茂部さんは中二病的世界に巻き込まれたようです
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茂部さんはどうやら中二病的世界に巻き込まれたようです。

 

 

 

 中二病、それは後に黒歴史とも呼ばれる中学二年生辺りの子供がしてしまう “イタイ”行動の総称だ。例えば、

 

「我は煉獄の使者、清火の使い手なり!」

 

 とか、

 

「喰らえ! ケルベロス・ファング」

 

 みたいなことを平然と言っちゃったり、やたら凝った造りの眼帯を目が悪いわけでもないのに付けてみたり、模造刀とかで剣術っぽい動きを練習したり。

 

 まぁ、その症状は様々、十人十色だ。でも、みんな、一度は考えたことはないだろうか? それがもし現実になってしまったら、と。

 

 爽やかな日差しがさんさんと降り注ぐ平和な日常。世界で最も安全と謳われるこの国、日本で、

 

「くぁ……」

 

 俺、茂部(もぶ)一郎(いちろう)は大きなあくびをしながらいつもの通学路を歩いている。しかし、その周りには同じ高校の生徒はいない。当然だ。今はちょうど一時間目が始まるか始まらないかの時間、つまり、俺は遅刻だ。皆には重役出勤とからかわれるレベルの。

 

「ふぁあああ……」

 

 まぁ、いつもの事なので大して気にしないが。

 

(にしても、やっぱSODシリーズは最高だな)

 

 SOD、シューティング・オブ・ダストはFPSで世界的人気を誇るゲームだ。昨日最新作が発売したので、徹夜でキャンペーンモードプレイしていたのだ。

 

(さてと、今日帰ったらオンラインで)

『おいテメェ、ちょっとマテや!』

 

 そこまで考えていた俺の耳に、物騒な言葉が飛び込んできた。慌てて周囲を見渡すが、どうやら俺ではないようだ。一安心したところで、再びさっきと同じ声が耳に入り込む。

 

『テメェ、俺にガンくれたろ? お? なめてんのかぁ?!』

『ダンマリしてんじゃねぇぞ!』

 

 どうやら、誰かが不良に絡まれているようだ。まぁ、触らぬ神に祟りなし、ここは無視を決め込んでさっさと登校を、と思った矢先だった。

 

「ぶっ殺されてぇのか! アァン!?」

 

 ……どうやら、俺の進行方向にある左の路地裏が現場のようだった。

 

(うわぁ、ツイテねぇ……)

 

 左の路地裏を見ないでさっさと走り抜けてしまえばいいのだが、俺の長年の勘からして、何をしようが巻き込まれる気がする。

 

 昔からそうなのだ。どうにも俺は厄介事に巻き込まれやすい体質らしい。一番ひどかったのは、ただ歩いていただけなのに、車で逃走中の銀行強盗に捕まって人質にされた時だ。ガチでビビったし、何にも意識していなかったから、完全にパニックになって、警察に助けられるまでの間の記憶は殆どすっ飛んでいる。

 

(まぁ、そのおかげで鋼の精神力だけは手に入れたが)

 

 正直それだけだ。で、そんな俺が巻き込まれると勘付いた以上、対策を練らないわけがない。

 

(まず、気づかれないように路地裏を覗いて人数の確認、三人までなら思いっきり走って逃走、それ以上なら、警察を呼ぶふりをして、追っ払う)

 

 よし、これで行こう。まずは路地裏を覗いて……。

 

(……うわぁ)

 

 俺は覗いた瞬間、一気にテンションが下がった。なぜなら、絡まれている奴があんまり関わり合いになりたくない部類の人間だったからだ。

 

 そいつは、上一(かみいち)健(けん)。俺のクラスで最上位の問題児で、現在進行形の中二病患者なのだ。制服はなぜか黒のロングコート風に改造され、目が悪いわけじゃないのにやたら凝った銀の眼帯を左目にしていて、右腕には変な紋様が描かれた包帯をしている。さらに言えば、遅刻や無断欠席の常習犯でもある。

 

 まぁ、そんな風貌や行動をしているので、誰も関わろうとしないし、先生も最近じゃ諦めて黙認してしまう始末だ。

 

(……巻き込まれたくねぇ)

 

 まぁ、不良の人数は三人、これならば走って逃げられる。そう思った俺は足に力を込めて一気に駆け抜けようとした。

 

 だが、そこで俺は自分の予感が間違っていたことを思い知らされる。

 

「……まったく、天下の往来で封印を解放しなくてはならないとはな」

 

 そう言いながら、上一は右腕の包帯を解き始める。

 

「あぁ? 何言ってんだおめぇ?」

「怖さのあまり壊れちゃいまちたかぁ〜? ぎゃはは!」

 

 不良の方はバカみたいに(実際バカなのかもしれないが)笑っているが、包帯が解け切った時、その顔は一気に凍りつく。

 

「壊れるのはお前達だと思うが?」

 

 いや、俺自身も凍り付いていただろう。なにせ、右腕から黒い炎が噴き出したのだから。

 

「な、なん」

 

 そして、上一に一番近かった不良が、その炎で吹き飛ばされて、そのまま星になってしまった。

 

「……は?」

「んだそりゃ?」

 

 呆然としていた二人も、ほぼ同じタイミングで後を追うように星にされてしまった。

 

(…………)

 

 何が起きている? 頭の整理が追い付かない俺は思わず上一の右腕を凝視してしまう。

 

 とりあえず、アイツの腕は火傷していないようだ。あと、周辺の物も焦げてはいないし、匂いもしない。後は……

 

(って、んなこと考えてる場合じゃねぇ!)

 

 これはいわゆる、口封じをされるレベルの事態だ。アイツに発見なんてされたら……!

 

「ん?」

 

 遅かったぁ〜〜〜っ!

 

(散っ!)

 

 ここにいたら間違いなく殺される! 比喩とかそんなのではなく!

 

 顔を見られてない事を祈りつつ、俺はその場から全力で逃げ、近くの公園のトイレに逃げ込んだ。

 

(なんだあれなんだあれなんだあれ!?)

 

 さっきまで大半の事にビビらなくなっていたと思っていたが、あれは異常だ! 現実の光景じゃない!

 

(夢、じゃないよな?)

 

 夢の中で夢を見るなんてことはたまにあるけど、これは、違う。間違いなく現実。でも、あんなのは現実じゃありえない。

 

(と、とりあえず、今日は学校サボろう。アイツと鉢合わせしたら俺じゃないかって疑われるのは間違いない)

 

 一度深呼吸して、トイレから出ようとした時だった。

 

(待て、本当にそれでいいのか?)

 

 今日、学校を休んでいる生徒は何人いる? 数百人いるって言っても、休んでいる生徒はそうはいない。その生徒一人一人調べて行けば、理由も無く休んでいる生徒を見つけるのは、難しいことじゃないのでは?

 

(じゃあ、逆に学校に行った方が安全なのか?)

 

 でも、今すぐにじゃない。それこそ、自分が見ましたって言っているようなものだ。なら、二、いや、三時間目ぐらいに到着すれば、おそらくそこまで疑われることはないんじゃないか?

 

(だけど、そこまで考えていたら?)

 

 アイツがもし、目撃者がわざと遅れてくる可能性を考えて、条件を絞って考えたりしたら、あっという間に見つからないか?

 

(でも、だけど、いや、もしかしたら、だとしたら)

 

 そんなことを何度も考えた末に、やはり学校をサボろうと決めた時にはすでに二時間が経過していた。でも、外で過ごそうとしても追われているのではって不安が俺の足を家へ向けさせるのにたいして時間はかからなかった

 

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「はぁ〜……」

 

 昨日と打って変わり、俺は憂鬱な気分で登校していた。今回はちゃんと時間通りに家を出たので、同じ高校の生徒が周りにたくさんいる。

 

(これなら、見つかる可能性はグッと低くなるとは思うんだが……)

 

 この大人数ならば、仮に俺の顔を見られていたとしても、探し出すのは容易ではないし、上手くいけば他の人の影に入って気づかれないかもしれない。

 

(……大丈夫、だよな)

 

 制服は見られたかもしれないが、分かったとしても男子生徒かも知れない、程度の情報のはずだ。それに、ウチの学校は女子でもズボンが認められている学校。数は少ないものの、ズボンをはいて登校している女子は確実に存在している以上、ピンポイントで俺だと分かるはずがない、無いハズ……。

 

(……うん、そうだよな!)

「バレるハズがないよなぁ〜」

「ほぉ、お前はバレていないとでも思っていたのか?」

 

 ……ふっ、死亡フラグってやつ? 気づかぬ間に自分で建てちまったようだな。だが、

 

「散っ!」

「あ、おい!」

 

 ここでむざむざ殺されるつもりなど毛頭ない! 三十六計逃げるに如かず!

 

 俺は人の波を自慢の反射神経と直感をフルに活用して全力ですり抜けながら駆け抜けていく。こう見えても、ドッジボールでアウトになったことは一度もない。

 

(右、左、中抜け!)

 

 川面を流れる木の葉のように俺は皆の間をすり抜け、上一との距離を離していく。

 

「ぜーはーぜーはー」

 

 すり抜ける事数十分、俺は校門の前にたどり着いた。ここまで来れば流石に振り切れただろう、そう思って後ろを振り向けば、その姿はなく、

 

「話を聞かずに逃げるな」

 

 何故だか俺の目の前にいた。

 

「なんでぇ!?」

「何でも何も、近道をしただけだ」

「…………」

 

 そういや、公園を強引に突き抜けるって近道があったな。てか、俺もたまに使ってるじゃん。つーか昨日逃げ込んでんじゃん、トイレに。

 

「くっ」

 

 こ、こうなれば、玉砕覚悟で……!

 

「まぁ、待て。お前をどうにかするつもりはない。ただ話を聞いてほしいだけだ」

「は、話?」

「そうだ。お前が昨日、見た物についての、だ」

 

 どうしようか? 確かに、殺すつもりは無いように見えるが……。

 

 なんて考えていると、突然、世界が様変わりした。まるで、スイッチを切ったかのようにモノクロ、いや、セピアだろうか? そんな感じの色しか存在しなくなってしまった。

 

「な、なんだ!? 何をしたんだ?!」

 

 俺が問い詰めても、上一はそれに答えず、ただ上空を睨みつける。

 

「くそっ、このタイミングでか!」

 

 俺を完全に無視して、上一は腕の包帯を解く。すると、昨日と同じように黒い炎が腕から噴出した。

 

「まったく、世界が変わってもあなたのその忌まわしい炎は変わらないのね」

「へ?」

 

 突然、上から降ってきた声に俺の視線は上一の右腕から声の発生源へと移る。

 

「あら? そちらの殿方はこの“界絶(かいぜつ)”の中でも動けるのですか?」

 

 そこには、美人としか言えない女の子がいた。

 

 黒の長髪で、まさしく大和撫子とは彼女のためにあるような言葉だと思うくらいの美人だ。でも、その恰好はそれとは真逆の、確か、ゴスロリ? とか言われている感じの真っ黒な服を着ていて、それに合う黒い傘で空を飛んでいる。でも、そんな服装よりも目立っているのが、右手に握られた大剣だった。

 

 デザイン的にはいかにも中二病患者が書きそうな禍々しい物なのだが、その鈍い輝きや、剣から放たれる異様な雰囲気が、本物の剣だということを証明していた。

 

「あら、この魂吸(こんすい)ノ(の)鬼神(きじん)に興味が?」

「へ?」

 

 突然話しかけられ、答えるべきか迷っていると、上一が目の前に立ちはだかる。

 

「何の用だ?」

「あら、お話の途中で割り込むなんて、無粋ですわよ?」

「けっ、テメェらがしようとしていることに比べたらマシだ」

 

 え、え〜と……

 

(……現実? これって?)

 

 なんか、周りの人たち全員動かないし、世界も色を失ってるし、なんかもうわけわかんないし。

 

「そうかしら? 私としてはあなたのその悪趣味な炎の方がよっぽど酷いと思うのですけど」

「だったら地獄の奴らにでも文句を言うんだな」

 

 あっちはあっちでなんか盛り上がってるし。上一が一際大きく黒炎を噴出させ、大声を張り上げる。

 

「我が名はインフェルノ・ブレイカー! 地獄を破壊し、黒炎を奪い取りし者なり! 黒炎に抱かれて、罪を償え!」

「はっ! その名乗りも何ら変わってないのですね!」

 

 そして、俺の理解を超えた戦いが始まってしまった。

 

「せやぁああああああ!」

 

 先に仕掛けたのは女の子の方だ。傘をたたむと、回転しながら上一へ投げつけ、上空から一気に下降しながらその大剣を振り下ろす構えを取る。

 

「黒炎よ!」

 

それに対し、上一は無数の黒炎の槍をさながら豪雨のように放って迎撃するが、落せたのは傘くらいで、女の子は大剣を振らず、身動ぎ一つで豪雨の隙間を縫っていく。

 

「まったく、芸の無いことで!」

 

 肉薄した彼女は振りかぶっていた大剣を一気に振り下ろすが、固い音と共に弾き返されてしまう。

 

「お前相手なら、それで十分だ」

(ワォ! 黒炎がどういった仕組みなのか、鋼鉄のように固くなってるみたいだぜ! マジで意味不明!)

 

 物理的にあり得ない事柄のオンパレードに思わず脳内でツッコミをしてしまう。

 

「仕留められない以上は十分とは言えないと思いますわよ!」

 

 で、女の子は弾かれた反動を利用して、空中でバク転をして着地したのだが、その時に見えた物が俺の頭を一気に埋め尽くす。

 

(見えた、水の一滴!)

 

 じゃなくって。

 

「パ、パン」

 

 ツァーが! もろに! 見え!

 

(……ごちそうさんです!)

 

  いやぁ、あんな美人のPが見えるとは、今日はいい日だぁ。なんて、考えたところで頭が一気に落ち着いて、状況に対する怒りが込み上げてきたので、GOサインを出して開放した。

 

「って、なわけねぇだろぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

「「!?」」

 

 ようやく思考が通常運転を始めた俺の大声に、二人は戦いを止めてこっちを見てくるが、んなことぁどうでもいいんじゃい!

 

「てか、お前ら何やってんの!? ねぇ、なんなのこれ!? 一から十まで説明してくれません!?」

「「……………」」

 

 なおも唖然としている二人だが、俺はかまわず自分の考えをぶちまける。

 

「つーか、なに? カイゼツ? 意味わからんし! そもそも、お前ら中二病なの!? それともハリウッド級のドッキリをやらされているスタッフさんですか!?」

 

 そこまで言われて、女の子の方が我に返って俺に大剣を向けてくる。

 

「た、戦いの邪魔をするとはいい度胸ですわね、ならばまずは」

 

 だが、

 

「今は俺のターンだ! 黙ってろ!」

「なっ!?」

 

 思わぬ返しだったのか、再び閉口してしまう女の子。だが、すぐに気を取り直し、咳払いしてから話しを続けた。

 

「……興が醒めましたわ。その命、今回は預けます」

「ちょっとまてぃ! こっちの話はまだ終わってねぇぞ!」

「そう焦らなくとも、その男が説明してくれるかと。では、また今度」

 

 それだけ言うと、女の子はなぜか燃えていなかった傘を開いて、空へ再び飛びあがる。

 

「そういえば、あなたには名乗っていませんでしたわね。私は“ソウルイーターの黒百合”。もし、次があるとするならば、以後お見知りおきを」

 

 そんな言葉を残し、彼女は空へと消えて行った。と、ほぼ同時に色を失った世界は元の色彩に戻っていく。止まっていた生徒たちは再び会話しながら校門をくぐり、門番のように立っていた体育教師は監視の目を光らせ始める。

 

「なんだったんだ、アレ」

 

 黒百合の撤退した先や、動き出した時間を呆然と見ていた俺の肩を、上一の手が軽く叩いた。

 

「全部説明してやる。とりあえず、体育館裏に行くぞ。あそこなら、この時間帯は人が来ない」

 

 そう言って俺を体育館裏へ誘導するのだが、この時点で何が起こるかなんて容易に想像できたはずなのに、混乱していた頭じゃそれを考える暇もなかった。

 

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「まったく、とんだ暇人がいたものだ」

 

 地面に伏している不良たちを見下して、呆れたように上一が呟いた。まぁ、何があったかなんて、言わずもがなかもしれないが、なぜかこの時間に登校していた生真面目な不良さん方に絡まれまして、ええ。

 

(なんつーか、ご愁傷様)

 

そうとしか言いようがない。とりあえず、合掌。

 

「さて、それじゃあ本題に入るとしようか」

 

 で、俺のそんな行動を気にも留めず、上一は不良を重ねて椅子代わりにすると、そう言ってから話を切りだした。

 

「まず、俺についてだ。俺の本当の名前はキャバリア・メルト・ボルカノンだ」

「えっと、さっきの名乗りの時の名前はなんなんだ?」

「あれは通り名だ。地獄の火炎である黒炎を奪い取った時からそう呼ばれている」

 

 正直、あの光景を見てなかったら、中二病の痛い発言で流せるんだけどなぁ……。

 

(実際見ちゃってるしなぁ)

 

 つまり、これはもはや空想の、いや、中二病の妄想話ではなく、現実の話なんだ。と、分かって入るのだが、いや、これを考えるのはよそう。今はこいつから一つでも多くの事を聞かないと。

 

「で、なんだって偽名使っているわけ?」

「いや、上一健の名前は偽名じゃない。キャバリアの名は前世の名前だ。この時代の名前は上一で合っている」

「前世ってお前、前世からの記憶を引き継いでるのかよ?」

「そうだ」

(速答ですか。何の迷いも無く速答ですか。どんな原理だよ、どんな理屈だよ!)

 

 思わず出そうになった言葉をぐっと飲み込んで、質問を続ける。

 

「じゃあ、なんだってそんな格好しているんだよ? 前世の記憶を引き継いでる、つってもさ、現代の上一としても十五年以上は生きているんだろ? このご時世にその恰好が不自然なのが分かってないのか?」

 

 そんな質問を投げかけると、上一は気まずそうに頬を掻きながらそれに答える。

 

「まぁ、自然でないのは承知している。が、右腕の包帯と左目の眼帯は封印に必要なのだ」

 

 そう言われてみれば、確かにあの炎が出っ放しってのは問題だ。眼帯の方も、きっと何かあるのだろう。となると……。

 

「じゃあ、そのコートは?」

「…………その、どうにもその二つだけだと、な」

「そこだけテメェの趣味かよ!」

 

 てっきり何か理由があると思ったのに! 俺の期待感を返せ!  気まずそうに視線逸らしてんじゃねぇよ!

 

「ゴホンッ、でだ」

 

 あっ、強引に話を変えやがった! しかも割とベタな方法で!

 

「次に、アイツらについての話だ」

「あいつら? さっきの女の子の事か?」

 

 え〜と、たしかピンク縞パンの、じゃなくて、ソウルイーターの黒百合、だっけか?

 

「ん? ちょっと待て、アイツらってことは、あんなのがまだ何人もいるのか!?」

「ああ。アイツらは魔剣衆という集団で、こことは違う世界から来た侵略者だ。前世の世界で倒したはずなんだが、何がどうなったのやら、この世界で復活してな。人知れず日夜戦っていたんだ」

「なるほど」

 

 だから無断欠席とかしていたのか。でも、騒ぎになっていないってことは、さっきのあの謎の現象が関わっているんだろうな。それについて突いてみるか。

 

「で、あの黒百合って子が言っていたカイゼツってなんだよ」

「界絶は世界を絶つと書く。その意味のとおり、一定空間を世界から切り離すことが出来る技だ。俺の左目にも封印されている」

「じゃあ、その眼帯を外すとその界絶とやらが発動すんのか?」

「そうだ。ただ、こいつは回数限定でな。むしろ界絶の中を動けるようにする為といった意味合いの方が強い」

「そういや……」

 

 確かに、界絶が発動した瞬間、俺たちと黒百合の三人以外はピタリと止まってしまった。でも、もし、上一の言うことが本当ならばおかしいことがある。

 

「じゃあ、なんで俺は動けたんだ?」

 

 よく原理は分からないが、界絶が封印、あるいは使えないとあの世界では動けないって事ならば、俺も動けない、いや、認識できないはずだ。黒百合も驚いてたし。

 

「それは俺にも分からん。お前さんに元々耐性が付いていた、とも考えられるが……」

「おいおい、俺は今までこんな摩訶不思議な体験をしたことはねぇぞ?」

 

 不幸な目には散々遭っているけどな。例えば、今回の件とか今回の件とか今回の件とかなっ!

 

「まぁ、界絶については元々アイツらの術ってのもあるし、俺も良くわかってない」

 

 むぅ、なんかモヤッとする答えだけど、本当に知らなそうだな。

 

(つーか、もう話が色々とデカすぎてどうでもよくなっている気がする)

 

 いわゆる、思考の放棄ってやつ?

 

「さて、ここまでお前に話したのには理由がある」

「だろうな」

 

 でなきゃここまでべらべらしゃべるなんて到底考えられねぇっての。

 

「で? 何を要求するつもりだ? 言っておくが、犯罪には手を貸せないからな?」

「そんなことを要求するつもりなんてないさ。ただ協力をしてほしいんだ」

「協力?」

「そうだ。正直、俺一人ではこのままだと手に余るんだ」

 

 ……まて、この話の流れだと、

 

「つまり、俺も一緒に戦ってくれってことか?!」

「そうだ」

 

 また速答かい! いや、そもそも!

 

「お前はバカか!? 完全な素人に何を要求してんだ!」

 

 正直、あんなアニメでしか見たことないような能力を持った奴ら相手に、何の能力もないド素人が戦えるはずがない! それが認められるのはフィクションの世界だけです!

 

「落ち着け。別にアイツらと戦え、と言っているわけじゃない」

「あん?」

「要は俺のサポートをしてほしいんだ。いくら前世の記憶があるって言っても、この世界の知識はお前さんらと同じなんだ。特に学校の授業なんて、少し聞き逃すと訳が分からなくなる」

「……つまり、ノートとかとってくれって事か?」

「そういうことだ。まぁ、戦闘に参加してくれるのならばそれはそれでありがたいが」

 

 冗談じゃない。

 

「で、協力を拒めば?」

「どうもしないさ。ただ、アイツらに目を付けられたのは間違いない」

「つまり、今まで様な日常はどっちにしろ無理ってワケか?」

「だろうな」

 

 となれば、こいつに協力した方が得策、か。

 

(まぁ、デメリットは俺の評価ぐらいか)

 

 もともとそんなには高くないけどな!

 

(でも、やっぱ一度よく考えねぇとな)

 

 そもそも、こいつの話が真実とは限らない。もしかしたらあっちの方が正義、って言い方もおかしいかもしれないが、まぁ、要は両方の言い分を聞かない以上はどうしようもない。

 

「一度考える時間をくれ。5日、いや、3日だけでいい」

「……別にいいが、あんまり時間はないからな?」

「あいよ」

「じゃあ、3日後の同じ時間にこの場所で返事を聞こう」

 

 そういって上一はその場を後にした。残された俺は不良たちが目を覚ます前に、屋上へ向かった。もうすでに授業は始まっているが、1時間目は数学。元々の成績が悪いから、悪化したところでさして問題はない。

 

 先生の目をかいくぐり、どうにか屋上の扉へとたどり着く。

 

「さてと」

 

 しかし、ここの扉は施錠されていて開かない。でも、それはあくまで“扉が”開かないだけだ。

 

「〜♪」

 

 思い付いたリズムで口笛を吹きながら、近くの小窓に近寄る。この小窓、古いクレセント錠を使っていて、取っ手自体は外にあるが、

 

「よっこらせ」

 

 何度か上下に動かすだけであっさり外れてしまうのだ。

 

 あとは、窓をよじ登って外に出れば、そこには誰一人もいないコンクリートの平原が広がっている。

 

「ふぃ〜」

 

その平原に寝転がって空を見上げる。

 

「さて、どうしたもんか」

 

 とりあえず、さっきの上一の話について考えるとしよう。

 

(まず、どこまでが真実か、だよな)

 

 上一の能力は間違いない。あれは信じたくはないが、本物だろう。なんかのドッキリに巻き込まれた、なんて考えるには無理がありすぎる。

 

(それだったら、本当にいいんだけどなぁ……)

 

 もはや叶わぬ望みだけどな。

 

(今は叶わないモノよか現実問題だ。信じられるのは能力についての話までとして、疑わしいのは敵味方の話だよな)

 

 ゲームだと、味方だと思っていたキャラがラスボス、あるいは敵の幹部だったりする展開が結構あったりする。となると、その見極めをしないと後で背後からグサリッってやられる可能性もある。あるのだが。

 

(もう片方の情報量がなぁ)

 

 確実に分かっている範囲としては、ああいった奴らが他にもいる、変な術を使うって事ぐらいか。

 

「あとは上一の側からの話だからなぁ……」

 

 そもそも、何が目的で侵略しようとしているのか、それすら知らないし。てか、本当に侵略しようとしているのか?

 

「う〜ん」

 

 やっぱり、あの黒百合って女の子にも話を聞いてみない限りはこれ以上の判断は無理か。とんでもないことに巻き込まれたとはいえ、俺自身はただのゲーム好きの高校生だしな。

 

「にしても、俺、何でこんなこと考えてんだろうな……」

 

 他の人から見たら、こんな事を考えている時点で中二病認定されるような内容だ。それを真剣に一人で考えているなんて知られたら、悶絶ものだ。いくら真実なんだ! と叫んだところで最終的には精神病院に突っ込まれるのがオチだろうし。

 

「……ん? 俺ってもしかしてとんでもない綱渡りしてんじゃね?」

 

 思わず考え着いてしまった事に、俺は慌てて立ち上がって思考を巡らす。

 

 よくよく考えたら、メリットとデメリットが大して変わらなくね? 協力すれば、多少の波乱はあるかもしれないが一応平穏に過ごせる、ただし、バレたら最悪、社会的に抹殺。で、協力しなかったら平穏な日常が送れなくなる。最悪、死の危険が付きまとう。

 

「……って、結局の所どっちを選ぼうが死の危険が付きまとうだけじゃねぇか!」

 

 何だよこれ! “選択肢は「はい」か「YES」しかありません?”じゃねーか! チクショウ! 社会的に死ぬか、物理的に死ぬかじゃねぇか!

 

「くそぅ、あの現場を見た時点で俺の死は確定していたってことか……!」

 

 と、俺が絶望のあまり、四つん這いになって地面に突っ伏したところでチャイムが鳴り響いた。

 

「…………………戻るか」

 

 四つん這いの状態からゆらりと立ち上がり、何となく校庭を見下ろした。そこにはいつもと変わらない校庭があったが、何故か、どこか遠い世界に来てしまったような奇妙な感覚が体の底から湧きあがってきた。

 

「……っ、戻ろ」

 

 それを一言呟いて振り払うと、俺は入ってきた窓から再び校内に戻って、階段を下った。

 

 ただ、この時、いつものように外側から鍵を閉める小細工を忘れたがために、3日後、鍵が新品のシリンダー錠に変えられることになってしまったのはまた別の話。

 

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「……ぁ〜」

 

 ね、眠い……。俺はあくびを連発しながら朝の通学路をしなびたキャベツのように歩いていた。

 

(昨日、結局一日中考えて眠れんかった)

 

 つーか、どこまで考えても結局は“向こうの主張を聞かない限りはどうしようもない”にたどり着いちまうんだよなぁ……。

 

(でも、そんな都合よく、)

「ごきげんよう」

「来る分けたばば!?」

 

突然、後ろから話しかけられて、何とも間抜けな声が出ちまった。って、そうじゃなくて。

 

「あら、驚かせてしまいました?」

 

 後ろを振り向けば、衆人の視線を一手に集めるゴスロリ衣装の大和撫子微笑みながらそこに立っていた。

 

「え、え〜と、ソウルイーターの、黒百合、だったか?」

「あら、覚えていらっしゃったのですか?」

 

 何とも華やかな笑顔で答えてくれた彼女に思わず赤面してしまうが、咳払いでそれを落ち着ける。

 

「そりゃ、な」

 

 あれだけインパクトのあることがあったら、普通は忘れないと思う。で、それはいいとして、こいつの目的を聞かなくては。理由も無く俺の目の前に出てくるなんて到底思えない。

 

「で、何の用だ?」

「あら、乙女が殿方に会いに来ることに何か理由が必要なのですか?」

「そりゃ、恋人や友達だったら不自然じゃないさ。でも、俺達は少なくともそんな関係じゃないし、下手したら敵対関係になるかもしれない間柄だと思うが?」

 

 黒百合の発言にドギマギしているのを隠しながら、そこまで言うと、彼女は何とも意外そうな表情をした。

 

「……あなた、私たちを敵とみなしていないのですか?」

「少なくとも今は、な」

 

 俺の返答に彼女はしばらく呆然としていたが、その表情を笑顔に変えた。

 

「気に入りましたわ」

「は?」

「一方的な情報で判断しないところ、それに、本来なら動けないはずの界絶の中でも動けるその特異な体質、なんとも面白いですわ」

「ちょ、ちょっと待て、お前は何を言っているんだ?」

 

 俺に制止に彼女は一度だけ咳払いをしてから、あんな大剣を振り回せるとは到底思えない、綺麗な右手を俺に差し出してきた。

 

「私達と一緒に参りませんか? 今なら私の直属の部下にして差し上げますわよ?」

「だからちょっと待てって言ってるだろう!?」

 

 何? 一体なにがどうなってこんな状況になってるん? もう訳がわからないよ!

 

(お、落ち着け、こういう時は円周率の数字を数えるんだ)

 

 3、1、4……。

 

(じゃなくて!)

 

 情報の整理だろうが! え〜と……。

 

(登校中に魔剣衆の一人、黒百合に遭遇、彼女は俺の事を気に入って俺を配下にしようとしている)

 

 ……うん、整理すると、そんな大した状況じゃなさそうに思えるわ。

 

「とりあえず、少し移動しよう。ここじゃ落ち着かねぇ」

「あら、ずいぶんと大胆ですのね」

「何でだよ!」

 

 はぁ、普通に話している分にはホントに可愛いってか、美人なんだけどなぁ……。なんて心の中でぼやきながら、俺は彼女と共に近くの抜け道がある公園へと足を向けた。

 

「さて、で、一体なんだってんだ?」

「何だ、と仰いますと?」

「とぼけんな。さっきの理由だけでか」

 

 と、上一の名前を出しかけて一旦口を閉じた。ここでアイツのこの世界での名前を出すとまずいんじゃないかと思ったからだ。上一はある程度覚悟しているだろうからいいとして、最悪なのはその家族に害が及ぶことだ。SODでも、家族ではないけど、戦友を人質にとられてキャラクターが撃たれるシーンがある。

 

(……ここは、アイツの通り名にしておくか)

 

 その方が、家族に被害が及ばないハズ。

 

「え〜と、インフェルノブレイカーと繋がっているだろう俺を部下に、ましてや直属の部下になんて普通はしないだろうさ」

「まぁ、そうかもしれませんわね。でも、それ以上にあなたを触し、失礼」

「何て言おうとした!? お前今なんて言おうとした!?」

「別に、あなたのやおい穴を触手で犯したいとか思っていませんわよ?」

 

おい、なんか不吉なワードが混ざって無かったか今? 正確には二つほど。

 

(……まさかとは、思うが)

 

 いや、間違いだと信じたい。いや、むしろ間違いじゃなかったら俺は死んだあと、神を殴る。絶対殴る、たとえ煉獄の炎に焼かれてでも殴る。その覚悟を決め、俺はあるワードを口にする。

 

「……鉛筆×鉛筆削り」

「……はふぅ」

 

 いや、まさかとかじゃない、確定だ! こんな単語で恍惚の表情を浮かべる人間なんて、あの部類の人間しかいない!

 

(こいつ、こいつ! 腐ってやがる!)

 

 腐った女子、略して腐女子! しかも、たぶん結構深い領域まで行っちゃった奴! つーか神の奴、殴る! 死んだら絶対に殴ってやるぅ!

 

「え、え〜と、悪いが部下の話はなかったことに」

 

 このままだと、他の男と、いや、下手したらそれがマシだと思えるくらいチョメチョメな事をさせられるに決まっている! そんなのは絶対にゴメンだ!

 

「……そうですか」

 

 さっきまでの俺なら、しょんぼりした顔も絵になるなぁ、とか思ったかもしれんが、こいつの本性を知った以上はそんな事を思う暇なぞない!

 

「いや〜、残念だけどねぇ」

「残念だと思うのでしたら、断らなければいいのではありませんこと?」

 

 ……正論だな。

 

「あ、あはは、はは」

「ふぅ、でしたら仕方ありませんわね」

 

 あれぇ、なんだかすっごい嫌な予感がするぞぉ。

 

「強引に連れ去って実験台にすることにいたしますわ」

「最悪だぁー!」

 

 くそったれ! こういう時にだけ的中すんだよな! 嫌な予感に限って! 本当に!

 

「散っ!」

 

 こうなった以上、とる手段は、結果は火を見るよりも明らかだが、逃げるしかない!

 

「あら、逃げられるとお思いで?」

「ぐっぅ!」

 

 突然、背にしたはずの黒百合が目の前に現れて、腹部に真正面から重い衝撃が伝わってくる。

 

(案の定、かよ)

 

 黒百合が一瞬で俺の前に回り込んで、腹に拳を打ち込んできた、らしい。つーか、殴られたことがすぐにわからないって、どんなバトルマンガだよ……。

 

「ぐっ、つぅ」

 

 しかも、あの細腕でなんつーパンチだ。正直、足にきているとでも言えばいいのか、立っているのが辛い……!

 

「なんとまぁ、立っていられるのですか? 気絶させるつもりで打ち込んだのですけれども、案外丈夫ですわね」

 

 くそ、やっぱりこいつら上一の言う通りただの侵略者だったのか……!

 

(どうする? このままだと奴らにマジで実験台にされちまう)

 

 一番の方法はどうにかして上一に連絡して助けてもらうことだが、携帯番号も知らなければメルアドも知らない。となるとそれ以外の方法を考えなくちゃいけないんだが……。

 

(狼煙的なもの、は無理か。大声は出そうとした瞬間に封じられるだろうし、この場に暗号を残したとしても、アイツとそんなこと決めてないし、伝わるはずがない)

 

 ……あれ、これ詰んでね? 無理ゲーじゃね?

 

(い、いや、まだ何か方法はあるはずだ! きっとあるはずだ!)

「……何をお考えなのかは大方予想が付きますけれど、おそらく無駄だと思いますわよ?」

「ぐっ! ま、まだだ! まだ分からんよ!」

 

 どっかの先生が言っていた! 諦めたらそこでゲームオーバーだと! そこしか知らねぇけど!

 

「ご安心を。実験台と言っても、決して悪いようには致しませんから。せいぜい顔の形が変わる程度ですわ」

 

 そう言いながら黒百合は俺の体を担ぎ上げる。

 

「まったくもって安心できねぇ!」

 

 顔変わるって、どれだけぶん殴られるんだっての! いや、まさか触手の怪しげな液体で……。つーか、リョナ系まで好きなのかよ! こいつ!

 

「うふふ、まずはあのシーンの再現をしてから、あの殿方との……」

 

 くそぅ! もう既に妄想の世界に入り浸ってやがる!

 

(……俺の人生も、ここまでか)

 

 SODのオンラインで最大レベルまで行きたかったなぁ、あ、あとベッドの下のエロゲー売っておけばよかった、と諦めた瞬間だった。

 

「そいつは俺の協力者だ。勝手に連れて行かれると色々と困るんだが?」

「っ!」

「ぬわぁ!?」

 

 突然、どこからか上一の声が聞こえたと思った瞬間、体は空へと放り投げられ、今までいた場所、いや、正しくは黒百合がいた場所を闇のように黒い炎が通り過ぎさっていった。そして、それと同時に世界がセピア色の世界へと移り変わる。

 

「上一!?」

 

 思わず奴の名前を呼ぶと、俺の体が空中で何者かに抱きとめられる。だが、背中に伝わる柔らかい感触が、誰かを如実に物語っていた。

 

「まったく、男女の逢瀬を邪魔なさるなんて、馬に蹴られて地獄に落ちても文句を言えない所業ですわよ?」

「ハッ! 地獄には既に行っているのでな。もう一度行った所で、戻るのに大して苦労はしないだろうさ」

 

 背中越しに黒百合の声を聞きながら、俺は上一へと視線を向ける。アイツは、誰が見ても分かるくらいに怒りの表情を浮かべていた。でも、それは俺に対してじゃない。

 

「茂部! 無事か!」

「あ、ああ」

「待ってろ! すぐに助ける!」

 

 ……クソッ! 情けねぇ! 信じきれなかった奴に助けられるなんて、情けなくて仕方がねぇ!

 

(だが、どうする? このままじゃアイツの足手まといだ)

 

 どうにかして、こいつの手からすり抜けない、と!?

 

「あだっ!」

 

 突然襲った浮遊感はすぐに地面に落ちた衝撃へと変わる。黒百合が俺を手放した、その事実に辿り着くまでの間に、上一と黒百合は地面の上で大剣と火炎を交えていた。

 

「はぁあああああああ!」

 

 気迫と共に振られる大剣“魂吸ノ鬼神”。それを上一は腕に纏った黒炎で防ぎ、彼女の死角から炎を一斉に跳びかからせた。

 

「気が付いていないとでも思っているんです、の!」

 

 だが、その攻撃を彼女は引き戻した大剣で横に薙ぎ払い、その勢いのまま再び上一へと斬りかかる。

 

「ちっ!」

 

 その一撃を上一は両腕をクロスさせて防ぐが、勢いを殺せずに吹き飛ばされる。そこへさらに追撃しようとする黒百合だが、その行く手を阻んだのは黒炎の壁だ。

 

「鬱陶しい!」

 

 その壁を魂吸ノ鬼神で両断する黒百合。しかし、その両断した隙間から黒炎の蛇が一斉に湧き出してきた。

 

「っ! このっ!」

 

 彼女はバックステップで一度距離を取る。蛇たちは迷うことなくその後を追うのだが、それがまずかった。一か所に集まってしまったんだ。それを狙っていた黒百合は大剣を振りかぶってヘビを一匹残らず斬り裂く。だが、その一瞬を狙っていたのか、上一が一気に間合いを詰め、腰を捻りながら腕を後ろに引く。あの間合いだったら大剣はまともに振れないハズ。

 

「ですから、何度言わせるんですの!」

 

 突如振り上げられる右足、そこには、

 

(か、隠し武器ぃ!?)

 

 なんと、靴のつま先からナイフが飛び出たのだ。これにはさすがの上一も対処しきれず、前に出ていた腕から鮮血が噴き出す。

 

「っう!」

 

 反射的に逸らされた上体の反動を利用して、上一はそのままバク転で距離を取る。どうやら、そこまで深くは斬られていないみたいだが……。

 

「あなたに敗れて以来、私たちは悠久の時の中で対処法を練ってきたのです。昔と同じように戦って勝てる相手ではなくてよ?」

「……どうやらそのようだな」

 

 傷を押さえながら黒百合を睨みつける上一だが、その目に宿っているのは、闘志だ。

 

「まったく、どうしてこうもお前達との戦いは血沸き肉躍るのやら」

「……前々から思っていましたが、あなた、本当に無粋な御方ですわよね」

「ハッ! 戦いに無粋も何もあるか。あるのは勝つか負けるか、死ぬか生きるか、ただそれだけだ」

「やはり、あなたとだけは何があろうが相容れませんわね」

「安心しろ。それは俺も同感だ」

「不快の極みです、わ!」

 

 離れた間合いを黒百合は一気に詰めながら、大剣を振り上げ、その速度のまま振り下ろす。上一の方はそれを受けようとせず、炎を地面に向けて噴出させた反動で詰まった距離を再び引き離す。そうなると、当然大剣は空を切るわけだが、

 

「んなっ!?」

 

 その大剣が、重々しい音を立て、地面に巨大なクレーターを生み出した。つか、あの細腕に見合わな過ぎだろ! どうなってんだ!

 

「ちょこまかと!」

 

 で、当の本人は上一を追い、自身も同じように空へと飛び出す。にしても、本当に非現実的な事ばっかだな……。

 

(……はっ!)

 

 って、んなこと考えている場合じゃねぇ! 俺にできることを探すんだ!

 

(とりあえず、戦闘には参加できない)

 

 あんなのに飛び込んだら一瞬でミンチだ。そもそも、空飛べねぇし。

 

(となると、陽動ぐらいか?)

 

 でも、陽動って普通はそれに釣られるだけの価値が無いと意味ないよな?

 

(俺の、価値……)

 

 ……………………無くね?

 

「くそっ! どうすりゃいいんだ!」

 

 どうしようもできない自分がこれほどもどかしく感じるなんて……!

 

 俺は空で激しく戦い続ける二人を悔しさから睨みつけるように見上げる。

 

「…………」

 

 そういや、あんまり気にならなかったけど、黒百合の奴はスカートだから、その、丸見えなんだよなぁ……。

 

「まぁ、あんな美人のパンツが見放題なのはある意味、ラッキーかもしれない、か?」

 

 そう小さく呟いた瞬間だった。黒百合の動きが一瞬止まった。その隙を上一は逃さずに攻め込むが、彼女はすぐに立て直し、攻撃を凌いだのだが……。

 

(まさか、今の言葉が聞こえていたのか?)

 

 だとすれば、今の一瞬の隙も分かるのだが……。

 

(……確かめる)

 

 なにせ、方法は簡単だ。見えた物の色を言えばいいだけの事。

 

「桃色のフリル付きっ!」

 

 その発言をした瞬間、黒百合が完全に停止した。そして、この位置に居ても分かるぐらい顔を真っ赤にして、

 

「こ、この変態! 助兵衛(すけべえ)!」

 

 何ともまともな女の子が言いそうなことを口走ったが、そんな罵倒で勝利を得られるなら安いもんだ。

 

「よくやった!」

「くぅ!」

 

 上一はここぞとばかりにラッシュをかける。対し、黒百合は恥かしさからスカートを押さえながら戦うというハンデを背負うことになった。片手で振られる大剣は先ほどの威力はなさそうに見えるし、速さは目に見えて遅くなっている。

 

「こ、こんなことで!」

 

 一度は羞恥を捨て、スカートから手を離して戦おうとした黒百合だが、そうは問屋が卸さない。

 

「桃色フリル!」

「のっ!」

 

 とまぁ、こんな調子で彼女が長々と戦えるはずもなく、

 

「きゃあ!」

 

 ついに大剣を弾かれ、地面へと叩きつけられてしまった。

 

「くっ、つぅ……」

 

 すぐに立ち上がろうとするが、その喉元へ黒い炎の剣が当てられる。

 

「また俺の勝ちだな」

「っ、卑怯な……!」

「そんな羞恥心を持っているにもかかわらず、そんな恰好をしているお前が悪い」

「……どうでもいい御方なら構いませんわよ、見られたところで」

「……そうか」

 

 あれ、なんだろう。若干、不吉な予感がした気がする。

 

「まぁ、なんにせよお前の負けだ。今度こそ、魂の欠片すら残さず地獄へ送ってやる」

 

 上一はそう言うと、黒百合の周りに黒炎で籠のような檻を作り上げる。

 

「ちょっと待ってくれ上一」

「茂部?」

 

 でも、俺にはどうしても黒百合に聞かなきゃいけない事がある。

 

「少しだけ待ってくれないか? 黒百合にどうしても訊きたいことがあるんだ」

「……いいだろう」

 

 上一が檻を消してくれたところで、俺は黒百合に近づいて一番聞きたいことを尋ねた。

 

「なぁ、なんでお前たちは俺達の世界へやってきたんだ?」

「そ、それは」

 

 彼女たちの目的、それを俺は知りたい。

 

(こいつ、そこまで悪人に見えないんだよな、どうしても)

 

 まぁ、その目的が腐りきったものなら、この場で上一に消毒してもらう所だが、俺にはどうにもそうは思えない。確かに、黒百合自身は腐女子だし、触手の実験台にされかけたりもした。でも、だからと言ってこの世界に来た目的まで腐っているような気だけはしないんだ。

 

(それに、やっぱ目の前で人が死ぬのは、な)

 

 ましてや美人だし。

 

「…………」

 

 でも、当の本人は口を開いてくれない。どうしたもんか。

 

「あ〜……、そんなに口に出せない事なのか?」

「そういう訳では……」

 

 そこで、やっと決心がついたのか、黒百合は胸元からロケットペンダントを取り出すと、

 

「…………」

 

 無言でそれを俺に突き出してきた。

 

「え〜と、見ていいのか?」

 

 その問いかけに彼女は小さく頷く。

 

「じゃあ……」

 

 一体なにがこの中に、そう思いながら受け取り、開いてみると、中には写真が入っていた。その写真には、黒百合と思われる小さな女の子と、一組の男女が写っていた。

 

(親、なのか?)

 

 多分、こういった写真を撮るのはそれぐらいだと思うんだが、仮に家族だとしたら、これはちょっと、色々と合わないぞ?

 

「な、なぁ、この写真に写っているのって」

 

 俺が問いかけようとすると、彼女はそれを手で制してから、逆に問いかけてきた。

 

「その写真に写っている夫婦、何歳に見えますか?」

 

 あ、やっぱり夫婦なのか。って、今はそこじゃないか。

 

「……そうだな、まぁ、七、いや、六十後半、かな?」

 

 どう頑張っても、四十代は余裕で超えていると思うんだけど……。

 

「二人とも、二十六ですわ」

「んな馬鹿な!?」

 

 もう一度写真をじっくりと、それこそ穴が開くんじゃないかって思うほど凝視してみるが、やっぱりどう足掻こうが二十代には見えない。

 

「え、え〜、えぇ?」

「……驚くのも無理ありませんわね。私達の世界ではそういった殿方や婦人が見目麗しい方ですの」

 

 な、なんだって!?

 

「こ、この、おじいちゃんと太っちょを掛け算して、そこにブルドックの垂れた顔を足したようなのが!?」

「……何気に辛辣ですわね」

「あ」

 

 し、しまった。

 

「ご、ゴホン。えっと、その……」

「無理に言い直さなくていいですわよ。あなたから見れば、そう思われるのは無理のないことですし」

「その、ごめん」

 

 “別にいいですのに”そう言って弱々しく微笑んだ彼女は、自分の世界について語り始めた。

 

「私たちの世界は美しさが全ての世界ですの。美しい者が金、権力、人、全てを支配する世界でした。私達もそれに従って生きていたのですが、ある日、とある聖典と出会ったのです」

「聖典?」

 

 ……なんだろ、ある程度予想がつく気がする。

 

「ええ、その聖典の名は“受け入れろ! 俺様の如意棒!”という物でして」

「やっぱりそれかぁー!」

 

 もうタイトルだけで中身まで想像できるよ! 予想通り過ぎてびっくりだよ! つーか、もしかして魔剣衆って、全員がそうなのか!? つーか、その本の作者出てこい! 俺の目の前で土下座しろぉ!

 

「てか、なんだってそんなモンがお前たちの世界に?」

「極稀なのですけど、私たちの世界は異次元、つまり他の世界と繋がることがあるのです。恐らく、その時に聖典はやってきたのでしょう」

 

 目を閉じて、彼女は感慨深そうに語りはじめる。

 

「聖典は、私たちの価値観を覆してしまいました。そこには私たちの世界では到底美しくない婦人や殿方たちがもてはやされ、そして、あこがれの対象として描かれていました。」

 

 ……やっぱ、価値観が違うと話ってスッゲェ分かりづらくなるな。いや、むしろ理解したくないというのが正しいかもしれん。この場合。

 

「私たちは、この聖典の世界へどうしても行きたくなりました。そこで、今の魔剣衆と数多の同志たちの力を借りて先代の魔剣衆を打ち倒し、魔剣の力によってこの聖典の生まれた世界へ移ろうと考えたのです」

 

 あ〜、なんだろ、先が読めた気がする。

 

「ですが、この世界は聖典のような世界ではありませんでした。だから私たちは!」

「聖典のような世界に変えたかった、ってわけだな?」

 

 俺の言葉に黒百合は小さく頷いた。まったく、はた迷惑な話だな、オイ。

 

「つーか、お前ら普通にこっちの世界に移住するとか考えなかったのか?」

「え?」

「だって、その、お前ってさ、こっちの世界だと相当な美人だし、お前たちの世界で虐げられた奴が集まってるってことは、皆この世界での美人って事だろ? だったら、男も選び放題だと思うんだが……」

 

 仮に、選べなかったとしても、虐げられることは、まず無いだろうし。

 

「そ、そんなことが可能、なのですか?」

「ま、まぁ、可能か不可能かで言われたら」

 

 住民登録やら、土地やら必要なものはたくさんあるだろうけど。

 

「…………」

 

 しばらく呆然としていた黒百合だが、一度俯いてから、顔を上げた。

 

「でしたら、ここで死ぬわけにはまいりませんわ」

 

 どこからか、彼女は小さな黒い球を取り出すと、それを思いっきり地面にって!

 

「うわっ!」

 

 予想通り、というか、それは閃光弾のような物らしく、強い光だけを発して俺達の目を眩ませる。

 

「くそっ!」

 

 後ろから上一の声がしたかと思うと、何かが動く気配がした。たぶん、黒炎を動かしたんだろうが、おそらく無駄だ。こういったパターンだと、大概は既に逃げおおせている。

 

「案の定、か」

 

 光が落ち着いて、目を開いてみればそこに黒百合の姿はなかった。界絶の方も解かれているみたいだな。

 

「……ちっ、逃したか」

 

 そう呟いた上一だが、不思議と声に悔しさが見られない。だけど、やっぱ俺のせい、だよな。

 

「その、悪い」

「何がだ?」

「……俺のせいで、逃がしちまっただろ?」

「まぁ、別にいいさ。アイツとは多分もう一度戦うことになる、かもしれん」

 

 ん? なんで疑問形なんだ?

 

「それより、お前、覚悟しておけよ?」

「へ? なにが?」

「さっきの発言だよ。どうなっても知らないからな」

 

 それだけ言うと、上一は俺の言葉を待たずにさっさと近道の方へ足を向けて行ってしまった。

 

「……どういう意味だ?」

 

 しばらく呆然と立っていた俺だが、遠くからチャイムの音が聞こえた瞬間、我に返り、大急ぎで学校へ向かうのだった。

 

-5ページ-

 

「……きてくだ……」

「うぅ〜……」

「起きてくだ……」

「……あと八十分」

「どれだけ寝るおつもりなんですの……。起きて下さいまし!」

「ぬぐぁ!?」

 

 は、腹に鉄球が落ちたような衝撃がががが!?

 

「な、何しやがるぅうううううう!?」

「まったく、やっとお目覚めになりましたの?」

 

 ……まて、状況を整理しよう。

 

(ここは愛すべき我が家、そして、俺の部屋。で、何故か俺の上に馬乗りになっている黒百合、しかも、俺の高校の女子の制服を着ている)

 

 …………オーケー、訳が分からん。

 

「え〜と、そうだな。何でここにいる?」

「隣に引っ越してきましたので」

「……はい?」

 

今、なんて言った?

 

「隣に、引っ越してきた?」

「はい。これからはお隣さんですわね。あ、あと、名前の方も黒百合改め、黒川百合となりましたので、覚えてくださいね?」

 

 すっごい眩しい笑顔で言ってるが、俺の聞きたいことはそこじゃない。

 

「質問を変えよう。何で、お前が俺の隣に引っ越してきて、さらには俺の部屋に無断で入ってきた挙句、殴られて起こされているんだ?」

 

 その質問を聞いた黒百合、いや、黒川はきょとんとした表情で、

 

「昨日、貴方が仰ったではありませんか、普通に移住すればいいじゃないかと」

 

 昨日の上一の言葉の意味を明確にしてくれた一言を返してきた。

 

「ちょっと待て、てことは何か? こっちの世界に移ろうとしていた奴ら全員隣に越してきたのか!?」

「さすがにそんな人数は無理ですわよ」

 

 だ、だよな、お隣さんがどうなったか、それはあえて考えないけど、あの土地でそんな大人数が入るわけ、

 

「ですので、魔剣衆八人全員がこちらに」

「結構な大人数だなおい!」

 

 てか、親玉連中が全員来たんかい!

 

「まぁ、あちらの世界の事もありますので、いつも全員がいれるわけではないのですが」

「そうなったら大参事だっての……」

 

 そういや、さっきまでは気が付かなかったが、下の方が妙に騒がしい。たぶん、魔剣衆の他のメンバーが会話しているんだろう。全員で。

 

「はぁあああああああああ……」

 

 溜め息一つ吐いて再認識する。どうやら、俺の日常は完全に終わったらしい。

 

(これから先どうなんだよぉ……)

 

 こうして、俺、茂部一郎は平凡な日常から中二病のような世界からやってきた奴らと過ごす、それこそマンガみたいなハチャメチャな世界へと巻き込まれる羽目になっちまった。これから先の事なんてわかりゃしないが、とりあえず、今言えることは一つだ。

 

「中二病って、現実になることもあるんだな」

 

 世の中、何が起こるかわかったもんじゃねぇ……。

 

〜END〜

 

説明
昔、とある賞に応募したものです。

さすがにデータの肥やしになるのもな、と思ったので投稿してみます。

続編はありませんのであしからず。
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