Nursery White 〜 天使に触れる方法 4章 5節
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 年頃の女の子の楽しみといえば、なんでしょうか?

 私はこう断言します。「お買い物である」と。

 いやぁ、ついついネットショッピングを始めてしまうと、大していらないものまでポチポチしてしまい、請求額に青ざめて、来月こそは、と思いきや、月が変わった瞬間にMPが全回復した魔法使いが高位魔法を連発するがごとく、ポチポチ。ああ、かくして人は愚かな歴史を繰り返すのです。人ってそんなものです。弱い生き物なのです。

「まあ、物理的なショッピングも好きですけどね。人並み程度には」

「はぁっ……あなたって、案外出不精よね」

「案外どころか、モロだと思いますよ?完全に行動パターンは引きこもりのそれであると理解していただいて問題ありません。学校に来ているだけすごいのです」

「……知り合いたての頃は、小動物系の後輩だと思っていたのに、知れば知るほどヤバイやつだったと気付かされるわ」

「またまた、常葉さんほどではありませんよ」

 という感じに、今日は常葉さんとお買い物です。

 私は言葉を読み上げる、という方面では言葉のスペシャリストです。なので、明らかな言葉の誤用は好きじゃないのですが、あえて誤用させてもらいます。

 常葉さんとのボイスドラマ企画は、かなり煮詰まってきてしまっていました。煮詰まるって、いい具合になることをそう言うのが正しいのですけどね。はい、ここが誤用ポイントです。皆様はどうぞ、お間違いなきよう。

 そういう訳で、空気を変えようと休日にショッピングと洒落込もうという訳でございます。ああ、太陽が眩しいぜ。私、普通なら休日は一秒たりとも陽の光を浴びませんからね。ずっとネサフしてます。それで、音声録ってます。それがお仕事なんだからいいでしょー、ってなもんだい。

「で、本日のデートコースはいかようで?私に特に希望はありませんが」

「未来」

「はい?」

「とりあえず、ほっぺた一回つねらせて」

「あぎゅうぅぅっ!?こ、これは現実ですよ!?どうぞ、ご自分の頬をつねって……!」

 常葉さんは、容赦なく私の白い頬をつねり回していきました……きっと真っ赤に腫れています。ひどい先輩もいたものです。

「デートってねぇ、次はグーで殴るから、グーで」

「だって私と常葉さん、役の上では恋人ですよ?秘密の恋人の、秘密の逢瀬……ああ、ロマンスです」

「じゃあ、グーで殴るから、頬を出しなさい」

「なんで頬を集中狙い!?一生ものの傷を負いますよ、心身ともに!!」

「はいはい、じゃあ、とっとと行くわよ」

「はいなー」

 ……楽しいです。

 学校や平日に常葉さんと会う時とは、テンションが五割増しぐらいであることに、皆さんは気づかれていることでしょう。

 私は基本、常葉さんと二人きりで会っています。時たま、月町先輩と一緒のこともありますが、その他の不特定多数の人がいる場所で会うことは絶対にありません。とはいえ、やっぱり平日と休日は違います。

 今の私と常葉さんは、学校の先輩と後輩ではなく、限りなく対等な友人として会っています。それゆえに、いつもよりテンションが高くなってしまっているのです。お芝居とも関係がない場なので、私が常葉さんの先生、という関係でもありません。普通の女の子として、友達でいられるのです。

「で、結局どこに行くので?」

「あのねぇ……遊びに行くっていうのに、明確な目的地なんて決めてると思う?ただその辺りをぶらぶらするんだから」

「えっ、予算とか決めていないのですか?具体的なビジョンは?最終的に、いつ解散に?」

「そんなの適当。なんでもかんでもがんじがらめで遊んで、それが楽しいと思う?」

「私はその方が安心できますね……逆にいつも適当でいく常葉さんが理解できません。着地点が見えているからこそ、どれだけ助走をつけて、どれぐらいの高さでジャンプすればいいのかがわかります」

 私は、当たり前のことのようにしてそう言いました。

 実際のところ、無軌道な行動は落ち着きが悪くて、イヤなのです。ただ、常葉さんはさすがに人生の先輩だけあります。

「じゃあ、未来が入ってるバレー部での着地点は?あなたは、どれだけの選手になって、どんな成績を残すの?」

「えっ……?そ、それはまあ、青春の思い出となって、後、いくらかだけでも身長が伸びればいいかなー、って。具体的にこれっていう目標は……ないですね」

「それって、あたしの今日の外出と同じ、無軌道で着地点のないものでしょ?」

「まあ、そうなります」

「そういうのが、楽しいんじゃない。あたしの役者人生も、その時どれだけの人気があっても、明日はわからなかった。現に今、あたしは引退するしかなくなって、普通の人として生きている。それが悔しい。悔しいけど、だからって腐った訳じゃない。だって、今がどん底でも、明日はそうじゃないかもしれない。その通りだったとしても、でも、未来の可能性はあるでしょ?」

「……未来って、私の名前とのしゃれですか?」

「…………言われてみれば」

「ふふっ……そうですね、常葉さんの考え方はすっごく前向きで、いいです。でもやっぱり、私は足元がしっかりしていないと、歩くのもままならないので……」

 できるだけをそれを隠そうとしていますが、私は本質的にすっごいドジっ子さんです。メイドさんでもしようなら、皿を大量に割った挙句「ふぇぇ〜ご主人様ぁ〜」と言うしかないレベルのおっちょこちょいなのです。ですから、人並みに振る舞うためには、見通しを立てた上で行動していく必要があります。

 だから、綿密に未来の可能性を調べ上げ、手堅い選択をしていくのは、私の仕事。

「足元がしっかりしてなくて、転んだら、また立ち上がればいいでしょ?足腰動く内は、挑戦と失敗を繰り返すの。万策尽きた時にやっと考えればいいんだから」

 七転び八起き。私もそれを信条としたいところです。ただ、私は転んだ痛みに耐えきれず、泣き出してしまうかもしれない。そんなかっこ悪いところを、常葉さんには見せたくないので、やっぱり常葉さんと同じことはできません。ただ、違う視点に立っているからこそ、できることもあります。

 常葉さんにできない計画の立案をして、それを常葉さんにしてもらう。それだけでは、私が予想した通りの予定調和でしかない。でも、行動力のある常葉さんが計画を実行に移すことで、当初の予定にはなかった「飛躍」の可能性がある。ただの「きっかけ」が、躍進のための転機となる。無数にあるチャンスを、確かな結果に結びつける。それが、私の常葉さんに期待すること。私には決してできない、彼女に望み、託すことです。

「常葉さんは今までずっと、そんな風に体当たりでやってきたんですね」

「そ、そうだけど、悪い?」

「いえ……すばらしいです。かっこいいですよね、そういうの。でも、私はかっこいいよりは可愛い、強いよりもか弱いを目指したいので」

「それって、目指してなるものじゃないでしょ?……あんた、そうやって自分の可能性を狭めて……まあ、実際に成功してる人に言うことじゃないと思うけど……その後ろ向きなのだけは、物申したいって言うか……」

「ありがとうございます。常葉さん。……でも、そう簡単に考え方は変えられませんからね。常葉さんがそう言ってくれたことはすごく嬉しかったです。……今は、それだけをお返事とさせてもらってもいいですか?」

「……ダメ、なんて言えないでしょ。じゃ、行くわよ」

「はい。常葉さんと一緒にいる時ぐらいは、常葉さんに行き先をお任せしますね」

 常葉さんの後ろこそが、私の歩くべき“道”である。

 ……なんて、ちょっと言ってみたかっただけですけどね。でも、なんだかすごくワクワク、ドキドキするのでした。

「未来」

「はい?」

 しばらく歩いて、やたらとにぎやかな大通りに出ました。いえ、この街は割りとどこを歩いても賑やかなのですが、よりこう、生気にあふれていると言いますか……女の子でごった返している通りです。そんな折、常葉さんが少し改まった感じで語りかけます。

「なんか今更なんだけど、あたしに付き合ってくれてありがとね……」

「どうしたのですか、いきなり。私も常葉さんと一緒の時間を楽しませてもらっているのです。そんな今更、水くさいですよ?」

「でも、それでもなんとなく、言っておきたかったの。……あたしね、実は声優目指してるって、そこまで本気で言ってることじゃなかったの。子役がダメになって、アイドル路線もなんか合わなそうだから、それなら声優になるかー、って、軽い気持ちで思ってるところがあった」

 意外、と言うほどではありませんでした。なぜなら、あんまりに常葉さんの人生設計というものはずさんで、楽観的だったからです。その計画の全てが最良の形で達成されなければ、その瞬間に頓挫してしまうような、リスクマネジメント?なんですかそれ?と鼻で笑っているような、計画と呼んでいいのかすらわからない、完全な絵空事です。

 それを天然で言っている。あるいは、わざともっともスムーズなケースを想定しておくことで、自分のモチベーションを保とうとしているのかもしれない。そんな好意的な解釈をしていたこともありましたが、まあ、ここまで付き合いが長くなれば、当初の人生設計がテキトーなものであったと気づける訳ですね。

「最初はそうだったかもしれない。でも、今は違いますよね。その時点で常葉さんは“本物”ですよ。エセじゃありません」

「……だからこそ、生半可な気持ちで未来に声をかけたのが恥ずかしい……ううん、未来に申し訳ないの。一度、そのことをちゃんと謝っておきたくて……ごめんなさい」

 常葉さんは私の方を向いて、深々と頭を下げてしまいました。

 なんでこうも我らが生徒会長は。私が望みを託そうとしている未来の大声優は。自分を大きく見せるのも得意なら、その逆もまた簡単にやってのけてしまうのでしょう?調子が狂うったらないですよ、本当に。

「常葉さん。私がそう謝られて、許さないと思います?」

「……思ってない」

「はい、その通りです」

「でも、あたしはあたし自身の中での納得を、決着を優先したいの。だから、自己満足に未来を付き合わせちゃうことになるんだけど、でも……」

「やれやれ、本当に手のかかる先輩ですよね、常葉さんは」

「未来……?」

「二歳も年上なのが信じられないぐらいです。これで私より胸がなかったら、いよいよ年下みたいですよね」

 私は役者ではありません。与えられた原稿を読み上げるだけのナレーター。あるいは、人の真似をするだけの人。ですが、一応はお芝居もできるつもりです。でも、それでも、常葉さんの悪口を言うのはちょっと辛いです。私は本当に彼女のことを、尊敬していますから。

「でもね、常葉さん。私はそんな不器用で、子どもっぽくて、胸ばっかりやたらでっかい常葉さんが好きですので。熱意が本物でも嘘物でも、常葉さんが“もうやめて!”って言うまで、熱烈指導を続けますし、一緒にいますよ」

 なんで私、告白みたいな勢いで言っているのでしょうね。顔、真っ赤なのが自分でもわかりますよ。

 でも、その甲斐あって気持ちが伝わったということは……常葉さんもまた顔を赤くしたことで理解できました。いや、なんであなたが赤面してますねん。

「未来……その…………」

「はい、なんでしょう?今日の常葉さんは珍しく歯切れが悪くて可愛いですね」

 私、百パーセントノリで、なんか雰囲気でべらべら喋っちゃってます。

「ばっ、ばかっ……!!」

「えー、学年が違うので単純比較はできませんが、多分私の方が学力はマシですよー」

「そういうことじゃなくて……もうっ!あんたみたいに優しい子は、あたしにもったいないって話なの……!ねぇ、なんであたしなんかに優しくしてくれるの?あんたにはもっと相応しい友達がいるでしょ?」

「そうですねぇ……私も大概、上辺だけの付き合いを続けてきましたが、まあ、一般的に優しく素直とされている子と、ぬるま湯に浸かっているような日々を送る方が楽ではあると思います。ただ、“楽”であることと“楽しい”ということは両立できませんよ。楽しむには、エネルギーが必要なのです。ただ喋るだけで楽しむことができるなら、消費エネルギーは少ないですが、私はもうお仕事でイヤってほど喋ってますからね。ただのおしゃべりで満足はできません」

 私は思います。

 ある人にとっての「人生最大の日」は、ご丁寧に予告しては来てくれません。ゲリラ豪雨のように降り注ぎ、それが終わった後はからっと、けろっとしていて、直前の豪雨を思い出すことも許してはくれないのです。

 私は今、確信しています。今日という日、今という時間が、常葉さんとの「人生最大の日」であると。

 ならば、私も全力ですよ。命懸けでお相手します。だって、常葉さんとはそうしなければなりません。……唯一の親友、ですからね。

「その点、常葉さんとの時間はすごいですよ。ぶっちゃけ声優になるのに必要な下地が出来上がりきっていないのに、一年後には養成校に入ろうとしているのですから。そんな人を鍛えようというのですから、死ぬ気でがんばる必要があります。しかもこの常葉さんという人、性格面もいろっいろとややこしいですからね。すっごい疲れるのですよ」

 私は今までの時間の中で、常葉さんが実はかなり弱い人であるということを見抜いています。

 今も、私の言う悪口に、本当に悲しそうな顔をしています。これが下げて上げる作戦だと気づく余裕はないのでしょうね。

「でも、そんなハードな日々だからこそ、本当に楽しむことができます。普通、高校生で声のお仕事をしてるとか言っても、中々理解されないじゃないですか。……でも、常葉さんは、私を師匠として選んでくれた。まあ、嬉しいったらないですよね。だからこそ私は、私の全てを傾けて常葉さんとの時間を過ごすことができます。常葉さんと録るボイスドラマ、大変ですけど、私いっつも笑顔だって、気づいてくれてますか?あんな顔、ちょっと他ではできないですよ」

「未来……」

 本当にこのお方は、どうしてここまでわかりやすくて可愛いのでしょう?……煽りじゃなく、割りと本気で私より子どもっぽいんじゃないかと思いますよ。

 でも、考えてもみればそれは当然のことです。常葉さんは今までずっと、子役を演じてきました。本来の適正の年齢を過ぎても、見た目が幼いからと、無理をして子どもを演じ続けました。……自分の中の時計を止めて、子どもであることに全力であろうとしたのです。

 それはきっと、少なからず常葉さんという人物を形作る過程に影響を与えている。数年のロスタイムをそのまま抱えて、まだ高校生になりきれてはいないのではないでしょうか。ただし、残酷にも時計の針は動き続けます。常葉さんは進路を選ばなければならない時期に差し掛かっています。当然のこととして押し付けられる「大人の義務」を「子どもの心」で受け止めようとする。……無理が出て、悲鳴を上げて、当然なのです。でも常葉さんは強くあろうとしているから。弱い常葉さんが強い生徒会長を演じることで、今の彼女がいます。そして、私は弱い彼女自身をよく知っています。知り過ぎています。

 顔を真っ赤に染めた常葉さんは、子どものように涙をこぼしていました。……常葉さんの泣きの演技は、子どもながらに見事だったそうです。でも、本当の常葉さんの涙はテレビで見たそれよりもずっと、奇麗でした。お芝居では作れない、彼女の十七年間が作り出した宝石なのでしょう。

 私は短い腕をめいっぱい広げて、涙を流す常葉さんの体を受け止めました。……ああ、恨めしい柔らかさが私のうっすい胸に当たります。どうして同じぐらいの背丈なのにこんな格差が生まれるのでしょう。

 その不思議を恨めしく思いながらも、私もまた泣いていました。どうして私が泣くのでしょう?……常葉さんと同じだからです。

 私は常葉さんになら、自分の全てを見せられる。今まで、親にも誰にも見せられなかった、本当の全開の自分。

 今までの私は、勉強も大してできず、運動もできず、輝くような容姿のよさもない、平凡な女の子でした。そして、そう思われていることに安心していたのです。だって、本当はこんなにも“濃い”自分がいる。だけど、学校で私は平凡な、なんならドジなピエロでいることができた。ピエロは転んでも失敗しても、笑いになるからいいのです。メイクを落としてから何をしていても、ピエロである限りは気楽にいられます。

 でも、私にだって自己顕示欲ぐらいはあります。かっこよくありたい。誰かに褒めてもらいたい。……いえ、“誰か”なんて曖昧な相手ではありません。私を好きでいてくれる人に、私という個人を見てもらいたかったのです。

 動画投稿は、行き場のなくなった自己愛の発露でした。でも、不特定多数に匿名で褒めてもらえて、それは確かに嬉しかったけど、私もまた“ネット民の一人”に沈んでいく気がして、とてもではないですが、満足できなかった。私は私の好きな人に、私を好きになってもらいたい。顔も名前も隠さず。大千氏未来という子を、知って欲しい。愛して欲しい。

 だって、私は私が好きだから。でも、自分ひとりで自分を好きでいるだけだと、それは自己愛という究極のバイアスがかかった評価でしかない。だから、私以外の私を認めてくれる人が欲しかった。

 何の利害関係もない人に、私を好きだと言って欲しかった。

 そこに、常葉さんが現れた。

 上級生である常葉さんは、私なんかの顔色を伺わなくていい。だから彼女の言葉は、ウソじゃない。そして、彼女は彼女自身の人生を私に任せてくれた。私は声優ではないのに。ただ一度だけ、教科書を朗読しているのを聞いただけなのに。それもまた、私が私を好きだからこそする、他の人に見せつけるような自慰行為だったというのに。

 だから私は、常葉さんが好きです。好きだから、どれだけ常葉さんにきつく当たられても、惚れた弱みでどうしようもできない訳です。

 ……常葉さん、実はそのことにさすがにそろそろ、気づいているのではないですか?じゃないと本当に、お子様認定しちゃいますよ?

「未来、未来っ……あたし、あたし、ね。未来っ…………」

「はいっ……常葉さん」

「あんたのこと、好きなのっ。でもあたし、バカだし、子どもだからっ、どうすればいいかわからなくてっ……好きだって思うほど、辛く当たっちゃって。だから、未来があたしのこと、嫌いにならないかって……でも、それでも未来は優しくしてくれて…………それが、怖かった」

「……怖かった、ですか」

 あれ、どうしてでしょう。なぜかその言葉にすごく心を揺さぶられてしまう私がいました。

 理由はわかっています。私は今まで、本当に親しい友達を作らなかったから……友達との付き合い方がわかりませんでした。だから、とにかく常葉さんの後ろを歩こうと思いました。三歩後ろを歩く、というアレです。大和撫子スタイル。

 でも、それが常葉さんを逆に不安にさせていた?……あ、ははっ、涙がすっごく出てきますよ。この蛇口、壊れたんですかね?

「うんっ……未来が優しくしてくれるのは、あたしを子どもと思ってるから……言っても聞かない子と思ってるから、怒らないんだと思ってた。…………だから、未来の笑顔も、ウソなんだって……子どもをあやしてるだけで、早く縁を切りたいって思ってるって……」

「常葉、さんっ……!!」

 私は、自分でもびっくりするほどの力で常葉さんのことを抱きしめていました。ああ、むにゅむにゅが当たります。鯖折り決めるぐらいの勢いだったのに、こっちが胸で窒息しかねませんよ、これ。

 どうして私は、ここまでバカだったのでしょう?自分の優しさがどうして、常葉さんを傷つけないと盲信できていたのでしょう?

 そうです。私はいつも丁寧語で話します。それは距離を取っているという見られ方もする言葉遣いです。それと同じぐらい、無償の優しさというのも胡散臭く思われてしまうものなのです。

 ですが、私はそれを注ぐ側であるがためか。また、常葉さんに優しくすることが、自慰行為と化していたのか。すっかり失念してしまっていました。

 そうですよね、そうなのです。優しさは人を傷つけもするのです。たとえ首を締めるのが真綿でも、いつかは締まってしまいます。

 涙は止まりません。私は、私自身の優しさのために、彼女に向けていた笑顔もウソだと思われていました。

 常葉さんはそこまで子どもじゃありません。無償の愛を純粋に享受できる幼子じゃありません。勘ぐって、邪推して、私の笑顔の裏にあるものを捏造してしまっていました。

 それが悲しい。……だって、あんまりじゃないですか。私は常葉さんがこんなに好きだったのに。彼女には、勘違いされていたのですよ?しかも、自分のせいで。

「未来、未来っ……?」

 涙の決壊する目では、ちゃんと景色を見て取れませんが……私の涙は、未来さんの顔もまた水浸しにしてしまっていました。

 ああ、また常葉さんのことを心配させて……バカな子もいたものです。大千氏って家の長女らしいですよ、この子。

 

 

 

「常葉さんっ……私、ね…………常葉さんのこと、大好きです。世界で一番……私自身の次に。ううん、たぶん私よりも好きですよ、常葉さんのこと」

「みっ、みらいっ……ごめんっ…………。今まで、気づけなくってっ……ごめんっ…………」

「いえっ……私こそ、バカで、ごめんなさいっ……ずっと、ずっと、心配させてましたねっ……ふぅっ……ぁぁっ…………」

「未来、あたし、未来のこと、好きだから……ずっと、いつまでも、好きだから…………」

「はいっ……私も、大好きです。私を好きでいてくれる常葉さんが……ううん、私が好きな常葉さんが、私を好きで…………」

「ね、ねぇっ、未来っ……泣き止んで?みんな、みててっ…………」

「ふっ、ふふっ……いいじゃないですか、今だけ街角の大スターですよ?」

「ばかっ……ばかなんだから、本当にっ……」

「ええ……バカですから、今まで常葉さんを心配させました。……これぐらいの公開処刑、当たり前ですよっ」

「あたしも巻き込まれてっ……もう、ばか未来っ!!」

「えへへっ…………」

 

 

 

 それから先のことは、もうあまり覚えていません。

 でも、なんとなくある記憶では……私たちは抱き合ったまま、何かをしていました。

 それが何かって?

 

 ――今にわかりますから、いいじゃないですか。

 ああ、私は絶対、こうはならないと思っていたのですけどね。人間、恋人ができると変わるものです。

説明
二人はこんなにもよく似ているから

※原則として、毎週金曜日の21時以降に更新されます
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