真・恋姫†無双 〜夏氏春秋伝〜 第百五十一話
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「遅いわよ、一刀」

 

軍議場に入って早々、一刀に掛けられたのはそんな非難の声だった。

 

ただ、その声の調子は本当に怒っていると言うわけでは無い。

 

他の皆が揃っている中、最後に来た者に対する一種のご挨拶のようなものだった。

 

「すまない、華琳。ちょっと確認しておきたいことがあったもんで。

 

 結構待たせちゃったかな?」

 

「まあ、そこそこね。

 

 さて、それでは皆が揃ったので軍議を始めるわ。

 

 まずは、桂花。今日の戦果と被害の報告を」

 

「はっ!

 

 本日の戦における戦果についてですが、呉・蜀双方の船半数を損壊させております。

 

 死傷した兵の詳細な数は分かりませんが、二万は下らないでしょう。

 

 対して我が軍の被害ですが、敵の策に嵌まったことで多数の船を沈めざるを得ませんでした。

 

 延焼こそ免れましたが、沈没と損壊合わせて少なくとも三割の船は使えません。

 

 兵数の被害については、死傷者合わせて二万強。

 

 策に嵌まった際、連合の勢いが増したことで被害が大きく増加した模様です。

 

 それと、将が三人、菖蒲と凪、それから一刀が馬騰に斬られました。

 

 幸い、皆一命を取り留め、華佗の治療を受けて快復しております」

 

桂花の報告を受け、華琳は少々眉を顰めた。

 

「そう。序盤と終盤で押しているように見えてはいたけれど、結果だけを見れば痛み分けのような状態だったのね」

 

「いえいえ〜、将の被害数で負けていることとその被害の受け方を考えると、仕合に勝って勝負に負けたと言っても過言では無い内容かと〜」

 

華琳の戦果評に風が待ったを掛けた。

 

わざわざ口を挟んでまで下方修正を掛けたとあって、華琳は興味深げに問い返す。

 

「あら、手厳しいわね、風。それで、その真意は?」

 

「そですね〜。まず大局ですが、こちらは三姉妹の皆さんのご活躍もありまして、膨大な兵力を有しておりますね〜。

 

 連合の皆さんとしてはこれを赤壁の策で大きく削りたかったようですが、お兄さんに阻止されてしまった、と。

 

 この兵数の差はもう、ちょっとやそっとでは覆せませんね〜。つまり、よっぽどの事が無い限り、こちらの勝ちで戦は終わると思います〜」

 

「それが”仕合に勝った”という事だと言うのね?

 

 では、”勝負に負けた”と言うのは?」

 

「そちらはですね〜。これは風の推測になるのですが、お兄さんはこの戦で蜀や呉との決着を付けるつもりだったのではありませんか〜?

 

 その観点からすると、馬騰さん一人にお兄さんを含めた主力の将が三人もやられてしまったのは痛いところですね〜。

 

 これがあったことで、連合の皆さんは馬騰さんという最後の頼み綱を得たことになります。同時に孫堅さんも頼み綱となるでしょうね〜。

 

 ここまで追い詰めた上でこうして逃がしてしまった以上、この二枚看板を中心に据えて徹底抗戦も辞さないでしょう〜。

 

 その際、将の多さを巧みに使われるとちょっと面倒なことになりそうですね〜」

 

「つまり、仕留めきれなかったこと自体では無く、希望を与えてしまったことが”負け”だという事かしら?」

 

「はい〜。とは言え、さすがにこればかりは仕方が無かったと言えるでしょうね〜」

 

風は最後に、飽くまで推測と持論ですよ〜、と付け加えたが、多くの者は風の言葉に納得を示した。

 

ただ、その上でニヤリと悪どい笑みを見せた人物がいた。

 

風と同質の軍師、零である。

 

「ならば、さっきの戦果・被害の状況と合わせて、今後取るべき策について考えはあるのかしら?」

 

軍議を先へと進める華琳のこの言葉に、零が声を上げた。

 

「先程風が挙げた連合の頼みの綱、少なくとも一つは完全に潰せます。いえ、既に潰れていると言えましょう」

 

「おぉ!さすが零ちゃん。相手の嫌がることはすぐに分かるのですね〜」

 

茶化すような風の言葉。だがそれは言葉の内容だけで、風の声には珍しく真剣味が強く感じられるものがあった。

 

「あなたにだけは言われたくないわね、風。

 

 ともあれ、華琳様。次の戦こそ、蒲公英を戦線に投入する最良の時機かと。

 

 菖蒲、凪、一刀も引き続き前面に押し出すことで敵の思惑を外し、士気を下げることが出来るでしょう。

 

 策は桂花、稟が中心に組み上げ、私と風で手を加えれば万全となるかと思われます」

 

零が進言する。

 

零が潰せると言った連合の思惑。それは前線に出られる将の数の差。

 

連合軍は恐らく、魏軍に華佗が同行していることを知らない。

 

それはつまり、蒲公英、菖蒲、凪の三人は既に脱落したものとして計算することになる。

 

ならば、こちらは逆にこの三人の運用を重視して策を立てれば良い。

 

この歪な状況が、定石を奇策に変える。

 

魏の軍師総出で一つの策を作り上げれば、それが定石であり奇策という、相手にとって厄介極まりない代物と化す。

 

「華琳様。零の案には私も賛成です。

 

 敵は強力な将を二人も有しておりますが、これだけ状況が揃っていればこちらの策次第で何とでも出来ます。

 

 この案をお許しいただけるのであれば、必ずや次の戦で全てに決着を付けてご覧に入れましょう」

 

「あら、自信満々のようね、桂花。

 

 そこまで言い切るのならば、いいでしょう。零、貴女の策を――――」

 

「ちょっと待っ――――」

 

「その発言、ちょっと待っていただけますか〜?」

 

華琳が今後の策についての方針にゴーサインを出そうとしたまさにその瞬間、華琳の声に二つの声が割り込んだ。

 

一つは一刀。とある考えから待ったを掛けようとした。

 

その一刀の言葉をすら遮って、風の声が上がった。

 

皆一様に驚いて風を見つめる。

 

唯一人、華琳だけは面白そうに笑みを浮かべていた。

 

「どうしたのかしら、風?貴女が発言を遮るのは珍しいわね?」

 

「いえいえ、それほどでも〜。

 

 ただ一つ、お兄さんに確認しておきたいことがあったのですよ〜。

 

 尤も、その必要も無くなったみたいですが〜」

 

風はチラリと一刀を横目で見やる。

 

その瞳は、先ほどの一刀の行動で全て理解した、と雄弁に語っていた。

 

「別に褒めてはいないのだけれどね。

 

 それで、話してくれるかしら、風?」

 

「はい〜。まずそもそものお話として、お兄さんがこの戦をどう終わらせようとしているかについてお話ししたいと思います〜。

 

 まあこれは今日の戦を見ていればもうお分かりかとは思いますが〜。

 

 お兄さんは連合の心を折りに行くことで、双方の被害をなるべく少なくして勝利を収めようとしているのではありませんか〜?」

 

「む……確かに、その意図も含めて策を立てていたことは認めよう。

 

 だけど、飽くまで第一の目的は勝つことにある。そのために敵の士気を下げに掛かったことに間違いは無かったと思っているんだが、風の意見は違うのかな?」

 

風の指摘は一刀も自覚していた。それでも、言った通り、間違った選択をしたつもりは無かった。

 

「そですね〜。風でしたら、真桜ちゃんの秘密兵器を隠したまま、その出番は最終局面まで見せなかったと思いますよ〜」

 

「あ〜……その使い方は確かに考えはしたんだが……

 

 混戦になっているだろう状況であれを使うのはちょっと、な」

 

「そうでしょうね〜。お兄さんならきっとそう言うと思ってましたよ〜。

 

 ですが、始めからこちらの船を一、二隻犠牲にして策を立てればお兄さんの思惑は全てくりあぁ出来たと思いますよ〜」

 

「む…………う〜ん……

 

 ふぅ……分かった、降参だ、風。確かに、目的意識が先行して強い策を取れていなかったようだ」

 

一刀は溜め息と共に両手を軽く上げ、白旗を上げた。

 

風の指摘は何も間違えていない。

 

なりふり構わず赤壁の一戦で全てを終わらせようと考えるならば、風の言った通りにすればよかったのだ。

 

地上戦における鶴翼の陣のような策を取り、敵主力を懐に誘い込む。

 

その上で敵船の足止め要因として捨て船をぶつけ、その隙に大砲を撃ち込めば、連合は為す術も無く崩れ去っただろう。

 

問題点があるとすれば、上手く誘い込めるかということ、そして大砲の準備が整うまでに囲いを突破されてしまわないかということ。

 

精強な呉の水軍の要たる甘寧や化け物じみた武を見せつけて来る馬騰を相手これらを成し遂げるのは困難ではあるが、不可能では無い。

 

ただ、一刀は今回の戦で密かに掲げたとある信念から、この策を事前に思いついていたとしても取らなかっただろう。

 

それでも、風の言う通り、それが最良の策であることは事実。

 

故に、一刀は降参したのであった。

 

「いえいえ〜。風ももっと早く気付くべきでしたので、お互い様なのですよ〜」

 

その策を取らなかったことは問題では無い、と風は言う。

 

「たたですね〜、お兄さんには次の戦、何か腹案があるのではないのですか〜?

 

 風としてはそれを聞いて、その上で零ちゃん達と話し合って内容を詰めた方が良いのではないかと思うのですよ〜」

 

風は一刀の案を採用すべきだと、はっきり言った。

 

周囲もこれに合わせ、視線を一刀に集める。

 

軍師達の目は一様に、腹案があるならさっさと話せ、と圧を掛けてくるほどだった。

 

今や皆が、一刀がこの戦のために随分と前から準備をしていたことを知っている。

 

それはつまり、一刀が”天の知識”を使って万全かそれに近い策のひな型を作っているのだろう、とそう考えたのであった。

 

「参ったな……確かに腹案はある。あるんだが……

 

 申し訳ないが、それを形にするにはあと一つ、歯車が欠けている。

 

 これは赤壁で決着が着かなかった場合の保険として仕込んでおいたものなんだが、如何せん上手く機能するかも分からない。

 

 さっき話さなかったのも、今のままではそもそもの俺の策自体が無謀なものでしか無い屑策になってしまうからなんだ。

 

 だから、今は話せない。策を為す歯車が全て揃ったら、その時こそちゃんと皆に話すよ。

 

 それでいいかな?華琳、風?」

 

「ふふ、そうね。不完全な策を献ずるくらいならば黙っておく、というのは良い判断ね。

 

 為せない策は徒に皆の思考を蝕むだけよ。

 

 一刀。貴方が策を為せると判断した時に話せば良いわ。風もそれで良くて?」

 

「そですね〜。お兄さんの斬新な策はお聞きしたいところですが、それで判断を誤ってしまうのは避けたいですので〜」

 

「ならば、零。

 

 貴女は先ほどの発言通り、他の軍師たちと協力して策を練りなさい。

 

 一刀からの策は無いものとして考え、行動すること。

 

 一刀。貴方は先程言った通りよ。貴方からの策が上がったならば、その時は両者を比較して良い方を取りましょう。

 

 それでいいわね、皆?」

 

『はっ!!』

 

今度こそ誰からも異論は上がらなかった。

 

これにて次の戦に向けた策の方針は決定した。

 

残るは軍としての次の行動の決定についてだが、これはやはり桂花に話が振られた。

 

「桂花、当面の行動はどのように計画しているのかしら?」

 

「はっ。

 

 連合は赤壁で敗走した後、対岸に渡り軍を夏口へ向けた模様です。

 

 残存部隊は伏兵含めて見当たらず。従って、今ならば渡河の妨害も無いでしょう。

 

 昨日、本日と出立した地点にて全船に軍を乗せ、明日一番に渡河してしまうのが良いかと。

 

 その後は斥候の情報を基に連合を追って進軍します」

 

「そう。決戦の地は推定出来そうかしら?」

 

「それはまだ何とも……稟と風の旅の記憶を頼りに推定を進めて参ります」

 

「ならば任せるわ。

 

 さて。他に報告や疑問のある者はいるかしら?」

 

華琳はゆっくりと一同を見回す。

 

誰からも手は上がらなかった。

 

「では、これで軍議は終了とするわ。

 

 我が曹魏の悲願達成の瞬間は近い!

 

 皆、奮励努力せよ!!」

 

『はっ!!』

 

最後に華琳の檄が入り、魏の軍議は終了した。

 

曹魏の悲願――大陸制覇。

 

遂に目の前にまで迫ったきたそれを、皆は肌で感じ取っている。

 

それ故に、将たちの非常に高いものであった。

 

 

 

 

 

 

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夜も更けた頃、連合の陣地では蜀・呉両軍の軍師達が集まって密談を繰り広げていた。

 

その内容はズバリ、今後の策の方針について。

 

まずは夕刻の軍議で実行が決まった諸葛亮の策が説明されたところだった。

 

「なるほど。いくら奴らとて、見た事も無いものであれば対処は出来んだろうな。

 

 だが、懸念点は……」

 

「はい。天を騙るあの男、北郷さんが問題です。あの人はどこまで知っているのか……

 

 本日の碧さんの報告で確信しました。信じ難いことですが、やはりあの人は大陸の人間では無いのだと思います」

 

諸葛亮の提示した策に周瑜は納得を示したものの、不安は残ると指摘する。

 

それは諸葛亮にとっても同じであり、策の懸念をはっきりと言い切った。

 

「ですが〜、本当に天の国から来た〜、なんてことはあり得ませんね〜。

 

 少なくとも、あの人自身は人間さんですよ〜。ですから、必要以上に恐れる必要はありませんね〜」

 

のほほんとした声ながら、陸遜もまた言い切った。

 

それは実質的な諸葛亮の後押しだった。

 

「穏様の仰る通りです!明命も良い勝負が出来たそうですし、馬騰様はお勝ちになられました。

 

 それはつまり、北郷一刀も討つことの出来るただの人間である証左に他なりません」

 

呂蒙が陸遜に追随する。

 

周瑜はと言えば、彼女らを咎めることなく、諸葛亮に対して首肯を一つ見せたのみであった。

 

「それでは、先ほどお話した策を大元にして魏に奇襲を仕掛けます。

 

 雫ちゃんには美以ちゃん達に付いて行ってもらって、統率を執って貰えるかな?」

 

「ええ、構わないですよ、朱里。

 

 では、私が本陣を離れる間、朱里と共に蜀を頼みますよ、杏」

 

「は、はい!お任せください!」

 

蜀側では予め配置が決まっていたかのようにとんとん拍子だった。

 

これで渡河してきた魏軍に対する第一の策は決定された。

 

これ以降の策はこの第一の策の結果次第。

 

最悪の場合、降伏も視野に入れなければならない、ということは周瑜も諸葛亮も頭では理解していた。

 

尤も、それを素直に良しと出来るかと問われれば、間髪入れずに否が返って来るであろうが。

 

「あ、あの、冥琳様!魏軍が渡河する際に妨害を入れることは出来ないのでしょうか?

 

 あれほどの大軍であれば全軍を渡河完了させるには非常に多くの時間を要しますし、上手くいけば各個撃破で兵数を減らすことも……」

 

「残念ながらそれは厳しいだろう、亞莎。

 

 我等呉も含めた連合全軍で退いてきたこともあるが、それ以上に兵の士気が相当に下がっている現状でその様な策は通用しない。

 

 士気の低い兵で入念な準備も取れない戦闘を行えば、待つのは遅かれ早かれ壊滅という結果だけだ。

 

 分かったか、亞莎?」

 

「は、はい!申し訳ありませんでした……」

 

呂蒙の提案は周瑜に即刻で否定された。

 

「そういう意味では〜、兵の士気の方は大丈夫なんですか〜?」

 

陸遜がこの話題に乗っかって諸葛亮の問う。

 

これには既に答えが用意されていた。

 

「そこは問題ありません。赤壁の戦の間も待機してもらっていた皆さんばかりを選んで出てもらうのも、疲労が蓄積していないという点もあるのですが、最も大きいのが赤壁の戦での士気低下を経験していないことです。

 

 味方が敗走してきたところを見ているので多少の士気減退は免れないでしょうが、そこは白蓮さんや蒼ちゃんが何とかしてくれるはずですので」

 

「ふむ。となれば、その意味でも南蛮の孟獲たちを連れて行かせる意味があるわけだな?」

 

「はい。良くも悪くも、美以ちゃんたちは過ぎたことにはあまり興味を示しませんので」

 

苦笑を伴った諸葛亮の答えに呉の軍師達は納得したように首肯する。

 

なお、そうして納得されたことに徐庶が軽く頭を押さえたことは誰もが気付かない振りをしてスルーしていた。

 

「これでお話ししておきたいことは全てです。呉の皆さんからは何かありませんか?」

 

「今は特に何もないな。

 

 ああ、いや、一つだけ。元直殿、今から少しお時間を頂いてもよろしいですか?」

 

「はい、構いません。むしろこちらから声を掛けさせていただこうかと考えていましたので」

 

「それは好都合です。亞莎。今から元直殿と打ち合わせをしておけ。明命と木春を上手く使い、足を引っ張らないようにな」

 

「は、はい!」

 

徐庶と呂蒙はその場に残ることになった。

 

その会話が終わると同時、その二名以外の軍師達は立ち上がる。

 

両国の軍師達による情報のすり合わせ、策の選定が終わった今、それぞれの陣営に戻ってするべきことは山ほどあるのだ。不要な休憩を取っている暇は無い。

 

「それでは、こちらの部隊は明朝には準備を完了させておこう」

 

「お願いします。そこに合わせて出立してもらうことにします」

 

軽く最後のやり取りを終え、それぞれの陣営へと戻って行った。

 

 

 

 

 

翌朝、蜀から公孫?と馬鉄、孟獲が、そして呉からは太史慈と呂蒙、周泰が魏への奇襲に向けて出立した――――のだが、呉の部隊の方で軽い問題が発生していた。

 

「ぅ〜〜…………」

 

「ど、どうかしたのですか、明命?

 

 さっきからずっと唸っているみたいですけど……?」

 

「え?!あ、い、いえ!何でもないです!何でもないですよ、亞莎!」

 

「そ、そうですか?

 

 えっと、その……明命?何か悩みがあるのでしたら、私には遠慮なく相談してくださいね?

 

 ……本当に遠慮なんてしなくていいですからね?」

 

「はい、その時は是非。ありがとうございます、亞莎」

 

傍から見て異様な雰囲気であることは間違い無いのに、何でも無いと言い張って周泰は前を向くだけ。

 

呂蒙は既に疲れた顔を隠し切れていなかった。

 

「う〜ん……亞莎も大変だねぇ。

 

 結局話してくれないんだよね?」

 

呂蒙と周泰の会話の終わりを見計らい、太史慈がこそっと呂蒙に耳打ちする。

 

呂蒙は困ったような表情で答えた。

 

「明命が何か悩んでいることは間違い無いはずなんですが……」

 

「さっきのやり取りで同じことを三回目、だもんねぇ。

 

 隠密関係のことで亞莎には話せないとか?」

 

「もしそうだとすれば、きっと明命は上手く隠すと思います。

 

 そういった情報の取り扱いについては、明命は月蓮様にも高く評価されておりますので」

 

「そう言えばそうだったわね。だとすると……ひょっとしてひょっとすると、恋の悩みだったりして♪」

 

「ええっ!?そ、それは、えぇっと〜……あうぅ……」

 

「ちょっとちょっと!冗談よ、亞莎!

 

 それにしても……本当にどうしちゃったんだろうね、明命は」

 

「見当も付きません……ですが、どうしようもなくなる前には話してくれると信じていますから」

 

呂蒙は作り笑いでは無い、本心から周泰を信じるからこその微笑をもってそう答えた。

 

太史慈も呂蒙のその表情を見て大丈夫だと確信した様で、こちらもまたニッと笑みを浮かべた。

 

「それもそうだね。それじゃ、亞莎にはしっかりと働いてもらおうかな」

 

「へ?」

 

会話の流れを無視して不意に放たれた言葉に呂蒙はポカンとする。

 

そんな彼女に対し、太史慈は苦笑しつつ視線で呂蒙の視線の反対方向を示した。

 

呂蒙が振り返れば、視界に蜀の伝令兵が見える。

 

道中で策の詳細を詰める予定であったため、どうやら諸葛亮からの呼び出しが来たようであった。

 

「呂蒙殿。諸葛亮様が打ち合わせを行いたい、と。

 

 蜀の陣営の方までお越し願えますでしょうか?」

 

「こっちは私に任せといて、亞莎」

 

「ありがとうございます、木春さん。それでは、いまからそちらに参らせていただきます」

 

 

 

 

 

一方で周泰はと言うと、すぐ側で行われていた呂蒙と太史慈のやり取りなど気にする余裕も無く、思案に耽っていた。

 

しかし、思考は堂々巡りを続けるのみで解決の兆しは見えない。

 

では、周泰が一体何について考えているのかと言うと、昨夜渡された書簡についてであった。

 

書簡は周倉経由で渡された一刀からのもの。その内容はと言えば――――

 

『この書簡が渡ったという事は、天の国より持ち込んだ我が知をもってこの大陸で作り上げた”力”、それを目の当たりにしたことだろう。

 

 さて、以前貴女に言ったことを覚えているだろうか?

 

 ””呉という国とそこに住まう人々のため、貴女には裏切ってもらいたい。””

 

 そろそろこちらへ願い出たくなっていれば良いのだが、それでもまだ裏切りに躊躇っているかも知れない。

 

 なので、この書簡で駄目押しを一つ加えておこう。

 

 次の戦、我々には”力”を制限無く存分に振るう用意がある。この意味、理解出来ないとは言わせない。

 

 以前に示した貴女の裏切りに対する我々が支払う対価、あれは妥当だったと理解出来るだろう。

 

 ただし、裏切りが貴女の本心からであることを、こちらも確認する必要がある。

 

 良い”手土産”を期待している』

 

この書簡に目を通した周泰は、噴火の如くあふれ出る怒りに任せて天幕の備品を粉砕せんばかりに殴り付けた。周泰の中には裏切りの気持ちなど欠片も無かったためである。

 

では、周泰の心が決まっているのであれば、一体何について思考を巡らせているのか。

 

それは彼女にその書簡を渡して来た人物について、であった。

 

(あの時はただただカッとなっただけでしたが、今考えると……何故あの方は北郷の書簡をお持ちになっていたのでしょう?

 

 赤壁の戦での初日に、北郷は連合軍の船まで侵入していたそうですが、その時に脅されたのでしょうか?

 

 それとも、敵の間諜の変装?……いえ、それはありえません。姿だけでなく声まで、なんて、そんな……

 

 今日にでもあの方から直接聞き出そうと思っていたのですが……仕方がありません。この作戦が終わってから聞き出しに行きましょう)

 

色々と横道に逸れたりもするのだが、周泰の思考の大筋を纏めればこのようなところである。

 

「ぅ〜……」

 

いくら考えても解決策が出て来ないという事態に慣れていない周泰は、またしても無意識の内に唸り始める。

 

「み〜んめいっ!」

 

「ひゃあっ?!こ、木春様?!い、一体どうされたのですか?!」

 

突然太史慈に後ろから抱き着かれ、飛び上がらんばかりに驚く周泰。

 

馬を並走させるどころか、背後に飛び移られても気付かない辺り、余程周泰は注意力が散漫になっていたようである。

 

「明命さ〜、考え事するのもいいけど、今は将としての仕事をきっちりとこなさないといけないよ?亞莎も困ってたでしょ?

 

 世の中にはさ、いくら考えてもどうしようもないことなんて沢山あるんだから、少しくらい考えるのを放棄してもいいんじゃない?」

 

「ぁ…………も、申し訳ありません、木春様!それと……ありがとうございます」

 

太史慈に指摘され、諭されて、周泰は今の自身が、少なくとも呂蒙には迷惑を掛けていたことを思い出した。

 

ようやく、思考を他に振る余裕が出来た、とも言える。

 

気付くと同時、周泰は勢いよく頭を下げて謝罪していた。

 

「いいよいいよ。若い内は思い悩むことも色々あるって。

 

 これでもあなたより長く生きてるからね、こういう時くらいはお姉さんぶりたいじゃない?」

 

冗談めかして答える太史慈の意図は周泰にも伝わった。

 

既にして相当に重い雰囲気の飲み込まれている連合軍だからこそ、自分までそれに呑まれてはいけない、と太史慈はそう考えていたのである。

 

「さてと!明命も持ち直したことだし、亞莎が帰ってくるまできっちりと部隊を統率しておくわよ」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

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ほぼ同時刻。

 

長江を挟んで反対側の陸地では、魏軍が渡河を始めていた。

 

渡河中の襲撃は無いと推測はされていても、万が一も考えねばならない。

 

そして、減らされた船では全軍を一度に対岸まで運ぶことは出来ない。

 

そのため、数度に分けて兵を輸送していた。

 

将は均等に配分し、先頭に一刀、最終班に恋を付けることで少数精鋭への備えも行っている。

 

このようにして隊を分けて輸送するだけあって、この日は渡河だけで一日が終了する予定であった。

 

この時、魏軍は知る由も無い。

 

ほんの数刻後、余りにも想定外の襲撃を受けることになることを――――

 

説明
第百五十一話の投稿です。


この先の展開と話数を考えると、あと4話か5話か。
年内に終われ――――無さそうだなぁ……
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コメント
>>牛乳魔人様 ほほぅ……字面が”被害”より”襲撃”の方が良いかな、と選んだ程度の言葉にそんな意味深な言葉遊びが……(←ぇ  とまあ、そこまで深く考えた言葉じゃ無いんです、申し訳ありません(ムカミ)
>>nao様 象による奇襲とか、武装ゲリラのテロ立て篭もり並に出会いたくない部類のものですねぇ(ムカミ)
>>本郷 刃様 この外史では文官「北郷」は異例の献策を次々上げた驚異の人物として外には認識されていますが、その実一刀は元々持っていた知識をなるべく大陸に当て嵌めるようにして投げているだけなんですよね(以前にも書きましたね)。つまり、本職とガチで立ち向かえば、智謀では敵いません!(断言(ムカミ)
>>未奈兎様 現実では散り散りに逃げるのが一番ですが、ここは外史なんですよね。はてさて、どんなとんでも撃退法が飛び出してくるのやら(ムカミ)
>>Jack Tlam様 もう象兵がバレバレですねw 実際、生身の人間が象と向かい合ったら、まず間違いなく死を意識するでしょうねぇ(ムカミ)
「想定外の襲撃を受けることになる」とは言ったが「被害を受ける」とは言っていないという事ですね?(牛乳魔人)
像がでてきそうですな〜前もって話しとかないとえらいことになりそうだ^^;(nao)
蜀呉の面々が言っていたように一刀も人間ですからね、生粋の軍師・文官というわけでもないからこういうこともあるでしょう……とはいえどちらにもそれぞれで手段・策謀があるので展開が楽しみです!(本郷 刃)
象兵なー厄介さが目立つけど、どう捌くやら(未奈兎)
一刀よ……象兵のことを考慮に入れていないのは迂闊ですね。そこまで情報が掴めていなかったのか、或いはちょっと視野が狭まっているのか……わかってしまえば対応は素早く行えるだろうけど、どこまで素早く立て直しが出来るかにかかっていますね。迅速に対応出来れば、連合軍の思惑を半分は外せるのですから。将が落ち着いて対応すれば、或いは一刀指揮下の部隊が象兵を処理出来るかも?(Jack Tlam)
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