異能あふれるこの世界で 第二十三話
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【阿知賀女子学院・視聴覚室】

 

赤土「そんじゃ、全員揃ったから始めていこうか。まずはみんな、お疲れ様。勝っても何も得られない対局なのに真剣に打ってくれて、本当に嬉しかった。ありがとう。いい対局になったよ」

 

戒能「グッドゲームでした」

 

赤土「おおっ、戒能ちゃんのお墨付きまで貰えたぞ。戒能ちゃんはなあ、こう見えて意外と世渡りが上手くてお世辞とかもガンガン言っちゃうキャラなんだが」

 

戒能「コホンッ!」

 

赤土「あ、これダメなやつ? えーっと……もとい。麻雀を教える時には、しっかりと思ったこと感じたことを指摘してくれるんだ。嘘の希望を持たせることの恐ろしさを知っているからな」

 

恭子「……締まらんなあ」

 

赤土「いいだろーこういうのも。緩い雰囲気でクソ真面目に麻雀を語っていくのがいいんだよ。とにかく、私たちを相手にして最後まで戦えたことは、二人の自信になるはずだ。少なくとも、私たちよりも弱い奴等に対して萎縮することは無くなるだろう」

 

憧「いいなあ」

 

赤土「憧にはまだ早い。下地不足だ」

 

憧「……わかってるよ」

 

赤土「まあそんなわけで、内容の濃い半荘になったから私もかなり疲れが出てる。だからこんな感じで、間食をはさみながらやっていくからヨロシクな。私がこれからやっていく講義も、学校の授業というよりはミーティングに近いものだと思ってほしい」

 

憧「ってかさ、ここって飲食は大丈夫なの? 飲み物作って持ってきたの私だから、後で怒られるのイヤなんだけど」

 

赤土「そのあたりは任せとけ。私は伊達で情報の教師をやってるわけじゃないんだ。管理さえきちんとしておけば、私の裁量でなんとでもなるさ。んなわけでみんな、私が用意した間食と憧が用意してくれた飲み物はそこにあるから、私が話している最中でも自由に取っていってくれ。私もこんな風に話ながら頂いちゃうから、遠慮されると正直困る」

 

やえ「あっ、じゃあ私も頂きます」

 

赤土「どーぞどーぞ。甘味もあるぞー。胃にきてるようなら、ホットミルクも用意できるから言ってくれ。少し砂糖を入れると、頭使った後にはちょうどいい」

 

やえ「ありがとうございます。そこまでバテてはいませんので、ここにあるものの中から……そうですね。甘めに作ったと聞きましたから、このカフェオレを頂きます」

 

恭子「なんや、私らの話聞こえてたんか」

 

やえ「ああ。聞こえてはいたんだが、あの時はまだ動く気にならなくてな。申し訳ない」

 

恭子「そらしゃあないわ。新子がもうちょい早よ来たら、私も無視っとったし」

 

憧「ふえっ?」

 

赤土「それは重畳。負けても平気な面ができる対局じゃあ伸びは知れてる。二度とは無いだろう対局だから、精一杯悔しがって、限界まで検討して、二人の麻雀の糧としてくれ」

 

やえ「はい。肝に銘じます」

 

恭子「わかりました。そのためにも、聞きたいことがあるんですけど、質問は受け付けていただけるんでしょうか」

 

赤土「質問か。まあ、そりゃあるよなあ……んー、どうするか」

 

恭子「まさか、答えてもらえんのですか?」

 

赤土「いや、そうじゃない。教える立場にいるのだから、教わろうとする者には真摯に応えていきたい。ただなあ……」

 

恭子「ただ、何ですか?」

 

赤土「聞きたいことってさ、山ほどあるんじゃないか? 今から質問を受け付けると、講義の時間が削れちまう。せっかくいい対局ができたのに、検討は次の日曜なーとかあり得んだろ」

 

恭子「山ほどはありませんから話を――」

 

やえ「私はあります」

 

憧「実は私もけっこう……」

 

赤土「まあこの通り、たぶん時間切れになっても終わんないくらいはある。だから、どうするのがいいかなあってさ。教える立場の私としては、ここで名案を思いつかなきゃいけないってわけよ」

 

恭子「どうにかならんのですか」

 

赤土「どうにかしたいから、こうして頭をひねってる。そうだなあ……まあ中途半端だけど、これでいくか」

 

憧「これって?」

 

赤土「結局のところさ。わかんないことの大本は、私が何を考えて打っていたかってあたりにあると思うんだ。だからまず、この局を私なりに解説をしていこうと」

 

恭子「ちょい待って――」

 

赤土「話は最後まで聞け。特に、目上の人の話は絶対に遮るな。姫松では教わらなかったのか?」

 

恭子「……すんません」

 

赤土「はぁ。仕方ないな。説明も巻くよ」

 

憧「いいの?」

 

赤土「解説を優先したいところなんだが、集中できていないみたいだからな。集中できなければ解説の内容が頭に入り難くてお前らが困る。理解して貰えなければ当然私も困る。だから、こうする。講義に入る前に、一番聞きたいことだけを聞いてくれ。私はお前らの頭を悩ませる一番の重荷だけを降ろしてやろう。どうだ?」

 

やえ「あの、それはみんなで一つでしょうか」

 

赤土「それじゃ意味が無いだろう。一人一つずつだ。みんなが集中できる環境でやりたいからな。ただ、悩みの解消までは至らない可能性はある。そうなってしまった場合は後々の講義に組み込んでいくようにするから、今日は許してくれ」

 

やえ「はい。問題ありません」

 

赤土「じゃあ質問のある人は――」

 

やえ「はい」

 

赤土「早いな。さっき遮るなど言ったはずだが?」

 

やえ「挙手により発言を求めただけで、赤土先生の発言を遮る意図はありませんでした。誤解を招く行為をしたことは、この通り謝罪いたします」

 

赤土「まあいい。やえの聞きたいことはわかっている。でも一応、やえの口から聞いておこうか」

 

やえ「南一局。私があがった瞬間に受けたモノはなんだったのでしょうか」

 

赤土「オッケー、答えよう。しかし、どう説明したもんかな」

 

やえ「アレがある限り、私には勝ちの目がありません。是非ともお答え頂きたいのですが、説明し難いものなのですか?」

 

赤土「わかっちまえば単純な話だよ。だけど未知の者にどう説明したものか、ってな。うーん……例え話でいってみるか。アレは……山で熊に出会ったようなものだと思っていい」

 

やえ「熊、ですか?」

 

赤土「あるいは平地のゾウやカバ、ライオンやゴリラ。海ならばサメとかか? とにかく、向こうに戦う意思があれば、確実に殺されてしまう獣をイメージするといい。一切の抵抗は無駄。考えるよりも先に、本能が人生の終わりを受け入れてしまうような存在だ」

 

やえ「はい」

 

赤土「じゃあ平地や海をどけて、麻雀というフィールドに置き換えてみろ。肉体ではなく牌で戦うのなら、私や戒能ちゃんはきっと獣よりも強い。やえはな、私たちからの敵意を受けた瞬間、無残に殺されるしかないってことを本能で受け入れた。だから戦う気力が萎んでしまったんだ」

 

やえ「……?」

 

赤土「自分を構成する要素のどれくらいが麻雀によって形成されているか、にもよる。やえの場合、かなり幼い頃から本気で打ちこんできているだろ? 人生をかけて麻雀と向き合っているはずだ」

 

やえ「はい。仰る通りです」

 

赤土「奈良の名門・晩成の前部長で、インハイ個人戦の奈良優勝者。麻雀において多くの実績を積み上げている。もちろん自負もあるだろう」

 

やえ「はい。私の自信の源でもあります」

 

赤土「人生をかけて打ち込んできた、そして築き上げてきた。麻雀があったからこそ、今の小走やえがいる。しかしな、私たちはその全てを”無意味だったんじゃあないか”という思いが湧いてくるくらいに壊しちゃえるんだよ。現時点ではそれくらいの差がある」

 

やえ「……」

 

赤土「程度の差はあるが、私たちはみんな麻雀によって自己の確立を成している。だからこそ、麻雀が潰されてしまえば、心もぺしゃんこにされちまうんだ。やえが感じたのは、自分を失うことへの本能的な恐怖さ」

 

やえ「恐怖、というのはわかりますが」

 

赤土「ピンとこないか? もっと簡単に言うなら、圧倒的な格の差を受け入れちまったってことだよ。格の違うものから敵意を向けられたら、つまり山で熊に睨まれたら、まともでいられるわけがないよな」

 

やえ「……正直なところ、説明を受けてもあまり実感がありません」

 

赤土「んー、やっぱそうなるか。恐怖の感じ方も人それぞれだし、その人に合わせた説明なんて無理だもんなあ」

 

やえ「ですから今は、納得を置いて説明の通りだとします。その場合、私はずっと勝てないということなのでしょうか。いつまでも格の違いを見せつけられるだけの存在なのでしょうか。もしそうなら、私は――」

 

赤土「馬鹿言うな。んなわきゃないだろ」

 

やえ「えっ?」

 

赤土「私を見てみろ。さっきも軽く言ったが、私は高校一年の時に小鍛治さんのアレを食らってるんだぞ? さっきのが猫パンチに思えるくらいの凶悪なやつをだ。お陰様でしばらく牌に触れることすらできなくなったが、今ではまあ、トラウマ抱えながら実業団に行っても名が通るくらいにはなったよ。わかるか? やえ次第でどうにでもできるってことだだ」

 

やえ「今はダメでも、先があるってことですか?」

 

赤土「そうだ。成長して、追いつけばいい。才能のある奴が本気で鍛えたら、熊とだって戦えるさ」

 

やえ「解決法は未来の自分にあるんですね! ああ、そう考えたらイメージできる気がします」

 

赤土「今回の対局、私は初めからやえにアレを体験してもらうつもりだった。実力の離れた者との対局経験が少ないのは知っていたからな。未対策だと、食らった瞬間に終わる代物だ。さっき程度の圧なら使える奴はそこそこいるから、高校生のうちに対策をしてほしい。高校レベルを越えて勝ち上がりたいなら、必須と言える技術だ」

 

やえ「はい! 貴重な体験を、ありがとうございました」

 

赤土「よし、いい返事だ。じゃあ次にいこうか。どっちが先にやる?」

 

憧「えっと……末原先輩、いいんですか?」

 

恭子「遠慮せんでええ」

 

憧「じゃあお先に失礼します。はい」

 

赤土「憧か。意外だったな。私は恭子が一番乗りだと思っていたんだが」

 

恭子「それ、ほんまに言うてますか? 赤土さんも、私の状況なら同じようにしたと思いますけど」

 

赤土「当然だろ? 聞きたいことを先に聞いてくれるかもしれないんだから、出番は可能な限り後がいい」

 

憧「あっ! 先輩ずるい」

 

恭子「ずるいことあるかい。私はな、ついさっき瑞原プロとの電話の件で説教されたとこなんや。ここで学んだこと出さんでいつ出すねん」

 

赤土「うんうん。学べる子は好きだよ。いい判断だった」

 

恭子「ありがとうございます」

 

赤土「だけど、今回は失敗してくれ。今まで累積した注意の罰を兼ねたものと思ってくれていい」

 

恭子「は?」

 

憧「末原先輩がそう来るんなら、私にも考えがありますから……えっと、ハルエは南三局の見逃しといい、ずっと普通に打ってなかったと思うんだ。普通ってのは、まあ効率的な手順とか、勝負に出るタイミングとかなんだけど……結局さ、ハルエはこの半荘をどうしたかったわけ? 純粋に勝ちにいってたとは到底思えないから、細かい打牌とかじゃなくてハルエの考えの根本を教えてほしい」

 

恭子「新子っ! ちょっ、お前!」

 

憧「末原先輩は南三局のことを詳しく聞くんでしょ? 私が聞きたいのは、ハルエの打ち方が全然わからない理由ですから。一番気になっていることは同じかもしれませんけど、後で末原先輩が後で聞いてくれるので助かりますー」

 

赤土「はっはっは。悪いな」

 

恭子「なんでや……さっさと進めてくれたら、こんなんならんかったのに」

 

 

 

説明
赤土晴絵の麻雀教室、始まります
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 麻雀 末原恭子 赤土晴絵 小走やえ 新子憧 戒能良子 

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