Nursery White 〜 天使に触れる方法 3章 7節
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「いやぁ……楽しんだね。今日はなんだかんだで」

 ゲームセンターから出て、私たちはもう帰路に就くことになった。まだ昼間といえば昼間だけど、今日はもうお腹いっぱいだ。……それに、次の予定も決まったのだから。

「本当に。……ありがとうございました、ゆたか。その……ボクの友達に、なってくれて」

「もう、大げさだよ。友達になるのに、ありがとうとか、そういうのってないんじゃない?友達になりたいからなる訳で、そこに感謝とかし合う必要はないよ」

「……そう、ですね。でも、ボクにとって友達を作るのって、なんだかすごく大変なことだというイメージがあったので……。それが達成できて、すごく嬉しいんです」

「そっか。でも……うん。私こそ、なんていうか……元はと言えば、私が軽率なこと言ったせいなところあるし……と、とにかく、ありがとうとかそういうのはなし!それより、演奏を聴かせてもらえるのを楽しみにしてるよ。日程が決まったら言ってね」

「はい!!!ゆたかに演奏を聴いてもらえるなんて、すごく嬉しいです。好きな曲は何かありますか?初見の曲でも、まず問題ないと思うのですが」

「え、えっと、クラシックって全然知らないんだけど……たとえばだけど、楽譜が手に入るならアニソンとかでもOKだったり……?」

 言ってから、割りと真剣に後悔した。こんな、アニメにはまりたての小学生が主題歌のサビをリコーダーで吹くみたいなことを、フルートの世界では有名な奏者に頼むって、ねぇ……。

「いいですよ。その、ゆたかにボクの演奏を聴いてもらいたいのもそうですが、ボクもゆたかの好きなものをもっといっぱい知りたいです。音楽がその架け橋となるなら、それはすごく嬉しいなって……」

「そ、そう……?結構、ネット上に耳コピの楽譜とか転がってるから、それ拾ってきてお願いしようかな……」

「なんなら、ボクが耳コピしてもいいですが」

「あっ……そういえば、絶対音感なんだっけ。ダメじゃない方の」

「ダメ……?自分で楽譜を作ると、愛着が湧きますからね。ゆたかとボクの思い出の曲、みたいな……そういう感じになったら嬉しいです」

「お、おおう…………」

 なんというか、下手な曲をお願いしたらいけないな、と思った。

 でも、実はもうどの曲にするかの目星はついている。私がたぶん、一番好きなアニメの主題歌だ。最近見た深夜アニメや、初めて見た深夜アニメではなく……私がもっと幼い頃に見て楽しんでいた、衣装もそれをまとう女の子もキラキラな、光に包まれたアニメ。

 今思えば、いかにも女児向けな、設定にも展開にも粗が目立つアニメだったけど、それでも、今でも視聴に堪えうる確かなこだわりの軸を持ったアニメだ。

「あっ、その曲ですか?」

「……は、鼻歌唄っちゃってた?」

「はい。……ふふっ、ゆたかはすごくかっこいいですけど、そういうところは可愛くてすごいです」

「……お、おまかわだって。後、軽率に可愛いとか言いなさんな。悠里が一番可愛いんだから」

「そんなことないです。ボクはゆたかが一番可愛いと思いますよ」

 ……なんだこれ。

 もう一回言っておこう。なんだこれ。

「とにかく、さ。悠里」

「はい」

「これからもよろしくね」

「……はい!こちらこそ、末永くよろしくお願いします!」

 そんなこんなで、今日という一日も終わりとなる。

 あれよあれよと時間は流れて一週間後。悠里は真面目に部活に出ているようで。一方で私は部活を辞めて、自由な生活を謳歌していた。

 不思議と物足りないとか、寂しいとかっていう気持ちはなくて、自分の中での部活とはなんだったんだろう、と思ってしまう。

 元からああやって学校で集まる必要は、たぶんなかった。ただ、学生だから、と部活をやりたがっていただけなんだろう。いざそれに見切りをつけると、執着していた自分がバカらしく思えて。でも、ああいう経験……間違いなく黒歴史とか、失敗とかにカウントされる経験でも、あれを経たからこそ、今が見つけられたんだと思う。

 今日は、悠里の家へ行く。家族は誰もいないけど、なんだかすごく緊張する。でも、とても楽しみだった。

「悠里、おはよう」

「おはようございます。ゆたか。……今日はちゃんと、来れましたよ」

「本当だね。寝坊しなかったんだ」

「はい!昨日はめちゃくちゃ早く寝ました。八時には布団に入って、そこから一時間ほど眠れませんでしたが、でも遅くとも十時にはぐっすりです」

「そ、想像以上に早いね……」

 でも、一時間は眠れなかったんだ。遠足前の小学生みたいで、すごく可愛らしい。

「では、どうぞついて来てください。そんなに遠くないですけど」

「割りと近場に家、あるんだね。悠里が住むようなお屋敷なら、なんとなく噂だけでも聞いてそうなものだけど……」

「ゆたか。言っておきますけど、そんなに非現実的な家じゃないですよ。ただ、一般的な家よりも演奏用の部屋や、楽器の保管用の部屋など、部屋数が多めなだけで」

 悠里さんや。その時点で大邸宅と言えると思うんですよ、私は。

 でも、たぶん見た目的にはそんなめちゃくちゃなお屋敷じゃないんだろう。お手伝いさんとかもいないって言うから、普通に家族だけで回していける程度の家なんだ。

 過度の期待はしないでついていくけれど、でも今日の悠里の服装もめちゃくちゃ奇麗で、お嬢様オーラしかない。対して私は、なんかもうめちゃくちゃラフな服装だった……。部屋着に上着引っかけただけの、もうダメだこれ、女子として終わっとる……しかも気を抜いてパンツで着てしまった。悠里はフリフリのスカートはいてるのにっ……!

「ゆ、ゆたか?なんでいきなり黒っぽいオーラを背負って……」

「悠里。悲劇の主人公みたいなことを言うようで悪いんだけど、私ってほんとに悠里の友達でいいのかな……悠里の友達でいる資格、あるのかな……」

「ど、どうしました!?たとえ、ゆたかに組織のヒットマンであった過去があり、過去に五十人以上の要人を手にかけてきたとしても、ボクはゆたかの友達ですから……!」

「それはないです」

「ないですか……」

 悠里のボケがどんどんよくわからない方向に向いてきているのは、私のせいだとは思いたくない……。

「真剣な話なんだけど……悠里は私と並んで歩いてて、大丈夫?私、見ての通りの体格だし、色々な問題で女の子っぽい服って着ないから。悠里と並んで歩いてるとアンバランスっていうか、お嬢様とSPみたいな雰囲気になるっていうか」

「そうですか?ゆたかは十分に女性的な魅力に溢れた人と思いますが……。ボクとは確かに身長差はありますけど、ボクが極端に背が低いってところもありますし、ボクが色々と小さいのは自覚しているところなので、ボクの側からはどうも思いません」

「そ、そっか。それならまあ、いいんだけど」

 悠里にこういう話は、もうしなくていいのかもしれない。

 私はどうしても、人の目というものを気にしてしまう。人とは違う趣味を持ち、人とは違う行動原理で動いていることを自覚しているけど、感性としては一般のそれを脱しきれていなくて、どうしても見え方を気にする。

 だけれどその点で悠里は、他人からの見え方を気にすることはなかった。ただ、それ以前のところで悩んでいる。

 ――誰も、悠里の姿を見てはくれない。彼女はそのフルートの音色だけで評価される。こんなにも可憐な女の子なのに。それに誰も着目してくれない。

 今日は、私がただ一人の彼女の演奏会の観客だ。その演奏をめいっぱい楽しみたいと思う。だけどその一方で、演奏している悠里の姿も楽しみだった。

「こちらになります。ね、普通の家ですよね」

「……私の家の三倍はあると思います」

「そ、そんな、大げさですよ」

「いや、それぐらいはあるよ……」

 予想通りに予想以上に大きな家だった。

 でもまあ、確かに外観的には多少立派なぐらいで、周囲の住宅からものすごく浮いている感じはしない。

 西洋のお城みたいな、そういう系の見た目ではなくて、そこはあくまで現代のお家だった。いや、スケール的にはやっぱ普通じゃねーよ、としか言えないけれど。

「ただいま帰りました」

 誰もいないのに、どうしてそう声をかけるのだろう……と思うと、扉の近くに設置された機械が光って、なんらかのロックが解除されたのがわかる。それから、カードキーを通して扉を開けた。

「声紋と顔認証、それからカードキーの三段階なんですよ。家の中にはそれなりに高価な楽器もあるとはいえ、大げさですよね」

「そ、そだね。というか一般家庭でそんなすごいシステム使ってるとこあるんだ……」

 よく見ると、テレビCMをやっている警備会社のシールも見えた。この上で監視システムもあるとは、ちょっとした宝石店以上に厳重な警備だし、事実としてしょぼい店よりも価値のある物で溢れているんだろう。

「お、お邪魔しまーす……」

 ここまで厳重な警備だと、何の後ろめたさもなくても自分が泥棒になったような気分になってしまう。そして、来客にそういう意識を与えることこそが、こういうものの役割なんだろうな、と思う。ここで泥棒しようなんていう勇気は起きないわ、うん。セールスに来ても、ここは避けようって思うかもしれない。

「まずは紅茶でもどうぞ。……あっ、ボクがそんなの淹れられるのか、って思いましたよね。確かにボク、コンロの点け方も怪しいですけど、ポッドぐらいは使えるんですよ。お茶の淹れ方もしっかり教育されています」

「そ、そうなんだ。なんか手を火傷しちゃいけないから、って止められてると思ってた」

「ご安心を。ボクが火傷しちゃうのは、ゆたか相手だけなのでっ……!」

「せ、せやな」

 あの日以降も、何度か学校で悠里とは会っていて、こういう感じの頭悪い会話はしていた。だからもう、あしらい方も板についてきている。流すのが一番だ、こういうのは。

 でも、ゆたかの言葉は本当だったみたいで、失礼ながら意外なほどの手際のよさで茶葉の入ったポッドに湯を注ぎ、更にそこからティーカップへとお茶を注いでくれる。……普通に暑い季節なのに、ホットなんだ……という無粋なことは考えていない。そこはわきまえてますよ、うん。

「ありがとう、悠里。……うん、いい香り。ちょっと甘い感じかな?」

「はい。紅茶葉だけではなく、いくらかハーブも混ぜていて、その苦味を消すために甘草も入れていますから。なので、甘いのが苦手ならシュガーはいりませんね。ボクは欲しいですが」

「じゃあ、そのままいただこうかな。……んっ」

 口の中に含むと、紅茶の香りはもちろん、複雑なハーブの香りと味とが口内へとじんわり広がっていく。あまり上等な紅茶の味というのはわからないけど、今まで飲んできた中でもトップクラスの美味しいお茶だと思った。基本的にコーヒー派の私だけど、これはすごくいい。

「美味しいよ、悠里」

「きゃっ、ボクが美味しいですか!?」

「……ちゃいます」

「あっ、チャイも美味しいですよね。ボクはあれぐらいまろやかな方が好みです。そうじゃなくても、シュガーやミルクはいっぱい入れてしまって……」

 ギャグなのかどうなのかいまいちわからない、ふわっふわした言葉を聞きながら、ざーざーシュガーを投入する悠里の姿を見守る。二本半も入れましたよ、この子。甘草のお陰で普通に甘いのに。

「うん、美味しいです。えへへっ、ボク、甘党の猫舌なので、あんまり熱い紅茶は得意じゃないんですけどね。でも、ゆたかは好きだと思ったので、がんばってみました」

「……そっか。でも、私も次からはアイスでいいよ」

「あっ……!ご、ごめんなさい、ちゃんとあらかじめ好みを聞いておくべきでしたよね。ボク、先走ってしまって……」

「ううん。私のことを想ってくれたのはすごく嬉しいよ。ありがとう。……でも、私はそうだね。普段悠里が飲んでるのと同じものが飲みたいかな。だから悠里も、背伸びしないでありのままでいいっていうか」

「……はい!はうっ……ゆたかって、本当に素敵な女性なので……ボク、憧れてしまいます。絶対にそうはなれないとわかっているけど、どうしても」

 あなたにめちゃくさ憧れている人に対して、そういうことを言ってくれるとは。

 早く大きくなり過ぎた私と、未だに小さい悠里。互いが互いに憧れるのは仕方がないのかもしれないけど、たぶんどうにもならない。少なくとも私の方は。

 でも、だからこその憧れなんだと思う。

 願いはそりゃ叶った方がいいけど。でも、願いがあるだけで楽しいと思うから。

「では、次はゆたか。楽器を色々と見てみますか?もしもゆたかの興味があるものがあれば、演奏してみても……」

「い、いいの?……それなら、やっぱり悠里と同じ…………」

「フルートですか!?ゆ、ゆたかがフルート、ボクのフルート……!」

「あ、いや、悠里のじゃなくていいっす」

「う、ううん……確かにボクのは少し癖がありますからね……それに、初心者にはとりあえず洋銀製の方がいいと思いますし」

「……私、楽器の材質とかよくわからないけど、悠里のは何製なの?」

「銀ですね。一般的に、学生レベルなら洋銀が安価で癖がなく、長期的に演奏するプロなら、銀が耐久性と取り回しやすさの両面でよいと言われています。金製もありますが、重さの関係で特に女性には不向きですね」

「へぇ……洋銀っていうのがまずよくわからないけど、よく見る銀色のは銀製ってことでいいのかな?」

「テレビで映るようなものは、そうですね。材質による音の違いは、そこまでないと言われているのですが、どうしても長く使うとなると合金である洋銀はいまいちになってきます。ただ、しっかりと愛情を注いでメンテナンスされた洋銀のフルートが三十年以上、使われたという話もありますし、銀も手入れを怠れば黒ずみ、悪くなってしまいます。そこはやはり、パートナーに対する気持ち次第ですね」

「パートナー、か……」

「はい。愛用の楽器は、ただの演奏の道具を超えた、自分の半身であると思っています。さすがに名前を付けたりはしていませんが、この子も含めてボク、っていう気はしていますね」

 悠里は自分のフルートに手を伸ばしながら、嬉しそうに語る。

 その瞳には、優しさと、慈しみの気持ちが溢れていて、たぶん私がドールを見る目によく似ているのだと思った。

 私のドールという趣味にも、結構なお金をかけていると思うけど、悠里の持つ楽器たちとは桁がまず違う。だから同列に語るのは“違う”のかもしれないけど、でも、悠里のフルートを愛する気持ちは共有できる気がした。

「ここの楽器って、やっぱりどれも高価なやつ……?」

「いえ、それほどではないですよ。この家で最も効果な手で持つ楽器は、ヴァイオリンですし」

「そ、それって、世に聞こゆアントニオさんの?」

「ストラディバリウスではないですよ。そもそも我が家にヴァイオリン専門の奏者はいないので、わざわざ持つ必要はありません。ただ、母が見た目の美しさに惹かれて購入したヴァイオリンが、最も高価だったはずです。ほとんど置物同然ですが、でも、見るだけで演奏意欲が高められるような、優美なフォルムですね。ボクは愛用のフルートのフォルムが一番好きですが。でも、たまに見て勇気をもらっています」

 悠里は、ひとつひとつが奇麗なケースに収められた楽器たちの中から、鈍く銀色に光るフルートを取り出した。

「洋銀のフルートは、練習用の普及品。それが一般的な認識だと思いますが、ボクは今でも吹くことがあります。軽く口を付けるだけでもいいので、触れてみますか?」

「う、うん……あっ、割りと軽い……」

 どう持っていいのかわからないけど、とりあえずそれっぽく構えてみた。リコーダーは縦笛だけど、フルートみたいな横笛は初めてだ。小学生の時のハーモニカは……横笛っていうカテゴリーじゃないだろうし。

「……こういう感じ?」

 なんとなく、それっぽく口を付けて息を吹き込む。すると、想像以上に高い、素っ頓狂な音が鳴った。

「ふふっ、ゆたかは背が高いので、もっと長いフルートの方が似合うかもしれませんね。でも、これでゆたかもフルートの演奏仲間です。穴は、こういう感じに押さえるんですよ。……はい、そうです。上手いです」

 息を吹き込み、実際に演奏することはしないけど、しばらく指の押さえ方をしっかりと教えてもらって、見た目だけならセッションのように指を動かしてみる。

「ずっと、こうやって友達に楽器を持ってもらうことが夢でした」

「悠里」

「さ、ここからはボクの恩返しの番です。どうぞ、奥へ。演奏会の始まりですよ」

説明
まだくっついてはいません。いや、ほんと

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