さくら 7
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「私に……生を返す?」

 私はご主人様の式姫で……。

「そう、私の生はもうすぐ尽きる」

 ええ……存じております。

「その前に、君を全き者に戻す」

「嫌!」

 嫌です。

 それは、私と貴方様の……。

 式姫と主という、二人を繋いでいた、たった一つの絆を絶つ行為では無いですか。

「駄目だよ、さくら。今のままでは、私の滅びと共に、君も消えてしまう」

 君は、他の式姫とは違う。

 神霊という強大な魂を幽世から召喚し、定まった儀式を経て型紙を核としてこの世界に顕現させる、強大無比なる力、式姫。

 人には扱いきれぬ力と独自の人格を持ち、使役では無く、あくまで「協力」を乞う存在。

 だが、同じ名を冠しても、君はそういう存在では無い。

 魔人の魂の欠片を、脆く淡い縁に無理やり結び付けてこの世界に顕現させた……私の力の宿る場所か、私の傍にしか存在できない。

 最初の式姫。

「良いのです」

 貴方様とならば。

 私は、消えても良いのです。

「ご一緒させて下さい」

「さくら」

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 封印をしようと込めた、私の力が根こそぎ奪われる。

 その力に触れようとしただけで、魂魄が削られていく、その音まで聞こえそうな。

「……くぅ」

 こんな物を彼女は内に抱えて居たのか。

 こんな……。

 

(私は)

(私ヲ禁ズ!)

(生きたい)

(生ヲ禁ズ!)

(誰かと一緒に居たい)

(他者ヲ禁ズ!)

(殺したくない!)

(慈悲ヲ禁ズ!)

(死んでしまいたい!)

(死ヲ禁ズ!)

 

 望みと、否定。

 彼女の全てを否定しようという、妄執が放ち続ける禁呪。

 無限に続く、その反復。

 その度に、禁呪と、それに反発する二つの力が荒れ狂う。

 彼女の心は、とうに砕けていた。

 その砕けた欠片が何かを望むたびに、禁呪がそれをすりつぶし、無数の悲鳴が上がり続ける。

 止めてくれ。

 こんな……地獄絵図よりなお酷い事は。

 何故こんな酷い事になるまで……誰も、何もしてやれなかったのだ。

 こんな物を、私ごときの駆け出しが封じられるというのか。

 こんな凄まじい代物を、私一人で何とかしようとするなど。

 この子を、解放してあげたい等と思ってしまったのは。

 思い上がり……だったのか。

 口惜しい。

 己の無力を嘆き、悔やむ時というのは、何故いつも、手遅れになってしまった後なのだ。

 私は、何もしてやれないのか。

 

 とくん。

 

 その時、私の胸の辺りで、何かが僅かに動いた気がした。

 仄かに暖かい。

 手を添える。

 

 ……あ……う。

 

 微風が吹き抜ける程度の、今にも消えてしまいそうな声。

 ……あり……う。

 私の心が騒ぐ。

 

 懐から懐紙を取り出し、それを開く。

 彼女が最後に手にした、桜の花弁。

 

 君は最後に、ひとかけらの命を握りつぶす事も出来たのに、それをしなかった。

 最後まで、君は、一人でこの力に、抗い。

 そして、最後の吐息と共に……この儚い花弁に、その魂の欠片を託したのか。

 そこに……まだ君は居るんだな。

 この禁呪から逃れて……そこに。

 

 ……ありがとう。

 

 何を……感謝されることがある。

 私は、君を殺したんだ。

 そして、今また、何もできない。

 

 ううん。

 

 違うって、何が違うんだ。

 

 ありがとう……わたしのために、ないてくれて。

 

 うれしい。

 

 ああ。

 その、彼女の言葉で、私の心は定まった。

 私が為すべき事が、はっきりと見えた。

 恐らくそれは、私の一生を費やしてなお足りぬ事かもしれないが。

 私は、それを為そう。

 

 私には、この呪を封じる力は無い。

 だが……この呪を作り上げてしまった彼女なら。

 いつか、彼女自身の手で、この悲しみを断ち切る。

 その手助けなら、私にも出来る筈だ。

 

(師匠、お許しを)

 我ながら、この思い付きは外法の極みだな……。

 

「時の流れは、絶える事なき大河の如し」

 術というよりは謡い。

 私の力と、彼女の心の波長を合わせるために、ゆるゆると謡いだす。

「人は時に木の葉の如し、波に揺られ、時に波濤を超え、時に波間に沈む」

 彼女の心と、そこに巣食う禁呪に、意識を繋ぐ。

「人は時に巌の如し、時に抗い、尚それでも砕け、石となり、砂となる」

 私の魂に、力が忍び寄る。

 来たな……。

「私は、この時が、万人に等しく、降り注ぎ、与えられる事を」

 さぁ、来い、化け物よ。

 私の呪力、貴様にくれてやる。

 力のありったけを込め、彼女の魂のふりをして、私は願いを口にした。

「時の流れを望む!」

 

「時ノ流ルルヲ禁ズ!」

 

 何と凄まじき力か。

 その禁呪の力で、彼女の時が流れる事が禁じられた。

 その肉体も、その中に抱えた禁呪の力も、私が修行で得た呪力の大半も共に。

 止まった時の中に、全てが閉ざされた。

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 半身を起こした姿のまま固まってしまった彼女を抱き上げる。

「すみません……」

 彼女の体を、老桜の木に背を預けた姿で座らせる。

 これで、少なくとも、あの禁呪が表に出てくることはあるまい。

 彼女は、ここで永遠に朽ちず、あれ以上、禁呪に蝕まれる事も無く、有り続ける。

 だが、それは、彼女が輪廻に還り、救済される事も無いという事に他ならない。

 いつか、この時の封印は解かれねばならない。

 

 私には、こんな小細工で時間を稼ぐしか出来ない。

 結局、その人の苦しみも悲しみも、その人自身が乗り越えるしかない。

 私は、その手助けをするのみ……。

 だから、おいで。

 この苦しい世界に。

 今一度、君は生きるんだ。

 今度は……私が君を守ってあげるから。

 

 懐紙から桜の花びらを取り出す。

 砕けた魂を宿す、脆く、儚い依代。

 その存在を、確固たる物としよう。

 いつか……この呪にすら勝てる程に。

 

 小さな方陣を描く。

「今ここに、あめつちと人との間に縁を結ぶ」

 私の力は、今や僅かだが、彼女がねぐらにしていたと思しき、この、深山の力を借りられれば。

「ここに魂あり」

 式として呼ぶ事も叶う筈だ。

「ここに力あり」

 だが、式としてある為には、この魂も依代も脆すぎる。

 だから。

「ここに、導あり」

 私のこの身を捧げよう。

 我が身を依代の一つとし、君の業と、その罪穢れを私も担おう。

 それは、人の罪穢れを代わりに背負い、打ち捨てられる式の在り様では無いかもしれないが。

(私は変わり者だし……な)

 そんな式と陰陽師が居ても、良いじゃないか。

「故に、ここに一つの命を結ぶ」

 さあ、おいで、我が一生を捧げる。

「式姫よ……あれ」

 

 風が吹いた。

 新たなる命をこの世界に運ぶ、天地の息吹。

 舞い上がる桜の花びら。

 その中に、君は居た。

 きょとんとした顔で。

 だけど、どこか人懐こそうな顔を私に向けて。

「……私は、一体?」

 そうか……君は本当なら、こんなに愛らしい顔をしていたんだね。

「あなたは?」

「私は陰陽師でね、君を私の式として呼び出した、そして君は……」

 君の名前は。

「さくら」

説明
式姫草子の二次創作小説になります。
二次創作と呼べるのか怪しいのは毎度の事……
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タグ
式姫草子 平安さん さくら 

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