Nursery White 〜 天使に触れる方法 4章 3節
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 色々とありますが、はっきり言ってしまって、私にとっての常葉さんとの時間は非日常です。

 私にとっての日常とは、高校一年生として当たり前の毎日を繰り返すこと。声の仕事も、常葉さんへの指導も、学生の本分から離れたところにある訳で、常にそのことを考える訳にはいきません。

 とはいえ、一度考え出すと、中々それを頭の中から追い出すことはできません。ずっと頭の中でぐるぐるぐるぐる、新しく始めた企画の詳細なプランが駆け巡っていました。

 ちなみに。私自身の名誉のために言っておきますが、私はスポーツこそ苦手ですが、勉強自体はさほど苦手ではありません。まあ、一般的な高校生として標準程度の成績な訳で、一般的な高校生らしい勉強法(テスト前一週間からものすごくがんばり出します)によって、めちゃくちゃいい訳じゃありませんが、とりあえず恥ずかしくない程度の点数を取ります。平均点という訳ではなく、それよりもいくらか高いぐらい。平均点通りの点数を取っている人だらけのテストなんて、そう多くはないと思うので、成績いい組と悪い組なら、いい組の下層に私はいるのでしょう。

 そして奇しくもこれは、常葉さんと同じぐらいの成績だということになります。ただ、私が安定して六十点から七十点、たまに八十点代を取っているのに対し、常葉さんは百点近いこともあれば、赤点付近まで落ち込むこともあって……と、かなりムラっけのある得点傾向にあると言えます。

 その理由は、得意不得意がはっきりとしているから――などという、まともな理由ではありません。

 常葉さんは、自分はすごく運がいいのだと言います。

 彼女は、運で子役となり、運でのし上がって、最後に運だけではどうしようもない問題から、引退したのだと語ります。

 普通、我々は宝くじで高額当選した人のことをこう考えます。「運がよかった」「当たるまで買い続けるだけの根気があった」など。一応はその努力を認めはするかもしれませんが、まあ、運がよかったのだと考えます。

 それに対し、オーディションや受験というものは、いくらかの運も絡むかもしれませんが、おおよそ実力によって合格を勝ち取るものだと考えるでしょう。

 ところが常葉さんは、自分は運がよかった。あるいは、「間」……タイミングがよかったからこそ、上まで行けたのだと言います。

 少年漫画の主人公が窮地に陥る度に、誰かに命を救われ、あるいは自身の秘めたる力に覚醒する……強烈なまでの主人公補正。メタ的な言い方をすれば「作者の庇護」。それを現実世界に生きながら持っているような人を、私たちはスターと呼び、その能力をスター性と呼ぶのかもしれません。しかし、それを発揮している当人はただ、運がいいだけだと感じ、語るのでしょう。

 とにかく、運がものすごくいい常葉さんは、テストにおいても選択式の問題であれば、ほぼ百発百中と言える精度で正答を選べるそうです。一方で記述式では、凡庸……あるいはそれを下回る程度の能力しか発揮できません。そもそも大して勉強をしていないというのだから、それも当然です。

 どれだけ強力な「主人公補正」を持っていたとしても、あらかじめ努力をしていなければ、記述式においてはいい点数を出す「理由付けがない」訳ですね。主人公をかっこよく見せるためにテストでいい点数を取らせる展開のネームを出しても、これでは編集さんに没を食らいます。現実を生きる常葉さんは、現実という編集さんによって、根拠のない高成績は与えてもらえません。

 つまり、テストに選択問題が多ければ高得点、少なければ平均以下の点数になるのが常葉さんです。その都合上、マークシート式の模試などでは、ちょっとありえないぐらいの点数を叩き出します。社会も記号問題が多いので、やはり高得点。理科も全体的に高めですね。反対に選択の少ない数学や国語は悲惨なものです。英語もやっぱり微妙。ただ、マークシートになると冗談抜きで学年トップの成績。

 カンニング疑惑とかが出てもおかしくはないですが、実際に先生とマンツーマンで選択式の問題をひたすら解いたところ、正答率は九十五パーセント超えだったそうです。逆に記述式になると、十五パーセントほどしか正答は出ませんでした。ウソのようですが、本当の話です。

 そんな事実を知って、私は割りと真剣に、実は常葉さんは普通の人ではないのではないか、と思い始めています。

 いえ、色々と才能に恵まれている人なのは確かですが、それ以外にもっと、超常的な……本人に自覚はなく、否定しますが、実は超能力者の類だと思いますよ。でないとやっぱり、納得できない能力を持っていますから。

 ……さて、そんな風に常葉さんを羨むのはいいですが、私は私で真面目に授業を受け続けます。

 自分で言うのはおかしな話だと思いますが、私は割りに社交的な方です。あまり多くの深い仲の友達は作りませんが、知り合いレベルならたくさん、普通に友達、という人もそれなりにいます。

 ただ、そんな私でもとっつきにくいと感じる人はいる訳で。それがまあ、白羽さんだったりしたのですけども。

 ――白羽、悠里さん。

 常葉さんは確実に“特別”でしたが、彼女もまた特別な存在として、この学校に存在していました。

 きょうびハーフやクォーターだからといって、そこまで奇異の目で見られることはありません。私の小学校にも、地毛が茶髪の子はいましたし、中学では金髪碧眼に白い肌の男の子がいました。白羽さんも、美しい銀髪を持っていましたが、それ自体はそこまで変わったことではありません。

 ただ、その存在感が特殊でした。あんなに目立つ外見なのに。いえ、だからこそ、でしょうか。そこにいても、そこにいるような感じがしません。現実に生きている人間とは思えなくて、なぜだかいつの間にかに、その存在を忘れてしまっている。

 空気に溶け込むようにして白羽さんはそこにいました。

 一因には、彼女が滅多に口を開かない無口な人だということもあったでしょう。しかし、それ以上に彼女は、私たちとは違いました。常葉さんと同カテゴリーという訳でもないのです。常葉さんが目立つタイプの特別なら、彼女は隠れるタイプの特別。その他大勢だから、人の中にまぎれてしまうのではなく、特殊過ぎて、見失ってしまう。そんな、とても不思議な存在。

「白羽さん、こんにちは」

「あっ、未来ちゃん。こんにちは。また生徒会室?」

「……あの、私ってそういうイメージですか!?」

「ずっと時澤先輩と一緒にいるイメージだったので……でも、そうですよね。ボクがいつもゆたかと一緒にいないように、未来ちゃんにも一人の時間はあるんですよね。わかります。……前にゆたかが、会わない時間が恋を育むんだ、という言葉を教えてくれました。ボクはまだ、その言葉の意味を実感できていないんですが……でも、なんとなくわかります。こうして一人でいる時間こそがとっても大事であって……」

 立木先輩、何を教えちゃってるのですか。

 まあ、今はこういう感じに普通に話せちゃってます。なんといいますか、立木先輩に出会った後の白羽さんは、とっても明るくなりました。

 いえ、どうやら以前から暗かった訳ではなく、無口であった訳でもない。ただ、友達でもない私たちと話すことがないから、黙っていただけのようなのですが、それにしても白羽さんはよく笑い、話してくれるようになって、今ではもう長話過ぎて軽くうんざりするレベルです。……いえ、白羽さんのノロケ話、聞いてて楽しいですけどね。

 本人たちのために断っておきますが、二人は恋愛関係にあるという訳ではないそうです。白羽さん的には、恋人どころか家族でもいいみたいですが、そこは立木先輩の方から明確に線引きをしている模様。

 そう、後から常葉さんから聞いたことですが、私が一度会ったきりの立木先輩。学校的には中々の有名人だそうで。……いえ、絶対に本人はそうあって欲しくないと思っていると思うのですが。とにかく、有名になってしまっているみたいです。

 そのせいもあってか、先輩自身としては、これ以上目立ちたくないようですが、まあ、相手が白羽さんですので……同学年の子に言うのもどうかと思う表現ですが、彼女はとにかくイノセンスが過ぎるのです。ノロケている時は、尻尾が生えていて、それをぶんぶん振り回しているのが幻視できます……。見た目だけなら、クールで群れたがらない孤高の美猫……といった感じですが、その実、一度なついたらヤバイ勢いで愛を叫ぶお犬様なので。

「あの、白羽さん。立木先輩のことはよくわかったのですが」

「わかります?ゆたかは本当に、ボクの知らないことを教えてくれて、ボクを守ってくれて……本当に本当に素敵な人なんです」

「あー……はー……えっと、ですね。私、白羽さんから立木先輩のことを教えてもらってばかりなので、たまには白羽さん自身のことを話してもらえたらなー、なんて思っているのですけども」

「ボクのこと、ですか?」

「はい。結局、私はまだ白羽さんのこと、フルートがすごい人、という以上のことを知らないので」

 どうでもいいですけど、私と白羽さんで話していると、なんだかすごくよそよそしい感じがしますね。お互いに丁寧語なので。

 でも、私は別に距離を置きたいからこう話している訳ではありません。家でもこんな感じですし、年下にもこういう話し方をします。幼少期はさすがに、相応の言葉遣いだったと思いますが、ある一定の年齢以降はもうずっと感じだと思います。この方が楽なのでしょう。

 それは白羽さんも同じようで、言葉が崩れたのを聞いたことがありません。きっと彼女の場合、大人と接する機会が多かったというのも、理由のひとつなのではないでしょうか。音楽だけで全てが済めば楽なのでしょうけど、実際問題、とてもそんなことはできないでしょうし。職業病のように、丁寧語が染み付いたのではないかと思います。

「でも、ボクなんて大して話すことがないので……。ボク一人では、全然話題がないので、ゆたかといるボクのことを話したいんです」

「な、なるほど……。なんと言いますか、その……なんでこっちが恥ずかしくなってくるのでしょうか」

 白羽さんがものすごく平然としているものですから、むしろこっちが照れてしまい、それはそれでこっちがバカみたいで……やっぱり、未だにちょっと白羽さんは苦手なのかもしれません。常識が当てはまらない人なので、どうすればいいのかわからないのです。

「未来ちゃんは会長さんと、どうなんですか?」

「つ、常葉さんとですか?まあ、なんと言いますか……私と常葉さんは確かに仲のいい友人ですが、ある意味でビジネスライクなところもあると言いますか」

「それは、もしかして噂に聞くアレですか?」

「アレ、とは?」

「友達料をもらって友達をしている、というやつですか……!?」

「はっ!?」

「ゆたかに聞きました。世間にはそんな友達の関係もあると……」

「だから、あの先輩はなんでそんなロクでもないことばっかり教えるので!?常識人、数少ない常識人ですよね、あの方!」

「あれ、アニメの設定でしたっけ……」

「現実でもありそうな闇の深い話なので、それ以上はいけません!!白羽さん、白羽さんはぜひ、ご自分のポジションというものを理解された上で、それに見合った発言、行動をしてください……ツッコミを入れる方の身が持ちません……」

「ゆたかにもよく言われるんですけど、ボクってどういうポジションなんですか?」

 ……ごめんなさい、端的に言って倒れそうです。今の時点でもう、結構な声を張って突っ込んでいるので、軽く頭がくらくらと……。

 声のお仕事をする上で、私はちゃんと喉を酷使するような演技はご遠慮ください、という注意書きを書いています。なのでどうか、演技じゃなくても叫ばせるのはご勘弁ください……商売道具なのですから。

 白羽さんのこの、独特のふわっふわした感じは、それを安全圏から見ている限りでは、とても楽しいものです……しかし、いざ自分が巻き込まれてみると、酷く消耗するのです。しんどい……。

「あれ、悠里?」

 そんな感じにボロッボロになっていると、救いの手が差し伸べられました。人間、実直に生きているものです。

「立木先輩……」

 すらりと高い身長に、それ相応の抜群のスタイル。……初対面の時はあまり意識していませんでしたが、ものすっごく立派なものをお持ちです。常葉さんよりも余裕で大きいです。

 それに反し、髪型は地味なセミロングですが、とても目を惹く先輩。立木ゆたかさんです。そして、おそらくはこの学校……いえ、世界で唯一、白羽さんを御しきれる逸材。立木先輩がいれば、なんとかなります。

「あっ、ゆたか。今、未来ちゃんと話していました」

「未来……ああっ、大千氏ちゃん。久しぶり」

「はい、お久しぶりです……後、できれば未来、と下の名前でお願いします……」

「ああ、そっか。大千氏ちゃん。……あっ」

「……もう、大千氏でいいです」

 あれ、なぜでしょう。この人からも白羽さんと同じ方向性を感じますよ。常葉さんから聞く限りでは、趣味とバスト以外に常識を逸脱したところはないはずなのですが。

「今、未来ちゃんと会長さんについて聞いていました」

「会長さん?大千氏ちゃんと会長さんって何か関係があるの?」

「はい、実は学年こそ離れていますが、親しくさせてもらっています。……まあ、でも、お二人ほどではないとお話ししていたところだったのですが」

「……とりあえず、大千氏ちゃんから見た私たちがどういう関係かについてから、事情聴取をさせてもらいたい案件なんだけど」

「あっ、いえ……それはまあ……理想の友達関係、みたいな?」

 白羽さんはニッコニコですが、対して立木先輩は苦虫をはむはむされたような顔をしてしまいます。……色々と対照的なお二人です。

「とりあえず、さ。私としてはあんまり会長、っていうか生徒会とは関わりたくないっていうか……。藪をつついて、っていうのもイヤだし」

「もしかして、生徒会に勧誘しようとしている件ですか?常葉さん的には、もうそこは諦めているみたいですよ。アレです、立木先輩の心の隙間を突く作戦でしたが、そこが見事に白羽さんによって埋められてしまったので」

「つまり、ボクがゆたかを守れたということですか!?」

「その通りです!白羽さんはいわば、立木先輩のナイトですね!」

「ナイト……!」

「大千氏ちゃん。絶対、面白がって悠里を暴走させてるよね。後処理するの、私なんですけど」

「……ごめんなさい。調子に乗ってしまいました」

 いつも穏やかそうにしている立木先輩ですが、若干、目がマジでした。虎の尾をスタンピングするのは恐ろしいので、ほどほどにしておきます。

「なんていうか、大千氏ちゃんがこういう子だったとは……」

 私としても、意外と立木先輩が天然の世界に足を突っ込んでいるようで驚きでした。類は友を呼ぶという言葉は真理ですね。

「まあ、なんだ……悠里はこっちで回収しておくんで、会長によろしく……」

「はい。特に用事がなくても、生徒会室に顔を出してくれていいと言ってましたよ。大抵、暇されてますし」

「考えとくって伝えておいて。でも、会長さんかぁ……」

 割りと立木先輩側からは、苦手意識を持たれている様子。まあ、それも当然です。私と月町先輩以外には本当、面白いほど自分を隠し、意図的に誤解をさせている人ですから。

 私からするとそれは、あまり賢明な行動には思えません。ですが、少なくとも今の常葉さんには必要なことなのでしょう。いつしか常葉さんが演じることをやめて、一人の確固とした人として、振る舞えるようになれば……そう、私は願っています。

 それゆえに私は、こう提案をさせてもらうのでした。

 

 

 

「――常葉さん。二人でボイスドラマを録ってみませんか?」

 

 

 

 声優、時澤常葉としての第一歩。ただの練習ではなく、声の役者として、ひとつの作品を作り上げる。

 今の常葉さんに必要なことは、これなのだと思いました。

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旧作主人公と新作主人公が邂逅する展開って好き
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