江渡貝くぅんには逆らえない
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偽の刺青人皮を入手してからしばらく経った頃だった。

月島は鶴見に呼ばれた軍務室を後とする際、ふいに鶴見より額を寄せられた。

「重大な用件があるので、午後2時、会議室へ来るように」

鶴見は顔つきも険しく深刻そうだ。

「分かりました。のちほどそちらへ伺います」

月島は自らも声を抑えて答えると、そのまま部屋を出た。

廊下で考える。

重大な用件……。何だろう?

其の一.「もう別れよう」(そんな、嫌です)

其の二.「金塊を手に入れたら籍を入れよう」(プロポーズ?)

其の三.「金塊で山ほど甘い物を買って食べてみたい」(女学生のようですね)

其の四.「金塊で金の階段を作りたい」(洒落ですか)

其の五.「……」

思い浮かばない。

ともあれ、その時間に、その場所へ行った。

会議室は普段は使用していない洋室で20畳ほどの広さとなっている。

中央へ机を並べて大きなものとし、周囲に椅子10数脚を配置してある。

開かれた両扉の中では、すでに鶴見が椅子を持ち上げ部屋の隅へ移動させているところだった。

月島は、あわてて駆けつける。

「お手伝いします」

「これを隅へ寄せればよろしいのですか」

「できるだけ場所を広く取りたいので机も寄せる」

二人がかりで机も運んだ。

その上で、鶴見はカーテンを全て閉めると、わざわざ照明を付けた。

月島には意味が分からない。

「扉を閉めろ」

言われてその通りにする。

「一体、何のご用ですか」

「隠密だ」

鶴見は、また緊張感を漂わせているため、月島も唾を飲んだ。

鶴見は扉を閉めると現れた見覚えのあるバッグを持ちだした。

「それは……。江渡貝より偽の刺青人皮を入れられて私がお渡ししたものですよね」

「そうだ」

「何か問題でもありましたか?」

「うん……」

ため息をつくと、月島に、

「これから起こることを誰にも言うな」

釘を刺した。

「分かりました」

余程、重大な案件なんだろう。月島の身が引き締まる。

鶴見はバッグを開けると、中から何かびらびらしたものを取りだして広げた。

「……。なんですか、それは」

「江渡貝くぅんの衣装だ」

「……。衣装?」

「バッグにひとつだけ入っていたのだ」

「……」

なんだか嫌な予感がする。

「江渡貝くぅんの家でファッションショーを見せて貰ったんだよ」

「ダンスを踊ったりして優雅なひとときだった」

鶴見は江渡貝を思い出して、ため息をつくとびらびらを抱く。

「……」

月島も、向かいの家より見ていた。

正確には、見てしまっていた。

正直、目を疑ったし、思い切り、引いた。

自分は、何のためにここまで来たのだろう。

そもそも、何のために生きているんだろう。

そんな哲学的な思いにさえ至ったような光景があった。

「あ……」

何だか鶴見の目的が分かった気がする。

何とか上手く断ることのできる急用はないものか。

頭を巡らせたが巡らせるほどに考えがまとまらなくなった。

それでも足を一歩、後退させる。

「ちょっと、急用を思い出し……」

「お前、これを着てみてくれ」

鶴見に強く腕を掴まれた。

「……」

「こんなことを頼めるのはお前しかいない」

いや、いるでしょう、いくらでも、誰でも。

というか、なんで、そこ、自分なんですか。

「こっそり見たいんだ、こっそり」

「自分で着てもいいが、動く姿が見たいし」

「見られて、兵たちの士気が下がっても困るし」

下がらないと思います(?)。

(自信がない)。(というか、責任が持てない)。

少なくとも上がりはしないはずだ。

というか、喝采してテンションが上がるような兵たちでいて欲しくはない。

「……」

鶴見は自分に絶大な信頼を置いているが、返す刀で忠誠心を試しているのかもしれない。

それにしてもこれはひどい。

泣きたくなったが、上官である以上、拒絶は出来なかった。

「いくつかのパターンがあったんだが、これはどういう立体だったかな」

鶴見は、わくわくしつつも切なそうだったので、渋々それを受け取り部屋の隅の屏風の裏でこそこそと着替えた。

そして蔭より姿を現した。

「なんと!」

鶴見が歓喜する。

「新作がまだあったのか!」

「……」

衣装の頭部は人の頭が前後になったような造りで、長い髪の隙間から視野を確保するための穴と呼吸をするための穴が開けられている。息をすると髪がふくれた。

肩から下へ向かっては、皮がフリルのように腕へまとわりつき、手の先の部分は足をくるぶしで切ったものを二枚、甲を向けて合わせてあり、入れた親指とその他に分かれてカニの爪のようになっている。

胴体は背中から尻まで大きく開いて、しっぽには手が三本、前面は胸の中央に顔とそれを中心として細長いヒダが放射状に広がっており、合間から指が一本ずつ伸びて大きな円を描きアクセント(?)となっている。

下半身はというと、足の膝にもまた人の顔が縫いつけられていて、足首はぐるりと鼻が囲み、靴は爪先が開けられた上で20本以上の指で縁取られていた。

不気味すぎて吐きそう、というよりは、情けなくなる。

親がこの姿を見たら、日露戦争へ出征したときよりも嘆くのではないか。

勘当されるかもしれない。

悄然としたが、鶴見は目をきらきらと輝かせて興奮している。

「素晴らしい!」

「さあ、椅子と机を寄せた広間を、さっそうと歩き回ってくれ」

「おどおどせず、自信を持って歩くんだ」

「そこで、一回転して手の甲を口に当てみろ」

「しっぽはつかんで、ぐるんぐるんと回すものだ」

仕方がないので、そのとおりに動く。

「本当に素晴らしい」

絶賛されて心からの拍手を受けると、果たしてこの人を愛して良かったんだろうか、との疑念が体の底から持ち上がってきたが、

「江渡貝くぅんは、偽の刺青人皮ばかりをしつこく求めた私に対して、本当の自分を見て欲しい、認めて欲しいと最後まで訴えたかったんだろう」

と、鶴見が視線を外して目元を拭ったので、むずがゆくなった。

とはいえ、ふと傍らに置かれた鏡へ目を向けると、映った自分の全身像に、ぎゃっと叫んで飛び退いた。

気持ちが悪い。

戦争よりも気持ちが悪い。

精神が、どうかなりそうだ。

脱ぎ捨てて早く風呂に入りたい。

脱力してよろめくと、

「大丈夫か」

鶴見が支えようとした。

そこへ聞き覚えのある猿声が耳をつんざく。

「△■×※●≒☆*▼!!」

(多分、「離れろ、化け物!!」と叫んでいる)。

たまたま通りすがりに扉の隙間を覗いて驚愕したであろう鯉登が、飛び込んで鶴見を押しのけると、抜刀のうえ袈裟懸けに斬りつけてきた。

月島は身を引いて、危うく、皮一枚でかわした。

が、皮は切られたので、はらりと“衣装”が裂かれて中から姿をあらわした。

鯉登は二度驚いて、さらに猿声を発した。

「こら! なんてことをするんだ!」

しかも鶴見に叱られて、三度(みたび)、言葉にならない声を上げた。

「折角の衣装が切れてしまったじゃないか!」

叱責されているが、意味が分からないであろうところへ、同情をもよおした。

「これをちゃんと元通りに縫って直すように」

「きえッ?」

鶴見は怒って出て行ってしまった。

呆然として鯉登は床へぺたんと座り込むと、不気味なものから上体を覗かせている手がカニになった月島を見上げた。

「月島〜〜〜」

「……」

鯉登は斬るのは得意だが縫うのは使用人にさせていただろうボンボン育ちだ。

結局、この不気味な衣装は自分が繕う羽目になると月島は諦念の境地で天を仰いだ。

目を閉じると脳裏に江渡貝のさわやかな笑顔が浮かんだ。

 

 

<終わり>

説明
金カム。8巻より後。鶴見中尉に呼び出された月島軍曹は秘密の任務に付かされる。鯉登も少し。ギャグです。
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鶴見 月島 ギャグ 鯉登 江渡貝 金カム 鶴月 

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