【閑話休題・8】
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■■■■

 

[しろとくろのあんさつしゃのはなし]

 

小高い丘の上で背中に風を感じながら、オレはゆっくりと息を吐いた。

流れる大気に合わせるように。

風、とは何かと問われたら、この世界を流れる大気の動きだと、糞真面目な奴は答えるだろう。

もっと糞真面目な奴は、地表の湿度と気圧の差によって起こる空気の流れだと答えるだろう。

だから暑さ寒さがぶつかる場所に強い風が吹くのだと。各地の気圧が不均一だから世界がそれを整えようとするのだと。

それは正しい。多分合ってる。

けれども

オレなら笑ってこう答える。

「風ってのは、この世界の息吹なんだよ」と。

 

この世界、この大地、海、空。

世界を構築する要素全てが生きているから、オレらと同じように、ただ呼吸をしているだけなんだ、と。

 

オレの考えに呼応するように、一際大きな風がオレの背中を押した。

ああ、これなら合わせられる。

オレは微笑んで流れるように立ち上がった。

世界の息吹と息を合わせ、オレはこの世界と同化する。

溶けるように、馴染むように。

風に紛れ、風と同化。個を隠し、気配を消して、オレは風のようにゆるりと足を動かした。

 

一番の理想は何にも気付かれないこと。

オレが歩いているのは見えても構わない。

けれど殺気は悟られないこと。

ただ笑顔で近付いて、近寄った瞬間ターゲットを殺せること。

ターゲットが死ぬ瞬間まで、何をされたかわからないこと。

死んでようやく、オレに害されたと気付くその時が最高の時間。

 

「…かな?」

 

と、オレは静かに倒れる獣に向けて言葉を投げ掛けた。

まあもう聞こえてはいないだろうけど。

赤く染まった白い刃の自慢のナイフを軽く払い、オレはへらりと笑みを浮かべる。

風に紛れて世界と同化しターゲットを一撃必殺。

これが出来ればアサシン名乗っていいだろ?

 

アサシンだというなら何故こんな白い服を着ているか、だって?

闇に紛れる服なんかいらないだろ?

白昼堂々殺せるのだから。

ターゲットを殺した時にはオレはもうその場にいないのだから。

返り血なんざ届かない位置で、静かに笑っていられるのだから。

白い衣服に赤黒いシミなんざ、一滴たりとも作らない。

白でいい。むしろその色の方が、己は優秀だと誇示出来た。

風と同じ。風は肌に触れた次の瞬間にはもう、遠いところに消え去っている。

見えないけれど感じられる風。

故にオレは風の名を冠して、気ままにぶらりと生きている。

風は気まぐれ。それと同じ。

 

倒した獣を血抜きして小分けに捌き、持ってきていた袋にポンポンと詰めた。

その袋を担ぎ、オレは足取り軽く街へと戻る。

人の多い通りを擦り抜けるように通り過ぎ、デカデカと立ち塞がる城門の前に立つとひょいと軽々乗り越えて敷地の中へと入り込んだ。

大きな門の中には大きな城。

いつ見ても無駄にデカいなと笑いながら、オレは城の地下に向かって歩き出した。

 

「いよーっす、オミヤゲ持ってきたぞー」

 

城の地下にある一室でカップと睨めっこしているゲボルグに声を掛ける。

オレの挨拶が耳に届いたのか、ゲボルグはゆっくりと顔を上げ「ああ、今んとこ仕事はねーぞ」と言葉を返した。

察しが良くて助かると、オレはスイッチを切り替え遮断していた気配を元に戻す。

アサシンモード解除、街の人モードオン。

これでオレは気配ダダ漏れのただの人。

 

「はいよ。まあオミヤゲはオミヤゲだ、やるよ」

 

「肉か、なんの肉だ?」

 

「おいしい肉」

 

「…なんの肉だ?」

 

「おいしい、肉だぞ?」

 

ニコリと微笑みながら繰り返すと、ゲボルグは諦めたのか肉の詰まった袋を受け取り、「まあいいわ、丁度良い所に来た」とカップを差し出した。

飲めということだろうと素直に受け取り、中に満たされていた茶を喉に通す。

匂いが強めの割には味はそこまでクセはない…と、後味にクセがあるな。ブレンド系ハーブティの一種か?

なんだこれと液体を舌の上で転がしていると、ゲボルグがオレをじっとみて問い掛けてきた。

 

「中身は?」

 

「薬草の干したヤツとメソタニアの茶葉、あとちょっと香草」

 

まあ一応アサシンとして、ある程度のものは舌で判別出来る。それが何かわかれば大体対処出来るのだから、一応身に付けてはある。

毒が効かないまで鍛えるのは超辛かったので途中で辞めた。なにあのドM訓練。

オレの答えを聞いてゲボルグは「害は無さそうだな」と頭を掻く。

害という害はないだろう、ただの葉っぱだ。

効果として強いて上げるならば、メソタニアの茶葉の効能の「血圧上がって血流が良くなる」に薬草が混じって効果が打ち消し合い「ちょっと疲れがとれる」程度だろうか。

回復薬としてみれば最低の部類だが、まあ趣好品としては充分じゃないか?

そんなお茶と睨めっこしていた意図がわからずオレが首を傾げると、ゲボルグは「害がねーならいいわ」と面倒臭そうに椅子に背を預けた。

「よくわからんが、良かったな?」とオレは残りの茶をのんびりと啜る。この味は、クセがあるが嫌いじゃない。

 

茶を飲み干しおかわりを要求するとゲボルグは渋々といった風情で2杯目を淹れてくれた。

机の上に腰を下ろし茶を楽しんでいると、ふいにゲボルグが声を鳴らす。

 

「そういや、砂漠に女アサシンがいるらしいがお前の知り合いか?」

 

「マジかよ、女アサシンなんてエロい生き物この世に存在してんの?」

 

つい本音が漏れた。

オレの言葉に若干ドン引きしながら、ゲボルグは詳しくは知らねえと手をヒラつかせる。使えねえ。

女アサシン、つまりはそういうことだろ?

色仕掛けのエキスパートだろ?

隙を見せたら殺られるだろうが、見るくらいならイけるだろ?

イけるよな?

行こう。

 

そう決意し残った茶を一気に飲み干して、オレはぽんと机の上から飛び降りた。

「じゃあオレ用事思い出した気がするから」と別れを告げると、ゲボルグからは微妙に冷たい目を向けられる。

なんだよ。

 

「…まァ、気ィつけろ」

 

「?おう?」

 

よくわからん忠告を右から左に聞き流し、オレはウキウキと扉に手を掛けた。

ら、

オレが扉を開く前に、勢い良く扉が開く。

城の扉は基本的に防犯のため内開き。

つまりそれは、頑丈な扉がオレの顔面にぶち当たったことを意味していた。

無防備な所に突然の殴打。これは痛い。

思わず顔を抑え蹲ると、扉を凶器に仕立て上げた野郎がキョトン顔で見下ろしていた。

 

「あれ、ジークいたのか。どうした?」

 

「お前に扉で殴られた」

 

痛みを訴えつつ指差せば、ある程度察したのかクフリンはすっと目を泳がせる。

文句を言おうとオレが口を開くと同時に「え?ジーク?」と面倒臭い奴の声が響いた。

クフリンの後ろから覗き込むように顔を見せたのは金色に輝く派手な騎士。

そいつはオレの姿を視界に入れると大きく怒鳴り散らした。

 

「門番から聞いてないぞ!お前また勝手に入ったな!?」

 

クフリンを押し退け、オレを捕まえようとアーサーが手を伸ばす。

ヤベ、これ捕まったら説教3時間コース。

慌てて立ち上がりアーサーの頭をひょいと飛び越え、オレは部屋の外へと飛び出した。

逃げ出す合間にも後ろから「ジーク待て!」という声と追い掛ける音が聞こえて来るが、待てと言われて待つ阿呆がいるかい。

足の速さはオレの方が上。

小さい頃から無断で浸入していた、勝手知ったる城の中。どうにか追い付かれず外にまで逃げおおせた。

セーフ。

 

■■■

 

外へ出たついでにそのまま船に飛び乗り西へ向かう。

砂漠に行くのは久しぶりだ。昔世話になった砂漠の民たちは元気にしているだろうか。

波風を肌に受けつつ、オレはそこにいる友人を思い出していた。

幼い頃別れ際にお守りをくれたあいつは、今何をしているかな。

女アサシンちゃんを見るのが目的だが、駄目だったらあいつに会いに行ってもいいかもしれない。

 

砂漠に到着すると熱風がオレの顔面を襲った。相変わらず暑い。

日光を遮るように手で影を作りながら、人の居そうなところに当たりをつけた。

あの辺りをブラブラしてみようか。

さて、女アサシンちゃんはみつかるかな?

熱い砂地を跳ねるように駆け、オレはだだっ広い砂漠を進んで行く。

見渡す限り砂。どれだけ走っても景色が変わらない。

人影も全く見当たらず、暑さがただ体力を削っていく。

思った以上にしんどいと、オアシスを見つけたオレは休憩のため一旦立ち寄ることにした。

 

砂漠にちょこちょこ点在しているこのオアシスは、砂漠に生きる者にとって生命線に等しい。

大抵のオアシスは澄んだ水場とささやかな緑に囲まれた憩いの場所。ちょこんと木が生えているため食料確保も出来る場所だ。

それなのに、だ。

今オレの目の前にあるこのオアシスは妙に毒々しい。

水場はドロっとした妙な匂いを漂わせおり、草木は変色し朽ちていた。まるで毒されてますと言わんばかりに。

まあ確かに砂漠に住む生き物を殺したいならオアシスに毒でも放り込めば容易いだろうが、これは酷い。

元々生き物を癒すための場所だったところは、泥が溜まり周囲も枯れ毒気を孕んだ人を殺す場所へと変貌していた。

元オアシス(現沼)みたいな。

近寄ったら毒りますみたいな。

あからさまにヤバいですみたいな。

ここじゃ休めないなとその場を離れようとしたオレは、不意に感じた人の気配に反応しすぐさま戦闘態勢を取りながら振り向いた。

突然背後に人の気配が現れたら誰だってそうするだろ?

しかしマジかよギリギリまで気付けなかったぞ、このオレが。

仕事柄、人の気配には敏感なはずなんだけどな。

ナイフを構えながら背後を確認すれば、オレの目に真っ黒い鎧に身を包んだ騎士が映り込んだ。

砂原に立っていたらアンバランスな印象を受けるだろう。白い砂原と真っ黒な彼では。

けれどもこの毒々しい場所には、これ以上なく馴染んでいた。

それはまるで1枚の絵画であるかのようだと、彼の姿がオレの目に焼き付いたのを感じる。

こんな感想は場違いだろうと認識しながらも、オレは目の前にいる騎士の姿を観察した。

ご丁寧に上から下まで見事に真っ黒。隙間すらないその顔は鉄仮面のようだ。比喩ではなく文字通りに。

知らん奴だなとオレは首を傾げ、警戒したまま「オレになんか用?」と声を掛ける。

その問いに返事はなく、代わりにヤツは笑ったような雰囲気を見せた。

そのまま、仮面越しに声を響かせる。

 

「ジーク。砂漠の民は、オマエの友人はとうの昔に死んだぞ」

 

「…は?」

 

見知らぬヤツから突然そう言われたら普通は呆けると思う。

というか何でこいつオレの名前知ってんの。

んで何で砂漠にオレの友人がいること知ってんの。

つい目を瞬かせたが、目の前のヤツがこれ見よがしに薄汚れた小袋を取り出したのだから呆ける暇は無くなった。

それ、は昔友人が揃いにとくれたお守り。

このお守りを持っているのは、オレとその友人だけ。

オレのはオレが今でも懐に入れている。

つまりあれは。

 

「なんでお前がソレ持ってんだよ!?」

 

考えるよりも先に口と身体が動いた。

友人のお守りを取り返さなきゃとだけ思って。

それはアイツのだ、お前が持ってていいものじゃない。

オレは相手の腕に、腕ごと切り離してでも取り戻そうと、刃を走らせる。

…走らせたはずだった。

しかし手ごたえがまるでなく、オレのナイフは虚しく宙を斬る。すいと空気を切り裂く音だけが耳に届いた。

あれ?嘘だろマジか。

外したと気付いた瞬間、素早く体勢を立て直し相手から距離を取った。

確かにオレは正面きっての戦闘は得意じゃない。裏から影から、気付かれないようにこっそりと殺るのが得意技。

名乗り遅れましたが暗殺者ですこんにちは。

暗殺者がど正面から暗殺って上手くいくわけねーだろ阿呆か。

歴史を見ても、ど正面から暗殺した場合の成功例はそんなにない。

ともあれ、それを差し引いたとしても今の一撃を外すなんてあり得ない。

風の疾さを避けられるはずがないのだから。

外見的に目の前の黒いヤツは戦士だ。重そうな全身鎧に重そうな剣。

そんな装備のヤツがオレの疾さに追いつけるわけがない。

切り落とすまではいかなくても当てることは出来たはず。

鎧に当たったのなら感触が伝わるはず。

それがなかった、オレのナイフは空を切った。

さも当然のように避けられた。

目の前のヤツはさも当然のように、風の一撃をオレの一撃を、避けた。

あり得ないことを目の当たりにして少し戸惑うオレを尻目に、真っ黒いヤツは嬉しそうに笑い小さく声を落とす。

 

「キサマに闇の力を与えてやろう…」

 

そう言うや否や、ヤツはひゅんと空気を切り裂いた。

切り裂いたであろうヤツの動きは見えず、ただ音だけが耳に届く。

その音が何かをオレに向けて投げてきた音なのだと気付いた時には、眼前に鋭い刃があり、オレの顔に迫っていた。

真っ黒いナイフのような刃を視認して、オレは咄嗟に手を伸ばす。

視えたのだから掴める。

つーか掴まないと多分死ぬ。

風切る音が止まった頃には、髪の毛数本持ってかれたが、なんとかギリギリ飛んできた刃を押し止めることが出来た。

危ねギリギリだった。

ナイフを掴み安堵して、オレは止めていた呼吸を戻し顔を上げる。

そこにはもう誰も居ない。真っ黒いヤツはその場から消えていた。

オレ以外誰も居ないこの場所で、無機質な風だけが吹き荒んでいる。

 

「なんだよ、アイツ…」

 

投げられたナイフを掴んだまま、残されたオレは声を吐き出した。

突然湧いて来て突然ナイフ投げて去って行くとかなんなの通り魔なの。

誰も居ない空間に目を向けながら、オレは重い息を漏らす。

さっきのヤツの言葉を信じるならば、知らん間に砂漠の民は殺されていたようだ。

アイツがオレの友人を殺したのだろうか。

そこら辺はよくわからないが、友人のお守りを持っていたならばその可能性は高い。

仇討ちをしたいとは思う。

けれども、今のオレには討てない。

力が足りない。

仇討ちするなりゃもっと力が必要だろう。

 

なんせアイツは

モーションすら見せない投擲技と、

オレの攻撃を見切った上で避ける技能を持っていた。

どう推し量っても、全てオレより格上だ。

 

アサシンのようなナイフ投げ。

アサシンの動きを読んだ回避術。

 

まるで同業者だなオレは頭を掻く。

暗殺者にあんなヤツいたっけ、あれだけの技術があるなら有名だろうに。

外見はどう見ても戦士であったのに、身に付けている技術はアサシンそのもの。

そんなチグハグな仇らしい存在に気を取られ、オレは掴んでいたナイフが妖しく鈍く真っ黒に蠢いたことに、気付かなかった。

 

■■■■

■■■

■■

 

 

目が覚めると目の前には地面が映る。辺りは暗く、夜の帳が下ろされていた。

少しばかり混乱したが、どうやらオレは倒れているらしい。

倒れた記憶なんざ無えけどと、妙に重い身体を起こしその場に座り込んだ。

ダルい。

ふわと大きく欠伸を漏らし、オレは気怠いながらも立ち上がって肩を回す。

もう夜かと真っ黒な空を見上げ、オレは目の前にある沼地に目を落とした。

辺な匂いがするなと思ったが毒か、そうかめっちゃ効率的だと頭を掻いて再度大きく欠伸を晒す。

まあ、こんなとこに長居する気はない。

オレは自慢の黒い刃を持つナイフをくるりと回し、黒いマントを翻してその場に背を向ける。

とりあえず喉が渇いた水が欲しい。

 

暗い中白い砂地をぼんやりと、モヤモヤしたままオレは砂を崩さないように歩く。

気配を気取られないように、存在を希薄にする歩き方。

ついつい日常でも使ってしまうのだが、癖だなこれはもう。

跳ねて駆け抜けるほうが早いとは思うが、そんな阿呆な走り方はしない。

アサシンならばアサシンらしく。

闇に紛れ、闇と同化。個を隠し、気配を消して、オレは闇のようにゆるりと足を動かした。

 

一番の理想は何にも気付かれないこと。

オレが歩いているのは見られてはいけない。

存在は悟られない。悟られない。

ただ気付かれずに近付いて、近寄った瞬間ターゲットを殺せること。

ターゲットが死ぬ瞬間まで、誰に襲われたかわからないこと。

死んですら、オレに害されたと気付かない。その時が最高の時間。

 

「…だろ?」

 

と、オレは静かに、誰に言うでもなく闇に向けて静かに問い掛けた。

闇に紛れてターゲットを一撃必殺。

これが出来れなければアサシンを名乗れないだろう。

 

闇に紛れる服が必須だ。

真夜中に堂々殺せるのだから。

ターゲットを殺した時にすらオレは誰にも見付からないのだから。

返り血に汚れようと気付かれず、高らかに笑っていられるのだから。

黒い衣服に赤黒いシミが付くのは最高の誉れ。

黒でいい。むしろその色の方が、己は優秀だと誇示出来た。

闇と同じ。闇は気付かず側にあり、何が起こっても誰がいても全てを隠す。

見えるからこそ見えない闇。

故にオレは闇の名を冠して、気ままにぶらりと生きている。

闇は気まぐれ。それと同じ。

 

同じ、

 

「…おな、じ?」

 

無意識の言葉を並べて、己の違和感にようやく気付いた。

同じだ、結論は。

ただ全てが違う。

今まで、ついさっきまで、オレは、コレだったか?

いや元々暗殺者になったときはコレに近くはあった。だけどコレだと街中を上手く歩けなくて。

一般人と混じるには生き辛くて。

溶け込めるように模索したハズだ。

白くて、アサシンには到底見えない、明るく元気な「ただの人」のオレを。

光に照らされても生きれるオレを。

生み出し作りそれに成った。

はず、なのに。

待て

待て

待て

 

「あれ?」

 

戻し方がわからない。

「ただの人」に戻れない。

歩き方はアサシンそのもの。無意識に気配を消して歩を進めていた。

周囲を見る目もアサシン用。無意識に全てを注視し観察していた。

変わらない変えられない。

暗殺者のまま、ただの人に変われない。

 

「…何でだ?砂漠の夜ってそんな影響あんの?」

 

マズいなとオレは頭を掻く。

このままなら街に、他者のいる場所に行かない方が良い。

逆に目立つ。

ああでもなんか、久しぶりだなこの感覚。

ついこの間まで夜は寝てたから、久しぶりにこんな風に夜に溶け込むのも悪くない。

そう少し微笑んだオレは、すいと足を運んで月明かりを避けるように身を踊らせた。

そのままサクと滑らかにナイフを突き立て、大きなサソリに刃を立てる。

オレに伸ばされていた毒尾は空を切り、サソリは最期の声を響かせた。

もー、こんな時に襲ってくるから殺っちゃったじゃねえか、無意味な殺生ヨクナイ。

オレは少しイラつきながら、サソリに突き刺したナイフを抜き取る。

依頼がないと動きたくない。ハズなのだが、不思議と「殺さねばならない」者がいるのだと感じていた。

おかげでどうにも昂ぶっている。

それは目覚めたときからずっと。

ターゲットが誰なのかはわからない、思い出せない、依頼されたことすら覚えていない。

 

「…どうすっかな」

 

動かないサソリの亡骸を傍らに、オレはゆるりと星空を仰ぎ見た。

ああ、空が黒い。

 

■■■

 

一夜明けて砂漠に朝がやってきた。

じわじわと上がる気温に、熱を吸収する黒い服。これは死ねる。

光に照り焼かれながら急いで日陰に身を隠し、夜を待つことにした。

朝になっても白く戻れないことから、黒に戻ったのには何か他の要因があるのだろう。

夜までまだ時間はある。少し考えよう。

つうかこのままだと砂漠から出られねえし、出れたとしても光の薄い深い森の中にでも逃げ込まないと生きていけない暑い死ぬ。

砂漠なら黒い服のが影になっていいだろうって?限度があるわ!

黒い服だろうときっちり着込んでたら暑いわ!色々仕込んでるから脱げねえし!

戻れなかったら東に行こうあそこの森は異様に深い。身を隠すには最適だ。

じゃないとオレ死ぬ。

暑さで死ぬ。

太陽に殺される。

 

日陰とはいえごく稀に暖められた風に襲われ、その暑さにくたばりながらオレは青い空を見上げた。

依頼されたのなら動かなくてはならない。

けれども依頼人が誰かがわからない。ターゲットが誰かなのかわからない。

砂漠に人はほとんどいないのだから、手当たり次第に殺せばいつかは本命に当たるかもしれないが、オレはアサシン。殺人鬼じゃない。

リスクしかない無駄な殺しをする気はない。

困ったなと己のナイフを弄ぶ。

よく切れる自慢のこの黒いナイフ。

 

「…おや?」

 

黒、かっただろうか。

オレのナイフは。

これを持っていた記憶はある。

しかし使ってなかった記憶もある。

しかしながら、弄べるくらいには馴染んでいる。

オレは、いつ、どこで、これを手に入れたんだっけ?

霞みがかった記憶を手繰るように、オレはついと優しく刃を撫でた。

思い出せないまま陽が傾き始め、辺りは薄暗く染まっていく。

オレが動ける闇の時間が訪れたようだ。

けれどもオレはその場から動かず、ただ真っ黒いナイフと遊んでいた。

 

■■■

 

何度かの夜を数え、食料が尽き始めた頃。

ようやくふと思い出した。

禍々しい場所で、このナイフのように真っ黒な誰かと顔を合わせたことを。

不思議と脳裏に焼き付いた、絵画のようなひとつの場面を思い出しオレの身体はふらりと動く。

そのまま夜の闇へと溶けていき、オレは目的に向かって足を進めた。

今日は闇夜。人を殺すには良い日だ。

 

オレは砂地を横切り、オアシスのような沼地に足を踏み入れる。

そこには既に先客がいて、闇夜に紛れ真っ黒な騎士が沼のほとりに座り込んでいた。

オレの気配に気付いた彼は、ゆっくりとこちらを振り向いて嬉しげに笑う。

 

「…気づいたようだな…!」

 

そう言葉を鳴らした黒い彼に対してオレは、つい思わずうっかり、素の反応を返てしまった。

 

「……、…へ?」

 

だって、何言ってんだコイツって思っちゃったんだよ。

気付いたようだなって、何も知らねえよ?

ただナイフの出どころを思い出したら自然とここに来ただけで。

目の前の黒いヤツにこれ投げつけられたな、って思い出しただけで。

その瞬間、わかったんだ。

 

ターゲットは目の前にいる真っ黒なコイツだな、って。

 

よくわからんがオレはコイツを殺さなくてはならない。

誰かに依頼されたのだから。

依頼人のほうは未だに思い出せないけど。

オレの反応に一瞬固まった黒い彼は、なんとなくだが呆れたような視線を向けて、それを振り払うように真っ黒な剣を鞘から抜いた。

鞘から抜かれたその剣は禍々しい刃を晒し、唸るように空気を切り裂く。

 

「鞘から抜かれた。もう戻れない。この剣が抜かれたならば、必ず誰かが死ぬ。この刃の一振りは外れることなく、かすり傷でさえも癒えぬ傷を残す」

 

「え?何だよ突然、剣の自慢?んなことする馬鹿が勝てるわけねえだろ。いい剣ってのは持ち主に忠実な剣だ、って知り合いの兵士が言ってたぞ?」

 

剣の強さに溺れるヤツが闘いに勝てるはずがない。らしい。

しかし妙だな。いや外見的には全身鎧と剣で騎士感出てて見目は合ってるんだが、そうなると暗殺者の技術を持ってるっー事実と合わない。

ノーモーションの正確なナイフ投げが出来るレベルだぞ?コイツの本質はオレと同じアサシンだろうに。

でもなんか堂々と剣抜いたし。

剣の自慢してくるし。

チグハグな彼に首を傾げていると、闇夜に重低音な声が響く。

 

「魔剣よ、存分に味わうがいい」

 

その声が彼の発した声だとオレが気付いたと共に、真っ黒い刃が振り下ろされた。

ちょっと待てさっきの台詞が正しいのなら、これ、掠っただけでもアウトだろ!

慌てて剣尖から身をズラし回避に徹する。

オレの真横を通り過ぎた刃は、見た目通り、いやそれ以上にヤバい気配を撒き散らし空気を切り裂いた。

ナニコレ怖。

回避しつつもナイフを振ったが、相手のなんかモフモフしてる首飾りを散らしただけに止まる。

やりにくいな、ホント。

 

■■■

 

何度か斬りつけてみたところ、ヤツは回避も防御も完璧にこなす。その間に剣を振るってくるのだから堪ったもんじゃない。

しかし、たまにこの完璧な動きがブレる時があった。

顔、というか仮面を狙うと、かなり無理な動きをしてまで避けようとするのだ。

まるで仮面が外れるのを嫌がるかのように。

理由はよくわからないが、付け入るならここだろうとオレは刃を光らせた。

 

■■■

 

策は功を奏したらしい。

掠る程度にしか届かなかったオレの刃は、徐々に手ごたえのある感触へと変わっていった。

そしてしばらくして、真っ黒いヤツは剣先を落とし荒い息を吐いてようやく膝をつく。

なんだろうな、確かにダメージは与えただろうが、なんというかもっとこう、なんだろう、疲れてる?という感じではあった。

まあどうでもいい。

そろそろトドメをさせるだろうと、オレは動きを止めた相手に近付いた。

 

「…さあ、眠るがいい。安らかに、な」

 

そうオレが言葉を落とせば、ヤツは笑った。

仮面で表情など全く見えないのにも関わらず、

この後に及んで、微笑みを浮かべる。

オレが怪訝そうな顔をしたのに気付いたのだろう。

ヤツはお守り袋をぶら下げてこう言った。

 

「…返す」

 

返すもなにもそれはオレのじゃない。オレの友達のものだ。オレのはオレが持ってるし。

けれども彼は笑ったまま「この間入れ替えた。これはオマエのだよ、ジーク」とお守りを優しく揺らした。

キョトンとしながらオレが慌てて己のお守りを取り出すと、確かに記憶にあるものよりも薄汚れてはいる。

とはいえ、何でそんなことを。

オレがそれを問いかける前に、彼は笑いながら剣に手を伸ばした。

 

「!」

 

マズいとオレは防御の姿勢を取ったが、結果的にそれは無駄な動きだったようだ。

彼は掴んだ剣を、そのまま己に突き刺したのだから。

 

「魔剣よ、我が最後の血だ…!」

 

そんな言葉を遺しながら。

彼は変なヤツだったが、最後まで嘘は言わなかったな。

「剣が抜かれたならば、必ず誰かが死ぬ」

その通りになったのだから。

 

■■■

 

ターゲットの始末完了。

とはいえあまりスッキリはしない。

最終的には彼は己で己にトドメを刺したのだから。

 

「依頼完了なんかなー、どうだろこれ」

 

そしてオレは誰に依頼完了を伝え、報酬を受け取りゃいいんだろうか。

首を傾げながら、オレは動かない彼の手から真新しい赤いシミの付いたお守りを返してもらう。

こっちがオレの、なら、オレが今持ってるのが友人のお守り、だよな?

ふたつのお守りを見比べてみると、血の付いていない友人のお守りのほうに何かが入っていることに気付いた。

躊躇なく袋を開き中を確認すると、そこに鎮座していたのは一枚の紙。

畳まれたその紙を開いてみると文字が描かれていた。

 

それは殺しの依頼書。

ターゲットの名前と依頼人の名前がきちんと記されていた。

もちろん、報酬についても。

 

その依頼書を読んだオレは真っ黒い鎧の彼にゆっくりと顔を向ける。

オレの傍には昇ってきた陽の光を浴びて、闇が晴れ白く輝くナイフが落ちていた。

徐々に明るくなる世界の片隅で、オレはそっと手を伸ばし、彼の顔を覆う仮面に触れる。

ゆっくりとそっと、仮面に手を掛けそれを外した。

 

そこには。

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 

 

『報酬は前払い。新しいナイフだ、切れ味は良いだろう。

ジークエッジと名付けた。

オマエとオレの名前をくっ付けた、良い銘だろう?』

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

さて、

とある暗殺者たちのお話でした。

 

そうですね

ダインスレイブという名を持つ剣は魔剣に属する剣でして

持ち主に破滅をもたらす性質があるんですよ

 

古来からこのような剣は数多あり

剣としては地味な部類です

「めっちゃ強くなれるけど、持ち主が不幸になって死ぬか発狂する」

なんて

いくらでも聞いたことがあるでしょう?

 

それに手を出した時点で

その人の未来には破滅しかありません

 

ならば結末は

ただひとつだけ

 

ただそれだけの、お話です

 

説明
適当に。よくわからないなにか。独自解釈、独自世界観。捏造耐性ある人向け
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