仙狸との絆語り
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よく晴れたある日のこと。

自室の掃除をしていると、仙狸がやってきた。

「オガミ殿、おるかの?」

「どーも、仙狸さん。なに、せっかくのいい天気なんでたまには掃除でもやろうと思いまして」

「いい心がけじゃ。オガミ殿は滅多に掃除をせんからの」

「……一言余計っすよ」

 

俺は運ぼうとしていた本の山を足元に置いて、手ぬぐいで額を拭った。

 

「もしかして、手伝いに来てくれたんですか?」

「いや、先日に上等の茶葉が手に入っての。オガミ殿も一緒にお茶でもどうかと誘いにきたのじゃ」

「おっ、いいですね。ちょうど一息つこうと思ってたんですよ」

本来、俺は特にお茶が好きというわけではないが、彼女の誘いを断る理由はない。

 

「では、居間の方で待っておるぞ」

「はーい、今行きまーす」

 

仙狸が出て行くと、俺はため息をついた。うーん、通じなかったか。

居間と今をかけたシャレのつもりだったんだけどな……。

 

 

 

 

 

居間に顔を出すと、仙狸の他にもう一人、可愛い先客がいた。

「いらっしゃい。ふふっ、オガミさんのお茶、淹れておいたわよ」

「ありがとう、かぶきりひめ」

かぶきりひめと仙狸。よくこの二人がお茶を飲んでいる所を何度も見ている。

俺が加わるのは今回が初めてだ。

 

「ふーっ、ふーっ……ずずず。はぁー……んまいっ!」

疲れた体に、温かさが沁みわたる。香りがいいとか、そんな事はどうでもよかった。

「はっはっは、実に旨そうに呑むのう。見ているだけで微笑ましいわい」

「だって、旨いんですもん。あ、おかきも下さい」

「はいはい、どうぞー」

「ぱりぱり、もぐもぐ。んまいっ!」

 

「これ、食べながら喋るでない」

「ん、すんません……」

 

俺とは対照的に、二人は落ち着いた様子でのんびりと茶を啜っている。

「オガミ殿、前から言おうと思っていたのじゃが」

「何ですか?」

「お主、時々子供みたいな所があるのう」

「……子供、ですか」

「うむ」

 

褒められているのか諭されているのか分からない。

返答に困っていると、仙狸が続けた。

 

「あぁいや、別に責めているわけではないぞ。傍から見ていて、面白いという意味じゃ」

「……面白い?俺が?」

茶を呑みながら、仙狸が頷く。

 

かぶきりひめの方に視線を移すと、ふふっと誰にも聞こえないように笑った。

ふん、お前も同意見ってか。

 

「面白い、ねぇ……」

少々気分を損ねた俺は、むすっとした顔でおかきに手を伸ばした。

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「もし仙狸さんが亀だったら、今頃浜辺で俺に棒で叩かれてますね」

何気ない呟きに、仙狸の耳がピクリと反応する。

 

「浦島太郎、かの?」

「ぷっ、あっははははっ」

「これ、かぶきりひめ。そんなに笑うでない」

「だって、亀、亀って……仙狸さんが、亀、あはっ、あはははっ」

かぶきりひめは笑い転げている。一体何がツボに入ったんだろう。

 

「わっちは猫じゃ……」

今度は仙狸が気を悪くする番だった。

 

 

 

 

 

「あぁそうそう、亀と言えば他にも面白い話がありまして」

かぶきりひめが落ち着くのを待って、俺は話を続ける。

「ウミガメのスープって言うんですが」

「ふーむ、亀を見た事はあるが、そんな話は耳にした事はないのう」

 

そりゃそうだ。遠い未来に伝わる話なんだから。

 

「ふっふっふ、いくら長生きの仙狸さんでもコレは知らないでしょ?」

「そうじゃな、是非とも聞かせてくれ」

「私も聞きたいわね」

 

俺は湯飲みを一気に傾けて呑みほすと、居住まいを正して語り始めた。

 

「とある海辺の近い場所にレストランがあり、男が一人、店に入りました。

男はそこで、ウミガメのスープを注文しました。

運ばれてきたそのスープを一口飲んだ所で、男の手は止まり――」

 

 

 

「美味しすぎて感涙したのかしら?」

かぶきりひめが茶々を入れた。

「んなわけないだろう。黙って聞け」

「はぁい」

 

 

 

「男は料理人に、これは本当にウミガメのスープかと問いました。

料理人がはいそうですと答えると、男はそのまま食事を続けました。

そして勘定を済ませると、男はその日のうちに自殺してしまいました」

 

自殺、という単語に二人の表情が曇る。

 

「これで終わりです」

「なんとも後味の悪い話じゃな。その男は、自殺したくなる毒でも盛られたかの?」

「仙狸さんまで何言ってるんですか。そんな毒なんてあるわけ…………」

 

 

 

 

 

 

 

今度は俺の表情が凍りついた。

 

「あるわけ……ないでしょ」

 

 

 

 

 

 

 

空になった湯飲みを黙って差し出すと、かぶきりひめが注いでくれた。

「わっちの分も頼む」

 

「実は、この話には語られてない部分がありまして」

「待て待て、オガミ殿。お主、さっき何と言いかけた?」

「…………」

俺は、無言でうつむいた。

 

「しかし、そんな恐ろしい毒が未来に存在していたとはのう……」

「その毒、治す術はあるのかしら?」

「一応ありますが、医者にかかる前に大体の人が死んでしまいます」

 

そう。この二人は知る由もない。

働きすぎという毒が、多くの人を自殺に追いこんでいる事に。

 

特に何も考えず、思いつきでウミガメのスープを語ってしまった事に少しだけ後悔した。

この二人には、これ以上日本の自殺問題について語るのは止めよう。

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「でも、オガミさんは無事で良かったわ」

唐突なかぶきりひめの発言に、俺と仙狸が顔を上げる。

「む、言われてみると確かにそうじゃな。オガミ殿、体に異常はないか?」

「えっ?あぁ、はい、全然大丈夫です」

 

なるほど、考えてみれば、俺が今ここにこうしていられるのも幸運な事なのかもしれない。

一歩間違えれば、俺も漏れなく毒に侵され、こうしてのんびりとお茶を飲む事なんてできなかったのかもしれないのだから。

 

 

 

あぁ、そういやすっかり忘れてたな。目の前で微笑んでいる、彼女の持つ力の事を。

 

「かぶきりひめのお茶が、俺の中の毒素を浄化してくれた気がします」

「あらあら、嬉しい事言ってくれるわねぇ」

「まぁ実際、茶は薬として昔から飲まれておる。わっちにも感謝するんじゃぞ?」

「そうですね。お礼に、頭でも撫でますよ」

 

俺は湯飲みを置いて、仙狸の傍に移動した。

「こっ、これ」

「まっ、いいからいいから」

 

なでなで、なでなで。

ピクピク動く耳と、少し恥ずかしそうにする仙狸が可愛い。

 

「わっちは子供ではないというに……全く」

そう言ってる割には、ちっとも嫌そうじゃなかったですよね貴方。

 

 

 

 

 

 

仙狸に限った事ではないが、俺が撫でてやると喜ばない式姫はいない。

別に全ての式姫に試したわけではないのだが……。

 

 

 

 

 

 

「あっ、ずるーい。私も私も」

「分かった分かった」

 

今度はかぶきりひめの隣に移動する。

 

「…………」

くい、と目を閉じて顔を突きだすかぶきりひめ。

それは、俺から見るとキスを待っているように見えて……思わず撫でようとした手が止まってしまった。

「ねぇ。まーだ?」

くそっ。こいつ、わざとやってやがんな。

俺は恥ずかしさを紛らわすために、少し乱暴に撫でた。

 

「えへへ、ありがとう」

情けない話だが、俺はいつもこの笑顔に癒され――もとい、騙されるのだ。やれやれ。

 

 

 

「さてと、それじゃ俺はそろそろ掃除に戻ります」

「じゃ、ここは私が片付けておくわね」

「美味しいお茶を、御馳走様でした」

 

「オガミ殿!」

立ち去ろうとする俺の背に、仙狸の声が降りかかる。

 

「未来の毒の事はよう分からんが、またいつでも呑みにくるが良いぞ。わっちもかぶきりひめも、いつでも待っておるからの」

「はい、ありがとうございます」

「今度は、美味しすぎて感涙するお茶でも御馳走するわね」

「よしてくれ、せっかくの茶が塩辛くなっちまうよ」

 

美味しすぎて感涙する、か。

そこで俺は、ふとウミガメのスープの途中でのかぶきりひめの言葉を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『美味しすぎて感涙したのかしら?』

『んなわけないだろう。黙って聞け』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……もしかしたら、あの男は本当に涙を流していたのかもしれないな。

説明
今回は仙狸さん。二人きりで語り合うのもアレなんで、かぶちゃんも参加させました。

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