

白線で引かれたレーンがカーブに差し掛かり、少しだけ歩幅が狂った。思わずバランスを崩しそうになったその時、腰に回る手にぐい、と力が込められ、私の体は力強く抱き寄せられた。

汗ばむ陽射しの下でもむしろ心地良い、彼女の体温。

一緒に頑張りましょう。そう囁く彼女に応える様に、もう一度歩幅を彼女に合わせ、ペースを取り戻そうとする。

カーブを抜け、最後の直線。掛け声のリズムが僅かに早まり、ゴールが近づいて来る。

ふと、太陽に目が眩んだ。瞼を細めても突き抜けて来る白光。

張り詰めたゴールテープを目前にして、私の視界は見る間に白く溶けていった。

 

 

 

目を覚ますとそこはグラウンドでは無く、見慣れた部屋のベッドの上。

私の身なりは体操服では無くやや少女趣味のパジャマだし、隣に感じていた温もりは既に布団を去った後だった。窓から差し込む刺々しい位の眩しさの陽光だけが、過ぎ去りしあの日と同じ。

余り無理の利かなくなった体で、昨日は久しぶりに残業をしてしまった。そのツケはしっかりと体に返って来る訳で、既に朝と呼ぶには些か高い位置にある太陽がその証拠。

同居人の聞きなれた足音が、ぱたぱたと階下を行ったり来たりしている。多分家事をしているのだろう。陽射しの強さもあって洗濯物を干すにはちょうど良い天気だ。

鈍い初動で布団を払い退け、部屋を抜け出す。ぎこちない足取りは別に寝起きのせいだけじゃない。手すり付きの階段を伝い階下へ。

ふとリビングから軒先を覗く。

案の定西住ちゃんは、既に洗い上がった洗濯物をハンガーに掛けて干している最中だった。何だか寝坊したのがばつが悪くて、敢えて声を掛けずにキッチンへ向かう。

朝御飯にはもう遅いし干し芋でも摘まもう、と戸棚を開けるも、定位置に有る筈のストックは空だった。

「しまった、切らしてたか……」

私としたことが迂闊だった。しかし、無いと分かると余計に口寂しい。小腹を満たすのにわざわざ外出までするのも本末転倒な気もするが、良いお日頃だし買い物ついでに出掛けるのも悪く無いだろう。

とりあえずパジャマから普段着に着替えようと、私は再び手すりを伝って自室へと戻った。

「“会長”、出掛けるんですか?」

一緒に暮らし始めてから、西住ちゃんは昔みたいに私の事を“会長”と呼ぶ様になった。学園を卒業してもう十年以上経つのに。以前は“先輩”だったり、名前で読んでくれた時期もあったのだが、不思議と会長呼びが一番落ち着くと言うか、しっくり来るらしい。

「あー、うん、干し芋切らしちゃっててさ。ちょっとスーパーまでと思って」

安物のカジュアルシューズに足を通し、補助杖を手に取ろうとした所で彼女に呼び止められ、何気無く返事を返した。

「じゃあ、わたしも付いて行っていいですか?実はお昼ご飯の準備まだなんです」

「あー、うん。それじゃせっかくだし、お昼も外で済ませようよ。家事で疲れてるでしょ」

西住ちゃんはいつも、私をさりげなく気遣ってくれる。

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その厚意をはね退けるほど意地っ張りのつもりは無いが、やはりただ尽くされるだけではなく、彼女とは対等の関係で居たい。だからこうして折衷案を提示してバランスを取ろうとする。

「いいですね。着替えて来ますからちょっとだけ待っててください」

帳尻合わせの交渉は成功し、西住ちゃんはスリッパをぱたぱた鳴らしながら自室へ駆けて行った。

その姿を見送ってから、私は少々不格好だったシューズの結び目を直そうと、再び腰を下ろした。

 

 

 

半年前、私は病に倒れた。

幼い頃に克服した筈の持病の再発で生死の境をさ迷いどうにか生還した後、私には中度の半身麻痺と、そんな私を支える為だけに戦車道プロ選手の道を半ばで退いた西住ちゃんが与えられた。

彼女の独断を咎めようとも思った。私なんかの為に人生を棒に降るなんて馬鹿だとなじる事も厭わないつもりだった。

だけど、ある日見舞いに訪れた横浜育ちの英国かぶれに、とある女性活動家の名言を送られて、思い止まった。

かつて私が、私の人生の物語に、強引に彼女を巻き込んだ様に。

今度は私が、彼女の生き方に身を任せる番が来たんだと、受け入れた。

 

 

 

大洗は港町だ。

海岸沿いをぶらりと道なりに歩けば海鮮料理や浜焼き小屋が並び、商店街も観光客向けから地元民御用達まで名店揃いで、海の幸を堪能するのには困らない。

“山水”でその恩恵に預かり揃って海鮮丼でお腹を満たした後、私達はそのまま食彩館まで足を伸ばし、夕食の材料と、本来の目的だった干し芋を買い込み帰路に就いていた。

「西住ちゃん、荷物重くない?」

「大丈夫ですよ」

西住ちゃんは一人で買い物袋をぶら下げ、もう片方の手を私と繋ぎながら、にこやかにそう答えた。

杖を突きながら歩く私に合わせ、ゆっくりと窮屈な歩幅で歩く西住ちゃん。

細指に持ち手が食い込む程の荷物から、本当は足早に帰宅して解放されたい筈の彼女を見ていて、なぜか私は今朝の夢の事を思い出していた。

あの時は西住ちゃんの歩幅に合わせようと、私の方が一生懸命大股振りで付いて行ったけど、今は彼女が、私の小さな歩みに合わせてくれている。

嬉しい様なもどかしい様な、むず痒い思いに駆られ、杖を突くテンポを速めた。

「そんなに急ぐと転んじゃいますよ」

「へーきへーき、あんまり病人扱いするんじゃなーい」

今では私の背負ったハンデも、冗談めかしたやり取りで笑い飛ばせるようになった。時間は全ての問題を解決する訳では無いが、少なくとも二人の間で触れない方が良いと保留したままだった数々の事柄は、時が経つと共に緩やかに溶けて流れて行った。

だから、そろそろこの問いも、投げ掛けて良い頃だろう。

「……西住ちゃんは、戦車道に未練とか、あったりする?」

ずっと聞けなかった。聞いたら彼女の決断に、水を差してしまうんじゃ、と怖かった。

「実は、自分でも不思議なくらい無いんですよ、そういうの」

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何でも無いと言った素振りで然り気無く答える西住ちゃん。その表情はさっきと同じにこやかなままで、拍子抜けしてしまった。

「あ、いや、私に期待してくれた人に応えられなくてごめんなさいとか、中途半端な所で投げ出して皆怒ってるかなとか、そう言う事は考えたりするんですよ?」

今まで聞かれもしなかったので確たる結論も用意してなかったのか、慌てて言い繕う。その仕草が可笑しくて、思わず吹き出した。

「……あれ?わたし、変な事言いました?」

「うん、自分じゃ無くて、まず他人の事に気を使うのが西住ちゃんらしいなぁ、って」

「会長ひどぉい!」

年甲斐も無く頬をぷくぅ、と膨らます西住ちゃんが益々可笑しくて、歩くのも忘れてけらけらと笑ってしまった。彼女も自分の仕草が恥ずかしくなったのか、釣られて笑い出した。

「くく……はぁっ」

息を整え、落ち着きを取り戻す。

「……もうっ、未練があるって言ってくれた方が、こっちも切り出しやすかったのに」

私の愚痴に要領を得ないと言った具合に、西住ちゃんはきょとんとした表情を覗かせる。

わたしは隣を見上げ、まっすぐ彼女を見据えた。

「……実はさ、大洗にプロチームを誘致する為に戦車道振興を促進する計画の一環で、地元小学校から課外授業に取り入れたいって打診があったんだ」

かつて大洗学園艦の教職の長を勤め、今は陸に上がり第二の教師人生を穏やかに過ごす、昔懐かしい恩師からの面会を受けた昨日の事を思い出す。

「すごい!また一歩前進ですね」

「……そのコーチを、引き受けてみる気はない?西住ちゃん」

突然切り出された予期せぬ申し出に、西住ちゃんの表情がびたり、と固まった。

「……コーチ、ですか」

「だから未練あった方が助かったのにぃ。“また戦車道と関われる道がある”とか、“その未練を未来ある子供達に託してみないか”とか、殺し文句を考えてたのにさっ」

「あはは、がっかりさせちゃってごめんなさい」

申し訳無さそうな顔を浮かべる西住ちゃんを尻目に、次の口説き文句を絞り出す。

「じゃあ、こうしよう……私に協力して、西住ちゃん。大洗にプロチームを作る、その夢の為に」

西住ちゃんと、共に歩む。ただ漫然と歩き続けるのでは無く、二人で夢を叶え、道を築きながら。例え病に倒れて、障害を背負っても、その夢を妥協した事は一度も無かった。だから、

「私と一緒に歩いて欲しい、同じ道を」

長い沈黙。

西住ちゃんは表情を一切変えず、感情を露にせず、考えていた。それがかつて私を何度も救ってくれた、彼女の“全力の姿勢”である事を、確かに知っている。

一呼吸、瞼を閉じて、見開いた。

「……はい、一緒に、歩きましょう」

「!……ありがとう……」

待ち遠しかった答えを、聞く事が出来た。その事で一気に安堵感が体の内に押し寄せ、大きくため息を吐く。

「大丈夫ですか?会長」

「大丈夫じゃ無いよ〜めちゃくちゃ緊張した〜正直何時この事切り出そうか悩んでたんだよ〜」

まさかよりにもよって、昨日の今日で打ち明ける事になるとは思っても見なかった。最も、後になればなるほど言い出しにくくなっていたのは想像に難くないので、ある意味幸いだが。

「あーもう何か仕事でも無いのにどっと疲れたよ、早く帰ってゆっくりする!」

「ふふ、その方が私も安心です、会長の無理を心配しなくて済みますから」

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軽口を叩き合うと、私達は歩き始めた。

ゆっくり過ぎず、早足過ぎず。私と西住ちゃんの調度良い歩幅で、家路へと足を進める。

もう掛け声は必要無い。どちらかが相手のペースに合わせる事も無い。

二人にとって心地良い歩幅は、もう計り終えたから。

 

 

 

━つまるところ、夢を見るのは計画をたてるという行為の一形態だ。

グロリア・スタイネム(ジャーナリスト、女性解放運動家/1934〜)

 

説明
メガミマガジンのガルパンピンナップからインスピレーションを経て書き上げました。
以前投稿した「ずっといっしょの、未来のおはなし」http://www.tinami.com/view/885643の後日談に当たります。
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